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イエス(目覚めるための夢)

イエスが言いました。「私を、私の弟子のもとに連れて行きなさい」。
(随分とずんぐりむっくりしたイエスです。)
確かあれは午後の日差し、そして赤い岩肌の町でした。
雲は低く、光のカーテンをゆっくりと動かしていました。

やがて小高いところに着きました。
それは樹の板で作られた牢屋のようでもあり、打ち捨てられた小屋のようでもありました。

その人はそこに横たわっていました。
髪の毛と顔中の髭は栗毛色でした。 背は低いけれども、とてもがっしりとした、まるで雄牛か、それこそ赤岩のような体です。
その人は打ち捨てられ、石のように固まって、しかし死んではいないのです。
そこにいるその人は、身動きが出来ないほど、ものすごく固くなってしまったのです。

その人そっくりに見えるイエスがその人を包み込みました。 彼等は一つになったのです。
そこには光しか残っていませんでした。
私はそれを見ていました。

「これ以外のことをする必要はない。
今すぐ、他の全てのことを止めて、私を私の弟子のところに連れて行きなさい。」

この人は誰ですか?
「貴方の兄弟です。」
これは私ではないのですか?
「貴方の兄弟です。」
「貴方が自分にして欲しいと思うことを、他の人にもしてあげなさい。そうすれば、あなたのためにこれを既にしてくれている人がいることに貴方も気付けるでしょう。」

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テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

You Are Loved and Safe 抜粋 "あなたは愛され守られている" サン~ローズ著

43. A MAJOR contribution of miracles is their strength in releasing man from his misplaced sense of isolation, deprivation and lack.
43. 奇跡の主な貢献は、人を彼自身の間違った孤立/困難/欠乏から開放することです。


ええ、確かにこれは難しいでしょう。 容赦ない奇跡の前では。
あなた自身には説明することが出来ない奇跡が起こっている時に、あなたが抱いて来た今までの見方に固執することは苦しいことでしょう。

何かが変わったのです。 そしてこの変化はあなたのマインドの中で起こっているのです。

突然、全ての「良くないこと」からの解放が可能に見えはじめるのです。
欠乏からの解放、そして(あなたがそれを許すなら)死という最大の侮辱からの解放の可能性が見えてくるのです。


Miracles are affirmations of Sonship, which is a state of completion and abundance.
奇跡は神の子の共同体の確証で、それは完了と豊潤の状態なのです。


奇跡は「神が存在すること」の証明です。 そして「あなたは自分で考えていたような存在ではない」ということの証拠なのです。


Whatever is true and real is eternal, and CANNOT change or BE changed.
真理でありリアルであるものは何事も永遠で、それが変わったり変えられたりすることは不可能です。


一時的なものは…..

2006年9月5日は、とても(繋がりが)不安定でした。


2006年9月6日

The Soul is therefore unalterable because it is ALREADY perfect,
だから魂(ソウル)は不変なのです。 何故なら、魂は既にパーフェクトなのだから。


既にパーフェクト(完璧)であるということが、どのような意味を持っているか少し考えてみてください。

エゴにとって全てのことは(ただそこに在る/存在するということではなく)何かに成ることです。  何故なら、もしエゴが「成ろうとすること」を止めて、実際に「存在」として在り始めたなら、エゴは無くなってしまうから。

そしてあなたは、何らかのレベルで、このことに既に気付いています。
そして何かに成ろうとし続けようというあなたの意思的選択が、あなたは実はまだ目覚めたくないと思っていることを示しているのです。

だから今すぐ、「成ろうとし続けること」を止めて、あなたは(あなたのリアリティは)既にパーフェクトであると認めなさい。 あなたは自分を向上させるために何かをする必要は全くありません。

あなたは確かに、『「神」がそなたを創造したまま』のものなのです。

あなたは筋肉を増やしたり、長い髪が再度生えてくるように、努力する必要はないのです。

それらのことは(あなたとは)関係がないだけでなく、あなたの完璧性を実現(表現)する上で存在してさえいないのです。

あなたは(魔法のコートを奪われたジョセフの様に)絶望の真っ只中にいる時の方が、何者かに成ろうと考えて鏡を覗き込んでいる時よりも、リアリティのより近くにいるのです。
(このジョセフとは、旧約聖書のヨセフの物語をもとに書かれたミュージカル劇=ジョセフ・アンド・ジ・アメージング・テクニカラー・ドリームコートの主人公ジョセフのことです。)

エゴは、加齢を発明しただけでは飽き足らず、「若々しく見えることが望ましく、それ以外の見え方は良くないという」ルールも制定しました。

このようにして、加齢を体験している人はそれを厭い、ある程度したらここを去るべきだという暗示が与えられています。 そしてそこには、一旦死亡した後で若々しくなって、古い物語や枯れた体を捨てて、世界の中に帰ってくる事が出来るという暗黙の信念があるのです。

そしてこの信念は、あなた達全員が『「神」なしで生き続けることに中毒していること』を隠しているのです。

よく「息をひきとるようにお亡くなりになりました。」とか言いますね。 馬鹿げたことです。

彼はもはや若い女の子を魅力出来なくなってしまったので、新しい体験を求めてもう一度17歳に成ろうとしただけなのです。

あなた達全員が、「生命には終りがない」と深いレベルでは認識しているのです。

そしてあなた達は、疲れる夢から抜け出る方法は二つしかないことも知っています。 それは目覚めるか死ぬかです。


– but – and – the mind can elect the level it chooses to serve.
The ONLY limit which is put on its choice is that it CANNOT serve two masters.
そしてマインドは、自分が仕えるレベルを選ぶことが出来るのです。
この選択の上に置かれている唯一の限定は「二つの主人に仕えることは出来ない」です。


あなたは「目覚める」と同時に「自分一人の意志を持つ」ことは出来ないのです。
『「神」の意志』と『貴方一人だけの意志』を同時に保つことは出来ません。 


2006年9月8日

The mind, if it elects to do so, becomes a medium by which the Soul creates along the line of its own Creation.
マインドは、そうしようと思ったなら、霊(ソウル)がそれ自身の創造を行う時の媒体に成ることが可能です。


上の文章を良く読んで下さい。

「神」(唯一の創造神)である「マインド」の個人的体験がマインドなのです。
そして、これが(「マインド」体験が)実存する唯一の創造なのです。 
つまり、この宇宙は「マインド」の宇宙なのです。

だからマインドを変えれば、癒しがもたらされるのです。
だから体や状況を診察(調査)することは無意味なのです。

「マインドは、そうしようと思ったなら」?  これは自由意志のように聞えませんか。

その通りです。 しかし、その代償は自由/無償ではないですね。
「神/マインド」に逆らって思考することの代償は狂気なのだから。
これは「自分のやりたいように振舞うこと」のとても高価な代償なのです。

そして(エゴの限られた視界ではなく)「神」を選択することが真の自由で、真の幸福そして真の平和のギフトなのです。

「マインドは、霊(ソウル)が自分勝手な創造を行うことを促進する媒体に成ることが可能です。」

聖書の創世記の第二章では、「神」がアダムを塵から作ったことになっています。
これは「神の子」の創造の媒体としては、おかしくないですか?
これが霊の創造に思えますか。

「神」だけが唯一の霊なのです。 そしてこの聖なる彫刻家は「マインド/愛の実体/生命の流れ」という媒体を使うのです。

これが全創造のために無限の自由/美/永遠を可能にしているのです。


2006年9月16日

If it does not freely elect to do so, it retains its creative POTENTIAL, but places itself under tyrannous rather than genuinely authoritative control.
それが(マインドが)そうする(自分勝手な創造を行う)気持ちになれなければ、それは自身の創造力の可能性を保ちます。 しかし、(目覚めていないマインドはその創造力を)本当に権威を持っている者ではなく、暴君のコントロール下に置いてしまうのです。


エゴのレンズ(卑小な私の感覚)を通して体験されている、あなたの個人性が(その体験の権威者になるのではなく)被害者になることを選択したなら、その体験はもはや神聖なもの(全てを内包しているもの)ではなくなります。

それはもはやリアルではなく、そしてリアリティが見えなくなってしまい、『「そこに本当にあるもの」に対する歪められた感覚』によって隠されてしまいます。

そうなると神の子は暴君(エゴという非情な主人)の統治下に置かれてしまいます。


As a result it imprisons, because such are the dictates of tyrants.
その結果、暴君がマインドを幽閉してしまいます。 何故なら、それが暴君の性質だから。


しかしそれでも自由はあなたの手元にあり続けているのです。
だから、あなたはただマインドを少しシフトするだけで良いのです。


To change your mind means to place it at the disposal of TRUE Authority.
「あなたのマインドを変える」ということは、それを真の権威者のもとにゆだねるということです。


キリストこそがあなたなのです。 そしてキリストというこの権威者が、「あなた/精霊(真のあなたを保っている者)」として統治しているのです。


The miracle is thus a sign that the mind has chosen to be led by Christ in His service.
だから奇跡とは、マインドがキリストに導かれて奉仕することを選んでいる「しるし」なのです。


癒しとエゴの両方を求めている者達には、奇跡は見えないか、見えてもすぐに忘れ去られてしまいます。

しかし、私か精霊に導かれていくことをあなたが選んだなら、あなたの心とマインドの中に奇跡が与えられ、それは決して(あなたから離れて)遠くには行きません。

このようにして奇跡は地獄から出る階段を作るのです。 大きく開かれた天国の扉の前にあなたが来るまで。


The abundance of Christ is the natural result of choosing to follow Him.
キリストの豊かさは、キリストに従おうと選んだ結果として自然にもたらされるものです。


ええ、「キリストは豊かで、私は貧しいものです。」(賛美歌:O Lord I would delight in Thee)31

これは「キリストとして在ること」を選んだ結果として自然に起こることなのです。

ここで一旦止まって、これらの言葉があなたの中に届くようにしなさい。
あなたは、私を崇拝したり賞賛するように求められているのでは無いのです。

あなたは「私=キリストとして存在すること」を求められているのです。

パウロは、ピリピ人への手紙の中で「イエス・キリストの中にいた、そのマインドをあなたの中にも招き入れなさい」“Let that mind be in you, which was also in Christ Jesus.” と書いています。

そして私はここで次のように言っているのです。
「マインド/神」があなたに成ることを許しなさい。 「マインド/神」が私=イエスでもあったように。

どうです、創造の全てにとって、あなたがどれだけ貴重で大切か分かりましたか? あなたはそれほど重要なのです。


ALL shallow roots – the structures the ego has built – must be uprooted, because they are not deep enough to sustain you.
The illusion that shallow roots can be DEEPENED, – that the ego can become permanent – and thus made to hold, is one of the distortions on which the REVERSAL of the Golden Rule rests.
全ての浅い根っ子(エゴが作った構造)は引き抜かれなければいけません。 何故なら、それらはあなたを保持するには浅すぎるのだから。
「浅い根っ子が深くなれる(エゴが永遠の存在になれる)、そして根付く事が出来る」という幻想の歪みの上に、ゴールデン・ルールの逆転が依存しているのです。


そしてゴールデン・ルールの逆転とは自分勝手/利己的に振舞うことです。
これは(与える行為の全てが喜びを増加させている)天国の中では全く理解されていない概念です。

自分勝手/利己的とは、自己撲滅の試み以外の何であり得るでしょうか。
そしてエゴは、これを試みているのです。

しかし、あなたの「自己/セルフ」は安全に保たれ、(あなたが気付くのを)辛抱強く静かに待っています。
そして、あなたの「自己/セルフ」とは精霊なのです。

精霊は、そこから脱走した部分を優しく見守って、それが(あなたが)静かに故郷へ帰って来るよう愛を送っています。


As these false underpinnings are given up, the equilibrium is temporarily experienced as unstable.
これらの間違った基礎(前提)が放棄されたなら、「正しいバランス(均衡)を取り戻すこと」が「不安定な事態」として一時的に体験されます。


エゴは『「神」を選ぶことは危険で気違いじみている』とあなたに思わせようとします。
しかし、あなたはその反対が真実であると知っています。

「神」として(「神」と同様に)「神」と共に在ることの安全と正気が永続し続けるのです。

しかしエゴはしつこくその立場を主張し続け、エゴだけがあなたを安全/正気に保つことができると言い募ります。


2006年9月18 早朝

However, the fact is that NOTHING is less stable than an orientation that is upside down.
しかし、逆さまな「向き/信条」こそが一番不安定なのです。


枝が地に埋まっていて根っ子が地上から生えている樹を考えてみて下さい。
このようなものを安定させようとすれば、ものすごく多くの人工的な補助が必要になることでしょう。


Nor can anything which holds it that way be really conducive to greater stability.
それを(逆さまな信条/信念を)そのまま保持しようと試みても、より本質的な安定をもたらすことにはなりません。


エゴとは人口的な概念、つまり偽物のマインド体験なのです。

44. Miracles arise from a miraculous state of mind.
44. 奇跡は、奇跡的なマインド状態から立ち昇ってくるものです。


なにがマインドを奇跡的にするのでしょうか?

少しの意欲(まだあなたにはぼんやりとしか思い出せていない「愛」=故郷を懐かしむハート)があなたのマインドを奇跡的にします。  
あなたから求められている「少しの意欲」とは無条件の愛のことで。 
それが、『あなたにとって「神」とは何なのか』という(深く隠されてしまっている)気付き/英知をあなたにもたらします。

エゴもまたこれを求め、同意と「愛」(とエゴが勝手に考えているもの)を一生懸命探し続けているのです。


By being one, – and everyone shares this Knowing, no matter how much It has been rejected – and so, because minds are joined – this state of mind goes out to ANYONE, even without the awareness of the miracle worker himself.
人が(「ひとつである」という)奇跡的マインド状態に成れば、このマインド状態は誰にでも与えられるのです。 たとえミラクル・ワーカー(奇跡のために奉仕している人)自身がこのことに気付いていなくとも。


そして全ての人がこの英知/気付きを共有しているのです。
たとえ誰かがとても強く「ひとつに成ること」を拒否していたとしても、
マインドは一つに繋がっているので、もう一人の人が「ひとつに成り」さえすれば、これが達成されます。


The impersonal nature of miracles is because the Atonement itself is one, uniting all creations with their Creator.
奇跡が非個人的な特質を持っているのは、アトーンメント(和解)そのものが「ひとつのもの」で、「創造の全て」と「その創造者」をひとつに結び付けているからです。


ここで「非個人的」と言っているのは、冷たく/非人間的という意味ではなく、差別しない/普遍的/全体的という意味なのです。

奇跡は全ての人に与えられています。

この点はいくら強調してもまだ足りません。
奇跡は全ての人のためにあるのです。
奇跡が与えられていない人など居ないのです。

(罪人の世界と呼ばれている)あなたの世界では「癒やしや良きことを得られるようになる前に、それらにふさわしく成らなければいけない」という概念がとても強く保持されていますが、これは全く馬鹿げています。

全ての人が癒しにあたいします。
奇跡を受け取るか拒否するかは、あなた自身が選択しているのです。

奇跡はあらゆる所にいま、いま、いま、いま、与えられ続けているのです。

エゴという錯覚/幻想だけが、あなたと奇跡(あなたの人生の中に奇跡が広がっていくこと)の間に立ちふさがっているのです。


45. The miracle is an expression of an inner awareness of Christ, – a saying “Yes” to God – and the acceptance of His Atonement.
45. 奇跡は、キリストに対する内なる気付き(「神」に対して「イエス」と言うこと)の表現であって、それはキリストのアトーンメント(和解/仲裁)を受け入れることなのです。


そしてアトーンメントとは「キリスト」と「あなた」と「全ての存在」とのワンネス(一体性/ひとつであること)なのです。 全てがあなたで、あなたがワンネスです。
そして「あなた」と「キリスト」と「全て」とのワンネスも(あなたの中にあるもの全ても)またアトーンメントなのです。

アトーンメントとは『「特別性」の追求(他者よりも優れたものに成ろうとすること)を放棄すること』で、それは全体の中のあなた(の位置/責任/任務)を喜んで抱擁する(受け入れる)ことなのです。
あなたは(全体に対するあなたの関わり合いは)創造(という聖なるファミリー)から絶対的に必要とされているものなのです。

これが「愛」を受け入れることなのです。 何故なら「愛」が「神」だから。 そして、あなたがこのように「愛」している時、あなたもまたこの「愛」なのです。


2006年9月19日

The mind is then in a state of grace, and naturally becomes gracious, both to the Host within and the stranger without.
そうなればマインドが恩寵の状態になり、「内なるホスト」と「外の他の人」の両方に対して自然と慈悲深く親切になります。


慈悲深くなるとは、自分から喜んで「愛」を拡張する(「愛」を差し出す)ことです。

「愛」が包括的になった時(他を受け入れられるようになった時)、これが起こるのです。
これがわたし達の言おうとしていることです。

排他的な「特別な愛」ではなく、全てを受け入れる「愛」が必要なのです。
「愛」の本来の性質は受け入れることです。


By bringing in the stranger, he becomes your brother.
(「愛」は)他者を招き入れて、その人があなたの兄弟になるのです。


こうして、その人があなたの大切で不可欠な一部になり、その人なしではあなたは不完全だということに気付くのです。


46. A miracle is never lost.
It touches many people you do not even know, and sometimes produces undreamed of changes – the butterfly effect – in forces of which you are not even aware.
46. 奇跡は決して失われることがありません。
それはあなたの知らない人達にも影響(バラフライ効果=連鎖反応)を与え、時にはあなたが気付いていない力を用いて、思っても見なかった変化をもたらします。


あなたが植えたフジウツギの上に夢見るようにとまっていた蝶がいましたね。 フジウツギのむせるような香りを吸い込みながらそこにいた蝶が、テキサスで起こったかもしれないハリケーンを回避させたのです。


That is not your concern. The miracle will always bless YOU.
それはあなたが気にすべきことではありません。 奇跡は常にあなたを祝福するのだから。


何故でしょうか? その理由は「一人を祝福するものは、全てを祝福するから」です。

そしてあなたは、これが(奇跡の連鎖反応が)あなたの人生/生命の中に直接明確に現れているのを見るでしょう。 たとえあなたが、テキサスや蝶から離れているように見えても。


The miracles you are NOT asked to perform have not lost their value.
あなたが行うように求められなかった奇跡も、その価値を失ったわけではありません。


「あなたが行うように求められなかった奇跡」とはなんでしょうか?

それは、あなたの兄弟が求めなかった奇跡です。
それは(もう少し痛みの中にまどろんでいようとして)あなたの姉妹が目をそむけてしまった奇跡です。


They are still expressions of your own state of grace,
それらはそれでも、あなたの恩寵の状態の表現なのです。


「あなたの恩寵の状態」?
奇跡を受け入れたくないと考えている兄弟姉妹によっても、あなたの価値が軽減されることはなく、良きことだけを意図しているあなたによって彼/彼女も高められるのです。

これを可能にするには、あなたが(神/精霊/ガイド=キリストに)降参する必要があるのです。
あなたは兄弟姉妹のために忍耐強く待てるようになる必要があるのです。
あなたはその可能性を既に持っています。


but the ACTION aspect of the miracle should be Christ-controlled because of His complete awareness of the Whole Plan.
The impersonal nature of miracle-mindedness ensures YOUR grace, but only Christ is in a position to know where grace can be BESTOWED.
しかし奇跡を起こす行動に関しては、プランの全容を知っているキリストにコントロールさせるべきなのです。
奇跡的マインドの(奇跡を志向することから来る)非個人的性質が、あなたの恩寵を保障しています。 しかしキリストだけが、恩寵がどこに与えられるのか知っているのです。


これはより正確には、「しかしキリストだけが、どこで恩寵が受け取られるか知っているのです。」と書かれるべきでした。

何故なら恩寵は常に与えられ続けているのだから。


47. Miracle-mindedness means miracle-readiness.
47. 奇跡的マインド(奇跡志向)とは「奇跡への準備が出来ていること」です。


つまり:
あなたは、奇跡を得る準備が出来ていますか? あなたは、ものごとに対する信念、ものごとのあるべき姿に対する自分の信念を放棄することが出来ますか? あなたは、全ての奇跡の後ろにある「愛」を認める準備が出来ていますか?
準備が出来ていることを確実にするためには、どのような意識をもつべきなのでしょうか?


Readiness means that you should always keep your perceptions straight, so that you will ALWAYS be ready, willing and able.
「準備が出来ている」とは、何時でもあなたの準備が整っており、何時でも奇跡に対して意欲と能力を与えられるよう、常に自分の知覚を真っ直ぐにしておくことです。


そしてあなたの知覚を真っ直ぐに保つためには、(自己定義から)伸び出して(精霊と)繋がり、子供のように「これは何なのかしら? ここでは何が起こっているのですか?」と訊ねる意欲を持ち続けることです。


These are the essentials for “listen, learn and do.”
これらが「聞いて、学び、行う」の必修事項です。


聞く意志を持てるようになれたなら、あなたは学び始めるでしょう。

そして「どうすれば良いか」学んだなら、あなたは「自分が学んだこと」を実践し始めます。
そして、「学んだこと」を「行うこと」だけがあなたの喜びになるのです。


2006年9月20日

You must be READY to listen, WILLING to learn, and ABLE to do.
あなたは聞く意欲を整え、学ぶ意欲を持ち、聞いて学んだことを実践できなければいけません。


この点が強調されているのは、「聞き/学び/実践する」ことに対する意欲/決意がなければ、奇跡は見えず体験もされないからです。

奇跡とは「無限の良きこと」の別名です。 それは、何時でも何時までも存在し続けている(何時でも体験することの出来る)「良きこと」です。

この体験を可能にするのは何なのでしょうか? それはあなたの意欲です。

あなたは「今までは可能だと自分では思っていなかったこと」を見る気になれるでしょうか?

「あなたの信念システム(世界観/宗教観)」と「奇跡がもたらす癒やし」のどちらがあなたにとってより大切ですか?

「奇跡に対するあなたの意欲」を阻止するものは、「状況や他者をコントロールしようとする欲望」だけではないでしょうか?

それは、あなた達全員が作り上げた世界(古代の契約のもとに合意されている世界)に対するコントロールです。 この世界は(あなた達の定義は)、始めから痛みしかもたらしてきませんでした。

あなたの見ている世界(世界に対するあなたの見方)はリアルではありません。 何故ならそれは奇跡を否定しているものだから。 それだけでなく、「あなたの見ている世界」(世界に対するあなたの見方)は奇跡を回避しようとする試みなのです。

それは(それが「神」から程遠いチャンネルを経由して届くのでない限り)癒やしを否定してしまいます。 往々にして、祈りを通したあなたの癒やしさえ、「神」を避ける試みなのです。

そこでは、一人の物理的な人が、もう一人の物理的な人のために「神」に祈って、「法則と呼ばれているもの」と「その人に与えられている劣化の傾向」を無効にしようとしているように見えます。

そうしている間は、「いったいどうして、愛に溢れているはずの父/母(神)が子供を病気にしたのか」(どうして病というようなことが在り得るのか)誰も訊ねたいとは思っていません。

そうして、この気まぐれで感情的な父に対して(「不明瞭なルール」を侵害してしまった罰を受けている)病人を赦して欲しいという惨めな祈りが上げられるのです。

そして「善良な人が死んでいるのに、罪人が癒やされている」と考えて人々は余計に混乱してしまうのです。

何故なら、「病人には自分の運命を選ぶことが出来ない」と信じられているから。 しかしそれは真実ではありません。


Only the last – being able to do – is involuntary, because it is the APPLICATION of miracles which must be Christcontrolled.
The other two, which are the VOLUNTARY aspects of miracle-mindedness, ARE up to you.
最後だけが(実践することだけが)自動的に(あなたの意志に反して)起こるのです。 何故なら、奇跡の適用(奇跡を使うこと)こそキリストのコントロール下に置かれるべきなのだから。
残りの二つ(聞くこと/学ぶこと)は、奇跡的マインドの自発的要素で、あなたは自分からそれを行う必要があります。


しかし、ここでもあなたは譲る必要があります。
譲って一歩下がり、キリストがあなたに成ることを許可するのです。

だから、あなたは常に「奇跡」か「あなたの痛み」のどちらかを選んでいるのです。

そして、その時、あなたは兄弟姉妹のためにも選んでいるのです。

コントロールは痛みしかもたらしません。 
しかし「喜んで譲ること」により(本当は常に存在している)癒しが見えるようになるのです。


岡上浩巳 翻訳

残念ながらこのウェブ上では、「サン~ローズがイエスからのインスピレーションをもとにACIMテキストの中に挿入した文」と「前から存在しているACIMテキスト」が見分けにくくなっています。 

テキストの見直しは賀来さん、マキさんにお願いしました。ありがとうございます。

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ジャンル : 心と身体

近況報告2

サン~ローズ本の翻訳終りました。
まだ出版社は決まっておらず、もっと手直しも必要なのですが、翻訳は終りました。

さてこちらのブログですが、これらかは私の話を書く事にします。
私が受け取っているガイダンスは「何でも良いから毎日書いて出せ」です。

もちろんラジの話も続いており、全て聞いています。 
こちらも訳し続けたいのですが、今後は私が直接受け取っているものを中心に書いて行くことになります。
これからもよろしく。

岡上

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プロフィール

翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

hiro.okaue@gmail.com

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