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ACIM11-01-22

January 22th, 2011 ©NWFFACIM 2011年 1月 22日

原文テキスト
http://www.nwffacim.org/tgp/forums/thread-view.asp?tid=30683&mid=147426#M147426
オーディオ&ビデオ
http://www.nwffacim.org/tgp/forums/thread-view.asp?tid=30676&mid=147358#M147358


参照ページ
A Course In Miracles (reference pages)
Chapter 16 – Section – THE END OF ILLUSIONS (幻想の終わり)
1 Sparkly Book–p.396, / JCIM– p.166 / CIMS – p. 334,
First Edition – p. 323 / Second Edition – p. 347.


こんばんは、ようこそ。

幻想の終わり(The End of Illusions)。 おお、ハレルヤ!
現在わたし達は ”The Forgiveness of Illusions” (幻想を赦すこと/幻想の解除)という章の最後の部分を読んでいることを思い出してください。

だからこのセクションを読み進む前に、次のことをあなたに質問しましょう。
赦し(forgiveness)という言葉は何を意味しているのでしょうか?
幻想(illusions)という言葉は何を意味しているのでしょうか?
最近読んできた文章を踏まえてどのような答えが可能か、思い巡らしてください。

幻想とは、「これが真の知覚だ!」とあなたが誤認識している間違った知覚です。
これをもう少し詳しく説明しましょう。 
幻想とは、知識だと信じられている知覚なのです。

もう少し厳密に言いましょう。 
幻想とは、英知(Knowing/ 知っていること)だと信じられている知覚なのです。

英知(Knowing)とは、真理そのものを直接体験することです。
英知(Knowing)とは、真理を遠くから眺めることではなく、真理/真実を直接体験することなのです。
英知とは、あなたの中にある神のマインドをあなたが直接体験することなのです。 
「(一つ一つ全ての事に対して)神が知っていること」があなたの中にあり、それをあなたが直接体験するのです。

英知の視点からは(真理の直接体験と比べて)、知覚は誤認識なのです。
知覚とは真理に対する観察なのです。
知覚とは、あなたが結論付けている「真理に対する観察」なのです。
あなたは真理に対して思考し、真理に対して理由付けを行い、真理に対して定義を行い、その定義があなたの観察の正確な評価だと信じているのです。

もう一度言いましょう。 
幻想とは、英知(Knowing)/知識(Knowledge)だと信じられている知覚なのです。

さて、どのようにしてあなたは幻想を赦すのでしょうか?
赦しとは何なのでしょう?

赦し(Forgiveness)とは、あなたの知覚あるいは誤認識に対するあなたの信念(信頼)を引き抜く行為なのです。
赦しとは、全てに対してあなたが与えている意味から、全てに対するあなたの知覚から、全てに対するあなたの定義から、(あなたの注意/意識を)シフトする行為なのです。

これら(あなたの知覚/定義/意味)を放棄して、あなたは父の視点に戻っていくのです。
「父よ、ここの真理は何ですか? 精霊よ、ここの真実は何ですか? 私はいま何を知るべきですか?」 と訊ねるのです。

赦しとは、「赦されていない者」に対してあなたが与える何か素晴らしいギフトではないのです。
神とは似ても似つかない者達、本当に意地悪で害をなしている酷い人達にギフトとして赦しが与えられるわけではないのです。
あなたが彼等の酷さを見逃して、彼等に対するあなたの判断(裁き)を保留しようとすることが赦しなのではないのです。

そのようなことは赦しではありません。
そのようなことは(彼らに対する)あなたの酷い知覚(そして定義)に彼等を縛り付けることにしか過ぎません。

そうしておいて、「しかし、それでも私の心が豊かだから、私が精霊に満たされたから、私は自分の裁きを取り消そう。」とあなたは言っているのです。
(赦すというスピリチュアルな体験を自分はしているとあなたが思っていたとしても)もしあなたがその時まだ「赦されていない者/赦されざる者」をそこに見続けているなら、あなたはまだ何もしていないのです。

覚えておいて下さい。 幻想とは、英知(Knowing)だと考えられている知覚認識(真の体験だと信じられている誤解)なのです。

だから一体全体、誰があなたの赦しの行為に授かる栄誉を受けるというのでしょう?
あなたが「チョッと待って、私は二つのステップをしなければ。私はこの人に関する思考を放棄しよう。」と言うことと、一体誰が関係しているのでしょうか? 
{一体誰があなたに赦されているというのでしょうか?}

「私は自分の父と再度繋がり直して、この人に対するプライベートな体験は起こすまい。
この人に対するプライベートな知覚は起こすまい。
そして私は自分の父と繋がろう。  私の中に父が自身のマインドを据えており、父の全てが父によって私の中に表現されているのだから、そして私は父の息子/娘なのだから、私は私の父と繋がろう。 私は父の子孫で、私の兄弟もまたそうなのだから。
だから父よ、ここの真理は何ですか?」

こうしてあなたは、兄弟に対するあなたの定義を手放して、あなた自身の信念に対する信頼と関与を引き抜くのです。
そうして、兄弟の源であり条件である神(の視点)から、兄弟の真理の直接体験と繋がることが出来るようにするのです。

つまりこの章の中でわたし達が読んできたことは、全て聖なる瞬間に関連しているのです。
このようにして幻想の赦し(幻想の解除)がもたらされるのです。
そしてわたし達が話してきたことによって、あなたは以前よりクリアにこれを理解出来るようになっています。

(二つのステップ/聖なる瞬間を続けていけば)最終的には「幻想を赦す行為」があなたの意識的な永遠の在り方になるのだ、と理解され始めるでしょう。
現在あなたはこれをテクニック(方法)の一つだと考えています。
これは幻想から抜け出る方法としてあなたの前に差し出されました。
しかし事実これは(赦すことは)あなたのマインド(あなたの存在)の本来の行動をあなたが取り戻すことなのです。

そして事実あなたは幻想を赦し、幻想体験は終わりを向かえます。
しかし、そうなっても繋がる行為は止まらないのです。
(神/父/霊と)繋がる行為が必要でなくなってしまうわけではないのです。
自分の幻想を手放す課程で、あなたは自分のマインドを正しく使うようになり、あなたはそれを永遠に続けるようになるのです。

人は常に体験から学び続けるものです。
そして人が体験から学んだ時その学びが完了しているなら、基本的に彼/彼女は自分が今まで犯してきた過ちを続けなくなるのです。
学びが本当に完了したなら、その時あなたはもう二度と「もう一回やってみよう。 もう一回だけ何かに対する相互合意のもとに繋がり、わたし達の父が与えた定義以外の定義をそれに与えてみよう。 『わたし達の存在そのものが与えた定義』以外の定義を使ってみよう。」と言わなくなるのです。
「その他の意味を想像してみよう。 それに合意を与えて、わたし達はその相互合意の下で存在してみよう。 もしかしたら、他の人達もこの興味深い実験に参加してくれるかもしれない。 神の子でしかない存在からの逸脱という面白い実験に参加したい人この指止まれ!」
このような言葉が実際に話されたわけではないのですが、感じとしてはわかるでしょう?


さて本を読みましょう。 
新しいセクションのタイトルは

[THE END OF ILLUSIONS]1
[幻想の終わり]

[It is impossible to let the past go without relinquishing the special relationship.]
[特別な関係を放棄することなく、過去を手放すことは不可能です。]

これは二つのステップを逆説的に(順序を逆にして)説明していることと同じですね。
何故なら、二つのステップとは、あなた自身を現在にとてもハッキリと存在させて、あなたが全てを無垢な眼で体験出来るようにすることだからです。
そこに現れるスペース(空間)内で、あなたは自分が特別な体験を持っていないことを発見します。
あなたはそこで自分が「憎しみの関係」や「意地悪な関係」をもっていないこと発見します。
自分をより正しく(正当に/有効に)感じさせるために優位を使うような関係は体験していないことをあなたは発見します。

だから二つのステップを反対側から表現すれば次のようになります。

It is impossible to let the past go without relinquishing the special relationship.
[特別な関係を放棄することなく、過去を手放すことは不可能です。]

これについて考えてみなさい。 あるいは瞑想してみなさい。
あなたが特別な関係を持っている時、あなたは父との繋がりを持たずに何か(誰か)と関わっているのです。 その時あなたは、あなたという神聖なるものの意識体験を抜きにして、誰かや何かと関係を作っているのです。
もしあなたが誰か(何か)と関係を持っている時に「聖なる自分が何か」気付いていたなら、あなたは直ぐに彼の(あなたの目の前の人の、あなたの目の前の何かの)神聖にも気付くのです。
その場合「自分の兄弟が誰か」あなたにわからなくなることはなく、「あなたが誰か」わからなくなることもないのです。 したがって特別な関係が体験されることはないのです。

だから、日常の中であなたが自分の同胞と一緒にいる時、それが家族でも見知らぬ人でも同僚でも、あなたが自分の神聖に気付いていない状態で、自分と神の繋がりに気付いていない状態で彼らと関わっていたなら、その時あなたはどこに居るのでしょうか?
その時あなたは現在に居るのでしょうか。 あなたは今に居るのでしょうか? あなたは聖なる瞬間のある場所に居るのでしょうか?
いいえ。

であれば、あなたは自分の記憶を元に全ての人達と関わりあっているのです。
つまりその時あなたは過去を元に彼らと関わっていたのです。  彼らに対するあなたの知覚は、過去に彼らとあなたの間で起こったことを基準にして作られていたのです。
以前に起こったことに汚されていない彼らの無垢(無罪)をあなたが体験する唯一の方法は、あなたが父と一緒に彼等を体験することなのです。 
だからあなたがしなければならないのは、(あなたの)誤認識を赦し(あなたの)誤認識を放棄することだけなのです。

そしてあなたは二つのステップを行なうことによって、誤認識(間違った知覚)を赦すのです。
(反応/反発を)躊躇して、自分自身を静かにし、その静寂のなかで「父よ、(とそう言えば、あなたは自分が誰か思い出すのです。 自分が何かの息子/娘であることを思い出すのです。)私の兄弟姉妹に関する真理は何ですか? これに関する真理は何ですか?」と言うのです。
そうしてあなたは自分の孤独/自治を破るのです。
そうしてあなたは、兄弟に対する(そしてあなたに対する)父の視点/視界を直接体験するのです。

何故なら、あなたに関する父の視点が一旦見えたなら、あなたの兄弟に対する父の視点も見えるようになるから。 そしてその逆もまた真なり。
一旦兄弟に対する父の視点が見えたなら、あなたに対する父の視点も見えるようになります。
兄弟の真理が見えたなら、その途端、その真理はあなたに関する真理でもあるという事実がわかるのです。
これを覚えておいてください。

あなたが兄弟と(あるいはそれ以外の何かと)関わっている時、その瞬間に(父の視点を受け取る目的で)あなたが自分の父と繋がっていなかったなら、その場合あなたと兄弟の関わり(やり取り)の全ては記憶を元に作られているのです。  その場合あなた達の関わり合いは過去を基準に行なわれているのです。
これを書いて冷蔵庫などに張って置いてください。
これだけシンプルなのです。


そして、
[It is impossible to let the past go without relinquishing the special relationship.]
[特別な関係を放棄することなく、過去を手放すことは不可能です。]

それらは同時に起こっており、同じ行為なのです。 特別な関係を手放すことが過去を手放すことなのです。


[For the special relationship is an attempt to RE-ENACT the past and CHANGE it.]
[何故なら、特別な関係は過去に起こったことをもう一度やり直しそれを変えようとする試みだから。]

そう、あなたには不満/不平があるのです。とても正当だと感じられている不満があるのです。
その不満を他者に告げたなら、誰でもがあなたの見方に同意してくれることでしょう{少なくともあなたはそうであるべきだと思っています}。
それを正すことが自分の使命だとあなたは信じており、過去まで遡って、過去にあなたが不平/不正を感じていたこと(過去の不満/不正感)を兄弟の現在に対してぶつけ、あなたの義憤を満足させる体験を抽出しようとするのです。

これが人間的状況と呼ばれているものです。 あなたはこの状態からの目覚めを求めているのです。
もしあなたがこのような人間的状況からの目覚めを目指してコースを勉強して来たのではなかったのなら、今日からはこれを目指して勉強するようにしなさい。
「もしこれを(このような人間的状況からの目覚めを)主な目的としてコースを勉強して来たのではなかったのなら、この本は捨ててしまいなさい」と私が言うとあなたは思ったでしょうか?  いいえ。
もし今までこれがコースを学ぶあなたの主な目的ではなかったのなら、今日からこれをあなたの主な目的にしなさい。


[Imagined slights, remembered pain, past disappointments, perceived injustices and deprivations . . ]
[想像上の軽蔑、覚えている痛み、過去の落胆、認識された不正や貧困。]
ここでは、認識された(perceived/受け取られた)という言葉が重要です。


[. . . all enter into the special relationship, which becomes a way in which you seek to restore your wounded self-esteem.]
[それらは全て特別な関係の中に入って来て、あなたの傷つけられた自尊心の修復を求める方法になるのです。]

このことに関与している人達はとても満足してしまうのです。{自尊心が修復出来たなら、自分はとても満足するだろうと人々は信じてしまうのです。} これは孤児として得られる唯一リアルな満足なのです。 自分の父(あるいは母)を知らない人、自分の源を知らない人、従って兄弟姉妹や世界の源を知らない人にとって、これは唯一可能な満足をもたらす行為なのです。


[What basis would you have for choosing a special partner WITHOUT the past?]
[過去を抜きにしたなら特別な関係を選ぶ必要があなたにあるでしょうか?]

「でも私は過去を抜きにして兄弟姉妹とただ遊ぶことが出来ますよ。 映画に行ったり、ディズニーランドに言ったり、晩飯を食べに行ったり。 人生を一緒にエンジョイしたり。」とあなたは言うかもしれません。

しかし待ってください。
そのように言った時あなたは「わたし達は一緒に映画に行ったり、食事に行ったりして、それを全て父の目を通して体験しよう。 神がそれに(その全ての体験に)成っていることだけを体験しよう。」 と言って(意図して)いたでしょうか?
つまり、あなたの神聖とあなたの友達の神聖を体験する意図がそこに表明されていたでしょうか?
過去を抜きにしてお互いと付き合う意志表明があったでしょうか?
あなたはそうは言っていなかったのではないでしょうか?

もしあなたがそう意識的に意図していなかったのなら、あなたはリアリティを直接体験してはいなかったのです。
その時、そこで起こっていたことは(それがどれだけ良いことに見えていたとしても)記憶を元に起こっていた(行なわれていた)のです。
だからそれは過去を元に起こっており、あなたはその時リアリティに対する無知によって束縛され限定されていたのです。
そのような状態に留まることは、あなたの生得権(当然の権利)ではありません。
そしてそのような状態が例えどれだけ良かったとしても、どれだけ長く続いたとしても、遅かれ早かれそれは最終的に苦い経験へと変化してしまうのです。 何故なら、あなたの正気が、あなたの中の精霊が、あなたの注意を引き出し「オイ! あなたは幻想をわずらっているよ。」と言うのだから。
「あなたは自分の知覚が英知(knowing)だと信じてしまっている。あなたは全てに対する自分の知覚認識が知識/知性(父の視点/視界)だと勘違いしている。」とあなたの精霊があなたに知らせるのです。 


[What basis would you have for choosing a special partner WITHOUT the past?]
[過去を抜きにしたなら特別な関係を選ぶ必要があなたにあるでしょうか?]
勿論無いのです。


[Every such choice is made because of something "evil" in the past, to which you cling, and for which must someone else atone.]
[過去に起こった{と思われている}「何か邪悪なこと」故にそのような選択が全て行われているのです。 あなたはそれに(過去に邪悪なことが起こっていたという考えに)しがみ付き、誰かがそれをあがなわなければ(つぐなわなければ)いけないと考えているのです。]

正義(裁き)を通すことは、…とても貴重な意味深いこと、それは大いなる満足を約束しているように見えるものです。


[The special relationship TAKES VENGEANCE on the past.]
[特別な関係は過去に対して復讐しようとするのです。]

しかし、それは誰かが他の誰かに付け込んでいる(付け入っている)ように表れるのです。


[By seeking to remove suffering in the past, it OVERLOOKS the present . . .]
[過去の苦しみを取り除こうとして、それ(特別な関係)は現在を見過ごすのです(見誤るのです)。]

あなたの父と繋がることによってあなたが現在(この瞬間)に存在していなかったなら、その繋がりを通して父の視点/視界を体験していなかったなら、あなたは現在に存在してはいないのです。 その時あなたは過去にいるのです。

このような状態にいる場合、(あなたの心の中で)警告ランプが鳴らされるべきなのです。 あなたがリアリティから離れていることを警告ランプが知らせるべきなのです。
このような状態は不安なものであって当然なのです。
このような状態に直面した時、(リアリティ/現在/神に対して)無意識なままでいてより多くを達成し、その状態を自分の孤児的力で乗り越えようとしては駄目なのです。 そのような熱意や決意があなたをよりリアルにするだろうと考えてしまっては駄目なのです。
わかりますか? そのような考えは狂気なのです。

特別な関係が現在(今の瞬間)の中で体験されることはありません。
なぜ私はこれを繰り返し言っているのでしょうか?
特別な関係は現在の中では体験されない。 特別な関係が現在の中で体験されることはない。 現在の中で体験される特別な関係は存在していない。

「何で、そんな言葉を繰り返すんだい? そうすると何か良いことがあるんですか? それを私の顔に押し付けるのは止めてください。」
ごめんなさいね! でもこれをあなたの顔に押し付ける必要があるのです。
これはあなたに意地悪をしようというのではなく、あなたを侮辱したいのでもありません。
私はあなたが忘れてしまっていることを思い出させようとしているのです。
あなた達全員が忘れてしまっていることがあるのです。


[NO special relationship is experienced in the present. ]
[特別な関係が現在の中で体験されることはありません。]

これは、何かあなたの欠点を指摘している言葉ではありません。
この言葉は修正を可能にする光なのです。

「特別な関係が現在の中で体験されることはない」ということは、過去を手放す気持ちをもって現在の中にあなたの注意を持って来さえすればあなたは特別な関係から抜け出られることになります。
これをすること(現在に存在すること/特別な関係の正反対を行うこと)により特別な関係が解除されることを示す為に、上記のことを言う必要があったのです。 {今まで長々と特別な関係に対する説明を続ける必要があったのです。}
あなたはこれを知る必要があるのです。
これは答えであり、あなたに押し付けられた問題ではないのです。 
わかりますね?


[Shades of the past envelop it, and make it what it is. It HAS no meaning in the present, and if it means nothing NOW, it cannot have any real meaning at all.]
[過去の影がそれ(特別な関係)を覆っていて、それ(特別な関係)を成り立たせているのです。 それ(特別な関係)は現在の中では全く無意味です。 今の中ではそれ(特別な関係)には意味がないので、それには全くリアルな意味がないのです。]

しかしこの文章にはリアルな意味があるのです。

次のことをしてみなさい。
あなた自身を正直に現在に据えて誤魔化すことなく、真理を知りたいと訊ねなさい。 神の真実を知りたいと真摯に訊ねなさい。 リアルなものに対する意識的気付きで満たして欲しいと求めなさい。
すると今まであなたがリアルだと考えてきたもの全て(今まではあなたがその為に戦いを辞さなかったもの全て)があなたのマインドから実際に消えてしまうでしょう。

「今まであなたがリアルだと考えてきたもの」をどうにかしようとする事さえ無意味で、そのようなものはどこにも存在していないのです。
何故なら真理の流入とは リアリティ(英知/知識として神が成っているもの)を直接体験するあなたの能力(この度量をあなたはいつでも持っているのです)が流入して来ることだから。

そしてあなたは、「完全に愛らしいもの」に対して自分が愛を感じていることを発見します。
何故なら、あなたが自分の兄弟を見ているそこには、神に似ていないものは何も存在していないから。
そして、あなたがこれ(二つのステップ)を実践している時、あなたの中には神に似ていないものは何も無いのです。
だからこれを真摯に行なってみなさい。


[How can you change the past EXCEPT in fantasy?]
[空想の中以外で過去を変えることが可能でしょうか?]
{過去を変えることは空想の中だけで可能なのです。}

何故なら、あなたは常に現在の中に存在し続けているのだから。


[And who can give you what you think the past deprived you of? The past is nothing.]
[そして過去があなたから奪ったものをあなたに与えられる者が居るでしょうか? 過去は存在していないのです。]

それは現在が全てだからです。
現在は永遠にそして無限にお互いから分離し得ないのです。
{あなたの現在は、あなたという現在は、お互いから(あなたとあなたから)離れておらず、離れることは決して出来ないのです。 あなたのどの部分も、あなたの他の部分とは分離していないのです。 例えあなたが、あなたの一部を他者として認識していても。}

遍在がそれなのです。 遍在が現在であり、つまり今なのです。
だから聖なる瞬間は、知覚認識から知識(Knowledge)への入り口なのです。
だから聖なる瞬間は、知覚から英知(Knowing/知っていること)への分岐点なのです。


[The past is nothing. Do not seek to lay the blame for deprivation on it, for the past is gone. You cannot really NOT let go what has ALREADY gone. It must be, therefore, that you are maintaining the illusion that it has NOT gone because you think it serves some purpose that you want FULFILLED.]
[過去は存在していないのです。 貧困/喪失を過去のせいにしようとするのは止めなさい。 すでに過ぎ去っているものを、手放さないことは不可能です。 だから過去が過ぎ去っていないという幻想をあなたが保持しているのは、「あなたの求めている何らかの目的をそれで(過去が)満たすことが出来る」とあなたが考えているからです。]

その目的の中でもとりわけ大きなものは「正義/裁きを得ること」です。
その目的の中でもとりわけ大きなものは、孤児のあなたが孤児の兄弟姉妹を使って彼らにあなたの(孤児としてのあなたの)実在性(有効性)を確認させることです。
孤児の境遇の中で必然的に起こっている無価値性/無効性/無能性をあなたが凌駕出来るよう、あなたは自分の兄弟姉妹にあなたの有効性を確認させようとするのです。


[It must be, therefore, that you are maintaining the illusion that it has NOT gone because you think it serves some purpose that you want FULFILLED. And it must also be that this purpose could NOT be fulfilled in the present, but ONLY in the past.]
[だから過去が過ぎ去っていないという幻想をあなたが保持しているのは、「あなたの求めている何らかの目的をそれ(幻想)で満たすことが出来る」とあなたが考えているからです。 そしてこれは(あなたが幻想を保持しているのは)、この目的を現在の中で満たすことは不可能で、この目的を満たすことは過去の中でしか出来ないということを意味しています。]

エゴのマインドは、あなたの注意を(回答が得られる場所である)現在に向けようとはしません。

エゴはあなたの注意を、あなたの神聖があなたに届かない場所、つまり過去に引き止めておく必要があるのです。


[Do not underestimate the intensity of the ego’s drive for vengeance on the past. It is completely savage and completely insane.]
[過去に対して復讐しようというエゴの意欲を過小評価してはいけません。 それは全く野蛮で全く狂気に満ちています。]

嫉妬があなた達一人一人に何をして来たか理解しなさい。
それは頻繁には起こらなかったかもしれませんが、しかし嫉妬があなたを捕らえたとき、それが何をするか、それがあなたに何をしたか見てみなさい。


[It is completely savage and completely insane. For the ego remembers everything that you have done which offended it, and seeks retribution of YOU.]
[それは全く野蛮で全く狂気に満ちています。 何故なら、エゴはあなたがエゴを傷つけた全ての行為を覚えており、あなたに仕返しをしようとするのです。]

孤児的マインド(エゴのマインド)は決して「あなたが真理を学べる場所」へあなたの注意を向けさせようとしないという事実が、孤児的マインドは狂っており破壊的で最終的にはあなたを破壊しようとしていることを証明しています。

これは何を意味しているのでしょうか?
エゴのマインドは、あなた自身が神の子供であると思い出す可能性を潰そうとするのです。
何故なら(あなたは神の子であるという)「このシンプルな真理」があなたを幻想から開放してしまうから。 
だから、わたし達は幻想の赦しに関して学んでいます。 そして今「幻想の終わり」にわたし達の注意を与えようとしています。


[The fantasies it brings to the special relationships it chooses in which to act out its hate are fantasies of YOUR destruction.]
[それ(エゴ)が(その中で自分の憎しみを表現しようとして選んだ)特別な関係の中に持ってくる空想は、 あなたを破壊しようとする空想なのです。]

つまり、あなたが正義(裁き)を得ようとしている時、あなたが仕返しをしようとしている時、そこで起こっていることが自分に破壊的な影響を与えているとあなたには分らなくなっています。
しかし(他者を犠牲にして)あなたの価値を証明しようというこの狂気の試みを行ったあなたは、「あなたが誰か」思い出させ行くべき場所(あなたを夢/幻想から解放する聖なる瞬間)を提供することを阻止したただけでなく、あなたの人間的経験(あなたが生活と呼んでいるもの)をも破壊したのです。


[For the ego holds the past AGAINST you, and in your ESCAPE from the past, it sees itself deprived of the vengeance it believes that you so justly merit.]
[何故なら、エゴはあなたに過去の償いをさせようとし、あなたが過去から逃れたなら、あなたへの仕返し(エゴはあなたがそれに値すると考えています)のチャンスが失われてしまうと見ているから。]

そしてあなたが聖なる瞬間を実践したなら、あなたは過去から逃れるのです。

しかしエゴが仕組む過去の仕返しはあなたをとりこにしてしまおうとします。
「あなたは裁きに値する。 あなたは裁きを得るに値する。 それを求めなさい。 それをしなさい。 早く...早く...、よし、よし、行け行け、早く早く、よし、よし。」
それはあなたを駆り立てます。


[Yet without your alliance in your own destruction, the ego could not hold you to the past. In the special relationship, you are ALLOWING your destruction to be.]
[あなた自身の破壊の中であなたの協力が得られなければ、エゴがあなたを過去に縛ることは出来ません。 特別な関係の中で、あなたは「あなたに迫り来る破壊」を許可しているのです。]

(あなた達の中で)これを今現在している人達には、これがまだ見えていません。
もうこれをしてしまった人達は、私が言っているこの深い真実を知っています。
この深い真実を知っている人達は、「正義と報復を求めることによって知性/有効性/実在性が得られているとまだ考え続けている人達」に次のように言うのです。
「直ぐに立ち止まりなさい。 これを厳しい学びにする必要はありません。 絶体絶命の境地にまで自分を追い込む必要はないのです。
十万ドルあるいは五十万ドルの自分の家の中にいて、のた打ち回り、自分の執着(強迫観念)からの開放を祈る(状況へ自分を追い込むまで待つ)必要はないのです。
現在に対して十分な注意を払うことを阻止している、現在に対して知性的に対応することを阻止している、あなたの周りの全てを崩壊させている執着{それを今手放すことが可能なのです}。

地獄...天国...あなたがいずれの場所に居るにしろ、(反応/執着を)躊躇する時間を持ちなさい。
時間をとって、そこに留まって「父よ、ここの真理は何ですか?」と言いなさい。
「父よ、あなたが私の兄弟を体験しているように、私も彼(私の兄弟)を体験したいです。 何故なら私はこれ以上欺かれたくはないから。 これ以上間違わなくなることが私にとって重要なのです。
私は間違い欺かれながらも現状で満足していたくはありません。 私はそのような分裂した体験では、そのようなキチガイ染みた体験では、もはや満足出来ません。」

これは二つのステップの第一ステップではないですか?
そうなのです。

少し戻って読み続けましょう。

[In the special relationship, you are ALLOWING your destruction to be. That this is insane is obvious. But what is less obvious to you is that the PRESENT is useless to you while you pursue the ego’s goal as its ally.]
[特別な関係の中で、あなたは「あなたに迫り来る破壊」を許可しているのです。 これが狂気であることは明白です。 しかしあなたにとってそれ程明白でないのは、あなたがエゴのゴール(目的)を仲間として求めて追求している限り「現在」が役に立たない、という事です。]

そして「現在」があなたの役に立っていない状態では(その状態に留まっていては)、あなたは救済を得られず、あなたの目覚めは不可能なのです。


[The past is gone; seek not to preserve it in the special relationship which binds you to it, and would teach you that salvation is past, and that you must return TO the past to find salvation. ]
[過去は過ぎ去っています。 それを特別な関係の中に保存しようとするのは止めなさい。 特別な関係はあなたを過去に縛りつけ、「救済は過去である、救済を見つけるためには過去に戻らなければいけない」とあなたに教えようとします。]

「おお、正義よ! 正しい裁きはどこにあるのだぁー!!」


[There is no fantasy which does not contain the dream of retribution for the past.]
[過去に関する報復の夢を含んでいない空想(ファンタジー)はありません。]

わかりますか?  「どれだけ(自分達の、あるいは人の)状況が酷いか話し続けること」もこれにあたります。


[The past is gone; seek not to preserve it in the special relationship which binds you to it, and would teach you that salvation is past, and that you must return TO the past to find salvation.]
[過去は過ぎ去っています。 それを特別な関係の中に保存しようとするのは止めなさい。 特別な関係は、あなたを過去に縛りつけ、「救済は過去である、救済を見つけるためには過去に戻らなければいけない」とあなたに教えようとします。]

もし過去に救済がないのならば、それはどこにあるのでしょうか?
ラッキーなことには、救済がどこにあるかここに(ACIMに)書いてあります。
あなたは状況が間違っていることをただ知らされているだけではなく、解決方法(答え)もあなたに知らされているのです。

答えは「現在/今」です。
それはいつでもあなたに与えられています。 あなたがそれに不足することは在り得ません。
それは誰にでも得られるもので、あなたがそれから疎外されることはありません。 {原文には混乱が現れておりそのままでは意味をなしません。上記の文章がRajの言おうとしたことだと訳者は推察しました。}
それ(現在)は豊富にあるのです。 それは豊かで豊潤なのです。
それはいつでもあるのです。 それは遍在(Omnipresent)しているのです。

だからあなたは答えを持っています。 
あなたの不平/不満を手放せば良いのです。

どのようにしてあなたは自分の不平/不満/義憤を放棄すれば良いのでしょうか?
それはあなたが何か素晴らしくスピリチュアルな恩寵を与えて、悪い人を赦すこと(それでもその人は依然として悪い人なのだけど)により達成されるのではありません。
そのような行為の中には赦しはありません。 しかし殆どの人が、そのようなことが赦しなのだと考えています。


[There is no fantasy which does not contain the dream of retribution for the past.]
[過去に関する報復の夢を含んでいない空想(ファンタジー)はありません。]


ここに重要な質問がされています。
[Would you act out the dream, or let it go?]
[あなたは夢を行動に移そうとするでしょうか? それとも夢を手放そうとするでしょうか?]

この質問が目覚めの入り口を示しているのです。
(これが本当に理解出来たなら)あなたはこれ以外のものをこの本の中から読む必要さへ無いのです。 この質問に対する答えをあなたの行動で示しなさい。


[Would you act out the dream, or let it go?]
[あなたは夢を行動に移そうとするでしょうか? それとも夢を手放そうとするでしょうか?]

わたし達が読んでいる心理学的で込み入った言葉にも係わらず、これはいたってシンプルなことなのです。
これは下記の文章に表されている通り、いたってシンプルなのです。


[Would you act out the dream, or let it go? In the special relationship, it does not SEEM to be an acting out of vengeance which you seek. And even when the hatred and the savagery break briefly through into awareness, the illusion of love is not profoundly shaken.]
[あなたは夢を行動に移そうとするでしょうか? それとも夢を手放そうとするでしょうか? 特別な関係の中では、それは(夢の行動は)あなたが復讐を求めて行動しているようには見えません。 憎しみや野蛮性が(あなたの)意識の上に現れている時でさへ、愛の幻想はあまり揺るがされていないのです。]

この「意識の上」とは、「あなたの意識の上」です。
「愛の幻想」とは、特別な関係をそのままに保ってしまう愛の幻想です。


[. . . even when the hatred and the savagery break briefly through into awareness, . .]
[憎しみや野蛮性が意識の上に現れている時でさへ、]

その時でさへ、これに対する他の見方があるに違いない、これ以外の在り方があるに違いない、という気付きをあなたに与えるには不十分なのです。


[Yet the one thing which the ego never allows to reach awareness is that the special relationship is the acting out of vengeance on YOURSELF.]
[しかしエゴがあなたに決して意識させようとしない唯一のことは、「特別な関係があなた自身に対する復讐の行為である」ということです。]

何に対する復讐なのでしょう? それはあなた自身に対する復讐なのです。
(偉大な独善性故に)あなたが兄弟姉妹に与えようとする復讐の攻撃を常に受けているのはあなたなのです。


もう一度聞きなさい。
[Yet the one thing which the ego never allows to reach awareness is that the special relationship is the acting out of vengeance on YOURSELF.]
[しかしエゴがあなたに決して意識させようとしない唯一のことは、「特別な関係があなた自身に対する復讐の行為である」ということです。]
もしかしたらあなたには、復讐に燃えて自分の人生を無茶苦茶にしてしまった経験はないかもしれません。 しかしそういう体験をした人のことは知っているでしょう。
あなたの観察したことから学びなさい。

あなたの復讐的振舞いがあなた自身を破壊していると本当に気付いた途端、あなたはそれを止めるのだから。
何故なら、あなたは意識的にハッキリ理解した上で自己破壊的行為をすることは決してないのだから。 
勿論あなたは神の子供であって、あなたが実際に死ぬことはないのですが。
しかし、あなたは自分を死ぬような気持ちにさせることは止めるのです。 (神の子の当然の権利/体験とは違う)非常な痛みと悲しみと罪悪の体験を通ることをあなたはしようとはしないのだから。



[Yet the one thing which the ego never allows to reach awareness is that the special relationship is the acting out of vengeance on YOURSELF. But what else COULD it be? In seeking the special relationship, you look not for glory in YOURSELF. You have denied that it is THERE, . .]
[しかしエゴがあなたに決して意識させようとしない唯一のことは、「特別な関係があなた自身に対する復讐の行為である」ということです。 しかしこれはそれ以外のどんな行為で在り得るのでしょうか?  特別な関係を求めている時、あなたは自身の中に栄光を見つけようとはしません。 それがそこに(栄光があなたの中に)在ることをあなたは否定しました。 ]

卑小な可哀想な孤児のあなたは、あなたの中の栄光を否定しました。


[You have denied that it is THERE, and the relationship becomes your SUBSTITUTE for it.]
[そして(特別な)関係がその(あなたの中の栄光の)代わりになったのです。] 

特別な関係が、あなたの代わり(代用品)に成ったのです。


[In seeking the special relationship, you look not for glory in YOURSELF. You have denied that it is THERE, and the relationship becomes your SUBSTITUTE for it. And vengeance becomes your substitute for Atonement, and the ESCAPE from vengeance becomes your LOSS.]
[特別な関係を求めている時、あなたは自身の中に栄光を見つけようとはしません。 それがそこに(栄光があなたの中に)在ることをあなたは否定しました。 そして(特別な)関係がその(あなたの中の栄光の)代わり(代用品)になったのです。  そして復讐があなたのアトーンメント(贖罪/和解)の代わりに成ったのです。 そして復讐からの逃走があなたの損失に成ったのです。 (そしてあなたは復讐から逃れられなく成ったのです。)]

何故でしょう?
何故なら、仕返し(復讐)の興奮の中では、「二つのステップ」(聖なる瞬間、あなたの持って生まれた権利)というようなものが在ることをあなたは思い出せないからです。
あなたが報復に忙しい時、あなたのしている全てのことは「二つのステップ/聖なる瞬間/あなたの生得権」を否定しているのです。


[. . . vengeance becomes your substitute for Atonement, and the ESCAPE from vengeance becomes your LOSS.]
[そして復讐があなたのアトーンメント(贖罪/和解)の代わりに成ったのです。 そして復讐からの逃走があなたの損失に成ったのです。 (そしてあなたは復讐から逃れられなく成ったのです。)]

こうして、あなたは聖なる瞬間を通して目覚めることが出来なくなったのです。
これら全てのことは天の大国(天国)の中で行なわれているのです。 ここでは、神が存在する全てに成っていることが全てなのです。 ここに存在する全てには、神の資質/性質と神の在り方が分け与えられているのです。
しかしあなたが孤児的マインドに囚われている時、あなたが復讐に捕われている時、あなたが正義/ 裁きに固執している時、あなたは天国を忘れてしまっているのです。 その時あなたは、天国に対する意識的気付きを失っているのです。

しかし、コースのこの文章にも書いてある通り、天国はいつでも存在し続けている真理なのです。

[Against the ego’s insane notion of salvation the Holy Spirit gently lays the holy instant. ]
[エゴの狂気に満ちた救済の考えに対して、精霊は優しく聖なる瞬間をかぶせます。]

(正義を引き出したり他者にあなたの価値を認めさせて)自分の実存性/有効性を確立しようと一生懸命強迫観念的に行動し続けることに対して、精霊は優しく聖なる瞬間をかぶせます。

精霊は、あなた達一人一人のために、あなた達一人一人のそばに優しく立っているのです。
あなたが自身を精霊の中に入れられるように。 その中にあなたがリラックスして入って行けるように。  


I love you all.

あなたは真理によって祝福されています。
あなたが私の言葉を一言でも聞く前から、あなたは「あなたであるもの」により祝福されてきました。
これらのことを私から聞く必要が無くなった後であなたを祝福するものにより、あなたは現在すでに祝福されています。
あなたは、あなたがその一員である、兄弟姉妹達により祝福されています。

まだあなたはそれを意識出来ていないかもしれませんが、あなたが目覚めた時それが意識出来るようになります。
あなたが拘束され続ける必要はないのです。



原文を提供している「Northwest Foundation for A Course In Miracles」の行動は全て無料で提供されています。 これは無条件に差し伸べられた愛によって実施されています。 ギフトとはそのようなものだから。 
あなたと同等の方が既にこのギフトをあなたに差し出したので、これらの資料があなたに提示されています。 Rajの指示により、これらの資料が売買されることはありません。 この機関「Northwest Foundation for A Course In Miracles」へ募金される場合、下記のWEBサイトを通して行なうか、あるいは下記の住所に郵送して下さい。


A Course in Miracles Study Group with Raj, January 22nd, 2011
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