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ACIM11-07-16

2011年7月16日

原文
http://www.nwffacim.org/tgp/forums/thread-view.asp?tid=32527&mid=155870#M155870

不聖な関係とは、その中に神が全く居ない関係のことです。 あなたとあなたの兄弟の神聖(あるいは、あなたとあなたの目の前の物の神聖)があなたの注意から完全に外れていて、あなたはそれを見れていないのです。
何故なら(その時)あなたと全ての者/物の関係が、神と関係のない定義を全てに与えており、だからあなたは「ここで神を表現しているもの」を何も見ていないのです。
あなたの定義がそれ(神の現れ)を許可していないのです。

わたし達は二つの絵に関して話してきました。
その一つは華麗な装飾の額縁を持っており、それがあなた達の全ての注意を浴びています。 
しかしあなた達の注意を額縁から絵そのものに移す必要があるのです。
これら二つの絵の中には同じものが入っているのです。
それは「関係」です。 一つの絵の中には不聖な関係(特別な関係)、他方の絵の中には聖なる関係が入っています。

わたし達が進んで行くに従い、あなたは予期(期待)していなかったより多くの事態の中に呼び込まれて行くのです。
A Course In Miracles(ACIM)は文学作品のように読むべきものではありません。
これはアイディアの表明であり、それはあなたを動かそうとするのです。自分と世界に対する「一つの視点」から「他の視点」へとあなたを動かそうとするのです。
つまり実際の変化をもたらす(促進する)ことがこの本の目的なのです。

私は以前より多くの変化をあなた達から求め出しており、あなた達はビックリしているかもしれません。
しかしこれが重要なのです。 変化は必ずしも楽しいものとは限りませんが、それは常に必然なのです。
そして勇気をもって変化に臨むことがあなた達に今の望まれているのです。
わたし達はそのプロセス中におり、現在わたし達が面している「変化の呼び声/成長の要請」を聞いても怯んだり後ろに戻ったりしないことが大切なのです。
不快感が現れていることから、現在起こっていることを誤解して「何かが間違っているに違いない」と考えてしまっては駄目なのです。


新しいセクションを読み始めましょう。

「THE HEALED RELATIONSHIP1 」
「癒やされた関係」

わたし達は二つのステップに関して話して来ました。
(人間的状況から抜け出る入り口である)聖なる瞬間の中に入ることに関して話して来ましたき。
これが罪/病/死、つまり苦しみから抜け出る道なのです。
これが神の法が全てを統治している場所への入り口なのです。
その結果として、あなたは二度と罪/病/死/欠乏/怖れなどに直面しなくなるのです。
二つのステップを実践する時に、あなたは絶間ない思考を止めて静寂の中で「父よ、ここの真理は何ですか?」と訊ねるのです。
そう言った時あなたは自分の状況に関する真理を訊ねているのです。
現在起こっているこれらのことに関する真理を訊ねているのです。
これらのことが起こしているように見えている状態の真理に関して訊ねているのです。
つまり、これはあなたと関係しているもの(物/者)に関する質問なのです。

「A Course In Miracles(ACIM)の要点は関係だ」とあなたももう解ったでしょう。
不聖な関係(特別な関係)に関しては詳しく説明して来ましたが、聖なる関係に関してはまだあまり話していません。
しかし不聖な関係から聖なる関係にシフトすることは、あなたが「父よ、この関係に関する真理は何なのですか?」と言うことを含んでいるはずだと推察出来たことでしょう。
そして、その結果自分に知的な説明が与えられるとあなたは期待していたかもしれません。 その答えをもとに自分の関係の真理が理解出来るようになるだろうとあなたは期待していたかもしれません。

しかし関係の真理は頭で考えるようなことではないのです。
関係の真理は関わり合い(関与)なのです。
関係の真理とはあなたのハートなのです。それは(あなたが父の自己表現で、父が愛なので)父によってあなたの中に設置された愛そのものとしてのあなたの性質なのです。
そしてあなたというこの愛が働き始める必要があるのです。
この愛があなたの中のフィーリング(感情)/気遣い/愛情/心遣いとして表現されなければいけないのです。 それは知的理解を遥かに超えたものなのです。

「あなたはコースを学んで来ており、わたしもコースを学んで来たので、わたし達には聖なる関係が築けるに違いない。」 
このように考えて、あなた達二人の考えに基づいた聖なる関係をもたらそうと努力することも可能でしょう。
しかし、それは思考、思考、思考、思考、考え、考え、考えで、繋がらない、繋がらない、繋がらない状態なのです。
それは双方が考え、考え、考え、考えている関わり合いで、あなた達二人は考え、考え、考え、想像、想像、想像しているのです。

わたし達は長いこと二つのステップと聖なる瞬間に関して話して来ました。
自分が関係しているものと関わり合って(反応)しまうのではなく、まず自分の中に入り父/精霊と繋がることに関して話してきました。
静かに成ってあなたの思考を止め、「これに関する父の視点はどの様なものだろう?」と訊ねるのです。

こうしている間、あなたは自分の関わり合い(関与)を脇に退けています。
あなたは自分が関係を持っているものとの連合を脇に退けたのです。
何故なら、「父よ、精霊よ、ここの真理は何ですか?」と静かに真摯に訊ねた結果として現れる答えを、あなたや相方の(特別な関係への)確執に邪魔をさせたくないのだから。

精霊はあなたの求めに答えて、コミュニオン(霊的交歓)の形式であなたとコミュニケートします。
それは言葉だけではない内的絶対的コミュニケーションであり、フィーリングや意味のコミュニケーションで、あなたのマインドに働きかけるのです。
それがマインドの靄を晴らし混乱を整理するのです。
これが視界をシンプルに整え、意識をクリアにし、あなたが質問していることに関する神の真理を顕わにするのです。
これがあなたを変えるのです。これが要点なのです。
その時あなたの中で起こる認識が、今までとは違う振舞いをあなたにさせるのです。 いままで二つのステップ/聖なる瞬間を実践せずに振舞ってきた時とは違う振舞いをあなたはするようになるのです。

すると他者との関係の中であなたの口から出てくる言葉は、聖なる関係の性質に基づいたものになるのです。
これは前もって考え計画された振舞い(行動)ではなく、慣習的な行動パターンでもないのです。
これはその瞬間に現れる新鮮でクリアな、あなたの関係に対する意識的気付きなのです。 あなたの卑小な知的能力を超えた視点がもたらされるのです。

聖なる関係は不聖な関係の代用品(代わりのもの)ではないのです。
「わたし達は今まで不聖な関係を築いてきた、これからは聖なる関係を持とう。」と言えるようなものではないのです。
あなたは私が今述べたようにして(プラン/予測を手放して)聖なる関係を持とうとするかもしれません。
しかしこれは新しい今までとは違うより高尚な関係を持つ以上のことなのです。
聖なる関係だけが、あなたに与えられている帰郷方法(故郷に帰る手法)なのです。
それは非常に意味深いのです。

これが故郷に帰る/目覚める/あなたの正しいマインドに立ち返る、絶対唯一の方法なのです。 これは不聖な関係(特別な関係)のより良いバージョンではないのです。
これはあなたに出来る一番重要な行為なのです。
これはキチガイ病棟からあなたが歩いて出ることを可能にする行為なのです。
これは神の法が全てを統治している場所にあなたを導く行為なのです。
この行為が罪/病/死を撲滅するのです。

この行為が全てを天国として照らし出すのです。
全ては天国で在り続けて来たのですが、不可能なことをしようと選択し、独立した存在に成ろう(自分の源との関係を無視したまま有効な存在に成ろう)と選択した時以降、あなたには天国が見えていないのです。

あなたはACIMを読んでおり、不聖な関係や聖なる関係に関して読んでおり、それらはとても興味深く刺激的です。
しかしこの本は刺激/興味以上の価値を持っているのです。
この本は、あなたの正気を呼び戻す唯一のアイディアを示し、今まであなたが不当だと感じて来た全てのことから(これにより自分が縛られるのは不適切だとあなたが感じてきたことから)あなたを解放するのです。
例えば運命とかチャンスとか被害者に成ることとか事故とか病とか意地悪とか(これらあなたに相応しくないものからあなたを解放するアイディアがこの本に記されているのです)。

あなたはそれを正当化出来なかったかもしれませんが、それでもそれらのフィーリングが何か正当(有効)なことを示して(知らせて)いると、あなたは感じていました。 これら(罪/病/死)を自分が体験することは不当で、これらを超える何らかの方法があるべきだと(あなたは感じてきました)。
それ(罪/病/死を超える方法)は実存しているのです。 これがそうなのです。

しかしこれは本当の変化を意味しており、あなたが自分の兄弟姉妹と新しい在り方(新しい関わり合い方)をし始めることを意味しているのです。
全ては関係で繋がっていることを私はすでに知らせました。
兄弟/姉妹/樹木/物/生き物、全部が関係によって繋がっています。
しかし物はあなたと合意は交わしません。
物はあなたの間違った評価/判断の中であなたと繋がりません。
あなたがその物に与えた想像上の意味の中で物があなたと繋がることはありません。
しかし生き物は、意識を持っているものとあなたが呼んでいる存在は、別です。
何故なら、彼等との間に築かれている不聖な関係を放棄するには、彼等(そしてあなた)が行なっているゲームの関わりを捨て、彼等が自分達の世界に対して与えている定義群(そしてあなたもそのような定義の中で彼等から認識されているのです)を手放す必要があるのです。

彼等の世界に対する定義の中には、あなたに対する定義も入っており、彼等はマインドを使い目的を持ってあなたを操り、あなたが持っている(と彼等が考えているもの)をあなたから得ようとするのです。

だから人との関係は(物との関係よりは)もう少し複雑なのです。
そして人々にとって、自分達の対人関係の中で、あたかもそれ(人との関係)が物との関係であるかのように振舞うことは決して少なくないのです。
あなた達は人々を物(動かない物体)として扱い、彼等が彼等自身のハートや感情に従って動くことを止めさせ、彼等をルールに当て嵌めよう、規則に従って動かそうとするのです。 


「The holy relationship is the expression of the holy instant in living in this world.」
「聖なる関係とは、この世界に生きている者が聖なる瞬間を表現していることなのです。」

聖なる関係...
止まって静かに成り、父か精霊に「ここの真理は何ですか?」と訊ねなさい。
その時真理が意味やフィーリングと共に示されます。
しかしその意味やフィーリングが表現される(言われる)まで、それはあたかも全く起こらなかったも同様なのです。
{あなたが聖なる瞬間の中で受け取ったフィーリングや意味(理解)を言って表現しなかったなら、行動に移さなかったなら、それはあなたの体験の中には現れられないのです。}

この表現はあまり正確ではありません。何故なら(あなたがそれを直ぐに表現/実行しなかったとしても)、それらの意味やフィーリングは「あなたが表現することにより実行するべき体験」としてそこに存在しているのだから。
聖なる瞬間の中で知らされたものを表現することで、聖なる瞬間の目的が現実に成るのだから。
何故なら、それ(聖なる瞬間の中で知らされれたこと)が表現された時、それが実現した時、それが変化し、変化が実行されるのだから。
{聖なる瞬間の中で知らされることは、知的な理解ではなく、抵抗しがたい突き動かす力、あるいは感情/衝動として現れます。 この力/感情/衝動がその状況に適した言葉や行動として(あなたを通して)現れるのです。 あなたはそれに抵抗しようとするかもしれないけれど。}

「The holy relationship is the expression of the holy instant . . .」
「聖なる関係は、...聖なる瞬間を表現していることなのです。」

聖なる瞬間はあなたに何かを知らせるのです。 あなたはその意味とフィーリングに気付き、それを世界の中で表現するのです。
(あなたが今までビッグバンから始まった物理的世界と呼んできた)世界(しかしこれは実際には天国なのです)の中で(聖なる瞬間の中で得た)意味とフィーリングを表現するのです。
このようにしてあなたがこれ(聖なる瞬間の中の気付き)を世界の中で現実化したなら、あなたは物理的世界をその真の姿である天国として照らし出しているのです。
これがあなたと他者(あるいは物)との関係を神聖にするのです。
そしてこれが、あなたの愛情を変容させ、あなたは聖なるものを(あなたと関係を持っている物/者を)認識し保持し証言しようとし始めるのです。
あなたはそれ(神聖)を破き捨てるのではなく、保とうとするように成るのです。
それ(神聖)を破き捨てることが、あなたの不聖な関係のゴール(目的)だったのです。
神を除外することが不聖な関係のゴールなのです。
つまりあなたの神聖を(あなたの真の姿を)あなたの意識の外に置くことがこの(不聖な関係の)ゴールで、これが悪なのです。

聖なる瞬間はこの悪からあなたを取り出すのです。 それが聖なる瞬間の目的なのです。
聖なる関係はこれを達成するものであり、これを達成した状態なのです。
これが一番大事なのです。 聖なる関係が、孤児(目覚めていない者達)にとって実在している一番大切なことなのです。

「The holy relationship is the expression of the holy instant in living in this world. Like everything about salvation, the holy instant is a practical device, witnessed to by its results.」
「聖なる関係は、この世界に生きている者が聖なる瞬間を表現していることなのです。 救済と同様に、聖なる瞬間は実用的なもので、その結果を証言(証明)することが出来るのです。」

聖なる瞬間の結果を現実化/現実化し、それを表現/表明することが出来るのです。

「The holy instant NEVER fails.」
「聖なる瞬間は決して失敗しません。」

あなたは、精霊があなたに届くまで聖なる瞬間の中に留まり続けることには失敗するかもしれません。
しかしあなたに精霊が届いたなら、今のあなたの関係の中の真理をあなたに示す役割を精霊が失敗することはありません。
だからあなたはそれ(あなたの特別な関係に関する真理)を聖なる関係として現実にすることが出来るのです。

「The holy instant NEVER fails. The experience of it is ALWAYS felt. Yet without expression,」
「聖なる瞬間は決して失敗しません。その体験は必ず感じられます。 しかしそれが表現されなければ、」

これら全ては、全てと関連しており、全てと関わっているのです。
聖なる瞬間の役割は、聖なる関係を照らし出すことです。
そして聖なる関係とは、孤児であるあなたが静かに成って「父よ、ここの真理は何ですか?」と訊ねて孤児院の壁を越えて伸び出す体験なのです。
そうして答えの意味を聞き、それを感じ、それにより突き動かされ、あなたと関係している人(物)に対して(その関係を聖なるものとして)振舞い、それに反することは全く行なわないことにより、この神聖を強化するのです。

するとあなたの全ての行為は、(あなたの兄弟が使っているかもしれない)孤児的マインドを確認することではなくなり、聖なる者として彼をあなたは強化するようになるのです。
あなたが彼の神聖の証人に成り、それを証言することにより、彼は(少なくともある程度の)自信を持ってそれを抱擁出来る(受け入れられる)ように成るのです。

解りますか? これが現実化なのです。
聖なる瞬間が神の真理の認識の表現を起こし(あなたが聖なる瞬間の対象に据えた者/物との)関係の神聖を暴いて照らし出すのです。
これが夢から目覚めへの変化をもたらす実践的なもの(メカニズム)なのです。
これはこのように起こるのです。

「The experience of it is ALWAYS felt. Yet without expression, it is not REMEMBERED.」
「その体験は必ず感じられます。しかしそれ(聖なる瞬間の体験)が表現されなければ、それは思い出せないのです。」

これが重要なのです。このようにしてこれは働くのです。
聖なる瞬間を実践した結果としてあなたに知らされた意味(やフィーリング)を表現/表明した時、(あまり正確な言い方ではありませんが)それがあなたの記憶を取り戻させ、あなたは真理を思い出すのです。
あなたは自分の兄弟姉妹の神聖を思い出すのです。
自分の兄弟姉妹の神聖を体験していた時のことをあなたは思い出すのです。 何故なら、あなたはそれを以前すでに体験しているのだから。
「父よ、私は自分のやり方でやりたいです。父よ、私は全てに対して意味を与えたいです。父よ、私はあなたと離縁したいです。」と言う前、あなたはこれ(兄弟の神聖)を体験していたのです。

そういう前まで、あなたは故郷に居り正気を体験していたのです。
だからこれは、あなたがすでに知っていること(あなたが常に知り続けて来たこと)を腹の中からスピリチュアルに思い出すことなのです。 関係のその場の全てがあなたの腑に落ちるように成るのです。

もう一度聞きなさい。
「The holy instant NEVER fails. The experience of it is ALWAYS felt. Yet without expression, it is not REMEMBERED.」
「聖なる瞬間は決して失敗しません。その体験は必ず感じられます。しかしそれ(聖なる瞬間の体験)が表現されなければ、それは思い出せないのです。」

これが表現されれば、あなたの記憶が開かれ、あなたは自分が以前知っていたことを思い出します。 これは全く知識的なものではないのです。
これは思考の中で起こることではないのです。
これがわたし達の話している変容なのです。これがあなたが自分の正気に帰ることなのです。

「The holy relationship is a constant reminder of the experience in which the relationship became what it is.」
「聖なる関係は、関係がそれそのもの(その真の姿)に成っている体験を常に思い出させているものなのです。」

聖なる関係は正気の体験なのです。あなたの兄弟姉妹の真理を知るこの体験が、つまりあなた自身の真理を知る体験なのです。
これは(これが存在している限り)聖なる関係がどの様に思い出されたか思い起こさせるものなのです。聖なる瞬間を思い出させるものが聖なる関係なのです。
聖なる瞬間だけがあなたを狂気から救うもので(あなたを孤児院から救い出すもの、あなたを孤児的マインドの枠組みから取り外すもの、怖れから救出するもの、罪/病/死/不安/嫉み/意地悪/自己防御から救うもので)。どうすれば故郷に帰れるかこれがあなたに思い出させているのです。 
そしてこれはあなたが思うほど難しいことではないのです。

「And as the unholy relationship is a continuing hymn of hate in praise of ITS maker, so is the holy relationship a happy song of praise to the Redeemer of relationships.」
「不聖な関係は、それを作った者を称えながら憎しみを歌う賛歌なのです。 そして聖なる関係は、関係を贖う者(関係を救済する者)を称えるハッピーな歌なのです。」

関係を贖う者とは誰のことでしょう? それは精霊です。 
精霊とは何でしょうか? それはあなたの正気(正しいマインド)にしか過ぎないものです。

「The holy relationship, a major step toward the perception of the real world, is learned.」
「(リアルな世界に対する知覚/認識の大きなステップである)聖なる関係は習得されるものです。」

これ(聖なる関係)はまだ起こっていないので、これを思い出すことは出来ません。{だから聖なる関係は、思い出すのではなく、学習する必要があるのです。}

「The holy relationship, a major step toward the perception of the real world, is learned.」
「(リアルな世界に対する知覚/認識の大きなステップである)聖なる関係は習得されるものです。」

下記も大切な点です。
「It is the old, unholy relationship, transformed and seen anew. 」
「これは古い不聖な関係が変容され新しく見られることなのです。」

あなたが二人いる訳ではありません。 (聖なるあなた、そして不聖なあなたという風に)あなたが二人いる訳ではありません。
あなたは自分を暗い曇りガラスを通して見ているか、そうでなければ自分をクリアに見ているのです。 違いはこれだけなのです。
もしあなたが曇りガラスを通して自分自身を見ているなら、明晰さがそれ自身を曇りガラスのマインド状態の中に挿入し、そこで自分の存在を表し能動的になり変容を起す必要があるのです。

こうしてキチガイ染みたあなたが、キチガイ染みた状況の中で、正気を発見するのです。 何故ならそこ(あなたのマインド)にはあなたしかいないのだから。

「The holy relationship, a major step toward the perception of the real world, is learned. It is the old, unholy relationship, transformed and seen anew. The holy relationship is a phenomenal teaching accomplishment. In all its aspects, as it begins, develops and becomes accomplished, . .expressed . . . it represents the REVERSAL of the unholy relationship. 」
「「(リアルな世界に対する知覚/認識の大きなステップである)聖なる関係は習得されるものです。これは古い不聖な関係が変容され新しく見られることなのです。 聖なる関係は素晴らしい学習が達成された結果なのです。それが始まり開発され達成される(表現される)その全過程で、不聖な関係が逆転されるのです。」

つまり不聖な関係モードになっているあなたが変化して、あなたが常に知っていたこと(しかし自分の表層意識から押し出してしまっていること)を思い出すことにより、あなたのマインドが新しくなることを許可するのです。

「Be comforted in this; the only difficult phase is the beginning. For here, the goal of the relationship is abruptly shifted to the exact opposite of what it was. 」
「これを聞いて安心しなさい。 難しいのは初めだけです。何故なら一番初めに関係のゴール(目的)が今までとは正反対の方向に急激にシフトされるのだから。」

これはあなたが今までのゴールとは正反対の新しいゴールを受け入れなくてはならないことを意味しています。
これはあなた達全員にとってとても関わりの深いもの(その中に入り込み打ち込むべきもの)なのです。
あなたは自分の兄弟姉妹と関わり合うことによってこれを行なわなくてはいけないのです。
あなたはこれをプライベートに行なうことは出来ません。
あなたは関係の中でこれを行なう必要があるのです。
しかし、あなたはこれを関係に対する自分の現在の理解から行ない始めようとしており、あなたが理解しているのは不聖な関係だけなのです。

これは靴紐を持ち上げて自分を引き上げようとするぐらい不可能なことに思えるかもしれません。
しかしあなたはこれを自分でする必要はないのです。
あなたはこれを「これが私で、私の意識のこの部分だけがリアルなのだ。」と言った自分のマインド部分から行う必要はないのです。
あなたがそのように言った時あなたから切り離されたあなたのマインドの一部が精霊なのです。
精霊はあなたの注意がそこに戻り、精霊があなたの注意に応えて、あなたの全て(それは実際には分離されなかったのですが)を統合出来るように待っているのです。

もう一度読みましょう。
「. . . here, the goal of the relationship is abruptly shifted to the exact opposite of what it was. This is the first result of offering the relationship to the Holy Spirit, to use for His purposes.」
「何故なら一番初めに関係のゴール(目的)が今までとは正反対の方向に急激にシフトされるのだから。 これが関係を精霊に捧げてそれを彼(精霊)の目的で使わせた時に一番初めに現れる結果なのです。」

あなたは過去にこの部分を読んで、これをあなたとパートナーや他の人との関係として考えたかもしれません。
そしてあなたの関係を(精霊の目的で使うように)精霊に捧げたなら、それがあなたの必要としている結果をもたらすのだろうと考えたかもしれません。
しかし関係を精霊に捧げることとは、愛する人を自分のマインドの中で抱擁して「精霊よ、わたし達二人をあなたのもとに持って行きます。わたし達が聖なる関係を築けるように。」と言うことではないのです。
これは、あなたが愛する人(あなたの愛している物/あなたの愛している生活)から一歩後退して静かに成り「父よ、私が全てに対して与えている定義や意味とは関係なく、ここの真理は何ですか? 私はあなたの視点が学びたいです。」と言うことなのです。

だからあなたが自分の意味や定義を抜かして聞き訊ねたなら、あなたはその時「これが私の愛する人です。私と私の愛する人の関係を聖なるものにして欲しいです。」ということも抜きにして訊ねているのです。
何故なら「私と私の愛する人の関係を聖なるものにして欲しいです。」と言っていたなら、これではあなたの思考がまだ多すぎるのです。
これはまだ孤児のマインドで在り過ぎるのです。
そこにはまだあなたの使っている意味(定義)が含まれているのです。
こう言っている間、あなたにはこれらの何が父の視点(聖なる真理)と一致しているか全く解らないのです。
だから関係を精霊に捧げるとは、その関係とそれにあなたが与えた全ての意味からあなたが一歩退いて「父よ、私の体験していることとは関係なく、わたしがこれを体験していること(様子)とは無関係に、ここの真理は何ですか?」と言うことなのです。
何故なら、条件付けられているあなたの思考からの反応はあなたの求めるべきものではないから。 何故なら、あなたの思考は新鮮ではなく、それはその瞬間の中にある父の視点ではなく、今、今、今の創造の動きの生命力ではないから。

これ(新鮮な神の今の創造の動き)が約束されていることです。
これのために聖なる瞬間があるのです。
聖なる関係とはこのことなのです。

それだけではなく、あなたが自分の最上の定義や意味や論理や概念を手放せば聖なる関係が起こり、それがあなたの帰郷を開始することになるのです。
あなたは自分と愛する人(その人と聖なる関係築こうとあなたが求めている人)以外をも含むより大きな絵(範囲)を抱擁するべきなのです。
何故なら、これは特別な人とだけ聖なる関係を持つことではなく、あなたを待っている特別な人を探すことでもないからです。

あなたの兄弟姉妹(との関わり合い)が、あなたが目覚める方法なのです。
だからあなたの兄弟姉妹全員があなたの救世主で、あなたがあなたの兄弟姉妹全員の救世主(救い主)なのです。
あなたの関係が、あなたの帰郷の動きの狭間なのです。

さて、あなたの関係を(あなたの目の前の人/物の為に)精霊に使わせる招待は
「This invitation is accepted immediately, and the Holy Spirit wastes no time in introducing the practical results of asking Him to enter. 」
「(あなたの)この招待は瞬時に受け入れられ、(あなたが)彼(精霊)を自分の中に呼び込んだ結果が実際的なものとして直ぐに導入されるのです。」

あなたが静かに成って「父よ、精霊よ、ここの真理は何ですか?」と訊ねた時、精霊に入って来て欲しいと自分が求めていたとあなたは考えていなかったかもしれません。あなたはこれ(訊ね聞くこと)を精霊を招待することとは考えていなかったかもしれません。しかしあなたは精霊を招待したのです。あなたはバリヤー(防御壁)を外し境界線を消したのです。

あなたは「あなた(精霊/神)は今まで歓迎されていなかったここに入って来て良いですよ。 わたしは今まで自分が考えたいことだけを考えることで忙しくしており、その中にはあなたは含まれて居ませんでした。」(と言ったのです。)

だから、
「This invitation is accepted immediately, and the Holy Spirit wastes no time in introducing the practical results of asking Him to enter. AT ONCE His goal replaces yours. 」
「(あなたの)この招待は瞬時に受け入れられ、(あなたが)彼/精霊を自分の中に呼び込んだ結果が実際的なものとして直ぐに導入されるのです。その途端にあなたのゴール(目的)が、彼/精霊のゴールで置き換えられるのです。」

精霊はあなたの正しいマインドでしかないのです。だから、あなたの間違ったマインドのゴールが、あなたの正しいマインドのゴールで置き換えられるのです。
この整合性(統合性)が解りますか。
これが直ちにあなたの卑小な意地悪な間違った愚かなマインドの枠組みを解除して、あなたの統合性(誠実)をあなたのもとに持ってくるのです。

「This is accomplished very rapidly, but it makes the relationship seem disturbed, disjunctive and even quite distressing. 」
「これは急速に達成されます。 すると関係が難しくなり上手く働かずストレスに満ちているように見え始めます。」

これはあなたのパートナー(意識を持ったもう一人の人)に関して述べているのです。これを理解することが大切なのです。だからもう一度読みましょう。

「This is accomplished very rapidly, but it makes the relationship seem disturbed, disjunctive and even quite distressing. The reason is quite clear. For the relationship as it IS is out of line with its own goal, and clearly unsuited to the purpose which has been accepted for it.」
「これは急速に達成されます。 すると関係が難しくなり上手く働かずストレスに満ちているように見え始めます。その理由は非常に明確です。 その理由は(現在の)関係そのものがそのゴールに則しておらず、その関係を受け入れた目的を達成するには不十分だからです。」

この文はどういう意味なのでしょうか? 少し解り難いですね。
独立認証者(孤児)のゴールは、源と繋がらずに有効な存在に成ることです。
これは電源に繋がっていない電灯が灯ろうとするようなことです。
だからこのゴールはキチガイ染みているのです。
このゴールは出来ないことをしようとする試みなのです。
このゴールはあなたを時間/エネルギー/意識の無駄に駆り立ててしまっているのです。
そしてこれが罪/病/死/怖れをあなたに起こしているのです。
だから精霊が答えた時、あなたのゴールが精霊のゴールで置き変えるられ...

「. . . accomplished very rapidly, but it makes the relationship seem disturbed, disjunctive and even quite distressing. [And] The reason is quite clear. For the relationship as it IS . . .you know, the orphan mindset . . .is out of line with its own goal, . .which is to accomplish the impossible . . . and [it’s] clearly unsuited to the purpose which has been accepted for it.」
「...急速に達成されます。すると関係が難しくなり上手く働かずストレスに満ちているように見え始めます。その理由は非常に明確です。その理由は、(現在の)関係そのもの(つまり孤児的マインドの枠組み)が(不可能なものを達成しようとする)そのゴールに則しておらず、その関係を受け入れた目的を達成するには不十分だからです。」

不聖な関係がそのゴールにとって不適切(不十分)なのは、これが不可能な仕事だからです。 この仕事を達成することは実際には不可能なのです。 そのような不可能なことを(特別な関係/不聖な関係)は達成しようとしているのです。
この不可能なこととは、あなたが独立的人間(聖なるマインド/知性/生命/真理/愛と全く関係のない物理的物体)として存在しようとすることなのです。

「In its unholy condition, YOUR goal was all that seemed to give it meaning. 」
「その不聖な条件の中で、あなたのゴールだけがそれ(関係)に意味を与えていたように見えていたのです。」

あなたは華麗な額縁(枠組み)を見て、それが本当(当然)なのだと信じたのです。 あなたはこの達成不可能なことを実現して、そこから満足/喜び/プライド/自尊心を得ることが出来ると信じたのです。
これがあなたの人生に意味を与えているように見えているのです。 しかし、これは達成不可能なのです。
そして一旦精霊が迅速に(あなたの祈り/質問に)応えたなら(あなたがそれを聞いたなら)、今までのあなたの目的(ゴール)は無意味になり、それは意味を持たなくなるのです。

「Now it seems to make no sense. 」
「今これはナンセンス(無意味)に見えています。」

明晰(な理解)が来たなら、あなたのマインドの性癖(マインドの枠組み)が否定されるのです。
今まであなたに安心感を与えてきたものをサボタージし無効にするのです。
二つのステップを行なおうとあなたが思った「気になる人」との関係で特にこの変化が顕著に現れます。

「Many relationships have been broken off at this point, and the pursuit of the old goal re-established in another relationship. For once the unholy relationship has ACCEPTED the goal of holiness, it can never again be what it [is] was.」
「多くの関係がこの地点で打ち捨てられて来ました。そして古いゴールを他の関係で確立し直そうとするのです。 何故なら、不聖な関係が神聖なゴールを一旦受け入れてしまったなら、それは二度と以前の姿には戻れないのだから。」

(聖なる関係と持っているあなたと不正な関係を持っているあなたの二人のあなたがいるのではなく)あなたが一人しかいないことは覚えておいて下さい。
あなたはクリアに見ているか、でなければクリアでなく見ているのです。
あなた正気か、そうでなければ狂気なのです。
だから下記のことが言われているのです。

「For once the unholy relationship . . .once you and your unclarity . . . has ACCEPTED the goal of holiness, it can never again be what it [is] was.」
「何故なら、不聖な関係(あなたとあなたの無明な考え)が神聖なゴールを一旦受け入れてしまったなら、それは二度と以前の姿には戻れないのだから。」

あなたの現在の不聖なマインドの中を神聖が統治し始めるので、これは時には難しい調整を必要とするのです。 何故なら、あなたはまだ古いマインドを愛しているから。

「The temptation of the ego becomes extremely intense with this shift in goals. 」
「このゴールのシフトが起こったとき、エゴの誘惑は非常に強く成ります。」

これを良く理解しておくことが重要です。 そうすればあなたはエゴの誘惑に負けなくなるから。(今までの学習の結果として嫌気の差す状況に居るあなたが)何か間違ったことが起こっていると考えなくなるから。

「The temptation of the ego becomes extremely intense with this shift in goals. For the relationship has not, as yet, been changed sufficiently to make its former goal completely without attraction, and its structure. . . the structure of the former goal. . . is "threatened" by the recognition of its inappropriateness for meeting its new purpose. 」
「このゴールのシフトが起こった時(この時点で)、エゴの誘惑は非常に強く成ります。 何故ならこの関係はまだ十分に変化しておらず、以前のゴールの魅力が完全には消えていないのだから。 そして、この構造(以前のゴールの構造)は、新しいゴールを達成することには適していないと認識され脅威を感じるのだから。」

この新しい目的があなたに届き理解されたなら、あなたの古い目的はこの新しいゴールを可能にしないことが明確に成るのです。
するとあなたは完全に不能に感じ始めてしまうかも知れません。 完全に無価値で無能で、あなたに自尊心を与えてきた全てのものがあなたから拭い去られてしまい、あなたの価値(プライド)を感じさせるものが何も無くなってしまったと感じるかもしれません。
意味の無いものを非常に愛した結果がこの体験なのです。

それを明晰が、光が照らし出した時、あなたに見覚えの無い新しいゴールが与えられます。これはとても混乱をもたらすことなのです。あなたは混乱してしまう可能性が高いのです。

「The conflict between the goal and the structure of the relationship is so apparent that they CANNOT co-exist.」
「関係の構造とゴールの間の軋轢(矛盾)は明白で、それらが両立することは不可能です。」

明晰があなたのもとに来た時、それは非常に明確にやって来るので、あなたはこの二つのマインド(エゴのマインドと聖なるマインド)が全く相容れないことを理解します。
しかし不可能なことを達成しようとしてあなたが人生を賭けて行なってきた耽溺故に、あなたは元の状態に戻りたいと感じてしまい、これが混乱をもたらすのです。
これはニコチン中毒の人がタバコを止めようとしている時のような感じで、どうしてももう一回吸いたくなってしまうのです。

「The conflict between the goal and the structure of the relationship is so apparent that they CANNOT co-exist. Yet now, the goal will NOT be changed. Set firmly . . .the new goal … Set firmly in the unholy relationship, there is no course except to CHANGE the relationship to fit the goal. 」
「関係の構造とゴールの間の軋轢(矛盾)は明白で、それらが両立することは不可能です。しかし今、(新しい)ゴールは不聖な関係の中に硬く据えられており変化しません。 だから、ゴールに合うように関係を変化させる以外のことは出来ません。」

不聖な関係のマインドを変えて、聖なる関係のゴールに合致するようにするのです。 これが唯一の答えです。

「Until this happy solution is seen and accepted as the ONLY way out of the conflict, the relationship seems to be severely strained.」
「このハッピーな解決が困難を克服する唯一の方法として受け入れられるまで、この関係は非常に困難に見えます。」

そして下記を理解してください。

「It would not be kinder to shift the goal more slowly, for the contrast would be obscured, . .」
「ゴールのシフトをもっとゆっくり行うことは決してより優しいやり方ではありません。 何故なら(ゴールをゆっくりシフトしてしまえば)コントラスト(違い)が解りづらく成ってしまい...」

この課程(シフト)をゆっくり行なってしまえばコントラストが不明瞭になり、違いが解り難くなるのです。

「. . . for the contrast would be obscured, and the ego given time to re-interpret each slow step according to its liking. Only a radical shift in purpose could induce a complete change of mind about what the whole relationship is FOR. As this change develops . . . 」
「何故なら(ゴールをゆっくりシフトしてしまえば)コントラスト(違い)が解りづらく成ってしまい、エゴがそれぞれの遅いステップを自分勝手に解釈し直してしまうから。 目的のラジカルなシフトだけが、『関係が何の為に存在しているか』に対する認識(マインド)の完全な変化を可能にするのです。 この変化が起こって行くに従い...」

この変容は初めの内は難しいのですが、

「As this change develops and is finally accomplished, it grows increasingly beneficent and joyous. But at the beginning, the situation is experienced as very precarious. A relationship, undertaken by two individuals for their unholy purposes, suddenly has HOLINESS for its goal. As these two contemplate their relationship from the point of view of this new purpose, they are inevitably appalled. 」
「この変化が起こって行くに従い、これ(関係)が段々有益に成り、喜ばしくなるのです。 しかし初めの内は、この状態はとても不安定なものとして体験されます。不聖な目的の為に二人の個人が持っている関係が、急にそのゴールとして神聖を持ち始めるのです。この二人が自分達の関係を新しい目的から眺めた時、彼等は否応無く唖然とし嫌気を覚えるのです。」

これは確実に起こります。 前もってこれを知っておけば、あなたはそれ程驚かず、このワークを続けることが出来ます。 現在の関係を放棄して新しい誰かと古いパターン(特別な関係)を作り直そう、という示唆が起こっても(それを無視することが出来ます)。

「Their perception of the relationship may even become quite disorganized. And yet, the former organization of their perception no longer serves the purpose they have agreed to meet.」
「関係に対する彼等の知覚/認識はとてもバラバラに(不調和に)成ります。しかし以前の彼等の知覚(秩序)は彼等が(新しく)合意した目的をもう満たしてはいないのです。」 

「関係に対する彼等の知覚/認識」とは関係の中に居る人達の知覚のことです。
彼等の知覚/認識は新しい神聖のゴール/目的を満たさないのです。

「This is the time for FAITH. You LET this goal be set for you. That was an act of faith. Do not abandon faith, now that the rewards of faith are being introduced. 」
「ここが信心の求められる時です。 あなたはこのゴールを自分の為に設立させたのです。 これは信心深い行為でした。 信心を捨ててはいけません。今、信心の報酬(結果)が導入されているのだから。」

この変化は激しく、自分の自尊心などにとって重要/必要だとあなたが感じてきたものを否定してしまうので、(あなたの信心の)結果は苦しいものとして体験されるのですが、これこそ信心の必要な時なのです。

「If you believed the Holy Spirit was there to ACCEPT the relationship, why would you now not still believe that He is there to purify what He has taken under His guidance? Have faith in each other in what [but] SEEMS to be a trying time. 」
「精霊が関係を受け入れたと信じたのなら、彼(精霊)が自分の加護の中に受け入れたものを浄化していると何故信じないのですか? 難しい期間と見える状態の中で、お互いに対して信心を持ちなさい。」

もう一度言いますが、この聖なる関係は「愛しい人/大切な人」との関係だけを言っているのではありません。
これは特別な人だけに限って当て嵌まることではないのです。
あなたは「父よ、(私の目の前の)ここの真理は何ですか? 精霊よ、この、あの、そこの真理は何ですか?」と聞き続ける必要があるのです。

「Have faith in each other . . .」
「...お互いに対して信心を持ちなさい。」

あなたは自分の隣人にコンビニの店員さんにその他諸々の人々に対して信心を持つべきなのです。

「Have faith in each other in what [but] SEEMS to be a trying time. The goal is set. And your relationship has sanity as its purpose. For now you find yourselves in an insane relationship, RECOGNIZED as such in the light of its goal.」
「難しい期間と見える状態の中で、お互いに対して信心を持ちなさい。ゴールは設定されています。そしてあなたの関係は正気をその目的としています。 今あなた達は今まだ狂気の関係内に居ます。ゴール(正気)の光の中でこれが認識されたのです。」

明晰が(あなたが信じて尊んできた)あなたの古いパラダイム(考え方)の狂気を暴き出します。 このようにして正気が戻ってくるのです。


今夜はここで止めましょう。
多くの人達が「嗚呼ー、私は精霊に委ねたのに、コースが教えていることを真剣に行なったのに、全く上手くいっていない(全てがダメに成ってしまった)。何かが間違っているに違いない。」と多くの人達が言っています。
しかし、そうではないのです。

今週はここまでのテキストを読み返して、物事の難しさがあなたを圧倒してしまわないようになって下さい。 それが二つのステップと聖なる瞬間を呼び込むことからあなたの気を逸らしてしまわないようにして下さい。

何故なら、そこに答えがあるのだから。あなたが古い性癖から抜け出ることを助けるより一層の明晰がそこからやって来るのだから。

I love you. I love you all.

A Course In Miracles (reference pages)
Chapter 17 – Section: THE HEALED RELATIONSHIP
1 Sparkly Book – p.411 / JCIM – p.172 / CIMS – p. 346
First Edition – p. 337 / Second Edition – p.362
All of the activities of the Northwest Foundation for "A Course In Miracles" are provided without charge or obligation. This is possible because of thoughtfulness, love extended without conditions. Such is the nature of Gift. As a result these materials are available to you, because someone like you has already gifted you with them. And, at Raj's instruction, these materials will never be sold.
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both of which are shown below.

A Course in Miracles Study Group with Raj, July 16th 2011
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