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ボクの財布

さて、私は昨日ラジの「寄付お願いメール」を翻訳してから、「ハー疲れた、もうワシ寝るけん。 後は皆さんご自分で判断してください。 オレもどうするか、もう少し考えるわ。」と寝てしまいました。

朝起きて「ウーン。 体が重い、昨日カイロプラクターに行ったのに効果なかったのかしら?」。 でジャケットを着て外に出ようとすると「エー、財布が無い。」
あっちこっち探して、心当たりに電話して、でも在りません。
「仕方ない、今日の予定は全部キャンセルだ。 まずいことに車のタンクもカラッケツ。」

あと心当たりといえば、昨日の翻訳かぁー。
もしかして、これがメッセージなの? オレの財布を隠さないでよー。
(本当にどこで失くしたか全く解りません。 というか、失くしている筈が無いんだけどなぁー。)

昨日私が行なっていた翻訳(まだアップしてないラジのテキストね)を見てみましょうか?
-------------------------------------------------------------------------------
何故なら、「恐ろしいもの」は全く存在していなかったのだから。
同様に、あなたが怖れに取り付かれてしまったなら、「それは本当は全く怖ろしい事ではない、何故ならそれは神から来たものではなく、したがって、それは空想なのだから」とあなたは自分に思い出させる必要があるのです。
それを思い出したなら、その時点でまだ怖れに捕まっていたとしても、あなたはシンプルなことが出来るようになります。
それは、あなたの体の全細胞が「あなたはこれに対処しなければいけない。あなたはこれを無視する訳にはいかない。この問題は深刻すぎる。」と叫んでいても、静かに座ることです。

怖れの主張はウソなので、それに取り合うべきではありません。
あなたは座って、深くゆっくりと呼吸して、自分の注意を呼吸に与えるのです。 あるいは、ゆっくり息をしながら瞑想しなさい。

これを行なったなら、怖れとその金縛りは溶けて、あなたは平和を体験している自分を発見するでしょう。

これを初めて体験している時、あなたはとても混乱する事でしょう。
何故なら、とても怖ろしい事がまだ解決していないのに、このようにリアルな平和を体験することは理に適っているようには見えないから。

しかしここでの素晴らしい学びは、瞑想や呼吸へ注意を与える事により平和を選び、この平和の体験を自分に許可したなら、あなたは自分が「(クリアに見て問題にどのように対処するべきか解る)マインドの枠組み内」に居ると気付く事です。

何故なら、その時あなたは怖れから行動しているのではなく、あなた本来の知性の平和の中で真理が明確になっており、答えが明確になっているから。

この平和の中で、「神」が毎瞬あなたに成り続ける事によりあなたの中に置いている「力/愛/正気」が、「あなたは二度と圧倒的な怖れに屈服してしまう必要がない」と示すのです。

-------------------------------------相変わらず理屈っぽい。

つまり「まずい事が起こっていると思っても、慌てず座って瞑想してみろ、そうしたら解決方法が見つかる」ってことね? 
瞑想してみると、確かに落ち着きました。
それから「ここの真理は何ですか?」と聞いて得られた答えは『落ち着いて待っていろ』です。 もう一回聞いてみますか?
------------------------------------
Your money keeps disappearing because your attention is not where it needs to be.
Your attention needs to be at the place where it is sound and whole.
You want to be connected.

まず内側に聞け! 外側はそれを現している、外側はあなたが聞いたことを現している。
解った!安心しろ、怖れるな。
--------------------------------(何が解ったんだよ!!! オケラのくせに。)

瞑想も飽きてきたので「何かするべき事はないの?」と訊ねると、答えは「散歩にでも行ったら? カメラ持って?」。  ハイハイ散歩ね、行きましょう。
建物のドアを開けると、いきなりアフリカンな出で立ちの人が布の枕みたいなものを差し出して「十ドルだ、これを十ドルで買わんか?」。 
私は「ワシ財布が無いんですけど(オレも何か売って十ドル欲しいな!)」、と「オレの方が困ってること」を身振り手振りでデモンストレーション。
カラッケツの身にシアトルの風は冷たいぜ。 今日もダウンタウンは風が強くて空は暗くてやたらとカモメが多いな。
このままだったら明日どうしよう。 やっぱり、クレジットカードの会社に電話して、新しいのを送ってもらうか。 それから、あれもこれも...いや、もう少し平静に過ごしてから考えよう。

さて家に帰ってきました。 留守電は入っていない、メールもなし。
もう一回車の中を探して、部屋の中も探して、ヤッパリない。
机の前でもう一回瞑想してから。 何となくさっき見たクローゼットの前に行きました。
あれ、オレの財布が床に落ちてる。 何で? さっきここは見ていたのに.....

さて、どうしてでしょうか?
1.さっき(そして朝も)財布を見逃してた(実際に在ったのに気付かなかった)。 
  あるいは、さっきクローゼットから落ちた財布に気付かなかった
  (でもクローゼットは触ってない)。
2.奇跡が起こった。
3.頭がついにパーに成った。 
1.と3.は同じかも。 いや1.と2.が同じなのかな?

ここで「皆さん! ボクに奇跡が起きました。」と簡単に言えるようなら、こんなに苦労はして来なかったんだな、きっと。

以前も財布が見つからなかった事があって、その時もやはり瞑想したり神に祈ったり反省したり落ち着いてみたりしたのですが、最後まで財布は現れませんでした。 前回と今回の違いはどこから来たのか?

色々書いたけど、解釈としては全て間違っているのかも。
でも私は今日こんな体験をしました。
でとりあえず、ポールに少し寄付しました。 だって必要なお金が無いのは侘しいもの。

もう少し現実の定義に関して考えちゃってるのですが、それはまた今度。

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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No title

おもしろいです^o^
財布も神のイメージだから出たり入ったりするのでしょうか。

星さん

面白がってくれてありがとう。
私は面白くなかったでーす。

> 財布も神のイメージだから出たり入ったりするのでしょうか。

どうなんでしょう? 

〈外側はあなたが聞いたことを現している。〉と言うのは、質問に対する答えが、外側に現象として起こっている=現象として答えが与えられている。という意味でしょうか?

フリフリしっぽさん

そう考えても良いんじゃないですか?
その現象を答えとして受け入れることが出来ているなら。

でも真理として受け入れることが到底出来ない現象もありますよね?
例えば人種差別とか。
そういう事態が起こっていると感じたなら、それを何かに対する答えとして受け入れてしまうのではなく、
そこに現れている事の真理が解るまで聞き続ける、そして自分の尊厳に合わないことは受け入れないでノーと言う。

こんな感じなのでは?

解説、ありがとうございます。

No title

たびたびすみません(笑)
人種差別自体は起きていないというか存在しないのではないでしょうか?
いるのは人間に見える宇宙だけで。。
わたしの解釈が間違っているかもしれませんが^^;

星さん

確かにリアリティとしては起こっていないはずですね。
しかし人種差別を受けたと感じている人は居ますね?
例えば私の親戚は第二次世界大戦中に米国で強制収容所(正式な名前は違うものですか)に入っていました。 

それはリアリティではなかったのかも知れませんが、その様な現象(幻想)は起こっていたのでしょう。
(我々の現在の在り方が幻想であるように)そこで起こっていたことも幻想であったのかもしれませんが、
そこに居た人はリアルな神の子で、そのことで苦しんでいたはずです。
だからこそ赦しと救済が必要なのだと思います。

人種差別を受けた事があると考えている人に、
そのようなことは実際に起こらなかったのだと言葉で説明して見せても
癒やしも変容も起こらないみたいです(少なくとも私の体験からすると)。
そうではなく、人種差別が実存していると主張している人の前にあなたが居たなら
、反応を躊躇して「神よ、ここの真理は何ですか」と訊ね聞くべきなのです。

プロフィール

翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

hiro.okaue@gmail.com

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