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ACIM11-02-19

Febrary 19th, 2011 ©NWFFACIM 2011年 2月 19日

原文テキスト
http://www.nwffacim.org/tgp/forums/thread-view.asp?tid=30936&mid=148663#M148663
オーディオ&ビデオ


参照ページ
1H. G. Bohn, Hand-Book of Proverbs, 1855
2Quotations Book by John Flavel
Chapter 17 – FORGIVENESS AND HEALING
3 Sparkly Book – p.400 / JCIM – p.168 / CIMS – p. 337
Chapter 17 – FORGIVENESS AND THE HOLY RELATIONSHIP
First Edition – p. 327 / Second Edition – p.351
4Bible: Luke 22:42



こんばんは、ようこそ。

わたし達は目覚めへの鍵がとても明確に示されている箇所に到達しました。
聖なる瞬間の実施が、二つのステップの実行が、目覚めへの手段なのです。
それ以上なにも複雑なことはないのです。 そしてこれ以上に意味深いレッスンも存在していません。

コースのこれ以降の部分は、どのようにして人々が聖なる瞬間を避けているか説明しているのです。
皆さんには、わたし達がコースの教えの一番大切な部分に到達したことを知って欲しいのです。
そしてこれをあなたが忘れないように私は念を押したいのです。
これ(二つのステップ/聖なる瞬間の実践)を止めてはいけません。 わたし達は、この本を読み続け、愛の意識(愛の気付き)へのブロック(障害)を取り除きながらも、これ(二つのステップ/聖なる瞬間)を忘れてはいけないのです。

さてこれ以降読み進んで行くに従い、わたし達が使っている様々な(気付きへの)ブロックがこの本の中に説明されており、その中にはあなたにとって物凄く腑に落ちるものもあることでしょう。
しかし、あなたは「自分が聖なる瞬間をブロックしている全ての方法」を調べ上げる必要は全く無いのです。
あなたに必要なのはそれ(二つのステップ、聖なる瞬間)を今...今...今実践し続けることです。
愛の意識(目覚め)へのブロックに関して読みながらも、これを実践し続けなさい。

これから先の部分を読みながら「おお、人間のマインドは何と不思議に働くのだろう。」などと考え、それに関してお喋りを続け、思考し続けてしまってはいけません。
あなたは「どのように人間のマインドが働くか」考えることも放棄するべきなのです。
何故なら、あなたが考えている限り、あなたは聖なる瞬間を実践していないのだから。
思考し続けている限りあなたは、聖なる瞬間を妨げている唯一の事をし続けているのです。

先週あなたはラジカルになろうとし、(思考/反応)を躊躇して今...今...今に父の視点は訊ねたなら光明が得られたかもしれません。 その時あなたには父の素晴らしい視点の一例が示され、それは今までのあなたのものの見方からはラジカルに異なったものだったかもしれません。
あるいは、先週あなたの体験はより悪い方向に進んでいるように見えたかもしれません。
その理由はシンプルです。 エゴはそう簡単にはあなたの注意を手放そうとはしないのです。
あなたがエゴ(分離感覚)から離れそうになる度、それは一生懸命あなたの気持ちを逸らそうとするでしょう。

エゴはどのようにしてあなたの注意を逸らそうとするのでしょうか?
エゴは目覚めに対抗する言葉(フレーズ)をあなたに与えるのではなく、状況をより良くするとても興味深いプロジェクト(チャレンジ)を示唆することにより、あなたの気持ちを逸らそうとするのです。
あなたが取り組むべき(あなたが発達させるべき)新しいラジカルなプロジェクトを示唆することにより、エゴはあなたが静寂に留まることを阻止しようとします。
あるいは、他者の行動に忙しく注意を払わせることにより、あなたの注意を逸らそうとします。
そうしてあなた一人で(自分を神の意志に譲ることなく)慈悲深い助けを与えたり状況を正したりさせようとするのです。

しかし目覚めへの鍵は、聖なる瞬間の実践は、全くシンプルなことなのです。
それはあまりにシンプルなので、あなたの注意から取りこぼされてしまっているのです。
あなたが思考を止めた時、あなたが自分の静寂の中に入ってそこから父に訊ねた時に、あなたは思考を止めているのです。
目覚めへの鍵は静寂(静かになること)なのです。
(あなたの静寂の中で)父や精霊に訊ねることが絶対必要なのです。
訊ね聞いて、そこに示されていること(あなたの静寂の中に表明されていること)を受け入れることが必要なのです。

ほとんどの人達は「目覚めることとはより意識的に(明瞭に)考えられるように成ることだ!」と思っています。
眠っていない時あなたは目覚めていて、だから必然的に、起きている時には自分は考えている(とあなたは考えています)!

しかし瞑想を学んだ人なら「思考することなく意識的であること(目覚めていること)が可能である」と知っているのです。
静寂の中に存在するあり方があるのです。 だから思考と存在は同じものではありません。{「存在すること」と「思考すること」は同等ではありません。}

「存在すること」が必然的に思考を内包しているわけではないのです。
思考はあなたの存在にとって必然的(根源的)なものではないのです。
「あなたが考えているという事」があなたを「あなたとして存在させている」わけではないのです。

あなたはただ「あなた」なのです。 マインドの静けさの中であなたはそれを体験するのです。
そして思考(考えること)があなたの存在と全く関係ないという事実を体験したなら、あなたは自由に聞けるようになるのです。
そうなって初めてあなたは「私が体験している『静寂の中の終わりなき私』の真理は何だろう?」と自由に訊ね聞けるようになるのです。
「この静寂の中に居る私の真理は何だろう? 私のマインドが体験するべき真理は何だろう?」と訊ね聞けるようになるのです。

しかし、まだあなたは思考しないではいられないように条件付けられています。
“An idle mind is the devil’s workshop”「怠惰な(考えていない)マインドは悪魔の巣窟である」というフレーズをご存知でしょうか(アメリカでは昔頻繁に言われていた言い回しです)。
「子供達のマインドを怠惰にしていてはいけません。(怠惰なマインドのまま大きくなったなら)問題を起こすようになってしまうから。 問題を解決するためにあなたにはマインドが与えられているのです。 あなたの役目は問題を{自分で考えて}解決することです。」 (あなたはこのように躾けられて来ませんでしたか?)

しかし目覚めへの鍵は「思考からもたらされる全てを放棄すること」なのです。
思考の結果もたらされるのは想像上の構造(枠組み)で、それがあなたの注意を引き付け続けてしまいます。 それが「静けさの中で神の小さな静かな声(真理)を聞くこと」を不可能にしてしまいます。
問題はこれだけなのです。

コースがこれほど冗長なのは、「どれだけ多岐に亘る方法で思考し続けるようあなた達が則され続けているか」示すことが重要だったからです。
静けさが起こらないよう、どれだけ多くの方法(言い訳)が使われて来たか示す必要があったのです。
怠惰な(静かな)マインドを持たないよう(あなたが幻想から開放され得る環境が起こらないよう)、どれだけ多くのマインドのトリックが存在し、どれだけ多くの細かいマインドの性癖があり、エゴの特性が実践されているか(示すためにACIMはかくも長大なのです)。 

あなたが幻想から開放される環境とは、静けさに注意が与えられており、それに対して好奇心が与えられ「父よ、ここの真理はなんですか?」と訊ねられる環境のことです。 つまり父に譲ることが出来るようになるべきなのです。
しかし「それを行なったなら自分は無くなってしまう」とあなたは考えています。

しかし、あなたの聖なる全体性の中にいる「あなたであるもの」が、創造を(あなたが定義したものとしてではなく)それそのものとして体験するあなたの能力が、あなたの生得権(持って生まれた権利)であり、それがあなたなのです。 {「創造をそれそのものとして体験している者」こそが、本当のあなたなのです。}
創造が認識されている場所があなたなのです。 
創造の認識の中に、創造を認識することにより創造に参加することによって(創造に相応しくないものを何も取り込まないことにより共同創造者に成ることによって)、創造の全てをそれそのものとして体験することがあなたの存在の喜び(あたの存在理由)になるのです。 何故なら、それこそがあなたの役割なのだから。

だから、あなたが先週難しい体験をしていてもいなくても、二つのステップ/聖なる瞬間の実践が実を結んだように見えていたにしろいないにしろ、目覚める方法は一つだけです。
そしてそれを継続し続けるだけなのです。

「私には信心が足りません。 継続するだけの力が自分には無いのです。 これは私が考えていたことよりもだいぶ難しそうです。」とあなたは言うかも知れません。
しかしそれは真実ではないのです。

あなた達の殆ど全員は人生の中で少なくとも一度は次のような体験をしているはずです。
その時あなたはあまりに疲れて困憊しており、(孤児の)フリが出来なかったのです。 その時あなた自身でいないことは出来なかったのです。
その時あなたは、自分には成り得ない者に成れているフリを続けるには疲れすぎていました。
あなたは全てをギブアップしたい気持ちになっていました。
そしてあなたがギブアップしたとき啓示が起こったのです。

“Man’s extremity is God’s opportunity.” 2 「人の困難は神のチャンス」ということわざがあります。
それは本当にあなたが希望を失っていて、故に真のあなたとして存在する以上のエネルギーを全く持っていない時、その瞬間光が灯るのです。 光明が起こるのです。
あなた達は何らかの形でこのような体験をしています。
もしあなたがこれをまだ体験していないなら、近くそれを体験することでしょう。
何故なら目覚める時が来ているのだから。 それは確約しましょう。

つまり目覚めに値する存在に成ろうとする必要はないのです。
必要なのは(何者かに成ろうとする)努力を手放して、あなたが自発的に(あるいはやむおえず)降参(ギブアップ)する地点に到達することなのです。 「自分の意志を通そう」とすることを止めて「あなた(神)の意志がなされますように」と言ってそう意図出来るようになることなのです。
それが必要なことの全てです。 これはあなたが自分の最後の切り札を手放して、完全にコントロールを放棄することなのです。
これは(これが自分の当然の権利だとあなたが考えている)あなたの人生を考えて生きる権利を手放すことなのです。 あなたの問題に関して考えてそれを解決しようとすることを放棄することなのです。

自分の想像の中で作り上げたものよりも遥かに優れた視点を与えてくれる助言者があなたの隣にいたなら、その助言者が(あなたが今まで無視して来た)あなたの真の視点をあなたに与えたなら、それは価値や有効性を失うプロセスではなく、(あなたには想像することさへも出来なかった)より完全な価値と有効性を明確に示すことなのです。
これがわたし達のしようとしていることです。 あなたはこれを覚えておく必要があります。
そしてあなたは毎日これを実践する必要があるのです。

今まであなたは日々の事柄を「思考を使って自分の成功をデモンストレートする機会」として捉えてきました。 
これからは日々の事柄(日々の暮らし)の中であなたは「父よ、ここの真理は何ですか? 父よ、ここの真理は何ですか? 私の意志ではなくあなたの意志がなされますように。」と言い続けるべきなのです。
「あなたの意図は何ですか? 私が自分一人でしようとしていることは私を暗闇に留めてしまいます。 自分一人の判断で行動する事はとても馴れ切った行動だけれど、それは私を無知なままにしてしまいます。」

目覚めの「プロセス」で、あなたは自分に今まで意味を与えて来たはずのこと(独立的思考/行動)を放棄しなければいけないのです。
それ故にあなたはこのプロセスに信心を与えたがらないのです。 この目覚めのプロセスに依存して(今までの在り方)を手放すことを嫌がっているのです。
これがシンプルな事実です。

だから目覚めはあなたの条件付けに逆らうことなのです。 これは本当にそうなのです。
もしそうでなければ、あなた達はもうすでに目覚めていることでしょう。 何故って目覚めること自体はとてもシンプルなのだから。
これを理解しておいてください。 目覚めのプロセスがとても不自然に思えた時「これが神聖なる行為のわけがない。 神がこのようなことを設定するわけがない。 私が目覚めるべきならこれはもっと簡単で良い筈だ。」と考え始めてしまわないように。
あなたはこのように考えて「怠惰な(静かな)マインドは悪魔の巣窟」だと自分に信じ込ませようとしてしまっているのです。 怠惰なマインドは、静かなマインドは忌むべきものだと考えられてしまっています。「それが本当かどうか実際に試してみるなんて止めるべきだ。」 というわけです。

しかし目覚めの引き鉄を引く行動は、(神の意志に逆らうことを)何もしない行為なのです。
それは行為のない行為です。 それは今までのあなたには信じられないほど、なにもしない行為なのです。



本を読みましょう。  この章の題名は。

[FORGIVENESS AND HEALING]3   [FORGIVENESS AND THE HOLY RELATIONSHIP]
17章   [赦しと癒やし] あるいは[赦しと聖なる関係]


[The betrayal of the Son of God lies only in illusions, and all his "sins" are but his own imagining.]
[(神に対する)神の子の裏切りは幻想の中にだけ存在しているのです。]

裏切りとは誰かを敵に引き渡すことです。 誰かの不利になることをわざとするのが裏切りです。
あなた達はお互いに対して常にこれを行なっています。
あなた達はお互いを見て「彼女は神の子ではない。彼は神の子ではない。」と言い続けています。
「彼は嫌なヤツだ。 彼女は嫌な女だ。 彼が昨日した事を知っているかい...クダ、クダ。」 

あなたは自分の兄弟姉妹を毎日裏切っています。 それは何故でしょう?
何故なら、あなたの行動には彼/彼女の中に神を認めることが含まれていなかったからです。
あなたは、それ以外のもの、神とは似ていないものを彼/彼女の中に認識する行為をしていたのです。
神と似ていないものとは、神に反するもの、神に抵抗しているもの、良きことの反対物です。
そうしてあなたは彼/彼女をあなたのマインドの中で(そしてあなたの行動の中で)有罪にして地獄に送るのです。 神聖でないポジションに彼/彼女を据えるのです。
そしてあなたは彼/彼女の不神聖(穢れ/不道徳)を皆に知らせて、自分自身をより良く見せようと(自分の地位をより確かにしようと)するのです。

しかし「父よ、私は自分のやり方で物事を見てみたいです。 父よ、私自身で定義したいです。 私は離縁を求めます。」と言ったとき、あなたはあなた自身をまず裏切ったのです。
何故なら、その時あなたは「自分の源から分離した残りもの」に自分を引き渡したのだから。
あなたが自分の源から分離した時、源とは似ていないもの(全く違うもの)だけがあなたに残されていたのです。 だからあなたは自分を裏切って(あなたが自分のものだと考えている)エゴに自分自身を引き渡したのです。

だから、
[The betrayal of the Son of God lies only in illusions, and all his "sins" are but his own imagining. ]
[(神に対する)神の子の裏切りは幻想の中にだけ存在しているのです。]

次を聞いてください。
[His reality is forever sinless. He need not be forgiven but AWAKENED. ]
[彼のリアリティは永遠に無罪無垢なのです。彼に必要なのは赦されることではなく、目覚めることなのです。]

わたし達は赦しに関して話してきましたが、しかし
[He need not be forgiven but AWAKENED. ]
[彼に必要なのは赦されることではなく、目覚めることなのです。]

そのために二つのステップがあるのです。 それはあなたを無限に向上させて行くのではなく、瞬間的にパーフェクトにするのです。 それは瞬間的にあなたの神聖が体験出来るようにするのです。
これが目覚めです。 これは赦しではありません。


[In his dreams he HAS betrayed himself, his brothers and his God. Yet . . .]
[彼の夢の中では、彼は彼自身と彼の兄弟と彼の神を裏切りました。] 

そして次がキーです
[. . . what is done in dreams has not been REALLY done. ]
[しかし夢の中で行なわれたことは、実際には(リアリティの中では)行われていないのです。] 

だからあなたが自分の周りの全てを見て「これは物理的世界にしか過ぎない、これは偶然に出来た惑星/世界で、純粋に物理的な進化の結果で、神の聖なる法則とは全く関係がない」と言ったなら、あなたは天国を誤認識しており誤解しているのです。 
何故なら天国だけがあなたの目の前にある体験なのだから。 それをあなたはクリアに直接体験しているか、そうでなければ曇りガラス(色眼鏡)を通して歪めて体験しているのです。
あなたが暗い色眼鏡を通して天国を見ていたとしても、その行為を通してあなたが天国を変化させたわけではありません。 あなたは自分の知覚を変化させただけなのです。
だからあなたが天国(リアリティ)を見ていて、そこに怪我/病/罪などが現れているなら、それはあなたが使っているレンズ(色眼鏡の歪み)のせいなのです。
そこにあるのは実際のダメージや怪我などではなく、それに操作を加えてより良い形に作り直す必要はないのです。
(操作を加えるのではなく)あなたは自分が使っている(それを通してリアリティを眺めている)色眼鏡を取る必要があるのです。
そうすれば罪/病/死の幻想が止まるのです。 何故ならそれらのことは本当に起こってはいなかったのだから。
それは神の創造の現在の現れ(今この瞬間の天国)に対する現在の(あなたの)誤認識なのです。

あなたがこれを理解したなら、あなたが私の言っていることを把握したなら、あなたはラジカルな急激な知覚の変容を受け入れられるようになるでしょう。
何故ならその時あなたは物理的プロセスが起こって物質が変化することを待つ必要はないと理解するのだから。

スピリット(霊)の実体をあなたに物質と呼ばせているレンズ(色眼鏡)をあなたが外したなら、(変りにくいという)物質の様相は変り、そこに現れるのはリアリティ(天国)の歪みない知覚になるのです。
それは単なる知覚だけではなく、フィーリングでもあるのです。 何故なら、ソファーでもカーペットでも花でも意志でも、それらは完全に神聖なのだから(完全に神々しいのだから)。
そしてそれらはあなたの神聖から離れた神聖ではないのです。 これは生きている愛なのです。
これは(創造のこの一部は)創造の他の全ての部分に対して愛を表現しているのです。 だから創造の全てが創造の全てを常に祝福しているのです。
このフィーリングは、あなたが今体験しているものとはラジカルに(全く)異なっているのです。

何度も言っているように、この体験(生きている愛の体験)に到達するために長い時間が必要とされているわけではありません。
必要なのはある種の無防備なのです。
必要なのは激しく働くことではなく、一生懸命働いて自己防御しようとすることを止めることなのです。 強く防御するのではなく、無防備に在ることが必要なのです。


[Yet what is done in dreams has not been REALLY done. It is impossible to convince the dreamer that this is so, for dreams are what they are BECAUSE of their illusion of reality. ]

[しかし夢の中で行なわれたことは、実際には(リアリティの中では)行われていないのです。夢見ている人に対してこれを証明することは不可能です。  何故なら夢見ている人達は、リアリティに対する彼等の幻想故に、夢見ている人に成っているのだから。] 

あなたが夜夢見ている時、そこ(夢の中)で起こっていることがリアルでないと示すものはそこ(夢の中)にはないかもしれません。 しかし、

[It is impossible to convince the dreamer that this is so, for dreams are what they are BECAUSE of their illusion of reality. Only in waking is the full release from them, for only then does it become perfectly apparent that they had no effect on reality at all, and [it] did not change it. ]

[夢見ている人に対してこれを証明することは不可能です。  何故なら夢見ている人達は、リアリティに対する彼等の幻想故に、夢見ている人に成っているのだから。 目覚めることだけが彼等を完全に解放するのです。 何故なら目覚めることによって初めて、彼等は自分達がリアリティに対して全く影響を与えておらず、自分達がリアリティを変えたわけではないとハッキリ明確になるのだから。] 

あなたの夢がリアリティを変化させたわけではないのです。
つまりこの瞬間も、今そこに神が成っているもの(花瓶に成っている神/カーペットに成っている神/花に成っている神)は、(それそのものとして存在し続けており)全く変更されていないのです。
あなたが居るそこに(あるいは何かが在るそこに)神が成っているものの真実が今あなたに与えられているのです。 しかし歪められている知覚が「この真理があなたに届くこと」を阻止してします。 しかしあなたの知覚の歪みがリアリティそのものを変えてしまったわけではないのです。

これを忘れないようにしなさい。 何故なら、これはあなたの従来の考え方からは不条理に思えることだから。
あなたは正しい思考をすることを通して自分を助けなければいけません(これも余り良い表現ではないですが)。
しかし私の言っていることを考慮してみたなら、あなたがどのような事態に面していたとしても(たとえそれがどれだけ神聖でなく見えていたとしても)、そこにある聖なる真理は、神がそこにあらわしている真実は、今そこに(あなたの目の前に)現れていることがわかるでしょう。
その真実は(あなたが対面している事態の真の姿は)、今すでにあなたに与えられているのです。
それを見るために必要なのは、「それがなんだか知っている、自分には判っている」というあなたの自信を手放すことだけなのです。 必要なのは、物事を自分の好きなように見るあなたの権利を放棄することなのです。 つまり“Not my will but Thine be done.”4「私の意志ではなく、あなたの意志がなされますように。」というわけです。


[Fantasies CHANGE reality. That is their PURPOSE. They cannot do so in reality, but they CAN do so in the mind that would have reality different.]

[幻想(ファンタジー)はリアリティを変えようとするものです。 それが幻想の目的なのです。 しかし幻想が実際にリアリティを変えることは不可能です。 しかしリアリティを変えたいと思っているマインドの中では、リアリティを変えているように見せることが可能なのです。]

「父よ、私は自分のやり方で見たいです。」といっているマインドの中ではこれが可能なのです。
「父よ、私はあなたと繋がらずに全てを体験してみたいです。 あなたの視点を体験せず、あなたが体現している意味(あなたの神聖な自己/そこに現れているあなたの神聖な存在)を体験しないことを私はやってみたいです。」

あなたに必要なのはそれ(父の視点を拒否すること)を求めないで「私にはカーペットの意味は全くわかりません。 このカーペットと呼ばれているものの中に体現されている神の神聖なる動きが何なのか私には全くわかりません。」と言うことなのです。
こうして全てに対して好奇心を発揮するべきなのです。全ての生きている様子をあなたは父に訊ねるべきなのです。


[It is, then, only your wish to change reality that is fearful, . .]
[だから「リアリティを変えたい」というあなたの望みだけが「怖ろしい」のです。] 

あなたは物事を(リアリティとは、神の視点とは)違う風に見ようとしたことにより、怖れを導入したのです。
しかし「ウーム、あそこに今まで見たことがない虫がいる。それを神の視点以外の見方で見てみよう。」とあなたが実際に言うわけではありません。
あなたは自動的/瞬間的/慣例的にそれを見て、自分の最上の回答(見解)を出しているのです。 (神から来る)啓示体験を呼び入れることなく、あなた独自の調査を放棄することなく、あなたは自分に出来る最高の論理を即座に使用しているのです。


だから、
[It is, then, only your wish to change reality that is fearful, . .]
[だから「リアリティを変えたい」というあなたの望みだけが「怖ろしい」のです。]

そしてあなたは、リアリティがどのようなものか自分一人で決めることにより、リアリティを変えたいと思っているのです。


[. . . because by your wish you think you have ACCOMPLISHED what you wish. ]
[何故なら、「自分がそう望むことによって、自分は望み通りのことを達成した」とあなたは考えているのだから。]

これが夢なのです(これが夢を成り立たせているのです)。
夢はリアルではないのですが、夢はとてもリアルに見えるのです。
物事に定義を与え、その定義に基づいて、物事がどのように働くか理解することにより、あなたは自分の目的(リアリティを変えること)を達成したと考えています。

しかし問題は、物事の意味を理解しようとしている時にあなたが使っている論理と理由付けは根源的無知(基本的に間違っているマインド)から導かれている、ということなのです。

何故ならあなたは、自分の無限のマインドの中から小さな部分を取り出して{その小さな部分だけが自分なのだと定義し}、それを周りから切り離し、他の全てから分離したのだから。 そして(あなたが自分自身を切り離した)その他の部分が精霊(あなたが卑小な部分で遊んでいる間安全に預けられているあなたの正しいマインド)になったのです。
そしてあなたは自分の業績(あなたが達成した偉業)の「とりこ」に成ってしまっているのです。
あなたは、このようにして「自分が本当に何かを達成したと感じた時の興奮」に中毒しているのです。 しかし実際には、あなたは自分の源(自分のマインド全体)から分離したフリをしているので、(そのフリをしている限り)あなたが正しい結論(見解)を得ることは不可能なのです。


[This strange position, in a sense, acknowledges your power. ]
[この不思議なポジション(状況)が、ある意味では、あなたの力を認めているのです。]

あなたは力(パワー)を持っています。
しかしあなたの力は神の動きを知覚し認めるためのものなのです。
神の動きを意識し、それをそれそのもの(創造の動き全体を完成させている状態)として認め、それそのものとして体験することがあなたの力なのです。


[. . . you think you have ACCOMPLISHED what you wish. [And] This strange position, in a sense, acknowledges your power. Yet by distorting it, and devoting it to "evil," it also makes it unreal. ]

[「自分は自分の望みどおりのことを達成した」とあなたは考えているのだから。 
[この不思議なポジション(状況)が、ある意味では、あなたの力を認めているのです。
しかしそれを(あなたの力を)歪め、それを「悪」に捧げることにより、それは(あなたの力は)リアルではなくなっています。] 


『「悪」に捧げる』とはどういう意味でしょう。
あなたは自分の力を「神ではないもの」に捧げている(神ではないもののために使っている)という意味です。
何故なら、あなたは自分の源と繋がっておらず、父と繋がっていないので、あなたは神ではない想像上の存在と繋がっているのだから。

そして神でないものは「良きもの/良いもの」ではないのです。
神でないものは悪なのです。 悪は力ではなく、存在でもありません。
悪とは、神を(あなたの生得権を)否定している状態に留まっている限り、あなたがしている体験のことなのです。
あなたはこの体験に中毒しており、父に逆らって働いており、自分の目覚めを妨げるように働き続けているのです。
これが破壊的なのです。 そして破壊的なことに対しては「悪」という言葉が適切なのです。


[Yet by distorting it, and devoting it to "evil," it also makes it unreal.]
[しかしそれを(あなたの力を)歪め、それを「悪」に捧げることにより、それ(あなたの力)はリアルではなくなっています。] 

何故でしょう?
何故なら、(現在のあなたの力は)分離/細分された孤児的なマインドの領域に全てを持って行っているからです。 
しかしそこでは実際には何も起こっていません。 その理由は、分離された孤児的マインドというようなものは実際には存在していないからです。 分離された孤児的マインドは、夢見続けることに固執している「夢を見ている人」の中以外には存在していないのです。


[You cannot be faithful to two masters who ask of you conflicting things. ]
[あなたは、「相反すること」をあなたから求めている二人の主人に対して忠実に仕えることは出来ません。 ]

[What you use in fantasy you DENY to truth.]
[あなたが幻想の中で使ったものを、あなたは真理に対して否定しているのです。]

あなたのプライベートな孤児的マインドの中で、あなたは一生懸命父を否定しているのです。
あなたは父からの離縁を得て、満足げに独立的に振舞っているのです。
あなたは独立と(自分の力/権利で、自分一人で)リアルに成れるかもしれない可能性の快感に酔い痴れています。
この行為が「あなたであるもの」を否定しているのです。 この行為があなたに源が在ることを否定しており、従って父を否定しているのです。
これは混乱したマインド、狂気のマインドなのです。 しかしこの狂気は幻想なのです。
だから、これがあなたを変えたわけではありません。 これが(この狂気が)あなたが誤認識しているもの(リアリティ)を(リアルな狂気に)変えてしまったわけではありません。

[What you use in fantasy you DENY to truth. Yet what you GIVE to truth to use for you is safe from fantasy.]

[あなたが幻想の中で使ったものを、あなたは真理に対して否定しているのです。 あなたが真理に与えたものを、真理があなたのために使います。 そしてあなたが真理に与えたものが幻想によって使われることはなく、(あなたは)安全なのです(あなたが真理に与えたものを、幻想があなたに対して誤用することは不可能なのです)。]


ここでのキーワードは「あなたのために使います」です。
これがエゴにとってはとても侮辱的なのです。 何故なら、あなたは「あなたを統治している何か」に対して完全に譲らなければ(降参しなければ)いけないのだから。

[What you use in fantasy you DENY to truth. ]
[あなたが幻想の中で使ったものを、あなたは真理に対して否定しているのです。] 

あなたの独立状況はあなたの生得権の否定なのです。それはあなたが神の子であるという認識の否定なのです。
{あなた達は自分達の幻想の中で自分達の思考(独立的自治的存在として振舞う権利)を使用しており、それは真理を否定している行為なのです。 だから、神から離れたあなた達の思考は、あなた達を真理から遠ざけてしまっているのです。}


[Yet what you GIVE to truth to use for you is safe from fantasy.]

[あなたが真理に与えたものを、真理があなたのために使います。 そしてあなたが真理に与えたものが幻想によって使われることはなく、(あなたは)安全なのです。]

あなたが真理に与えたものが、「何が真理か」あなたに示します。 
するとあなたは、もはや「そこに示されている真理に反抗しそれに対抗する視点を持とう」とは望まなくなるでしょう。

これは受け入れるのが難しいかもしれません。
あなたはこのアイディアを理解することが出来るでしょう。 しかし(日常生活の中では)これを取り逃がし続けるかもしれません。
あなたはこの鱗片を垣間見て真理を感じて、しかしこれは(あなたに示されている真理は)直ぐにあなたのもとを去ってしまうことでしょう。
わたし達が話していることを考慮することにより、この 鱗片を(真理を垣間見ることを)自分に与え続けなさい。 これをより多く自分に与え続けることで、あなたの信心が育つように。
思考を止めて聞くことがあなたに出来るようになるように。

そして真の知覚があなたに与えられ、真のあなたの体験が示されて、神の共同創造者としての役割をあなたが受け入れらるようになって、夢を捨てられるように。 罪/病/死の継続をあなたが止められるように。
瞬間的な解放こそが、あなたに体験出来る唯一の解放なのです。

だから聖なる瞬間を実践し続けなさい。
(今までの見方とは本当に違う視点を得たいという)ラジカルな期待を持って二つのステップを行ないなさい。 「見飽きていること」に対する(今までとは)全く異なった視点が、「見飽きていること」が実はとても驚異的なもの(素晴らしい天国)であることを示すでしょう。
そこで(あなたのマインドの中にそのような能力があったとは今まで気付いていなかった)能力/度量が示されるでしょう。 それを取り戻すことがあなたの生得権なのです。
それを(今まで発揮されて来なかったあなたの能力/度量を)あなたに統合させよう(受け取らせよう)と精霊(あなたの良心でしかないもの)は努力しているのです。

これを深刻過ぎるマナーで行なおうとするのは止めなさい。
正確にこれを行なおうとして考えすぎるのは止めなさい。
今週はこれを軽やかに行なってください。 これら全てを軽やかに受け取ってください。
これらのことをあなたのマインドの中に置いて、あなたを浮き上がらせなさい。
より多くを手放せるよう自信を持ってください。

次にお会い出来ることを楽しみにしています。


原文を提供している 「Northwest Foundation for A Course In Miracles」の行動は全て無料で(読者に義務を課すことなく)提供されています。 これは無条件に差し伸べられた愛によって実施されています。 ギフトとはそのようなものだから。 
あなたと同等の方が既にこのギフトをあなたに差し出したので、これらの資料があなたに提示されています。 Rajの指示によりこれらの資料が売買されることはありません。 この機関「Northwest Foundation for A Course In Miracles」への募金は下記のWEBサイトを通して行なうか、あるいは下記の住所に郵送して下さい。

A Course in Miracles Study Group with Raj, February 19th 2011
© by The Northwest Foundation for “A Course in Miracles” a non-profit corporation.
All rights reserved
PO Box 1490 / Kingston, WA 98346-1490 / USA
Phone: 360-638-0530 Fax: 360-881-0071
Website: http://www.nwffacim.org
E-Mail: paul@nwffacim.org

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テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

ACIM-C17-P168.01

Chapter 17  FORGIVENESS AND HEALING

17章  赦しと癒やし


The betrayal of the Son of God lies only in illusions, and all his “sins” are but his own Imagining. His reality is forever sinless. He need not be forgiven but AWAKENED. In his dreams he HAS betrayed himself, his brothers and his God. Yet what is done in dreams has not been REALLY done. It is impossible to convince the dreamer that this is so, for dreams are what they are BECAUSE of their illusion of reality. Only in waking is the full release from them, for only then does it become perfectly apparent that they had no effect on reality at all, and did not change it. Fantasies CHANGE reality. That is their PURPOSE. They cannot do so in reality, but they CAN do so in the mind that would have reality different.

(神に対する)神の子の裏切りは幻想の中にだけ存在しています。そして彼(神の子)の全ての罪は彼の想像でしかありません。 彼のリアリティは永遠に無罪無垢なのです。彼に必要なのは赦されることではなく、目覚めることなのです。 彼の夢の中では、彼は彼自身と彼の兄弟と彼の神を裏切りました。 しかし夢の中で行なわれたことは、実際には(リアリティの中では)行われていないのです。 

夢見ている人に対してこれを証明することは不可能です。  何故なら夢見ている人達は、リアリティに対する彼等の幻想故に、夢見ている人に成っているのだから。

目覚めることだけが彼等を完全に解放するのです。 何故なら目覚めることによって初めて、彼等は自分達がリアリティに対して全く影響を与えておらず、自分達がリアリティを変えたわけではないとハッキリ明確になるのだから。 幻想(ファンタジー)はリアリティを変えようとするものです。 それが幻想の目的なのです。 でも幻想が実際にリアリティを変えることは不可能です。 しかしリアリティを変えたいと思っているマインドの中では、リアリティを変えているように見せることが可能なのです。


{夢見ている神の子達は、神を殺害し(神を無視し)、自分達が神に成り変わろうとしたのですが、それは幻想/夢の中の出来事で、リアルな事実ではありません。 夢見ている人達は神からの赦しをすでに受け取っているので、彼らに必要なのは幻想(罪悪感)から目覚めることです。 しかし夢見ている人達は、自分達が信じている夢に捕われているので、自分達がリアリティ/現実を正確に体験しており、現実に対して自分達は影響力を持っていると信じ続けています。}



It is, then, only your wish to change reality that is fearful, because by your wish you think you have ACCOMPLISHED what you wish. This strange position, in a sense, acknowledges your power. Yet by distorting it, and devoting it to “evil,” it also makes it unreal. You cannot be faithful to two masters who ask of you conflicting things. What you use in fantasy you DENY to truth. Yet what you GIVE to truth to use for you is safe from fantasy.

だから「リアリティを変えたい」というあなたの望みだけが「怖ろしい」のです。 何故なら、「自分がそう望むことによって、自分は望み通りのことを達成した」とあなたは考えているのだから。 

この不思議なポジション(状況)が、ある意味では、あなたの力を認めているのです。

しかしそれを(あなたの力を)歪め、それを「悪」に捧げることにより、それは(あなたの力は)リアルでなくなっています。 あなたは、「相反すること」をあなたから求めている二人の主人に対して忠実に仕えることは出来ません。 あなたが幻想の中で使ったものを、あなたは真理に対して否定しているのです。 あなたが真理に与えたものを、真理があなたのために使います。 そしてあなたが真理に与えたものが幻想によって使われることはなく、(あなたは)安全なのです(あなたが真理に与えたものを、幻想があなたに対して誤用することは不可能なのです)。 


{怖ろしい状況/怖ろしい可能性を作っているのは(神から分離したマインド/意志を保有している独立した存在でありたいという)「あなたの望み」だけなのです。
あなた達の細かく区切られたマインドの中では、あなた達の意志がリアリティに対して通用しているように見えます。  しかしあなた達は自分の意志/マインドを分離感覚に捧げており、それ故に現在のあなた達の意志はリアリティには貢献していません。 しかし、あなたが神に自分の意識を捧げたなら、それがあなたを幻想から導くのです。}

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

ACIM11-02-16

Febrary 16th, 2011 ©NWFFACIM 2011年 2月 16日

原文テキスト
http://www.nwffacim.org/tgp/forums/thread-view.asp?tid=30903&mid=148491#M148491
オーディオ&ビデオ
http://www.nwffacim.org/tgp/forums/thread-view.asp?tid=30924&mid=148599#M148599

参照ページ
A Course In Miracles (reference pages)
Chapter 16 – Section – THE END OF ILLUSION
1 Sparkly Book – p.399, 1st Full Par. / JCIM – p.167, 8th Par. / CIMS – p. 336, Par. 79
First Edition – p. 325, Last Par. / Second Edition – p. 350, Par. 10
2 CST Science and Health, p.519


今晩は、ようこそ。

わたし達は「Forgiveness of Illusions」(幻想を赦すこと)という章の一番最後のセクションである「The End of Illusions」(幻想の終わり)を読んでいるのです。


わたし達が読んでいるものを軽々しく扱っていてはいけません。
「ええ、わたし達は幻想の終焉にかんして読んでいます。 なんて素晴らしいんでしょう。 いつか幻想は終ってしまうわ! 幻想の終焉というアイディアは驚くべきもので、もしそれが本当に起こったなら気絶してしまうかもしれない。」
そんな阿呆なことを考え続けるのは止めなさい!

あなたは幻想の終焉について考えたり話したり出来るでしょう。
しかしここで言われていること(幻想の終焉)を軽くカジュアルに扱ったなら、全くその体験をしないまま、あなたはそれをやり過ごしてしまうでしょう。
幻想の終焉(を体験すること)は、全くカジュアルではなく、今のあなたに簡単に行なえていることでもなく、(現在のあなたにとって)日常的なものでもありません。

今週は紙に「Radical(ラジカル/過激)」と書いて冷蔵庫や他の目に付く所に貼ってください。車のダッシュボードにも同様の紙を貼ってください。

「目覚めることはあなたにとってラジカルな変容なのだ」と自分に思い出させ続けなさい。 
あなたが現在全てを体験しているその体験の仕方が過激に変ることが幻想の終焉なのです。
幻想の終焉を体験したなら、あなたはリアリティだけと直面するようになり、全ては劇的に変わるのです。 

過激という言葉(概念)があなたにとってそれ程過激に思われないように成って欲しいのです。
つまり、今まであなたにとって過激(ラジカル)だとおもわれたようなことでも、それが可能だと考えられるように成るべきなのです。
ラジカルな(奇跡的)癒やし、ラジカル(劇的)な変容、ラジカルな驚き、ラジカルにパーフェクトな生活、存在のラジカルな(驚くべき)開示。


何故なら、あなたが今まで通りに全てのものを見ていて、『「人間的状況」が「地球と宇宙」の全てで今後もそうでしか在り得ない』と考えていて、しかし突然全てが天国として体験されたなら(天国の全ての要素を逃さず感じたなら)それはとてもラジカルに激変した体験になるのだから。

しかし、もしあなたがラジカルな変化が可能だと考えていなかったなら、過激な変化を受け入れるチャンスがあなたにもたらされないと考え、そのようなことを期待していなかったなら、あなたは自分の期待に縛られたままになってしまうでしょう。
するとあなたは自分が期待している「(天国)より少ないもの」を得ることしか出来ないでしょう。
(その場合)聖なる瞬間(より少ないものしかあなたは得られないでしょう)。

神よ! 我々はこれに関して一年以上、二年以上話してきました。
あなたはこれにもう慣れ切ってしまったでしょうか?
あなたはこれを気軽に扱うように成ってしまっているでしょうか?

これは素晴らしい主題で、我々はこれに関して長い間話して来たので、あなたはこれに関して長々と話し考えることが出来るでしょうか?
そしてあなたはこのアイディアを表現して、自分や他の人達を気持ち良くさせることが出来るでしょうか? 実際にマインドのラジカルな変容を体験することなく。

しかし(ラジカルな変容に関して話したり考えたりするのではなく)ラジカルな変容を体験することが真の目的なのです。 だからあなたは聖なる瞬間をわざわざ実践しているのです。

聖なる瞬間の中で神の法が行き渡っています。 そこで神の本質が全てを統治しています。 神の意志が行き渡っています。 神の愛が浸透しています。

その場所で神が全てを統治しているのです。
そして、そこには罪/病/死がありません。

罪/病/死しか体験して来なかったあなたが罪/病/死を体験しないこと、これがラジカルな変化なのです。

「ええ、知ってます! しかしそんなことが私に起こるわけが無いじゃないですか! だからそれに関して考えているのです。 それが私に起こり得ると想像することが好きなのです。 それがどうして私に起こり得るか、もし起こったならそれがどんな風か、話すことが好きなのです。 しかし(ハぁー)それは起こらないでしょう。 それは起こっていないのです。 どのようにしてこれが起こり得るか私にはわかりません(想像出来ません)。」

上記はラジカルな思考(ラジカルな考え)ではありませんね。
これはラジカルな有り様ではありません。 これはラジカルなことを受け入れている態度ではありません。 我々が話し続けていることは、ラジカルを抱擁することなのです(ラジカルな状態、ラジカルなアイディア、ラジカルな変容を受け入れることなのです)。

あなたが主の祈りを述べて、“Thy Will be done . . .”(あなたの意志がなされますように)と言っている時「自分のことを孤児だと主張していた時に私が自分に与えてきた体験とはラジカルに異なった体験を私は受け入れます。」とあなたは言っているのです(そうあなたは意図するべきなのです)。
“Thy Will be done . . .”(あなたの意志がなされますように)とは、「『独立独尊した私の創造的行動の中で得ることの出来た最上の状態』からラジカルに異なったものを体験したいと望みます」と言っていることなのです。
(主の祈りを表明している時)あなたは上記のことを言っているのです(あなたは上記のことを意図しているべきなのです)。

本を読みましょう。 今晩我々が読むことはケーキの一番上に乗っているフロスティング(糖衣)のようなものです。 それはスイートで素晴らしく美しく...しかし今のところ、これはあなたの人生/生活の上では起こっていないのです。 少なくとも頻繁にはまだ起こっていません。
その場合この文章が幾ら美しくても、それが何の役に立つでしょうか? ここで述べられていることが幾らスイートで優しくても、それが体験されていないなら、それにどれだけの価値があるでしょうか?

だから、この部分を読みながらそれをカジュアル(気楽)に読み流して、自分の現在の体験と関係の薄いもの(自分の今の生活に当てはめなくても良いもの)としてしまうことは止めなさい。
下記の文章をただ気持ちを引き立てる勇気付けるものとして受け取るだけでは駄目なのです。


[Remember that you always choose between truth and illusion; ]. .1
[あなたは「自分が常に真理か幻想のどちらかを選んでいること」を覚えておきなさい。]

何故でしょう。 何故なら真理と幻想のどちらかを選ぶこと以外の選択は存在していないからです。
あなたは「神があなたに示していること」を抱擁し(受け入れ)それが(神の真理が)あなたを通して表現されることを許すか、でなければ幻想を選んでいるのです。
あなたが幻想を選んでいるなら、あなたは自分の最上の(あるいは最低の)思考だけで一杯になっており、それだけを見ているのです。
それがどのようなものであろうとも、あなたは自分の思考により印象付けられて(圧倒されて)いるのです。あなたは自己の思考に依存して世界像を描いており、それをリアルなものとして受け取っているのです。 これがあなたが現在実践していることです。

これが幻想なのです。 
何故ならこれを始めた途端あなたは、あなたの父とのつながりから自分の注意を引き抜いてしまうから。
その時あなたは自分の電源コードを引き抜いたのです。
だからエネルギー源が断たれたのです。 そうなると源があなたを通して自身を表現することが出来なく成ってしまっているのです。
だから、そのような体験は偽りのものなのです。 


[Remember that you always choose between truth and illusion; between the REAL Atonement which would heal and the ego’s "atonement" which would destroy. The power of God and all His Love, without limit, will support you as you seek only your place in the plan of Atonement arising from His Love.]

[あなたは「自分が常に真理か幻想のどちらかを選んでいること」を覚えておきなさい。(あなたは二つに内のどちらかを選んでいるのです。) 癒やしをもたらすリアルなアトーンメント(贖罪/和解)か、破壊を行なうエゴのアトーンメントのどちらかをあなたは常に選んでいるのです。
神の力と神の愛には限りがありません。 そして神の愛から立ち昇ってくるアトーンメントのプラン(和解の計画)の中のあなたの場所(あなたの役割)だけを求め始めたなら、限りない神の力と神の愛があなたをサポートします。]

これを軽く読み飛ばさないで下さい。
何故ならここに言われていることは、あなたが神に譲った時だけ起こるのだから。 神のプランに対してあなたが(自分の考え/展望/思考を)譲った時にだけ上記のことが起こるのだから。 
そしてこれこそが聖なる瞬間の動きなのです。 これこそが二つのステップの動きなのです。
あなたは(人間的反応/感情的反発を)躊躇して、口を閉じ、自分の思考を静めるのです。

そしてあなたは(自分の父/源から目を逸らしている)あなたの独立的立場に背を向けて(そこから意識を逸らせて)「父よ、ここの真理は何ですか?」と言うのです。
そしてあなたの孤児的自己主張の存在していない場所で、あなたが父の意志/視点に聞き入っている場所で、あなたは繋がるのです。

その時あなたは何をしているのでしょうか? 
その時あなたは、(源から分離して)独立的に存在し、物事をコントロールし、(源から分離した自分を)自己主張する権利を放棄して父に譲っているのです。


聞きなさい。

[The power of God and all His Love, without limit, will support you . . .]
[神の力と神の愛には限りがありません。 ...限りない神の力と神の愛があなたをサポートします。]

これがケーキのフロスティング(甘い部分)です。 これが(まだあなた達には)信じられない真理です。 
人々はこれが本当なら素晴らしい、この素晴らしい真理が本当であって欲しいと願っているのです。


[The power of God and all His Love, without limit, will support as you seek only your place in the plan of Atonement will support you as you seek only your place in the plan of Atonement arising from His Love.]

[神の力と神の愛には限りがありません。 そして神の愛から立ち昇ってくるアトーンメントのプラン(和解の計画)の中のあなたの場所(あなたの役割)だけを求め始めたなら、限りない神の力と神の愛があなたをサポートします。]

アトーンメントのプラン(救済計画)の中であなたにはどのような役割があるのでしょうか。
(あなたの意志表明を含んでいない)神の表現の中であなたはどのような役目を担っているのでしょう。

[will support you as you seek only your place in the plan of Atonement arising from His Love.]

[アトーンメントのプラン(和解の計画)の中のあなたの場所(あなたの役割)だけを求め始めたなら、限りない神の力と神の愛があなたをサポートします。]

つまり神が権威で、神が創造の動きなのです。

だからもう一度聞きなさい。

[The power of God . . .]
[神の力] 神の法(神の全法則)が全てを統治している場所、神が行き渡っている場所、罪/病/死が存在していない場所。

[The power of God and all His Love, without limit, will support you as you seek only your place in the plan of Atonement arising from His Love.]

[神の力と神の愛には限りがありません。 そして神の愛から立ち昇ってくるアトーンメントのプラン(和解の計画)の中のあなたの場所(あなたの役割)だけを求め始めたなら、限りない神の力と神の愛があなたをサポートします。]

だからこれはスイートで優しいだけではなく、あなたに対して要求をつき付けているのです。
何故なら、神の愛は「あなたがするべきこと」をあなたに明確に示し、それを要求するからです。

それは(神のアトーンメント・プランは)「あなたがしたがらないだろうこと」を要求するのです。 
それは自己意志の放棄をあなたに要求するのです。
それは「自分にはこのような権利/権威がある」とあなたが考えていること、「この様な権利を自分は持っているべきだ」とあなたが考えていることを放棄するよう求めているのです。
それは自身の価値を証明する目的であなたが行なっている行動(これをしなければ自分の無価値が行き渡ってしまい、全ての人の目に晒されてしまうとあなたは考えています)を放棄するよう求めているのです。 
そしてあなたは(まだ)これを放棄することを望んでいません。
だからあなたは、自己主張する(自分の定義を押し出す)権利をまだ握りしめているのです。


[Be an ally of God and not the ego in seeking how Atonement can come to you.]

[どのようにして(どのようにしたら)あなたのもとにアトーンメントがやって来るか探している時、あなたはエゴの同志(仲間)ではなく神の同志に成りなさい。]

これには自己鍛錬(抑制力)が必要です。
何故ならあなたは、直ちに自分の最上の条件付け/自分の最上の思考/自分の最上の概念を参照し、理論(理由付け)を明確に見事に表現/使用してその論理を完璧にして、それに似ていないもの(その論理を反映していないもの)は何も(あなたの視野に)入って来れないようにすることであなたの安全が確保出来ると考え行動しているのだかから(これがあなたの性癖になっているのです)。
あなたは上記のように自分のマインドを使用しており、(完璧に秩序立った立ち振る舞いによって)マインドが(あなたの安全/救済を)達成出来ると考えているのです。
しかしこれを(分離的マインドの使用を)している時、この信念と実践にあなたの注意とエネルギーを与えている時、あなたは(神/ガイド/精霊を)聞いていないのです。

神/ガイド/精霊を聞くようにあなた達が躾けられていないことは私も理解しています。
そして二つのステップ/聖なる瞬間などというものがあるとはあなたは思ってもいなかったでしょう。
しかし今あなたはそれを知りました。
これが決定的な違いをもたらすのです。


[Be an ally of God and not the ego in seeking how Atonement can come to you. His help suffices, . ]

[どのようにして(どのようにしたら)あなたのもとにアトーンメントがやって来るか探している時、あなたはエゴの同志(仲間)ではなく神の同志に成りなさい。彼(神)の助けが必要を満たすのです。] 

つまり神の助けで必要十分なのです(神の意志だけで十分で、神の意志だけが必要なのです。)。
あなたの意志を神の意志に付け加えて、神の意志の勢いを増加させて、神の意志が行なわれるようにしようとする必要は無いのです。
あなたは自分の意志を付け加える必要はないのです。


[His help suffices, for His Messenger understands how to restore the Kingdom to you, and to place ALL your investment in salvation in your relationship with Him.]

[彼(神)の助けが必要を満たすのです。 何故なら、どのようにしてあなたのために王国(天国)を修復するべきか、どのようにしてあなたの全信頼を「あなたと神の関係の中にある救済」へ与えたらよいか、神のメッセンジャーは理解しているのだから。]

[神のメッセンジャー] これは精霊のことです。 つまりあなたの正しいマインドでしかないものです。  あなたが独立行為を通して離縁した「あなたの無限のマインド」が精霊なのです。

[どのようにしてあなたのために王国(天国)を修復するべきか、..神のメッセンジャーは]あなたの精霊は[理解しているのだから]

精霊はどのようにしてあなたのために天国を修復したら良いか知っています。
何故なら、精霊と「あなたのマインド全体から隔離されているあなたのプライベートなマインド」が融合したなら、あなたの存在全体が体験されるようになるのだから。
このようにして天国が修復されるのです。 これはあなたの正気が修復されることです。 これはあなたの健全なマインドが修復されることです。

つまりこれはあなたのマインドがとてもラジカルなことを、まず初めに「それが可能かもしれない」と思い、次に「そうなんだろう」と思い始めることなのです。
これはあなたが今まで創造的に行なってきたこと(それは結局リアリティ/天国を否定することだったのです、それは神がすでに定義したものの上にあなたが自分の定義を忙しく被せ続けることだったのです)とはとてつもなく違ったものなのです。
そしてあなたの定義は父の定義とは異なったものだったのです。


もう一度読みましょう。

[His help . . . . . . God’s . . .. . . help suffices, for His Messenger . . . . . . the Holy Spirit . . .. . . understands how to restore the Kingdom to you, and to place ALL your investment in salvation in your relationship with Him.] . . . with God.

[彼(神)の助けが必要を満たすのです。 何故なら、どのようにしてあなたのために王国(天国)を修復するべきか、どのようにしてあなたの全信頼を「あなたと神との関係の中にある救済」へ与えたらよいか、神のメッセンジャー(精霊)は理解しているのだから。]

精霊(あなたの正しいマインドでしかないもの)が、あなたの細かく分離されたマインドを精霊自身(あなたのマインド全体)と再統合している時、あなたはリアリティを体験し、そして「神で在るもの」があなたの全てを構成しているという事実を明確に認識するようになります。 だからあなたが自分のラジカルな神聖を体験することは、今までのあなたの体験とはラジカル(過激)に異なったものになります。


[Seek and FIND His message in the holy instant, . ]
[神のメッセージを聖なる瞬間の中に捜し求めてそれを発見しなさい。] 

つまりそれ以外の所に行くのは止めなさい。
つまりあなたの最上の考えに注意/意識を与えるのは止めなさい。


[Seek and FIND His message in the holy instant, where all illusions are forgiven. From there the miracle extends to bless everyone and to resolve all problems, . . .]

[神のメッセージを聖なる瞬間の中に捜し求めてそれを発見しなさい。 聖なる瞬間の中では全ての幻想が赦されて(解除されて)います。 そこ(聖なる瞬間)の中から奇跡が身を差し伸ばして(拡張して)全ての人を祝福し全ての...問題を解決するのです。]

つまりラジカルな変化が起こるのです。

[. . . be they perceived as great or small, possible or impossible. ]

[(それが小さなものでも大きなものでも、難しいものでも簡単なものでも、可能と思われていることでも不可能と思われていることでも)]

ここに[聖なる瞬間の中では全ての幻想が赦されて(解除されて)います。神のメッセージが聖なる瞬間の中にあることは素晴らしいことですね。]と書かれているわけではありません。 
ここには[神のメッセージを聖なる瞬間の中に捜し求めてそれを発見しなさい。]と書いてあるのです。 

[Seek and FIND His message in the holy instant, where all illusions are forgiven.]

[神のメッセージを聖なる瞬間の中に捜し求めてそれを発見しなさい。聖なる瞬間の中では全ての幻想が赦されて(解除されて)います。] 

どこで全ての幻想が赦されている(解除されている)のでしょうか?
(神のメッセージを)求めて(神のメッセージを)見つけることの中で、幻想が赦されているのです。 (神のメッセージを求め見つける行為の中で幻想が解除されているのです。)

「ええ、私は聖なる瞬間の中にそれを見つけるわ!」 
いいえ、あなたは(神のメッセージを)求め見つけることの中にそれ(幻想の終焉)を発見するのです。 わかりますか?

だからこの素晴らしいスイートネス(優しさ)の中には努力も必要なのです。 何故ならそれは(あなたから)何かを求めているのだから。


[Seek and FIND His message in the holy instant, where all illusions are forgiven. ]

[神のメッセージを聖なる瞬間の中に捜し求めてそれを発見しなさい。聖なる瞬間の中では全ての幻想が赦されて(解除されて)います。] 


聖なる瞬間の中では何が起こるのでしょう?

[From there the miracle extends to bless everyone and to resolve all problems, be they perceived as great or small, possible or impossible.]

[そこ(聖なる瞬間)の中から奇跡が身を差し伸ばして(拡張して)全ての人を祝福し全ての(それが小さなものでも大きなものでも、難しいものでも簡単なものでも、可能と思われていることでも不可能と思われていることでも)問題を解決するのです。]

「彼女の胆嚢は殆ど全て癌に侵されてしまっている。 彼女の回復は不可能だ。もしかしていつの日か医学が発達したなら、彼女の新しい臓器を育成して取り替えることが出来るかもしれないけれど、それまでは修復は不可能だ。」
待ちなさい。 それはラジカルな思考ではないですね。 それは敗北主義者の思考です。そこには神が居ません。


[. . . be they perceived as great or small, possible or impossible.]

[(それが小さなものでも大きなものでも、難しいものでも簡単なものでも、可能と思われていることでも不可能と思われていることでも)]

[. . . the miracle extends to bless everyone and to resolve all problems, . . ]

[奇跡が身を差し伸ばして(拡張して)全ての人を祝福し全ての問題を解決するのです。]

わかりますか。 これがラジカルなのです(全ての問題を見境なしに癒やすのです)。
だからあなたは自分の条件付けの中から世界状況やあなたの周りの状況の全てのカオス(混乱)/全ての苦しみ/全ての騒乱に直面して敗北してしまい(それらを受け入れてしまい)、ラジカルな立場を立ち上げないで(示さないで)済ますわけには行かないのです。
あなたは、『「苦しみや病やその他の癒しを必要としていること」がとてもリアルに見えている状態』に対して異を唱えラジカルな主張を立ち上げる必要があるのです。

そこから、
[. . . the miracle extends to bless everyone and to resolve all problems, . . ]

[奇跡が身を差し伸ばして(拡張して)全ての人を祝福し全ての...問題を解決するのです。]

しかし[奇跡が身を差し伸ばして(拡張して)全ての人を祝福し全ての...問題を解決する..]ためには、あなたが[神のメッセージを聖なる瞬間の中に捜し求めてそれを発見...] する必要があるのです。

それはどこで発見されるのでしょう?
それはあなたの最上の判断/論理/思考/理由付けの中で発見されるのではなく、聖なる瞬間の中に発見されるのです。
それはあなたが自分の独立を捨てている場所、あなたが自分の自信を捨てて「父よ、私はあなたから真理を知りたいです。」と言っている場所の中で発見されるのです。
「私はあなたの視点から真理全体だけを知りたいです。そして私は自分で最善の解決方法や最上の定義を作り上げることを止めます。 私は譲ります。あなたの愛から立ち昇ってくるアトーンメント(和解/贖罪)のプランの中にだけ、私は自分の場所を探しましょう。 私が独立している場所から私一人で、自分の場所を探すことは止めます。」
このようにシンプルなのです。

[Remember that you always choose between truth and illusion; . .]

[あなたは「自分が常に真理か幻想のどちらかを選んでいること」を覚えておきなさい。]

あなたは二つの内のどちらかを選んでいるのです。

そしてスイートなのは、
[There is nothing that will not give place to Him and to His majesty. ]

[(聖なる瞬間の中では)神と神の権威に対して信頼を(それに相応しい場所を)与えていないものは何もありません。]

これが真実です。

上記の文を読んだ時あなたは(自分がしている/してきた体験故に)これを信じ難いと感じたでしょうか?
もしかしたら、あなたはとても強いストレスに晒されていて、上記の文を読んだ時せせら笑ったでしょうか?
それは私にも理解できます。 しかし、

[There is nothing that will not give place to Him and to His majesty. ]

[神と神の権威に対して信頼を(それに相応しい場所を)与えていないものは何もありません。]

どのようにしたらこれが体験出来るのでしょうか? あなたはラジカルに在ることによってこれを体験するのです(あなたの現在の知覚からはラジカルに異なった良きことを求め/考え/感じ/信じ/存在することによってこれを体験するのです)。
あなたは現状維持に(今までの見方/やり方をそのまま続けることに)逆らうべきなのです。  あなは「ノーマルと考えられていることに組しない人」になるべきなのです。
あなたは皆が合意していることに異を唱えるのです。
あなたは自分自身の理解への依存をやめて、皆が合意していること(相互合意されている定義)に対して異を唱えるのです。
あなたは、神のメッセージを聖なる瞬間の中に探し見つけることにより、皆が合意していることに異を唱えるのです。

[To join in close relationship with Him is to accept relationships as REAL, . .]

[親密な関係の中で神と繋がることは、関係(あなたの持っている様々な関係)をリアルなものとして受け入れることです。] 

つまりこれは、他者を犠牲にして利益を得ることを目的にお互いを高めようとして操ったり足元を見たりすること以外の繋がりなのです。


[To join in close relationship with Him is to accept relationships as REAL, and through their reality to give over all illusions for the reality of your relationship with God. ]

[親密な関係の中で神と繋がることは、関係(あなたの持っている様々な関係)をリアルなものとして受け入れることです。 そして、あなたと神の関係のリアリティを礎(基準)とし、(あなたの)リアルな関係を通して全ての幻想を明け渡すことなのです。]

[Seek and FIND His message in the holy instant, . .]

[神のメッセージを聖なる瞬間の中に捜し求めてそれを発見しなさい。] 

[. . . give over all illusions for the reality of your relationship with God. ]

[あなたと神の関係のリアリティを礎(基準)とし、(あなたの)リアルな関係を通して全ての幻想を明け渡すことなのです。]

ある意味では、あなたは放蕩息子のように成る必要があるのです。 
あなたは自分の豊かさ/富/生得権を浪費することに忌み疲れて、独立した誰かに成ろうと探求するスリルには興味を示さなく成る必要があるのです。
するとあなたは「父よ、あなたの視点を私は知りたいです。 何故なら私は自分の正気に返りたいから。 そして私は(もし私があなたの視点を退けなければ)あなたの視点が私の視点なのだと知っています。 あなたの視点は私の中に組み込まれており、それは私の一部なのです。 私は積極的に(あなたから)独立し続けることには疲れました。」 と言うのです


[Praise be to your relationship with Him, and to no other. ]

[あなたと神の関係に賞賛あれ(常にあなたと神の関係をまず第一に認めなさい)。そして「あなたと神の関係」
以外のものをたたえる(認める)のは止めなさい。]

ハイ、ここでリアリティが厳格に示されています。 とてもクリアに示されているのでキツイ感じがするでしょう。

[Praise be to your relationship with Him, and . .]
[あなたと神の関係に賞賛あれ(常にあなたと神の関係をまず第一に認めなさい)。]

そして、

[. . . to no other.]
[そして「あなたと神の関係」以外のものをたたえる(認める)のは止めなさい。]



あなたは、自分の特別な思考/自分の特別な関係/自分の特別なスキル(能力)との関係を放棄したいと思えるようになる必要があるのです。

「他者を操って(他者に影響を与えて)自分の都合の良いように彼等を使いあなたへの信頼を高めさせる」あなたの能力を放棄したいと思えるようになる必要があるのです。



[Praise be to your relationship with Him, and to no other. The truth lies here, and nowhere else. You choose this or NOTHING.]

[あなたと神の関係に賞賛あれ(常にあなたと神の関係をまず第一に認めなさい)。 そして「あなたと神の関係」以外のものをたたえる(認める)のは止めなさい。 {あなたはこれ(神との関係)を選んでいるか、そうでなければ無意味なものを選んでのです。} ここに(あなたが自分と神の関係を認識している場所/瞬間に)真理があるのです。 そしてここ以外にはどこにも真理はないのです。 あなたはこれ(真理)を選んでいるか、でなければ何も選んでいないのです。]

今日一番最初にわたし達は下記を読みました。

[Remember that you always choose between truth and illusion; . .]
[あなたは「自分が常に真理か幻想のどちらかを選んでいること」を覚えておきなさい。]

[The truth lies . . .. . . in your relationship with God . . .. . . and nowhere else. You choose this or NOTHING.]

あなたと神の関係の中に[真理があるのです。 そしてここ以外にはどこにも真理はないのです。あなたはこれ(真理)を選んでいるか、でなければ何も選んでいないのです。]

あなたを縛っているように見えているカオス/苦しみ/困難/欠乏/病は神の子に対して正当でない負担だと気付き、だからこれらは本当はリアルではなく、本当のこと(それは創造そのもので完璧に完全に神を体現しています)を歪めて知覚しているのだと気付くためには、それら(病/困難)が不当で不必要で幻想であることを体験するためには、あなたはそれ(知覚の歪み)にチャレンジして異を唱えられるだけラジカル(過激)になる必要があるのです。

例えばあなたが、この数ヶ月間全く健全でどのような問題も抱えていなくて健康優良状態にあったとしましょう。 そしてあなたは一日庭仕事をして忙しく力仕事をして頑張っていました。 
それからシャワーを浴びて、晩御飯を食べて、それから座って「疲れた! 休まなくては。 今日はグッスリ眠れるだろう。」と言うのです。
しかしチョッと待ってください。
これら全てのことはとても適切に理に適って思えます。
それでもこれはラジカルな思考からは程遠いものです。

(そのような思考を発する前に)あなたはそこで止まって「父よ、ここの真理は何ですか? 父よ、これに関する真理は何ですか?」とあえて訊ねられるだけラジカルになる必要があるのです。
何故なら父の表現の神聖なるアイディアとしては、あなたには疲れる能力は無いのだから。
クリスチャンサイエンスの本(科学と健康)に書いてあるように“God rests in action.”2「神は行動しながら休んでいる。」のです。
だからあなたがどれだけ簡単に今までの在り方に戻ってしまっているか理解してください。

これは(あなたがラジカルにチャレンジするべきことは)身体的問題だけではありません。 これは罪/病/死に直接関係することだけではありません。
例えば「今は夜の八時で、今朝の八時に起きた時と比べて私は疲れてしまった。」と考えたりしている人がいますが、それはなぜでしょう?  何故夜の八時だと疲れていなくてはいけないのでしょうか? 
わかりますか? このようにして全てを常識という言葉の元に受け入れてしまうのではなく、新しい体験が起こる余裕を残しておきなさい。


さて、次に二つのステップに相当する祈りが示されます。

["Forgive us our illusions, Father, . . ]
[父よ、我々の幻想を赦して(解除して)ください。]

このようにして独立が放棄されるのです。


["Forgive us our illusions, Father, and help us to accept our true relationship with You, in which there are no illusions, and where none can ever enter. ]

[父よ、我々の幻想を赦して(解除して)ください。 そしてあなたと我々の本当の関係が我々に受け入れられるよう助けて下さい。 あなたと我々の関係の中には全く幻想は無く、その中に幻想が入ってくることも不可能です。]

これが意味深いことなのです。
何故なら、聖なる瞬間の中で(あなたが聖なる瞬間にいる時)神の法が行き渡り全てを統治しているのだから。
そして、神の法が行き渡っている所に幻想が入ってくることは出来ないのです。

[Our holiness is Yours. ]
[我々の神聖はあなたのものです。] 

つまりここでは「私は自分の生得権(父から受け継いだ正当な権利)を受け入れます」と言っているのです。
私はあなた(神)の息子/娘であり、私があなたの表現であることを受け入れます。
あなたがあなた自身を私の中に私として体現していることが私の全てであると私は受け入れます。
そしてあなた(神)が私の中に「あなたという無限」を体現した時、あなたは(なにも差し控えず)あなたの全てを私に与えてくれました。

[What can there be in us that NEEDS forgiveness when Yours is perfect? ]

[そしてあなたの神聖は完璧なのです。 ならば我々の中に「赦しを必要とするもの」が在り得るでしょうか?]

[The sleep of forgetfulness is only the unwillingness to remember Your forgiveness and Your Love.]

[忘却の夢は「あなたの赦しとあなたの愛を思い出したくない」という思いでしかないのです。]

例えば、「私は自分で自分の面倒を見ることで精一杯なのです」とあなたが言っている時、「あなた(神)の赦しとあなた(神)の愛を思い出したくない」とあなたは言っているのです。


[Let us not wander into temptation, . . ]
[我々は誘惑の中に彷徨い入ってしまうことは止めましょう。] 

どんな誘惑でしょう?  
怒ってしまう誘惑です。 嫉妬してしまう誘惑です。 兄弟/姉妹に付け込み彼等を出し抜いてしまおうとする誘惑です。 誘惑、誘惑、誘惑。

[Let us not wander into temptation, for the temptation of the Son of God is not Your Will. And let us receive only what YOU have given, . .]

[我々は誘惑の中に彷徨い入ってしまうことは止めましょう。 何故なら、神の子を誘惑することはあなたの意志ではないのだから。そして「あなたの与えたもの」だけを我々が受け取るようにしてください。]


これは孤児のマインド(エゴ)にとっては、とても侮辱的/屈辱的なのです。
しかしこれをしている時、あなたは神の法が行き渡ることを許しており、そうすることによりあなたの体験をラジカルに変革しているのです。 そうしてあなたは自分の正しいマインドに帰って行けるようになるのです。

[And let us receive only what YOU have given, and accept but this into the minds which You created, and which You love. Amen." ]

[そして「あなたの与えたもの」だけを我々が受け取るようにしてください(受け取るようにしましょう)。そしてあなたが創造したマインドの中に、あなたが愛したマインドの中に、あなたが与えたものだけを受け取りましょう。アーメン。]

あなたは全ての瞬間に、それを聖なる瞬間にするチャンスを得ているのです。

あなたは決して聖なる瞬間を実践する機会から遠ざけられてはいないのです。 その機会は潤沢に提供され続けています。

さて、私が言ったことを覚えておいて下さい。
「ラジカル(過激)」という言葉を心に止めて、我々が話して来たのは社会常識的な「人間」のことではないと理解してください。
気楽にあれこれ推察したり、ただ楽しいだけの会話をしていることは、聖なる瞬間の中に神のメッセージ(あなたはその中に何かを発見するのです、何故なら神の法が全ての場所に行き渡っているから)を探すことの邪魔でしかありません。
そして神の法が行き渡っていることが、あなたの体験をラジカルに変容させるのです。
これが私の確約していることで、これが真理なのです。

次にお会い出来ることを楽しみにしています。
そして皆さんが聖なる瞬間を実践する度、私はあなたと共に居て、あなたがラジカルに新しいことを期待出来るようにサポートします。

原文を提供している 「Northwest Foundation for A Course In Miracles」の行動は全て無料で(読者に義務を課すことなく)提供されています。 これは無条件に差し伸べられた愛によって実施されています。 ギフトとはそのようなものだから。 
あなたと同等の方が既にこのギフトをあなたに差し出したので、これらの資料があなたに提示されています。 Rajの指示により、これらの資料が売買されることはありません。 この機関「Northwest Foundation for A Course In Miracles」へ募金される場合、下記のWEBサイトを通して行なうか、あるいは下記の住所に郵送して下さい。


A Course in Miracles Study Group with Raj, February 16th 2011
© by The Northwest Foundation for “A Course in Miracles” a non-profit corporation.
All rights reserved
PO Box 1490 / Kingston, WA 98346-1490 / USA
Phone: 360-638-0530 Fax: 360-881-0071
Website: http://www.nwffacim.org
E-Mail: paul@nwffacim.org





ACIM11-02-16に関して私の受け取った啓示を書きます。(サン~ローズ)

まずは私の受け取ったメッセージから。

さて、あなたは自分がどれだけ簡単に元の状態に戻っているか理解しました。
これは身体的な問題に限りません。
これは罪/病/死(とあなたが認識していること)だけには限りません。 「今私は以前のようには出来ない。」(例えば、夜8時には朝8時ほどすがすがしくはいられない){という考えも、聖なる瞬間の妨げに成っています。}
--------

ここでは今という言葉が重要だと気付きました。
私が朝起きた時、あるいはローラーブレードやアイススケートしていたり、「科学と健康」や「You Are Loved And Safe」を読んでいて神のエネルギーを感じている時、それは今なのです。
ならば、私は「今」疲れることが可能でしょうか? (それが何時だろうとも、どれだけのストレスを受けた後であろうとも。)
今は常に真新しいのです。
目覚めることは楽しいものです。
これはクールでクリアです。

Love,
Sun~Rose

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

プロフィール

翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

hiro.okaue@gmail.com

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