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ACIM11-02-05

Febrary 5th, 2011 ©NWFFACIM 2011年 2月 5日

原文テキスト
http://www.nwffacim.org/tgp/forums/thread-view.asp?tid=30807&mid=148018#M148018
オーディオ&ビデオ


参照ページ
A Course In Miracles (reference pages)
Chapter 16 – Section – THE END OF ILLUSION
1 Sparkly Book – p.398, 1st Full Par., 2nd Sen. / JCIM – p.167, 4th Full Par. / CIMS – p. 335, Par. 75
First Edition – p. 324, Last Par. / Second Edition – p. 349, Par. 6
2 Sheakspeare



こんばんは、ようこそ。


わたし達は聖なる瞬間を強調し続けています。 そして聖なる瞬間がより上手く働くべきだ多くの人達が感じています。 何故なら、あなたは出来るだけ忠実にそれを実践しており、それなのに多くの問題が解決しておらず、進歩がないように見えているから。

これには理由があります。 今晩はこれに関して話しましょう。



少し戻って読み直しましょう。


[Against the ego’s insane notion of salvation the Holy Spirit gently lays the holy instant. We said before that the Holy Spirit must teach through comparisons, and uses opposites to point to truth.]
[エゴの狂気に満ちた救済の考えに対して、精霊は優しく聖なる瞬間をかぶせます。 わたし達がすでに読んだように、精霊は比較を通して教える必要があり、真理を示すために正対を使う必要があるのです。]


簡単に言えば、エゴの救済プランとは「考えて問題を解決すること」なのです。
エゴは、理由付け(推論)を使って失敗から成功へ導き、あなたの独立した有能性(能力)を使って問題から脱出し成功へ到達しようとするのです。
これがエゴの救済プランです。 そして(現在の)あなたには、まさに物事がそのように働いているように感じられています。
このことにはあなたが考えている以上に深い意味があるのです。

あなた達は、成功するには自分の思考プロセス(あなたの独立したマインド)を使用することが重要だと考えています。 そのように物事が成り立ち、そのように物事が働いていると考えています。
しかし精霊は比較と対比(反対物を示すこと)を通して教えるのです。
その結果「聖なる瞬間/二つのステップ」の実践に関して私が話している時、あなたは自分が「何か上手く働かないことをするように指示されている」ように感じてしまうのです。
何故ならそれ(聖なる瞬間/二つのステップ)は、『このようなことが絶対に働いている。このようなことだけが働いている。と、あなたが考えていること』を放棄することだからです。

こうしてあなたはハンディキャップを負って聖なる瞬間を実践しようとしてしまうのです。
何故なら、あなたは「こうすれば上手く働くとあなたが考えていること」を手放して、「絶対上手くいく筈がないとあなたが考えていること」をするように求められているからです。
そこ(聖なる瞬間)にはあなたの推論と思考とマインドを使ってクリエーティブに筋道を見つけ成功するための解決方法を探すことは含まれていないのだから。

それだけではなく、この方法(二つのステップ/聖なる瞬間)ではあなたのエゴを満足させることは出来ないのです。  もし本当に聖なる瞬間が働いた時には自己達成の満足は全く得られないのです。
だからあなたがこれ(これが人間的状況から抜け出る唯一方法です)を実践しようとしている時、あなたのマインド(の性癖)がハンディキャップ(抵抗)に成っているのです。
しかし、これ(二つのステップ/聖なる瞬間)だけが孤児院からの出口なのです。
これだけがあなたの正気への戻り道なのです。
これが唯一の解決法なのです。


[The holy instant is the OPPOSITE of the ego’s fixed belief in salvation through vengeance for the past.]
[聖なる瞬間は、「過去に対する復讐を通して救済が得られる」というエゴの固定観念の反対なのです。]

「過去に対する報復/復讐」がエゴの目的であり、それがエゴがあなたに与えようとする成功なのです。



しかし精霊の視点からは。
[In the holy instant, it is accepted that the past is gone, and with its passing the drive for vengeance has been uprooted, and has disappeared.]
[聖なる瞬間の中では、過去は過ぎ去っていることが受け入れられ、復讐への意欲が抜き取られ、それが消え去るのです。]

精霊はエゴとは違う出発点からスタートしているのです。
精霊の出発点は、神の目的と神の意志に対する親密な分離不可能な意識的気付き(認識)なのです。 神の意志にあなたの注意を与え続けることだけが聖なる正気を永遠に体験し続ける唯一の方法なのです。
問題は、これらのことが「あなたに植え付けられている、何かを達成して(神から分離した)自分がリアルで有能で尊敬に値すると証明する欲求」を全く満たさないということなのです。
「そこに問題(困難)がある」2のです。


だから、
[In the holy instant, it is accepted that the past is gone, and with its passing the drive for vengeance has been uprooted, and has disappeared.]
[聖なる瞬間の中では、過去がすでに去っていることが受け入れられており、それが去っているので復讐への熱意も引き抜かれ消滅しています。]

しかしあなたは「どうしたら私は過去が過ぎ去っていると受け入れられるだろう?」と言うのです。
過去に対して時間が過ぎていることは受け入れているけれども、それが(過去に対する感情/概念)が過ぎ去っていないのに、どうしてそのような体験(復讐への熱意が引き抜かれ消滅している体験)がもてるだろう?
私は聖なる瞬間と向き合っている。 私はこれ(復讐への情熱)を取り去るために聖なる瞬間を実践している。
しかし私がこれを求めているという事実が、問題がここに在ることを証明している。
過去が過ぎ去っていないことを証明している。 復讐が引き抜かれておらず、消滅していないことをこれが証明している。(とこうあなたは考え感じています。)

このように考えてしまうと聖なる瞬間の平和が乱され、「過去の不在の体験と復讐がすでに引き抜かれている」という事実からあなたの注意を引き離してしまうのです。
だからあなたが聖なる瞬間を実践する時には、聖なる瞬間の全ての意味へあなたが自分の重心を預けるための前提が必要になるのです。

下記がその前提です。
世界/宇宙に対する(現在の)あなたの知覚は、父との意識的コミュニオン(交歓)から来ているものではなく、父が自身の視点をあなたに与えてあなたがそれを自分の視点として認識している状態ではないのです。 だから世界/宇宙に対するあなたの解釈は間違っているのです。
あなたの知覚と解釈はまがいものなのです。 それらは幻覚であり幻想なのです。
これらの幻覚を保持することにしがみ続けることは、あなたの救済には成り得ません。
だからあなたは自分の持っている習慣を手放す必要があります。 全てに対するあなたの定義への信念を捨てる必要があります。 全てに対してあなたが現在与えている意味を放棄する必要があるのです。

さて、コースを勉強したりその他のスピリチュアルな伝統を持っていて「世界と宇宙は幻想である」と言っている人達がいます。
しかし私は何度も言って来ました。 世界と宇宙こそが(曇りガラスを通して見られている、誤認識を通して見られている)創造そのものなのです。
消え去るのは誤認識(誤った知覚)だけなのです。 あなた達が誤認識しているものそのものは、永遠に変わることなくそこに在り続けるのです。
あなたが聖なる瞬間を実践することにより、創造がその本来の永遠のパーフェクトな状態で示されるのです。
あなたが聖なる瞬間に決意/献身を与えたなら、知覚のシフト(知覚の変動)が起こり、変容がもたらされるのです。
罪/病/死が消滅するのです。 ダメージが消えるのです。 不完全性が消えるのです。
そして、不完全なこと(パーフェクトでないこと)が起こる傾向が消えるのです。 病気が起こる傾向が消えるのです。



[In the holy instant,it is accepted that the past is gone, . .]
[聖なる瞬間の中では、過去がすでに去っていることが受け入れられており、]

精霊の視点からは過去がすでに去っていることが受け入れられています。
なぜ過去が過ぎ去っていることが受け入れられているのでしょうか?
それは過去が一度も実在していなかったからです。
過去は現存していないから、過去は過ぎ去っているのです。 過去は存在していません。
存在する(exist)とは現在形の動詞です。 過去は存在していません。


[ In the holy instant, it is accepted that the past is gone, . .]
[聖なる瞬間の中では、過去がすでに去っていることが受け入れられており、]

あなたが聖なる瞬間の中に入って行った時、あなたはあなたの平和の中にいます。
その時あなたのマインドは過去に占領されてはおらず、それは平和で占められているのです。

そして平和はいつでも今なのです。 平和はいつでも今に在るのです。 それはいつでも現在の現れの体験なのです。


そしてあなたの意志が過去で塞がっていない時、過去が過ぎ去っている時、
[. . . the drive for vengeance has been uprooted, and has disappeared.]
[復讐への熱意も引き抜かれ消滅しています。]

あなた達の多くは聖なる瞬間を実行し、それをかなり良く行なっているのですが、すぐに辺りを見回して「それなのにダレソレはまだ嫌なヤツのままだ。 誰々君はまだ嘘つきだ。誰々ちゃんはいまだに私をだしに使おうとしている。」と言って(考えて)いるのです。

「(二つのステップによって)なにか高揚感を感じることは出来たけれど、状態は依然として悪くなるばかりです。」
「自分の経済的状況に関して浮き上がるような感じが得られました。 でも私の就職状況は全く変わっていません。 上昇は私の元にやって来ていません。 そして、私だけではなく、殆どの人達もそれを得ていないようです。」 (とこう考えるわけです。)
こう考え続け、自分の考えに価値があり正しく、自分の思考を尊び、自分の思考を元に反応や感情を起こすことが正しい、自分の思考に基づいて、前進しようと考えたり、手放すことを躊躇することが正当なのだ、と考え始めてしまうのです。
(ここでの問題が)解りますか? 
何が問題なのでしょうか?


[The stillness and the peace of NOW enfolds you in perfect gentleness. Everything is gone except the truth.]
[今の静寂と平和が完璧な優しさの中にあなたを包みます。 (すると)真理以外の全てのものが去っているのです。]

この時点であなた達の多くは、聖なる瞬間/二つのステップが嘘っぱちだと感じ始めてしまっているのです(聖なる瞬間を疑い始めているのです)。
なぜなら、この時点(今の静寂と平和が、完璧な優しさの中にあなたを包み、真理以外の全てのものが去っている時点)で自分がまだ以前と同じ状況にいるので、あなたは疑ってしまうのです。


聖なる瞬間をあなたが実践している時
[For a time, you may attempt to bring illusions into the holy instant to hinder your full awareness of the COMPLETE difference,
in all respects, between your experience of truth and illusion.]
[もうしばらくの間あなたは、完璧な違いに対する自分の全意識を妨げるために、聖なる瞬間内に幻想を持ち込もうとするかもしれません。 全ての状況で「あなたの真理と幻想の体験の間にある完全な違い」を認識することを妨げてしまうでしょう。]

これはあなたが持ち込んでいる、不信心(疑い)なのです。
あなたは信心を持っており、あなたは希望を持っており、あなたは聖なる瞬間を実行しています。 あなたはそこに譲る意志を持って来ていますが、まだそこには疑いがあるのです。

あなたが見ている振舞いや状況が(それらの現れている様子が)本当にリアルであるという感覚がまだ残っているのです。
それらが幻想ではなく、それらがあなたを実際に衰弱させ傷つけ、あなたを損なっている、とあなたは信じ続けてしまっているのです。
これに気付いていなさい。


[For a time, you may attempt to bring illusions into the holy instant to hinder your full awareness of the COMPLETE difference, in all respects, between your experience of truth and illusion.]
[もうしばらくの間あなたは、完璧な違いに対する自分の全意識を妨げるために、聖なる瞬間内に幻想を持ち込もうとするかもしれません。 そして全ての状況で「あなたの真理と幻想の体験の間にある完全な違い」を認識することを妨げてしまうでしょう。]

怪我、不完全性、体の不具合、あなたの中に在るように見えている病、これらのものがあなたにはリアルに見えています。
これらのものがリアルに見えていて、聖なる瞬間がこれらを無効化しなければならない、そしてこれらの問題はとてもリアルに現実的に見えるので、これらを無効化するのは難題だ、それには努力が戦いが必要だ。 (とあなたは考えてしまっています。)

しかし、これらのフィーリングや信念は、あなたの視点から沸き起こっているのです。
そして(父から離れている時)あなたの視点は、(マインドの)源とは繋がっていないマインドの枠組み(限定されたマインド)なのです。
現在のあなたの視点は、あなたが神の子供であることに対して無自覚な、あなたが孤児ではないことに対して無自覚な、神が全てであることに対して無自覚なマインドの枠組みなのです。
そしてこれらの歪みを持ってあなたが眺めている物事そのものは、それ自体では全て完全にパーフェクトなのです。
その完璧性(パーフェクトな様相)があなたに見えていないのは、あなたが自分の最上の判断/あなたの最上の思考/あなたの最上の論理に依存しているからです。
そしてあなたがそのように振舞っているのは「独立した存在に成ろう」とあなたが試みているからです。 
わかりますか?

この二つ(孤児の視点と源の視点)は全く別のものです。 あなたが孤児として物事を見ている時、あなたは歪みを見ています。 あなたは病/罪/死を見ています。
あなたは破壊/ダメージを見ています。 あなたは怪我を見ています。
それが続いていくのです。 あなたはそれらを見続けています。
しかしどれだけあなたがそれら(罪/病/死)を見続けたとしても、そのことによってそれら(罪/病/死)がリアルに成るわけではありません。

聖なる瞬間を実行して(あなたの聖なるマインド、あなたの中の父のマインドである)精霊と繋がった時、あなたが精霊と向き合った時、そこで起こり得ることは一つだけです。
平和が起こり、明晰があなたに広がり、あなたのマインドに広がり、あなたのフィーリングに広がり、そしてあなたは全てを新しく見るのです。
するとダメージが、不完全性が、怪我/痛みが立ち表れて来なくなるのです。
これが魔法のように聞こえることは了解しています。 
しかし下記のことが起こっているのです。

[. . . the Holy Spirit must teach through comparisons, and uses opposites to point to truth.]
[精霊は比較を通して教える必要があり、真理を示すために正対を使う(正反対のものを示す)必要があるのです。]

しかしあなたは「何が可能か自分でわかっている」と知っている(信じている)ので、
だから「私が言っていることは不可能に違いない」と考えてしまうのです。

しかしあなたはこれを(下記のことを)知る必要があるのです。
あなたがこれをし続ける勇気をスタミナを持てるように。「エゴに理解出来る限りにおいては全くキチガイ染みたこと」をあなたがやり遂げられるように。
聖なる瞬間の中であなたの権威(思考/決め付け)を手放し、「何か他のもの(自分ではないように思えるもの)」にこう言うのです。
「あなたの権威で私を満たして下さい。あなたという宇宙の力で私を満たして下さい。」
「私は無の中に縮んで行き、私はここで無になりましょう。 そしてあなたという『何か他のもの』を私の全てにしましょう。 非情な世界(と私に見えていた歪み)とはおさらばです。」

孤児の視点/視界は間違っているのです。 それは歪んだ視界なのです。
それは真理を知らせていない視界なのです。 それは真理を知らず、だから真理を伝えることの出来ない視界なのです。


そして孤児院から抜け出ることが可能なのです。 「人間的状況」から抜け出ることが出来るのです。 それは目覚めと呼ばれています。

そして目覚めは、「人生」と呼ばれている惨めな体験の中であなたを慰めるための無意味な空虚な約束ではないのです。


[For a time, you may attempt to bring illusions into the holy instant to hinder your full awareness of the COMPLETE difference, in all respects, between your experience of truth and illusion. Yet you will not attempt this long.]
[もうしばらくの間あなたは、完璧な違いに対する自分の全意識を妨げるために、聖なる瞬間内に幻想を持ち込もうとするかもしれません。 そして全ての状況で「あなたの真理と幻想の体験の間にある完全な違い」を認識することを妨げてしまうでしょう。 しかしあなたはこれを長く続けるわけではありません。]

約束しましょう。 あなたは幻想の中に生き続けようとはしなくなります。
何故なら、あなたは徐々に落胆し始めるから。 
素晴らしいことに、この落胆は正しいことなのです(あなたは自分が落胆するべきことに落胆するのです)。
最終的にあなたは自分一人で自分を救おうとし続けることに落胆/幻滅し、助けを求めるのです。


[In the holy instant, the power of the Holy Spirit will prevail because you JOINED Him.]
[聖なる瞬間の中で、精霊の力が行渡ります(精霊の力が全てを統治します)。 何故なら、あなたが彼(精霊)と繋がったから。]

「あなたの正しいマインドでしかないもの」とあなたが繋がった時、「あなたの正しいマインドでしかないもの」が行渡ります。 何故なら、精霊と繋がろうとしたあなたの行為が、「二つのもの/分離したもの/違うもの/個別のものだとあなたが想像したもの」を完全に(一つの完璧なもの)するからです。
だからあなたが繋がった時、精霊が行渡り全てを統治するのです。
何故なら繋がろうとするあなたの行為が、あなたの離縁を取り消すのだから。 
繋がろうとするあなたの行為が、あなたの独立的行動を取り消すのだから。


[The illusions you bring with you . . .]
[あなたが持ってくる幻想は、]
あなたの不信心故に、あなたの性癖故に、否応なくあなたが持ち込んでくる幻想は、

[The illusions you bring with you will weaken the experience of Him for a while, and will prevent you from keeping the experience in your mind.]
[あなたが持ってくる幻想は、彼(精霊)の体験を少しの間は弱め、そしてあなたが自分のマインド内にその体験を留めることを阻止します。]

何の体験でしょう? 
復讐(仕返し)の存在しない体験です。

あなたが持ってくる幻想は、過去の体験なのです。 
あなたは過去の体験を持ち込んでくるのです。
だから「二つのステップ/聖なる瞬間」が無駄な(無益な)ことに見えるのです。
あなた達は私が指示していることをしており、その結果として素晴らしい修正/癒やしを得ている人もいる一方で、殆どの人達はそのような体験をしていないのです。 (その理由が上記に示されています。)


[Yet the holy instant IS eternal, and your illusions of time will not prevent the timeless from being what it is, nor you from experiencing it as it is.]
[しかし聖なる瞬間は永遠です。 時間に対するあなたの幻想が、無時間性(無限)を変えることはあり得ず、あなたがそれ(無限)をそのままに体験することを阻止することも不可能です。]

あなたが聖なる瞬間を実践している時、あなたがしているのは幻想に幻滅することなのです。
あなたは幻想に対して幻滅するために聖なる瞬間を行なっているのです。

罪/病/死が現れているように見えているのを見たいとあなたが考えている場所に行き、「もし神が存在しており神が全てなら、これらのことはリアルではないはずだ。 「ここに見えていると私が考えているもの」へ信念を与え続けることを止めてみよう。」
「それだけでなく、父/精霊に『ここの真理は何ですか?』と訊ねて、私の正しいマインドと繋がることを私は望んでいる。
これを私はし続けよう。 何故ならこれ以外の回答は無いのだから。
奇跡が見れるまで、物質が霊(スピリット)として立ち現れるのを見られるようになるまで、癒しが見れるようになるまで、幻想が消滅するのを見れるようになるまで、私はこれをし続けよう。」  {これが必要なのです。}

あなた達は全員、幻想が消えた体験しています。 「癒やし」が起こった体験をしたことがあります。 これがあなたに希望を与えます。 これがあなたにやる気を起こさせます。
しかし、時々少しだけ癒やしを得るのではなく、知覚を完全にシフトすることが必要とされているのです。
リアルでない状態からリアルへのシフトが必要なのです。「リアリティに対する歪んだ体験」から「リアリティそのものの体験」へのシフトが必要なのです。
そして歪んだリアリティを放棄するには、「あなたに物事を歪んで見せている見方」を放棄する必要があります。
わたし達はこのことに関して話しているのです。
聖なる瞬間を通して、このシフトを達成する必要があるのです。
そのために二つのステップが必要なのです。

「しかし世界状況が...困難すぎて...わかるでしょう...地球が平和に成るには、兄弟愛が自由に表現出来るようになるは、何十億もの個人のマインドが変わらなければ。 そんなことは不可能です!」
とエゴは言うのです。 これは精霊の言っていることではありません。

そしてこの本(A Course In Miracles)の目的は、あなたの最上の思考と最高の判断とそして論理力との同盟からあなたをシフトさせ、それらへの投資を引き抜かせて、それらを捨てさせ、独立したまま成功しようとする試みを手放させることです。
そして、あなたが自分の源と繋がり、あなたの源が成っている視点(それが創造と呼ばれているものなのです)をあなたに見えるようにさせることです。
これがあなたの生得権(当然の権利)なのです。


[What God has given you is truly given, and will be truly RECEIVED.]
[神があなたに与えたものは、本当に与えられており、それは本当に受け取られるのです。]

あなたはそれを強制的に受け取らされているのではありません。
事実は、「それ(神があなたに与えたもの)を受け取らないことが出来るあなた」は存在していないということなのです。
あなたは(まだ)自分にはそれを受け取らないことが出来ると考えています。
そして、あなたがそれ(父の視点)を受け取っていない限り、あなたは孤児的体験をしているのです。

しかし孤児的マインドは創造を統治してはいません。 そして創造だけが本当に起こっていることなのです。 リアリティだけがたった今起こっていることなのです。
だから「本当に起こってはいないこと」が「あたかも本当に起こっているように見え続けること」はいずれかの時点で止まるのです。
そしてそれが止まる時点は、あなたが自分の独立を主張してそれ(孤児的独立状況/神から離れた視点)にエネルギーを与え続けなくなる地点なのです。
すると幻想は直ぐに消え去るのです、するとあなたは瞬間的癒やしを得るのです、そして幾億もの魂達が「自分達が誰か」体験し、それを直ちに表現するのです。
そしてこの惑星の現在のマインド状態(戦い争い征服しコントロールしようとする現在の風習/本能的衝動)を変えるために千年あるいは五千年かかるのではなく、それは瞬間的に起こるのです。


[What God has given you is truly given, and will be truly RECEIVED.]
[神があなたに与えたものは、本当に与えられており、それは本当に受け取られるのです。]

つまりこれはすでに受け取られているのです。
これはすでにあなたの中に体現されているのです。 あなたの全てはすでにそれ(神があなたに与えたもの)なのです。 それがあなたを成り立たせているプレセンス(現れ/存在)なのです。


[For God’s gifts HAVE no reality apart from your receiving them. YOUR receiving completes His GIVING.]
[何故なら神のギフトは、あなたがそれらを受け取らない限りリアルにはならないのです。 あなたが神のギフトを受け取ることによって、 彼(神)のギフトが完成するのです。]

そして神は決して不成功な行為(成就しないこと)はしません。 

[You will receive BECAUSE it is His Will to give. He gave the holy instant to be given you, and it is impossible that you receive it not BECAUSE He gave it.]
[彼(神)の意志が与えているので、あなたは受け取るのです。 彼は聖なる瞬間をあなたに与えるために差し出しました。 彼がそれを与えたので、あなたがそれを受け取らないことは不可能です。]
これが孤児の視点と精霊の視点の違いです。(これが精霊の視点で、孤児の視点はこれを拒んでいるのです。)

[When He willed that His Son be free, His Son WAS free. ]
[彼(神)が、自分の息子を自由にしようと意図した時、彼の息子は自由だったのです。]

つまり神の息子/娘は今自由なのです。
これがリアリティと「リアリティでないもの」の根源的違いなのです。 これが精霊の視点とエゴの視点の違いなのです。 それらは全く正反対なのです。

[In the holy instant . . .]
[聖なる瞬間の中で]
あなたが精霊か父と繋がるときに到達する静寂の中で、

[In the holy instant is His reminder that His Son will always be EXACTLY as he was created. And everything the Holy Spirit teaches you is to remind you that you HAVE received what God has given you.]
[聖なる瞬間の中で、彼の息子は(あなたは)常に彼(神)が創造した通りのまま存在していることが思い出されるのです。 そして精霊があなたに教える全てのことは、「神があなたに与えたものをあなたが受け取っている」とあなたに思い出させていることなのです。]

精霊の視点とは「あなたはパーフェクトなポイントの後ろに居るのでは無く、そこに向かって進んでいるのでもなく、あなたはそのポイントに居り、そこからあなた自身を理解するべきなのです。」ということです。


[And everything the Holy Spirit teaches you is to remind you that you HAVE received what God has given you.]
[そして精霊があなたに教える全てのことは、「神があなたに与えたものをあなたが受け取っている」とあなたに思い出させていることなのです。]


リアリティはすでに素晴らしく完璧に存在しています。


これはあなたに関する全てに当てはまるのです。
これはあなたが世界/宇宙と呼んでいるもの全てに、あなたの兄弟姉妹の全てに当てはまるのです。
それらはすでに今、完璧にパーフェクトなのです。

あなたがそこに不完全性や「愛らしさに満たないもの」を見ていた場合でも、それ(不完全性や「愛らしさに満たないもの」)はそこには存在していないのです。
聖なる瞬間と精霊の存在意義は、上記の事実をあなたのマインドに理解させ、そこに本来はないもの(不完全性、愛らしさに満たないもの)が今消滅するのをあなたが見られるようにすることなのです。 そうして幻想の修正と癒やしが今起こるようにするのです。
何故なら、「それに対して何かをしてそれを向上させなければならないようなもの」は何も存在していないのだから。


[There is nothing you can hold against reality. All that must be forgiven are the illusions you have held against your brothers. Their reality HAS no past, and only illusions can BE forgiven. ]
[リアリティに対してあなたは何も(どのような幻想も)与えることは出来ませんでした。許さなければならないのは、あなたが自分の兄弟に対して貼り付けた幻想だけです。 リアリティには過去がありません。 そして幻想だけを赦すことが可能なのです。]

わかりますか?
あなたはパーフェクトなポイントの後ろに居るのでは無く、そこに向かって進んでいるのでもなく、あなたはそのポイントにすでに居り、そこからあなた自身を理解するべきなのです。 たった今、今日ここで、あなたはすでにパーフェクトなポイントに居り、パーフェクトな場所からあなた自身を(全てを)理解するべきなのです。


[God holds nothing against anyone, for He is incapable of illusions of ANY kind. Release your brothers from the slavery of their illusions by forgiving them for the illusions which YOU perceive in them.]
[神は何かを誰かのせいにすることはありません。 何故なら神はどのような幻想を持つことも出来ないから。 兄弟の中にあなたが知覚している彼等の幻想を赦して、(彼等の)奴隷制の幻覚から彼等を解放しなさい。]

ハイ、この通り。 
そして「それ(聖なる瞬間)では上手く行かない。」という言い立てが起こったなら、それに気付いて、その言い立てを信じてしまわないよう注意しなさい。

「何人の精神科医がいれば、電球を取り替えることが出来ますか?」というジョークがありますね。
答えは「一人だけ。 でも電球自身に変わろうとする意志が必要です。」

しかし違うのです。
あなたの兄弟に自分を変えようとする意志がなくとも、あなたは聖なる瞬間を行ない続けて、精霊の助けを得て、兄弟の真実があなたの中に満ちて、その認識をギフトとして兄弟に贈ることが出来るのです。


[Release your brothers from the slavery of their illusions by forgiving them for the illusions which YOU perceive in them. Thus will you learn that YOU have been forgiven, for it is YOU who offered them illusions.]
[兄弟の中にあなたが知覚している彼等の幻想を赦して、(彼等の)奴隷制の幻覚から彼等を解放しなさい。 そうすることにより、あなたは自分が赦されていることを学ぶのです。 何故なら彼等に幻想を与えたのはあなたなのだから。]

もしあなたが嫌なヤツ/嫌な女をそこに見ているなら、あなたは彼らにその幻想を与えた(提供した)のです。
そして、彼等のことを嫌なヤツ/嫌な女だと認識しながら彼等の周りであなたが振舞い続けたなら、その時あなたは彼等に対する幻想を彼等に教えたのです。

しかし、
あなたは聖なる瞬間に浸って、その中であなたの意識を純粋にして、彼等に対する真理への気付きで満たされ、それによってあなたの存在全体が、あなたの立ち振舞いが、彼等に対するあなたの知覚認識が変わるようにするべきなのです。 
そうすれば、たとえ彼等が自分達の悪癖を続けていたとしても、あなたは彼等のその振舞いがリアルで真実で誹謗に値するものだとして反応することはないのです。

するとあなたの中に言葉が示されます。
その言葉は、兄弟姉妹自身の中の完全な安全(として彼等に認識される要素)を照らし出すのです。
すると彼等は(彼等自身を嫌なヤツ/嫌な女として見せていた)防御を手放すことが出来るようになります。

[In the holy instant this is done for you IN TIME, to bring to you the true condition of Heaven.]
[聖なる瞬間の中では、これはあなたのために時間の中で行なわれます。 天国の真の条件をあなたにもたらすために。]

だから、孤児的マインドの中であなたは無視できない問題を体験しているので(それ故に)、あなたが聖なる瞬間の中に入って来たように見えているだけなのです。

そして(あなたが身を伸ばして繋がった)精霊は(孤児のレベルではなく)リアリティとのコミュニオン(霊的交歓)のレベルから、神とのコミュニオンのレベルから、あなたという聖なるものとのコミュニオンのレベルから反応しており、時間の中であなたに修正を示すのです。
孤児としてのあなたが体験していた問題に対する修正を示すのです。
誤解/誤認識されていた天国(の真の姿)、その中で苦しみが体験されていた天国(の真の姿)を示すのです。
そうして聖なる瞬間は、天国の真の状態をあなたにもたらすのです。 これはこのように働くのです。 そしてこれは魔術ではないのです。

「何が可能で、何が可能でないか」というあなたの信念に対する確信を手放す必要があるのです。  何故なら不可能なのは、エゴが知覚認識している天国だけだから。 不可能なのは、孤児のマインドが知覚認識(誤解)している天国だけだからです。
エゴ/孤児が対面しているのはパーフェクトな天国なのですが、それは独立のレンズ(狂気の歪み/源を持たない状態)を通して見られているのです。
だから、わたし達は今でもシンプルなことに関して話しています。

今夜私が言おうとしていることは「あなたの前にはあたかも二つのレベルのリアリティ(二つの世界)があるかのように考えてみる(見てみる)必要がある」ということです。 (これは余り正しい言葉使いではありません。 本当にリアルなものは一つだけだから。)
これは二つの異なったパラダイム(認識の枠組み)のようなもので、一つのパラダイムからもう一つのパラダイムへシフトしても、それぞれのパラダイムが成り立ち続けているように見えるのです。

しかし重要なのは「リアルでないものはリアルではない」ということです。
そして精霊があなたに話しかけており、あなたと繋がっており、父のマインドである場所からあなたに教えており、父のマインドとあなたの同盟を示し、あなたのマインドの全ては父のマインドでしかないという事実を教えているのです。
だから、あなたを幻想体験に縛りつけている力は何も存在していないのです。

今から全ての瞬間において、幻想の消滅を見る心の準備をしておきなさい。 瞬間的な癒やしが起こること、(絶対に不可能だとあなたが思っていた)修正が起こることを見る心の準備をしておきなさい。

精霊は、あなたが彼に助けを求めている場所からは答えません。
あなたは無知な場所から精霊に助けを求めています。
しかし精霊は光明の(照らし出す)場所からあなたに答えています。
そして精霊が話している場所(光明の場所)が、あなたの本来の住処なのです。
何故なら精霊はあなたの正しいマインドでしかないのだから。

A Course In Miraclesはア・コース・イン・ミラクルズではないのです。
A Course In Miraclesはア・コース・イン・ミラクルズという本ではないのです。

それはあなたに関するものなのです。
それはあなたが自分のマインドの使い方を学ぶことなのです。 あなたが自分自身を無意識の中の限定に縛り付けなくなれるように。 何故なら、そのような体験はあなたの生得権ではないから。 あなたの聖なる存在(ありかた)の全ての中にあなたが開放されていけるように。

Wow! I love you, and you, and you, and all of you.

来週お会い出来ることを楽しみにしています。



原文を提供している 「Northwest Foundation for A Course In Miracles」の行動は全て無料で(読者に義務を課すことなく)提供されています。 これは無条件に差し伸べられた愛によって実施されています。 ギフトとはそのようなものだから。 
あなたと同等の方が既にこのギフトをあなたに差し出したので、これらの資料があなたに提示されています。 Rajの指示により、これらの資料が売買されることはありません。 この機関「Northwest Foundation for A Course In Miracles」へ募金される場合、下記のWEBサイトを通して行なうか、あるいは下記の住所に郵送して下さい。


A Course in Miracles Study Group with Raj, February 5th 2011
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