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ACIM11-04-03

April 3rd, 2011 ©NWFFACIM   2011年4月3日

原文テキスト
http://www.nwffacim.org/tgp/forums/thread-view.asp?tid=31300&mid=150286#M150286
オーディオ&ビデオ




こんばんは、ようこそ。 今日も本は読みません。

私たちは長いこと本を読む学習を続けて来ました。
しかしここ数週間は実践から学ぶ機会に私たちは(すべての人達は)面しています。
今全ての人達は大きなチャンスに面しています。 このチャンスを天災として見てしまうことも可能でしょう。
しかし現在全ての人達は意識的な知覚のシフトを行うチャンスに面しているのです。 このシフトが創造を救済し再生し変容させるのです。

あなたが「二つのステップ」を行い父の視点に自分を譲ったとき、知覚のシフト(認識のシフト)が起こるのです。

あなたの世界の中では特定の状況が起こっており、その状況に注意を与え、それを修復する必要があります。
多くの人達にとってこれは遠く離れた場所で起こっていますが、この状況に直面している人達もいます。

(もしあなたがこの状況に直面していなかったとしても)これを何か遠くの自分とは関係ないこととして考え扱ってしまわないよう、あなたにお勧めします。

あなた自身を関与させて下さい。 たとえば大きな損害を体験している人達へ募金したり、寄付したりして実際的な関わり合いを持ってください。
そしてそれ以上に大切なこととして、あなたの注意/意識/気遣いを与えてあげてほしいのです。

遠くの知らない人達にあなたの注意を与えるのではなく、あなたの兄弟姉妹(同胞/ファミリー)として彼等(助けを必要としている人達)にあなたの注意を与えて欲しいのです。
(自分の近しいファミリーに問題がなかったからといって)「自分達の為に証人(証言者)に成ってくれる人」を必要としている人達を無視してしまったなら、あなたは自分の使命を無視しているのです。 (何故なら、彼等もまたあなたのファミリー・メンバーなのだから。)
(そのように人々を無視してしまったなら)あなたは繋がるチャンスを逃してしまうのです。
それは(それを体験することがあなたの当然の権利である)癒しの繋がり、喜びの繋がり、愛の繋がりです。

あなた達はドンドン小さくなっている(より繋がりが密に成って来ている)世界の中に住んでいます。
昔はアメリカとヨーロッパは地球と他の星程も離れているみたいでした。
コミュニケーションには大変長い時間がかかり、地域が離れていたならほとんど関係が成り立っていないみたいでした。
しかしここ50年程でどうなったでしょう?
人類はより意識的になり、お互いとの相互関係をより強く意識するようになり、関わり合いをよりハッキリと認識出来るようになりました。

しかし分離感覚を保ち続けようとする傾向がまだ続いているのです。
国の違いや習慣や宗教などをもとに自分達を分離しておこうとする傾向がまだ残っています。
まだ自分だけ(自分達だけ)特別に成ろう、そして全ての人達との兄弟姉妹愛を感じないようにしようとする傾向が残っています。

過去のパターンにしがみ付こうとする傾向にも係わらず、人々がお互いと関わり合っており繋がり合っており、各人の振舞いが全ての人に影響を与えていることがよりクリアに理解されるように成って来ています。
「経済危機」などと呼ばれていることによって、一つの国の経済が必然的に他の全ての国の経済と関連していることが明確に理解されています。
だから(これらのことが証明しているように)繋がりが、合一(Unity)が存在しているのです。 

日本の状況により、彼の地の放射性物質が風に乗って何処へでも行くことが理解されており、あなたの吸っている空気は全ての人々の吸っている空気でもあることが解るのです。
そして一つの場所で起こったことは、他の場所でも起こり得ることが解るのです。

さて私は何故このことを言っているのでしょうか?
何故なら、今が本当にその時だからです。

現在の状況(イベント)の中では、全ての人がお互いとの関係に気付き、自分の兄弟の証人に成る必要を無視してしまわないことが要求されているのです。 そしてあなたが兄弟のための証人になったなら、あなたはあなた自身の証人に成っているのです。
つまりあなたが自分の兄弟を無視している時、あなたは自分自身を無視しているのです。

“I wish to see the evidence of Love”「私は愛の証拠を見たい。」という言葉と
“I wish to be the evidence of Love.”「私は愛の確証に成りたい。」という言葉 を
私はあなた達に(このウェブを通して)示しました。
この二つの言葉を言って、それを(兄弟のための証人に成ることを)意図するのは良いことです。

「私は愛の証拠を見たい」とは、神を目の前に見ようとする意志を表明しています。
「私は愛の確証に成りたい」とは、あなたの中に神が来ることを望み、あなた自身が愛の現われになる意図を表明しています。

しかしこれらは、ただ単に素晴らしい言葉/思考だけに留まってしまうかもしれません。
素晴らしい暖かいメッセージとして、これらの言葉を何となく取り扱ってきた人もいることでしょう。

(しかし)
「ハイ。 私は愛の証拠を見たい。 そして私は愛の確証に成りたい。」
だから今、愛の確証に成り、愛の確証を見る絶好のチャンスが来ています。

これらの言葉は何を意味しているのでしょうか?
これらはあなたが物事に関与する必要、人々と係わり合う必要を説いています。

愛の確証に成ったなら(ただ愛に満ちた考えを抱くだけではなく)あなたの行動があなたの動機を反映し、あなたの動機(愛)にあなたの注意が与えられるように成るのです。
そして現在のところ、この注意には(この注意が良い結果をもたらすまでには)時間が掛かるように見えています。

だからあなたは注意がより必要とされている所に自分のマインドを注意深く与える必要があるのです。
上記をすることが「私は愛の証拠を見たい。そして私は愛の確証に成りたい。」という言葉の意味なのです。
そしてこれには時間と関わり合いが必要なのです。

これに(愛の確証を見ることと愛の確証に成ることに)注意深く意識を与えて、その他のものには与えないことが必要なのです。
あなたにはコースの意味を理解してもらい、コースを(新しい意識で新しい振舞いとして)実践して欲しいのです。
何故なら、そこで(そのようにして)全ての変容と癒やしと修正が起こるのだから。

素晴らしい思考を持って、自分の安全地帯の中から他の事に自分の意識を与えて、それで満足することは気楽かもしれません。
しかし、もしあなたが目覚めたいなら、(現在あなたが誤認識している世界や宇宙ではなく、それそのものである)天国を体験したいなら、あなたは愛の確証を見つけ探すことを愛さなくてはならないのです。 神の確証を見つけるのです。 だから神の証拠が見れると期待しなければいけないのです。
ビデオゲームをしているほうがより楽しいと考えて、神の確証を探して神の技を行なうことを放棄してしまっていてはいけないのです。

さて次がワーク(仕事)の部分です。 そしてこれが素晴らしい部分なのです。

実際にはひとつの実体(Substance)しか存在していません。
存在する全てのものは、一つの限りない実体から出来ているのです。
この実体を使って神が全てを創造しているのです。 そしてこの実体は、神自身の実体なのです。

神は自身の存在の実体から全てを創造しているのです。 神自身のものを使って全てを創造しているのです。
この実体(構成要素)がスピリットなのです。 

ここまでは先週話しました。
確かに私は繰り返し同じことを言っていますが、(あなた達の)理解が進むよう、言葉や表現を変えて繰り返し言いたいのです。

実在しているのは一つの実体だけで、それはスピリットという実体なのです。
「スピリットの実体」と私が言っている時、それは「スピリットという実体」という意味です。

「スピリットの実体とは何ですか?」とあなたは訊ねるでしょうか?
神が全てを作った実体(構成要素/スピリット)を取り出したなら、それは何で出来ているでしょうか?
それは愛で出来ているのです。 だから実体(構成要素)は愛なのです。
だから実体/スピリットは統一/統合されているのです。
だからそれは、分離不可能(分け隔てることが出来ないもの)なのです。 
だからそれは、完全に調和しているのです。
だからそれは、不可侵なのです。 
だからそれは、全能なのです。
だからそれは、あれで、これで、こう出来て、ああ出来るのです。


実体は、あなたが愛という言葉を聞いた時に思い浮かべる感情(気遣い/愛情/良きフィーリングを伴った抱擁)とも結び付けられています。
スピリットの実体(構成要素)は愛なのです。

だからあなたが見れる触れる(そして見れない触れないものも)全ての実体は分離することの出来ない愛の現われなのです(分け隔てない愛なのです)。
それが全ての原子や細胞を(あなたが見れる触れる全てのものを)愛しているのです。
ひとつの実体が今、愛をあなたに(そして全てのものに)差し出しているのです。
あなたは常に愛に抱擁されているのです。 そして全てはその愛で創造されており、だからあなたは創造された全てのものによって愛されているのです。

この実体が、何かを傷つけることは在り得ません。
何故ならそれは不可分(より細かく分けることが不可能)で、従って分離していないのだから。
だからこの実体を対極化(二分化)することは不可能なのです。

だからこの実体はシンフォニーのような絶対的ハーモニー(調和)の体験なのです。
これは天空(天球)の音楽と呼ばれている、素晴らしい真のアイディアなのです。
実体はこのように存在しているのです。

天国(天の大国)と呼ばれている全創造の実体が、あなたが常に直面しているものなのです。
それはあなたの目の前のコンピュータであり、あなたを支えている椅子であり、あなたが聞き入っているテープレコーダやCDプレーヤーなのです。

この一つの実体が、特別な関係を楽しんでいるマインドによって観察されている時、これが(一つの実体が)物理的な世界/宇宙に見えるのです。

思い出してください。
特別な関係とは、神があなたの世界の中の何処にも居ない時に、あなたが全てのもの(人)と築いている関係のことです。
神の確証を見ようとする神の意図を持ってあなたが見ていない時、そしてあなたが愛の現れに成ろうとしていない時、あなたは特別な関係を持っているのです。
その時あなたは、あなたが考えている存在に成ろうとしており、あなたが見ていると考えているものを見ているのです。 そしてそれらに対して(神のものではなく)あなた自身の定義を与えており、あなた自身の結論を下しているのです。

これが特別な関係なのです。 これはあなたが孤独な時の関係なのです。これはプライベートな関係です。 孤独なあなたがプライベートなマインドの中でものや人と関係を結んでいるのです。

しかし(あなたが関係を持っている)それら全ては創造の一部なのです。 何故なら、創造以外のものは存在しておらず、それ以外のものと関係を築こうとしても、創造以外のものは存在していないのだから。
{だから、特別な関係もまた「プライベートなあなた」と「創造の一部」との間に築かれているのです。}

さて問題は、あなたが全てのものを見てそれらと特別な関係を持とうと決めたとき、その特別な関係の全ては破壊的に成らざる得ない、ということなのです。
あなたと(あなたが特別な関係をもっている)そのものの関係は全面的に破壊的に成るのです。
それに関する全てのことが壊滅/減退/老化をもたらすのです。

だから(すると)あなたは常に破滅/減退を避けたり、危険を避けたりし続ける必要があるようになるのです。

しかし、一つの同一の実体についてわたし達は話しているのです。
それ(実体)をあなたが神と共に見ている時、あなたは実体そのものを見ており、スピリットである実体を、無限のハーモニーを、分離不可能な愛の実体を見ているのです。

しかしこの創造の同じ要素を(同じ実体)を、あなたが自分一人で見ている時、自分が何を見ているか自分一人で決める権利を独立的に楽しみながら見ている時、この実体はその調和を欠いて現れるのです。
その時この実体の善良さが失われるのです。 それは分極化され、紛争化され、危険に成るのです。

だからわたし達は「全ての特別な関係はあなたの死/破滅をその目的としている」と言って来たのです。
怖ろしい言葉ですね? しかしあなたには答え/解決が与えられています。 わたし達はこれに関して長いこと話して来ました。

わたし達はこれを「二つのステップ」あるいは「聖なる瞬間」と呼んで来ました。
これはあなたが自分の独立を放棄して、あなたの父をもう一度認め直し、もう一度あなたの父に手を伸ばして、もう一度彼をあなたの静寂の中に向かい入れること、父の視点であなたが満たされるようにすることです。

今日の状況はあなたが聖なる瞬間を実践することを必要としています。
それは変容/再生/救済を必要としています。
それは原初のスピリットに戻されることを必要としています。

そしてあなたがこれをするべきなのです。
(わたし達はこのことに関して話して来たので)あなたはどのようにしてこれをするべき理解しているます。 だから、あなたがこれをするべきなのです。

今が実践の時です。
今が、愛の現れ(愛の存在)に成ること/愛の確証に成ることを毎日思い出すべき時なのです。
あなたが自分の注意/意識を(同胞や物事に)与えて「私は神の確証を見たい。そこにある放射性物質の中に神の証拠を見たい。」と言えるように成るべき時なのです。

あなたは日本で起こっている実体の全ての側面(放射性物質/木/釘/漆喰/食事/土地/その他)を見て、原子力発電所の構造を見て、「あなたがそれについて考えていること」に反応しないようにする必要があるのです。

何故なら、あなた達は見えない危険な粒子などに対して怖れを懐くように条件付けられているから。 それら粒子などの非常にネガティブな要素、非常に破壊的な性質故に、もしかしたらあなたの生命が失われてしまう。 もしかしたらあなたの子供の生命が失われてしまう、あなたの家畜が病気に成ってしまう。 などと云う条件付けをあなたは受けているはずです。

これは例えば「皆さん、豚インフルエンザが流行っていますから、気をつけて下さい。」と言われている時と同じなのです。 この病原菌を裸眼で見て確かめることは出来ませんが、あなた達は(風や物流を通して伝染する)見えないものを恐れ出してしまうのです。

さて、あなたは癒やしがリアルだと考えていますか? あなたはコースに書かれている修正が実際に起こることだと考えていますか? それはあなたにとってリアルですか?

あなたは次の事を知っているべきです。
「流れ出している(噴出している)見えないもの」があなたを殺してしまうかも知れないものであったとしても、あるいはあなたを少しの間病気にするだけのものだったとしても、{それがどのように呼ばれていようとも}それは実存する唯一の実体でしかないのです。

あなたがそれをスピリット(霊)ではなく物質だと考えている時、全く神とは関係ないものを自分達が見ているのだと考えている時、それ(物質)はあなた(達)の思考の中で色々な定義をまとって複雑に成って行ってしまうのです。

スピリット(霊)の実体は愛なのです。 そして物質の実体(構成要素)は怖れなのです。

あなた達は自分達のマインドを建設的に使う(健全に保つ)必要があるのです。
そして父がそれを(あなたのマインドを)創造した時に意図しなかった方法でマインドを使い続けることは止めなければいけません。
そのようなマインドの使い方(マインドの持ち方)を続けたなら、あなたは損なわれ、心傷付き、怪我をし、病気になり、最終的に死んでしまいます。(勿論死んだと思った途端、あなたは自分が本当は死んでおらず、これが茶番であることに気付くのですが。)
そして物質をそのように怖れる必要は無かったことにあなたは気付くのです。
それ(物質)があなたを本当に殺すことは出来ないと知っていたなら、あなたは{物質が人を殺せるという言い立てに対して}反証すること(そのようなことは無いと実証すること)が出来たのです。

だから現在必要なことは、あなた達各人が同胞達とこの惑星を十分に愛し、その全ての要素を抱擁出来るように成ることなのです。
全ての放射性粒子を愛し、そこに神の確証(つまり対極性を全く持っていない無限のハーモニーによって構成されている愛の実体)を見たいと望むのです。

創造の細微な部分でさえも限りないハーモニー(調和)を体現しているのです。
あなたはこのハーモニーがどれだけパワフルかわかりますか?
ここでパワフルと言っているのは、他を圧倒しているという意味ではなく、これが非常に大きく何者もこれを変えることは出来ない、だから調和こそが実体の永遠の状態なのである、ということなのです。

あなた達が自分達のマインドを良く使う(マインドを良く保つ)ことが、今今今今、そして明日も、その次の日も必要とされているのです。

これは大変な仕事だ、とあなたは考えているかもしれません。
しかし、あなたがこのように揺ぎ無く確実に真理を意識し続けることは、これは完全にノーマルなのです。
あなたの意識の中で真理に対する気付きが中断されることはアブノーマル(不自然)なことなのです。 あなたの同胞に対するあなたの愛の意識を中断することは不自然なことなのです。

あなたがお皿を洗っていたり、芝生を刈っているからといって、同胞に対する愛を放棄してしまう必要は全く無いのです。

これは、あなたという神聖な人(神聖なひとつ)に成り始める素晴らしいチャンスなのです。
あなたは、あなたがどのように神聖か示している全てのものを抱擁し体言するべきなのです。 あなたがそれを取り逃がさないように。 そしてあなたが存在のパーフェクション(完全な有り様)を取り逃がさないように。

「自分は(全く神聖/ 全体ではない)独立した存在であると信じることを選択した時、あなたは神との実際の繋がりを無くしてしまっているので、そのような状態で得ている視点/視界は全く間違ったものであること」をあなたは理解し始めています。
しかしそれだけではなく、(神から離れているあなたの)その視界はあなたの平和と喜びを脅かし、あなたの神性に対するあなたの意識的気付きを捻り潰しており、より良きものに手を伸ばそうとすることが出来ない意識的枠組みにあなたを閉じ込めようとしています。

物質的世界/宇宙のネガティブな自己破滅的属性から、スピリットという実体のクリアなビジョン(視界)に譲るべき時なのです。
スピリットの実体とは「全てのものの完全に巧妙で美しいハーモニー」に成っている愛なのです。  そしてこのハーモニー(調和)が、変えようのない完璧性の中に永遠に保持されているのです。

日本で状況を扱っている時の不手際(に見えていること)故に、問題を正当化すること(この問題がリアルだと考えてしまうこと)は簡単に見えるでしょう。 
「何が期待出来ると言うのだ! 誰も知性を使っていなかったのだ。 誰も先見の目を持っていなかったんだ。 アレコレ、アレコレ。」

しかし待ってください。 それは人々を呪っていることでしかありません。
そしてあなた自身はどのように振舞っているのでしょうか?

例えばあなたが肺気腫を病んでいたとしましょう。
「ウーン。 あなたがこれ程長く喫煙し続けて来なかったなら、このような問題には成らなかったでしょう。 だって(今までのあなたの行動を鑑みて)一体何を期待出来るというのですか?」  (このように考え振舞っているなら、このような考えを受け入れているなら、あなたは失敗を続けているように見えている原発の責任者と全く同じ事をしているのです。だからこの様に考えて幻想を正当化し続けるのは止めなさい。)

どれだけ沢山間違いが起こって来たとしても、それは問題ではないのです。
どれだけタバコを吸って来たとしてもそれは問題ではないのです。

原子力発電所の実体も、肺の実体も、スピリットでしかないのです。
スピリットだけが実在し続けているのです。
破壊的に見えているものを修正する必要があります。
そして「破壊的に見えている修正が必要なもの」とは誤認識(間違った認識)なのです。
そして、これらの問題(間違った認識)は神が設立したものではないので、修正されて当然なのです。

「専門家は修復に数ヶ月掛かると言っています。 完全な回復には何年掛かることやら。 ウダウダウダ...」

でも聖なる瞬間には一瞬しか掛からないのです。

あなたが十分意識的に成って、聖なる瞬間を行なったなら、聖なる瞬間を行なったなら、聖なる瞬間を行なったなら、聖なる瞬間を行なったなら、そうしたなら、あなたは修正が瞬間的に起こっていることを見るのです。
あるいは修正が物凄く素早く行なわれ、故に、あなたが物理的プロセスと呼んでいるものによって状況が縛られていないと解るのです。
(オオ素晴らしい!)そして神が本当に居るのだ、そして神の共同創造者達であるあなたが居るのだ、とあなたは思い出すのです。

全てをあなた一人だけで見て創造を分極化された死の罠として見ることが可能で、神と一緒に創造を見てそれを(ハーモニーとパーフェクションの中にある)それそのものとして見ることも可能なら、あなたは共同創造者としての自分の役割がどちらか解った筈です。

神が動き、神が喋り、すると形が現れます。
神が動き、その動きが響く(届く)のです。

(何であれ)その実体は無限の調和的動きなのです。 それは不可分な対極化されていない動きなのです。

そしてあなたは、それ(創造)をそれそのものとして認識する役割を負っているのです。
それ(神の動き)を、それそのものとして、それそのままに認め確かめることがあなたの任務なのです。
あなたがそうした時、そのパーフェクション(神の動きの完璧な有り様)だけがそこに在るのです。

しかしあなたが何かに対してプライベートな知覚(認識)を持とうと決めている場合、特別な関係を持とうと決めている場合、本来パーフェクトな創造(創造物)が「難しいもの/最終的に死をもたらすもの」に見えてしまうのです。

だからあなたが自分の役割を果たしていない時、あなたが共同創造者として振舞っていない時、父の動きによって父が成っているパーフェクトなパターンをあなたは見逃してしまい、それ故にあなたは苦しんでしまうのです。

しかしあなたは、父の動きが形成しているパターンを取り逃がし続け、苦しみ続ける必要は無いのです。

物質だと思って来た実体によってあなたがダメージを被っているように見えても、あなたが実体によって苦しめられている様に見えていても、あなたは自分のマインドを変えるチャンスを与えられ続けているのです。 あなたは(状況に対する)自分のマインドを変えるよう要求され続けているのです。

「あなたのマインドを変える」とは、良きことを発生させるパワーをあなたが持っているということではありません。
「あなたのマインドを変える」とは、「あなたを真に現していない振舞いを続けることによって(リアリティに対して)歪みを挿入しつづけること」を手放すパワーをあなたは持っている、ということです。 何故ならあなたは独立した存在ではなく、従ってあなたは独立した変革の使徒などでもないのだから。



さてもう一つ重要な点があります。
「全ての原子炉も実体から出来ている」と私は言いました。
これを聞いて「原子力の使用が適切であるとか、原子力そのものが(修正を必要としている)誤認識ではない」と私が言っているように誤解して考えた人が居たかもしれません。
注意してください!

一旦あなたがスピリットの実体を見えるように成ったなら...
例えそれがウラニュームでもプルトニュームでも鼻くそでも、あなたがそれをスピリットである実体(体現されている愛)として見ている時、あなた達にはもはや物質からエネルギーを得ることは出来なくなります。 何故なら、その時あなた達はもう物質を手にしてはいないのだから。

そしてスピリットの実体内では分極化が行なわれていないので、
原子炉をシャットダウンした後、冷却に何年もの時間が掛かることはありません。
有害に見えている放射能の放出が無害に成るまでに数年掛かることもありません。
(指をパチンと鳴らす。)
分極化と破壊性の幻想は「パチン」消えてなくなるでしょう。

とても面白いジレンマですね?
あなたは本当に現在の状況を見てそこに愛の確証(存在のパーフェクション/各個性達が一緒に奏でているハーモニー/分極化の不能)を見つけたいと欲していますか。
核分裂が起こらなくなり核分裂のプロセスから集められている原子力が止まることをこれが意味している場合、それでも(現在の怖れが止まるように)あなたはそれを(愛の確証を)見たいと求めていますか?

勿論あなたはそう望むべきなのです。
何故なら、今まであなた達が必要不可欠だ(安楽を得られる唯一の方法だ)と考えて来たものを失う課程で、それは怖れをもたらさない傷つけない老化しない劣化しない損失のない安楽/ハーモニーによって取って代わられるのだから。
だからわたし達は大きなことに関して話しているのです。

あなたは分極化のない(極性に分かれていない)争いのない世界に住みたいと望んでいますか?
そこでは存在(ビーイング)が、全く美しい素晴らしいハーモニー(調和)を持って動いているのです。

その必要(それが見られるようになる必要)が今あるのです。
明日、今晩、毎日、あなたがどのような状況に直面していたとしても...
そしてあなた達は全員、不調和や争いなど向上可能なもの(より良くなるべき状態)に直面しています。 そしてそれら全ての問題は正当化可能/当然に思えるのです。 
だからそれらの問題を解決することは簡単ではない(とあなたは考えているでしょう)。
違いますか?

しかし「問題が(あなたの)外で起こっているわけではありません!」。

これが問題であり解決なのです。
もし問題が本当に外部で起こっているなら、それは解決が難しいかもしれません。
しかし知覚(認識)の中に問題があるなら、あなた達が全てを見ているその方法自体に問題があるなら、それを解決し修正することは容易なのです。
何故なら、あなたは自分の独立した状態を放棄して、あなたの父を抱擁し直することが出来るのだから。

そして真摯に神を招待して、神のためにスペースを開けたなら、神の知覚があなたを満たしてあなたを内側から灯し、その知覚があなたのものでもあった(あなたのものであり続けてきた)とわかるのです。 あなたは神の知覚以外の知覚が可能なフリをして、少し父から離れてみていただけなのです。

次のことは幾ら強調しても足りません。
目覚めを真剣に受け取るべき時なのです。 立ち上がり目覚めを選ぶべき時なのです。
(あなたが今まで学んできた)真理に関してより意識的に成るべき時なのです。
「あなたの兄弟姉妹がそれを必要としているから」という以上に協力な理由が在り得るでしょうか?
そして(あなたにも解っているとおり)あなたの兄弟の必要があなたの必要に成るのです。
だからこれをすることは、まったく知的な当然のことなのです。

神は動き、創造が成り立っており、創造は失敗するようデザイン(意図)されてはいません。
あなたは目覚めるよう定められているのです。
「ここで行われた全てのこと」が修正されることは定められているのです。

今週これを掴み取りなさい。 この理解をあなたが手放さないよう私は助け続けます。
不意の出来事(期待外のこと)を期待していなさい。 信じられないことを期待しなさい。

それは(放射能が有害で在り続けることは)神の意図を満たしていないので、放射能が減退することを勇気をもって見守りなさい。

私はあなた達全員を愛しています。
あなたがこれを続けるにあたり、私はあなた達一人一人と一緒に居続けます。
そして(あなたの正しいマインドでしかない)精霊もあなたと共に立っており、自分の正しいマインドに戻って行くあなたをサポートしています。
あなたがこれをしたなら、ダメージを受けた日本は、ダメージを受けたチェノーブルは、ダメージを受けた体は続きません。 修正が起こり、救済が起こるのです。

あなたは全てを望むべきなのです。
あなたは(ダメージを受けた日本やエコシステムなどに邪魔されていない)至福に満ちたハッピーなマインドだけではなく、物事の全体(性)を求めるべきなのです。
だから全体を全て掴み取りなさい。

I love you.
来週お会いできることを楽しみにしています。



原文を提供している 「Northwest Foundation for A Course In Miracles」の行動は全て無料で(読者に義務を課すことなく)提供されています。 これは無条件に差し伸べられた愛によって実施されています。 ギフトとはそのようなものだから。 
あなたと同等の方が既にこのギフトをあなたに差し出したので、これらの資料があなたに提示されています。 Rajの指示によりこれらの資料が売買されることはありません。 この機関「Northwest Foundation for A Course In Miracles」への募金は下記のWEBサイトを通して行なうか、あるいは下記の住所に郵送して下さい。

A Course in Miracles Study Group with Raj, April 3rd 2011
© by The Northwest Foundation for “A Course in Miracles” a non-profit corporation.
All rights reserved
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Phone: 360-638-0530 Fax: 360-881-0071
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テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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完了

翻訳を完了させ、全体を修正しました。

手放す。

いつも、拝見させていただいております。翻訳をありがとうございます。

普段の知覚を手放せばいいと分かっていても、なにも心から聞こえてこないことに、苛立ちを感じます。
外で起きていることを認識して、また新たな恐れの体験を連鎖的に生み出してしまうという習慣を手放すことをもっと意識します。一瞬の変化を体験したいという欲求は強まるばかりです。

以下、今回特に、心に響きました。
=====================================
「あなたのマインドを変える」とは、良きことを発生させるパワーをあなたが持っているということではありません。
「あなたのマインドを変える」とは、「あなたを真に現していない振舞いを続けることによって(リアリティに対して)歪みを挿入しつづけること」を手放すパワーをあなたは持っている、ということです。 何故ならあなたは独立した存在ではなく、従ってあなたは独立した変革の使徒などでもないのだから。

NT さん

今日は。


言葉を聞き取るのは私も練習中です。
私の場合、耳や頭の周りで音が聞こえることを期待している時には聞こえていないことが多いです。
イメージとしては光が全身に降り注いでおり、光自体がメッセージなのだと思います。

また多くの場合、思考の中にメッセージは取り込まれており、実はそれが自分個人の思考ではないことを体感するようになると、どれがメッセージかわかりやすくなるようです。

> 外で起きていることを認識して、また新たな恐れの体験を連鎖的に生み出してしまうという習慣を手放すことをもっと意識します。一瞬の変化を体験したいという欲求は強まるばかりです。

わたしも同様です。

何か、ワケが分からなくなってしまいました…。

全てがスピリットと知覚出来た時点で、三次元の物質界は終わる(消える?)という事ですよね。

という事は、東北の事も含めて、全ての経験は、悟らない限り時間に縛られた現実と知覚され、一部の悟った人々からしたら、何の問題も起こっていないという…?

そもそも、私は知覚の変化に対して、恐怖心がある気がします。

大きい余震があったので電気、水道が又止まった地域があります。
私はさっぱり役立たずですが、もっとACIMを理解されている方々もいらっしゃるのにと思うと、私の知覚が間違っているだけで、私だけに災害のようなものが見えているのでしょうか。

フリフリしっぽさん。

> 全てがスピリットと知覚出来た時点で、三次元の物質界は終わる(消える?)という事ですよね。
このことに関しては、異なる解釈が書籍やWEBなどから主張されていると思います。
もしかしたら「三次元の物質界は終わる」と言っても間違いではないのかもしれません。


> という事は、東北の事も含めて、全ての経験は、悟らない限り時間に縛られた現実と知覚され、一部の悟った人々からしたら、何の問題も起こっていないという…?
しかし誰か苦しんでいる人はそこにいて。 だから、癒しが必要で、聖なる瞬間が必要なのだと思います
そして悟っているとされている一部の人達も神の大いなる繋がりの中に居るので、彼らだって
これ(この出来事)を無視は出来ず、無視はしていないと思います。

>私の知覚が間違っているだけで、私だけに災害のようなものが見えているのでしょうか。
私にもテレビや新聞を通して、そして災害地に住む友達からのメールを通して、災害のようなものが見え聞こえています。 私の知覚/体感もまた歪んでいるのかもしれません。
しかしもし本当に苦しんでいる人(困難に面している人)がいたなら、(たとえそれが幻想からくる苦しみであったとしても)、その苦しみが見える人と、その苦しみが見えない人と、どちらがよりクリアに物事を見ているのでしょうか。


もちろん苦しんでいる人は(本当は)誰も居ないという解釈もあるでしょう。
ある意味ではそれが正しいのかもしれません。

ただその解釈を受け入れるだけで天国が現れて来るでしょうか?
私の体験ではそうではありませんでした。

悟りを開いた仏陀でさえ、そのまま涅槃には入らず、
自分の見つけた道を人々のために説いたのです。
苦しんでいる人々のために、そして苦しんでいる人々から分離してはいない自分自身のためにも。

否定するべきものは怖れであって、
怖れを体験している人々を否定してしまっては、癒しはもたらされないのではないでしょうか?
我々は一人一人分離して存在しているのではないのだとすれば。

フリフリしっぽさんへ

こんにちは。横からコメントすみません。

ぼくの体験(なので、完全に目覚めた視点とは違うかもしれませんが。)では
たとえば、目の前に死んだ小鳥がいたとしても、それを怖れや自我の思考抜きで見ていれば、そこに「生命力」のような、なんともいえない生き生きしたものを感じたことがあります。

そこには(自我抜きでみた世界の”いま”には)、感謝や驚きを感じるような穏やかさと喜びと平和が満ち渡っているので、何が起ころうとも、この不思議な「(満ち渡る)何か」はますます、新鮮さを増していくのみです。

そういうのを観ていると、周りのひとの悩みが「必ず解決される」とわかったりします。そのひとのなかに愛も喜びもあって、そのひとの本質がそれだと、確実に”わかる・ありありと感じられる”からです。
思わず出た言葉が、相手のひとにとっても、「自分の本当にもってるもの(愛・喜び)」に気づくキッカケになったりもします。でもそれは問題を解決してあげようと思ったからではなくて、思わずでちゃうくらい、あたりまえ(にそのとき感じる解決策・相手のなかにあるもの)のことを言っただけ、という感覚でした。
どこにも、実際的な問題(取り返しのつかない”深刻”なこと)をもっているひとはいなく、むしろ、みんなが、世界中が、愛と喜びをもっていることに感謝するばかりでした。

で、そんな愛と喜びだけでできた世界に満足(満喫)していると
怖れずに、むしろ感謝と畏敬の念を感じながらまじまじと見入っていた目の前の小鳥が生き返ったりもしました。

そんなことが癒しの促進になるなら、もっともっとちゃんと世界の本当の姿を見ていきたいな、と思っています。

お返事有難うございます。

悟った人達がいて、全ては繋がっているとすれば、もうそろそろ奇跡が起こっても良いはずなのに、と考えているうちに、現実とは個人の知覚によって様々で、体験を変えるには、各個人が、夢から覚める以外にない…?
それは夢で、こうすれば夢から覚めますよ、というアドバイスは出来ても、個人が見ている夢の映像を変えることは出来ない?と思い始めた時、又余震が来て…。

祈り、イメージング等々、それぞれの方法で働きかけている人達もいるのに。

結局、自己責任で悟れば済む話??となってしまいました。

まるさんへ

コメント有難うございます。

まだ未承認だったので、まるさんのコメントを読む前に、岡上さんへのコメントを書いてしまいました。
先に読んでいたら、内容は変わっていたのですが。

いつも、素敵な今、に生きておられるのですね。
小鳥の話には、とても嬉しくなりました。
まるさんのような方々がいらっしゃれば、きっともうすぐ奇跡が起きて、日常生活が戻ってきますね。
個人がまだ悟れなくても、奇跡の体験は可能なんですね。
何だか希望が見えて来ました。


岡上さん、コメント欄をお借りしました。失礼しました。ありがとうございます。
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Author:翻訳 岡上
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