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あなたはACIMの犠牲者でしょうか?

例えばあなたがACIMを読んでいたら、
「あなたの兄弟に断罪するのは止めなさい。」
「あなたの知覚があなたの指示に従って酷いものを持って来るのです。」 と読むわけです。
すると「あなたは他者の為すがままを受け入れなくてはいけない。ACIMをあなたに正しく教えてくれる人を無条件に受け入れなくてはいけない。」と言われている気持ちに成るかも知れません。

では次の文章を読んでください。
Chapter 28-5 (からの抜粋)
そしてあなたと同様に、あなたの兄弟も自身が夢であると考えています。

「彼自身に対する彼の幻想」を彼と共有するのは止めなさい。

何故なら、「あなた」のアイデンティティは彼のリアリティにかかっている(依存している)のだから。

そうではなく{彼の幻想の中で彼の幻想を共有するのではなく}、「幻想がまだ居残っているマインド」として彼のことを理解しなさい。

マインドとして彼はあなたの兄弟なのです。

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
「あなたが世界の中で見ている人達」は自分が夢であると考えているのです。
それはACIMをあなたに教えようとする人々も同じです。彼等もまだ夢が自分であると考えているのです。
だから「彼の夢」を彼と共有するのは止めなさい。 彼の夢を受け取り、それを認証することは止めなさい。
するとあなたは「彼は夢見ているのだからしかたない、いまは放っておくしかやりようが無い。」と考えてしまうかもしれません。
しかし、
Ch28-4
「彼(あなたの兄弟)が幻想を持ってやって来ること」を阻止しようとするのは止めなさい。

何故なら、彼がやって来ることこそ(夢の中で輝いている「その他全てのこと」よりも)あなたが求めるべきことなのだから。
夢の終焉が怖れの終焉なのです。そして夢の世界の中に愛が在ったことは全く無いのです。
////
そして
Ch28-5
だから彼を解放しなさい、怖れの夢の中ではなく(怖れの夢の主張に従ってではなく)、

兄弟共同体(兄弟の一体性)に対するあなたの主張(主権)によって。

{「彼と自分が兄弟として同じ権利を有しており、自分と彼は等しく父の子であり、自分達は父から継承しているものに相応しいと」主張することにより彼を解放しなさい。}

彼の幻想をあなたの信心でサポートすることを止めることにより、「彼が誰であるか」彼に認識出来るようにしなさい。 

あなたの信心で彼の幻想をサポートしてしまっている時、あなたはあなたの幻想に対して信心を与えているのです。

あなたが「あなた自身の幻想」に対して信心を与え続けている限り、彼は解放されません。

そして「あなた(達)」は彼の夢の鎖に繋がれ続けてしまうのです。

そして怖れの夢が『(あなた達がお互いのマインド内でサポートしている幻想が住んでいる)小さなギャップ』を脅かすのです。

もしあなたがあなたの役割を担ったなら、彼は彼の役割を担うのです。 

何故なら、「あなた」が立っている場所で彼はあなたと繋がるのだから。

///////

そして、
Ch28-3
「これは私に対して行われていることではなく、私がこれを{自分に対して}行っているのだ」とマインドが認めているので、体が解放されるのです。

こうして{この認識によって}他の選択を選べる自由をマインドが獲得するのです。
///

それでいいのです。
「自分がこれ(分離的世界を見せること)を自分にしていた」と気付いてあなたはもう一度選び直すのです。
そしてあなたの兄弟ももう一度選び直すチャンスを得るのです。
修正は一方的なことではなく、双方に働きかけるのです。


もしあなたが“ACIMの教師”から学んで来たなら、上記のことが真理をよりクリアにしてくれるでしょう。
Hiro これは先ず第一にあなた自身のことですよ。

これ以降の話は『神の意志』で続けましょう。
http://whatisthewillofgod.blogspot.com/
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新しいもの

昨日Paul Tuttleさんの久しぶりの放送を聞きました。 (その内容はACIM Studyではなく、全体的なリハビリ効果を目指しているものです。)
多くの方が既にご存知のように私は Paul Tuttle さんに対して批判的な文章を公表しています。 それがACIMを学んでいる私にとって容易でないこと(ACIMと矛盾しているように思えること)は、この文章を読まれているあなたにも解っていただけるでしょう。
私もそのような行為はACIMに反するものと考え、そのような言動を避けてきました。

――――

しかし違うのです。
「あなたの兄弟を断罪するのは止めなさい」とは「あなたの兄弟を物理的な体(神の全てから分離している物体)として見続けることは止めなさい」という意味なのです。
あなたは聖霊の声を自分の中に受け入れ、それが湧き出てくるのです。
それを押し留めようとしたなら、あなたは苦しむのです。
その時あなたは「自分が苦しんでいるのは兄弟のせいだ、彼が間違えなければ自分は苦しまなかった」と思うかもしれません。
しかしあなたが苦しんでいたのは、あなたが私の声を表現していなかったからなのです。
あなたが私を遠ざけていたからあなたは苦しんでいたのです。
それだけなのです。

「医療/医学を通して愛が現れる可能性は全くない」そう考えたならそれは分離的思考です。
「本にして販売したなら真実を書き表すことは不可能だ」そう考えたならそれは固定概念です。
「寄付を通して活動することがビジネス(売り買い)よりも尊い」これもあなたを真理まで到達させる法則ではありません。
もしもビジネスでなければ出来ないことがあるのなら、その場合は「ビジネス」を行いなさい。 
ビジネスを否定しても、寄付を否定しても、それらを拒否することによってより明晰なものが現れているのではないのだから、ビジネスかビジネスではないかに(寄付か寄付でないかに)こだわるのは止めなさい。

あなたは既にACIMの全てを知っています。
何故なら、私があなたにそれを告げたのだから。だからあなたはそれを翻訳しているのです。
しかしあなたは私から聞いたことが正しいかどうかACIMとつき合わせて確かめるまで、私の言葉(私があなたに言ったこと)を言うことを躊躇しています。「もし自分が書き取ったことが間違っていたなら恥をかくから」と考えて。
しかし今あなたが私に信頼を与えなければ、ACIMの全てを翻訳し終わった時点でも私に対する確信は持てないでしょう。

Raj のACIM Studyには参考資料として接し、私があなたに伝えることを書きなさい。
何故なら、広く明晰なものがあなたの前に現れているのだから。
誰かが私をより広く明確に言い表わしてくれなくてはいけないのです。

ACIMがその成立/発展において色々な障害を抱えていたことは皆さんご存知でしょう。
一グループがACIMの著作権に関する排他的所有権を主張していたり、そのことが訴訟へと発展して行ったり、ACIMテキストの様々なバージョンとその正当性に関する情報が飛び交っていたり。 それらはあなたをウンザリさせたでしょう。
ACIMの筆記に係わっていた Willam Thetford のCIAの経歴故にACIMを胡散臭いものと見られてしまう可能性に関しても皆さんもうご存知でしょう。 
(これに関して怖れる必要はありませんが、知らないフリをすることもまた不適切です。)

しかし真摯に真理を求めてACIMに取り組んでいる人達が多く居ることをわかっていて欲しいのです。
(どれだけ拙く、混乱して見えても)確かにここには価値あることを言い表わす試みがなされていると認めてその為に努力しようとしているのは「あなた一人」ではなく、その様な者達が少なからず居ることは知っておいて欲しいのです。
「真実を言い表わす為に必要なもの」は「何よりも真実を求める真摯な意図」以外には何も無いのだから。 つまり「あなたが真実を真摯に求めていること」が「真実を明らかにする」のだから。  
何故ACIMは重要なのでしょうか? それはここにある程度新しい見方(新たな視点)が示されているからです。 夢から目覚める為のガイダンスがここに示されているからです。

そして私の言葉はより明確に書き表せることも言っておきましょう。 それを求めている者が居るのだから。

もう一つ言っておきましょう。
あなたは私と統合されて行くのです。
私とあなたは一つなのだから。 そしてそのデモンストレーションが目覚めなのだから。



祝福

光りを待ちなさい

静かに待ちなさい

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誰が教師なのか

Dear friends,

これはつながりのシンプルなメッセージです。
これは沈黙を破るものです。
これは愛を差し伸べるチャンスであり、The Gathering Place(NW Founcation for ACIM のフォーラム)を使っている人達やわたし達のワークに意味があると思ってくれている人達への挨拶です。

毎週のスタディー・グループが最近行なわれていませんが、水面下で意味深いワークが起こっており、それが完了し共有されたなら、それは全ての人達を祝福するものに成ります。

現在ポールは強烈で意味深い二つのステップを実践/体験しており、聖なる瞬間の「静寂」に対してより一層深いレベルの信頼を与え、真理に対する自分の記憶/最上のジャッジメント/信念への信頼を放棄している最中です。

「誰が自分の教師なのか」より一層明確にし、その教師に対して真摯な献身を捧げ、パーソナリティとインディヴィジュアリティ(個人性)の間をフラフラして自分の存在と意味を曖昧にしなくなるべき時なのです。

コミットメントの選択権が奪われている時それ(献身を選ぶこと)は難しいのですが、明確に明確に修正を求める声(状況)がそれ(献身)を容易にしています。(状況の変容は、パーソナリティによってもたらされるものではないのです。)

だから彼は「(彼にとっては不慣れな)音信不通状態」に留まっているのです。
この状況が、パーソナルに成る機会を彼から奪っており、「静寂の中で退屈するか(でなければ)聖なる瞬間を実行し神の聖なる子に成る機会」を彼は豊富に得ているのです。

唯一可能な選択の中のこの孤独/孤立がアルファでありオメガ(始まりであり終わりの交差点)なのです。 これが「今」の確約/確証なのです。
それ故に、わたし達は皆さんに「ハッピー・ニューイヤー」と言うのではなく、ハッピーな聖なる瞬間を願い、献身/確信/意欲をもってそれ(聖なる瞬間)を行なうようお勧めします。

いま歴史の輪から離れるべき時なのです。


Rajpur
Kingston, Washington
January 6, 2013

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翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

hiro.okaue@gmail.com

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