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ACIM11-02-16

Febrary 16th, 2011 ©NWFFACIM 2011年 2月 16日

原文テキスト
http://www.nwffacim.org/tgp/forums/thread-view.asp?tid=30903&mid=148491#M148491
オーディオ&ビデオ
http://www.nwffacim.org/tgp/forums/thread-view.asp?tid=30924&mid=148599#M148599

参照ページ
A Course In Miracles (reference pages)
Chapter 16 – Section – THE END OF ILLUSION
1 Sparkly Book – p.399, 1st Full Par. / JCIM – p.167, 8th Par. / CIMS – p. 336, Par. 79
First Edition – p. 325, Last Par. / Second Edition – p. 350, Par. 10
2 CST Science and Health, p.519


今晩は、ようこそ。

わたし達は「Forgiveness of Illusions」(幻想を赦すこと)という章の一番最後のセクションである「The End of Illusions」(幻想の終わり)を読んでいるのです。


わたし達が読んでいるものを軽々しく扱っていてはいけません。
「ええ、わたし達は幻想の終焉にかんして読んでいます。 なんて素晴らしいんでしょう。 いつか幻想は終ってしまうわ! 幻想の終焉というアイディアは驚くべきもので、もしそれが本当に起こったなら気絶してしまうかもしれない。」
そんな阿呆なことを考え続けるのは止めなさい!

あなたは幻想の終焉について考えたり話したり出来るでしょう。
しかしここで言われていること(幻想の終焉)を軽くカジュアルに扱ったなら、全くその体験をしないまま、あなたはそれをやり過ごしてしまうでしょう。
幻想の終焉(を体験すること)は、全くカジュアルではなく、今のあなたに簡単に行なえていることでもなく、(現在のあなたにとって)日常的なものでもありません。

今週は紙に「Radical(ラジカル/過激)」と書いて冷蔵庫や他の目に付く所に貼ってください。車のダッシュボードにも同様の紙を貼ってください。

「目覚めることはあなたにとってラジカルな変容なのだ」と自分に思い出させ続けなさい。 
あなたが現在全てを体験しているその体験の仕方が過激に変ることが幻想の終焉なのです。
幻想の終焉を体験したなら、あなたはリアリティだけと直面するようになり、全ては劇的に変わるのです。 

過激という言葉(概念)があなたにとってそれ程過激に思われないように成って欲しいのです。
つまり、今まであなたにとって過激(ラジカル)だとおもわれたようなことでも、それが可能だと考えられるように成るべきなのです。
ラジカルな(奇跡的)癒やし、ラジカル(劇的)な変容、ラジカルな驚き、ラジカルにパーフェクトな生活、存在のラジカルな(驚くべき)開示。


何故なら、あなたが今まで通りに全てのものを見ていて、『「人間的状況」が「地球と宇宙」の全てで今後もそうでしか在り得ない』と考えていて、しかし突然全てが天国として体験されたなら(天国の全ての要素を逃さず感じたなら)それはとてもラジカルに激変した体験になるのだから。

しかし、もしあなたがラジカルな変化が可能だと考えていなかったなら、過激な変化を受け入れるチャンスがあなたにもたらされないと考え、そのようなことを期待していなかったなら、あなたは自分の期待に縛られたままになってしまうでしょう。
するとあなたは自分が期待している「(天国)より少ないもの」を得ることしか出来ないでしょう。
(その場合)聖なる瞬間(より少ないものしかあなたは得られないでしょう)。

神よ! 我々はこれに関して一年以上、二年以上話してきました。
あなたはこれにもう慣れ切ってしまったでしょうか?
あなたはこれを気軽に扱うように成ってしまっているでしょうか?

これは素晴らしい主題で、我々はこれに関して長い間話して来たので、あなたはこれに関して長々と話し考えることが出来るでしょうか?
そしてあなたはこのアイディアを表現して、自分や他の人達を気持ち良くさせることが出来るでしょうか? 実際にマインドのラジカルな変容を体験することなく。

しかし(ラジカルな変容に関して話したり考えたりするのではなく)ラジカルな変容を体験することが真の目的なのです。 だからあなたは聖なる瞬間をわざわざ実践しているのです。

聖なる瞬間の中で神の法が行き渡っています。 そこで神の本質が全てを統治しています。 神の意志が行き渡っています。 神の愛が浸透しています。

その場所で神が全てを統治しているのです。
そして、そこには罪/病/死がありません。

罪/病/死しか体験して来なかったあなたが罪/病/死を体験しないこと、これがラジカルな変化なのです。

「ええ、知ってます! しかしそんなことが私に起こるわけが無いじゃないですか! だからそれに関して考えているのです。 それが私に起こり得ると想像することが好きなのです。 それがどうして私に起こり得るか、もし起こったならそれがどんな風か、話すことが好きなのです。 しかし(ハぁー)それは起こらないでしょう。 それは起こっていないのです。 どのようにしてこれが起こり得るか私にはわかりません(想像出来ません)。」

上記はラジカルな思考(ラジカルな考え)ではありませんね。
これはラジカルな有り様ではありません。 これはラジカルなことを受け入れている態度ではありません。 我々が話し続けていることは、ラジカルを抱擁することなのです(ラジカルな状態、ラジカルなアイディア、ラジカルな変容を受け入れることなのです)。

あなたが主の祈りを述べて、“Thy Will be done . . .”(あなたの意志がなされますように)と言っている時「自分のことを孤児だと主張していた時に私が自分に与えてきた体験とはラジカルに異なった体験を私は受け入れます。」とあなたは言っているのです(そうあなたは意図するべきなのです)。
“Thy Will be done . . .”(あなたの意志がなされますように)とは、「『独立独尊した私の創造的行動の中で得ることの出来た最上の状態』からラジカルに異なったものを体験したいと望みます」と言っていることなのです。
(主の祈りを表明している時)あなたは上記のことを言っているのです(あなたは上記のことを意図しているべきなのです)。

本を読みましょう。 今晩我々が読むことはケーキの一番上に乗っているフロスティング(糖衣)のようなものです。 それはスイートで素晴らしく美しく...しかし今のところ、これはあなたの人生/生活の上では起こっていないのです。 少なくとも頻繁にはまだ起こっていません。
その場合この文章が幾ら美しくても、それが何の役に立つでしょうか? ここで述べられていることが幾らスイートで優しくても、それが体験されていないなら、それにどれだけの価値があるでしょうか?

だから、この部分を読みながらそれをカジュアル(気楽)に読み流して、自分の現在の体験と関係の薄いもの(自分の今の生活に当てはめなくても良いもの)としてしまうことは止めなさい。
下記の文章をただ気持ちを引き立てる勇気付けるものとして受け取るだけでは駄目なのです。


[Remember that you always choose between truth and illusion; ]. .1
[あなたは「自分が常に真理か幻想のどちらかを選んでいること」を覚えておきなさい。]

何故でしょう。 何故なら真理と幻想のどちらかを選ぶこと以外の選択は存在していないからです。
あなたは「神があなたに示していること」を抱擁し(受け入れ)それが(神の真理が)あなたを通して表現されることを許すか、でなければ幻想を選んでいるのです。
あなたが幻想を選んでいるなら、あなたは自分の最上の(あるいは最低の)思考だけで一杯になっており、それだけを見ているのです。
それがどのようなものであろうとも、あなたは自分の思考により印象付けられて(圧倒されて)いるのです。あなたは自己の思考に依存して世界像を描いており、それをリアルなものとして受け取っているのです。 これがあなたが現在実践していることです。

これが幻想なのです。 
何故ならこれを始めた途端あなたは、あなたの父とのつながりから自分の注意を引き抜いてしまうから。
その時あなたは自分の電源コードを引き抜いたのです。
だからエネルギー源が断たれたのです。 そうなると源があなたを通して自身を表現することが出来なく成ってしまっているのです。
だから、そのような体験は偽りのものなのです。 


[Remember that you always choose between truth and illusion; between the REAL Atonement which would heal and the ego’s "atonement" which would destroy. The power of God and all His Love, without limit, will support you as you seek only your place in the plan of Atonement arising from His Love.]

[あなたは「自分が常に真理か幻想のどちらかを選んでいること」を覚えておきなさい。(あなたは二つに内のどちらかを選んでいるのです。) 癒やしをもたらすリアルなアトーンメント(贖罪/和解)か、破壊を行なうエゴのアトーンメントのどちらかをあなたは常に選んでいるのです。
神の力と神の愛には限りがありません。 そして神の愛から立ち昇ってくるアトーンメントのプラン(和解の計画)の中のあなたの場所(あなたの役割)だけを求め始めたなら、限りない神の力と神の愛があなたをサポートします。]

これを軽く読み飛ばさないで下さい。
何故ならここに言われていることは、あなたが神に譲った時だけ起こるのだから。 神のプランに対してあなたが(自分の考え/展望/思考を)譲った時にだけ上記のことが起こるのだから。 
そしてこれこそが聖なる瞬間の動きなのです。 これこそが二つのステップの動きなのです。
あなたは(人間的反応/感情的反発を)躊躇して、口を閉じ、自分の思考を静めるのです。

そしてあなたは(自分の父/源から目を逸らしている)あなたの独立的立場に背を向けて(そこから意識を逸らせて)「父よ、ここの真理は何ですか?」と言うのです。
そしてあなたの孤児的自己主張の存在していない場所で、あなたが父の意志/視点に聞き入っている場所で、あなたは繋がるのです。

その時あなたは何をしているのでしょうか? 
その時あなたは、(源から分離して)独立的に存在し、物事をコントロールし、(源から分離した自分を)自己主張する権利を放棄して父に譲っているのです。


聞きなさい。

[The power of God and all His Love, without limit, will support you . . .]
[神の力と神の愛には限りがありません。 ...限りない神の力と神の愛があなたをサポートします。]

これがケーキのフロスティング(甘い部分)です。 これが(まだあなた達には)信じられない真理です。 
人々はこれが本当なら素晴らしい、この素晴らしい真理が本当であって欲しいと願っているのです。


[The power of God and all His Love, without limit, will support as you seek only your place in the plan of Atonement will support you as you seek only your place in the plan of Atonement arising from His Love.]

[神の力と神の愛には限りがありません。 そして神の愛から立ち昇ってくるアトーンメントのプラン(和解の計画)の中のあなたの場所(あなたの役割)だけを求め始めたなら、限りない神の力と神の愛があなたをサポートします。]

アトーンメントのプラン(救済計画)の中であなたにはどのような役割があるのでしょうか。
(あなたの意志表明を含んでいない)神の表現の中であなたはどのような役目を担っているのでしょう。

[will support you as you seek only your place in the plan of Atonement arising from His Love.]

[アトーンメントのプラン(和解の計画)の中のあなたの場所(あなたの役割)だけを求め始めたなら、限りない神の力と神の愛があなたをサポートします。]

つまり神が権威で、神が創造の動きなのです。

だからもう一度聞きなさい。

[The power of God . . .]
[神の力] 神の法(神の全法則)が全てを統治している場所、神が行き渡っている場所、罪/病/死が存在していない場所。

[The power of God and all His Love, without limit, will support you as you seek only your place in the plan of Atonement arising from His Love.]

[神の力と神の愛には限りがありません。 そして神の愛から立ち昇ってくるアトーンメントのプラン(和解の計画)の中のあなたの場所(あなたの役割)だけを求め始めたなら、限りない神の力と神の愛があなたをサポートします。]

だからこれはスイートで優しいだけではなく、あなたに対して要求をつき付けているのです。
何故なら、神の愛は「あなたがするべきこと」をあなたに明確に示し、それを要求するからです。

それは(神のアトーンメント・プランは)「あなたがしたがらないだろうこと」を要求するのです。 
それは自己意志の放棄をあなたに要求するのです。
それは「自分にはこのような権利/権威がある」とあなたが考えていること、「この様な権利を自分は持っているべきだ」とあなたが考えていることを放棄するよう求めているのです。
それは自身の価値を証明する目的であなたが行なっている行動(これをしなければ自分の無価値が行き渡ってしまい、全ての人の目に晒されてしまうとあなたは考えています)を放棄するよう求めているのです。 
そしてあなたは(まだ)これを放棄することを望んでいません。
だからあなたは、自己主張する(自分の定義を押し出す)権利をまだ握りしめているのです。


[Be an ally of God and not the ego in seeking how Atonement can come to you.]

[どのようにして(どのようにしたら)あなたのもとにアトーンメントがやって来るか探している時、あなたはエゴの同志(仲間)ではなく神の同志に成りなさい。]

これには自己鍛錬(抑制力)が必要です。
何故ならあなたは、直ちに自分の最上の条件付け/自分の最上の思考/自分の最上の概念を参照し、理論(理由付け)を明確に見事に表現/使用してその論理を完璧にして、それに似ていないもの(その論理を反映していないもの)は何も(あなたの視野に)入って来れないようにすることであなたの安全が確保出来ると考え行動しているのだかから(これがあなたの性癖になっているのです)。
あなたは上記のように自分のマインドを使用しており、(完璧に秩序立った立ち振る舞いによって)マインドが(あなたの安全/救済を)達成出来ると考えているのです。
しかしこれを(分離的マインドの使用を)している時、この信念と実践にあなたの注意とエネルギーを与えている時、あなたは(神/ガイド/精霊を)聞いていないのです。

神/ガイド/精霊を聞くようにあなた達が躾けられていないことは私も理解しています。
そして二つのステップ/聖なる瞬間などというものがあるとはあなたは思ってもいなかったでしょう。
しかし今あなたはそれを知りました。
これが決定的な違いをもたらすのです。


[Be an ally of God and not the ego in seeking how Atonement can come to you. His help suffices, . ]

[どのようにして(どのようにしたら)あなたのもとにアトーンメントがやって来るか探している時、あなたはエゴの同志(仲間)ではなく神の同志に成りなさい。彼(神)の助けが必要を満たすのです。] 

つまり神の助けで必要十分なのです(神の意志だけで十分で、神の意志だけが必要なのです。)。
あなたの意志を神の意志に付け加えて、神の意志の勢いを増加させて、神の意志が行なわれるようにしようとする必要は無いのです。
あなたは自分の意志を付け加える必要はないのです。


[His help suffices, for His Messenger understands how to restore the Kingdom to you, and to place ALL your investment in salvation in your relationship with Him.]

[彼(神)の助けが必要を満たすのです。 何故なら、どのようにしてあなたのために王国(天国)を修復するべきか、どのようにしてあなたの全信頼を「あなたと神の関係の中にある救済」へ与えたらよいか、神のメッセンジャーは理解しているのだから。]

[神のメッセンジャー] これは精霊のことです。 つまりあなたの正しいマインドでしかないものです。  あなたが独立行為を通して離縁した「あなたの無限のマインド」が精霊なのです。

[どのようにしてあなたのために王国(天国)を修復するべきか、..神のメッセンジャーは]あなたの精霊は[理解しているのだから]

精霊はどのようにしてあなたのために天国を修復したら良いか知っています。
何故なら、精霊と「あなたのマインド全体から隔離されているあなたのプライベートなマインド」が融合したなら、あなたの存在全体が体験されるようになるのだから。
このようにして天国が修復されるのです。 これはあなたの正気が修復されることです。 これはあなたの健全なマインドが修復されることです。

つまりこれはあなたのマインドがとてもラジカルなことを、まず初めに「それが可能かもしれない」と思い、次に「そうなんだろう」と思い始めることなのです。
これはあなたが今まで創造的に行なってきたこと(それは結局リアリティ/天国を否定することだったのです、それは神がすでに定義したものの上にあなたが自分の定義を忙しく被せ続けることだったのです)とはとてつもなく違ったものなのです。
そしてあなたの定義は父の定義とは異なったものだったのです。


もう一度読みましょう。

[His help . . . . . . God’s . . .. . . help suffices, for His Messenger . . . . . . the Holy Spirit . . .. . . understands how to restore the Kingdom to you, and to place ALL your investment in salvation in your relationship with Him.] . . . with God.

[彼(神)の助けが必要を満たすのです。 何故なら、どのようにしてあなたのために王国(天国)を修復するべきか、どのようにしてあなたの全信頼を「あなたと神との関係の中にある救済」へ与えたらよいか、神のメッセンジャー(精霊)は理解しているのだから。]

精霊(あなたの正しいマインドでしかないもの)が、あなたの細かく分離されたマインドを精霊自身(あなたのマインド全体)と再統合している時、あなたはリアリティを体験し、そして「神で在るもの」があなたの全てを構成しているという事実を明確に認識するようになります。 だからあなたが自分のラジカルな神聖を体験することは、今までのあなたの体験とはラジカル(過激)に異なったものになります。


[Seek and FIND His message in the holy instant, . ]
[神のメッセージを聖なる瞬間の中に捜し求めてそれを発見しなさい。] 

つまりそれ以外の所に行くのは止めなさい。
つまりあなたの最上の考えに注意/意識を与えるのは止めなさい。


[Seek and FIND His message in the holy instant, where all illusions are forgiven. From there the miracle extends to bless everyone and to resolve all problems, . . .]

[神のメッセージを聖なる瞬間の中に捜し求めてそれを発見しなさい。 聖なる瞬間の中では全ての幻想が赦されて(解除されて)います。 そこ(聖なる瞬間)の中から奇跡が身を差し伸ばして(拡張して)全ての人を祝福し全ての...問題を解決するのです。]

つまりラジカルな変化が起こるのです。

[. . . be they perceived as great or small, possible or impossible. ]

[(それが小さなものでも大きなものでも、難しいものでも簡単なものでも、可能と思われていることでも不可能と思われていることでも)]

ここに[聖なる瞬間の中では全ての幻想が赦されて(解除されて)います。神のメッセージが聖なる瞬間の中にあることは素晴らしいことですね。]と書かれているわけではありません。 
ここには[神のメッセージを聖なる瞬間の中に捜し求めてそれを発見しなさい。]と書いてあるのです。 

[Seek and FIND His message in the holy instant, where all illusions are forgiven.]

[神のメッセージを聖なる瞬間の中に捜し求めてそれを発見しなさい。聖なる瞬間の中では全ての幻想が赦されて(解除されて)います。] 

どこで全ての幻想が赦されている(解除されている)のでしょうか?
(神のメッセージを)求めて(神のメッセージを)見つけることの中で、幻想が赦されているのです。 (神のメッセージを求め見つける行為の中で幻想が解除されているのです。)

「ええ、私は聖なる瞬間の中にそれを見つけるわ!」 
いいえ、あなたは(神のメッセージを)求め見つけることの中にそれ(幻想の終焉)を発見するのです。 わかりますか?

だからこの素晴らしいスイートネス(優しさ)の中には努力も必要なのです。 何故ならそれは(あなたから)何かを求めているのだから。


[Seek and FIND His message in the holy instant, where all illusions are forgiven. ]

[神のメッセージを聖なる瞬間の中に捜し求めてそれを発見しなさい。聖なる瞬間の中では全ての幻想が赦されて(解除されて)います。] 


聖なる瞬間の中では何が起こるのでしょう?

[From there the miracle extends to bless everyone and to resolve all problems, be they perceived as great or small, possible or impossible.]

[そこ(聖なる瞬間)の中から奇跡が身を差し伸ばして(拡張して)全ての人を祝福し全ての(それが小さなものでも大きなものでも、難しいものでも簡単なものでも、可能と思われていることでも不可能と思われていることでも)問題を解決するのです。]

「彼女の胆嚢は殆ど全て癌に侵されてしまっている。 彼女の回復は不可能だ。もしかしていつの日か医学が発達したなら、彼女の新しい臓器を育成して取り替えることが出来るかもしれないけれど、それまでは修復は不可能だ。」
待ちなさい。 それはラジカルな思考ではないですね。 それは敗北主義者の思考です。そこには神が居ません。


[. . . be they perceived as great or small, possible or impossible.]

[(それが小さなものでも大きなものでも、難しいものでも簡単なものでも、可能と思われていることでも不可能と思われていることでも)]

[. . . the miracle extends to bless everyone and to resolve all problems, . . ]

[奇跡が身を差し伸ばして(拡張して)全ての人を祝福し全ての問題を解決するのです。]

わかりますか。 これがラジカルなのです(全ての問題を見境なしに癒やすのです)。
だからあなたは自分の条件付けの中から世界状況やあなたの周りの状況の全てのカオス(混乱)/全ての苦しみ/全ての騒乱に直面して敗北してしまい(それらを受け入れてしまい)、ラジカルな立場を立ち上げないで(示さないで)済ますわけには行かないのです。
あなたは、『「苦しみや病やその他の癒しを必要としていること」がとてもリアルに見えている状態』に対して異を唱えラジカルな主張を立ち上げる必要があるのです。

そこから、
[. . . the miracle extends to bless everyone and to resolve all problems, . . ]

[奇跡が身を差し伸ばして(拡張して)全ての人を祝福し全ての...問題を解決するのです。]

しかし[奇跡が身を差し伸ばして(拡張して)全ての人を祝福し全ての...問題を解決する..]ためには、あなたが[神のメッセージを聖なる瞬間の中に捜し求めてそれを発見...] する必要があるのです。

それはどこで発見されるのでしょう?
それはあなたの最上の判断/論理/思考/理由付けの中で発見されるのではなく、聖なる瞬間の中に発見されるのです。
それはあなたが自分の独立を捨てている場所、あなたが自分の自信を捨てて「父よ、私はあなたから真理を知りたいです。」と言っている場所の中で発見されるのです。
「私はあなたの視点から真理全体だけを知りたいです。そして私は自分で最善の解決方法や最上の定義を作り上げることを止めます。 私は譲ります。あなたの愛から立ち昇ってくるアトーンメント(和解/贖罪)のプランの中にだけ、私は自分の場所を探しましょう。 私が独立している場所から私一人で、自分の場所を探すことは止めます。」
このようにシンプルなのです。

[Remember that you always choose between truth and illusion; . .]

[あなたは「自分が常に真理か幻想のどちらかを選んでいること」を覚えておきなさい。]

あなたは二つの内のどちらかを選んでいるのです。

そしてスイートなのは、
[There is nothing that will not give place to Him and to His majesty. ]

[(聖なる瞬間の中では)神と神の権威に対して信頼を(それに相応しい場所を)与えていないものは何もありません。]

これが真実です。

上記の文を読んだ時あなたは(自分がしている/してきた体験故に)これを信じ難いと感じたでしょうか?
もしかしたら、あなたはとても強いストレスに晒されていて、上記の文を読んだ時せせら笑ったでしょうか?
それは私にも理解できます。 しかし、

[There is nothing that will not give place to Him and to His majesty. ]

[神と神の権威に対して信頼を(それに相応しい場所を)与えていないものは何もありません。]

どのようにしたらこれが体験出来るのでしょうか? あなたはラジカルに在ることによってこれを体験するのです(あなたの現在の知覚からはラジカルに異なった良きことを求め/考え/感じ/信じ/存在することによってこれを体験するのです)。
あなたは現状維持に(今までの見方/やり方をそのまま続けることに)逆らうべきなのです。  あなは「ノーマルと考えられていることに組しない人」になるべきなのです。
あなたは皆が合意していることに異を唱えるのです。
あなたは自分自身の理解への依存をやめて、皆が合意していること(相互合意されている定義)に対して異を唱えるのです。
あなたは、神のメッセージを聖なる瞬間の中に探し見つけることにより、皆が合意していることに異を唱えるのです。

[To join in close relationship with Him is to accept relationships as REAL, . .]

[親密な関係の中で神と繋がることは、関係(あなたの持っている様々な関係)をリアルなものとして受け入れることです。] 

つまりこれは、他者を犠牲にして利益を得ることを目的にお互いを高めようとして操ったり足元を見たりすること以外の繋がりなのです。


[To join in close relationship with Him is to accept relationships as REAL, and through their reality to give over all illusions for the reality of your relationship with God. ]

[親密な関係の中で神と繋がることは、関係(あなたの持っている様々な関係)をリアルなものとして受け入れることです。 そして、あなたと神の関係のリアリティを礎(基準)とし、(あなたの)リアルな関係を通して全ての幻想を明け渡すことなのです。]

[Seek and FIND His message in the holy instant, . .]

[神のメッセージを聖なる瞬間の中に捜し求めてそれを発見しなさい。] 

[. . . give over all illusions for the reality of your relationship with God. ]

[あなたと神の関係のリアリティを礎(基準)とし、(あなたの)リアルな関係を通して全ての幻想を明け渡すことなのです。]

ある意味では、あなたは放蕩息子のように成る必要があるのです。 
あなたは自分の豊かさ/富/生得権を浪費することに忌み疲れて、独立した誰かに成ろうと探求するスリルには興味を示さなく成る必要があるのです。
するとあなたは「父よ、あなたの視点を私は知りたいです。 何故なら私は自分の正気に返りたいから。 そして私は(もし私があなたの視点を退けなければ)あなたの視点が私の視点なのだと知っています。 あなたの視点は私の中に組み込まれており、それは私の一部なのです。 私は積極的に(あなたから)独立し続けることには疲れました。」 と言うのです


[Praise be to your relationship with Him, and to no other. ]

[あなたと神の関係に賞賛あれ(常にあなたと神の関係をまず第一に認めなさい)。そして「あなたと神の関係」
以外のものをたたえる(認める)のは止めなさい。]

ハイ、ここでリアリティが厳格に示されています。 とてもクリアに示されているのでキツイ感じがするでしょう。

[Praise be to your relationship with Him, and . .]
[あなたと神の関係に賞賛あれ(常にあなたと神の関係をまず第一に認めなさい)。]

そして、

[. . . to no other.]
[そして「あなたと神の関係」以外のものをたたえる(認める)のは止めなさい。]



あなたは、自分の特別な思考/自分の特別な関係/自分の特別なスキル(能力)との関係を放棄したいと思えるようになる必要があるのです。

「他者を操って(他者に影響を与えて)自分の都合の良いように彼等を使いあなたへの信頼を高めさせる」あなたの能力を放棄したいと思えるようになる必要があるのです。



[Praise be to your relationship with Him, and to no other. The truth lies here, and nowhere else. You choose this or NOTHING.]

[あなたと神の関係に賞賛あれ(常にあなたと神の関係をまず第一に認めなさい)。 そして「あなたと神の関係」以外のものをたたえる(認める)のは止めなさい。 {あなたはこれ(神との関係)を選んでいるか、そうでなければ無意味なものを選んでのです。} ここに(あなたが自分と神の関係を認識している場所/瞬間に)真理があるのです。 そしてここ以外にはどこにも真理はないのです。 あなたはこれ(真理)を選んでいるか、でなければ何も選んでいないのです。]

今日一番最初にわたし達は下記を読みました。

[Remember that you always choose between truth and illusion; . .]
[あなたは「自分が常に真理か幻想のどちらかを選んでいること」を覚えておきなさい。]

[The truth lies . . .. . . in your relationship with God . . .. . . and nowhere else. You choose this or NOTHING.]

あなたと神の関係の中に[真理があるのです。 そしてここ以外にはどこにも真理はないのです。あなたはこれ(真理)を選んでいるか、でなければ何も選んでいないのです。]

あなたを縛っているように見えているカオス/苦しみ/困難/欠乏/病は神の子に対して正当でない負担だと気付き、だからこれらは本当はリアルではなく、本当のこと(それは創造そのもので完璧に完全に神を体現しています)を歪めて知覚しているのだと気付くためには、それら(病/困難)が不当で不必要で幻想であることを体験するためには、あなたはそれ(知覚の歪み)にチャレンジして異を唱えられるだけラジカル(過激)になる必要があるのです。

例えばあなたが、この数ヶ月間全く健全でどのような問題も抱えていなくて健康優良状態にあったとしましょう。 そしてあなたは一日庭仕事をして忙しく力仕事をして頑張っていました。 
それからシャワーを浴びて、晩御飯を食べて、それから座って「疲れた! 休まなくては。 今日はグッスリ眠れるだろう。」と言うのです。
しかしチョッと待ってください。
これら全てのことはとても適切に理に適って思えます。
それでもこれはラジカルな思考からは程遠いものです。

(そのような思考を発する前に)あなたはそこで止まって「父よ、ここの真理は何ですか? 父よ、これに関する真理は何ですか?」とあえて訊ねられるだけラジカルになる必要があるのです。
何故なら父の表現の神聖なるアイディアとしては、あなたには疲れる能力は無いのだから。
クリスチャンサイエンスの本(科学と健康)に書いてあるように“God rests in action.”2「神は行動しながら休んでいる。」のです。
だからあなたがどれだけ簡単に今までの在り方に戻ってしまっているか理解してください。

これは(あなたがラジカルにチャレンジするべきことは)身体的問題だけではありません。 これは罪/病/死に直接関係することだけではありません。
例えば「今は夜の八時で、今朝の八時に起きた時と比べて私は疲れてしまった。」と考えたりしている人がいますが、それはなぜでしょう?  何故夜の八時だと疲れていなくてはいけないのでしょうか? 
わかりますか? このようにして全てを常識という言葉の元に受け入れてしまうのではなく、新しい体験が起こる余裕を残しておきなさい。


さて、次に二つのステップに相当する祈りが示されます。

["Forgive us our illusions, Father, . . ]
[父よ、我々の幻想を赦して(解除して)ください。]

このようにして独立が放棄されるのです。


["Forgive us our illusions, Father, and help us to accept our true relationship with You, in which there are no illusions, and where none can ever enter. ]

[父よ、我々の幻想を赦して(解除して)ください。 そしてあなたと我々の本当の関係が我々に受け入れられるよう助けて下さい。 あなたと我々の関係の中には全く幻想は無く、その中に幻想が入ってくることも不可能です。]

これが意味深いことなのです。
何故なら、聖なる瞬間の中で(あなたが聖なる瞬間にいる時)神の法が行き渡り全てを統治しているのだから。
そして、神の法が行き渡っている所に幻想が入ってくることは出来ないのです。

[Our holiness is Yours. ]
[我々の神聖はあなたのものです。] 

つまりここでは「私は自分の生得権(父から受け継いだ正当な権利)を受け入れます」と言っているのです。
私はあなた(神)の息子/娘であり、私があなたの表現であることを受け入れます。
あなたがあなた自身を私の中に私として体現していることが私の全てであると私は受け入れます。
そしてあなた(神)が私の中に「あなたという無限」を体現した時、あなたは(なにも差し控えず)あなたの全てを私に与えてくれました。

[What can there be in us that NEEDS forgiveness when Yours is perfect? ]

[そしてあなたの神聖は完璧なのです。 ならば我々の中に「赦しを必要とするもの」が在り得るでしょうか?]

[The sleep of forgetfulness is only the unwillingness to remember Your forgiveness and Your Love.]

[忘却の夢は「あなたの赦しとあなたの愛を思い出したくない」という思いでしかないのです。]

例えば、「私は自分で自分の面倒を見ることで精一杯なのです」とあなたが言っている時、「あなた(神)の赦しとあなた(神)の愛を思い出したくない」とあなたは言っているのです。


[Let us not wander into temptation, . . ]
[我々は誘惑の中に彷徨い入ってしまうことは止めましょう。] 

どんな誘惑でしょう?  
怒ってしまう誘惑です。 嫉妬してしまう誘惑です。 兄弟/姉妹に付け込み彼等を出し抜いてしまおうとする誘惑です。 誘惑、誘惑、誘惑。

[Let us not wander into temptation, for the temptation of the Son of God is not Your Will. And let us receive only what YOU have given, . .]

[我々は誘惑の中に彷徨い入ってしまうことは止めましょう。 何故なら、神の子を誘惑することはあなたの意志ではないのだから。そして「あなたの与えたもの」だけを我々が受け取るようにしてください。]


これは孤児のマインド(エゴ)にとっては、とても侮辱的/屈辱的なのです。
しかしこれをしている時、あなたは神の法が行き渡ることを許しており、そうすることによりあなたの体験をラジカルに変革しているのです。 そうしてあなたは自分の正しいマインドに帰って行けるようになるのです。

[And let us receive only what YOU have given, and accept but this into the minds which You created, and which You love. Amen." ]

[そして「あなたの与えたもの」だけを我々が受け取るようにしてください(受け取るようにしましょう)。そしてあなたが創造したマインドの中に、あなたが愛したマインドの中に、あなたが与えたものだけを受け取りましょう。アーメン。]

あなたは全ての瞬間に、それを聖なる瞬間にするチャンスを得ているのです。

あなたは決して聖なる瞬間を実践する機会から遠ざけられてはいないのです。 その機会は潤沢に提供され続けています。

さて、私が言ったことを覚えておいて下さい。
「ラジカル(過激)」という言葉を心に止めて、我々が話して来たのは社会常識的な「人間」のことではないと理解してください。
気楽にあれこれ推察したり、ただ楽しいだけの会話をしていることは、聖なる瞬間の中に神のメッセージ(あなたはその中に何かを発見するのです、何故なら神の法が全ての場所に行き渡っているから)を探すことの邪魔でしかありません。
そして神の法が行き渡っていることが、あなたの体験をラジカルに変容させるのです。
これが私の確約していることで、これが真理なのです。

次にお会い出来ることを楽しみにしています。
そして皆さんが聖なる瞬間を実践する度、私はあなたと共に居て、あなたがラジカルに新しいことを期待出来るようにサポートします。

原文を提供している 「Northwest Foundation for A Course In Miracles」の行動は全て無料で(読者に義務を課すことなく)提供されています。 これは無条件に差し伸べられた愛によって実施されています。 ギフトとはそのようなものだから。 
あなたと同等の方が既にこのギフトをあなたに差し出したので、これらの資料があなたに提示されています。 Rajの指示により、これらの資料が売買されることはありません。 この機関「Northwest Foundation for A Course In Miracles」へ募金される場合、下記のWEBサイトを通して行なうか、あるいは下記の住所に郵送して下さい。


A Course in Miracles Study Group with Raj, February 16th 2011
© by The Northwest Foundation for “A Course in Miracles” a non-profit corporation.
All rights reserved
PO Box 1490 / Kingston, WA 98346-1490 / USA
Phone: 360-638-0530 Fax: 360-881-0071
Website: http://www.nwffacim.org
E-Mail: paul@nwffacim.org





ACIM11-02-16に関して私の受け取った啓示を書きます。(サン~ローズ)

まずは私の受け取ったメッセージから。

さて、あなたは自分がどれだけ簡単に元の状態に戻っているか理解しました。
これは身体的な問題に限りません。
これは罪/病/死(とあなたが認識していること)だけには限りません。 「今私は以前のようには出来ない。」(例えば、夜8時には朝8時ほどすがすがしくはいられない){という考えも、聖なる瞬間の妨げに成っています。}
--------

ここでは今という言葉が重要だと気付きました。
私が朝起きた時、あるいはローラーブレードやアイススケートしていたり、「科学と健康」や「You Are Loved And Safe」を読んでいて神のエネルギーを感じている時、それは今なのです。
ならば、私は「今」疲れることが可能でしょうか? (それが何時だろうとも、どれだけのストレスを受けた後であろうとも。)
今は常に真新しいのです。
目覚めることは楽しいものです。
これはクールでクリアです。

Love,
Sun~Rose

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
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