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ACIM2010-09-04

September 4th, 2010 ©NWFFACIM
2010年 9月 4日

原文テキスト
http://www.nwffacim.org/tgp/forums/thread-view.asp?tid=29903&mid=143741#M143741
オーディオ&ビデオ
http://www.nwffacim.org/tgp/forums/thread-view.asp?tid=29901&mid=143736#M143736
今回はACIMテキストは読みませんでした。


今晩は、ようこそ。

私達はかなりの期間「二つのステップ」に関して話してきました。
「二つのステップ」とは、自分で全てのことが判っていると仮定するのではなく、状況に対する適切な反応が自分には解っていると考えて自分の体験や最上の判断をもとに事を進めるのではなく、躊躇すること(踏み止まること)なのです。

第一ステップは、あなたが「ちゅうちょ」する(反応を止める)ことです。 つまり、あなたは思考を中断するのです。 あなたは自動的に沸き起こる反応を遮断するのです。
そして第二のステップで、あなたは「ここの真理なんですか?」と訊ねるのです。
あなたは「答えを知っているもの」に訊ねるのです。
「答えを知っているもの」とは「神」か「精霊」です。

つまり、あなたは自分の独立を捨てるのです。 自分の独立的行動を捨てるのです。
(それ自体で権威者として振舞う能力を持っている)自分/セルフを主張することを放棄するのです。

何故なら、問題というものはいつでも(その問題を引き起こしている、あるいは問題に巻き込まれている)彼等が彼等自身だけで考え、彼等自身だけを「聞いていた」結果として現れているのです。 あるいは、彼等は「自分達自身だけしか聞いていなかった」他の人達を「聞いて」しまっていたのです。

しかし、問題に対する根源的解決は、(いずれかの方法で)二つのステップを行う事から現れてくるのです。 あなたが自己主張(自己のあり方を自分だけで定義し続け、それを他者に対しても示して見せること)を放棄し、意志の自治的表現(意志を持っている権威者として振舞うこと)を放棄して、「父よ、私の思考や最上の判断にも係わらず、ここで起こっている真理は何ですか?」と聞き訊ねることなのです。

「神聖な見方からすると、何がここで本当に起こっているのですか? 『神』から見て、何が私の兄弟に対する真理なのですか?」
「私自身だけに聞き入った結果として、起こってしまったこの問題に対する答えは何ですか?」

誰かがこの地点まで来て真摯に聞いたなら、彼等自身の判断以外のものを真摯に受け入れたなら、「神」が「精霊」が話すのです。  そしてあなたは(彼等は)、それを聞くのです。
そして、その時あなたが受け取る答えは、あなたが今まで行なってきた自己顕示的行動(現実を自分で定義しようとする行動)からは、あなたの最上の判断をもとに今まで行なってきた行動からは、程遠いものです。
そして、その結果は常に変容をもたらすのです。 それがあなたを変えるのです。

それは何故でしょう?
その答えが今日私の言いたいことなのです。 それについてあなたの肝に銘じて欲しいのです。

「神」の答えが変容をもたらすのは、「神」は決して「これが自分だとあなたが考えている者」に対して話してはいないからです。
「神」は決して「あなたが、これが自分だと考えている者」には話しかけません。

「神」は何時でも、「これがあなただと『神』が知っている者」に対して話しかけているのです。
「神」にとっては、あなたは「神」を喜ばせている「神の最愛の子供」なのです。
「神」がこれを知っているのは、あなたが「神」の自己表現だからです。

あなたは「神」の子孫なのです。 あなたは「神」の全てを体現しているものです。 「神」の性質、「神」の性格、「神」の知性、「神」の一体性/統合性、矛盾しえない「神」の資質、それらをあなたは受け継いでいるのです。
「神」の矛盾しえない資質とは、揺ぎ無い一つのマインドを持つこと、つまりクリアであること、つまり矛盾や紛争を作り得ない、という事です。

これがあなたなのです。 このあなたに向かって「神」は話しているのです。

だからあなたに対する「神のヴィジョン」(それがあなたに関する真理です)が、あなたの存在そのものに対して伝えられるのです。 「あなたが自分だと考えている者」の体験の中で、これが(あなたに関する真理=「神のヴィジョン」が)伝えられるのです。

そして、これがあなたに浸透したなら、これがあなたに新しいエネルギーを、新しい性質を注入するのです。  これは、あなたにとって新しいもの、あなたが今まで考えてきた自分からは異なるものなのです。
だからあなたは、新生(若返り)を、癒やしを、変容を体験するのです。
あなたは「世界に対するあなたの関わり合い方を変化させる」視点を体験するのです。

これら全てが起こるのは、「神」は「これが自分だとあなたが考えている者」に対して話しかけてはおらず、「神が知っているあなた」に話しかけているからです。

であるならば、何故あなたは、(決して変容をもたらしていない)自分の最上の判断に依存し続けているのでしょうか?
何故あなたは、(あなたを変容させていない)自分の考えに固執し続けそれにエネルギーを与え続けているのでしょうか?
それらは今まで全く、あなたの世界やあなたの同胞に対する新しい視点をもたらしておらず、それらに対するあなたのふるまい(考え方/態度)も変化して来ませんでした。
(あなたが自分自身に対して体験している変容を)今度は彼等自身(あなたの同胞)に体験させる変容がまだ起こっていないのです。

ご存知の通り、宗教は沢山のルールをあなたに与えることでしょう。
しかし事実「真に意味の在るもの」は、「真の変容をもたらすもの」は、『(あなたの自己定義/「これが自分だとあなたが考えているもの」の一部を構成している)原則の実践を通してあなたが自分の体験をコントロールすること』を放棄した時に起こるのです。
なぜなら、それら全ては(記憶を元に自分の体験をコントロールすることは)記憶を繰り返している事でしかないのだから。
そして記憶(メモリー)は死んでいるのです。 記憶は「存在のスピリット(霊)」によって生かされてはいないのです。 ここで言う存在とは、「神の現れ」のことです。

それぞれの全ての人が、「これが自分だと考えている者」の記憶を忠実に実践/再現することに夢中になっているのです。 (「神/全体」から)独立した自己を主張することに夢中になっているのです。 しかし、そのような者(「神」から独立している自己)は実存していないのです。

このようこと(独立している自己を言い立てること)から必然的に出てきている問題に対する解決は、「これが自分だとあなたが考えている」プライベートで独立的な自己認証者(としてのあなた)を放棄して、「父よ、神よ、精霊よ、ここの真理は何ですか?」と言うことなのです。

「あなたはどのように私を見ていますか?  私が手を焼いている同胞を、神よ、あなたはどのように見ていますか?  神よ、あなたの中ではこの状況はどのように見えていますか?」
「自分の無知や誤解故に苦しまなくても良いように、神よ、私はあなたの視点が知りたいのです。 私は「神の視点」に対する意識的体験によって満たされたいのです。 私が変容を体験し、私の視点が変容し、「神が成っているリアリティ」と調和できるように。」 
「何故なら、『「これが自分だ私が考えている者」よりも偉大な何か』との合一(融合)を意識的に体験する事により、私は変化したいのだから。」

「私はスピリット(霊)-「神」の現れ-を体験したいのです。 あれこれの事に対する私の限定された/ペシミスティックな/みすぼらしい知覚(認識)を変容させて輝かせ、(避けようのない運命ではなく)永遠を引き出す体験をしたいのです。 私は新しくなりたいのです。」
「自分の最上の判断、最上の記憶、いつもどおりの理論を使っている限り、私は既に「記憶されているもの」(死、「神」によって生かされていないもの)の領域にいると私は理解し始めました。」
「そして私がそこに(記憶の領域に)居続けたなら、それらの事が私に刷り込まれてしまうでしょう。 私は輝きを無くし、みすぼらしくなり、最後には死んでしまうでしょう(そのような幻想体験をするでしょう)。  しかし、そのようなことは私の生得権(持って生まれた権利)ではないと、私は知っています。」

だから「二つのステップ」が重要なのです。  これは何度言っても言い足りません。
この「二つのステップ」が、罪/病/死の領域(体験)から抜け出る方法なのです。

何かの意味を自分は知っている(それが何なのか自分は知っている)と自動的に考えてしまうのではなく、あなたは黙って躊躇するべきなのです。
そして、その静寂の中で「父よ」つまり「神よ」と言いなさい。 それは「無限の視点を持っているもの」、「真の視点を持っているもの」です。

「父よ、精霊よ、ここの真理は何ですか?」
あなたの同胞がどのように嫌なヤツかというような真理ではなく、本当の真理です。
彼がどのように嫌なヤツだったかという真理(仔細)は、それは彼の「真理」ではありません。
彼が何故そのように嫌なヤツなのか明確に説明したり、その証拠を挙げることは、あなたの助けにはなりません。
そうではなく、あなたは彼の真理を知ろうとするべきなのです。

あなたは、「神」に話させる必要があります。 (これが自分だとあなたが考えている者ではなく)「神があなたとして知っている者」に対して神に話させる必要があります。
そしてあなたの同胞も同じことを必要としています。
何故なら、このヴィジョンが使用されれば、これがあなたと同胞を憂鬱/惨めさ/ペシミズム/避け様のない運命から引き上げるのだから。

このヴィジョンはインスピレーションをもたらすでしょう。
何故ならこれが、「神」が話しかけている「あなたのスピリット」を照らし出すから。
「神」がそれをそこに(スピリットをあなたの中に)置いたので、「神」はそれがそこに在ることを知っています。

あなたは、「自分は自分が考えている通りの者だ」と思っているので(そしてそれは、「神」が知っているあなたよりもとても貧しい者なので)、そこから(スピリットから)取り残されているように見えるのです。


さて、今夜はもう一つ言いたいことがあります。

往々にしてあなたは、「神」があなたに話しかけているのを聞くことが出来ないでいますが、それは、あなたが期待するような風には「神」が話していないからです。

「神」は、あなたが(自分はこうだとあなたが考えている様な)「不親切な者/理解の足りない者/気持ちの貧しい者/父なし子」であるかの様に、あなたに話しかけてはいないのです。
解りますか?

「神」は、あなたを『その瞬間「神」が成っている全てであるもの』として知っており、その様にあなたに話しかけているのです。
「神」は各瞬間に自分自身からあなたを創造し続け、あなたを生かし続けているのです。
だから「神」は常に、あなたが(自分のこととして)考えているよりも、より大きなより偉大な範囲で話しかけているのです。

しかし人によっては、「神」を聞くまいとして耳を塞いでしまっているのです。
何故なら、『「これが自分だとあなたが考えている者」に対して神が話しかけてくるのではないか』とあなたは心配しているから。 そして、それは愉快な体験にはならないだろうとあなたは考えているから。
 彼(「神」)は自分を非難するだろう、彼(「神」)は自分を裁くだろう、彼(「神」)は私の「よきもの」を取り上げてしまうだろう(何故なら私はそれに値しないから)。 (とあなたは考えているのです?)
(そう考えた場合、あなたはその考えを他者に投射し、他者が自分を非難するだろう、他者が自分を裁こうとするだろう、他者が自分の「よきもの」を妨害するだろう、と期待し、そのような体験を得るのです。 そして自分でも、他者を非難し、他者を裁き、他者の「よきもの」を取ろうとしている様な気持ちになるのです。)

だから私が今夜言っていることは重要なのです。

「神」は、『「自分はこの様な存在だ」とあなたが考えているあなた』には話しかけていません。

「神」は、「神が知っているあなた」に話しかけているのです。
そして「神」は、あなたがこの瞬間の、この瞬間の、この瞬間の「神」の直接表現だと知っているのです。

「見よ、私は全てを新しくする。」
“Behold I make all things new.”1
「見よ、私は全てを新しくする...見よ、私は全てを新しくする...見よ、私は全てを新しくする...見よ、私は全てを新しくする。」
『そして、私はあなたを「私であるもの」から作った、だから私はあなたが何から出来ているか知っている。 そして私は(あなたが自分を理解していると考えている以上に)あなたに関する真理を知っている。 
そして、私はあなたに、真のあなたを体験して欲しいと願っている。
私はあなたに、あなたが考えている自分以上のことを体験して欲しいと思っている。』

つまり「二つのステップ」を行なっている時、あなたは躊躇して、自分の記憶を元に世界の中で行動することを止めて、「父よ、ここの真理は何ですか?」と訊ねるのです。スピリットに満たされたやり方で振舞うことがあなたに出来るように。 
そうすれば、あなたは自分の役割を満たし、「自分の判断を使って引き出せること」を遥かに越えた体験を持つことが出来るのです。

自分の最上の判断/思考/体験に依存する必要がなくなる事が、あなたの本当に求めている事なのです。
あなたの判断は(それを判断と呼ぶならば)、(あなたの兄弟姉妹、あるいはあなた自身が居るその場所で「神」が成っている)「神の子」に対する生きた評価であるべきなのです。

これがあなたの求めていることです。
「あなたはこれを毎日、一日中求め続けることが出来る」と私はあなたに言っているのです。
そして、あなたは記憶の性癖に捕らわれる必要はないのです。
これは重要なことです。 これが真理です。

あなたは、現在自分に許している以上のものを得る権利があるのです。
そして「父」は、あなたが抱擁しよう(受け入れよう)としている以上のものをあなたに差し出して(拡張して)います。
これは(あなたが『「父の与えようとしているもの」よりも少ないもの』を期待するようになってしまったのは)、『「神」は「これが自分だとあなたが考えている者」には決して話しかけていないこと』をあなたが忘れてしまったからです。

(しかし)「神」は「神が知っているあなた」に話しかけているのです。 何故なら、この瞬間...この瞬間...この瞬間...この瞬間...「神」は常に新しく「あなた」に成り続けているのだから。
だから、「彼/神」は「あなたが誰か」知っており、「あなたが何か」知っているのです。 そして、あなたは表現された「彼/神」であり、それ以外の何者でもありません。

あなたは、「彼/神」の愛されている子供で、「彼/神」はそのことをとても喜んでいるのです。

そしてあなたはこの喜びの体験に値します(この喜びを体験するべきなのです)。
そして、あなたの同胞があなたと一緒に居る時、その同胞もこの喜びの体験に値するのです。
(「同胞に対して私が考えている真理は何ですか?」ではなく)「私の同胞に関する真理は何ですか?」と「父」に訊ねることにより、あなたはこの喜びを提供することが出来るのです。

これが今夜私の言いたいことの全てです。
これはシンプルなことですが、意味深いこと、変容をもたらすことで、これが宗教の本来の意味なのです。

I love you . . . and I love you . . . and I love you . .
そしてインターネットを通してわたし達と繋がっている全ての人を私は愛しています。
私が今夜言ったことと共に居てください。
あなたがこれを実践したなら、これが起こることをあなたが許したなら、ドミノ効果(連鎖反応)が起こり、他の人々もそれに続いて来ることでしょう。
これは重要で、変容をもたらすことなのです。
来週またお会いしましょう。 サンキュー。

1 黙示録 21:4-5 “Behold I make all things New" 「見よ、私は全てを新しくする」

「そして、もはや死は無くなり、悲しみも、嘆きも、もはや痛みも無くなりました。 何故なら、前のもの達は過ぎ去ったから。 そして玉座の上に座っている彼が『見よ、私は全てを新しくする』と言ったのです。」


“and there shall be no more death, neither sorrow, nor crying, neither shall there be any more pain: for the former things are passed away. And he that sat upon the throne said, Behold, I make all things new.”



「Northwest Foundation for A Course In Miracles」の行動は全て無料で提供されています。 これは無条件に差し伸べられた愛によって実施されています。 ギフトとはその様なものだから。 
貴方と同等の方が既にこのギフトを貴方に差し出したので、これらの資料が貴方に提示されています。 Raj の指示により、これらの資料が売買される事はありません。 この機関「Northwest Foundation for A Course In Miracles」へ募金される場合、下記のWEBサイトを通して行なうか、あるいは下記の住所に郵送して下さい。
(この日本語翻訳はNWFFACIMの運営には直接関与していない一個人が行ったものです。)

A Course in Miracles Study Group with Raj, September 4th 2010
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E-Mail: paul@nwffacim.org

テーマ : スピリチュアル
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Author:翻訳 岡上
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