スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ACIM11-06-04

June 4th 2011


こんばんは、ようこそ。

わたし達が前進して来たことは疑いがないでしょう。 私の言おうとしていることはよりシンプルに明確に成っている筈です。 白黒がよりハッキリして来て、曖昧さが少なくなったと言っても良いでしょう。
これは喜ばしいこと、嬉しいことです。

しかし喜ばしいことも起きている一方で、まだ多くのことがストレスの基になっています。 その理由は、今わたし達がしようとしていることは、今まであなた達が大切にして来たことを放棄する試みだからです。

これは「自分達の安全を確保して来たように見えているもの」を手放す試みなのです。
しかし、あなたが放棄するよう求められているものは本当のところ、安全の幻想なのです。 重要性の幻想、正直さの幻想、成功の幻想を手放すよう、あなたは求められているのです。

今ここであなた達全員は天国の真っ只中におり。 しかしあなた達は自分達の目を細めて「完璧性が見れない」と言っているのです。
あなた達は天国の真ん中にいて、しかし天国をそれそのものとして体験してはいないのです。

「あなた達全員が今すでに神の息子/娘であり。それ以上でも以下でもない。」と私は強調しており、コースもそう言っています。
しかしあなたはそれを体験してはいません。
何故あなたはそれを体験していないのでしょう?
あなたがそれを体験出来ていないのは、あなた達がそれを体験しないよう条件付けられている(コンディション付けられている)からです。

試しに一日中出会う全ての人に対して「私は神の子です。そしてあなたも神の子なのです。」と言ってみなさい。 その場合、どのような反応が得られるでしょうか?
「なにキチガイ染みたこと言ってるの、この馬鹿。」という反応が(という反応の期待が)、「あなた達が神の子であるという事実」を理解探求しないようあなた達を条件付けているものなのです。

あなた達は全員「自分達がお互いに対して課している限界」に従順に従っているのです。あなた達は平和を求めてそうしているのです。

しかしあなた達は惨めなのです。あなた達は病気になり、怪我し、失敗し、苦しむのです。(あなた達は、何らかの形でそのような体験や期待をしている筈です。)

あなた達は基本的に惨めな体験をしており、その体験を上手くやり過ごすことに長けているのです。
「自分達は基本的にはハッピーでない」という事実から目を逸らす方法をあなた達は発明し続けているのです。
さて「あー、ラジはまた悲惨なことを言い出したよ。こんなことを聞き続ける必要が本当にあるのだろうか?」と言っている人がいるかもしれませんね。
これもまた「(あなた達を目覚めから遠ざけ続けている)条件付け」なのです。

あなた達は、天国が見れないように条件付け(コンディショニング)されているのです。
あなた達は、神の子としての自分達を体験しないように躾けられているのです。
あなた達は「高貴な存在/本当に意味の在る存在」として自分達を体験しないように条件付けられているのです。

もしあなたが、あなたの中の何かが「オオ! もしかしたら、これをもう一度見直してみなくてはいけないかもしれない。」と言わなかったなら(あなたは神の子である自分を体験出来ないのです)。

「もしかしたら、これに対する今までとは違う見方が在るのかもしれない。 もしかしたら、私は自分の目の前にあるものを見ないように条件付けられているのかも知れない。もしかしたらこの条件付けの一部として(現在の私の感覚/感情を超えて見てみようとした場合、自分の期待を超えてみようとした場合)自分の好奇心に対して自動的に鍵が掛かってしまう機能が働いているのかもしれない。」(と考えて見るべきなのです)

エゴとしてのあなたは「独立した存在」であるフリをしているのです。
あなたは聖なる源(身体以外の源)から分離しているフリをしているのです。

(自分達の)相互合意の中に織り込まれている抑制(防御装置)に対して従順であるように、あなた達は仕込まれているのです。
「あなた達はこのような条件付けを受けている」と私が教えなければ、これらの抑圧/抑制を跳ね除ける勇気があなた達にはなかなか持てないのです。

だから私は正直に話し、ネガティブに聞こえる事でも言わなければならないのです。 だから私はあなた達の生活の中に疑念を投げ込まなくてはならないのです。
私がこれを言わなければ、あなた達は(相互合意から来ている)抑圧(だんまり)を跳ね除けようとはしなのです。

あなた達がそうしようとしなければ、(嗚呼そうだ!という)発見への扉は開けないのです。 そうしなければ光明は得られず、(あなた方孤児達が交わしている)相互合意の外にいる源からの認識が得られないのです。

さて私は(メッセージ/状況が)よりシンプルに成って来ていると言いました。 本当にそうなのです。
あなた達には、「孤児のマインド(孤児の枠組み)」か「聖なるマインド」かそのどちらかを選ばなくてはならないことがより明確に成ってきています。
そしてあなたが選択しなかったなら、あなたが手を伸ばさなかったなら、あなたは縛られ続けているように見える事でしょう。

そして私は次のことも遠慮無く言わなければいけません。
今までは条件付けのせいで長いこと比較的平安で在れたとしても、事態は変化しており、(無知の中で)平安なままでは居られなく成って来ていることでしょう。
あなた達の多くが、間違ったことをした場合、今までよりも迅速に指摘されてしまうことを体験している筈です。
以前ほど長い間に亘って、道から外れたままでいることは出来ない筈です。

そしてこのことに関して「これはフェアーではない」と怒っている人達もいます。
「だれ某を見てみなさい。彼はもう長い間道から外れ続けている(私が以前そう出来ていた様に)。 彼等は私のように間違いを指摘されてはいない。 (なのに何で私だけ、これ程厳しくされなくては成らないのだ!)」
解りますか?  あなた達はこのように、知性(正しい認識)を抱擁せず無知を受け入れそれを認証するよう条件付けられているのです。

あなた達はこの条件付けを意識的に行なっている訳ではありません。
この条件付けは催眠術のように密かに挿入されているのです。

そしていま私は良き知らせを言うためにここにいるのです。
あなた達は惑わされていますが、それはあなた達の生得権(本来の性質)ではなく、あなた達は惑わされ続けるよう定められてはいないのです。

しかしあなた達が慣習的な反応を続けている限り、光明を得たり「存在」の喜びを発見したり「存在/存在すること」の平和を見つけたりすることは出来ないのです。 何故なら、物事はそのように出来ており、物事はそのように働くのだから。

(人間的)状況をとても正直に見据えてそれに信心を与え続けることを止めるには、あなた達が今まで「成功した祝福された妥当な人生」として信じて来たことを見てそれが真実ではないと理解出来るように成る必要があるのです。 なかなかこれは受け入れがたいかもしれません。

あなた達は惨めさを、終わりのない罪悪を病を死を(いく世にも亘って)求め続けて来たのです。
あるいはこの人生の中でこの誕生/人生/死のパターンが人々の上に繰り返され続けることをあなた達は見てきました。

あなた達はこれを見て「NO!」と言わなければいけないのです。
これを見て「これは成功した人生ではない。これはハッピーな人生ではない。」と言えなければいけないのです。
「現在起こっていることがあなた達をハッピーにしてはいない」と言えるよう、正直に成らなくてはいけないのです。

あなた達は、自分達が見ていることを無視して(容認して)「これが人生さ!」つまり「これがノーマルなのだ。これで良いのだ。」と言うことによってある程度の幸福を見つけているのです。
しかし、これで良くはないのです。

あなた達が天国の中にすでに居て、あなた達が神の娘/息子(永遠の神の永遠の子孫、罪/病/死を体現することなど出来るはずのない神の子)であることを知っていなかったなら、それら病/罪/死に対してチャレンジすることはなく、それらに異を唱えて自分達の条件付けを破るだけのエネルギーを使うことはないでしょう。

聖なる瞬間に参加して、自分達が見ているもの(死/病/罪)にチャレンジし異を唱え、そして静かに成って「ここの本当の真理を知りたい」と訊ねなければいけないのです。

「ここに神が成っている(私に見えているよりも)より多くのものは何だろう?」 と訊ねなければいけないのです。

重要なのは「この人生は、このライフスタイルの在り方は、政治が実践されている様子は、国際協力や紛争の在り方は、全て糞だ。 これらは良きことではない。 これらは神聖ではない。これらは秩序ではなく、これらはハッピーではない。」と言えるよう、正直にハッキリとあなたが物事を見れるようになることなのです。
もしそうしなければ、変化は起こりません。

そうしなければ、あなたが正直に成らなければ、あなたは「状況は石器時代よりはとってもマシさ。」と言い続け自分を騙し続けてしまうでしょう。

あるいは「お祖父さんお祖母さんの時代より、状況はだいぶマシに成っている。 彼等に比べたらわたし達の生活はとても安楽で便利なものだ(だからわたし達に与えられているもので満足するべきなのだ、と言って現状で満足しようとしてはいませんか?)。」

あなた達が「耐えるべきこと」(そして時には喜ばしいこと)と呼んできたものが神を体現してはいない、無限の知性を体現していない、存在する為にあなたに必要なもの(何故なら、まったき原初の原因が存在しているのだから)を体現していない、と認識出来る位クリアに成る必要があるのです。

(私が以前に言ったように)第一原因が完璧で無かったなら、そこに何らかの瑕疵が在ったなら(神は無限なので)その少しの瑕疵(間違い)は全てを壊してしまったことでしょう。
その場合神は存在出来ず、私を聞いている人は誰も居なく成り、私が喋りかけられる人は誰も居ないことになっていた筈です。{その場合あなた達は存在出来なかったことでしょう。}
これは、これだけ白黒ハッキリしたことなのです。

これは何を意味しているのでしょう?
これにはどのような実際的効用があるのでしょうか?
そしてコースが照らし示そうとしていることは何なのでしょう?
コースが言っているのは「あなた達は天国(パーフェクトなこと)に対する歪められた知覚を持っている」ということです。
そしてあなたは「自分は歪んだ知覚/認識を持てる存在だ」と考えているのです。 しかし本当のあなたはパーフェクトな第一因(原初の原因)の子孫なのです。第一因は「パーフェクトなもの」の原因に成ること以外は出来ないのです。 第一因(神)は「パーフェクトなこと」を起こすこと以外は出来ないのです。

これがコースの言わんとしていることです。
そしてこれは「あなたには自分で気付いてこなかった選択肢が与えられている」ということを意味しています。
リアル(「それが何か」まだあなたには解っていないのですが)を選ぶ選択が可能なのです。
あなたにはいま選択肢があるのです。 何故なら、抱擁するべき(体験するべき)「リアル」があるとあなたは聞いたのだから。

そうあなた達に言って聞かせられるのは、あなた達全員の中にそれ(あなた達の相互合意)を超えている兄弟姉妹がおり、彼等はあなた達の夢の中には囚われていないからです。 彼等は、生活/生命に対するとても奇妙でクリエーティブで想像力溢れたあなた達の概念には捕われておらず、その中で成功することには拘っていないのです。
あなたは聞ける時点まで来ているので、私やその他の存在がシンプルな真理を告げているのを聞き「自分のマインドを変えることが出来る」と解るのです。

しかしあなたは自分のマインドを変える必要があります。
あなたは自分が隠してきた醜いものに直面して、それを醜いものとして認めなければいけないのです。 何故ならそれは醜いのだから。
「ここで行われていることはとても醜く不快で、それは無限の第一因(パーフェクト)の実相とはかけ離れているので、私はそれをここで見つめて、(私が真理を体験することをブロックしている)この条件付けをそれそのものとして見て、そして私は(わたし達孤児が作った)様々な相互合意は使わずに(まだ良くは知らない)父と向き合って「ここの真理は何ですか?」と父に訊ねよう。」 
「そして答えが得られるまで、訊ね続け聞き続けよう。何故なら、惨めさをやり過ごしていくことは最早私には良いことには思えないから。」
「だから私は努力しよう。私は(孤児の定義/相互合意)に負けてしまって、(今までこれである程度上手く行って来たからといって)現状維持に戻ってしまわず、それにチャレンジするために必要な注意/意識を保持しよう。」(というべきなのです。)


本を読みましょう。

[The ego is hyperalert to threat, . .]
[エゴは脅威に対してとても過敏です]

この言葉「Hyperalert」は「alert」に書き換えられてしまっています。
「The ego is alert to threat.」と書き換えられてしまっています。
しかし「Hyperalert」(とても過敏)という言葉が、ここではより適切なのです。

エゴ...あなたが作った独立的認証者としての自己感覚。
あなたは自分に関する感覚を作り、人生を作り、そして自分の周りにあなたの価値に関して合意しているグループを作り、彼等はあなたと共に働いて相互に(独立した孤児としての状況を)支え合い、(お互いが目覚めてしまわないよう)常に注意深く目を光らせています。

このエゴは脅威に対してとても過敏なのです。
何故なら、それがこれら全ての合意を作り、無の中から構造を作ったのだから。
そして(この合意の中で)全ての人は「無が何かである(無が何か重要なものである)」と合意しているのです。
全ての人達が虚無の中に大いなる定義を与えており、それが「何か(本当のもの)」として今脅威に晒されていると考えています。

あなた達がより多くの構造を作って、構造の上により多くの構造を構築していったなら、信念の中により多くの信念を作って行ったなら、それらを保持し続けることはより困難に成るでしょう。 何故なら、それら全てを上手く保持し続けることを覚えておくことはとても疲れることに成るから。

だからこれは物凄いストレスの基になるのです。
だから脅威(あなた達が構造を上手く保持し続けられなくなる可能性)は常に存在しているのです。

[The ego is hyperalert to threat, and the part of your mind into which the ego was accepted . . ]
[エゴは脅威に対してとても過敏です。 あなたのマインドの中のエゴを受け入れた部分は]

これを聞きなさい。
[. . . the part of your mind into which the ego was accepted . . .]
[あなたのマインドの中のエゴを受け入れた部分は]

だからエゴ(独立感覚)よりも前から存在している「マインド」が在るのです。
それはあなたという聖なる「マインド」なのです。
それはあなたという「神の聖なる子供」なのです。 あなたの本来の意識/認識なのです。
「父よ、私は自分のやり方でしたいです。」と言ってあなたが父から離縁し自分の想像力を使って自分だけの自分で作った「自己」を創造する前から(そしてあなたと合意している他の人達がそれぞれのエゴを作って、その幻想をお互いに保持し合う前から)、あなたの「マインド」は存在していたのです。

だから、
[The ego is hyperalert to threat, and the part of your mind into which the ego was accepted is very anxious to preserve its reason, as it sees it.]
[エゴは脅威に対してとても過敏です。 あなたのマインドの中のエゴを受け入れた部分は、(その視点からの)その理屈を保持することに対してとても熱心なのです。]

ここで言う理屈とは、(エゴの)存在理由です。 そして(エゴが)何かをしようとしている時のその理由です。

[ It does not realize that it is totally insane. And you must realize just what this means, if YOU would be restored to sanity.]
[それ(エゴ)は、それが完全に狂気であることに気付いていません。 あなたが正気を得るためには、これがどの様な意味を持つか、あなたはこれを理解する必要があります。]

解りますか?
[. . . you must realize just what this means, . . .]
[これがどの様な意味を持つか、あなたはこれを理解する必要があります。]

あなたは醜さを醜さとして理解し、それを「自分達が容認するべきもの」つまり「それ程醜くはないもの」として考えるのは止めるべきなのです。

[. . . you must realize just what this means, if YOU would be restored to sanity. The insane protect their thought systems, . . ]
[あなたが正気を得るためには、これがどの様な意味を持つか、あなたはこれを理解する必要があります。狂気の人達は自分達の思考システム(考え)を守ろうとするものです。]

孤児院の中の孤児達は全員自分達の思考システムを防御しようとしています。しかし彼等はキチガイ染みたやりかたでこれを行なおうとするのです。

[And ALL their defenses are as insane as what they are supposed to protect.]
[彼等の防御は全て、彼等が防御しようとしているものと同様に狂気なのです。]

あなたは自分に対する素敵な定義を、他者の助けを得て、自分で拵えたのです。 
そして「あなたが誰か」全ての人達が知っています。 「あなたが誰か」あなたが知っており、全ての人達も知っているのです。 そして勿論それは「あなた」ではないのです。

それは(「あなたが誰か」というこの定義は)、(本当のあなたではなく)神の子ではないフリを上手く全うする目的であなた達全員が合意したものなのです。
これはキチガイ染みてはいませんか?

全ての相互合意は、あなた達の神聖に対する無知を守り保持し続けることをその目的としています。
どのようにしてこの無知を守るかというと、源なくして優れた存在に成れるという可能性であなた達を誘惑し、あなた達を自分達の独立状態とその向上に夢中にさせることによってです。

これが醜さなのです。これが幻想なのです。これがリアルではないことなのです。これを真正面から見つめて、これが失敗していることを発見する必要があるのです。

あなたはこれを見る必要があるのです。でなければ、あなたはこれ(間違った自己認識)を手放し「あなたが誰か/あなたが何か/あなたが何処にいるのか」に対するより正しい知覚/認識を受け取ってみようとすることが出来ません。

[The separation has NOTHING in it, . .]
[分離の中には何も在りません。]

解りますか? 分離(状態)の中には相互合意さえも無いのです。
そこには孤児院も無いのです。 そこに孤児のマインドが在るわけでもありません。
あなた達はこれらのことを想像することは出来ますが、そうする事によってそれらがリアルに成るわけではありません。

そして次のことが醜さの一部なのです。
ここで約束されているのは、それら(孤児院/孤児のマインド/相互合意)がリアルに成り得る、だからあなたが努力しこれらの状態に耐え続けることに価値がある、ここには偉大なデザインが存在しそれがあなたの成功を約束している、あなたが自分自身の知性的な存在として現れ出ることが約束されている、です。 
しかしこれは噓なのです。

そしてこれが噓で、この噓故にあなたは「自分が誰か」理解出来なくなっており、だからこれは破壊的で悪意に満ち意地悪であなたには相応しくないのです。

あなたはこれを感じ始める必要があるのです。
何故なら、もしこれを感じ始めなければ、あなたは(自分を縛っている、自分を黙らしている、自分を動けなくしている)幻想に対して適切な注意を与えず、人間的状況を真っ向から見据えてそこから出て行くことが出来ないからです。

これはつまり(人生は苦しいけれど、それ程酷いわけではなく、酷いことにもそれなりの理由があるのだから、だから文句を言うのは止めるべきだという)相互合意に譲ってしまわず、神の子を保持し続けることにより、あなたという神の子に対する献身を実践することなのです

だから私は「意義を申し立てなさい」と言っているのです。
戦争(闘争)の始まりに関して文句を言うのではなく、物事の責任者を探して吊るし上げるのではなく、あなたのマインドの使い方に意義を申し立てなさい。

現状維持を受け入れようとしている時のあなたのマインドの使い方、(あなたを黙らせている、波風を立てないようにさせている)条件付けを変えるために必要なチャレンジを避けようとしている時のあなたのマインドの使い方に対して異を唱えなさい。 そしてそれが突き破られるまで続けなさい。

(そんなことは無理だという)脅し(噓)を信じてはいけません。
「脅し」は無視しなさい。
何故なら、それは実在していない自己から来ているのだから。
それは(このプロセスの全てを定義し、あなた達を無知なままに保とうとする)相互合意から来ているのです。

しかし孤児院など実在してはいないのです。そしてあなたの異議に対抗出来る作り上げられた存在など実在していないのです。
だから私は人々に「意識的な反対者」に成るよう呼びかけているのです。
信心をもってこれを行ないなさい。 諦めずにこれを続けなさい。
あなたを縛ってしまう条件付けではなく、「ここで何が真理なのか知りたい」と訊ねなさい。
束縛からの開放をもたらす、そして(それを体験することがあなたの生得権である)聖なる明晰への移行をもたらす、ここの真理は何ですか?

[The separation has NOTHING in it, . .]
[分離の中には何も在りません。]

つまり独立した存在のなかには何も無いのです。
それはリアルではなく。 そのようなものは存在していません。
あなたがどれだけそれを想像したとしても、それでもそこには何もないのです。
神はそれ(独立的存在)を作りませんでした。それは神の聖なるマインドの中にあるアイディアではないのです。
だからそこ(独立的存在の中)にはアイディアはないのです。 どれだけあなたが想像豊かにアイディアのアイディア(架空のもの)を作ったとしても。

だから、
[The separation has NOTHING in it, no part, no "reason," and no attribute that is NOT insane. And its "protection" is part of it, as insane as the whole. ]
[分離の中には何も在りません。 その中に在るもの全ては(理屈でも性質でも)狂気に違いないのです。 そしてその防御もまた基本的に狂っているのです。]

だから現状維持に異議を唱えた時あなたは怖ろしく感じるのです。
(しかし)自分が神の子だという可能性を受け入れて、自分の独立したマインドの使用法を放棄し、神に尋ね神に譲った時、あなたは答えを得るのです。
あなたは(あなたのマインドの明晰である)神のマインドの明晰を得るのです。 何故なら、神はそのように創造したのだから。
間違ったアイディアが想像され、それを防御する方法も想像されたのですが、それらは実在してはいないのです。
それらには実体が無いのです。 それは苛めのアイディアでしかないのです。
それだけなのです。実際の苛めっ子は実在していないのです。
苛めというアイディアは確かにあります。
どのようにして苛めが働くかというアイディアも在ります。苛めがもたらす酷い効果に関するアイディアも沢山在ります。

これは勿論(エゴの)防御の一部なのです。
このようにして苛め(異を唱えた結果として迫害されること)に対してあなたを怖れさせるのです。
するとあなたは(初めから幻想でしかない)苛めのアイディアにチャレンジ出来なくなってしまうのです。
これは確かに素晴らしく論理的でもっともに感じられますが、全く間違っており、全くリアルではないのです。

[The special relationship, which is its chief defense, MUST therefore be insane.]
[だから主要な防御である特別な関係は狂気であるに違いないのです。]

特別な関係とは何でしょうか?
それはあなたが誰か(何か)と関係を持っていて、その関係の中のどこにも神がいない時のことです。
「あなたの関係に対して神が関わっていない」とあなたは考えているのです。

(神とは全く関係のない)物理的宇宙生成(ビッグバン)がある日起こって、神がそれを見て、エーテルの間を通って神が来て、神がこの独立的物理的宇宙を受け入れ、それの面倒を見ることにして、この純粋に物理的な状態の中に居る惨めな存在の面倒を見てより安楽をもたらそうとし、彼等を祝福して彼等がそれ程惨めでなく成るようにしようとした、という風にでも考えない限り、あなた達は神が物事と直接関係していると考えてみようとはしていないのです。

しかし違うのです。神は自身の創造以外のものは何も受け入れていません。
神は常に自身の創造を気遣っており、その創造の新しさに成り続けているのです。
あなた達はそれを誤解し続けており、それを誤って理解しているのです。 それが(自己防御が織り込まれている)無知な体験をあなた達にもたらしているのです。 この自己防御(安全装置)が、あなたを無知に縛りつけ続けようとしてしまうのです。

この自己防御は、実在しないものを守ろうとしている防御なのです。
そして「自己防御そのもの」もでっち上げなのです。 自己防御(安全装置)も実在してはいないのです。
物事が見えている様子に対するあなたの献身を容易に放棄出来るようにする解説(描写)を私はしようとしているのです。 あなたが全てをクリアに見て、罪/病/視/苦しみ/その他の人間的状態がまだ変化してはいないと解るように。

物事は(昔と比べても)より良くなってなどいないのです。

もしかしたらジフテリアはもうないかもしれません。もしかしたら黒死病は流行っていないかもしれません。
しかし現在も癌があり、それらの代わりに成っているのです。
今日もアレコレのことがあなた達の平和を乱しており、あなた達は忠実に状況を受け入れ続け、惨めなものとして存在する方法を見つけ続けているのです。 そして「これもまたいつか消え去る」ということに希望と自信を与えているのです。

しかし私の親愛なる友よ、わたし達が話してきたことがあなたの上に起こるまで、あなたもまた消え去り続け罪/病/死そして怖れを体験し続けてしまうのです。
今これを止める時なのです。 これを止める方法があるのです。
それは聖なる瞬間を実践することです。
それは特別な関係を放棄することです。

[You have but little difficulty now in realizing that the thought system which the special relationship protects is but a system of delusions.]
[あなたは今「特別な関係が防御している思考システムが幻想のシステムでしかない」と理解出来るように成っているのです。]

特別な関係はどのような思考システムを守っているのでしょうか?
独立の思考システムです。 それ自身を作り上げる能力を持ち、基礎を持たずに自身を作りあげた認証者的存在の思考システムです。
特別な関係は孤児のマインドを守っているのです。
特別な関係は孤児院を存在させ続けているのです。
だから特別な関係は、あなたの目をあなたの生得権から逸らせ、惨めさの中で生活させそれに対してチャレンジさせないとても効果的な方法なのです。
このことに対してチャレンジする方法が無かったなら、このような状態を打ち破る方法が無かったなら、このような事を言うのは気落ちさせるだけです。

もちろん、惨めな状況を通り抜ける方法があるのです。
ただ残念ながら、通り抜ける方法から説明し始めた場合、あなた達はあまり熱心にそれを行なおうとはしないのです。
(あなた達が実際にどれだけ惨めで悲惨な状態にあるか気付けなければ)あなたを縛り付けているものに対してチャレンジするために必要な注意/意識を保ち続ける努力を状況に対して与える意欲が起こらないのです。
癌やその他の問題を瞬間的に癒やすことを否定する信念や、(あなたに与えられている当然の権利が解らなくなって)愚かな間違いを犯すことを正当化し続けてしまうのです。

あなた達は一群の信念を受け入れてしまっています。 盲目の内にしたがっている一群の反射神経的崇敬を受け入れてしまっているのです。
それはあなたが「私はもうこれを自動的に強化(保持)し続けるのはやめよう。」と言って無知に光を当ていないからです。

「私は自動的にこの信念/性癖を続けることを止めて、ここの真理は何ですかと(私の正しいマインドに過ぎない)精霊に訊ねよう。 この限定/限界を超えた真理は、私が保持し続けてきた抑制を超えた真理は何ですか?
私は何を見ないように自分を抑圧しているのでしょうか?
私はどのような概念を活性化して、それにより真理を見えなく体験出来なくしているのでしょうか?」

そして明晰な答えが得られるまで、この探求/質問を諦めないのです。
あなたを抑圧して来たものの向こう側に突き抜けるまで、そのような条件付けによって操られなくなる地点へ行くまで諦めずに続けるのです。

今日も私は「あなた達は天国のど真ん中に居り、あなた達はたった今神の息子/神の娘なのです。 しかしあなた達はそれを体験していません。」と言う言葉で会合を始めました。
何故あなた達は天国を体験出来ていないのでしょう?
それはあなた達がそれを体験しなように条件付けられて(コンディショニングを受けて)いるからです。

(あなたの持って生まれた権利である、あなたに当然与えられている)「答え」を阻止しているものは不当であり、あなたが答え(明晰)を得ていないないのはおかしなこと、在り得ないことなのです。

これは(答え/明晰を得ずにいることは)あなたに耐えられることではないのです。
これはあなたが耐えるべきことではないのです。
「これが私の魂を整え洗練させるから。この試練も私のためになっているのです」と言ってそれ(抑圧/抑制)に従ってしまうのは止しなさい。

リアルに成りなさい。 幻想をリアルに見て幻滅しなさい。 幻想から自由に成りなさい。
約束しましょう、あなた達はまだ信じてはいないけれど、あなた達は神の娘/息子なのです。

そしてあなたは(あなたから引きはがすことは出来ない、あなたから奪われることは全く無かった)生得権(持って生まれた当然の権利)を持っているのです。 あなた達が想像上の独立状態を楽しんで(苦しんで)いる時も、父がこの生得権をあなたから遠ざけたことはないのです。

決意に基づいた注意と努力によって、あなたが今それを手に掴み自分のものとするべきではない理由など何処にも在りません。
その結果を体験することがあなたの喜びなのです。
これが、聖なる瞬間を実践して神の法が全てを統治している場所にあなたを持って行くその目的(理由)なのです。
そうなれば、あなたの神聖は最早「あなたがエゴで戯れているあいだ預けっぱなし」の状態ではなくなるのです。
そうなれば、あなたは自分の神聖(精霊)を自分のものではない(あなたの存在の意識体験でない、神の子としてのあなたの明確なアイデンティティではない)と拒否しなくなるので、それが再度受け取られるのです。
これが地を轟かせるとても素晴らしい良き知らせなのです。

来週またお会いできることを楽しみにしています。
もし私が言ったことを行なうのが楽しくなくとも、それで良いのです。
あなた達は長いこと楽しくないことを耐え忍んで来ており、それはあなた達をどこにも導きませんでした。

この方向であなたが行なう努力はもしかしたら楽しくないかもしれません。 しかしこれが、あなたの神聖をあなたに示し、あなたの正気をあなたに戻すのです。
もしあなたがこれとは違う方向で努力を続けて来て、それがとても正当に思えていて、しかしそれがあなたに目覚めをもたらして来なかったなら、方向転換して「本当に上手く働くこと」にその意欲を与えなさい。

あなたがこれに注意/意識を与えている時、私はあなたと共に居て、あなたを後ろから支えています。
そしてあなたのガイド/精霊もそうしているのです。
これが精霊の仕事なのです。


A Course In Miracles (reference pages)
Chapter 17 – Section: PERCEPTION AND THE TWO WORLDS
1 Sparkly Book – p.408 Last Par. /JCIM – p.171 Fifth Full Par. / CIMS – p. 344 Par.31
Section: THE TWO PICTURES
First Edition – p. 334 2nd Full Par. / Second Edition – p.358 Par.5

All of the activities of the Northwest Foundation for "A Course In Miracles" are provided without charge or obligation. This is possible because of thoughtfulness, love extended without conditions. Such is the nature of Gift. As a result these materials are available to you, because someone like you has already gifted you with them.

And, at Raj's instruction, these materials will never be sold.

If you would like to add your thoughtfulness and love, to gift others with the availability of these materials, you're invited to make a tax-deductible contribution
at our website, or send it to our address,
both of which are shown below.

A Course in Miracles Study Group with Raj, May 22nd 2011
© by The Northwest Foundation for “A Course in Miracles” a non-profit corporation.
All rights reserved
PO Box 1490 / Kingston, WA 98346-1490 / USA
Phone: 360-638-0530 Fax: 360-881-0071
Website: http://www.nwffacim.org
E-Mail: paul@nwffacim.org


テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

hiro.okaue@gmail.com

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。