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ACIM12-04-22

「コースの学習は長い時間を要する難しいプロセスなのだ」と考えるべきではありません。 「これ(ACIM)は自分の本質/資質とは異なったもので、だから自分には簡単に理解出来ないことなのだ」と考えてはダメです。
わたし達はここ数週間「聖なる瞬間がどのようなものか、聖なる関係の役割は何か」話して来ました。 目覚めがどれだけシンプルかより明確にして来ました。

目覚めとは、あなたが自分の思考を静まらせ父に向かって「ここの真実は何なのですか? 父よ、私の視界(見方)とは関係なく、あなたの視界(見方)はどのようなものですか?」と質問した時に起こることなのです。
これは静寂の中で行なわれることです。シンプルな質問を行い、その静けさの中にシンプルな(純粋な)注意を与えるのです。
あなたが父と繋がっている場所で(あなたの父と繋がり直すことにより)、あなたは「神の法が成立しているアリーナ」に入るのです。
このアリーナは静かな場所、あなたのコントロールに満ちた忙しい思考が存在していない場所なのです。 それだけなのです。

そしてここで絶対必要な条件は「あなたはこれを自分の兄弟姉妹の為にする必要がある」ということです。 「兄弟姉妹、あるいはそれ以外の神の創造の一部、あなたの目の前にある世界/宇宙の一部」に関して父に訊ね聞く必要があるのです。
あなたはこれを自分だけの為に自分自身だけで行うことは出来ないのです。
あなたはあなたが与えた利益(あなたが他者にもたらしたこと)を得るのです。
これはこのように働くのです。

あなたが「父よ、私は自分のやり方でしたいです。父よ、私は自分で全てに対する定義と意味を作り上げたいです。お父さん、私は離縁を求めます。」と言った時、あなたはこれを兄弟と共に行なったのです。 あなたは兄弟と交わした相互合意の下にこれを行い、自分達の源から切り離された体験を自分達自身にもたらしたのです。
こうしてあなたは自分のことを(自分の中に居る神のマインドである意識ではなく)物体として見始めたのです。
こうしてあなたはもう「(物体によって構成されているのではなく、アイディアによって出来ている)天国に対する父の視界を楽しんでいる意識」ではなくなったのです。(しかしアイディアはそれを作ったマインドにとっては完全にリアルで見れて触れるものなのです。)

あなた達が決意を持って自分達のプライベートでパーソナルな視界に{意識を}シフトした時、あなた達は父からの分離を体験し始めただけでなく、お互い(兄弟姉妹)からの分離も体験し始めました。 こうしてあなたは物体に成り、同様に兄弟姉妹も物体に成ったのです。

こうしてあなたと兄弟姉妹との親密な繋がりが失われたのです。
それはどうしてでしょう? 
何故なら、この孤立した場所(状態)は「あなた本来の在り方」からは不自然だったので、あなたは怖れと罪悪を感じたからです。だからあなたは防御的に成ったのです。
あなたは「(一緒に全ての意味を作り上げようという相互合意を交わしていた)兄弟」に対して自己防御的に成ったのです。

これがどれだけ居心地悪いポジションを作ったか解りますか?
これは瞬時に緊張(ストレス)を作り出したのです。
あなたが父から離れている為には相互合意の中で兄弟と繋がっている必要があるのです。
しかし父から離れることによって、あなた達はお互いに対する競争相手に成ったのです。あなた達は敵同士に成ったのです。 もしかしたら穏やかな競争相手で、場合によっては激しい対敵関係を持つ可能性が出てきたのです。

これは綱引き関係(片方が利すればもう片方が損する関係)で「私はあなたを必要としている、でも私はあなたを信用できない」というストレスを作り出しているのです。
「『自分で決断して物事を自分で決めることが出来る場所』に私が居る為にはあなたが必要だ。しかし私はあなたを信頼することが出来ない。だから私はこの相互合意の中で疑いを持って慎重にあなたと交渉する必要がある。だからわたし達は戦争(対立)の可能性が常に存在する状態に居り、それ(戦争)が時おり実現してしまっている。」
あなた達二人が「わたし達自身の定義を作り上げ、一緒にそれに合意しましょう。わたし達の小さな空想以上の実体(リアル感)がそれらの定義に与えられるように。」と言った時、あなた達はこのようなこと(対立/闘争)は予測/期待していませんでした。

だから正気に帰る為に、目覚める為に、(あなた本来の視界である)父の視界/視点を取り戻す為に、あなたは父との離縁を取り消す必要があるのです。 何故なら、あなた達が父と離縁したことが、あなたを兄弟姉妹から遠ざけてしまったのだから。
だからあなたは目覚める為に「目覚めること」をする必要が絶対あるのです。
あなたは兄弟姉妹の為に(あるいは創造の他の一部の為に)二つのステップを行う必要があるのです。 「あなたから分離しておりあなたに危険をもたらす可能性もある物体としての兄弟姉妹/動物/樹木/建物/その他あらゆるもの」に関して二つのステップを行なう必要があるのです。

さて、これはまだ難しく聞えますね? もし兄弟姉妹が同意しなかったなら、彼等が協力しなかったならどうでしょう?
「もし私には手放せない古代の憎しみやこだわりが在ったなら、私は永遠にここに捕らわれ続けてしまう。」
こう考えたなら、あなたが目覚められない理由が一千個も一億個もあるように見えますね。 あなたと目覚めの間に立ちはだかって、目覚めを難しく不可能にしているものがあるように見えるかもしれません。

しかしわたし達が必要としているのはエゴと戦うことではなく、シンプルな好奇心を発揮することなのです。「今そこに神が成っている、より多くのこと」を見たいと好奇心を発揮するべきなのです。 (その時あなたが何処に居たにしろ)全ての場所で、その時点であなたが見ているよりも多くの神の現われを見ようと好奇心を発揮するべきなのです。
憎しみや嫌気を手放すことは難しいとあなたは思うかもしれませんが、好奇心を持つことは比較的簡単なことです。
あなたが「お父さん! 父よ!」と言って、それから「ここの真理は何ですか?」これが好奇心です。
こうしてあなたは自分の孤独を破り、現在あなたが被っている(使っている)視点よりも偉大な視点/視界を求めるのです。
これだけシンプルなことなのです。

こうして好奇心を発揮することが利益(結果/良きこと)を生み、それはあなたから何も奪わないのです。
それは満たされる体験(成就の体験)なのです。
だからもしあなたが「もーぉ、この本を読み通すには長い時間が掛かっている。この本を読み終わって目覚められるようになるにはもう8年掛かるのだろうか?」と考えているなら、それは違います。
今夜目覚めなさい。今夜好奇心を発揮しなさい。 そして明日も、明々後日も。
そして今そうしなさい。

『私が説明して来た目覚めの仔細/プロセス/ステップからあなたが得た安心』を「よりどころ」にして好奇心を使いなさい。
あなたの正しいマインドに帰ることは、自然で健全なプロセスであって、トラウマを起こすような不自然なプロセスではないのです。
だからあなたはもう少し気楽な自己放棄と共に好奇心を発揮することが出来るのです。

さて本を読み続けましょう。 先週はプライベートな自己意識に関する箇所を読んで終りました。

[This little self is not your kingdom.1]
[この卑小な自己はあなたの{本当の}王国ではないのです。]

[Arched high above it and surrounding it with love is the glorious whole, which offers all its happiness and deep content to every part. The little aspect which you think you set apart is no exception.]
[それ(あなたの卑小な自己)よりも遥かに高くそびえ、愛をもってそれを囲んでいるものが輝ける全体で、その全ての幸福と深い満足を全体の全部分に与えているのです。あなたが自分で取り分けたと考えている小さな部分もその例外ではありません。]

あなたは「あなた全体のこの小さな部分があなた(自分)である」と言っているのですが、その部分もまた創造の全て(無限の全て、あなたである全体)を内包しているのです。 あなたが作った小さな囲いの中にも全体があるのです。
だからあなたは「あなた全体」と違わないのです。
そして聖霊と呼ばれている「あなた全体」は(あなたがこの脆弱なバブル/境界を補強し続けている間あなたの為に保管されている)あなたの正しいマインド(あなたの良心/正気)に過ぎないのです。
あなたはバブルの外にある全部によって抱擁されており、あなたはバブルの外にある全部によって出来ているのです。 何故なら、バブルは「あなた全体/あなたの神聖/神のマインドの全部/神の創造の全て」の中にある人工的な(かりそめの)境界線に過ぎないのだから。

[Love knows no bodies, . .]
[愛は体は知りません。] 

それは体が幻想だからではありません。
愛は「境界(区切り)としての体」は知らないのです。
愛は「あなたの想像力によって作られている体」は知りません。
愛は境界(限定)を知らないのです。これがこの文章の意味です。

[Love knows no bodies, and reaches to everything created like itself.]
[愛は体は知りません。愛はそれ自身と同じに創造されている全てに届くのです。]

つまり愛はあなたが作ったもの(あなたの空想/想像が作っているもの)には届かないのです。

[It] reaches to everything created like itself.]
[愛はそれ自身と同じに創造されている全てに届くのです。]

だから愛はバブルの中にもバブルの外にも届くのです。何故なら{あなたの卑小な王国の}外側にあるものも内側にあるものも同じなのだから。
そして愛にとってはバブル(境界線)は無意味なのです。なぜならそれはリアルではな
いのだから。
それ(境界線/囲い)は、あなたの想像を使って(あなたの限定的マインドを通して)見た時だけリアルに見えるのです。

だから、
[Love knows no bodies, and reaches to everything created like itself. Its total lack of limit IS its meaning.]
[愛は体は知りません。 愛はそれ自身と同じに創造されている全てに届くのです。この限定の完全な欠如が(愛には全く限界が無いということが)愛の意味なのです。]

あなたはバブル(丸い囲い)の中に居て、「バブルによって設立されている限定」があなたが作った意味なのです。 それ(限定)があなたがあなた自身に対して設立した意味なのです。
しかしそれ(限定)は空想に過ぎず、あなたはそれを何時でも目覚めたいと思った時に手放すことが出来るです。
あなたが自分の怒り/憤慨/プライド/傲岸を手放そうとした途端、「自分の定義によって自分の考えを元に偉大に成ろうとする試み」を放棄した途端、限定を放棄することが出来るのです。{限定/限界がなくなるのです。}

愛は、
[It is completely impartial in its giving, encompassing only to preserve and keep complete what it would give.]
[それ(愛)を与えることに関して、それは全く無差別なのです。 それ(愛)は「それが与えようとしているもの」を保持し完全に保つ為だけに包み込むのです。] 抱擁するのです。

もし愛がそれを抱擁しなかったなら、抱擁から漏れ出すものが少しでもあったなら、全体からはその少しの部分が欠落してしまうことに成りますね?
するとそこには「源を持っていない愛に似たしかし全てに抱擁されてはいないもの」が存在することに成ります。 しかしそのようなものは在り得ないのです。

[Love is completely impartial in its giving, encompassing only to preserve and keep complete what it would give. In your tiny kingdom you have so little!]
[それ(愛)を与えることに関して、それは全く無差別なのです。 それ(愛)は「それが与えようとしているもの」を保持し完全に保つ為だけに包み込むのです。あなたの小さな王国の中で、あなたはとっても少ししか持っていません。]

可哀想なあなた。可哀想な皆さん方。
しかしあなたが達成を行なえるように、あなたが自分でゲット出来るように、あなたが自分の価値を貯め込んで自分を証明出来るように、その為にこれはそのように(あなたが少ししか持てない様に)出来ているのです。
自己満足と自己達成のためには卑小さが必要なのです。
何故ならあなたが卑小さを乗り越えられた時、自分がリアルだとあなた自身に証明出来たことに成るのだから。

[In your tiny kingdom you have so little!]
[あなたの小さな王国の中で、あなたはとっても少ししか持っていません。]

あなたは永遠の健康を持っているでしょうか? いいえ。
あなたは僅かな健康しか持っていません。あなたが生きられるのは70年、80年、90年間でしょうか? それは余り長い年月ではないですね。
そしてあなた達はそれを受け入れています。
あなたはそれ(短い人生)を喜んでは居ないかも知れませんが、これが物事の在り様だと考えているのです。 人生/生命とはそのような短い少ないものなのだとあなた達は考えています。

[In your tiny kingdom you have so little! Should it not, then, be there that you would call on love to enter?]
[あなたの小さな王国の中で、あなたはとっても少ししか持っていません。であれば、あなたは愛を呼び込んで、そこに(あなたの小さな王国の中にも)愛をもたらすべきではないですか?]

これ(あなたの小さな王国の中に愛を呼び込むこと)が二つのステップの働きなのです。これが聖なる瞬間の機能なのです。これが聖なる関係の目的なのです。
あなたは自分の王国の酷さから目をそむけて王国から逃れようとするのではなく、「大きなもの」を王国の中に呼び込むのです。
あなたはどうやってこれを行なうのでしょうか?
あなたは(あなたの王国を囲んでそれを天国から分離している)バブルをつつき破るのです。
あなたは自分の王国の外に伸び上がり意識を伸ばし届けることで、バブルを弾けさせるのです。
「父よ、聖霊よ、バブルの外に居る者よ、ここの真実は何ですか?」 プチン。

[Should it not, then, be there that you would call on love to enter? Look at the desert, . . ]
[であれば、あなたは愛を呼び込んで、そこに(あなたの小さな王国の中にも)愛をもたらすべきではないですか? ...この砂漠を見てみなさい。]

あなたの人生の不毛を見てみなさい。病気を罪を死を見なさい。
豊かさ(豊富)と平和を表してはいないあなたの王国を、苦労とストレスに満ちたあなたの王国を、見てみなさい。

[Look at the desert, dry and unproductive, scorched and joyless, which makes up your little kingdom.]
[あなたの小さな王国を作っている、乾いて不毛で干乾びて喜びの無い、この砂漠を見てみなさい。]

しかしあなたはこの王国を何か素晴らしいものにする心積りなのです。
そんなあなたは、今まで自分で作って(達成して/提供して)来たことが自慢で、自分の孤独(神からの隔離)を放棄することなく、一生懸命働いてより多くを達成しようとしているのです。

[Look at the desert, dry and unproductive, scorched and joyless, which makes up your little kingdom.]
[あなたの小さな王国を構成している、乾いて不毛で干乾びて喜びの無い、この砂漠を見てみなさい。]

源なしでは(源と繋がらなかったなら)、あなたの人生/毎日はこのようなものなのです。

[Look at the desert, dry and unproductive, scorched and joyless, which makes up your little kingdom.]
[あなたの小さな王国である(乾いて不毛で干乾びて喜びの無い)この砂漠を見て...] いるのです、あなたは。

上記の文章を読むことはあなたを陰鬱にさせるでしょう。これはあなたをハッピーにはしません。このようなことを聞いてあなたがハッピーに成れる訳はありません。
しかしあなたは自分が既にこれをしている(父から分離して孤児として存在しようとしている)と理解する必要があります。
そしてここにはそれ以上のことも書かれているのです。

[Look at the desert, dry and unproductive, . .]
[....乾いて不毛で干乾びている...この砂漠を見てみなさい。]

それをありのままに見なさい。 それを見て悩んだり考え込むのではなく、成功(父からの独立)を達成する為の必要不可欠な部分としてそれを見るのではなく、自分の成長の為に使えるものとして保持しようとするのではなく、
[Look at the desert, dry and unproductive, scorched and joyless, which makes up your little kingdom. And realize the life and joy which love would bring to it from where it comes, and where it would return with you.]
[あなたの小さな王国を作っている、乾いて不毛で干乾びて喜びの無い、この砂漠を見てみなさい。そして愛がそこにもたらす生命と喜びを理解しなさい。それ(愛)が何処から来ているのか、そしてあなたと共にそれが戻って行く所が何処なのか理解しなさい。]

だから満足出来ないこと(不毛な状態)を真っ直ぐ見据えなさい。

[And realize the life and joy which love would bring to it from where it comes, and where it would return with you.]
[そして愛がそこにもたらす生命と喜び{これがバブルの中と外を無限に満たしているのです}を理解しなさい。それ(愛)が何処から来ているのか{それはバブルの外からバブルの中に入ってくるのです}、そしてあなたと共にそれが戻って行く所が何処なのか理解しなさい。]

愛がバブル(あなたの王国)の中に入ってくることにより、そしてバブルの外に伸び出よう(意識を伸ばそう)とするあなたの熱意により、バブルが弾けるのです。
そしてあなたの存在全体の中で(父の視界を持った創造そのものの中で)あなたは愛と一緒に成るのです。

[The Thought of God surrounds your little kingdom, . .]
[あなたの小さな王国の周りを神の思考が取り巻いており、]

創造は、天国は、既にバブルの外側と内側の両方に存在しているのです。
それはバブルを弾けさせようとして、バブルをツンツン突いているのです。
何故ならバブル(境界線/体の囲い)は不自然で、それは天国と調和していない不自然な現象/状況なのだから。

[The Thought of God surrounds your little kingdom, waiting at the barrier you built to come inside and shine upon the barren ground. See how life springs up everywhere!]
[あなたの小さな王国の周りを神の思考が取り巻いており、あなたが作ったバリア/防御壁(が崩れるの)を待ており、あなたの小さな王国の中に入って行って、その不毛な土地の上に光を当てようとしています。どのようにして生命が全ての場所で生まれ育つか見てみなさい!]

これ(バブルの破裂)が起こった時、
[. . . See how life springs up everywhere! The desert becomes a garden, green and deep and quiet, offering rest to those who lost their way and wander in the dust.]
[生命が全ての場所で生まれ育つのを見なさい!この砂漠が深い緑の静かな庭園に成り、自分達の道を失って埃の中を彷徨っている者達に休憩を与えます。今まで砂漠であった所を(そこを彷徨っていた人々への愛によって整えられた)休憩所にしなさい。]

人々が埃の中を彷徨っている理由は、彼等が瑞々しい緑(生命)ではなく埃を見ている唯一の理由は、地球の上に「闘争による進化(競争を通した向上)」という定義が覆い掛けられているからです。
だから進化を闘争にしてしまう確証(体験)が進化プロセス内に組み込まれているのです。 そして埃が全てを覆っており、瑞々しい緑と水分(生命力)を覆い隠しているのです。
父が成っている創造そのものは、いまここに存在しています。 あなたがその上に(創造の上に)被せている定義群の下に、目に見えない状態でそれは存在しているのです。
だから必要とされているのは好奇心だけなのです。リアルだと考えられている偽りの創造を向上させようとする必要はないのです。

[Give them . . . those who lost their way and wander in the dust. Give them a place of refuge, prepared by love for them where once a desert was.]
[自分達の道を失って埃の中を彷徨っている者達に休憩を与えます{与えなさい}。

今まで砂漠であった所を(そこを彷徨っていた人々への愛によって整えられた)休憩所にしなさい。]

どのようにしたら、この場所(休息所)が彼等(砂漠を彷徨っている人達)の為に整えられるのでしょうか?
真理を知りたい(兄弟姉妹に関する神の真っ直ぐな真理)と思えるようにあなたが彼等を気遣った時(あなたが彼等に思いを掛けた時)それは整うのです。
(そして本当は天国であることをあなた達が忘れてしまっている、そして「ここが本当は何か見たい」という好奇心をまだあなた達が発揮していない)この世界/宇宙に関する真理を知りたいと願えるだけあなたが心を配った時、(今まで砂漠であった所が)休息所として愛で整えられるのです。
それはあなたが偉大に成る為ではなく、あなたが自分の為にこの場所を整えようとするのではなく、闘争(苦労)に疲れた人達の為にあなたはこの場所を整えるのです。 
彼等の真理を知りたい(彼等の為に真理が知りたいと)とあなたが求めることにより、この場所を彼等の為に整えるのです。 
彼等(人々)の為に真理を求め真理に気付き彼等と真理を共有することが出来た時、あなたは自分が与えたものを保つこと(得ること)が出来るのです。
しかし自分一人の為にそれを得ようとしたなら、その時あなたは今まで自分が夢の中でし続けてきたことを繰り返しているだけなのです。それは目覚めを促進しないのです。

[Give them a place of refuge, prepared by love . . .]
[(...愛によって整えられた)休憩所を彼等に与えなさい。]

あなたは「何がリアルか知りたい」と彼等の為に求め願うのです。

[Give them a place of refuge, prepared by love for them where once a desert was. And everyone you welcome will bring love with him from Heaven for you. ]
[今まで砂漠であった所を(そこを彷徨っていた人々への愛によって整えられた)休憩所にしなさい。そしてあなた(達)が迎え入れる全ての人達が、あなたの為に天国から愛を持ってくるでしょう。]

この重要な言葉を取り逃がすべきではないので、もう一度聞きなさい。

[And everyone you welcome will bring love with him from Heaven for you.]
[そしてあなた(達)が迎え入れる全ての人達が、あなたの為に天国から愛を持ってくるでしょう。]

間違えないでください。 
ここであなたが歓迎する人達は [自分達の道を失って埃の中を彷徨っている者達] なのです。 
だからあなたが迎え入れるこの人達は「既に目覚めている兄弟姉妹」ではないのです。

[. . . everyone you welcome will bring love with him from Heaven for you.]
[...あなた(達)が迎え入れる全ての人達が、あなたの為に天国から愛を持ってくるでしょう。]

ここでは「あなたが迎え入れる(歓迎する、welcome)」がキーワードです。

[And everyone you welcome . . .]
[そしてあなた(達)が迎え入れる全ての人達が、]

あなたが父から離縁して父との繋がりを失った時、あなたは兄弟姉妹との愛の繋がりも失ったのです。 何故ならあなたが父を離縁した時、兄弟姉妹はあなたにとって信頼出来ない者に成ったのだから。
こうしてあなたの兄弟姉妹(同胞人類)があなたの敵に成ったのです。
その結果としてあなたは全ての人達を用心深い気遣いで思いやるようになったのです。
人によっては物凄い注意(警戒)が必要で、人によってはそれ程心配しなくてもよい、とあなたは考えています。 いずれにしろあなたは誰に対しても自分を完全に無防備にはしないのです。何故ならあなたは基本的に誰も歓迎していないから(誰も迎え入れていないから)。
あなたは自分を守っており、疑いを実践しているのです。
多くの意味であなたは有能な探偵に成って、自分にとって不都合な意図や異常な振舞いを怠り無く見つけ出しているのです。

しかし下記をもう一度聞きなさい。

[And everyone you welcome will bring love with him from Heaven for you.]
[そしてあなた(達)が迎え入れる全ての人達が、あなたの為に天国から愛を持って来るでしょう。]

自分の兄弟姉妹を敵対者(油断出来ない者)として見ることをあなたが止めた時、これが起こるのです。
彼(彼女)に対するあなたの防御を手放して彼を無防備に迎え入れた途端、彼は愛を持って来るのです。何故なら、その時彼はあなたの善良さを感じたのだから。 
こうしてあなたは全ての人達の振舞いが変ることを見るのです。

[And everyone you welcome will bring love with him from Heaven for you.]
[そしてあなた(達)が迎え入れる全ての人達が、あなたの為に天国から愛を持って来るでしょう。]

{あなたの歓迎を受け取ることにより}その人自身も無防備に成れるだけ安全に感じて、その人が天から受け継いでいる資質が染み出し始めます。 安心を感じたその人がそれ(その人が天から授かっている資質)をあなたと分け合うのです。

[They enter one by one into this holy place, but they will not depart as they had come, alone.]
[その人達はこの聖なる場所の中に一人づつ入って来ます。 しかし一人づつ入って来た彼等は、一人で孤独には出て行きません。]

あなたが彼等を歓迎し、彼等があなたの歓迎を感じられたので、繋がりが発生したのです。
これが聖なる瞬間の効果なのです。
そして全ての兄弟姉妹に対してこのように(無防備に)振舞う度量は、一人の兄弟(あるいは姉妹)を歓迎しよう(迎え入れよう)とあなたが意図したことから発生するのです。

[The love they brought with them will stay with them, as it will stay with YOU.]
[彼等が持って来た愛は、彼等と一緒に留まり、と同時にあなた(達)と一緒に留まるのです。]

それ(愛)を奪い取りあなただけのものとして保持することは不可能です。

[ And under its beneficence, your little garden will expand, and reach out to everyone who thirsts for living water, but has grown too weary to go on alone.]
[そして彼等が持って来た愛の恩恵により、あなたの小さな庭園が広がり、「生きている水」に渇きそれを求めている(しかしもう一人で探し続けるには疲れ過ぎている)人達全員に差し出されるのです。]

聖なる関係の中で一人の兄弟に対してあなたが持って来たもの(あなたが与えたもの)を、あなたは他の多くの兄弟姉妹に対しても持って行き(与え)始めるのです。
こうして孤立の崩壊が広がります。 抱擁がより多くより広くなります。
だから一旦{目覚めの}動きが始まったなら、それが全てを内包するまで動きは続くのです。
その全ての課程であなたは兄弟姉妹を愛し、意図的により多くの人達へ手を差し伸ばすのです。何故ならそれがあなたの役割(働き)で、孤児院を天国に変容させる役割を果たすことがあなたの一番したいことなのだから。

[Go out and find them, . .]
[出て行って彼等を探しなさい。]

罪無く自分の体を使う方法を知りたい(つまり自己防御以外の方法で体を使いたい)とあなたは願い聞いたのです。 するとあなたに役割/役目が与えられます。
どうすることが(どう在ることが)適切かあなたは知り、それをすることは容易なのです。 だからあなたはそれをするのです。

[Go out and find them, for they bring your Self with them.]
[出て行って彼等を探しなさい。何故なら彼等はあなた「自身」を持て来るのだから。]

彼等は彼等自身を{あなたのもとに}持って来て、そして「あなた自身と共に彼等を見る能力/度量」を持って来るのです。
そしてあなたはもう防御していないので、あなたはもはや体(境界/柵/区切り)として彼等と関係してはいないのです。
彼等は自分達があなたによって歓迎されていることを感じるのです。そして彼等も彼等自身の真理から与え始めます。
これが起こるべきことなのです。

[And lead them gently to your quiet garden, and receive their blessing there. So will it grow and stretch across the desert, leaving no lonely little kingdoms . . .]
[そしてあなたの静かな庭園に彼等を優しく導き入れ、彼等の祝福をそこで受け取りなさい。そしてそれは大きく育ち、砂漠の端から端まで伸びて、愛から遮断された小さく孤独な王国を取り残さないのです。]

自分達の小さな頭の中に王国を懐いた卑小なエゴを残さないのです。

[So will it grow and stretch across the desert, leaving no lonely little kingdoms locked away from love, . .]
[そしてそれは大きく育ち、砂漠の端から端まで伸びて、愛から遮断された小さく孤独な王国を取り残さないのです。 ]

何故でしょう?
何故なら、彼等(兄弟姉妹/同胞)と共に聖なる関係を持とうとあなたは思ったのだから。
彼等と聖なる関係を築こうと思えるだけあなたは心を配る(気づかう)ことが出来だのだから。それは(自己防御や攻撃ではなく)愛と受け入れなのだから。
あなたはこれを今夜行なうことが出来るのです。
あなたは今からこれを始められるのです。
これを延期する必要は何もないのです。今がその時です。

[So will it grow and stretch across the desert, leaving no lonely little kingdoms locked away from love, and leaving YOU inside. And you will recognize yourself, and see your little garden gently transformed into the Kingdom of Heaven, . .]
[そしてそれは大きく育ち、砂漠の端から端まで伸びて、愛から遮断された小さく孤独な王国を取り残さず、その孤独な王国の中にあなたを取り残すこともないのです。 そしてあなたはあなた自身を認識し、あなたの小さな庭園が...天国に優しく変容されて行くのを見るのです。]

それは何か別のものに変えられるのではなく、初めからそうであった状態に変容される(戻される)のです。
何故なら、あなたは「あなた自身をより偉大にする目的で作り出されている定義」を補強/強化しなくなるのだから。 あなたはそれ(自分が作った定義を保持しようとすること)をしなくなるのです。

[. . . you will recognize yourself, and see your little garden gently transformed into the Kingdom of Heaven, with all the love of its Creator shining upon it.]
[あなたはあなた自身を認識し、あなたの小さな庭園が(その創造者の全ての愛で輝いて)天国に優しく変容されて行くのを見るのです。]

「その創造者の全ての愛」?  これはあなたのことでしょうか? これは目覚めつつあるあなたのことを言っているのでしょうか? 
いいえ。 
創造者は神です。 創造者は動いている無限のマインドで、その動きが創造なのです。
そしてあなたの役割は、それ(創造)をそれそのものとして認める(認識する)ことなのです。 それ(父の創造)を認識することにより父の共同創造者に成ることがあなたの役割なのです。

[The holy instant is your invitation to love, to enter into your bleak and joyless kingdom, . .]
[聖なる瞬間はあなたが送る愛への招待なのです。 それは荒涼として喜び薄いあなたの王国の中に{入って行く}..招待状なのです。]

これはあなた自身を愛する招待をあなた自身に送ることではなく、
[The holy instant is your invitation to love, to enter into your bleak and joyless kingdom, . .]
[聖なる瞬間はあなたが送る愛への招待なのです。それは荒涼として喜び薄いあなたの王国の中に{入って行く}...招待状なのです。]

{あなたは聖なる瞬間の中で}全てを満たすこの愛を招待しているのです。
(「あなた全体の中の小さな一部」を「あなた全体のその他の部分」から分離する為にあなたが使っている)バブルの周縁の先にある『無限』があなたをそして全てを満たし続けている愛なのです。

だから、
[The holy instant is your invitation to love, to enter into your bleak and joyless kingdom, and to transform it into a garden of peace and welcome.]
[聖なる瞬間はあなたが送る愛への招待なのです。それは荒涼として喜び薄いあなたの王国の中に入って行ってそれを平和と歓迎の庭園へと変容させるよう(あなたが愛に対して送っている)招待状なのです。]

これが二つのステップ/聖なる瞬間の実践効果なのです。
これが二つのステップ/聖なる瞬間をシンプルに行なった時の効果なのです。

[Love's answer is inevitable.]
[愛の返答は確実です。]

「バブルの外側に在るもの」がバブルを突き破り通り抜けて、バブルが「実際には一つのもの」を分離して(切り分けて)いるようにはもう見えなくなるのです。

[It will come because you came without the body, . . ]
[それ(愛)はやって来ます。 何故ならあなたは(喜んでやって来ようとしている愛を邪魔するバリアとなる)体を持たずに来ているのだから。]

これはどういう意味でしょう?
それはあなたが境界線/囲いを持たずに兄弟姉妹と対面しているからです。 防御的行為(思考)を行なわずにあなたが来ているからです。

[. . . and interposed no barriers which would interfere with its glad coming. In the holy instant, you ask of love only what it offers everyone, neither less nor more. ASKING for everything, you will RECEIVE it.]
[...(喜んでやって来ようとしている愛を邪魔するバリアとなる)体を持たずに来ているのだから。聖なる瞬間の中で、あなたは愛から「愛が全ての人々に捧げているもの」だけを求めるのです。 それ以上でも以下でもないのです。あなたは全てを求め、全てを受け取るのです。 ]

それ(愛)を請求/強要しても無駄なのです。 自分自身の為にそれを作れると考えて、それを想像力で自分の為に作ろうとしても駄目なのです。

[ASKING . . .]
[あなたは...求め...]

「あなたは全てを求め」、つまり「下さい」と言うのです。 
何と屈辱的な!! あなたは自分のことを乞食のように感じてしまうでしょうか? 

[ASKING for everything, you will RECEIVE it. And your shining Self will lift the tiny aspect which you tried to hide from Heaven straight INTO Heaven.]
[あなたは全てを求め、全てを受け取るのです。 そしてあなたの輝ける「自身」は、あなたが天国から隠そうとしていた小さな部分を持ち上げて、それを天国に持っていくのです。]

もう一度聞きなさい。

[And your shining Self will lift the tiny aspect which you tried to hide from Heaven straight INTO Heaven.]
[ そしてあなたの輝ける「自身」は、あなたが天国から隠そうとしていた小さな部分を持ち上げて、それを天国に持っていくのです。]

バブルが弾けて、すると突然「自分としてあなたが注意を与えていたバブルの中のあなたの一部」が「あなたの全て」に吸収され、「あなたの全て」の中にそれ自身を発見するのです。

[No part of love calls on the whole in vain. No Son of God remains outside His Fatherhood. Be sure of this; love has entered your special relationship, . .]
[愛の全ての部分が全体を求め全体に対して呼び掛け、愛のどの部分であっても答えを得ないものは無いのです。自分の父の外に取り残されている神の子は居ないのです。次のことに気付いていなさい。愛があなたの特別な関係の中に入って来ました。]

ここ数章に亘ってわたし達は「特別な関係」という言葉はあまり使って来ませんでした。
しかしこれらの章に書かれている文章の主題は「特別な関係を聖なる関係で置き換えること」なのです。
だから特別な関係や聖なる関係について以前程頻繫に話していないからといって「自分の兄弟姉妹と親密に関わることなく目覚めることが出来る」と考えるのは止めなさい。
「あなたの兄弟姉妹故に(兄弟姉妹の為に)、ここの真理が何か知りたいと求めること」が絶対必要なのです。

[ Be sure of this; love has entered your special relationship, and entered fully at your weak request.]
[次のことに気付いていなさい。愛があなたの特別な関係の中に入って来ました。 あなたの弱々しい要請に答えて完全に入って来ています。]

あなたは自分が愛しているものを(喜んで、あるいは非常な努力をしてさえも)放棄しません。
あなたは本当に自分が目覚めたいと求めているか自信がないのです。
「目覚めて得られる様なものが本当にあるかどうか」あなたはそれさえも確信を持ってはいないのです。
だからあなたは、冷たいプールに入る時のようにビクビクと慎重に足を漬けているのです。 あなたは慎重に恐る恐る弱々しく真理を知りたいと願っているのです。
あなたがそうしていても問題ありません。{例え弱々しくとも}あなたが求めたなら、あなたが好奇心を発揮したなら、それは報われるのです。

[You do not recognize that love has come because you have not yet let go of all the barriers you hold against each other. And you will not be able to give love welcome separately. ]
[しかし愛が来ていることをあなたは認識していません。それはあなた達が「お互いに対して築いているバリア(防御壁)の全て」をまだ放棄していないからです。しかしあなた達が分離したままでは愛を迎え入れることが出来ません。]

これはとても基本的なことです。

[. . . you will not be able to give love welcome separately. You could no more know God alone than He knows you without your brother. But, TOGETHER, you could no more be unaware of love than love could know you not, or fail to recognize itself in you.]
[あなた達が分離したままでは愛を迎え入れることが出来ません。あなたの兄弟を抜きにして神があなたを知ることは出来ないように、あなたが一人で神を知ることは出来ないのです。しかしあなた達が一緒であったなら、愛があなたを知らないことは在り得ず、愛が自分をあなた達の中に認識しないことも在り得ないと同様に、あなた達が愛に気付かずにいることも不可能なのです。]

目覚めとは「何がリアルか」に対する無知を解除することなのです。「既に真であり決して変えられることがないもの」への無知を取り消すことなのです。
目覚めとは(あなたが自分の想像に夢中になっている間も、自分の空想へ多大な投資と決意を与え続けている間も)「あなたが常に在り続けてきたこと」を思い出すことなのです。
だからこれは全てを再構築しようとする多大な努力や力は必要としていないのです。
あなたが作り上げている(そしてあなたの生命がそれに依存しているとあなたが信じて来たが故に今まで手放さなかった)定義群への決意(信心)を放棄するだけで良いのです。
定義群を放棄することとは「リアルでないもの/想像/アイディア」に対する信心(信頼)を放棄することなのです。
それだけなのです。これを憶えていてください。
このようにしてあなたは(将来目覚めるのではなく)今晩目覚められるのです。 

[You have reached the end of an ancient journey, not realizing yet that it is over. You are still worn and tired, and the desert's dust still seems to cloud your eyes and keep you sightless. Yet He Whom you welcomed has come to you, and would welcome YOU. ]
[あなた達は古代の旅の終わりに到達していますが、まだそれを理解していません。あなたはまだ疲れており、砂漠の塵があなたの目を霞ませあなたを盲目にしているように見えています。しかしあなたが歓迎した彼があなたのもとに来ており、あなたを歓迎しようとしています。この歓迎をあなたに与えるために彼は長いこと待っていたのです。]

あなたの兄弟と姉妹があなたを長いこと待っていたのです。

[Yet He Whom you welcomed . . .]
[しかしあなたが歓迎した彼が]
あなたが防御なしで(逃げ隠れせず)対面した彼が、自分の安全を心配せずにあなたが対面した彼が、彼自身を防御無くあなたに与えるのです。

[Yet He Whom you welcomed . . .]
[しかしあなたが歓迎した彼が]
あなたが無防備に抱擁した彼が

[. . . has come to you, and would welcome YOU. ]
[あなたのもとに来ており、あなたを歓迎しようとしています。]
あなたを無防備に抱擁します。

あなたが与えたものをあなたは受け取るのです。そしてあなたが与えたものをあなたは保持することが出来るのです。 
これはシンプルな原則なのです。

[He has waited long to give you this . . .]
[これをあなたに与えるために彼は長いこと待っていたのです。]

あなたの兄弟と姉妹はあなたのことを待っていたのです。
あなたの兄弟姉妹はまだこのことを知りません。少なくとも全ての兄弟姉妹はまだこれを知ってはいません。
夢の中で病んでいる(苦しんでいる)兄弟姉妹はまだこれを理解していません。
それでも、これが彼等本来の状態(資質)なのです。
そして彼等の中の自然なもの(彼等の資質/本質)は、あなたの中の自然なものと繋がれるよう長いこと待っていたのです。

[He has waited long to give you this. Receive it now of Him, . .]
[これをあなたに与えるために彼は長いこと待っていたのです。今それを彼から受け取りなさい。]

あなたは境界線(囲い)を通してはこれを受け取れないのです。
あなたはこれを防御を通しては受け取れません。
しかしあなたは無防備な歓迎を通してこれを受け取ることが出来るのです。

[Receive it now of Him, for He would have you know Him.]
[今それを彼から受け取りなさい。そうすれば彼はあなたに彼を知らせます。]

ここで言う「彼」とは既に目覚めている兄弟のことではないのです。
これはあなたの隣に住んでいる人や、あなたの一階上に住んでいる女性のことなのです。あるいは癇癪を起こして泣き止まない隣部屋の子供のことなのです。

[Receive it now of Him, for He would have you know Him. ]
[今それを彼から受け取りなさい。 そうすれば彼はあなたに彼を知らせます。]

『「自分はこういう者だ」と彼が信じていること』があなたに知らされるのではないのです。

[Only a little wall of dust still stands between you. Blow on it lightly and with happy laughter and it will fall away, and walk into the garden love has prepared for BOTH of you.]
[もうあなた達の間には塵の壁が{バブルが}僅かに残っているだけです。ハッピーに笑いながら軽く息を吹きつければ、それは崩れ去って行きます。そして愛があなた達両者の為に準備した庭園の中へ歩いて行きなさい。]

「何故あなたはこれをしようとしないのですか?」と私はあなたに訊ねることも出来るでしょう?
しかしその場合あなたはこれから数週間数ヶ月間その答えを探し続けてしまうかもしません。 そのようにして得た答えが何か価値を持っていて、何か違いをもたらすだろうと考えてしまうかもしれません。
「何故自分がこれをしていないか」思い悩んだり説明しようとしたりするのは止めなさい。
気軽に執着を捨てる気分でこれをしなさい。あなたはそれを不注意と感じるかもしれません。 でもこれをしなさい。 これが要点なのだから。
そしてこれをしないことだけが、あなたを目覚め(そして未だ夢見ている人達にあなたが与えるギフト)から隔てている障害なのです。

I love you. I love you all.
薄い境界を突き抜けて、それを吹き飛ばし、笑い飛ばすことを楽しんでください。
そして父の視界を、愛の出現を、(あなたの正しいマインドにしか過ぎない)聖霊を、その全てを呼び入れてください。


Chapter 18 – Section: THE PURPOSE OF THE BODY
1 Sparkly Book – p.443, Last Par. / JCIM – p.185, 7th Par. / CIMS – p.373, Par. 78
Chapter 18 – Section: THE LITTLE GARDEN
First Edition – p. 365, 4th Full Par. / Second Edition – p.392, Par. 8

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(参照ページ)http://rajpur.blog13.fc2.com/blog-entry-220.html

この文章はサンローズが書き取ってくれた英文を元にしています。サンローズへギフトされる場合下記が彼女のアドレスです。
Francine Mienik (Sun~Rose)
13 Dunes Lane、Port Washington
New York 11050

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テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

ACIM12-04-15

この新しいセクションには(各ACIMバージョンによって)異なる二つのタイトルが与えられています。
[THE PURPOSE OF THE BODY] 1 [体の目的] あるいは [THE LITTLE GARDEN] [小さな庭園]
私はこのセクションを「体の目的」と呼びましょう。

{しかしその前に、先週読んだテキストに関して少し話しましょう。}
わたし達が先週話し終わった時点で、テキストは「この中心から」と言っていました。

[. . . quiet center, in which you do nothing, will remain with you, giving you rest in the midst of every busy doing on which you are sent.]
[(その中であなたが何もしていない)静かな中心があなたと共に残ります。そして(忙しい様々な行動の中に送り出されている)あなたに安息を与えます。何故なら、あなたはこの中心点からどのようにして体を罪無く使うべきか指示されるのだから。]

あなたは時間を掛けて静かになり、考え続けることを止めて、「全ての意味を自分で決めること」を止めて、「父よ(聖霊よ)、ここの真理は何ですか?」と言うのです。
そして静かに在り続けるのです。
するとあなたは「自分が真理に対する気付きで満たされていること」を発見するのです。
あなたは『「あなたが直面しているリアリティに対する父の視点」で自分が満たされていること』を発見するのです。
あなたが自分のことを体として認識している限り、そしてあなたが自分の体を「コントロールする方法/自分の安全を確保する方法」として使っている限り、あなたは自分の目の前のリアリティを誤知覚(誤認識)し続けるのです。
しかし明晰(洞察)が流入することにより、その瞬間にどう在るべきかあなたに明白に成るのです。 あなたが見ている全て(それは本当は天国なのです)とどのようにして関係するべきか、それがあなたに明白に解るのです。
そしてあなたは自分が何をするべきか知っていることを発見します。
そしてあなたは自分がどう在るべきか知っていることを発見します。

[For from this center will you be directed how to use the body sinlessly.]
[何故なら、あなたはこの中心点からどのようにして体を罪無く使うべきか指示されるのだから。]
解りますか? ここには「体という幻想が消えて無くなる」とは書かれていません。
あなたはどのようにして自分の体を罪無く使うべきか自分がクリアに理解していることを発見するのです。
つまりあなたは自己防御とコントロール(操り)以外の目的で自分の体を使うように成るのです。
つまりあなたは父の理由から、聖霊の理由から、体を使うように成るのです。
これは非常に大切なことです。これが目覚めの動き/変容/再生/贖いを引き起こす鍵なのです。

新しいセクションを読みましょう。
[THE PURPOSE OF THE BODY]
[体の目的]

[It is only the awareness of the body that makes love seem limited. For the body IS a limit on love.]
[体に対する認識(身体感覚)だけが愛を限られたものに見せているのです。何故なら体とは愛に対する限定なのだから。]

混乱してしまわないよう次の説明を付け加えましょう。
それ(あなたが体として認識しているもの)は「あなたの想像力によって作られている防御手段としての身体意識」であると同時に「あなたそのもの」でもあるのです。つまり体に対する限定意識を外して見たなら、体も無限な愛なのです。
{この部分は不完全な形で言い表されていたので、翻訳というよりは私の洞察を元に文章を書きました。訳注}

あなたが父を離縁した時、あなたの自己認識(アイデンティティ)が変ったのです。その時からあなたのアイデンティティは「私は体で、神が私を作った通りに存在する自由を私は持っていない。」ということに成ったのです。
あなたは「(現在あなたが自分の体と呼んでいる)あなたの見える様子/触れる様子」を自分として認識し始め、あなたは防御装置に成ったのです。
防御装置としてのあなたの役割は「自分の源から切り離されている危険なポジション内」で自分を安全に保つことなのです。
しかし防御装置に成りたいと思った人など誰も居ないのです。
物事が(宇宙が)働く方法に逆らって立とうと願った人などいないのです。
誰も惨めさや不調和やそれらが持ち込む闘争/衝突を体験したいなどと思っては居なかったのです。

体に対するあなたの想像/空想と決め付けが、
[It is only the awareness of the body that makes love seem limited. For the body IS a limit on love. ]
[体に対する意識/認識だけが愛を限られたものに見せているのです。何故なら体とは愛に対する限定なのだから。]

なぜここで急に「愛が限定されていたり、愛が無限だったりすること」が言われているのでしょうか?
それは、「愛そのものの確証/表現に成り、愛そのものの実体を体現して、父の意図を伝えること」が父が創造したものとしての体の働きだからです。

だから、
[It is only the awareness of the body . . .. . . that you have made up . . .. . . that makes . . .. . . that which should be unlimited, which is unlimited, being love, . .. . . that makes love seem limited. For the body . . .. . . as you have made it up, . .. . . IS a limit on love.]
[{あなたがでっち上げた}体に対する意識/認識だけが、{本来愛であり無限であるべき体という}愛を限られたものに見せているのです。何故なら{あなたがでっち上げた}体とは愛に対する限定なのだから。]

あなたが自分のアイデンティティ(自己認識)を神/父/源から引き抜いた時、あなたは自分のアイデンティティを体の上に移したのです。

[Think not that this is merely allegorical, for it was made to limit YOU. ]
[これを単なる比喩として受け取るのは止しなさい。何故なら体は「あなた」を限定する為に作られたものなのだから。]

それ(体の定義)は「限定されている無限ではないもの/無限の源を持っていないもの」としてあなたを認識する為に作られているのです。
それは「小さく限定されており怖れに対して無防備なもの」としてあなたを認識するよう作られており、無防備な状態(怖れを感じてしまう状況)を乗り越えようとする意図の結果として、防御メカニズムとしてあなたを認識するように作られているのです。
より過激な言い方をすれば、あなたが体に与えた定義はあなたを殺人マシンにするように作られているのです。

そして「あなたの聖なる個人性の可視性と可触性」に対してあなたが適用している定義の最終的結果としてあなたは死んでしまうのです。
何故なら、それ(体に対するあなたの定義の崩壊)は避けようが無いから。
何故なら「真理をあなたに示す体験」を、そして「あなた自身に対するあなたの定義への決意を放棄するチャンス」を、回避することは出来ないから。
しかしあなたが死を迎えてるように見えているその時、あなたは自分が依然として生きていることを直ぐに発見するのです。「在ること(存在)」の絶え間ない体験内に自分が今でも居ることをあなたは直ちに発見するのです。そして『あなたを「殺した」ように見えていたもの』にはあなたを殺す力は無かったと理解するのです。
この時点で、父から離縁し続けることへの決心を放棄する機会をあなたは得るのです。
時として、このようにして決心(分離への忠誠心)が放棄されるのです。
しかし多くの場合そうは成らないのです。何故なら「コントロールを保ち続けよう/独立し続けて独立的存在として成功しよう」とする意図が未だそこに残っている場合があるから。

[Can you who see yourselves within a body know yourself as an IDEA?]
[「体の中に自分達が居る」と考えているあなた達に「アイディア」としての自分達自身を知ることが可能でしょうか?]

現在のあなたにとって「自分はアイディアであると」考えることは難しいかもしれませんが、でもあなたはアイディアなのです。
何故なら神が、無限のマインドが、無限の意識的気付きが、動いたのだから。
マインドの動きが意識体験なのです。 それが意識する(意識として存在する)ということなのです。
そしてマインドはアイディアを意識/認識しているのです。
完璧なアイディア達。 無限の意味を持ったアイディア達。 限りないテクスチャー(手触り)/音/光/色を持ったアイディアをマインドは意識しているのです。
そしてこれら全ては、神の動きであるマインドの行為を通して体現されているアイディアの一部なのです。

[Everything you recognize you identify with externals, something outside itself.]
[あなた達は自分達が見ている全てのものを外的要素(自らの外にある何か)によって認識しているのです。]

さてあなたが二つのステップをした時、あなたが静かに成って「父よ、ここの真理は何ですか? 聖霊よ、私が体験していることに対する父の見方を示してください。」と言っている時、あなたのフォーカス(意識の焦点)が「体との自己同一」から「マインドとの自己同一」へとシフトしているのです。

下記が「目覚めがあなたに示す真理」なのです。
あなたの全ジレンマは、あなたが「形(フォーム)と呼ばれている特定のアイディア」と自分を同一視しており、「無限の意識として確立されている聖なる存在としてのあなた」を放棄していること故なのです。{自分は神から分離していると考えている}あなたは無限から有限へのシフトを行ったのです。
すると急に、それまでマインドとして全てを無限に体験していたあなたが、「全てを照らし出し抱擁している愛の動き/愛の実体」として全てのパーフェクションを無限に体験していたあなたが、あなた自身を物体として解釈し始めただけでなく、創造の全てを物体として解釈し始めたのです。 全てをプライベートで分離/孤立している物体だとあなたは解釈し始めたのです。
あなたはこのような解釈から目覚めるのです。

目覚めとは(あなたがあなた自身に対して与えている定義)「あなたが定義しているあなたの体」を向上させることではありません。
目覚めとは、あなたの注意/意識を「このような特定の形(体)にフォーカスし続けること」から『このような形(体)が存在しており、その神聖がそれそのままに体験出来る「マインド」』へとシフトすることなのです。
何故なら、それ(あなた)は神によって作られたアイディアなのだから。
神が「動き回る無限のマインド」に成ることによって、このアイディア(あなた)が形作られているのです。

さてあなた達は自分達の注意をどの方向に向けるべきか理解しました。
それは体を向上させようとする方向ではありません。
それは、体への注意にフォーカス(集中)することを放棄して、二つのステップの静けさの中に注意を与える動きなのです。
口(思考)を閉じて「父よ、何がここの真理なのですか?」というシンプルな質問を発して、その質問を変えず、答えを引き出そうともせず、答えを呼び入れそれを受け入れることなのです。 
私がこれに関してより多く語れば、これがあなた達にとってより明確になるのです。
このシフトが目覚めのステップに成るのです。

[You cannot even think of God without a body, or some form you think you recognize.]
[あなた達には「体(あるいは認識可能な何らかの形)を持っていない神」を考えること(認識すること)さへ出来ないのです。]

神は無限で限り(区切り)が無いのです。つまり神はマインドであって、このマインドが動いた時それは無限な動きなのです。
そしてこの動きは複数の(聖なる完璧な)アイディアで出来ているのです。
これらのアイディアそのものも無限を体現しており、全てを内包している全体であって、全てと一体なのです。
しかしそれは分離した細かい部分が寄り集まっているのではなく、言ってみれば全体のホログラムのようなものなのです。

[The body cannot KNOW. And while you limit your awareness to its tiny senses, you will not see the grandeur which surrounds you.]
{あなたがでっち上げた}[体には「知ること」が出来ません。自分達の意識を体の卑小な感覚に限定している限り、あなた達には自分達を取り巻いている壮大さを見ることが来ません。]
{自分達の意識を体の卑小な感覚に限定している限り}あなたは(全てのリアリティを現している)天国を見ていません。あなたは神聖なあなたをそれそのままに見ることが出来ません。

[God cannot come into a body, . .]
[神は体の中には入って来れず、]

あなたはあなたの空想的定義の中に入って行けると考えましたが、神はそこには入って行けません。
あなたは(現在あなたの体と呼ばれている)天国の一部に対してあなたが作り上げた定義へあなた自身を閉じ込めたのです。

[God cannot come into a body, nor can you join Him there.]
[神は体の中には入って来れず、体の中であなたが神と繋がることもまた不可能です。]

現在のあなた自身に対する定義の中では、あなたが父と繋がることは出来ません。
だから「あなた自身に対するあなたの現在の定義」を放棄出来るように成るべきなのです。
その為に聖なる瞬間が必要なのです。二つのステップがそれを達成するのです。
あなたの注意を「体との自己同一視(自分を体と限定すること)」から外して「(その中であなたが神である無限のマインドに届いている)静けさ」に与えるのです。
そうすることによって父の視点の(父が創造した全てに対して父が与えている意味の)流入に対して自分を与えるのです。
その時あなたは完全にマインドだけで出来ている体験(マインド体験)に対して自分を開いているのです。
何故なら神の法が全てを統治しているのはこのスペース内(静寂の中)なのだから。
そしてこのスペース(父の視点があなたの中に流入している静寂な場所)の中で変容/再生/贖いが起こり、その結果として「リアリティそのもの」があなたに示され、全く安全である「あなた」が示されるのです。

[Limits on love will always seem to shut Him out, and to keep you apart from Him.]
[愛に対する限定が常に神を締め出しているように見えており、あなたを神から隔てているように見えているのです。]

体とは、あなたが作り上げている体とは、この神聖の可視性と可触性の上にあなたが被せている(そうすることによってあなた自身をあなたの神聖に対して盲目にしている)想像/空想は、
[This body is a tiny fence around a little part of a glorious and complete idea.]
[体とは、全く限定されていない輝けるアイディアの小さな一部分を脆弱なフェンスで囲おうとしている試みなのです。]

「エゴとはあなたという無限のマインドの小さな一部をバブル(シャボン玉)の中に囲ったようなものだ」と過去に私は何度も言っています。
つまりバブルの中と外があるわけです。
しかしバブルの中に在るものと外に在るものは同じなのです。
あなたの神聖に対してあなたを盲目にしており目覚めからあなたを遠ざけているのは、(実際にはシャボン玉のように脆弱な)バブルが堅剛に確立されているとあなたが考えているからなのです。
しかし「私が全てに対して考えていることとは別に、父よ、ここの真理は何ですか?私はあなたの視点を体験したいのです。聖霊よ、私はあなたを取り戻したいのです。」と真剣に訊ねた時このバブルは弾け飛ぶのです。
バブルの外を囲んでいる全てが聖霊なのです。
バブルの外側に居るのも{聖霊という}あなたなのです。 バブルによって外側に遠ざけられているあなた自身がそこに居るのです。
しかしあなたはバブルの内側に居るものだけが自分で、だから自分は小さく傷付き易い(無防備だ)と信じ「死ぬほどの怖れ」を自分に与えているのです。そしてバブルが割れて弾けないように努力することが自分の運命だと信じ込んでいるのです。

[The body is a tiny fence around a little part of a glorious and complete idea . . .]
[体とは、全く限定されていない輝けるアイディアの小さな一部分を脆弱なフェンスで囲おうとしている試みなのです。]
完璧なアイディアとは「聖なるあなた」なのです。
現在はバブルの外側に居る(そしてあなたと再度繋がることを心待ちにしている)「聖なる無限のあなた」から分離されているのが、脆弱なフェンス(バブル)で囲まれているように見える小さな一部{体と自己同一しているあなた}です。

[It draws a circle, infinitely small, around a very little segment of Heaven splintered from the whole, proclaiming that within it is your kingdom, where God can enter not.]
[それは天国のとても小さな一部を極小な丸で囲んで、全体から切り分けられたその内側を神が入って来れない「あなた」の天国(領域)として宣言することなのです。]

バブル(小さな丸)で囲んである部分も、天国の非常に小さな一部なのです。
それは第二の創造ではないのです。それもまた神が働き掛けたものに違いないのです。
それは小さな丸に囲まれているので、(小さな区切られた部分が)全体から全く異なっているように見えているだけなのです。

あなたがこれ(分離)を信じ込んでいる時、この催眠術から目覚めるまで(バブルに囲まれている)あなたは失われているのです。
バブル(あなたを天国から区切っている丸)への執着と、それを弾けないように保とうとする決意がバブルを保ち続けてしまっているのです。 {あなた達は}「もう少しシャボンを足して、もう少し水を足して」と努力してシャボン玉が弾けないようにし続けているのです。

この大国の中で(丸/バブルの内側で)エゴが統治しています。
その中では神の法が最上のリアルな不変なものには見えていないのです。
しかしこれは「そう見えていない」だけなのです。 
何故なら神が変えられることは無かったのだから。

[Within this kingdom the ego rules, and cruelly.]
[この王国の中でエゴが非情な統治を行なっているのです。]

何故なら(全く不動で安全なのに)それ自身を常に守り続けようとすることはリアリティに完全に反する行為だから。
その結果としてそれ(エゴ)がする全てのことはリアリティの否定に成っており、それ故にエゴは容赦なく非情なのです。
それだけでなくエゴはあなたにヒット(中毒的興奮)を与えようとするのです。自分の安全を確保出来ているように見えている時の満足と喜びのヒット(興奮/満足)があり、あなたはそれを放棄したいと思えていないのです。

[Within this kingdom the ego rules, and cruelly. And to defend this little speck of dust, it bids you fight against the universe.]
[そしてこの小さな塵を防御する為に、それ(エゴ)はあなたを宇宙と戦わせようとするのです。]

バブルの外側(無限/天国/創造)に対してバブルの内側を守ろうとすることによって、あなたはこの小さなバブルを保とうとしています。
そして一番良いニースは「これらの行為は全く上手く働いていない」ということなのです。
神と似ていないものは何も作られておらず、あなたは全く罪を犯していないのです。何故なら、あなたは不可能なことをすることに成功してはいないのだから。

だからバブルを弾けさせてしまう理由があなたにはあるのです。
思考を止めてあなたの中の静寂の中に入り、あなたの最上の思考/判断/論理の外に出て、そして「父よ、(神の声である)聖霊よ、ここの真理は何なのですか?」と訊ね聞くことによって、バブルの補強を止める理由があなたにはあるのです。


[This fragment of your mind is such a tiny part of it that, could you but appreciate the whole, you would see instantly that it is like the smallest sunbeam to the sun, or like the faintest ripple on the surface of the ocean.]
[このあなたのマインドの欠片は、もしあなたが全体を(そのほんの僅かな一部でも)感じられたなら(認識出来たなら)それが太陽から発せられている一番小さな光線のようであることが瞬時に解るのです。あるいは、これは大海原の上面の僅かな波のようなものなのです。]

バブルの中の小さなあなたは、
[. . . is like the smallest sunbeam to the sun,or [like] the faintest ripple on the surface of the ocean. In its amazing arrogance, this tiny sunbeam has decided it IS the sun; this almost imperceptible ripple hails itself as the ocean. ]
[...太陽から発せられている一番小さな光線のようであることが瞬時に解るのです。  あるいは、これは大海原の上面の僅かな波のようなものなのです。この小さな光線は驚くべき傲慢さで「自身こそが太陽である」と決めたのです。このごく僅かな波が自分のことを大洋として崇めている(認識している)のです。]

あなたは自分のことを(神が存在していない)進化のプロセス上に現れた精子と卵子が結合して生まれた「行ないの正しい人間(あるいはある程度欠点のある人間)」だと主張しているかもしれません。 進化プロセスの創造はマインドがもたらしたものではなく、意識を持っていない空間内でカオスがランダムな創造を行っており、あなたはその偶然の産物で、何時でも偶発的に消滅してしまう(事故などで死んでしまうかもしれない)と考えているかもしれません。


[Think how alone and frightened is this little thought, this infinitesimal illusion, holding itself apart against the universe. ]
[この小さな思考がどれだけ孤独に怯えているか考えて御覧なさい。この極小な幻想がそれ自身を宇宙に対して隔てているのです。]

あなたは自分がこのようなことをしているとは気付いていませんでした。
そして私がこう言っているのは「あなたは全く神らしくなく破壊的に振舞って来て、だから(神に対抗して立っている)あなたはとても罪深い」と言う為ではありません。
「このようにして分離が起こっており、あなたはこれを試みて来たけれど、これを成功させることは不可能です。」とあなたに知らせる為に私はこれを言っているのです。

そしてあなたは罪人ではなく、永遠に地獄に落とされる必要はないのです。
私は「あなたは不可能なことは達成出来なかった、だから罰を受けることなく{独立/分離の為の}闘争を手放すことによってリアリティに戻ることが出来る」と伝えたいのです。
「自分は最大の罪を犯しており、だから自分は無防備になることが出来ない」というあなたの固い信念が、あなたが父に近づけず父に譲れていない理由なのです。
静かに成って父の視点を呼び込むのです。すると父は自身の視点を躊躇なくあなたに分け与えます。
何故なら、「あなたが達成したと考えていることをあなたが達成していないこと、そして真理によってあなたのマインドが浄化されることだけが必要であること」を父は見るのだから。


もう一度読みましょう。
[Think how alone and frightened is this little thought, this infinitesimal illusion, holding itself apart against the universe. The sun becomes the sunbeam's "enemy" which would devour it, and the ocean terrifies the little ripple and wants to swallow it.]
[この小さな思考がどれだけ孤独に怯えているか考えて御覧なさい。この極小な幻想がそれ自身を宇宙に対して隔てているのです。太陽が光線を飲み込もうとしている「敵」に成っているのです(エゴの思考に取り付かれているあなた達は自分の源を敵として認識しているのです)。大洋が小さな波を脅かしておりそれを「飲み込もう」としているのです(そのように認識されているのです)。]

あなたの全体に対する怖れが在るだけなのです。それだけなのです。
それは{神から}独立しよう独立し続けようとする意図の結果なのです。それだけなのです。 
この意図が放棄された途端に「独立の意図に伴って発生していた全てのネガティブなこと」が消えるのです。
それは何故でしょう?
何故ならあなたは{独立した存在で在ろうとする}これら全ての試みを「父の愛の海」の中で行なっているのだから。
「父の愛の海」とは創造を体現しているものであり、創造/天国と呼ばれているものなのです。 これが物理的世界/宇宙と誤認識されているのです。

[Yet neither sun nor ocean is even aware of all this strange and meaningless activity. They merely continue, unaware that they are feared and hated by a tiny segment of themselves.]
[しかし太陽も海もこれらの奇妙で無意味な試みがなされていることには気付いていません。 それらは自らがその一部から怖れられ憎まれていることは認識しておらず、ただ存在し続けているのです。]

あなたが感じている不安/罪悪感/怖れがどれだけ無意味で馬鹿げているか、これで解るでしょう。

[Even that segment is not lost to them, for it could not survive APART from them.]
[太陽や海にとっては、これらの小さな部分は失われてはいないのです。 何故なら太
陽や海の一部が太陽や海から分離して存在することは出来ないのだから。]

海の中の小さな波が、海なくして存在すること(生きること)は不可能です。太陽無くして日の光は存在し得ません。
「現実であるもの」が太陽光線として(波として)それ自身を現実化しているのです。
そしてあなたの神聖が今の瞬間あなたに成っているのです。

[And what it thinks it is what it thinks it is in no way changes its total dependence on them for its being. Its whole existence still remains in them.]
[これら(太陽や海の一部)が自分達のことを何と考えるていたとしても、これら(太陽や海の一部)がその存在自体を完全に太陽や海に依存し続けていることは全く変わらないのだから。それら全体の存在はそれら自身の中に今でも在り続けているのです。]

あなたの存在の全てはまだ父の中に在るのです。あなたは今でも父の子なのです。あなたは今でも神の子孫なのです。
あなたは今でも永遠に続く神の表現なのです。

[Without the sun the sunbeam would be gone; the ripple without the ocean is inconceivable.Such is the strange position in which those in a world inhabited by bodies seem to be. ]
[太陽が無ければ太陽光線も消えてしまいます。 海が無いならその上に存在する波のことを考えるのは無意味です。「体が住んでいる世界」の中に居る人達は、このような奇妙なポジションに居る様に見えているのです。]
{幻想によって}作り上げられた体、想像上の体、特定の形の定義。 それらはあなたを創造し保っているものとはまったく関係無いのです。

[Each body seems to house a separate mind, a disconnected thought, living alone and in no way joined to the Thought by which it was created. Each tiny fragment seems to be self-contained, needing each other for some things, but by no means . . . [totally dependent on their one Creator for everything, and] needing the whole to give them any meaning, for by themselves they DO mean nothing. Nor HAVE they any life apart and by themselves]
[それぞれの体の中には分離したマインド(繋がっていない思考)が入っていて、孤独に生きており、それを創造した「思考」とは全く繋がっていないと考えられているのです。それぞれの小さな欠片が自己充足している(それ自身で成り立っている)ように見えており、何かの為にお互いを必要としているけれども、それら全てを造った創造者に完全に依存してはいないと考えられているのです。そして「それら自身では何の意味も持っておらず、それら自身のみでは全く生命も持っておらず、だから全体がそれらにその全ての意味を与えることが必要だ」と考えられてはいないのです。]

体はあなた達が定義したようには存在していません。
体の真理を体験する為に必要なのは、体に対するあなたの定義への確信を放棄して、「解らないこと」とあなたに感じられるものの中に踏み出して、「不可解/不可知なもの」に対してあなた自身を与えることなのです。
私がそれを「不可知/理屈に合わない」と呼んでいるのは、あなたが自分を放棄する対象は「(これが自分に不可侵/安全を与えるとあなたが決めている)整った知的思考プロセスによって前もって作られているもの」ではないからです。
自分のコントロールを放棄するまで「自分が既に完璧に保たれていること」があなたには解らないのです。
あなたの存在そのものが、神の現れであり神の動きなので、あなたは完全に不可侵であり不死身なのです。 あなたは「全知全能で遍在している神の全て」を反映しているのです。{だからあなたは神によって完璧に保たれているのですが、あなたが自分の思考を使って分離を保持し続けている限り、あなたには自分の神聖が解らないのです。}

どのような想像力をあなた達が使ったとしても、それでも「リアルなあなた」は存在し続けます、
[Like to the sun and ocean your Self continues, unmindful that this tiny part regards itself AS you.]
[それでも(太陽や海のように)あなたの「自己(Self)」は存在し続けて行きます。その小さな一部自身があなたに成った積りで振舞っていることは気にせずに、それに気づかずに、あなたの「自己」は続いて行きます。]

バブル(丸)の外側に在るもの(つまりあなたの全体)は、(バブルの中に居る)あなたの注意を100%引き付けている小さな幻想に影響されていはいません。
しかしその小さな幻想は、(バブルの中に居る)あなたを死ぬほど怖れさせており、バブルをより堅固に補強し続けることによってあなた自身を防御させようとしているのです。

[It is not missing; it could not exist if it were separate, nor would the whole be whole without it. It is not a separate kingdom, ruled by an idea of separation from the rest. ]
[それ(あなたの小さな一部)は失われてはいないのです。 それが{あなたから}分離していたなら、それは存在出来なかったでしょう。 そしてこのあなたの小さな一部が失われていたなら、全体が全体ではなくなってしまいます(しかしそれは不可能です)。神の大国は(他から分離しているというアイディアによって統治されている)分離された天国ではないのです。]
そのようなこと(分離)は全く達成されなかったのです。

[Nor does a fence surround it, preventing it from joining with the rest, and keeping it apart from its Creator. This little aspect is no different from the whole, . .]
[それ(あなたの小さな一部)を囲んでいるフェンス{バブル}が、その他全てと繋がることを防いだり、それをその創造者から分離しておくことは不可能です。この小さな要素(一部分)は全体と「同一」であり、]

今現在あなたは既に神の聖なる子であって、だからあなたは今パーフェクトなポイントから自分を理解する必要があるのです。 長い旅に出て、パーフェクトなポイントに到達しようとするのではなく。

バブル(丸)の中の、
[This little aspect is no different from the whole, . .]
[この小さな要素(一部分)は全体と「同一」であり、]

あなたは今現在最上なのです{最上の存在なのです}。しかしあなたは自分が限定されたものであると信じることに固執しており、「未知(あなたがコントロールしていないもの)」に向かって自分を放棄することは拒否しているのです。
しかし「未知なここ」で真理があなたに届いているのです。ここであなたは真理を聞いているのです。
そしてあなたがこれを聞き続けたなら、これはもう信じ難くは(Fabulousには)見えなくなるのです。 Fabulousとは寓話的(御伽噺的)という意味です。

[This little aspect is no different from the whole, being continuous with it and at one with it. It leads no separate life because its life IS the oneness in which its being was created.]
[この小さな要素(一部分)は全体と「同一」であり、全体と継続しており、全体と一つに繋がっているのです。この小さな要素(分離したように見えているあなた)は分離した人生は送っていないのです。 ]

上記の文章は何を言っているのでしょうか?
これはバブルの中のことを言っているのでしょうか? これはバブルの外のことを言っているのでしょうか?これは定義の丸(脆弱なフェンス/バブル)について言っているのでしょうか? それとも丸(バブル)の中に居るあなたに関して述べているのでしょうか?
これは勿論あなたのことを述べているのです。

だからあなた達が「どれだけ自分達が分離している」と考えていたとしても、
[It leads no separate life because its life IS the oneness in which its being was created . . .]
[この小さな要素(分離したように見えているあなた)は分離した人生は送っていないのです。 何故ならこの人生/生命は「ワンネス/一体性」の中に在り、この人生/生命は「ワンネス」の中で創造されているのだから。]
ここで言うワンネスとは、その中でマインドが動いている「マインドの宇宙的現れ」であり、その動きが創造/天国なのです。

[Do not accept this little, fenced-off aspect as yourself. ]
[この小さく切り分けられている要素(体)をあなた「自身」として受け入れるのは止めなさい。]

あなた達が使っている「自分達はパーフェクション(完璧性)に値しないという定義」を受け入れるのは止めなさい。
それら(パーフェクションを反映していない定義群)をあなた自身のこととして受け入れるのは止めなさい。
それらに対してチャレンジし始めなさい(異を唱え始めなさい)。
あなたはどのようにしてそれらに対してチャレンジするのでしょうか?
力を使ってではなく、聖なるあなたであるものを(今までよりも)より多く見ようとする好奇心によってチャレンジするのです。
真摯な好奇心を発揮することによりあなたは(今まであなた達が信じてきた)定義群に対してチャレンジするのです。
そしてあなたの大いなる好奇心への反応が得られるように、あなたは静かに成るべきなのです。
これはシンプルで愛らしい「故郷への道」なのです。

[The sun and ocean are as nothing beside what you are.]
[あなたで在るものをおいて、太陽と海は何者でもないのです。]
これはわたし達が物体に関して話しているからです。 
『「あなたが未だ夢見ていて、体をあなたの焦点(物事を理解する基準)として使っている」時点でその意味を理解している物体』としての海や太陽に関して述べているからです。

[The sun and ocean are as nothing beside what you are. The sunbeam sparkles only in the sunlight, and the ripple dances as it rests upon the ocean. Yet in neither sun nor ocean is the power that rests in you.]
[あなたで在るものをおいて、太陽と海は何者でもないのです。太陽光線は日の光の中でだけ輝けるものであり、小波は海の上で踊るものです。しかしあなたの中に住まうパワーは、太陽の中にも海の中にもないのです。]

それはあなたが『限定されていない縛られていない「存在」の意識的気付き』だからです。 {神と一体である}あなたのマインドが全てに意味を与えているのです。
つまりあなたは「創造のスペースのようなもの」で、惑星や太陽や光線や波はその存在をこのスペースの中に持っているのです。
あなたはそれら(惑星/太陽/光線)に気付いているマインドなので、それらはその存在をあなたの中に持っているのです。 {それら惑星/太陽/光線は}外側にある物体としてではなく、意識的存在の中に抱擁されているアイディアとして{あなたの中に}存在しているのです。
このようにして「体との自己同一(体を通した認識){物体/物質を基準にした認識}」から「マインドのアイディア、聖なる秩序」にわたし達がシフトしていることが解りますか?
目覚めは知覚のシフトなのです。
コースによれば奇跡は「急激な知覚のシフト/瞬間的な知覚の変容」なのです。


あなたが毎日の生活の中でするべきことは、フォーム(形)を直したり変えたりすることではなく、「体としてのあなた(自分)を認識したり他者を体として意識すること」から「(全ての意識体験がその中で起こっている)限りないマインドとしてのあなた」へシフトすることなのです。

それら(アイディア)は物理的なものではないので、それらは機能している物質ではないので、あなたは{物理的法則などには}縛られておらずコントロールされておらず、{物質的なものによって}怪我したり殺されたりはしないのです。

これがシフトなのです。

静かに成って、あなたの「マインド」の中に在るこれらのことの意味を(父の視点から)知りたいと願うのです。 「これらのアイディア達全てを作り上げている視点」があなたに暴き示されることを願うのです。

それは何処で起こるのでしょうか?
それは道の上を歩いている体の中ではなく、「マインド」の中で起こるのです。
マインド内に(マインドの現れである、意識的気付きの現れである)体/道/惑星/銀河が発生しているのです。

これは細微なシフトなのです。 
だから私はこれを叫んで知らせてはいないのです。
何故なら、あなたは(強制されることなく)自分から進んでリアリティ体験の中に自分を解放しなくてはならないのだから。自分の意志でそれ(リアリティの体験)を抱擁しなくてはならないのだから。

[Would you remain within your tiny kingdom, . .. . . of bodies . . .. . . a sorry king, a bitter ruler of all he surveys, who looks on nothing, . . . . . except his imaginations, which is why what he’s looking upon is nothing . . .. . . yet who would still die to defend it? This little self is not your kingdom. Arched high above it and surrounding it with love is the glorious whole, . .. . . around this bubble, infinitely forever . . .. . . is the glorious whole, which offers all its happiness and deep content to every part. The little aspect which you think you set apart is no exception.]
[あなたは{体が住んでいる}自分の卑小な王国内に留まって、惨めな王(自分が見ているもの全ての意地悪な統治者)に成り続けたいですか? この王は{自分の空想以外は}何も見ておらず{だから彼は虚無を見ているのです}、それでもそれらを守るために死を掛けて戦おうとしています。この卑小な自己はあなたの{本当の}王国ではないのです。それ(あなたの卑小な自己{バブル})よりも遥かに高くそびえ、愛をもってそれを囲んでいるものが輝ける全体で、その全ての幸福と深い満足を全体の全部分に与えているのです。あなたが自分で取り分けたと考えている小さな部分もその例外ではありません。]

あなたが愛から排除されることは在り得ません。
あなたが愛の抱擁から除外されることは在り得ず、だからあなたは愛の抱擁から除外されていません。
もしあなたが苦しんでいるのなら、それは(神があなたを罰しているからではなく)あなたが自分を懲罰することにこだわっているからです。
父は、聖霊は、『「自分を罰する必要があるとあなたに考えさせている原因」は実際には起こっておらず、あなたが無罪無垢であること』を知っています。
この気付きと一緒に居なさい。

今週は私が繰り返し言ったことを聞き返して(読み返して)ください。
(アイディアや意識を模そうしている脳波で占められた)頭脳が上に付いている体としてではなく、意識的気付き(意識)として優しく存在する方法を見つけてください。
そのようなことは起こっては居ないのです(頭脳の中にシナプシスがあって、それが電子をやりとりして、それがアイディアや意識を構成している訳ではないのです)。
「理屈に合わないこと/不思議なもの」がそれ自身をあなたに示すことを許可しなさい。それに譲ってあなたの強いコントロールが放棄出来るように。


Chapter 18 – Section: THE PURPOSE OF THE BODY
1 Sparkly Book – p.442 / JCIM – p.184 / CIMS – p.372
Chapter 18 – Section: THE LITTLE GARDEN
First Edition – p. 364 / Second Edition – p.390

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この文章はサンローズが書き取ってくれた英文を元にしています。サンローズへギフトされる場合下記が彼女のアドレスです。
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E-Mail: paul@nwffacim.org

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

ACIM12-04-08

アメリカの西海岸側ではまだ数時間はイースタ・サンデー(復活祭の日曜日)なので、皆さんにハッピー・イースタと言うことに間に合いました。
しかし今年のイースタを一番ハッピーにすることは、皆さんが{ACIMの}要点を理解してくれることなのです。
何故なら{ACIMの}要点を理解してくれたなら、皆さんは目覚めるのだから。
そうなれば私が来ている(来ていた)理由が満たされるのです。

今晩私は「私が来ていた理由を理解している人はまだごく僅かである」と主張します。
少なくとも私が今夜話す観点からはそれ(目覚め)はまだあなた達には起こっていません。
何故なら誤解を解くことが私が来ている理由なのだから。

あなた達が「父の視点/視界を捨てて自分独自の見方をしよう」と決意したことから立ち昇って来ている「誤解」を解除することが私の目的なのです。
あなたが兄弟と(あるいは姉妹と)共にこの選択をしてそれに決意を与えた時、{あなた達にとっては}予想外のことが起こったのです。
その時急に「それまであなた達が持っていた無限の視界」が『「あなたの体」と呼ばれているものと結び付けられている限定された視点』によって失われてしまったのです。
しかし{父の視点から独立しようとする}この決断をあなた達が行なう前までは「あなたの体」は全創造の必要不可欠な部分(働き)であってそれ以外のものではなかったのです。
何故なら「創造されたもの」は全て「認識可能(identifiable)」なのだから。 体にしろ、木の葉にしろ、創造の全ては認識可能/識別可能なのです。
そこには可視性(見える様子)と可触性(触れる様子)があるのです。
「創造されているもの」は全てそれぞれに{創造の他の部分によって}「体験されること」が出来るのです。
だから「あなたを識別するもの」としてのあなたの体が確かに存在しているのですが、それは「全てを識別し認識している無限なもの」の重要な一部で「全てを識別し認識している無限なもの」の中に組み込まれているのです。

さて父から離縁することを決めた時、あなた達は{父の視点からではなく}自分達の見方で全てを眺めることを求めました。
あなた達は{父の見方ではなく}あなた達の見方で物事を見ようと決めたのです。
あなた達は自分達が全ての意味を決める決定者に成ることを求め、あなたとあなたのパートナーがこれを行い始め、すると急に無限の視界が失われたのです。
あなた達は自分達を「この限定された形(体)」で体験するように成ったのです。
すると怖れと罪悪が見えるように成りました。 何故なら「そのような事(分離)をしていてはいけないと言う何か」が必要になったからです。
あなたの存在の正気の中には、「あなたはこれ(分離)をしようと試みていますが、これをしてはいけません。何故ならこれはあなたの在り方とは調和していないのだから。」と言い立てるものが組み込まれているのです。
「これ(父から分離すること)は物事の働きとは調和していません。これはあなたの誠実な体験(統合性の体験)を失わせてしまい、従ってあなたの健全/安定/不死身/不可侵性が失われてしまいます。だからこれ以上これを続けるのは止めなさい。」{とあなたの正気が言うのです}

あなたの中には「この不可能なことを試みた場合、あなたの時間をこれに無駄遣いしないよう知らせる」フィードバック機能が備わっています。
しかしあなたはこれ(分離)を行なおうとして時間を潰してしまいます。
何故ならあなたのマインドの中では、あなたはあなたの体と自己を同一視しており、あなたは自分を体として認識(限定)しており、自分の体を使って「自分が感じている怖れと罪悪に圧倒されなくて済む」環境を作らなくてはならないと考えているから。
だからあなたは「自分の体を(つまりあなたの思考を)使って自己防御しなくてはならない」と考えているのです。
そしてこの幻想の中にあなたと一緒に入り込んで来ている「あなたのパートナー」も、これと全く同じ結論(自分の体を使って自分を防御しなくてはならない)に達しているのです。
だからあなた達は「お互いを信用していない疲れ切ったパートナー同士」に成ったのです。 何故なら本当に怖ろしいものが何なのか(何が怖れと罪悪を作っているのか)決めることは不可能だったから。

だからあなたとあなたのパートナー(そしてこの状態の中であなた達と繋がっている他の人達)は相互合意(mutual agreements)を作り始めました。
そしてあなた達は「相互合意を作るプロセス内」にあなた達の統合性(誠実)が守られていることを見たのです。 こうしてあなた達が作った合意の中で、あなた達の有効性(実在性)が{ある程度}守られているのです。
ある程度あなた達の実在性が保全されている環境があり、その中であなた達は自分達の安定を保とうとすることが出来ているのです。

するとどうなったでしょうか?
裁き(Judgments)が起こり始めたのです。
「誰の価値がより偉大なものなのか?」
価値に対する裁き(判断/ジャッジメント)が起こり始めたのです。
より価値のあるもの、より価値の無いもの{と価値判断が行なわれるようになり}、「他者よりも強く権威を主張する技術を持っている者」がより重要に成ったのです。

このプロセス内で次のことが起こりました。
あなたは体を物体として見始めたのです。
あなたは自分自身を体として認識し始めたので{あなたは自分を体と同一視し始めたので}、あなたはあなた自身を物体として見始め、「他のあらゆるもの」をも物体として見始めたのです。
そして物体としてのあなたは{自分自身を}売ることが出来るし、買われることも出来るのです。{物体としての}あなたは所有されることが可能なのです。
あなたの「ステータス」によってあなたは支配され統治されており、「支配されている立場のあなた」はそれに対抗しあなた自身の解放を勝ち取れるように成ったのです。{勿論これはまだ夢の中の解放なのです。訳注}


さて下記があなたがまだ気付いていないこと、まだあなたが考えていないことです。
{イエス・キリストが生まれた}クリスマスの朝にあなた達の世界で起こったことは、進化の論理にチャレンジしそれを否定する者(ダーウィンの進化論1を否定する者)がやって来たということなのです。

(笑)「その時点ではダーウィンなんてまだ存在していなかった。その時点ではまだ進化論は論じられていなかった。」とあなたは言うかもしれません。
確かにそうです。
しかし{イエス・キリストが生まれた当時}人々は既に{進化論の}構造を知っていたのです。 後にダーウィンが説明することになる論理(ダーウィンはそれを時間の中で生命が統治されている様子-適者生存/競争原理-として見たのです)を人々はその時既に知っていたのです。
二千年前の奴隷所有者達は既にダーウィンの論理(適者生存/強者による統治)を生きており、それを体現していたのです。 

あなたが父から離縁した時、あなたが「父よ、私は自分の見方で見たいです。」と言った時、あなたはダーウィン主義的(進化論的)状態を作ったのです。
無限の視点から有限な視点に移行するプロセス内で、父の子で在ることから孤児で在ることへ移行するプロセス内で、体が一番重要なものに成ったのです。そして体が定義の対象に成ったのです。そして体が所有の対象に成ったのです。

モーゼはユダヤ人達の為に彼等自身の所有を解除したのです。{モーゼは「奴隷として自分達をエジプト人に売り渡していたユダヤ人達」を解放したのです。}
しかしその後もユダヤ人を含む全人類は自分達が父から離縁(分離)しているものとして振舞い続けたのです。人々はまだ孤児として振舞っていたのです。

だから私がやって来て、真理を教え真理をデモンストレート(体現)したのです。
そして磔刑の時が来て、
「父よ、もしあなたの意志に適うなら、この杯を私から遠ざけてください。しかしいずれにしろ、あなた(神)の意志がなされますように。」
“Father, if You will, please let this cup pass from me, but nevertheless, Thy Will be Done.” 2

私は実際にはゲセマネの庭園でこの言葉を言いませんでしたが、しかしそれでもこの言葉には価値があります。
私は決して信心を失わなかったので、この言葉は言いませんでした。
私は「各瞬間に父が表現している私」に対する視点を決して失わなかったのです。
しかしそれでも上記の言葉は「(二つのステップを行なうことによって、聖なる瞬間を実践することによって)全ての人々が自分達自身の行為として行なわなければならないこと」を表しています。

(クリスマスとイースターに挟まれた)あの人生の終わりにおいて私は「生命は不死である」とデモンストレート(実証)したのです。
「磔刑が起こっているように見えても、体が死んだように見えそれが墓の中に設置されていても、その体が再出現すること」を私はデモンストレートしたのです。
何故でしょう?
何故ならそれは「私は体ではない。“I am not a body.” 3」というコースの文章をデモンストレート(体現)することだったからです。
「あなたは私が死んだと思ったかもしれない。体が磔にされたとあなたは思ったかもしれない。体が死んだとあなたは思ったかもしれない。しかし見てください! 私は死んでいません。 私は体ではありません。『私を指し示すもの』が確かに存在しているけれど。私はそれではないのです。それは私ではないのです。{体が私を成り立たせている訳ではないのです。}
私は『神からの分離の夢』には参加していないのです。私は父から離縁しておらず『父よ、私自身の{独立/分離した}やり方で見ることにします。』と言ってもいないのです。」

解りますか?
私はそのような考え(分離の夢)の中では誰とも繋がらなかったのです。
そして「私は(あなた達が私を定義/認知していたような)体ではない。私はあなた達が「これが自分達なのだ」と見定めている類の体ではない。私は体ではなく、私は神が私を創造した通りに自由であることが出来る。」という事実を私はデモンストレーション(表現)していたのです。
あるいは「埋葬所に三日葬られていた後でも、この瞬間に神が私として存在している通りに在ることが出来る」ということを現していたのです。

私の弟子達や私の教えを聞いていた者達は「私イエスは体では無いと示していたこのデモンストレーションが、(例え彼等が体として見えて触れて識別可能であっても)彼等もまた体ではないと示している」と理解する機会を得ていたのです。
そして「彼等も(私同様)永遠の存在であり、不死であり、死というプロセスを通り抜ける必要はない。」と示していたのです。
私の人生は『「存在すること」とは開始点から終了点へと続く直線的な体験の連なりを体が通って、その課程で到底打ち勝つことは出来ない不条理で圧倒的に不利な状況を生き抜くことに他ならない』というアイディアを否定し解除したのです。
このことに関して、しばし瞑想/考慮してみてください。

本を読みましょう。新しいセクションに入ります。

[ "I NEED DO NOTHING"4]
[わたしは何もする必要がない。私が何かしようとしてはいけない。]

[You still have too much faith in the body as a source of strength.]
[あなたはまだ力の源としての体に信心を与え過ぎています。]

わたし達は数週間に亘って「体とは何か、体の役割は何か」話して来ました。
そして「体との自己同一視(body identification)」から「マインドとしての自己認識(Mind identification)」へ変容する必要があると説いて来ました。
「(Mind identification)マインドとしての自己認識、自分をマインドとして認識すること)」とは、「体の意識体験」が「その体以外の全創造の意識体験」と共に起こっており「マインドが体としてそして創造として体験していること」は「神が永遠の中で意識的に体験している無限のアイディアなのである」ということなのです。
そしてあなたの存在そのものは神が体現されている様子なので、あなたは様々なアイディアを感じ認識し体験する存在なのです。

しかし一旦あなたが父を離縁して「全てが何か」自分で決めるように成った時、あなたは「体は(その他の創造と同様に)物質的/物理的なものである」と決めたのです。 「体は発達/進化し、以前より優れたものに成り、より優勢な体が他の体を圧制するものなのだ、体は適者生存(弱肉強食)のルールに従うものなのだ」と決めたのです。

だから、
[You still have too much faith in the body as a source of strength. What plans do you make that do not involve its comfort or protection or enjoyment in some way? This makes it an end and not a means in your interpretation, and this ALWAYS means you still find sin attractive.]
[あなたはまだ力の源としての体に信心を与え過ぎています。体の安楽や防御や楽しみと全く関係のないことを、あなたが計画立てることがありますか?これが(体を中心に物事を考えることが)あなたの解釈{知覚認識}の中で体を方法ではなく(あなたが求めている)結果にしており、これは「あなたがまだ罪に魅力を感じていること」を常に意味しているのです。]

さ-て、また始まりました。
この言葉は「どのようにして起こったかあなたには解らないこと、本当かどうかあなたには到底わからないこと」をあなたがした(あなたがしている)と言っているのです。
しかしそこにある唯一の罪は「あなたがあなたを誤認識していること」だけなのです。
そして「父よ、私は離縁を求めます。私は自分のやり方で物事を見たいです。私は自分のやり方でやりたいです。全ての意味を自分で決めて、あらゆることを統治しているルールを全て自分で決めたいです。」と言っている時あなたは間違えているのです。
その時あなたは「あなたの存在のエッセンス(本質)」を否定しており、従って自己否定的な状態で存在しているのです。 その時あなたは天国を否定している状態にあるのです。 何故なら、その時あなたとあなたの兄弟姉妹はそれ(天国)を(カオスが起こっている、しかしどうにかして種の進化を進めている)物理的宇宙/物質世界と決めているのだから。そして「カオス(偶然/ランダム)を機能的に動かしている未知の力によって、世界がカオス(混沌)から救われている」と考えているのです。

上記を信じて実践することが罪なのです。 何故なら、そうしている時あなたは自己否定の状態にあるのだから。
そして事実あなたは自己否定を実践することが出来、自己否定を永遠に続けることも出来るのです。
そしてあなたは、自身の存在を消滅させることなく、苦しみと痛みの中に存在し続けあらゆるネガティブなことを被ることが出来るのです。
何故なら、その時あなたは「聖なるあなた」に対して「真理ではない想像」を覆いかけているだけなのだから。
しかしそうしている限りあなたは「罪という言葉が意味していること」をしているのです。
怖れと罪悪を打ち破ろうとするチャレンジをあなたが愛している限り、あなたの注意と意図は神の栄光を称えていないのです。
それは(怖れと罪悪に打ち勝とうとすることは)あなたの神聖を認識し表現し顕在化することではないのです。
そして「あなたの神聖を認識し表現し体現すること=神の栄誉を称えること」以外のことをしている時、あなたは無意味なことをしているのです。
そしてもし「無意味なことに意味がある」とあなたが信じているなら、その時あなたは罪の状態に在るのです。 
あなたはそのような罪の状態を放棄するべきなのです。

[No-one accepts Atonement for himself who still accepts sin as his goal.]
[自分のゴールとして罪を受け入れている全ての人は、アトーンメント(贖罪/和解)を自分の為に受け入れていないのです。]
適者生存/弱肉強食を実践している人はアトーンメントを自分の為に受け入れてはいないのです。そのようなことに関わっている人は自分自身の為にアトーンメントを受け入れては居ないのです。 
何故ならアトーンメントとはあなたが父に譲ることなのだから。 
アトーンメントとは、自分の権威の下に行動するのではなく、{父からの}指示を受け入れる意欲をあなたが発揮することなのだから。
アトーンメントとはあなたが自分の独立を放棄して、神の動きと寄り添い協力出来るように成り、その動きがあなたを通して世界の中に表現されるようにすることなのだから。
これが適者生存(強者生存)の反対なのです。

[You have thus not met your ONE responsibility. Atonement is not welcomed by those who prefer pain and destruction .]
[だからあなたがまだ果たしていない責任が一つあるのです。痛みと破壊を{和解より}好んでいる人達は アトーンメントを歓迎しては居ないのです。]
そして適者生存(弱肉強食)を主張することは、適者生存(競争原理)を人生の目的とすることは、痛みと破壊を好んでいる人達がしていることなのです。

[You have made much progress and are really trying to make still more, but there is one thing you have never done; not for one instant have you utterly forgotten the body.]
[あなたは沢山進歩しており、より多く進歩しようとしています。しかしまだあなたがしていない事が一つあります。あなたはまだ一瞬も体を完全に忘れたことはないのです。]

あなたは体を毎日一日中気遣っており、あなたの注意は常に何らかの形で体に与えられています。
例えば車を運転している時にお尻が痛ければあなたは体を動かしてそれを楽にするでしょう。
あなたは常に体に注意を与えてそれを安楽に保とうとします。


[It has faded at times from your sight, but it has not yet completely disappeared.]
[体があなたの視界から一時的に消えたことはあるでしょう。 しかしそれはまだ完全に消えては居ないのです。]

しかしわたし達は「体が幻想で、だから体が消え去る」とは言っていないのです。
しかしあなたの安全を確保するものとしての体があなたのマインドから去ることはなく、あなたの安全を確保する為に何時でも体が使えるようにして置かなければならない訳です。
体があなたのマインドから忘れ去られることは決して無いのです。何故なら窮地においては体があなたを防御するものなのだから。{とそう考えられています。}
あなたは自分のマインドが自分を救うと言っているかもしれませんが、しかしあなたのマインドが兄弟との仲を整えられなかったなら、兄弟があなたを脅かし始めてしまったなら、あなたにとって最後の頼みの綱はあなたの体なのです(体を使った防御あるいは攻撃なのです)。

[It has faded at times from your sight, but it has not yet completely disappeared.]
[体があなたの視界から一時的に消えたことはあるでしょう。しかしそれは完全に消えては居ないのです。]

体が{あなたの意識から}消えるのは、適者生存の働きが{あなたのマインドから消えて}無くなるのは、あなたが完全な安全を感じている時だけなのです。

[You are not asked to let this happen for more than an instant, yet it is in this instant . . .]
[これ(体を消すこと/体を忘れること)を一瞬(僅かの間)以上に亘って発生させ続けることがあなたから求められている訳ではありません。 しかしその一瞬の内に...]
聖なる瞬間の内に. . .、
[. . . that the miracle of Atonement happens.]
[...アトーンメント(和解/贖罪)の奇跡が起こるのです。]

聖なる瞬間とは、あなたが思考を止めて、全てに対するあなたの定義にエネルギーを与え続けることを止めて、「私の最上の判断とは別に、私の理論や私が大切に考えていることとは別に、ここの真理は何なのだろう?」と言うことなのです。
聖なる瞬間とは『私は自分の独立を捨てて「あなた/神」と繋がり、何がリアルか「あなた/神」に示してもらい、それによって私がその場(天国)に相応しい反応を出来るようにしましょう。』とあなたが言うことなのです。

[Afterwards, you will see the body again, but never quite the same.]
[その後もあなたは体をまた見ることでしょう。 しかし以前と全く同じように体を見るようには成りません。]

つまりあなたは自分の体を自己防衛の為に使う状態に後戻りしてしまうことでしょう。あなたは「父と繋がり続け父の癒やしに満ちた視点を体験することから自分自身を遠ざける方法」として自分の体を使ってしまう状態に戻ってしまうでしょう。{しかし以前と全く同じように体を見るようには成りません。}

[And every instant that you spend WITHOUT awareness of it gives you a different view of it when you return.]
[そして体の意識無しであなたが過ごす各瞬間が、あなたの意識が体に戻った後で、体に対する今までとは異なった視点をあなたにもたらすのです。]

ポールが私に話させている時には、ポールは自分の体を意識していません。 つまり彼は「何か彼を怖れさせることが起こる可能性に備えて体で自分を守る為」に体に注意を与えてはいないのです。
何故なら、ポールがこのスペース(静かな安全)の中で私と繋がっている時には(あなたがこのスペース内であなたのガイドと繋がっている時と同様に)「体との自己同一/体による自己認識(body identification)」は起こっていないのだから。
しかしあなた達にもわかるように、ポールの体は別に消滅してはいません。
彼が話している時、彼の唇が動き、彼の腕が動きます。 そして彼は自分の中を通って真理が表現されることを許可していて、彼の体の全てがその真理を表現することに使われるのです。

下記が驚くべき文章です。
[At no single instant does the body exist at all.]
[体は一瞬も存在してはいないのです。]

しかしこの言葉は非常に厳格な特定のことを言い表しているのです。

[At no single instant does the body exist at all.]
[体は一瞬も存在してはいないのです。]
聖なる瞬間の中では防御手段としての体は存在していないのです。
「あなたのアイデンティティ(識別子/自己認識)としての体」は聖なる瞬間の中には存在してません。
これは重要な理解です。

[At no single instant does the body exist at all.]
[体は一瞬も存在してはいないのです。]
より精密に説明しましょう。
「あなたが定義した体」は一瞬たりとも存在していないのです。
体はあなたが定義したようには一瞬たりとも存在していないのです。
従って体は防御として機能しておらず、アイデンティティ(自己証明/自己認識)としても機能しないのです。
これが上記の文の意味です。
聖なる瞬間の中では、体は防御としてもアイデンティティとしても存在していないのです。
その理由の一つは、聖なる瞬間の中では怖れと罪悪が不在で、従って自己防御の必要が無いからです。
自己防御の必要が無いのであなたの注意/意識が純粋に成っており、あなたは全ての意味と現れを体験することが出来るのです。
その時あなたの注意の神聖は(あなたの意識の全体は)天国のどの部分をも全く排除していないのです。

[At no single instant does the body exist at all. It is always remembered or anticipated, but never experienced just NOW.]
[体は一瞬も存在してはいないのです。 それは常に思い出されているか、期待されているのですが、決して今の瞬間に体験されてはいないのです。]
あなたの救済は「今」に存在しようとする(今に注意を与え続けようとする)あなたの意欲に掛かっています。
何故なら今の中ではあなたは防御の必要無く「存在すること/在ること」が体験出来、少なくともその瞬間は防御が必要無くなるので、それにより「体に対するあなたの定義」があなたのマインドから忘れられることが可能になるのだから。

[Only its past and future make it seem real . . .]
[その(体の)過去か未来だけが体をリアルに見せているのです。]
あなたが体に与えている定義だけが体をリアルに見せているのです。
「過去に体に起こったこと」と「未来に体に起こるだろうこと」だけがそれをリアルに見せているのです。

[Only its past and future make it seem real. Time controls it entirely, . .]
[その(体の)過去か未来だけが体をリアルに見せているのです。時間がそれを(体の過去や未来がリアルに見えていることを)完全にコントロールしているのです。]
そして進化は時間の中で起こることなのです。
だから私はダーウィンの論理(弱肉強食の概念)を(ダーウィンがそれを作り上げる前に)修正していたのです。 そしてコースもそれを修正しているのです。
ダーウィンがその論理を披露した時人々は「孤児の状態を上手く説明している定義がやっと現れた。わたし達はそれに合意することが出来る。」と考えた訳です。

そしてこの相互合意(弱肉強食/競争原理)が法則として打ち立てられ、{多くの人達によって}それはチャレンジし得ない否定不可能な「事実」として受け入れられたのです。

[Time controls it entirely, for sin is never present. ]
[時間がそれを(体の過去や未来がリアルに見えていることを)完全にコントロールしているのです。何故なら罪は決して存在していないのだから。]
聖なる瞬間の中では罪は全く存在していないのです。

[In any single instant, the attraction of guilt would be experienced as pain and nothing else, and would be avoided.]
[それぞれの瞬間の中では、罪悪の魅力は痛みとしてだけ体験され、それ(罪悪)は避けられるのです。 ]
{聖なる瞬間の中では}罪はシンプルにただ単に回避されるのです。だから対立/闘争も起こらないのです。
罪悪と怖れが存在しておらず、それらに付随している魅力(牽引力)が存在していない場合、痛みは回避されるのです。

[It has no attraction NOW.]
[今の中でそれ(罪悪)は魅力を持っては居ないのです。]
聖なる瞬間の中では罪は魅力(惹き付ける力)を発揮していないのです。
もしあなたが(何にも邪魔させずに)瞬間の中に自分の注意を与えられたならその時、その瞬間の中では罪は引き込む力を持っていないのです。

[Its whole attraction is imaginary, and therefore MUST be thought of in the past or in the future.]
[その魅力の全ては想像上のもので、だからそれは(罪悪の魅力は)過去として振り返られるか、未来に想定される必要があるのです。]
あなたが想像内の夢遊状態に入っている場合、罪の魅力が過去や未来に想定されているのです。
しかしあなたが今の瞬間にクリアな意識を与えていたなら、罪の魅力は何処にも見当たらず、罪が威力を発揮することもないのです。

[It is impossible to accept the holy instant without reservation unless, just for an instant, you are willing to see NO past or future. You cannot prepare for it WITHOUT placing it in the future.]
[一瞬だけで良いのであなたが過去も未来も見ようとしなく成らない限り、聖なる瞬間を無条件で受け入れることは不可能です。 何かを未来に想定しない限り、あなたがその為の準備をすることは不可能です。]

{神から分離している限り}あなたは「あなたが予測(期待)していること」に対して準備することしか出来ないのです。

[Release is given you the instant you desire it.]
[しかしあなたが解放を望んだ「瞬間」に解放が与えられるのです。]

あなたがそれを望んだ一ヶ月後ではなく、一年計画を立ててそれを一年後に得られるよう望むのではなく、
[Release is given you the instant you desire it.]
[しかしあなたが解放を望んだ「瞬間」に解放が与えられるのです。]
あなたが今の瞬間に注意を与えて「解放」を願ったその瞬間に、解放が与えられるのです。

[Many have spent a lifetime in preparation, and have indeed achieved their instants of success. This course does not attempt to teach more than they learned in time, but it does aim at SAVING time.]
[多くの人々がその人生を通して準備を行い、確かに瞬間的な成功(それぞれに成功)を修めています。このコースは彼等が時間の中で学んだこと以上を教えようとしているのではありません。そうではなく時間をセーブすることがこのコースの目的なのです。]

これも重要なことです。
コースの目標は時間をセーブすることなのです。
コースがどのようなことを教えようとしているのか学び、聖なる瞬間を実践する、このプロセス内で、
[You are attempting to follow a very long road to the goal you have accepted. It is extremely difficult to reach Atonement by fighting against sin. ]
[あなたはあなたが受け入れたゴールのとても長い道程を辿ろうとしています。罪と戦うことによってアトーンメント(和解/贖罪)に達することは非常に困難です。]

罪と戦うことが答えではないのです。
(罪が使用されている結果として現れている)「怖れと罪悪」に打ち勝とうと合意することは、孤児院からの出口ではないのです。
孤児院から逃れる方法とは、あなたの注意を怖れと罪悪から引き抜くことなのです。
孤児院から脱出する出口は「二つのステップ」を行なうこと、つまり一歩下がって静かに成り「父よ、聖霊よ、ここの真理は何ですか?」と訊ね聞くことなのです。
これが上手く働くことであって、罪と戦うことは上手く行かないのです。

[Nor is a lifetime of contemplation and long periods of meditation aimed at detachment from the body necessary. All such attempts . . .]
[体から「離れて超然とすること」を目標として生涯に亘る熟考と長年の瞑想を続けることも必然ではないのです。これら全ての試みは...]

次を聞きなさい。 これらの試みが否定されている訳ではないのです。
[All such attempts will ultimately succeed because of their purpose. Yet the means are tedious and very time consuming, for all of them look to the FUTURE for release from a state of present unworthiness and inadequacy.]
[これら全ての試みは(その目的故に)最終的に成功します。 しかしこれらの方法は単調でとても時間が掛かるのです。 何故なら、これら全ての方法は現在の無価値と不能の状態からの解放を「未来に望んでいるもの」なのだから。]

でもあなたの道は、つまりコースの道は、
[Your way will be different, not in purpose, but in means. A holy relationship is a means of SAVING TIME. ]
[あなたの道(やり方)は(上記の方法とは)異なるものに成ります。 それは目的が変わるのではなく、方法が変わるのです。『聖なる関係とは時間を短縮する方法なのです。』]

洞穴や修道院の中で何年も瞑想したりすることは、あなたが一人で行なえることですね。
しかし(人間関係と比べて)孤独な環境下では「あなたの注意を今に与える必要」はそれ程強く成りません。
意図的にパートナーシップだけにコミットメント(決意)を与えることで、「出来る限り最小の防御と共にあなたの注意を今の瞬間内だけに引き入れること」が可能になるのです。
聖なる関係を持つ意図と共に他の人と繋がったなら、つまりあなた達個人個人がまず父と向き合って「父よ、私のパートナーに関する真理は何ですか?」と言ってからお互いと関わることを選択しているなら、その時あなた達は(父があなたのパートナーに関してあなたに提供している)真理と明晰に満たされた状態に基づいてお互いと関係しているのです。
これによりあなたが曖昧に振舞ってしまわないように成るのです。
これが、あなたが居る瞬間に対して『「あなたの兄弟姉妹を真に見たいと願う父の特定の意図」と共にあなたの注意を真摯に与えること』になるのです。
これが時間を短縮するのです。
何故なら、これがあなたの注意を時間から引き剥がし、「あなたが愛の動機と共に居る瞬間」に(あなたの注意を)持って行くのだから。
これは非常にシンプルなのです。そしてこれは恵み深く働くのです。

[One instant spent TOGETHER restores the universe to BOTH of you. ]
[(あなた達が)一緒に過ごした一瞬が、あなた達両者の為に宇宙を修復するのです。 ]

一生涯に亘る瞑想を行なうよりも、あなた達が聖なる瞬間の中で一緒に過ごすことの方が、宇宙の修復をより効果的に行なえるのです。

[You ARE prepared. Now you need but to remember you need do NOTHING.]
[あなた達はすでに準備出来ている(準備されている)のです。今あなたがするべきなのは「あなたは何もしてはいけない。YOU NEED DO NOTHING.」と思い出すことなのです。]

これはどういう意味なのでしょうか?
「父よ、私は全てを自分で決めて、私と兄弟姉妹が真実と決めたことだけを信じることにします。」とあなたが言って父から離縁した時、あなたは一番最初に「怖れと罪悪を処理し、それらを乗り越えよう」としたのです。
その時この目的であなた達に使えたものは何だったでしょうか?
それはあなた達の体だったのです。
だからあなた達は自分達の体を使って怖れと罪悪を乗り越えようとし、体を使って怖れと罪悪に対処し出したのです。

しかしあなたが二つのステップをして父か聖霊と繋がり「相手に対する真実を知りたい」と真摯に願った時、「あなたと父との離縁が承認され続けること」が解除されるのです。
二つのステップを行なうことによって、「相手(パートナー)と取引したり敵対したりすること」をあなたは止めることになり、それによって「あなたが自分のマインドや体を使って防御しようとすること」が止まるのです。
そして防御が行なわれていない時、あなたは定義を放棄しているのです。その時あなたは「あなたの体に対してあなたが与えている定義への確信」を放棄しており、あなたは無防備に成ろうとしているのです。
つまりその時あなたは相手/パートナーと丸腰で向き合うことが出来るのです。
その時あなたは「聖なる瞬間を実践する前まであなたがしていたこと/あなたを無知の状態に留めてしまうこと」を全くしないように成っているのです。

[Now you need but to remember you need do NOTHING. It would be far more profitable now merely to concentrate on this than to consider what you SHOULD do.]
[今あなたがするべきなのは「あなたは何もしてはいけない。YOU NEED DO NOTHING.」と思い出すことなのです。今ただこれだけに集中することの方が「自分は何をするべきか考慮する」よりも、とても有益なのです。]

[When peace comes at last to those who wrestle with temptation and fight against the giving in to sin; when the light comes at last into the mind given to contemplation, or when the goal is finally achieved by anyone, it ALWAYS comes with just one happy realization; "I need do nothing."]
[罪を犯してしまう誘惑に抵抗しようとしている者達にやっと平和が訪れる時、熟考(瞑想)しているマインドに光がやっと届いた時、あるいは誰かがやっとゴールに届いた時、それらは常に「私は何もしなくてよい。I NEED DO NOTHING.」という幸福な認識と共にやって来るのです。]

瞑想をしたことがある人なら誰でも知っているように、例え毎日2回僅か20分でも瞑想を続けたなら、あなたは「怖れが無く平和が存在している場所」に20分間移行することに成ります。
それはあなたの体にも影響を与え、血圧が下がったり、体のシステムのバランスが良くなったりします。 何故ならあなたの注意が平和に対して与えられたのだから。
何もせずに静けさの中に留まって「自分一人で考えるあなたの能力」を実践しないことが、真理の流入と同時に愛と平和(それらは切り離せないペアです)を引き出すのです。

[Here is the ultimate release which everyone will one day find in his own way, at his own time.]
[全ての人々がいつの日かその人自身のやり方でその人独自の時間を掛けて発見する最終的な解放がここにあるのです。]
しかし次を聞きなさい。

[We do not need this time.]
[しかしわたし達はこの独自の時間を必要とはしていません。]
これ(最終的解放)があなた自身の時間内で起こることを待つ必要はないのです。
あなたは時間に依存する必要はなく、時間を使う必要もないのです。
もし時間に依存し時間を使いたくば、洞窟に住み付いて10年20年40年と瞑想を続ければ良いでしょう。

しかし、
[We do not need this time.]
[しかしわたし達はこの独自の時間を必要とはしていません。]
それは何故でしょう?
それは「(聖なる瞬間をそれぞれ同時に実践することにより)聖なる関係の中で繋がれる相手」があなたには居るからです。

[Time has been saved for you because you are together.]
[時間はあなた達の為に短縮された(救われた)のです。 何故ならあなた達は一緒なのだから。]
あなたはこれを一人でしている訳ではありません。あなたは「シンプルで偉大なフォーカス(意識の焦点が神に当てられること)」が起こるようにこれをしているのです。

[This is the special means this course is using to save you time. You are not making use of the course if you insist on using means which have served others well, neglecting what was made for YOU.]
[これが、あなた達の時間を短縮する為にこのコースが使用している特別な方法なのです。他の人達が上手く使っている方法を自分も使いたいと固執し、「あなた」の為に作られているものを無視するなら、あなたはコースを活用していないのです。]

何があなたの為に作られているのでしょうか?
それはア・コース・イン・ミラクルズです。
そして聖霊のガイダンス(指示)もまた、あなたの為に作られているのです。
それは(既にあなたと共に居る)「あなたの正しいマインドでしかないもの」からのガイダンスです。 
あなたは(あなたの正気である)聖霊の存在を反映していないマインド行動を取っていますが、それでも聖霊は今もあなたと共に在り、聖霊はあなたの正しいマインドで在り続けているのです。

だから、
[Save time for me by only this ONE preparation, and practice doing nothing else. ]
[この一つの準備だけ(他の人々が上手く使っている方法を自分でも使おうとしないこと)をすることにより「私」(イエス/聖霊/あなたのガイド)の為に時間をセーブしてください。 そしてそれ以外は何もしないで下さい。]
この一つの準備をすることにより、私の為に、そしてあなた自身の為にも時間をセーブしてください。
このアイディアの出現がクリスマス(キリストの誕生)だったのです。 そしてイースタ(キリストの復活)がその完了(このアイディアが完全にデモンストレートされること)だったのです。

[“I need do nothing" is a statement of allegiance, a truly undivided loyalty. ]
[「"I need do nothing" 私は何もしなくて良い。わたしは何もするべきでない。」は忠誠の宣言なのです。 それは本当に統一された忠誠心なのです。]

これは何に対する忠誠心なのでしょうか?
「この人と聖なる関係を持とうとあなたが意図した人」とあなたが一緒に聖なる瞬間の中に入った時に、あなたが何よりもまず始めに父に「ここの真実は何ですか? 私は何を知る必要がありますか? 何をする必要がありますか?」と訊ねて、そうして得られた答えが「パートナーと共に神聖/癒やし/変容/アトーンメントを反映することを行なうこと」の基礎となれるよう{にする忠誠心なのです。}。

[Believe it for just one instant, and you will accomplish more than is given to a century of contemplation, or of struggle against temptation.]
[これをたった一瞬信じなさい。するとあなたは100年の瞑想に与えられるよりも、あるいは100年間誘惑と戦い続けるよりも多くを達成するのです。 ]
これがあなたに想像出来ますか?

[Believe it for just one instant, and you will accomplish more than is given to a century of contemplation, . .]
[これをたった一瞬信じなさい。するとあなたは100年の瞑想に与えられるよりも、あるいは100年間誘惑と戦い続けるよりも多くを達成するのです。]

他の人(パートナー)と共に聖なる関係の中に在ろうとすることは、このように時間を短縮し、あなた達のより急速な目覚めを促進するのです。
そして「(今の瞬間内へ完全に譲ることまで後一歩の所に来ている)あなたの兄弟姉妹」の一番最初のドミノが倒せるよう(兄弟姉妹の目覚めのきっかけが作れるよう)助けるのです。


[To DO anything involves the body. ]
[何かを「しよう/行なおう」とするには体を使います。]
適者生存/コントロール/操りを実践し、「良い/より良い/最上の評価スケール」上に自分の居場所を探そうとする為には{体を使う必要があります}。

[To DO anything involves the body. And if you recognize you NEED do nothing, you have withdrawn the body's value from your mind. ]
[何かを「しよう/行なおう」とするには体を使います。そしてもし「あなたは何もしなくて良い」と理解したなら、あなたは体の価値をあなたのマインドから遠ざけたのです。]
つまりあなたは『自分の体がどのようなものか決めるものとしてあなたが作った意味』を取り下げたのです。 世界の中であなたが振舞う上での基本信念に成っている意味を引き抜いたのです。

[Here is the quick and open door through which you slip past centuries of effort, and escape from time. ]
[ここに開かれたドアがあり、あなたはこのドアを抜けて何世紀もの努力を省略して時間から逃れることが出来るのです。]
時間こそが進化が起こっているよう見える唯一の「場所」なのです。
「適者生存(弱肉強食)を体現していること全て」が時間の中で正当化されているのです。

[This is the way in which sin loses all attraction RIGHT NOW. ]
[これこそ罪がその全魅力を「たった今」失う方法なのです。]
これ(罪の魅力が無くなること)は未来に起こることではなく、今の瞬間の中で起こることなのです。

[For here is time denied, and past and future gone. ]
[何故なら、ここで時間が否定されており、過去と未来が去って行ったのだから。]
これが真実です。
瞑想をして平和な状態に入ったことがある人ならご存知のように、時間は消え去ったのです。 過去と未来が去ったのです。 「怖れを発生させていたもの」がもう怖ろしくなくなったのです。
そしてもしあなたが平和なスペース(平和な空間)に留まったなら、それまで怖ろしかったことを顧みて、その怖ろしさを解決することが聞えてくるのです。 何故なら、あなたはあなたの平和の中に居て、何が調和をもたらすか見ることが出来、『「不明瞭であったあなたのマインド」が脅威として見ていたもの』を取り除くことが出来るのだから。
これはシンプルでかつ重要なことです。

[Who need do nothing has no need for time. To do nothing is to rest, and make a place within you where the activity of the body ceases to demand attention. Into this place the Holy Spirit comes, and there abides. He will remain when you forget, and the body's activities return to occupy your conscious mind.]
[何もしなくて良い者には時間は必要ではありません。何もしないことは休息することです。そしてあなたの中に「体の行動が注意を要求しなくなる場所」を作るのです。 この場所の中に{あなたの正気である}聖霊がやって来てそこに住まうのです。あなたがこれを忘れてしまって、体の行動があなたの意識的マインドの中に戻って来てそこを再度占領してしまっても、彼(聖霊)はそこに留まります。]

あなた自身を安全に保つ為に(状況内の適者/強者に成ろうとする為に)あなたが使用して来た「あなたの体に対する定義」があなたの意識内にまた戻って来てしまうことでしょう。

[Yet there will always be this place of rest to which you can return. ]
[それでも(体の行動があなたのマインドに戻ってきてしまっても)そこには常に(あなたが戻っていける)安息の場所が存在するのです。]

「そこ(平和なマインド)に戻ろうと意図すること」をあなたは覚えていなくてはいけないのです。
何故ならあなたは「自分が生き残って適者/強者に成れれば自分の尊厳が保たれる」と言い立てる誘惑的示唆(言い立て)に聞き入ってしまう癖を持っているから。

[Yet there will always be this place of rest to which you can return.]
[それでも(体の行動があなたのマインドに戻ってきてしまっても)そこには常に(あなたが戻っていける)安息の場所が存在するのです。]

もし静かなマインドの中に戻って行くことをあなたが憶えていられたなら、
[And you will be more aware of this quiet center of the storm than all its raging activity.]
[そしてあなたは、嵐の荒れ狂う行動ではなく、その中の静かな中心をより意識するように成るでしょう。]

つまりあなたが自分の注意を「生き残り」から「中心/グラウンディング/(常にあなたと共にある)あなたの存在の平和」にシフトしている時にも、嵐は続いているかもしれないのです。
しかし荒れ狂う行動があなたを捕らえてしまいあなたを憤慨させてしまうことはないので、あなたは自分がどうするべきか知ることが出来るのです。
荒れ狂っている行動に対してどうすれば適切に対応出来るか知り、(あなたに対して開示されている)乱れていない知性と共に平和に行動することが出来るのです。

自己防御をする為にあなたが自分を条件付けて来た(躾けて来た)類のことは何もしていない、この静かな中心の中では、
[This quiet center, in which you do nothing, will remain with you, giving you rest in the midst of every busy doing on which you are sent. ]
[(その中であなたが何もしていない)この静かな中心があなたと共に残ります。
そして(忙しい様々な行動の中に送り出されている)あなたに安息を与えます。]
理解出来ましたか?

[This quiet center, . . will remain with you, giving you rest in the midst of every busy doing on which you are sent.]
[...この静かな中心があなたと共に残ります。そして(忙しい様々な行動の中に送り出されている)あなたに安息を与えます。]
エ! チョッと待って。 
このセクションは「私は何もしなくて良い。“I need do nothing,”」と題されていたのではなかったでしょうか。 そして「自分の体は消えて無くなる筈だ」{とあなたは理解していたかも知れません}。

[This quiet center, . . will remain with you, giving you rest [peace] in the midst of every busy doing on which you are sent. ]
[(その中であなたが何もしていない)静かな中心があなたと共に残ります。そして(忙しい様々な行動の中に送り出されている)あなたに安息を与えます。]

つまりあなたは忙しい行動の中でも「父よ、ここの真実は何ですか? 私は何を知る必要があるのでしょう?」と訊ねているのです{訊ねるべきなのです}。
そしてこの無垢な注意/意識の中で父や聖霊があなたに真実を示すのです。

それは丁度ポールが今どのようにして唇を動かしたらよいか解っていると同じことなのです。 どのようにして手を動かしたらよいか彼に解っていることと同じなのです。
それは、何かしようとしてポールの注意がポールの体に与えられているからではなく、 (忙しく行動しているマインドの中に送り出されている)ポールが自分に安息を与えることが出来ているからです。

だから(二つのステップを行なった)あなたは、何をするべきか知らされるのです。
何をするべきかあなたに解るのです。


「私は何もする必要がない。“I need do nothing,”」と書かれているこのセクションは、何度も「聞き/学び/行なう」こと主張しているコースの中に書かれています。
でも「これでは言っていることが噛み合っていない、これでは一貫性がない)」{とあなたは言うかも知れませんが}そうではないのです。

二つのステップを行なうとは、静かに成って「ここの真実は何ですか?」と訊ねることです。 これが「聞くこと」です。
すると(インスピレーション/霊/啓示の)流入が起こります。 これが「学習」です。
そして真理が何か学ぶことにより、人は自分がどのように在るべきか知り、どのように行動するべきか知るのです。 これが「行なう」です。

しかしそれは「あなたを守り他者を操るために体が存在している」という考えに基づいた行動ではないのです。
だからあなたは訊ね聞き、そして忙しく行なうべきことを与えられたりもするのです。 忙しい行動にあなたが送り出されたりする場合もあるでしょう。

もう一度下記の文章を読みましょう。
[This quiet center, in which you do nothing, will remain with you, giving you rest in the midst of every busy doing on which you are sent. ]
[{例え何が起こっていたとしても}(その中であなたが何もしていない)静かな中心があなたと共に残ります。そして(忙しく行動しているマインドの中に送られ出している)あなたに安息{と平和}を与えます。]

そしてあなたの存在を示す為には何か(あなたの体と言っても間違ってはいないもの)が当然必要なのです。
あなたの存在を見せて体験可能にしている何かが必要なのです。行いが体験出来るように、存在(存在するということ)が体験出来るように{体と呼ぶことも可能な何かが必要なのです}。


[For from this center will you be directed how to use the body sinlessly.]
[何故なら、あなたはこの中心点からどのようにして体を罪無く使うべきか指示されるのだから。]
解りますか? この文章は「この中心から、あなたが体を持っていないことが発見されるのです。何故なら体は幻想なのだから。」とは言っていませんね。

[For from this center will you be directed how to use the body sinlessly.]
[何故なら、あなたはこの中心点からどのようにして体を罪無く使うべきか指示されるのだから。]
つまりこの中心から「弱肉強食の進化論システムの一部ではない体の使用方法」が指示されるのです。
弱肉強食(強いものが生き残ること)を信じそれに従って行動することは、体を無罪に使うことではありません。 それは体を無垢に使うことではありません。

[For] from this center will you be directed how to use the body sinlessly.]
[何故なら、あなたはこの中心点からどのようにして体を罪無く使うべきか指示されるのだから。]
だから「神聖を示す役割を持った神聖なるもの」として体を抱擁出来るように成ってください。

[It is this center, from which the body is absent, that will keep it so in your awareness of it. ]
[この中心点からは体が存在していません。 {この中心的から見た視線の中には罪悪が存在していません。}だからこの中心は、あなたがこの中心を意識している限り、その通りにし続けます(あなたの意識の中で体の存在を無にし続けるのです)。]

もう一度聞きなさい。

[It is this center, . . ]  [この中心の中では]
神の法が行き渡っており全てを統治している聖なる瞬間の平和の中では、

[It is this center, from which the body . . .] [この中心の中では体は...]
あなたが作り上げている体は不在なのです。

自己防御とコントロールの為に使われている体はこの中心では
[. . . is absent, that will keep it so . . .] [この中心の中では体は不在で、そして...体を不在にし続けるのです]
これが体を無罪な状態に保つのです。

[. . . in your awareness of it.] [この中心の中では体は不在で、そして{あなたがこの中心を意識している限り、それが}あなたの意識の中で体を不在にし続けるのです。]

[この中心点からは体が存在していません。だからこの中心は、あなたがこの中心を意識している限り、その通りにし続けます(あなたの意識の中で体の存在を無にし続けるのです)。]


無罪な体の行動が必要とされていることは誰にでも解る筈です。

「体に対する理解」が適者生存/弱肉強食の論理(支配の論理)から解放されるべき時なのです。
奴隷と主人というような考え方(支配のマインド/隷属のマインド)から、そしてそれに付随したあらゆることから、解放されるべき時なのです。
そして家族の関係/コミュニティーの関係/国家内の関係/国対国の関係が神聖(無垢無罪)によって動かされ変容されるようになるべき時なのです。
これが全ての人達の権利です。
これ(神聖/無罪)を使い体験し、これにより祝福し祝福されることが全ての人達の持って生まれた当然の権利なのです。

良いイースタ(復活祭)をお過ごし下さい。

2 Bible: Luke 22:42
3Workbook, lesson 199
Chapter 18 – Section: I NEED DO NOTHING
4 Sparkly Book – p.440 / JCIM – p.184 / CIMS – p.370
First Edition – p. 362 / Second Edition – p.388


滝本さんから今週寄付を頂きました。 どうもありがとうございます。


私個人に寄付をくださる場合:

クレジットカードご使用なら
Available Note http://availabenotes.blogspot.com/
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あるいは下記の住所まで小切手かトラベラーズチェックをお送りください。

Hiromi Okaue
2821 2nd Ave Suite 704
Seattle WA 98121 USA

(参照ページ)http://rajpur.blog13.fc2.com/blog-entry-220.html


この文章はサンローズが書き取ってくれた英文を元にしています。サンローズへギフトされる場合下記が彼女のアドレスです。
Francine Mienik (Sun~Rose)
13 Dunes Lane
Port Washington
New York 11050

この原文を提供しているNorthwest Foundation for A Course In Miracles へ募金される場合下記のWEBサイトを通して行なうか、あるいは下記の住所に郵送して下さい。
The Northwest Foundation for “A Course in Miracles”
PO Box 1490 / Kingston, WA 98346-1490 / USA
Phone: 360-638-0530 Fax: 360-881-0071
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E-Mail: paul@nwffacim.org

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

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