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癒やし

生きている水が私の中に流れて来ました。
私はこの水と共にこの水の中に生きています。
もう私の外に水を見ることはできません。

このWEBの更新はこれが最後です。

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

ACIM11-09-03

わたし達は先週重要なことを考慮しました。
それらは全て最初に読んだ下記の文章から派生しています。

[In any situation in which you are uncertain, the first thing to consider, very simply, is, “What do I want to come of this? What is it FOR?” The clarification of the goal belongs at the BEGINNING, for it is this which will determine the outcome, . .]1
[あなたを悩ませている全ての状況内ではまず一番初めに「私はここで何を求めるべきなのだろう?これは何の為なのだろう?」という質問を考慮するべきなのです。 一番初めにゴールを明確にするべきなのです。 何故なら、これが(ゴールを明確に理解することが)あなたが体験する結果を決めるのだから。]
 
先週言わなかったことが一つあります。
あなたが不安に感じていたなら、あなたが自分を無防備に感じさせている状況にあったなら、その場で止まって(マインドを止めて)「私はここで何が現れることを求めるべきなのだろう? これは何の為なのだろう? これの目的は何なのだろう? この意味は何なのだろう? 」と訊ねるべきなのです。 
これをすることこそが問題解決の始まりなのです。(このことを私は先週言いませんでした。)


一般的に「自分達を不安/混乱させる状況に対面してもそれは普通で当たり前なのだ」とあなた達は考えてしまっています。
だから『困った事態が起こった時、一番最初に「私はここで何を求めるべきなのだろう」と訊ねること』はあなた達にとって「新しいこと」なのです。

不安にさせる状況をあなた達が見ている原因は、実は「あなたがすでにこの質問をしていた」からなのです。
不安をもたらすような状況が起こる前にあなたはすでに「私はここで何を求めているのだろう。これは何に使えるだろう」という質問をしていたのです。
ただし、あなたはこの質問を「精霊/自分のガイド/あなたの父」には訊ねなかったのです。
あなたはこの質問を自分の最上の論理(自分の最高の判断、あなたの卑小な孤児のマインド)に訊ねたのです。

あなたは(状況が現れる前に)すでに質問を訊ねていたのです。これがあなたが「あなたを不安にさせる状況を見ていた」唯一の理由なのです。
それは(あなたが自分を不安にさせる状態を見ていたのは)世界がそのように存在しているからではなく、あなたに不安を抱かせるような事が起こることが自然だからでもありません。
あなた達は天国の真ん中に居て、目をしかめて「良く見えない! 私にはパーフェクトな状況が見えない!」と嘆いているのです。
その時あなた達は自分達の(自分が持っていると信じている、自分達で作り上げた)目で見ているのです。

しかし(あなた達は本当はそのような世界の中に住んではいないのだから)あなたは「世界と宇宙」と呼ばれている大きな無限の殺人鬼(苦しい状況)と戦わなくても良いのです。
ビッグバンで始まった闘争/衝突に満ちた「宇宙」にあなた達が住んでいる訳ではないのだから、だからあなた達が「争い続けている状態」と直面し続ける必要もないのです。
しかし、必滅者(mortal/肉体)の目からは天国がそう見えるのです。
あなた達の自分達のプライベートな目からはそう見える(宇宙が闘争/災害に満ちて見える)のです。

そして問題の原因(源)が、答えの源でもあるのです。
あなた達は「常に衝突(闘争)状態にある物質的(物理的)世界が存在している」と考えることによって、奇跡を見ることを難しくしているのです。

もし本当にあなたと分離した世界が在ってその中にあなたが住んでいたのなら、確かに目覚めることは難しいでしょう。
しかし物質的世界が存在していないので、悪が存在していないので、「外」に殺人者がいないので、(あなた達と分離した)「そのような存在」はないので、あなたは簡単に目覚められるポジション(状態)に居るのです。  

(あなた達が簡単に目覚められるのは)何故でしょう?
何故なら「問題」が「答え」だからです。
そして答えは「問題は何なのか?(何が問題を作っているのか?)」なのです。
「私はここで何を求めているのだろう?」とあなたが(エゴに)訊ねたことが、問題だったのです。 それが問題なのです。
問題は殺人者ではなく、二元性/対極性(正悪などの分極化)に満ちた宇宙ではなく、物理的世界でもなく、あなたなのです。 {あなたがエゴに「自分が求めそして見つけるべきこと」を決めさせていたことが問題を作っていたのです。}
問題は「私はここで何を求めているのだろう?」と言ってあなたが行った選択(精霊ではなくエゴに訊ねようと選んだこと)だったのです。
この状況が解りますか?

状況を見てから「私はここで何が起こる事を求めているのだろう。」と言ったなら、あなたは怖れの声に訊ねているのです。 {しかしこの状況が始まる前にあなたはすでに「私はここで何が起こる事を求めているのだろう。」とエゴに訊ねていたのです。 だからその状況が困難に見えていたのです。 訳注}

しかし、もしあなたが{自分の最上の判断を手放して}真理の声に質問したなら、あなたの視界が変わります。何故なら、その時あなたは「状況を作り上げていた声」を手放したのだから。 解りますか?
そうしたなら困難は無くなるのです。何故なら、あなたが問題であり、あなたが答えなのだから(あなたが問題を作っており、そしてあなたが答えに成れるのだから)。 これ以上意味深いことは無いでしょう。

これが良きことで、これが重要なのです。
あなたは今までと同じこと(訊ねること)をするのですが、今までとは別の教師にこれを訊ねるのです。
あなたは今までと同じように信心と決意を与えるのですが、今までとは別の教師に対してそれらを与えるのです。

あなた達はすでにとても成功しているのです(有能にこれを行なっているのです)。
あなた達は「自分達自身を不安定にさせる状況を(自分達だけで)作り上げること」に完全に成功しており、だからこそ、そこで(自分の最善の判断ではなく、精霊にあなたの正気に)質問を訊ねる必要があるのです。
あなた達が今までの教師(エゴ)に対して与えていたと同じだけの決意と意志をもって、今までとは異なる教師(精霊)に答えを訊ねることが出来るのです。

これはシンプルなことなのです。
しかしあなた自身の卑小なマインドで(あなた自身の卑小な能力で)不安を見ることを選択している時、あなたは「このシンプルなこと」に対する反証/反論を作っているのです。
あなた達はこの卑小なマインドを(この卑小な自分の能力を)より強くしよう、より多彩にしよう、より偉大にしようとし続けているのです。
これを覚えていてください。

わたし達は「あなたが...エゴが分離を愛していること」に関して話してきました。
エゴは細かく分けること(細かく分かれること)を愛しています。

(下記はエゴのやり方を説明しています。 訳注)
何か達成する必要があった場合、事態や人に影響を与えるポイント(力点)がより多くあれば、あなたはより容易に変化を起こすことが出来ます。
あなたが沢山の人達(大きなグループ)を味方に付けていたなら、あなたは(いわば)より無限な操作ポイントを持っているのです。 より説得力ある操りがあなたに出来るようになるのです。 そしてあなたの仲間がより多ければ、成功のチャンスはより大きくなるのです。
そして仲間の数が減って、例えば二人だけになったなら、もう片方の人のマインドを変えさせて調和をもたらすことはより難しくなるのです。

それ故に難しい状況があった時(難しい人が居た時)あなたは自分のグループを増やそうとするのです。

その「難しい人」を知っている他の人に話しかけて「ジョー君、チョッと来てあなたの意見を聞かせてください。 メアリーさん、少し話していいですか? わたし達の問題に関してあなたの意見を教えて下さい。」と言うのです。
このようにしてあなたは自分のグループをより大きくして、と同時により亀裂を(分離を)広げるのです。

あなたがそのように振舞っている時、あなたは本当は問題の解決をより難しくしているのです。何故ならその時あなたは、あなた自身を「不安定を起こしている人や状況」と共にしっかり存在させることをしていなかったのだから。{その時あなたは自分自身を問題(問題を起こしている人)に対してしっかり対峙させなかったのだから。問題に対して自分自身を完全に顕さなかったのだから。}
その時あなたは「不安的をもたらしている状況(問題)そのもの」と共に居ることをしておらず、「お父さん、あなたの子として私はここで何を求めるべきなのですか? これは何の為なのですか?」と訊ねることもしていないのです。

これが重要なのは、この性癖故にあなたが瞬間的知覚のシフト(奇跡)を体験出来ていないからなのです。
これ故に(訊ね聞かず自分で決めてしまうあなたの性癖故に)あなたは変化のエージェント(変化を促進する者)に成れていないのです。 
何故なら(あなたが神/精霊/ガイドに訊ね聞いていたなら)「あなたに不安定をもたらしている人」に対するあなたの振舞いによってその人のマインドを合一(一つに繋がること)の可能性で照らすことが出来たのだから。

(あなたが精霊に自分をガイドさせていたなら)分離していないあなたの状態故に、あなたの善良さ故に、問題視されていたその人も瞬間的知覚のシフトが体験出来たのです。
これだけシンプルなのです。そしてこれは上手く働くので、これが重要なのです。

本を読みましょう。

[Confronted with any aspect of the situation which seems to be difficult, the ego will attempt to take this aspect elsewhere, and resolve it there.]
[難しく見える状況に遭遇した時、エゴはその様子(要素)を別の場所に持って行き、そこで問題を解決しようとします。 ]

エゴは(あなたの中に残っている独立性は)、「父よ、これの目的は何ですか?お父さん、これは何の為なのですか?」と言っていないあなたは、[その様子(要素)を別の場所に持って行き、そこで問題を解決しようとします。] 

「メアリー、チョッとここに来て! ジョー、ここに来てくれない!」
そう言っている時点で(ハッキリ言葉に出さなくとも)あなた達はすでに「わたし達は『この問題が起こっている所』(それは精霊とエゴのどちらに質問を訊ねるか私が選択している所です)の外でこれに対処しましょう。」と言っているのです。
「わたし達はこれをあたかも私のマインドの外側にある、私のマインドから完全に分離した(離れた)ものとして対処しましょう。そしてわたし達は『これは誰々の問題だ』と言うでしょう。 そしてこの人が服従するまで、他の人々からも合意やサポートを得ましょう。そしてわたし達は、これに合意する方が問題を作り続けるよりも正しい選択だと(彼の現在の意志に対抗して)彼を説得出来るでしょう。」
そう言ってあなた達は問題を拡大してしまうのです。

[And it will seem to be successful, except that this attempt conflicts with unity, and must OBSCURE the goal of truth.]
[これは成功したように見えるのです。しかし合一(Unity、一体性)と対抗しているこの試みは、真理のゴールを不明瞭にしてしまうのです。 ]

この状況は別に新しいことではなく、あなた達はすでにこのような状況内に居るのです。
この(不安定な)局面が現れ、あの(落ち着かない)様子が現れ、そして明日の朝にはまた別の(不安な)状況が現れるのです。
勿論そうなのです。 何故なら、そのように感じているあなたは、まだ二つのステップを行なっていないのだから。
その場合、あなたは二つのステップをし続けることを忘れてしまっており、自分だけで行動しており、自分の最上の判断(本当は自分の無知)を使っているのです。

[And it will seem to be successful, except that this attempt conflicts with unity, and must OBSCURE the goal of truth. And peace will not be experienced except in fantasy.]
[これは成功したように見えるのです。しかし合一(Unity、一体性)に逆らっているこの試みは、真理のゴールを不明瞭にしてしまうのです。 その場合、平和は幻想の中でしか体験出来ないのです。その場合、真理は出てきません。]

「アー、やっと彼はわたし達と同じ考え方に成ってくれた。やっと一息つける。今日はハードな一日だった。でも私は家に帰って落ち着いてテレビでも見れる。(だから解決出来た。)」
嘘っぱちです!
「私は家に帰ってテレビを見て落ち着ける」というアイディアそのものがあなたの行った選択であると同時に「状況に対する説明」だったのです。 
それはあなたが「父よ、私が今夜家に帰る目的は何ですか?」と訊ねることなく引き出した状況説明であり選択だったのです。
家に帰ることは、「あなたの正しいマインドにしか過ぎないもの」なくして出来ることではなかったのです。

あなたはすでに「あなたの正しいマインド」の中に居るのです。
と同時に、あなたは自分が行なった選択の中におり、そこから行動してもいるのです。
あなたがすでに行なっている選択とは、「私はここから何を欲しているのだろう? これは何の為なのだろう?」とあなた自身の幻想/想像に訊ねることだったのです。
そして本当の解決策はこれと全く同じ質問を、あなた自身に訊ねるのではなく、精霊に訊ねることなのです。

私が何を言おうとしているか解りますか?
あなたは何も新しいことを学ぶ必要がない、と私は言っているのです。
あなたは今まで通り同じ事をすればよいのです。ただしあなたが答えを求めている時、あなたの意識/注意を今までとは別の場所に与える必要があるのです。
あなた達は必要な行動や決断や目的や意図に関してはすでに良く知っているのです。
だからそれらに関して「父よ、私はここで何を求めるべきですか? お父さん、これは何の為なのですか?」 と訊ねれば良いのです。
そしてあなたが父に訊ねていたにしろ、自分の想像に訊ねていたにしろ、(あなた達が居る)状況/状態/物事は常に天国の一部で、リアリティの一部なのです。だから「これは何の為なのですか?」と精霊に訊ねてそのリアリティを教えてもらうべきなのです。 解りましたか?

間違った教師に対して「何がリアルか?」訊ねたなら、あなたは間違った答えを受け取るのです。
あなたは自分が(何も考えず、何も選ばず、何の準備もなしに)朝目覚めてベッドから起き上がり、ロボットのように「自分の部屋の中の全てが何か知っている」と考え、そして「この一日が何の為に在るか、どのような一日に成る可能性が高いか、何を望むべきか自分は知っている」と考えます。

そしてこれらの定義は(精霊/神から)あなたに与えられたものではなく、これらはあなた達が作り上げたものなのです。
全ての意味はあなた達が作り上げているのです。 しかしそのようなことを続ける必要はないのです。
あなたは立ち上がって「父よ、この箪笥の意味は何ですか? 父よ、このベッドカバーの意図は何ですか? 父よ、あの窓の意味は何ですか? 父よ、雲の意図は何ですか? 天気の意味は何ですか?」と言えるのです。
あなたは、今まで自分自身で答えてしまっていた質問に関して、父に訊ねて目覚めることが出来るのです。 これが夢から出る方法なのです。
しかしあなた達が自分達自身の理解の学習に頼った場合、あなた自身の想像に傾倒していた場合、(幻想の中以外では)平和が体験出来なく成ってしまうのです。
そして幻想の中の平和は、偽りの平和でしかないのです。

[Truth has not come, because faith has been denied, being withheld from where it rightfully belonged.]
[何故なら(信心が本来属しているところから隔てられてしまって)信心が否定されているのだから。]

これは何に対する信心なのでしょう。
それは「あなた自身の思考の外に在る何か」に対する信心です。 精霊に対する信心です。 あなたの正しいマインドでしかないものに対する信心です。 あなたの父/母/神に対する信心です。
それはあなたを黙らせて(あなたではない、少なくとも現在あなたが自分として認識していない)「源の静寂」と「源への嘆願」の中に信心を移すことなのです。
そしてあなたは(今まであなたが自分の想像に質問していた時、あなたが自分の信心を自分の想像力に与えていたと同じ様に)その静寂と嘆願(探求)の中に信心を持ち込むのです。

しかし、あなた達は自分達の想像がとても素晴らしいものだと考えているのです! あなた達は自分達の想像に対して力強く信心を与えているのです。
長く虐待されて来て自分自身に対して全く自信が持てない人でもない限り、あなたは自分の創造(実は想像)に絶大なる信頼を与えているのです。
ほとんどの「健康な人間」と呼ばれている人達は強い想像力をもっており、それに対して大いなる信心を与えているのです。
(ほとんどの人達は)余りに強い信心を自分達の想像(力)に与えているので、自分達の優れた偉大さ以外のものに「父よ」と呼びかける必要は全く感じていないのです。

あなたは(神への)信心を否定することを止める必要があります。
あなたの卑小な想像力に対して信心を与えることを否定しなくてはいけないのです。

しかし(全てを正しく見るようインスピレーションを受けている、そして天国とそのパーフェクション/完璧性を見るようインスピレーションを受けている)「目覚めたマインド」を体験したいなら、あなたはこれを実践することが必要なのです。 あなたは今までとは別の先生に訊ね始めなくてはいけないのです。
あなたはそこに(今までとは別の教師に)信心を与えるべきなのです。

[Truth has not come, because faith has been denied, being withheld from where it rightfully belonged. Thus do you lose the understanding of the situation the goal of truth would bring.]
[何故なら(信心が本来属しているところから隔てられてしまって)信心が否定されているのだから。こうしてあなたは(真理のゴールが発生させている)状況に対する理解を失ってしまうのです。] 

このようにしてあなたは(真理のゴールが発生させている)状況に対する理解を失てしまっているのです。
何故なら、あなたは自分の想像に依存していた(依存している)のだから。
そしてあなたは自分で「自分に反するもの/自分と戦うものとして世界を定義すること」が出来、その世界の中に自分が住んでいることを見ているのです。
これはあなたが毎朝起きてチャレンジ/問題/闘争(あるいは失敗)を期待しなければならないことを意味しているのです。

[For fantasy solutions bring but the illusion of experience, and the illusion of peace is not the condition in which the truth can enter.
The substitutes for aspects of the situation are the witnesses to your lack of faith.]
[何故なら幻想がもたらす解決は幻想体験しか起こさないから。 そして偽りの平和は、そこに真理が入って来れる条件を満たしていないから。状況内の各要素を代用品{自分の思考/概念}で取り替えてしまうことは、あなたの信心の不足を証明しています。]

それら(代用品達)は、あなたが自分のマインドを黙らせて「父よ、ここの真理は何ですか? 父よ、これは何のためなのですか? 父よ、この意味はなんですか?」と言わなかったことの証人なのです。 
つまりその時あなたは信心を使っていなかったのです。 その時あなたは信心を状況の中に当て嵌め引き入れてはいなかったのです。

[The substitutes for aspects of the situation are the . . . ]
[状況内の各要素を代用品{自分の思考/概念}で取り替えてしまうこと]

状況の中に、あるいはあなたの意識のアリーナ(劇場)内にあなたが持ち込んでいるもの(代用品)が、信心を実践することの邪魔に成っているのです。
これが(信心を実践しないことが)「基本的にお互いから独立しているものによって構成されている世界内」で物事(人物)を操作する(あやつる)ことを正当化しているのです。
この想像上の世界の中では、人々が(そしてあなたも)優位を得ようとお互いと争っているのです。
状況の要素の為の(問題解決の為の)代用品とはこのこと(あなたが想像上の独立的世界観を物事に当て嵌めてしまっていること)なのです。

[They demonstrate that you did not believe that the situation and the PROBLEM were in the same place.]
[それは「問題と解決が同じ場所に存在している」とはあなたが信じていなかったことを示しています。] 

もうあなたもこの意味が解るでしょう。
解決と問題は同じ場所にあるのです。
解決/回答と問題は両方とも、あなたのマインドの中の「誰から答えを求めるかあなたが選択している場所」にあるのです。
あなたが二つのステップを実践したなら、「状況と問題が同じ場所に在りそれらが全く同じものだ」とあなたが理解したことがその時デモンストレートされるのです。
だからシンプルな答えは: あなたが問題に面していたなら、もう片方の教師(精霊)に質問を訊ねなさい、あなたの信心が求められることをしなさい、です。
あなたの想像を信頼しそれに頼ることは、沢山の信心は必要とはしません。でも本当はそれには沢山の努力と信頼を必要とするのです。 しかし人々は自分達はそれを豊富に有していると考えているのです。

[The problem WAS the lack of faith, . .]
[この信心の欠如が問題なのです。 ]

あなたを悩ませていた状況は、信心の欠如が問題だったのです。
その問題は、あなたが信心を表明していなかったことなのです。
あなたが「あなたの最上の判断/思考/想像を越えた何か」と繋がることを意識的に拒否した結果として問題が現れていたのです。
これがシンプルな答えです。

[The problem WAS the lack of faith, and it is this you demonstrate when you remove it from its source and place it elsewhere.]
[この信心の欠如が問題なのです。あなたが問題(状況の一要素)をその源から切り離して他の所に持って行った時、それはあなたが信心を欠いていたことを証明して(デモンストレートして)いるのです。]

あなたは天国のあの分部やこの一部を取り出しており、それをあなたの父の目を通して見ることを拒否しているのです。
あなたは、あなたの当然の権利として与えられている「目」を通して天国を見ることを拒否しており、あなたの自身の想像力を使って見ることを選んでおり、リアリティの一部を使ってあれこれ(想像上の)リアリティを作りたいと欲したあなた自身の願いを選んでいるのです。

だからあなたは、天国のこの一部を動かし、父が見ている視点から取り外し動かしてしまうのです。 しかし、父の視点こそが天国のその一部を(そして天国全体を)そのように存在させているのです。
あなたはリアリティの一部を取り出して他の所に置き直したのです。
隔離されているあなたの主権の中、自分の源と繋がっていない(神の力が通じていない)あなたの中にリアリティの一部を引き込んだのです。
「源と繋がっていない場所」からあなたは「リアリティの一部分」を見ており、「源と繋がっていない場所」からあなたはそれ(リアリティの一部分)を考慮しているのです。
あなたが自分自身を(神から)分離した途端、あなたは怖れと罪悪に直面したのです。
だから怖れと罪悪が、あなたが「自分だけで何かを創造しようとして使っている想像力」の性質なのです。
だからそれが不安を呼んでおり、だからそれは問題と呼ばれているのです。

リアリティの一部をその本来の場所から取り外してしまったので、
[. . . from its source and place it elsewhere. As a result, you do not see the PROBLEM. ]
[その源から切り離して他の所に持って行った時...その結果あなたは問題を見ていないのです。]

さてこの「問題」という言葉は 、あなたを不安にさせている状況のことなのでしょうか、それともリアルな問題のことを言っているのでしょうか。{この「問題」はリアルな問題のことに言及しています。}

[As a result, you do not see the PROBLEM. ]
[その結果あなたは問題を見ていないのです。]

あなたが自分の独立状態から特定の結果を目指して行動している時、つまりあなたが「父から離縁した孤児」として働いている時、あなたは「不安を起こしている状態そのもの」が問題なのだと考えているのです。
しかし本当の問題は(本当に問題を引き起こしている原因は)、あなたが父の視点を無視して天国の一部を見ることに固執していることなのです。
しかし父が天国のその一部に成っており、父はこの天国の一部の真の体験を神の子であるあなたが(それを天国として体験)出来るように提供しているのです。
このようにしてあなた達が父の視点を拒否していることが(真の)問題で、このことにあなた達は気付いていないのです。
あなたが問題を外側に表明し続けている(外側に見続けている)限り、あなたが世界に対する自分の定義を操作しようとし続けている限り、あなたはあなたの無知とそれに備わっている苦しみを強化し続けそれを保持し続けてしまうのです。
これは絶対で、これはシンプルなのです。
そしてその解決方法は「今までの正反対をすること」なのです。
あるいは、今までと全く同じことをするのですが、あなたの注意を(あなた自身の「答え/考え」ではなく)あなたの父の答えに与えるのです。

私は同じことを繰り返し言い続けています。
それには理由があるのです。 私はとてもシンプルなことを表明しており、エゴにとってはとてもシンプルなことを見るのはとても難しいのです。
しかしあなた達一人一人の神聖は私の言うことを聞いており、私の言っていることの意味を聞き取っており、瞬間的知覚のシフトが起こっているのです。
だから私に繰り返し言わせてください。 

[Had you not lacked the faith it could be solved, the problem would be gone.]
[この問題は解決出来るという信心をあなたが持っていたなら、問題は消えて行ったことでしょう。]

本当に静かなひと時にあなたはこれを考慮します。
そして「エゴの観点からは、あなたは本当に問題を解決したいとは思っていない」ということがあなたに解るでしょう。 何故なら、エゴとしてのあなたは「問題解決マシン」なのだから(だから問題が根本的に解決されてしまい、もう二度と問題が発生しなくなれば「問題解決マシン」のあなたは不必要に成ってしまうのです)。
あなたの役割は問題を解決することなのです。 {エゴとしてのあなたが自分に振り当てている役割は、問題を自分で作って自分で解決し続けることなのです。 }
だからエゴとしてのあなたは「父がすでに(あなたを含む)全てを十全にパーフェクトにしており、あなたが解決するべき問題などない」と理解したくはないのです。
しかし実在しているのは天国だけで、本当に体験するべきものも天国だけなのです。
(天国とは)あなたにとって根源的に自然な愛と喜びの豊かさを体験すること、それらが自然と流れ出て(「あなたが想像したもの」としてではなく、父が作っているままのリアルなものの認識として)体験されることなのです。

[Had you not lacked the faith it could be solved, the problem would be gone. And the situation would have been meaningful to you, . .]
[この問題は解決出来るという信心をあなたが持っていたなら、問題は消えて行ったことでしょう。そして状況はあなたにとって意味深いもの(実りの多いもの)に成っていた筈なのです。]

あなたが怖れの声に聞き入っていた時、あなたの間違った想像に聞き耳を立てそれに決意/信頼を与えていた時、状況の意味深さは失われていたのです。

[And the situation would have been meaningful to you, because the interference in the way of understanding would have been removed.]
[そして状況はあなたにとって意味深いもの(実りの多いもの)に成っていた筈なのです。何故ならその場合(これが解決出来るという信心をあなた達が持っていた場合)、理解への障害が取り除かれた筈なのだから。]

理解への障害とは何でしょうか?
それは「(本当の)答えがある場所」からは答えを求めず、「答えが存在していない場所」に答えを訊ねることにあなたが固執していることです。

[To remove the problem elsewhere is to KEEP it. For you remove yourself FROM it, and make it unsolvable.]
[問題を他の場所に(それが発生している場所以外の所に)持って行こうとすることは、その問題を保ち続けることなのです。 何故ならその場合、あなたは自分自身をその中(答えの中)から外す事でその問題を解決不可能にしているのだから。]

あなたはプライドと熱意と期待を持って「でもお父さん、私は自分でやってみたいです」と言って、自分自身をそこ(答えがある場所)から取り外したのです。
さて今週は皆さん、この「Practical Forgiveness、赦しの実際(実践)」のセクションを再読し見直してください。
これは素晴らしいターニングポイントです。
これは折り返し地点で、これは簡単なことなので、これをエンジョイし、これによって動かされてください。

I love you all. And I look forward to being with you next time.

A Course In Miracles (reference pages)
Chapter 17 – Section: PRACTICAL FORGIVENESS
1 Sparkly Book – p.417, 3rd Full Par. / JCIM – p.175, 1st Par. / CIMS – p. 351, Par. 63
Chapter 17 – Section: SETTING THE GOAL
First Edition – p. 342, 2nd Full Par. / Second Edition – p.367, Par. 7

「Northwest Foundation for A Course In Miracles」の行動は全て無料で提供されています。 これは無条件に差し伸べられた愛によって実施されています。 ギフトとはその様なものだから。 あなたと同等の方が既にこのギフトをあなたに差し出したので、これらの資料があなたに提示されています。 Raj の指示により、これらの資料が売買される事はありません。 
この機関「Northwest Foundation for A Course In Miracles」へ募金される場合、下記のWEBサイトを通して行なうか、あるいは下記の住所に郵送して下さい。


A Course in Miracles Study Group with Raj, September 3rd 2011
© by The Northwest Foundation for “A Course in Miracles” a non-profit corporation.
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PO Box 1490 / Kingston, WA 98346-1490 / USA
Phone: 360-638-0530 Fax: 360-881-0071
Website: http://www.nwffacim.org
E-Mail: paul@nwffacim.org

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

hiro.okaue@gmail.com

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