ACIM11-03-26
March 26, 2011 ©NWFFACIM 2011年3月26日
原文テキスト
http://www.nwffacim.org/tgp/forums/thread-view.asp?tid=31232&mid=149969#M149969
オーディオ&ビデオ
http://www.nwffacim.org/tgp/forums/thread-view.asp?tid=31218&mid=149930#M149930
参照ページ: 今回はACIM文は読みませんでした。
こんばんは、ようこそ。 少し瞑想しましょう。
[瞑想]
「あなたが興味深い時に生きられますように。“May You live in interesting times.”」という古い言い回しがありますね。
確かにあなたは興味深い時の中にいます。 しかし「あなたが興味深い時だと考えていること」から「私が興味深い時だと考えていること」に注意をシフトしてみましょう。
「興味深い時」とは、「世界の中で起こっていること/ダイナミックで革命的で変化に富んだポジティブとネガティブの要素に分かれた体験のこと」だとあなたは考えているかもしれません。
しかしそのようなことよりも重要で興味深い事柄があるのです。
(多くの人々に知られていなかったとしても)皆さんは(ACIMの学習目的である)知覚のシフトを行うトバ口に立っているのです。 わたし達はこのことに関してかなり長い間話して来ました。
あなたが居る「興味深い時」とは、(あなたの目の前に展開されているように見えている状況の中で)あなたが自分の独自性/独尊性/自治性/傲慢/優位性(そしてあなたが自分で確立したと考えているポジション/地位)を放棄する時点のことです。
あなたはそれらのものを放棄して、あなたの生得権(当然の権利)であるポジションを体験出来るようにするべきなのです。
あなたには自分が居るべきポジション(所定位置)があるのです。 あなたは神の息子/娘なのです。
これはとても意味深い(重要な)ポジションなのです。
このポジションの中であなたにはするべきことがあります。 聖なる父を持っていない/聖なる生得権を持っていない/物質から生まれ物質で育ち物質として死んで行く(もしかしたらその課程で素晴らしいことをする)「自己認証的な独立した生物体」としてあなたがして来たこと、とは全く異となったことをあなたはこのポジションでするのです。
現在のあなたの独立的状態の中では、あなたは対極化(polarity/善悪に分離している状況)の領域に存在していることを先週話しました。 これは避けられない事実なのです。
しかしあなたの聖なる生得権(あなたが父から受け取っていること)の中には対極性が存在していません。
そこにあるのは無限のユニティ(合一)、無限の意味、無限のバラエティ(多様性)なのです。
無限の意味とは、(限りなく多様な体験/ものに満ちた)存在体験(在ること)なのです。
この無限性の中には対極性がなく、コミュニオン(霊的交歓)だけが存在しています。
そこにあるのはカオス(混沌)ではなくコミュニオンなのです。
そこでは全てが収まりよくフィット(適合)しあっています。
そこでは全てが調和して働いているのです。
全てがその意味/意図/目的を他の全てに対して同時にコミュニケート(伝達)しており、それは無限な意識的体験なのです。 そこには怖れはなく、それは愛に満ちているのです。
(その中であなたが神の息子/娘である)あなたの生得権の領域内(そこに合一/ユニティがあるのです)では、全てが愛の実体(実感)と文脈(ストーリー)を持って動いており、全ては愛の実体と文脈の中で存在しているのです。
愛の中には対極化はありません。
そしてあなたは次のことを理解する必要があります。
「愛は対極化(善悪)を解消/解決する目的で存在しているのではありません。」
あなたは時々これを忘れてしまっています。
(あなた達は往々にして)コースを学んで、愛へのブロック(障害)を取り除く方法を学び、愛が(独立的自治的)夢/孤児院の中の対極性を解消出来るようにしよう、としてしまっているのです。
しかし、これは正しいことではありません。
これを理解することが重要なのです。 これが理解出来ていなければ、あなたは「人間的状況」に対して愛を使用してそれを向上させようとしてしまうから。
愛があなたを「人間的状況」と呼ばれている想像上の状態から連れ出すのです。
愛があなたに「あなたの神聖の領域が神の法が全てを統治している場所で、神の法が解決を必要としている紛争の場所からあなたを取り外すこと」を思い出させるのです。
愛が、全てに対する誤認識(そこで紛争の解決が必要に見えています)からあなたを引き抜くのです。 そして(あなたが今すでに見ている)全てに対する新しい知覚を知らせるのです。
「合一(Unity)の領域(レベル)から全てを見て、全てを知覚すること」を愛があなたに教えるのです。 合一の領域には対極性がなく、解決するべき問題もなく、そこではピュアな調和(ハーモーニー)が統治しており、それが永遠に体験されるのです。
だからあなたが人間的状況と呼んできたものが、あなたが物質的世界/宇宙と呼んできたものが、あなたにとって変容されるのです。
これが「あなたの目から鱗が落ちること」なのです。 あなたのビジョン(視界)から無知が取り払われて(今まであなたの目の前に在り続けて来た)天国が見えるようになるのです。
さて現在地球にいる全ての人達は二つの教師の内のどちらかに引き付けられています。
現在の時点で全ての人に呼びかけている教師は「怖れの声」です。
これが(あなたが独立/自治/力のポジションを主張している)人間的状況の中に浸透している声です(人間的状況の中で全てを統治している声です)。
この声の働きをあなたは知っていますか?
この声の役割/目的は、あなたのお尻に火を点けて、何らかの対極性(分離性)を解消させようとすることです。 そうして「ポジティブな極性(良いところ)に自分を持っていこう」とあなたにさせようとします。
何処かに行って何かをして、対極性のネガティブな側面があまり目立たないように、それによってあなたがあまり脅かされないように、あなたに努力させようとします。
怖れは何時でも自己防御を呼び込むものです。
もしあなたが怖れを体験しているなら、それはあなたが脅かされたと感じており、自身を守る必要をあなたが感じているからです。
怖れの声(怖れの呼びかけ)は真理の声ではないので、それがあなたの注意を父や聖なる瞬間のもとに集めさせることはありません。
しかし聖なる瞬間の中で神の法が全てを統治しており、そこでは対極性が現れておらず、その中では(対極性が存在していないので)「対極(善悪)として見えているもの」がそれ自身を主張することは消えているのです。
このようにして癒やしが起こるのです。
今地球上の全ての人達が圧倒されつつあります。
あなた達の中には何が起こっているか理解していない人達もいます。
しかし何かダイナミックな出来事が起こっていることには皆気付いているでしょう。
そしてメディアもこの出来事に注意を払っており、かなりの力を込めてこれを報道しています。
何故なら、そうすることで注目が彼等のテレビステーションや新聞などに集まり、彼等の収入になり、「真理を知らせることであなたの利益をはかる」わけです。
しかし往々にしてニュースはメディア自身の思惑の下に動いており、必ずしもあなたの為になることを知らせているとは限らないでしょう。
メディアはあなたの注意と時間を引きつけ、本質的な違いはもたらさない予想を言い立てます。 それはあなたの思考を刺激するかもしれません。 非常にエキサイトした報道がなされ、あなたもエキサイト(興奮)してしまい、居ても立っても居られなくなり、平和を無くしてしまうでしょう。 あなたはこれらのニュースに接して興奮しそれを受け入れ、自覚しない内にただ興奮するだけでなく、動揺し始めてしまうのです。
この動揺もまた実際には怖れなのです。
あなたはこれに気付けるようになる必要があります。 でなければ、この動揺(怖れ)に飲み込まれてしまうから。
あなたは、この怖れを「人生に必要不可欠なダイナミックス(試練)」として受け入れてしまわないようにする必要があります。 生気を掻きたてる、あなたを生き生きさせる出来事としてこれを(この動揺を)受け入れてしまってはいけません。
何故なら、そのようにしてこれを受け入れてしまった場合、あなたはこれにチャレンジしなくなってしまうから(あなたはこの怖れを否定出来なくなってしまうから)。
そのように(怖れ/動揺を)受け入れ受け取っている限りあなたは「オオ、今私は落ち着いていない(平静ではない)」と認識出来ないのです。「このニュースはエキサイティングで興味深いけれど、私は落ち着いていない。私は平安ではない。」(と気付くことが困難なのです)。
もしあなた自身が平安ではないことに気付けていないなら、その体験を放棄することが可能であることにあなたは気付けないのです。
だから私は今夜ここに居て、あなた達に話しかけているのです。
あなたはそれら(怖れ/動揺、それらを掻きたてる報道)を放棄することが出来るのです(と私は言いたいのです)。
そしてあなたが気付かなければいけないのは、(怖れの声を)放棄するプロセスはとても重要な行為であって、「人間的状況」を改善させるだけのことではなく、あなたを「人間的状況」内から取り外すことなのです。
こうしてあなたは自分を苦しめている無知から出て、あなたの生得権の記憶の中に入っていくのです。 その(あなたの生得権の記憶)中には対極性がありません。 その中では(それを体験することがあなたの権利である)「存在/有り様」の合一(Unity)があり、あなたはその中で「とてもエキサイティングで重要に見えている闘争/葛藤」からの開放を体験するのです。
そしてあなたの存在の中(あなたの居るところ)であなたはそれ(葛藤)から開放されるのです。 このようにしてあなたが開放されたなら、その葛藤にまだ捕らえられている人達も、真理を明確に見る(あなたの)度量によって祝福されるのです。
あなたが無知と幻想を尊ばなくなることにより、それらにまだ捉えられている人々もそれらを手放し易くなるのです。
このことが幻想をより軽く、幻想の信憑性を減らすのです。
これがあなたの仕事です。 あなたは自分の注意をここに据えるべきなのです。
何世紀もの間、問題(葛藤)が起こりそれらが解決されて来ました。
しかしあなたは今、問題(葛藤)が解決されるだけではなく、「問題/闘争の領域」から「存在への意識的気付き」へとシフトできるポイントに来ているのです。
神の子としてのあなたは、この「存在」(神の子として存在すること)を体験する権利があるのです。 何故ならこれがあなたの生得権なのだから。
だからこれ以外にあなたが体験するべきリアルなものは存在していないのです。
さてあなたは良きクリスチャンとして、良き宗教家として、コースの良き学習者として振舞って、悪条件の中で最善を尽くし、闘争の中で最良のことをして、何とか無事で過ごすことも出来るでしょう。 そして救世軍が終った後も、それまで人々が居たところにそのまま留まり、そのまま眠り続け、夢見続け、人間的状況をそのまま体験し続けることも可能です。
しかしあなたは(あなたがア・コース・イン・ミラクルズなどを通して学んだ真理故に)この機会をとらえてシフトすることも可能なのです。
それはどのようなシフトでしょうか?
これは壊滅的な世界状況から素晴らしい世界状況へのシフトではなく、怖れの声から真理の声にあなたの忠誠心/信頼/確信を移すシフトなのです。
これはあなたを瞬間的に目覚めさせるシフト、幻想/幻覚を終らせるシフト、闘争/葛藤を永遠に終らせるシフトです。
「全ての人がアルマゲドン(世界の破滅)を期待している、あるいは、全ての人がラプチャー(人類が引き上げられること)を期待している。」
そのような対極的な状態を(お互いと話し合える、それについて考えることが出来る)興味深いアイディアとして保つことは今すぐ止めましょう(そのようなことをし続けるのではなく)。
今ここで真理の声を選び始めなさい。
(愛を現している、愛の性質を持っている)真理の声を選択して、ここであなたはトランスフォメーション(変革)の使いに成りなさい。 世界に(現在と過去の負傷/破損に対する)癒やしをもたらすエージェント(使徒/仲裁者)に成りなさい。
そうすれば(あなたが怖れの声ではなく真理の声を選び、それに信心/信任を与えたなら)、あなた達一人一人全員が(そして全てのものが)破損なく障害なく示されるのです(暴かれるのです)。 あなたの全ての部分が、そして全てものの全ての部分が完全に修復されて(完全に修復された状態で)示されるのです。
いいですか? 怖れとは人工的な(不自然な)感覚なのです。
「失楽園」が起こった時、あなたが父から離縁した時、二つのものが発生しました。
それは怖れと罪悪です。
そして怖れは人工的(作為的)な感覚(フィーリング)なのです。
そして罪悪も人工的な感覚なのです。
だから怖れと罪悪を、それらがまるで本当のものであるかのように扱うのはもう止めなさい。
それらに尊厳を与え続けることは止めなさい。 それらは人工的な不自然なセンセーション(刺激)でしかないのだから。
怖れと罪悪は「神」と「神が全てであること」の前では無意味/無力なのです。
怖れと罪悪は全くどのような意味も持っていないのです。
そして神が全てなので、怖れと罪悪が過去に何らかの意味を持ったこともないのです。
だから怖れと罪悪は、克服したり対処したりするべきリアルなもの(リアルな状態)ではないのです。
(怖れという)贋物のセンセーション/刺激に対して何か意味あることを行なうことは不可能です。
しかしあなたは自分の注意/意識を(罪や怖れから)愛にシフトすることが出来るのです。
あなたは自分の注意をプライバシーや自己認証からあなたの父に動かし移して、父と繋がり直すことが出来るのです。
こうして繋がり直すことの中で、あなたは「あなたが誰か」思い出すのです。
そしてこの体験の中で、愛とはあなたが全てのもの/ことを体験している時に自動的瞬間的に感じるフィーリングであることを発見します。
全てが愛であり全てが愛をもってあなたを祝福していることをあなたが発見したなら、つまり全てが無限の交換(愛のやり取り)であることをあなたが発見したなら、そこには闘争/葛藤が無く混沌(カオス)が無いことをあなたが発見したなら、現在の(あるいは過去に起こった)放射能の破壊がそこには無く身体の怪我や病がそこに無いことをあなたが発見したなら、
(そこ/ここが天国ではないというあなたの主張から)天国があがなわれたなら(天国が修復されたなら)、ここはビッグバンなどで始まった物理的世界/宇宙でしかない(開始された時点ですでに対極化/分離されている物理的動きの延長でしなかい)というあなたの見方が手放せたなら{その時天国が見えるのです}。
確かにアコースインミラクルズは意味を持っています。
しかしそれはミラクル(奇跡)を起こすという意味ではありません。
そのように定義されている奇跡は、(スピリチュアルな、あるいはその他の)何らかの力が(現存しているとあなたが考えている)物質的世界/宇宙に届き世界/宇宙を力で変えることを示唆しています。 (そのような奇跡を期待している時あなたは)そうして世界が破壊的でなくなり、善良で安全な世界が現れることを期待しているのです。
しかしそれは不可能です。
ア・コース・イン・ミラクルズの真意は、あなたが自分の注意/意識を怖れの声から外して真理の声(精霊/あなたの正気良心でしかないもの)に意識を与えることなのです。
このシフトの中であなた自身が対極性(分離化)を解除し葛藤をなくすのです。
(あなた自身が自分の為に作った)この葛藤/紛争のストレスが抜け落ちた時、「本当のあなた/本当の全創造/その統一された善良な光景」があなたに届き認識されるのです。 その時欠乏/病/死/ダメージなどが解除されるので、それが奇跡が起こっていることとして見えるのです。
その時、全ての真の性質(ネーチャー)があなたに再度届き理解されるのです。
その素晴らしさがあなたにもう一度(素晴らしいものとして)響くのです。
これが奇跡として(奇跡のように)見えるのです。
しかし全ての神聖を暴き示すことは、すべてのこと/ものの神性(それが全てを永遠に形付けているのです)を顕わにすることは、「奇跡」ではないのです{それは悪しき事態に神の力を加えて、そこから良きことを引き出しているのではないのです}。
何故なら、そこで行なわれていたことは、「何か」に力が掛けられて、それが今までとは違うものに変えられたことではないのだから。
あなたは愛を使って日本を祝福することは出来ません。
あなたは愛を使ってチェノーブルの周辺地を祝福することは出来ません。
あなたは愛を使って墓場を祝福し使者を蘇らせることは出来ません。
あなたは愛を使って幻想を解除することは出来ないのです。
愛は(あなたが全てに与えている間違った定義と、それらがあなたに与えている闘争/葛藤/問題に影響されることなく)「神がすでに成っているもの/成り続けて来たもの」に対してあなたが自分の目を開くことを助けるのです。
私が同じことを何度も繰り返し言い続けていることは重々承知しています。しかし私はこれ以上に重要なことは言えないのです。
何故なら、これはシンプルで、これが現在のあなたの体験を真っ向から否定するものだからです。
さて、世界の状況はストレスに満ちています。
ポジティブなことを表明しているように見える事柄も闘争/葛藤の場所から起こっているように見えています。
素晴らしさを持っていることさえも大変で難しく抵抗を受けています(努力を必要としています)。
その大変さは(物事が通り抜けなければいけない時間上のプロセスと見ているもの)は...(それが人々がマインドを変えることでも、数千年掛かると思われている放射能の緩和でも)そのことに対する瞬間的な癒しが体験出来るように、時間がプロセスの中から(絵の中から)取り除かれる必要があるのです。
「オオ、瞬間的癒しですか? 放射能を発しているものは物質/物理的物体なので、それは困難でしょう。 それはヤッパリ物質の法則(物理的法則)に従って行なわれる必要があるのではないですか?」
ノー!ノー!ノー!ノー!ノー!ノー!
何故そうではないのでしょうか?
何故なら、それは(瞬間的癒やしは)(創造そのものと合致していない)定義への耽溺/中毒をあなたが手放すことなのだから。
あなたがそれらの定義を放棄した時「創造そのもの」があなたに体験されるのです。
それは瞬間的に起こるのです。
創造に逆らっていない意志/意欲故に、創造に逆らった定義への信頼が放棄された故に、瞬間的な癒しが起こるのです。
「不可能」として見られていることを抱擁する(受け入れる)意欲/勇気があった故に、瞬間的癒やしが起こるのです。
今日これが必要とされているのです。
あなた達全員は、これが起こること(瞬間的癒やしが起こること)に参加する為に必要な基礎をすでに有しています。
そして私はあなたをプッシュして促しています。 私はあなたを招待しています。
私はあなたを押し出し引き込んでいます。 私は出来る限りのことをして、「不可能と思われていること」を「可能だと」あなたが考慮してみれるようにインスピレーションを与えようとしています。 アセンションが目覚めが可能になるように。
今がその時なのです。
(怖れや罪などの)これら全ての人工的な体験/センセーション/知覚が明晰さ(を現しているもの)で取って代わられて、あなたのマインドが変れるようになるべき時なのです。
それはあなたが「コレからアレに変ろう」と決意することではなく、あなたは無防備の中で自分が今までとは違うものを見ていること(違う風に見ていること)を発見するのです。
すると突然あなたの知覚が変っているのです。
すると突然怖れが消えているのです!
突然愛が現れていることをあなたは見つけるのです。
あなたは突然、絶対的に全てが安全であることを発見するのです。
これにはある程度の自己鍛錬/努力が必要です。
私はとても沢山の言葉を使ってきました。 私は異なるアイディアをあれこれ言って来ました。
しかし基本的にわたし達は「怖れの声(怖れからの呼びかけ)から真理の声(真理からの呼びかけ)へシフトする」という一つのことに関して話し続けているのです。
これにはある程度の自己鍛錬が必要です。
情報を集めようとしている時、あなたはどの教師の下に行こうとしているでしょうか?
もしあなたが怖れの声の下に行ったなら、それがあなたの中で葛藤/紛争を増強しあなたを内側から疲れさせていることを発見するでしょう。
するとあなたは自分自身の中にネガティブなものを発動させて、(あなたがこのようにネガティブな体験をしている理由を探して)あなたの何が間違っているか調べようとし始めていることを発見するでしょう。
「もしかしたら、あなたはただ年を取っただけなのかもしれません。もしかしたら、アルツハイマーが出始めているのかも。もしかしたら狂気があなたに迫っているのかも。 嗚呼無念、でもしかたない。」 {これらが怖れの声でなくて何なのでしょう?}
このような枠組み(見方)にあなたが浸っている時、あなたは怖れの声を聞いているのです。
あなたが怖れの声を聞いている時には、あなたに苦しみをもたらし、あなたを死に追いやるもの全てが正当化されているのです(それが当然のこととして受け取られてしまっているのです)。
(今まで)そのような言い立て(主張)に対してあなたは中々意義を申し立てられないで来たのです。
(その時)あなたはとても陰鬱に成っており、それ以外のことを望むことは出来なく見えたので、あなたはそれを(怖れの声を)抱擁し受け入れてしまったのです。 違いますか?
しかし、あなたは真理の声を選ぶことも出来るのです。
怖れは人工的な贋物の感覚なので、あなたが怖れと向き合っている時あなたは「なんでもないもの/どうでもいいもの」と向き合っているのです。
するとあなたは人工的なもの(状態)に自分の信心/信頼を与えてしまうのです。
しかしその(人工的な怖れの状態の)中には実体(Substance)やそれを支えている支柱が全く無いのです。
だからあなたは「うん、私が体験しているこの怖れは全く人工的な贋物だ、だから私はそれを手放そう。」と言って、それ(怖れの感覚)から離れて、自分の注意を真理の声に与えれば良いだけなのです。
それは何故でしょうか?
何故なら、本当に真理の声というものが実在するからです。 そして真理というものが本当に在るのです。
だからあなたが真理を招き入れたなら、真理がそれ自身をあなたに示すのです(顕わにするのです)。
そしてそれ自身をあなたに示す課程で、真理があなたをあなたに示すのです。そして父をあなたに示すのです。 そしてあなたの聖なる関係/あなたの聖なるアイデンティティ/存在しているもの全てとあなたの不可分性(存在しているもの全てとあなたが分離していないこと)をあなたに示すのです。
今日困難な状態(怖れの動き)の中にある(ように見えている)人達は、困難(怖れの動き)の中にいるので、彼等にとっては真理の声(自分達の平静)を見つけることが難しいのです。
しかしあなたはその困難の真っ只中には現在居ないでしょう。
だからあなたは彼等の為の証言者/証人に成ることが出来るのです。 彼等の為に真理の声を選ぶことが出来るのです。
そうすることを決意したなら、テレビを眺めて(そこに表されている怖れを無自覚に受け入れてしまって)真理の声を放棄したり、アイフォーンの最新アップデートを見て平静を手放していてはいけないのです。
怖れの声の下に行くのは止めなさい。 そうすることは一つの効果しかもたらしません。
それは真理を知ることをあなたから奪うだけなのです。 怖れの声はあなたの平和をあなたから奪ってしまいます。
怖れの声があなたの平和を奪ってしまえば、あなたは兄弟の為に変革のエージェント(変革の仲介者)に成ることは出来なくなってしまいます。
怖れの声は「瞬間的に幻想が修正される体験」から完全にあなたを隔ててしまいます。
そうなると怖れの声が「瞬間的に幻想が修正される体験」から「他の全ての人」をも隔ててしまうのです。
「ええ! 私は他の人達全員を変えることなんか出来ません。」
ええ、確かに出来ません。 力によって他の人を変えることは出来ません。
しかしあなたは愛によってこれをすることが可能なのです。
誰か他の人を変えようとするのは止めなさい。
あなたの神聖をあなた自身に示す(顕わにする)ことを、そして他の全ての人達の神聖をあなたに体験させることをしなさい。
これを真摯に真剣に行ないなさい。
これには一つの非常に実際的な効果があります。
これを行なえば憂鬱があなたの下を去るのです。
怖れがあなたの下から消えて無くなります。 平和があなたを包むでしょう。
そして平和が全ての人と全てのものを祝福します。
これをすることがあなたの役割なのです。これがあなたの目的で、あなたの成就なのです。これがあなたの仕事です。
だからこれをし続けなさい。 これを諦めず執拗に続けなさい
これをしようとしている時にあなたを挫けさせてしまおうとするものは全て怖れの声でしかないのです。
あなたが怖れを体験しているように見えるのは、あなたが怖れの声の出し物(催し物)に意識を合わせてしまっているからです。
しかし、あなたが体験している怖れは人工的なセンセーション(刺激)なのです。
それは捨てて置きなさい。 それを手放しなさい。
(次のように言ってみましょう)
あなたは、全人類を人間的体験から引き上げて目覚めた状態(人々の、そしてあなたの生得権である体験)の中に引き入れる為にあえて人間的体験の中に入って来た人に成りなさい。
あなたは精霊の助けを得ています。 そして私の助けも得ています。
自分が誰か思い出そうとしているあなたを全創造がサポートしています。
(喜びの素晴らしい体験の中で)全ての人と全てのものの神聖をあなたに示す啓示(Revelation)を得て全人類とすべてのものを祝福しようとしてるあなたを、全創造がサポートしています。
今日がこれをするべき日です。 今日がこれが可能な日です。 今日あなたはこれをするに相応しいのです。
今日あなたがこれを体験することを妨げているものは全く何も存在していません。
I Love You. I Love You. I Love You. You. You. You. You. Every One.
この機会を捉えてください。 この機会を見捨ててしまわないようにしなさい。
原文テキスト
http://www.nwffacim.org/tgp/forums/thread-view.asp?tid=31232&mid=149969#M149969
オーディオ&ビデオ
http://www.nwffacim.org/tgp/forums/thread-view.asp?tid=31218&mid=149930#M149930
参照ページ: 今回はACIM文は読みませんでした。
こんばんは、ようこそ。 少し瞑想しましょう。
[瞑想]
「あなたが興味深い時に生きられますように。“May You live in interesting times.”」という古い言い回しがありますね。
確かにあなたは興味深い時の中にいます。 しかし「あなたが興味深い時だと考えていること」から「私が興味深い時だと考えていること」に注意をシフトしてみましょう。
「興味深い時」とは、「世界の中で起こっていること/ダイナミックで革命的で変化に富んだポジティブとネガティブの要素に分かれた体験のこと」だとあなたは考えているかもしれません。
しかしそのようなことよりも重要で興味深い事柄があるのです。
(多くの人々に知られていなかったとしても)皆さんは(ACIMの学習目的である)知覚のシフトを行うトバ口に立っているのです。 わたし達はこのことに関してかなり長い間話して来ました。
あなたが居る「興味深い時」とは、(あなたの目の前に展開されているように見えている状況の中で)あなたが自分の独自性/独尊性/自治性/傲慢/優位性(そしてあなたが自分で確立したと考えているポジション/地位)を放棄する時点のことです。
あなたはそれらのものを放棄して、あなたの生得権(当然の権利)であるポジションを体験出来るようにするべきなのです。
あなたには自分が居るべきポジション(所定位置)があるのです。 あなたは神の息子/娘なのです。
これはとても意味深い(重要な)ポジションなのです。
このポジションの中であなたにはするべきことがあります。 聖なる父を持っていない/聖なる生得権を持っていない/物質から生まれ物質で育ち物質として死んで行く(もしかしたらその課程で素晴らしいことをする)「自己認証的な独立した生物体」としてあなたがして来たこと、とは全く異となったことをあなたはこのポジションでするのです。
現在のあなたの独立的状態の中では、あなたは対極化(polarity/善悪に分離している状況)の領域に存在していることを先週話しました。 これは避けられない事実なのです。
しかしあなたの聖なる生得権(あなたが父から受け取っていること)の中には対極性が存在していません。
そこにあるのは無限のユニティ(合一)、無限の意味、無限のバラエティ(多様性)なのです。
無限の意味とは、(限りなく多様な体験/ものに満ちた)存在体験(在ること)なのです。
この無限性の中には対極性がなく、コミュニオン(霊的交歓)だけが存在しています。
そこにあるのはカオス(混沌)ではなくコミュニオンなのです。
そこでは全てが収まりよくフィット(適合)しあっています。
そこでは全てが調和して働いているのです。
全てがその意味/意図/目的を他の全てに対して同時にコミュニケート(伝達)しており、それは無限な意識的体験なのです。 そこには怖れはなく、それは愛に満ちているのです。
(その中であなたが神の息子/娘である)あなたの生得権の領域内(そこに合一/ユニティがあるのです)では、全てが愛の実体(実感)と文脈(ストーリー)を持って動いており、全ては愛の実体と文脈の中で存在しているのです。
愛の中には対極化はありません。
そしてあなたは次のことを理解する必要があります。
「愛は対極化(善悪)を解消/解決する目的で存在しているのではありません。」
あなたは時々これを忘れてしまっています。
(あなた達は往々にして)コースを学んで、愛へのブロック(障害)を取り除く方法を学び、愛が(独立的自治的)夢/孤児院の中の対極性を解消出来るようにしよう、としてしまっているのです。
しかし、これは正しいことではありません。
これを理解することが重要なのです。 これが理解出来ていなければ、あなたは「人間的状況」に対して愛を使用してそれを向上させようとしてしまうから。
愛があなたを「人間的状況」と呼ばれている想像上の状態から連れ出すのです。
愛があなたに「あなたの神聖の領域が神の法が全てを統治している場所で、神の法が解決を必要としている紛争の場所からあなたを取り外すこと」を思い出させるのです。
愛が、全てに対する誤認識(そこで紛争の解決が必要に見えています)からあなたを引き抜くのです。 そして(あなたが今すでに見ている)全てに対する新しい知覚を知らせるのです。
「合一(Unity)の領域(レベル)から全てを見て、全てを知覚すること」を愛があなたに教えるのです。 合一の領域には対極性がなく、解決するべき問題もなく、そこではピュアな調和(ハーモーニー)が統治しており、それが永遠に体験されるのです。
だからあなたが人間的状況と呼んできたものが、あなたが物質的世界/宇宙と呼んできたものが、あなたにとって変容されるのです。
これが「あなたの目から鱗が落ちること」なのです。 あなたのビジョン(視界)から無知が取り払われて(今まであなたの目の前に在り続けて来た)天国が見えるようになるのです。
さて現在地球にいる全ての人達は二つの教師の内のどちらかに引き付けられています。
現在の時点で全ての人に呼びかけている教師は「怖れの声」です。
これが(あなたが独立/自治/力のポジションを主張している)人間的状況の中に浸透している声です(人間的状況の中で全てを統治している声です)。
この声の働きをあなたは知っていますか?
この声の役割/目的は、あなたのお尻に火を点けて、何らかの対極性(分離性)を解消させようとすることです。 そうして「ポジティブな極性(良いところ)に自分を持っていこう」とあなたにさせようとします。
何処かに行って何かをして、対極性のネガティブな側面があまり目立たないように、それによってあなたがあまり脅かされないように、あなたに努力させようとします。
怖れは何時でも自己防御を呼び込むものです。
もしあなたが怖れを体験しているなら、それはあなたが脅かされたと感じており、自身を守る必要をあなたが感じているからです。
怖れの声(怖れの呼びかけ)は真理の声ではないので、それがあなたの注意を父や聖なる瞬間のもとに集めさせることはありません。
しかし聖なる瞬間の中で神の法が全てを統治しており、そこでは対極性が現れておらず、その中では(対極性が存在していないので)「対極(善悪)として見えているもの」がそれ自身を主張することは消えているのです。
このようにして癒やしが起こるのです。
今地球上の全ての人達が圧倒されつつあります。
あなた達の中には何が起こっているか理解していない人達もいます。
しかし何かダイナミックな出来事が起こっていることには皆気付いているでしょう。
そしてメディアもこの出来事に注意を払っており、かなりの力を込めてこれを報道しています。
何故なら、そうすることで注目が彼等のテレビステーションや新聞などに集まり、彼等の収入になり、「真理を知らせることであなたの利益をはかる」わけです。
しかし往々にしてニュースはメディア自身の思惑の下に動いており、必ずしもあなたの為になることを知らせているとは限らないでしょう。
メディアはあなたの注意と時間を引きつけ、本質的な違いはもたらさない予想を言い立てます。 それはあなたの思考を刺激するかもしれません。 非常にエキサイトした報道がなされ、あなたもエキサイト(興奮)してしまい、居ても立っても居られなくなり、平和を無くしてしまうでしょう。 あなたはこれらのニュースに接して興奮しそれを受け入れ、自覚しない内にただ興奮するだけでなく、動揺し始めてしまうのです。
この動揺もまた実際には怖れなのです。
あなたはこれに気付けるようになる必要があります。 でなければ、この動揺(怖れ)に飲み込まれてしまうから。
あなたは、この怖れを「人生に必要不可欠なダイナミックス(試練)」として受け入れてしまわないようにする必要があります。 生気を掻きたてる、あなたを生き生きさせる出来事としてこれを(この動揺を)受け入れてしまってはいけません。
何故なら、そのようにしてこれを受け入れてしまった場合、あなたはこれにチャレンジしなくなってしまうから(あなたはこの怖れを否定出来なくなってしまうから)。
そのように(怖れ/動揺を)受け入れ受け取っている限りあなたは「オオ、今私は落ち着いていない(平静ではない)」と認識出来ないのです。「このニュースはエキサイティングで興味深いけれど、私は落ち着いていない。私は平安ではない。」(と気付くことが困難なのです)。
もしあなた自身が平安ではないことに気付けていないなら、その体験を放棄することが可能であることにあなたは気付けないのです。
だから私は今夜ここに居て、あなた達に話しかけているのです。
あなたはそれら(怖れ/動揺、それらを掻きたてる報道)を放棄することが出来るのです(と私は言いたいのです)。
そしてあなたが気付かなければいけないのは、(怖れの声を)放棄するプロセスはとても重要な行為であって、「人間的状況」を改善させるだけのことではなく、あなたを「人間的状況」内から取り外すことなのです。
こうしてあなたは自分を苦しめている無知から出て、あなたの生得権の記憶の中に入っていくのです。 その(あなたの生得権の記憶)中には対極性がありません。 その中では(それを体験することがあなたの権利である)「存在/有り様」の合一(Unity)があり、あなたはその中で「とてもエキサイティングで重要に見えている闘争/葛藤」からの開放を体験するのです。
そしてあなたの存在の中(あなたの居るところ)であなたはそれ(葛藤)から開放されるのです。 このようにしてあなたが開放されたなら、その葛藤にまだ捕らえられている人達も、真理を明確に見る(あなたの)度量によって祝福されるのです。
あなたが無知と幻想を尊ばなくなることにより、それらにまだ捉えられている人々もそれらを手放し易くなるのです。
このことが幻想をより軽く、幻想の信憑性を減らすのです。
これがあなたの仕事です。 あなたは自分の注意をここに据えるべきなのです。
何世紀もの間、問題(葛藤)が起こりそれらが解決されて来ました。
しかしあなたは今、問題(葛藤)が解決されるだけではなく、「問題/闘争の領域」から「存在への意識的気付き」へとシフトできるポイントに来ているのです。
神の子としてのあなたは、この「存在」(神の子として存在すること)を体験する権利があるのです。 何故ならこれがあなたの生得権なのだから。
だからこれ以外にあなたが体験するべきリアルなものは存在していないのです。
さてあなたは良きクリスチャンとして、良き宗教家として、コースの良き学習者として振舞って、悪条件の中で最善を尽くし、闘争の中で最良のことをして、何とか無事で過ごすことも出来るでしょう。 そして救世軍が終った後も、それまで人々が居たところにそのまま留まり、そのまま眠り続け、夢見続け、人間的状況をそのまま体験し続けることも可能です。
しかしあなたは(あなたがア・コース・イン・ミラクルズなどを通して学んだ真理故に)この機会をとらえてシフトすることも可能なのです。
それはどのようなシフトでしょうか?
これは壊滅的な世界状況から素晴らしい世界状況へのシフトではなく、怖れの声から真理の声にあなたの忠誠心/信頼/確信を移すシフトなのです。
これはあなたを瞬間的に目覚めさせるシフト、幻想/幻覚を終らせるシフト、闘争/葛藤を永遠に終らせるシフトです。
「全ての人がアルマゲドン(世界の破滅)を期待している、あるいは、全ての人がラプチャー(人類が引き上げられること)を期待している。」
そのような対極的な状態を(お互いと話し合える、それについて考えることが出来る)興味深いアイディアとして保つことは今すぐ止めましょう(そのようなことをし続けるのではなく)。
今ここで真理の声を選び始めなさい。
(愛を現している、愛の性質を持っている)真理の声を選択して、ここであなたはトランスフォメーション(変革)の使いに成りなさい。 世界に(現在と過去の負傷/破損に対する)癒やしをもたらすエージェント(使徒/仲裁者)に成りなさい。
そうすれば(あなたが怖れの声ではなく真理の声を選び、それに信心/信任を与えたなら)、あなた達一人一人全員が(そして全てのものが)破損なく障害なく示されるのです(暴かれるのです)。 あなたの全ての部分が、そして全てものの全ての部分が完全に修復されて(完全に修復された状態で)示されるのです。
いいですか? 怖れとは人工的な(不自然な)感覚なのです。
「失楽園」が起こった時、あなたが父から離縁した時、二つのものが発生しました。
それは怖れと罪悪です。
そして怖れは人工的(作為的)な感覚(フィーリング)なのです。
そして罪悪も人工的な感覚なのです。
だから怖れと罪悪を、それらがまるで本当のものであるかのように扱うのはもう止めなさい。
それらに尊厳を与え続けることは止めなさい。 それらは人工的な不自然なセンセーション(刺激)でしかないのだから。
怖れと罪悪は「神」と「神が全てであること」の前では無意味/無力なのです。
怖れと罪悪は全くどのような意味も持っていないのです。
そして神が全てなので、怖れと罪悪が過去に何らかの意味を持ったこともないのです。
だから怖れと罪悪は、克服したり対処したりするべきリアルなもの(リアルな状態)ではないのです。
(怖れという)贋物のセンセーション/刺激に対して何か意味あることを行なうことは不可能です。
しかしあなたは自分の注意/意識を(罪や怖れから)愛にシフトすることが出来るのです。
あなたは自分の注意をプライバシーや自己認証からあなたの父に動かし移して、父と繋がり直すことが出来るのです。
こうして繋がり直すことの中で、あなたは「あなたが誰か」思い出すのです。
そしてこの体験の中で、愛とはあなたが全てのもの/ことを体験している時に自動的瞬間的に感じるフィーリングであることを発見します。
全てが愛であり全てが愛をもってあなたを祝福していることをあなたが発見したなら、つまり全てが無限の交換(愛のやり取り)であることをあなたが発見したなら、そこには闘争/葛藤が無く混沌(カオス)が無いことをあなたが発見したなら、現在の(あるいは過去に起こった)放射能の破壊がそこには無く身体の怪我や病がそこに無いことをあなたが発見したなら、
(そこ/ここが天国ではないというあなたの主張から)天国があがなわれたなら(天国が修復されたなら)、ここはビッグバンなどで始まった物理的世界/宇宙でしかない(開始された時点ですでに対極化/分離されている物理的動きの延長でしなかい)というあなたの見方が手放せたなら{その時天国が見えるのです}。
確かにアコースインミラクルズは意味を持っています。
しかしそれはミラクル(奇跡)を起こすという意味ではありません。
そのように定義されている奇跡は、(スピリチュアルな、あるいはその他の)何らかの力が(現存しているとあなたが考えている)物質的世界/宇宙に届き世界/宇宙を力で変えることを示唆しています。 (そのような奇跡を期待している時あなたは)そうして世界が破壊的でなくなり、善良で安全な世界が現れることを期待しているのです。
しかしそれは不可能です。
ア・コース・イン・ミラクルズの真意は、あなたが自分の注意/意識を怖れの声から外して真理の声(精霊/あなたの正気良心でしかないもの)に意識を与えることなのです。
このシフトの中であなた自身が対極性(分離化)を解除し葛藤をなくすのです。
(あなた自身が自分の為に作った)この葛藤/紛争のストレスが抜け落ちた時、「本当のあなた/本当の全創造/その統一された善良な光景」があなたに届き認識されるのです。 その時欠乏/病/死/ダメージなどが解除されるので、それが奇跡が起こっていることとして見えるのです。
その時、全ての真の性質(ネーチャー)があなたに再度届き理解されるのです。
その素晴らしさがあなたにもう一度(素晴らしいものとして)響くのです。
これが奇跡として(奇跡のように)見えるのです。
しかし全ての神聖を暴き示すことは、すべてのこと/ものの神性(それが全てを永遠に形付けているのです)を顕わにすることは、「奇跡」ではないのです{それは悪しき事態に神の力を加えて、そこから良きことを引き出しているのではないのです}。
何故なら、そこで行なわれていたことは、「何か」に力が掛けられて、それが今までとは違うものに変えられたことではないのだから。
あなたは愛を使って日本を祝福することは出来ません。
あなたは愛を使ってチェノーブルの周辺地を祝福することは出来ません。
あなたは愛を使って墓場を祝福し使者を蘇らせることは出来ません。
あなたは愛を使って幻想を解除することは出来ないのです。
愛は(あなたが全てに与えている間違った定義と、それらがあなたに与えている闘争/葛藤/問題に影響されることなく)「神がすでに成っているもの/成り続けて来たもの」に対してあなたが自分の目を開くことを助けるのです。
私が同じことを何度も繰り返し言い続けていることは重々承知しています。しかし私はこれ以上に重要なことは言えないのです。
何故なら、これはシンプルで、これが現在のあなたの体験を真っ向から否定するものだからです。
さて、世界の状況はストレスに満ちています。
ポジティブなことを表明しているように見える事柄も闘争/葛藤の場所から起こっているように見えています。
素晴らしさを持っていることさえも大変で難しく抵抗を受けています(努力を必要としています)。
その大変さは(物事が通り抜けなければいけない時間上のプロセスと見ているもの)は...(それが人々がマインドを変えることでも、数千年掛かると思われている放射能の緩和でも)そのことに対する瞬間的な癒しが体験出来るように、時間がプロセスの中から(絵の中から)取り除かれる必要があるのです。
「オオ、瞬間的癒しですか? 放射能を発しているものは物質/物理的物体なので、それは困難でしょう。 それはヤッパリ物質の法則(物理的法則)に従って行なわれる必要があるのではないですか?」
ノー!ノー!ノー!ノー!ノー!ノー!
何故そうではないのでしょうか?
何故なら、それは(瞬間的癒やしは)(創造そのものと合致していない)定義への耽溺/中毒をあなたが手放すことなのだから。
あなたがそれらの定義を放棄した時「創造そのもの」があなたに体験されるのです。
それは瞬間的に起こるのです。
創造に逆らっていない意志/意欲故に、創造に逆らった定義への信頼が放棄された故に、瞬間的な癒しが起こるのです。
「不可能」として見られていることを抱擁する(受け入れる)意欲/勇気があった故に、瞬間的癒やしが起こるのです。
今日これが必要とされているのです。
あなた達全員は、これが起こること(瞬間的癒やしが起こること)に参加する為に必要な基礎をすでに有しています。
そして私はあなたをプッシュして促しています。 私はあなたを招待しています。
私はあなたを押し出し引き込んでいます。 私は出来る限りのことをして、「不可能と思われていること」を「可能だと」あなたが考慮してみれるようにインスピレーションを与えようとしています。 アセンションが目覚めが可能になるように。
今がその時なのです。
(怖れや罪などの)これら全ての人工的な体験/センセーション/知覚が明晰さ(を現しているもの)で取って代わられて、あなたのマインドが変れるようになるべき時なのです。
それはあなたが「コレからアレに変ろう」と決意することではなく、あなたは無防備の中で自分が今までとは違うものを見ていること(違う風に見ていること)を発見するのです。
すると突然あなたの知覚が変っているのです。
すると突然怖れが消えているのです!
突然愛が現れていることをあなたは見つけるのです。
あなたは突然、絶対的に全てが安全であることを発見するのです。
これにはある程度の自己鍛錬/努力が必要です。
私はとても沢山の言葉を使ってきました。 私は異なるアイディアをあれこれ言って来ました。
しかし基本的にわたし達は「怖れの声(怖れからの呼びかけ)から真理の声(真理からの呼びかけ)へシフトする」という一つのことに関して話し続けているのです。
これにはある程度の自己鍛錬が必要です。
情報を集めようとしている時、あなたはどの教師の下に行こうとしているでしょうか?
もしあなたが怖れの声の下に行ったなら、それがあなたの中で葛藤/紛争を増強しあなたを内側から疲れさせていることを発見するでしょう。
するとあなたは自分自身の中にネガティブなものを発動させて、(あなたがこのようにネガティブな体験をしている理由を探して)あなたの何が間違っているか調べようとし始めていることを発見するでしょう。
「もしかしたら、あなたはただ年を取っただけなのかもしれません。もしかしたら、アルツハイマーが出始めているのかも。もしかしたら狂気があなたに迫っているのかも。 嗚呼無念、でもしかたない。」 {これらが怖れの声でなくて何なのでしょう?}
このような枠組み(見方)にあなたが浸っている時、あなたは怖れの声を聞いているのです。
あなたが怖れの声を聞いている時には、あなたに苦しみをもたらし、あなたを死に追いやるもの全てが正当化されているのです(それが当然のこととして受け取られてしまっているのです)。
(今まで)そのような言い立て(主張)に対してあなたは中々意義を申し立てられないで来たのです。
(その時)あなたはとても陰鬱に成っており、それ以外のことを望むことは出来なく見えたので、あなたはそれを(怖れの声を)抱擁し受け入れてしまったのです。 違いますか?
しかし、あなたは真理の声を選ぶことも出来るのです。
怖れは人工的な贋物の感覚なので、あなたが怖れと向き合っている時あなたは「なんでもないもの/どうでもいいもの」と向き合っているのです。
するとあなたは人工的なもの(状態)に自分の信心/信頼を与えてしまうのです。
しかしその(人工的な怖れの状態の)中には実体(Substance)やそれを支えている支柱が全く無いのです。
だからあなたは「うん、私が体験しているこの怖れは全く人工的な贋物だ、だから私はそれを手放そう。」と言って、それ(怖れの感覚)から離れて、自分の注意を真理の声に与えれば良いだけなのです。
それは何故でしょうか?
何故なら、本当に真理の声というものが実在するからです。 そして真理というものが本当に在るのです。
だからあなたが真理を招き入れたなら、真理がそれ自身をあなたに示すのです(顕わにするのです)。
そしてそれ自身をあなたに示す課程で、真理があなたをあなたに示すのです。そして父をあなたに示すのです。 そしてあなたの聖なる関係/あなたの聖なるアイデンティティ/存在しているもの全てとあなたの不可分性(存在しているもの全てとあなたが分離していないこと)をあなたに示すのです。
今日困難な状態(怖れの動き)の中にある(ように見えている)人達は、困難(怖れの動き)の中にいるので、彼等にとっては真理の声(自分達の平静)を見つけることが難しいのです。
しかしあなたはその困難の真っ只中には現在居ないでしょう。
だからあなたは彼等の為の証言者/証人に成ることが出来るのです。 彼等の為に真理の声を選ぶことが出来るのです。
そうすることを決意したなら、テレビを眺めて(そこに表されている怖れを無自覚に受け入れてしまって)真理の声を放棄したり、アイフォーンの最新アップデートを見て平静を手放していてはいけないのです。
怖れの声の下に行くのは止めなさい。 そうすることは一つの効果しかもたらしません。
それは真理を知ることをあなたから奪うだけなのです。 怖れの声はあなたの平和をあなたから奪ってしまいます。
怖れの声があなたの平和を奪ってしまえば、あなたは兄弟の為に変革のエージェント(変革の仲介者)に成ることは出来なくなってしまいます。
怖れの声は「瞬間的に幻想が修正される体験」から完全にあなたを隔ててしまいます。
そうなると怖れの声が「瞬間的に幻想が修正される体験」から「他の全ての人」をも隔ててしまうのです。
「ええ! 私は他の人達全員を変えることなんか出来ません。」
ええ、確かに出来ません。 力によって他の人を変えることは出来ません。
しかしあなたは愛によってこれをすることが可能なのです。
誰か他の人を変えようとするのは止めなさい。
あなたの神聖をあなた自身に示す(顕わにする)ことを、そして他の全ての人達の神聖をあなたに体験させることをしなさい。
これを真摯に真剣に行ないなさい。
これには一つの非常に実際的な効果があります。
これを行なえば憂鬱があなたの下を去るのです。
怖れがあなたの下から消えて無くなります。 平和があなたを包むでしょう。
そして平和が全ての人と全てのものを祝福します。
これをすることがあなたの役割なのです。これがあなたの目的で、あなたの成就なのです。これがあなたの仕事です。
だからこれをし続けなさい。 これを諦めず執拗に続けなさい
これをしようとしている時にあなたを挫けさせてしまおうとするものは全て怖れの声でしかないのです。
あなたが怖れを体験しているように見えるのは、あなたが怖れの声の出し物(催し物)に意識を合わせてしまっているからです。
しかし、あなたが体験している怖れは人工的なセンセーション(刺激)なのです。
それは捨てて置きなさい。 それを手放しなさい。
(次のように言ってみましょう)
あなたは、全人類を人間的体験から引き上げて目覚めた状態(人々の、そしてあなたの生得権である体験)の中に引き入れる為にあえて人間的体験の中に入って来た人に成りなさい。
あなたは精霊の助けを得ています。 そして私の助けも得ています。
自分が誰か思い出そうとしているあなたを全創造がサポートしています。
(喜びの素晴らしい体験の中で)全ての人と全てのものの神聖をあなたに示す啓示(Revelation)を得て全人類とすべてのものを祝福しようとしてるあなたを、全創造がサポートしています。
今日がこれをするべき日です。 今日がこれが可能な日です。 今日あなたはこれをするに相応しいのです。
今日あなたがこれを体験することを妨げているものは全く何も存在していません。
I Love You. I Love You. I Love You. You. You. You. You. Every One.
この機会を捉えてください。 この機会を見捨ててしまわないようにしなさい。
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