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Attainment of the Real World  サン~ローズ・ガイダンス

[Attainment of the Real World]
[リアルな世界を得ること]に対するガイダンス

[Sit quietly]
[静かに座りなさい。]

口を閉じるだけでなく、マインドも静かにしなさい。

真っ暗闇の中で絶壁の上を一歩一歩私にガイドされて歩いている時のように静かなマインドを持ちなさい。

そのような静けさと注意深さが必要なのです。 あたかもあなたの生命がそれに掛かっているかのように。 そしてあなたの命は確かにこの静けさに依存しているのです。

何故なら、あなたが今体験していることは「命」そのものからは程遠いものだから。 それは(あなたが現在体験している状態/人生は)「なにか無限なこと」に対する遠く狭い知覚なのです。

わたし達の繋がり全体を使って(あたかも崖の周りを歩いている時の様に)注意深くしていなさい。 私が見て感じるられることを知り、それを信じなさい。 するとあなたもまた「見て感じる」ことが出来るように成ります。 

[and look upon the world you see, and tell yourself, "The real world is not like this.  It has no buildings, and there are no streets where people walk alone and separate. ]

そしてわたし達は[あなたが見ている世界を(一緒に)見て「リアルな世界はこのようなものではない」とあなた自身に告げるのです。そこにはビルディングはなく、人々が孤独に離れて歩いている道もありません。]

(私が以前にも言ったように)ワンネス(一体性)が宇宙の法則なのです。

取り残されるものは何もありません(のけ者は存在していません)。
そのようなアイディアは天国の中には存在していません。 
わたし達全員にとって、全ての人と全てのものが大切なのです。

何故なら分離は存在していないのだから。
だからあなたが知っているような状態で存在しているビルディングはないのです。
そしてあなたが知っているような形の道や庭は存在していません。

だからと言って、天国がもぬけの殻だというわけではありません。
ビルディングの背後にあるアイディアが(天国の中に)存在しています。

ストリートはどうでしょう?
それらは「道」なのです。動きの神聖なのです。無限の方法/道なのです。

そして庭(ガーデン)は花の体験なのです。
歌のハーモニー(調和)にあわせて限りなく踊っている樹木の生命なのです。
それは天国のように完璧に美しく喜びに満ちている体験なのです。


[There are no stores where people buy an endless list of things they do not need. ]

[人々が不要なものを沢山購入しているような店は存在していません。]

欠乏/必要はないのでストア(貯蔵)もありません。


しかしアイディア群に基づいたデザイン達があるのです。
それらは歌でありダンスなのです。 動きであり音楽なのです。そして数学なのです。
無限の(限定されていない)体験の中に入って来ている美しさなのです。
それは喜んでいる生命の万華鏡です。

リアリティとしては、あなたは何時でも自分が必要としているものを得ています。

より上手く表現するなら、あなたは何時でも丁度その時正しいもの得ています。 それはあなたへ与えられている神のギフトなのです。

これが聖なる瞬間なのです。 それは神があなたに、あなたに、あなたに「成っている」ワンネス(一体性)の逐次的瞬間(瞬間の繋がり)なのです。

あなたがまだ殆ど味わっていない「喜びと平和」から流れてくる「聖なる瞬間」の(継ぎ目無く繋がっている)この「生命」を言い表す言葉は存在していません。

しかし「私の愛があなたに成ること」をあなたが許可したなら、あなたはすぐそれを味わうでしょう。 そして光としてのあなたの体験が始まります。
聖書に出てくる新エルサレムとは、「愛のみの場所」なのです。

[It is not lit with artificial light, and night comes not upon it. There is no day that brightens and grows dim. There is no loss. Nothing is there but shines, and shines forever." ]

[そこは人工的な光で照らされてはおらず、そこに夜が来ることもありません。 (明るくなってそれから暗くなる)一日も存在していません。 そこでは失われることがなく。 そこにあるのは永遠に光り輝いているものだけなのです。]


全てが光輝いているのは、全てが光で出来ているからだけではなく、あなたが光そのものだからです。 
そしてあなたはなんと美しいのでしょう。


[The world YOU see must be DENIED, ]
[あなたが見ている世界は「否定」される必要があります。]

上記の文は「あなたのいる場所がない」と言っているのではないのです。
全く違います!

あらゆる意味で限定されている世界ではなく、宇宙があなたのものなのです。
宇宙の中に現されている神の無限の(限りない)アイディアをあなたは見ることが出来るのです。 それを嗅ぐことが、聞くことが、味わい感じることが出来るのです。

この宇宙の中の全ては愛であって、この宇宙があなたを愛しているので、これは喜びの宇宙なのです。

だからあなたは、(現時点で)あなたの目の前に展開されているように見えていることを否定する必要があるのです。


[for sight of it is costing you a different kind of vision. ]

[何故なら、あなたがそれ(現在あなたが見ている世界)を見続けている限り、それと異なるビジョンは見えないのだから。]


私の見ているものを私と一緒に見ることは自分をハッピーにしないとあなたは思っているのでしょうか? 

(リアリティ/天国の全ての視点と共に)私の平和と喜びを分け合うことが、あなたをハッピーにしないのでしょうか? (勿論するのです。)

あなたが兄弟姉妹の共同体(Brotherhood)ともう一度繋がることをわたし達は渇望しています。 何故なら、あなた無しでは寂しいから。

これは(兄弟姉妹の共同体(Brotherhood)ともう一度繋がることは)難しいことではありません。

(あなたが見ているとあなたが考えている世界の代わりに)私の真のビジョンを求める少しの意欲だけを、私はあなたから求めているのです。


[YOU CANNOT SEE BOTH WORLDS, for each of them involves a different kind of seeing and depends on what you cherish. ]

[あなたは両方の世界を見ることは出来ません。 何故なら、この二つの世界はそれぞれに異なる見方を必要としており、「あなたが大切にしているもの」があなたがどの世界を見るか決めるからです。]

あなたは何を大切にしているのでしょうか?

あなたが作った痛みや損失に満ちた世界をあなたは大切にしているのでしょうか。
それとも、わたし達が繋がっている時(あなたへの私の愛がどのように感じられるか、それがどれだけ安全か)感じている少しの記憶をあなたは(目の前に見えているものよりも)大切に出来るでしょうか。

[The sight of one is possible BECAUSE you have denied the other. ]
[あなたは片方(の世界)を否定することにより、もう片方(の世界)を見ることが出来るのです。]

あなたが奇妙で限定された視点(それを我々は世界と呼んでいます)を選んでいる時、(あなたの知っていた)天国があなたの視界の中から静かに滑り出てしまい、天国は(限定された視点を見るようになってから知った)あなたの人生/生命の困難に隠されてしまうのです。

しかしあなたの限定されている視点/視界(あなたの現在見ている世界)が言い募っているリアリティや真実は間違っています。 何故ならリアルな世界はひとつだけなのだから。

[Both are not true, yet either one will seem as real to you as the amount to which you hold it dear. ]

[両方(の世界)が真実なのではありません。 しかしあなたがどちらか(の世界)を大切に抱くにしたがって、それが(その世界が)リアルに見えるのです。]  

しかし天国だけがリアルなのです。
世界は{どの世界を見るか/どの世界をリアルに感じるかは}あなたの今の選択次第でした。 しかしあなたに見えている世界があなたをきつく縛っているように見えています。 そして、死と生の間をめまぐるしく行き交い、人生に次ぐ人生をあなたは「生きて」来ました。 これは永遠の命のなんと馬鹿げた浪費でしょう。


[And yet their power is NOT the same because their real attraction to you is unequal. ]
[しかしそれらの力(「リアルな世界」と「現在のあなたが見ている世界」の力)は同じではありません。 何故ならあなたに対するそれらの吸引力は同等ではないのだから。]


これはどういう意味でしょう?

「あなたの見ている世界」は天国という喜びの上に投げ掛けられているあなた自身の発明なのです。 それは(あなたが見ている世界は)あなたに対して、あなたがそれに与えた力以外には、何の力も持っていません。それは実存していないので無効なものなのです。
しかしあなたはそれが(あなたの見ている世界が)あたかも「リアリティそのもの」であるかのように生きています (その限定的世界観の中で自分が生きているつもりに成っています)。


[You do not really want the world you see, for it has disappointed you since time began. ]

[あなたは自分が見ている世界を本当に欲してはいません。何故なら、それは(時が始まって以来)今まで何度も繰り返しあなたを失望させて来たのだから。]

時間はどのようにして「始まった」のでしょう?

時間はリアルなものではありません。 「時間」とは(「マインドが全てであること」に対する)無知の初期状態で、あなたが虚無(価値のないもの)を投射している状態なのです。
あなたの見ている世界(時間)は、それ自身こそがリアルだと叫び続けています。が、しかし上記が事実なのです。

[The homes you built have never sheltered you. ]
[あなたの作った家が今まであなたを安全に防御したことはありません。]

しかしリアリティの中で防御が必要でしょうか?
あなたとして知られている神のスピリット(霊)を傷つけられるものが在り得るでしょうか?  そのようなことが可能だと想像出来るというなら、そうして御覧なさい。 何故なら、それ(神のスピリット)が本当のあなたなのだから。


[The roads you made have led you nowhere, and no city that you built has withstood the crumbling assault of time. ]

[あなたが作った道は、あなたを何処にも導きませんでした。] 
何故なら「いまここ」だけが(無限のバリエーションを持っている)あなたが常に居るところなのだから。


[あなたの作った街は、時間の攻撃の前に崩れ去りました。]
何故なら、「あなたの創造は常にスピリットだけなのだ」ということをあなたは忘れてしまっているのだから。


[Nothing you made but has the mark of death upon it. ]
[あなたの作ったもの全てには、その上に死の印が付けられています。]

しかし全てのリアルなものは永遠の命だけを教えているのです。


[Hold it not dear, for it is old and tired, and ready to return to dust even as you made it. ]

[それを大切にいだくことは止めなさい。それは古く草臥れているのだから。あなたがそれを作った途端にそれが塵に帰っていくことを見ても驚かないでいなさい。]

それは(あなたの見ている様相は)大切なものではないのです。
{しかし、あなたの目の前には常にリアリティが在るのです。}
この世界と天国の大きな違いは、(あなたが見ている)世界の中ではものが構築されており、天国の中では物事は(神から完全な形を与えられて)ただ存在しているのです。

[This aching world has not the power to touch the living world at all.]
[この痛みに満ちた世界は、生きている世界に触れる力を持ってはいません。]

「生きている世界」はあなたの帰還を辛抱強く楽しみに待っています。
開かれたドアの横にあなたの衣服と指輪とサンダルが待っています。


[You could not give it that, and so although you turn in sadness from it, you cannot find in IT the road that leads away from it into another world.]

[あなたがそれに(あなたの見ている世界に)そのような力を与えることは出来ませんでした。 あなたはそこから悲しげに顔を逸らせたけれども、そこからもうひとつの世界へ続く道を探すことは出来ません。]

「あなたが自分で作ったと思っている世界」の中で、そこからリアルな世界へ続く道を見つけることは出来ません。

しかしこれは(あなたの見ている世界は)全く新しいものではなく、それは永遠の中に充満している美しくパーフェクトな「ところ」に対する限定された歪みでしかないのです。 それに対する英知をあなたは忘れ去ったのではなく、それを埋もれさせてしまっているだけなのです。

だからこの記憶は深くうめられてしまっているけれども、

[Yet the real world has the power to touch you even here BECAUSE YOU LOVE IT. ]

[しかしリアルな世界は、ここの中(限定された世界観の中)でさえもあなたに触れる力を持っているのです。 何故なら、あなたはそれを(リアルな世界を)愛しているのだから。]

そうなのです!!

あなたはこの言葉の中の力と真理を感じました。
あなたは真の愛があなたのもとに来ていることを忘れてはいません。

[And what you call with love WILL come to You]
[あなたが愛をもって呼んだものがあなたのもとにやって来ます。]

何故なら、それはすでにここに来ているのだから。

あなたが忘れた(捨てた)と思っていたものは、あなたの傍を離れてはいないのです。
それを無視しているのはあなたなのです。それが(愛が、リアルな世界が)あなたを無視しているのではないのです。
これが良き知らせなのです。

[Love always answers, being unable to deny a call for help, or not to hear the cries of pain that rise to it from every part of this strange world you made but do not want]

[(あなたが作った、しかしあなたが求めていないこの不思議な世界の各部分から湧き上がってくる)痛みの叫びや助けの声を無視することはなく、愛は必ず応えます。]

何故なら愛はあなたとして存在しているのだから。だから愛が「助けを求める声」を無視することは不可能なのです。
あなたが必要とする全ての助けを与えるために、愛はいつでも準備して待っています。


[The only effort you need make to give this world away in glad exchange for what you did not make is willingness to learn THE ONE YOU MADE IS FALSE. ]

[「(あなたが見ている)この世界」を「あなたの作らなかった(真の)世界」と取り替えるためにあなたがするべき努力は、あなたの作った世界の方が偽りなのだと学ぶ意欲を持つことだけです。]

「あなたが自分で作ったと思っている世界」がどれだけ痛みを作っているか理解出来たなら、それを放棄することは容易いことです。

何故なら、あなたは決してリアリティを変えることは出来ないのだから。
リアリティは神と同様に永遠で不変で良きものなのだから。 何故なら、リアリティが神で、神が全ての創造に成っていることがリアリティなのだから。


[You HAVE been wrong about the world because you have misjudged YOURSELF. ]

[あなたはあなた自身を誤って判断しているので、世界に対しても間違っているのです。]

あなたが(神とは)違う風に見ることを選んだ途端、あなたの世界はとても(神から)異なったものに成ったのです(成っているように見え出したのです)。
何故ならあなたの世界は、あなたが見ている(とあなたが思っている)だけのものだから。

「あなたが考えていること」があなたの世界として見え出したのです。
そしてあなたが一旦「自分は今までとは違う見方で見ている」と考え出したとき

[From such a twisted reference point what COULD you see?]
[このような捩れた視点から何が見えるというのでしょうか?]

神の創造がもやは神の創造としては認識出来ないぐらい捩れて見えるようになったのです。

[All vision starts WITH THE PERCEIVER, who judges what is true and what is false. ]

[全てのビジョンは(何が真理で何が間違いか判断している)知覚者(認識者)から始まっています。]


裁き(ジャッジメント/判断)とはあなた一人だけで考える行為のことです。
これは(あなたのオリジナルな意識である)英知(ノーイング)の正反対なのです。

{思考/ジャッジメントを使って}あなたは自分のビジョン(視界)を縮め、天国とは似ても似つかない場所を「発明」したのです。 

そしてあなたはそれを抱擁したのです。故郷の記憶と喜びが完全に無くなるまで。 
だからもう「自分はハッピーであるべきだ」という感覚だけしたあなたには残されていないのです。 


[And what he judges false HE DOES NOT SEE. ]
[そして、間違っていると彼が判断したものを、彼は見なくなるのです。]

あなたに残されているのは「思考」という奇妙な行為だけです。 英知(ノーイング)が縮まって「思考」に成ったのです。

あなたは思考を使って、全ての機会に自分自身を正当化しようと試みているのです。

[You who would judge reality CANNOT see it, for whenever judgment enters reality has slipped away. ]

[リアリティを裁こう(判断しよう)としているあなたには、リアリティは見えていません。] 

{判断しようとした途端}リアリティはあなたの誤認識によって隠されてしまうのです。

[何故なら、{あなたのマインドの中に}裁き/判断が入ってきた途端にリアリティは出て行ってしまうから。]

それは何故でしょう?
何故なら、リアリティは愛で、愛は完璧性の(全ての物事が素晴らしく在る)ビジョンを通して全てを見ているのだから。

はい。 このように愛されることの意味をあなたは少し感じたことがあります。
そして、「この愛があなたであることを初めて体験した時のこと」をあなたは思い出しています。

「世界(あなたが見ている定義と歪んだ知覚の世界)を成り立たせている愛」と「天国の愛」の間の大きなギャップをあなたは見たことがあります。

エゴの容赦ない裁き(判断/思考)とその暗い感覚がリアリティを視界から遮ってしまいます。

そしてあなたは自分が何を失ったか思い出せなくなっていて、「誰か」や「何か」を一生懸命探しています。 あるいは「多くの人々」や「多くのもの」を使って空虚な心を満たそうとして失敗しています。

しかし満たされて平安に感じるためには、私の手を取ってあなたのマインドを私に向かってオープンに開き、愛をその中に取り入れるだけで良いのです。

[The out of mind is out of sight]
[マインドの外にあるものは視界の外に出てしまっています。] 

あなたはあなた自身という輝けるものが見えていません。

[because what is denied is there, but is not RECOGNIZED. Christ is still there although you know Him not. His Being does not depend upon your recognition. ]

[否定されているものは依然としてそのにあるのですが、それは認められていないのです。 キリストは依然としてそこに{あなたのもとに}います。あなたは彼を知っていません(彼に気付いていません)。しかし彼の存在はあなたの認識には依存していないのです。]

そして彼(キリスト)は、あなたが助けを求めるのを愛の静けさの中で待っているのです。

[He lives within you in the quiet present ]
[彼は静かな今としてあなたの中に生きています。]


彼(キリスト)はあなたの中にあなたとして生きています。
「今ここ」が常に彼があなたの中にいる静かな今なのです。

あなたが自分の注意を全て過去と未来に与えてしまって今を無視しているので、それは静か(彼は無言)なのです。

「今」があなたは常にいる「ところ」なのです。あなたが際限なく過去を再現していたり、未来の夢を夢見続けている時でも。


だらからラブリーな「静かな今」がそこに居て

[and waits for you to leave the past behind and enter into the world He holds out to you in love.]

[そして、あなたが過去を離れ「彼が愛と共にあなたの為に広げている世界」の中に入って行くことを待っています。]


あなたが(思考に基づいた)未来の予測を永遠に手放し、(決して実際には起こらなかった)過去を捨て、永遠の現在の世界の中に入っていくことを彼(キリスト)は待っています。
彼は愛とそしてあなたという永遠のギフトを携えてあなたを待っています。
あなたはそれ(彼があなたの為に広げている世界/ギフト)をいま手に取って、彼の愛があなたに成ることを許してください。

あなたの故郷への帰還は確実で安全です。 それは彼の愛で満たされており、あなたは彼とあなたの喜びの両方で満たされています。


-----------------
ローマ人への手紙 8.19 J.B. Phillips の意訳

[The whole world is on tiptoe to see the wonderful sight of the Sons of God coming into Their Own]

[神の子達が彼等自身の中に入っていく光景。この素晴らしい光景を見ようとして世界全体が固ずを飲んで見守っています。]


上記はACIMの “Attainment of the Real World”  に対してサン~ローズが得たガイダンスです。
sunrose101@aol.com


JCIM: Chapter 12 “Attainment of the Real World” p125
2nd Edition: Chapter 13 The Guiltless World Vii -Attainment of the Real World p254


テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

hiro.okaue@gmail.com

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