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あたかも神の子であるものとして

親愛なる友達の皆さんへ

4月は経済的に多くの必要が発生する月で、必要を満たすためにより多くのサポートがいるので、このリクエストを書いています。

下記がシンプルな事実です。

• 今日の時点でファウンデーション(NWFFACIMの銀行口座)には262ドル27セントのお金が入っています。
• 四月に支払う必要金額は12635ドルで、これは普段より大きなものです。 何故なら、今までに払えなかった不足分がこれにはふくまれているから。
• (NWFFACINが所有している)二つの不動産に対するワシントン州の不動産税を6383ドル84セントを4月30日までに払う必要があります。
{アメリカでは不動産税は年に四回に分けて払います。}

このファウンデーションの全ての行動は無条件のギフトによって、値段の付いていないギフトによって、全ての人たちに分け与えられているものです。

私と関連している全てのことは「あなたに天国を与えることが父の良き喜びなのです」という事実を伝えており体現しています。そしてそれには「故郷へ帰る」方法も含まれているのです。

そうでしか有り得ないのです{神があなたに天国を与えることの中には故郷へ帰る方法が必然的に含まれているのです}が、
その為には全ての人々が「得る為には捕る必要がある」"To have, get," という前提を放棄して、
「得る為には全てを全ての人々に与える必要がある」"To have, give all to all"というコースに書いてある前提へシフトする必要があるのです。

私達は30年間に亘ってこの前提/基準/原則に従って静かに粘り強く働いて来ました。 そして静かに継続し続けます。 
愛のギフトを取引や条件付きの交換などに変えてコントロールしてしまおうという誘惑に邪魔されることなく静かに続けていきます。  
「もし...(などの条件が満たされなければ)あなたは...が得られない」が取引や条件付きの交換の前提なのです。

(経済的なそしてその他の)感謝のギフトを送ってくださった皆さんが、このファウンデーションの行動継続を可能にしており、私はその愛を認識しあなたに感謝します。
あなたのギフトがこのギフト(NWFFACIMの行動)を神聖にしており神聖にし続けているものです。

Rajpur
Kingston, Washington
April 5th, 2012







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上記の話は「もし人々がお金をギフトしてくれなければ、ラジの話というギフトが続けられない。」そう言っているように私には聞こえます。
これは「もし...(などの条件が満たされなければ)あなたは...が得られない」ということの一例に聞こえます。
あたかも「いまポールにお金をギフトしなければ、あなたはより良きものを得るチャンスを逃してしまうでしょう。」と言っているようにも聞こえます。

しかし「あなたはあたかも同胞が神の子であるものとしてその同胞にアプローチして(話しかけ/歩みより/向き合い)、同胞が神の子である確証が見られることを期待するべきなのです。」
では私もそのようにアプローチしてみましょう。


キリストの話はお金が集まっても集まらなくても可能です。
お家があっても無くてもキリストの話は可能です。
キリストの話が出来る人は一人だけではないでしょう。

問題は、上記のラジ/ポールの要求は私には条件/限定/交換取引に聞こえるということです。
ではこれを「無条件」に言い換え言い表してみましょう。

沢山の人たちが「ラジとポール」の家族を助けてくれました。
しかし私はチグハグなもの(非対称性)を感じており、それは私一人ではないようです。
ファウンデーションに関してポールの言っていること行っていること故に「NWFFACIMは信頼に値しない」という意見がアメリカなどで表明されている場合もあります。

「誰のもとにどれだけお金が集まったか」は問題ではないのです。
私達は天国を既に共有しています。
そして分かち合う行為の実行を通して「私達が既に天国を分け合っていること」が理解/認識出来るようになることが重要なのです。


NWFFACIMがラジを無料で全ての人々に公開していることは素晴らしいことです。
ポールが募金以外の収入源を持てないことも理解出来ます。

だから私は彼等がサポートに値すると思います。
だから彼等をサポートして下さった世界中の方々に感謝します。

私は赤字(下線)のテキスト部分はあえて見越す(over look)ことにします。
しかし黒字のテキスト部分には賛同いたします。


岡上


テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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募金に関してずいぶんネガティブですね。お金があって気持ちがあれば差し出す。それだけのことですよね。あなたにその気がないなら黙って静かにしていた方がいいのでは?
「ここの真理は何ですか?」と。

募金

無名さん
私はポールさんの方が誠実に感じました。口座にいくらあって何にいくら必要だからと募金を求めているからです。
でも、あなたはただ募金を求めています。ポールさんの募金に関して何度も疑問を呈した記事を書いているあなたが募金を求めているというのがちょっと理解しずらいです。
ただ、このブログはとても役立っていて、感謝しています。ありがとうございます。

私さん
募金に関してずいぶんネガティブですね。お金があって気持ちがあれば差し出す。それだけのことですよね。あなたにその気がないなら黙って静かにしていた方がいいのでは?
「ここの真理は何ですか?」と。


++++++++++++++++


これらのメッセージを読むと、四~五年前の自分の見解を聞いている様な気もしてきました。

そしてここでは、自分が言っていないことを言ったことにされていて(それは私が寄付を募ったことが誤解の一因であるようです)、それに対して反論したい気持ちもあります。
そして「ポール/ラジが英語で寄付に関して言っていたこと」も正確には理解されていないと思います(それはラジの主張の中で私が同意できないものに関しては私が翻訳していないことも一因かもしれませんね)。 

さてどうしたら良いでしょう? 何も言わなくても良いでしょうか?


『これらを「人の対立」とは見ずにいなさい。 これら(視点の違い)も修復されるのだから。

一番大切なものは何なのでしょう?
それは関係です。 

あなたがどれだけポールをサポートしたか、それはポールが知っています。 
だからポールはあなたを自分の家に招いたのです。 
残念ながらまだポールは誰にでもフランクに会える意識状態ではありませんでした。
そしてあなたがどれだけ私に対して真摯であるか、ACIMを説いて聞かせた私にどれだけあなたが忠実であろうとしているか、それ(私に対する真摯な態度)をポールに対して振舞いとして示した人があなたであることをポールと彼の家族と彼の友人達は知っています。

「自分は疲れすぎているので{あなたの質問に関して}ラジに訊ねる事はしたくない」とポールが人々の前で言った時、「誰が私を話していたか」そこに居合わせた人達には明白でした。

しかしあなたが私に対してどれだけ真摯であるか決めるのは人の評価ではありません。

ポールには優しくしてあげなさい。しかし彼はあなたのリーダではありません。

あなたは私に従うべきなのです。』



「あなた(岡上)に募金したい。どうすればよいですか?」というリクエストに答えるため(そしてポールさんと少しは似た立場に自分を置いてみるためにも)私は募金を募りました。

でも現在PayPalで日本からアメリカに募金送ることは不可能らしいから、どなたかが私に募金したくても出来ないはずです。 
ボタンを「募金」から「購入」に変えれば送金可能かも知れないけれど、設定を変えるのが面倒で、そのままにしてありました。

しかし誤解を生んでいるようなので募金ボタンは外すことにしましょう。

日本語って…。

私、数年前に、「岡上さんに寄付したいので、日本の銀行で口座はないのですか?」と、お尋ねしました。
その時は、寄付は受付けていません、との事でした。

その後、寄付を募られた時、私の中では以前の記憶からか〈募る〉は勝手に〈受付ける〉に変換されてまして…。

ポールさんは募金を募る=積極的にお願いする。岡上さんは寄付を受付ける=下さるなら有り難く頂戴します。になっていました。

募金と寄付は行為の主体者が違うせいか、私の中では単語のイメージも違っていまして。日本語って難しいですね~。
って、私の国語力が問題なのか…。

フリフリしっぽさん

<ポールさんは募金を募る=積極的にお願いする。岡上さんは寄付を受付ける=下さるなら有り難く頂戴します。になっていました。


その通りです。



お久しぶりです。
私は相変わらずぱっとしない日々です。
更に今、困っています。80過ぎの父がステージ3の癌になりました。癌は良いのですが、場所が喉と食道の境目で、放射線治療ができるか分からないと言われています。
この歳で声帯切除を含む手術は避けたいので、重粒子線療法の相談はする予定ですが、場所が場所だけにできるとは限らないと言われています…。

進行が早い気がしています。嚥下障害になっています。
真理を聞いても私にはさっぱりお手上げです。何かアドバイスを頂けますでしょうか…。


「フリフリしっぽ」さん、こんにちは。

人がたとえ死んだとしても、その人は居なく成りません。

しかし、人の命は限定されているように見えており(人は100年位しか生きられないと思われており)、
人の殆ど全ての約束事/思考/体験が、その考え(人は永遠ではない/人は神の子ではない、という考え)に基づいて展開されています。
人がこのような状態に対して異を唱えようとすると、ある程度の反発(場合によっては大きな反発)を周囲から受けることがあります。
それを理解しているので多くの人達は押し黙ってしまうのです(「私は神と一体であり、故に私は永遠であり、それはあなたも同じです」と言えないのです)。

人には常に「神を選択する自由」があるのです。 すなわち「神を選択しない自由」をそれぞれの人達が有しています。
だから人に出来ることは「自分の選択をすること」であって、自分以外の人の選択をすることは不可能です。
何故なら、人は常に「神/生命を選択する自由」を持っており、したがって人は(それぞれの人は)「神/生命を選択しない自由」も持っているのだから。


聖書の中に描かれているイエスは沢山の人々を癒し続けました。
そしてイエスによって癒されなかった人々に対してイエスは「それはあなた達が邪だからです」と言った、とされています。
「それはあなた達が自分達の思考/習慣/知覚を手放せなかったからです」
そこには(あなたの中に)精霊が流入して来る余裕が無いのです。


レントゲンやMRIやDNAなどは、全て結果であって、原因(源)ではありません。
体は結果であって、体があなたの原因(源)ではないように。


このウェブは私が以前使っていたメールアドレスで登録しており、その登録メールアドレスを変更することは不可能のようです。しかし、そのアドレスを(昔の登録アドレスを)私はもう使う事が出来ません。 
今のところこのウェブを使用するに当たり、まだ不便はないようですが、
今後は下記の新しいウェブ/ブログにメール等お送りください。
http://hirogansang.hatenadiary.com

このやり取りは、上記の新しいウェブにもアップさせて頂きます。

岡上

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