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ACIM11-06-12

2011年6月12日


ポールは各スタディーグループの前に祈りをあげています。
下記の言葉が、その最後の部分です。

“ . . . and may Thy Word enrich the affections of all mankind and govern them.”
「そしてあなたの言葉が全人類の愛情を豊かにし彼らを統治しますように。」

さて私が先週「ポジティブシンキングなどを使わずにあなた達が自分達の生活を正直に見てみたなら、それはあまりハッピーなものではない筈です。」と言っていたので、あなたは私が上記の祈りに相応しいことを言っていないと思われたかもしれません。
私は、何世代にも亘って人々が私の言葉を聖書を学んで来たのにまだ罪/病/死があることを正直に見てみるように言いました。
どれだけポジティブシンキングを使っても、どれだけ沢山の言葉を自分達の生活の中で使っても、時たま起こる奇跡を除外すれば、まだ罪/病/死が起こっているように見えます。
それらがまだ存在を統治している法則に見えます。 全ての人達がこの法則によって縛られているように見えます。 罪/病気/病を逃れられている人はいないようです。


このようなことにあなた達の真摯な注意を与えることが何故重要なのでしょうか?

これがどうして「あなた達の愛情が私の神の精霊の言葉によって豊かになること」なのでしょうか?

“and may Thy Word enrich the affections of all mankind and govern them.”
「そしてあなたの言葉が全人類の愛情を豊かにし彼らを統治しますように。」

しかし私はたった今「罪/病/死が基本的に人を統治している法に見える」と言いましたね?
これら罪/病/死は確かに愛情を豊かにしてはいませんね?

いいですか、罪/病/死は一定のコンテキスト(文脈、ストーリー)の中で発生しているのです。
それらは特定のエリア(場所)で起こっているのです。
それらは特定のマインドセット(マインド状態、マインドの枠組み)で起こっているのです。

それらは独立のコンテキスト(ストーリ)上に発生しているのです。
それらは(あなた達に達成出来ると間違って約束されている)独立の為の、独立の働きの、独立の希望の、コンテキスト(ストーリー)に現れているのです。
あなたがピノキオのようにリアルな子供に成ることを約束している独立的立場、実際に独立した存在に成ることに成功している状態を約束している独立的立場、を受け入れている時に罪/病/死が現れてあなた達を統治しているように見えるのです。
わたし達は多くの時間を使って文章を読んだり、特別な関係に関して話して来ましたが、どれだけの人が「特別な関係とは防御である」とハッキリ認識出来ているでしょうか。

何人の人が「特別な関係とは何ですか?」と聞かれた時「それは防御です」と即答出来るでしょうか?

特別な関係は何に対して防御しようとしているのでしょうか?
それは神に対する意識的気付きへの防御なのです。
そしてそれは、あなたの生得権(本来の性質)に対する防御であり、神の直接表現としてのあなたの存在に対する防御なのです。
それはあなたがクリアな正直なリアルな自己知覚/自己認識/自己評価を得ることに対する防御なのです。

特別な関係はこれ(自己認識)に対する防御なので、それはあなたに忘却をもたらし、自分が誰か思い出せなくしてしまい、自分が誰か知らなくしてしまい、無から自己感覚を作らなくてはならないポジジョンにあなたを据えてしまうのです。

無から自己のアイデンティティ感覚を作り上げるというこの行為は、あなた達がある時点で行なったある意識的行為の結果なのです。
その意識的行為とは、(一番初めにあなた達が行った)神(あなた達の源)からの分離です。 その時あなた達は自分達の源との意識的繋がりを失ったのです。

あなた達はどのようにしてこれを行なったのでしょう? 
あなた達はどのようにして父から離縁を得たのでしょう? どのようにして神から分離したのでしょう?

ただ「父よ、私は自分のやり方で見たいです。 父よ、私のやり方でしたいです。 父よ、自分であれが何かこれが何か決めたいです」とだけ言って分離が行なわれたのではないのです。
あなたは単にこう言っただけではないのです。
確かにあなたはこう言ったのです。 
ただしあなたは他の人達と一緒にこれを(分離を宣言)したのです。

あなたは他の神の子の手を取って一緒に「相互合意を確立することにより物事を自分のやり方で見る」誓いを立てたのです。
これを覚えておきなさい。本の中の下記の文を読んだとき、

[You have but little difficulty now in realizing that the thought system which the special relationship protects is but a system of delusions. You recognize, at least in general terms, that the ego is insane.]
[あなたは特別な関係が防御している思考システムは幻想のシステムだと理解出来るように成って来ています。あなたは少なくとも「エゴが狂気だ」と大まかに理解出来るように成って来ています。]

この防御が「偽者の自己アイデンティティを守ろうとすること」だと理解出来るように。

わたし達はこれを繰り返し言ってきました。
そしてあなた達は少なくとも頭では「エゴが狂気だ」と理解出来ています。

どのようにすればこれ(エゴの狂気)から解放されるか話して来たので、あなたは勇気を持ってこれを見ることが出来るのように成って来ています。 これを見てもあなたは自分のことを有罪とは感じなくなっており、体験したくないものをよりクリアに見て、それを放棄するために(それから解放されるために)必要なことが出来るように成ってきています。


[You recognize, at least in general terms, that the ego is insane. Yet the special relationship still seems to you somehow to be “different.”]
[あなたは、少なくとも「エゴが狂気だ」と大まかに理解出来るように成って来ています。 しかしあなたにとって特別な関係はまだ何か「違うもの」に見えているのです。]

つまりまだ特別な関係が狂気でないものに見えているのです。

[. . . the special relationship still seems to you somehow to be “different.” Yet we have looked at it far closer . .]
[特別な関係はまだ何か「違うもの」に見えているのです。しかしわたし達はそれをより明細に見てみました。]


[. . . we have looked at it far closer than at many other aspects the ego’s thought system which you have been more willing to let go. While this one remains, you will NOT let the others go. For this one is NOT different. Retain this one, and you HAVE retained the whole.]
[わたし達はそれ(特別な関係)を、より容易に手放すことの出来る(その他の)エゴの思考システムよりもより明細に説明して来ました。
これ(特別な関係)が残っている限り、あなたは他のもの{他の幻想}を手放そうとはしません。何故なら、これも他のものと違わないのだから。 だから、これ(特別な関係)を保ち続けたなら、あなたは全て(の幻想)を持ち続けているのです。]

あなた達全員は、特別であるためには特別な関係を必要としているのです。
それは何故でしょう。
あなたは他の神の子の手を取って、自分達で決めたように全てを見る誓い、自分達で決めたように物事を定義する誓い、自分達が物事に定義/意味/相互合意を与える認証者に成る誓いを立てたのです。 
その相互合意は、どのように地球が廻っているか、どのように世界が動いているか、どのように社会が機能しているか定義しているのです。

それは全てを内包している定義なのです。
そのようにして手を取り合って、あなたの父を無視する(創造の行為が引き起こしている意味を無視する)誓いを一緒に立てて、全ての面で独立することを意図したのです。
これが違い(特別)をもたらしているのです。
あなたは、物と、アートと、木と、土地と、ペットと、あらゆるものと、特別な関係を持つことが出来るようになっているのです。

もう一度訊ねましょう。 特別な関係とは何ですか?
特別な関係とは、神がいない所であなた達が持っている関係のことです。
特定の人/物が持っている神聖を全く認識することなく、その人/物と関係を築くことが特別な関係なのです。

その人/物を神聖にしているのは、その人/物の源なのです。
この源が(あなたが関係を持っている)この人/物を神聖にし完璧にしそれを愛で満たしているのです。
そして(あなたが関係を持っている)この人/物の役割の一部は、あなたを(そして全て)をその愛で抱擁する(包む)ことなのです。

ここでの要点は、人(物)との特別な関係は、あなたがその人(その物)の神聖/愛を全く体験せずに、その人(その物)に対してあなたが与えている定義以外のものに対しては全く好奇心を持たずに、相互合意だけに基づいているものだということです。

さてあなたが人と築いている特別な関係は、あなたが物と築いている特別な関係とは少し異なっています。
何故なら、物はあなたと合意はしないから。 物は(その物に対するあなたの誤解/誤認識に関する)相互合意の中であなたと繋がることはないから。
だから物があなたの想像上のあなた自身を強化することはありません。


しかし他者との特別な関係の中で、あなた達はお互いの幻想を育てることが出来るのです。
これが「人との特別な関係」をより特別にしているのです。
そして幻想を育てることを怠った場合お互いを罰するのです。
このようにしてあなたは自分には物事が良くコントロール出来ているように感じるのです。
自分のことを影響力のある有力者/責任者だと感じるのです。

しかしそれ以上に特別な関係を特別にしているのは、特別な関係があなたを神に対して無意識にしていることなのです。
特別な関係は、自身の神性に対してあなたを全く無意識にして、それに気付けなくしてしまうのです。 特別な関係は、あなたに自分の全能を体験出来なくしてしまうのです。
あなたの全能とは、あなたは不死身で、「あなたは神があなたとして創ったものから変りようがない」だから永遠に安全で、だから不安や怖れや心配を体験することが決してない、という感覚なのです。
つまり、あなたはパーフェクトな平和の状態におり、そこから自動的に無限の喜びが沸き起こっているのです。(これがあなたの全能、あなたの神性なのです。)

しかし特別な関係そのものが、あなたの全能/神性を不聖にしており、それを不健康にしているのです。
だから、あなたにとってとても特別で大切に思えているものが、あなたをとても悪意に満ちた方法で欺いているのです。
だからあなたがそれ(特別な関係)を寛容や親しみを持って見ていたなら、あなたはそれに縛られてしまい、あなたが誰かわからなく成ってしまい、つまり狂気を体験するのです。

さて、物事がより良くなってはいない(世界が進歩していない)ことに関して、私は先週厳しく指摘しました。

しかしあなた達は、「状況はより良くなっています。だって、そこここに現れている進歩を見て御覧なさい。 世界はより良く成ってきているのです。」と言っています。
ええ、そうですね。 それが約束されているもので、それがウソなのです。 それを見てみましょう。

特別な関係という防御は「あなたが誰か」あなたが知ることに対する防御(妨害)なのです。
しかし、それは「あなたが誰か知ること」に対する防御であるだけではなく、「あなたが何か」に対する異なった(間違った)定義を与えているものなのです。
これは危険なもので、これに幻惑されないことが大切なのです。これから自由になることが大切なのです。

[. . . the special relationship still seems to you somehow to be “different.”]
[特別な関係はまだ何か「違うもの」に見えているのです。]

しかしそうではないのです。
物事は(将来は/事態は)より良くなるという約束が、物凄く長い期間物事が良く成ってこなかった事実をあなたから覆い隠しているのです。
それら(特別な関係)は「事実に注意を払うのは止しなさい。明白なものに注意を払うのは止しなさい。あなたには能力があることに注意を払いなさい。 あなたの中には新しい状況を考え作る能力があるのです。」と言っているのです。
これらの約束が、あなた達の間のこれらの合意が、あなた達を約束に縛りつけ、あなた達には出来ないことをやらせ続けようとしてしまうのです。
そうすることにより、特別な関係のもたらす効果にあなたが注意を払わないようにさせるのです。 この長く続いて来ている効果とは罪/病/死が繰り返し繰り返し相変わらず繰り返され続けて行くことなのです。 わかりますか?

何故なら、あなた達は事実を見ていないから。
(自分達の)ポジティブ思考が何をしているのかあなた達はウソ見抜いていないから。
あなた達は自分達の持っている創造性を見ていたいのです。を見ていたいのです。
自分一人の努力と他者の合意やサポートにより自分だけのリアルな存在に成れるというのがウソなのです。 これがウソなのです。
このウソの防御は、あなたがそれウソを正面から見据えないようにしており、だからあなた達は「これは望ましくないことだ。だからわたし達は創造的思考と論理を使って自分達の解決策を作ろう」と言ってしまっているのです。
このようにしてウソがウソの上に重ねられるのです。これが特別な関係の性質です。

[. . . the special relationship still seems to you somehow to be "different." Yet we have looked at it far closer than at many other aspects of the ego's thought system which you have been more willing to let go. While this one remains, you will NOT let the others go. For this one is NOT different. Retain this one, and you HAVE retained the whole.]
[特別な関係はまだ何か「違うもの」に見えているのです。わたし達はそれ(特別な関係)を、あなたがより容易に手放すことの出来る(その他の)エゴの思考システムよりもより明細に説明して来ました。これ(特別な関係)が残っている限り、あなたは他のもの{他の幻想}を手放そうとはしません。何故なら、これも{他のものと}違わないのだから。 だから、これ(特別な関係)を保ち続けたなら、あなたは全て(の幻想)を持ち続けているのです。]

あなたが(「あなたが誰か」に対する、そしてあなたの源に対する、無意識を作ってしまっている)特別な関係を保てば、あなたの他の防御もそのまま残ってしまいます。
特別な関係を持ち続ければ、あなたは自分の父と繋がらず、だからあなたの正気とも繋がらないのです。
つまり自分で手放したと思っていたものに対して、あなたはまだ無知で、あなたはまだ無意識なのです。
その場合、本当は何もまだ手放されていないのです。
これは白黒ハッキリしたシンプルなことです。
これを見据えることを怖れないで下さい。


[It is essential to realize that all defenses DO what they would DEFEND.]
[全ての防御は「それらが防御しようとしていること」を行なっていると理解する必要があるのです。]

特別な関係はウソを使ってウソを守っているのです。
「ええ、あなたは自分を何かリアルなものにすることが出来るのです。自分自身を広げていくことが生命の性質です。 自分自身を開発していくことが生命の本質なのです。」 (というようなウソです。)
「何故って、わたし達は単細胞動物から始まっているのだから。 それからより複雑な生物に成り、そしてサルに、そして人に。 御覧なさい、生命とは進歩して進化して、それ自身を向上させ続けていくものなのです。 生命とはそのようなものなのです。」
もしかしたらあなたは、それを後一億年信じ続けられるかもしれません。
しかしそれでは目覚められません、それでは自分の正気の中に戻っていけません。
そのようになっているのです。(そう信じ続けていては、目覚められないようになっているのです。)
そのような(自己向上を信じ続けてしまう)思考/信念システムの中にあなた達を閉じ込めてしまっているものを、わたし達は解除しようとしているのです。

[It is essential to realize that all defenses DO what they would DEFEND. The underlying basis for their effectiveness is that they OFFER what they defend.]
[全ての防御は「それらが防御しようとしていること」を行なっていると理解する必要があるのです。 それら(防御)の有効性の隠れた基盤は、それら(特別な関係=防御)が「それらが守っているもの」を提供していることから来ているのです。]

だから それらはウソを守っており、ウソを提供する/分け与えることにより(ウソの上にウソを重ねて)ウソを守っているのです。 あなた達はこれに関して良くわかっています。
「ウソを真実として理解し、ウソを使ってウソを防御することは」あなた達にとっては自然ではないのです。 これを理解してください。
私はあなた達にもっと自然な体験をして欲しいのです。
あなたの神聖の基盤から「あなたであるもの」の自然な体験をして欲しいのです。
何故なら、あなたと私は、あなたと目覚めている兄弟姉妹の全員は、あなたが決心して努力するまで、自制心を働かせるまで、今までと違う振舞いを行なうまで、実際に二つのステップをするまで、わたし達兄弟姉妹の共同体をエンジョイすることは出来ないのだから。


[The underlying basis for their effectiveness is that they OFFER what they defend. What they defend is placed IN them for safe-keeping, and as they operate, they BRING it to you. Every defense operates by giving gifts, and the gift is ALWAYS a miniature of the thought system the defense protects, set in a golden frame.]
[それら(防御)の有効性の隠れた基盤は、それら(特別な関係)が「それらが守っているもの」を提供していることから来ているのです。 それら(防御=ウソ)が防御ししているものは、それらの中で安泰に守られています。 それら(防御)が働く度に、それ(ウソ)をあなたに与えます。 全ての防御はギフトを与えることにより働くのです。 そのギフトは常に、その防御が守っている(黄金の額縁に据えられている)思考システムのミニチュア(小型バージョン)なのです。]

今回わたし達は、特別な関係が防御であることから話し始めました。
特別な関係をそれそのものとして見てみたなら、それは悲惨なものなのです。
それの実際を真摯に見つめたなら、それが楽しくない体験であることにあなたは気付くでしょう。
それが楽しくない体験なのは、それがあなたの真理ではないからです。
それはあなたの人工的な間違ったバージョン(絵)なのです。 あなたがそれを信じたなら、それはあなたを不幸にするでしょう。 それはあなたを自分の中で落ち着かなくするでしょう。

すると、あなたのすることは全て「自分自身に対する違和感」と「自分の違和感を解消しようとして物事をコントロールする欲求」から発生するように成るのです。

しかし物事を操りコントロールすることから自分の平静を得ることは決して出来ません。
自分が誰か忘れる意志/あなたが誰か無視する意図/あなたの父を無視する意図/あなたと全ての存在の絶対的パーフェクションと神聖を無視する意図を捨てた時、あなたは自分の平静を得るのです。
それだけが、あなたが自分自身に対して、自分の存在に対して、自分の現れに対して、平和を取り戻す唯一の方法なのです。

この特別な関係の中にあなたが他者達とそして全てと一緒に入っており、それが額縁内に掲げられているのです。
この絵そのものは居心地の悪い(楽しくない)ものなのです。
しかしこの額縁は、偽りの約束や誤った希望や(あなた達が惨めさの中でお互いを支え合いお互いを持ち上げ、自分達の惨めさを忘れ、何らかのポジティブ志向/フィーリング/エネルギーを示し毎日を生きようという)相互合意で出来ているのです。
このようにして、この惨めな絵は噓で固められています。

しかしそこには関わり合いがあるので、あなたは自分が孤独ではないような気がするのです。 本当はそれでもあなたは孤独なのだけれど。 あなたはそれでも自分が孤独であることを知っているのだけれど。
その中であなたは他者との関わり合いを持っています。
関わり合いは心地良いのです。 それは心地良く感じられ、それがあなたを育みあなたを満足させるので、あなたはそれを求め続けます。
この惨めな絵の周りの額縁が希望で一杯に成って、「成功」ストーリーで一杯に成って、だからもはや絵を見る必要が無く成り、この絵に対する正直な評価をあなたが与える必要が無くなるまで、これらの関係はより複雑に成って行きます。

これ(特別な関係)はこのように働くのです。

あなた達は「相互合意が可能にしている素晴らしいもの」や「この惨めな絵を囲っている構造」に夢中になるあまりに、これを基に自分の生命や幸福を決定するようになるのです。
するとあなた達は迷子になってしまいます。
だから、この絵がそれそのものとして見えていない場合、あなたが本当は惨めなであることを忘れていた場合、自分が惨めで狂気の中にいることを忘れていたなら、あなたは物事の本当の姿を見てはいないのです。
だから修正が呼びかけられており(修正が必要とされており)、修正が与えられているのです。

「修正が与えられている」とこのようにして私が言わなければ「絵を見て額のことは忘れてしまいなさい。絵そのものをみて、それが惨めさでしかないことを理解しなさい。」と言っても何の解決にもなりません。
絵をクリアに見て、そこに現れている惨めさを乗り越えるあらゆる方法に囚われるのではなく「ちょっと待ってこれ以外の見方が在る筈だ」と言うのです。
これ以外の見方とは「絵を無視して(とても複雑な)額に意識を集中してしまうこと」を止めることなのです。
これ以外の見方とは「あなたがこの絵から惨めさを体験している唯一の理由は、本当は起こらなかった分裂故なのです。」と誰かが言っている時にこの絵を見て分裂の惨めさを感じることなのです。
しかしあなたは実際には決して、あなたの源から、あなたの父から、分断はしていないのです。
だからあなたは、この瞬間に父の子孫であり、全く神聖で、(それをこの瞬間フルに体験していることがあなたの生得権である)完全なパーフェクションを体現しているのです。
だから額縁(ウソの約束)を無視して惨めさを見据えあなたが精霊/キリスト意識/神と繋がる選択をした時、惨めさを放棄することが出来ると理解しなさい。
そしてわたし達(精霊/キリスト/神)をあなたの中に受け入れ、(あなたがわたし達に決めさせる)共通の目的のためにわたし達と繋がりなさい。 何故なら、わたし達は何が惨めな絵に修正を与えるか知っているのだから。
これがシンプルなことです。

さてコースを読んでいる多くの人達は、絵と額縁に関して話しているこの部分を良く理解していないことでしょう。
では私が今これを読んで説明しましょう。 

[Every defense operates by giving gifts, and the gift is ALWAYS a miniature of the thought system the defense protects, set in a golden frame. The frame is very elaborate, all set with jewels, and deeply carved and polished.]
全ての防御はギフトを与えることにより働くのです。 そのギフトは常に、その防御が守っている(黄金の額縁に据えられている)思考システムのミニチュア(小型バージョン)なのです。額縁は宝石や流麗なカーブでとても良く装飾されています。]

この額縁はチンケな安物ではないのです。
ベニヤ製ではなく、大量生産ではなく、手作りなのです。

[Its purpose is to be of value IN ITSELF, and to divert your attention from what it encloses. But the frame WITHOUT the picture, you cannot have.]
[その(額縁の)目的は、それ自身が価値そのものに成って、これが縁取っているもの(絵)からあなたの注意を逸らせることなのです。 しかし絵を受け入れずに額縁だけ得ることはあなたには出来ないのです。]

自分一人のリアルな個人に成るという(隠されている)最終的ゴールは、神の聖なる子供の悲惨な状態を見せている絵を抜きにして、額縁そのものが絵に成ろうとしていることなのです。 

[But the frame WITHOUT the picture, you cannot have. ]
[しかし絵を受け入れずに額縁だけ得ることはあなたには出来ないのです。]

あなた達は決して絵を(額縁から)取り外すことは出来ないのです。
何故なら、絵の中に修正されるべきウソが入っているのだから。
ウソは額縁の中には無いのです。相互合意そのものの中にはウソ(矛盾)は存在していません。
だからより良い相互合意を作る必要はないのです。より良い社会保障制度を作る必要は{必ずしも}必要ではないのです。

[But the frame WITHOUT the picture, you cannot have. ]
[しかし絵を受け入れずに額縁だけ得ることはあなたには出来ないのです。]

そして次の文を読みなさい。

[Defenses operate to make you think you CAN.]
[それが出来るとあなたに考えさせることにより防御が機能しているのです。]

ここにウソの約束がされているのです。 これがあなたの目の前に吊るされている人参なのです。

[Defenses operate to make you think you CAN.]
[それが出来るとあなたに考えさせることにより防御が機能しているのです。]

防御は「あなたに出来ないこと」があなたに出来ると言い、そうさせようとするのです。

[The special relationship has the most imposing and deceptive frame of all the defenses the ego uses. Its thought system is offered here, surrounded by a frame so heavy and so elaborate that the picture is almost obliterated by its imposing structure. Into the frame are woven all sorts of fanciful and fragmented illusions of love, set with dreams of sacrifice and self-aggrandizement, ]

[特別な関係は、エゴが使う防御の中で一番巧妙で押し出しの良い額縁(枠組み)を持っています。 その思考システムがここに提供されており、それはとても重いとても美しい額縁で縁取られており、その威厳のある構造が絵を殆ど壊しているのです。その額縁の中には、(犠牲の夢や自己顕示が設定されている)あらゆる素晴らしい分断された愛の幻想が織り込まれており]
その相互合意の中には、その想像の中には、痛みや悲しみや苦しみの幻想があるのではなく、あらゆる素晴らしい分断された愛の幻想が織り込まれています。
(操りをスムーズに行なうことを可能にする)希望やチャリティーや親切やその他色々な良いことがそこには示唆されています。

[Into the frame are woven all sorts of fanciful and fragmented illusions of love, set with dreams of sacrifice and self-aggrandizement, and interlaced with gilded threads of self-destruction. The glitter of blood shines like rubies, . .]
[その額縁の中には、(犠牲の夢や自己顕示が設定されている)あらゆる素晴らしい分断された愛の幻想が織り込まれており、自己破壊の金の糸が縫いつけられています。 血の輝きはルビーのようで、]

わかりますか? わからないフリをするのは止めなさい。何人の人達が自由のために血を流してきたのでしょう? あなた達はルビーのように輝く血(名誉ある犠牲)に偉大な意味を与えそれを敬ってはいないでしょうか?

[The glitter of blood shines like rubies, and the tears are faceted like diamonds and gleam in the dim light in which the offering is made.]
[血の輝きはルビーのようで、涙はダイヤモンドの光を放ち、それら捧げ物が光の中に供えられて輝いています。]

真摯な改心に見える涙、間違ったことが行なわれていることを認識しているように見える涙、偽りの仮面を捨てて謙虚を体験しているように見せている涙。
それらはカットされたダイアモンドのように輝き評価されています。

[. . . and gleam in the dim light in which the offering is made.]
[それら捧げ物が供えられている光の中で輝いています。]

何故これらを尊んでは、尊敬しては、いけないのでしょう。
その理由は、「自由のために血を流すこと」が「リアルな自由に目覚めること」をもたらさないからです。
そして「血を流すこと」が、必要とされている変革をまだもたらしていないように見えるからこそ、人は血を流すことに自身を捧げることが出来るのです。

自由のために血を流すことに己を捧げ続けた(父、子供、孫、ひ孫の)家族の名誉故に、父/子供/孫/ひ孫が軍事の伝統に従っています。
私がここでしようとしていることは、全ての人々のマインドを新しい方向に向かわせることなのです。
父と子と祖父と孫達が血の輝きを尊重するパターンに従い続けるのではなく、子供や孫達が「ちょっと待って、これを異なる見方で見ることが出来る筈だ」と言えるようになる環境を私は整えたいのです。
「罪/病/死のサイクルを破る方法が在るに違いない。このパターンを破る方法があるに違いない。 それを私はしよう。」と言えるように成ってほしいのです。
「父や祖父や大祖父のように戦争に参加するのではなく、私はパターンを破ることを行なおう。母達嫁達そして家族全体が愛国主義的任務と神と国への献身を感じていて、私がこのステップを取ることが彼等のストレスになったとしても、私はあえてこれをしよう。」

誰かを侮辱するつもりはありませんが、私が言っていることを受け入れるのは簡単ではないかもしれません。
(額縁の中の絵が本当に言っていることを誤認識して)それに栄光や尊厳を与える見方から自由に成るべきなのです。
この絵が本当に言っていることとは「罪/病/死は避けられない」です。
「罪/病/死は避けられない」、この絵はそう言っているのです。
「この瞬間にも罪/病/死が働いている。罪/病/死は避けようがない。
惨めさ、惨めさ、酷さ。」
私の言おうとしていることがわかりますか?

これがACIMのこの箇所の真意なのです。
二つの絵と額縁の話の真意はこれなのです。
私はより具体的な話をして、話をよりわかりやすくしているのです。

次の箇所がキーなのです。

[Look at the PICTURE. Do not let the frame distract you. This gift is given you for your damnation, . .]
[絵を見据えなさい。 額縁に惑わされるのは止めなさい。 このギフトは、あなたを地獄に落すためにあなたに贈られているのです。]

絵が(あなたを地獄に落としてしまう)ギフトなのです。
この絵はあなたをハッピーにする目的で与えられているのではないのです。
私は意地悪でこう言っている訳ではありません。
これがあなたの愛情を豊かにする唯一の方法なのです。

「二つのステップをせずに額縁に騙されて絵を持ち続ける」のを止めることだけが、あなたの愛情を豊かにする唯一の方法なのです。
絵を保持することを止めて「父よ、ここの真理は何ですか? 父よ、私はあなたの視点を体験したいです。本当に神というものが居るのかさえも私にはわからないので私が訊ねたとしてもあなたがそれに答えるかどうかさえ私には自信が持てませんが、それでも私は自分の先祖が続けていたこととは違うことしてみます。 何故なら彼等の続けて来たことが罪/病/死を消さなかったことはハッキリしているのだから。」と言うことだけが、あなたの愛情を豊かにする唯一の方法なのです。

[Look at the PICTURE. ]
[絵を見据えなさい。] 

これが鍵です。 呪われた絵、惨めな絵を見る必要があるのです。
ええ、そんなことをするよりも、あなた達は座って瞑想し、美しいことを考えたり、ポジティブなことを考えるほうが好きでしょう。
しかし、あなた達がかようなポジティブシンキングを自分達だけで行っている間、大きな額縁の真ん中に依然としてこの呪われた惨めな絵が掲げられているのです。
何故なら、神がその絵の中には入っていないからです。 神が入る余地がそこにないのです。
そこでは「父よ、ここの真理は何ですか?」という言葉が全く言われていないのです。

「父よ、私はあなたからの隔離を破ることにします。 私は(自分の生得権だと考えて来た)この権威と独立を放棄して、あなたと繋がり、あなたとあなたの言うことに服従します。これが本当に違いをもたらすかどうか確かめるために、自分の先祖が信奉してきたことを放棄して、私はこのクレージーなことをあえてしてみます。」

[Look at the PICTURE. Do not let the frame distract you. This gift is given you for your damnation, and if you take it you will believe that you ARE damned. ]
[絵を見据えなさい。額縁に惑わされるのは止めなさい。 このギフトは、あなたを地獄に落すためにあなたに贈られているのです。もしこれを受け取ったなら、あなたは自分が地獄に落ちている(呪われている)と信じてしまうでしょう。]

この絵を見て認識することはオーケー(大丈夫)なのです。何故でしょう?
何故なら、この絵を見ることは、世界の終わり(破滅)ではなく、「この絵と額縁を共に捨てて新しい体験をする」あなたの能力(度量)の始まりだから。

[You CANNOT have the frame without the picture. What you value is the FRAME, for there you see no conflict. ]
[あなたは絵を抜きにして額縁だけを得ることは出来ないのです。 あなたが価値を見い出しているのは額縁なのです。何故なら、あなたはそこに争い(矛盾)を見ていないから。]

その理由は、この手彫りの額縁のために作られている相互合意や知的構造の全てがあなたに{ウソの}希望を与えて、(幻想の)人生に価値があるように見せているから。
それらの相互合意や知的構造(額縁)がどのようにすれば成功出来るか示しているのですが、そのような成功を収めた人は本当は一人もいないのです。

するとあなたはこう言うでしょう。
「例えば、人々は人が飛ぶことは不可能だと言い続けてきました。しかしライト兄弟がそれを実際に達成したのです。 それは本当に起こったのです。だからやろうと思えば何でも出来るのです。 それは今日は出来ないかもしれません、しかし努力すれば必ず出来るのです。」
これが額縁なのです。 これが額縁を重要に思わせているのです。


[What you value is the FRAME, for there you see no conflict. ]
[あなたが価値を見いだしているのは額縁なのです。何故なら、あなたはそこに争い(矛盾)を見ていないから。]

争い(板挟み)から逃れる方法をあなたはそこ(額縁の中に)に見るのです。
額縁の細部にそれが示唆されているのです。 そして額縁は、絵と同様に、ウソをついているのです。

[Yet the frame is only the wrapping for the gift of conflict. ]
[しかし額縁は争い(矛盾)のギフトの包装紙に過ぎないのです。]

わたし達が交わしているこの話はとても惨めなものでしょうか?
そうでもないのです。
これは惨めさに関する話ですが、惨めさを放棄出来るようになることに関する話なのです。 混乱に騙されなく成りそれが(あなたが見ている混乱が)真実であるというウソを受け入れなく成るよう、あなたが真摯に(自分の状況を)観察出来るようになることなのです。

[Yet the frame is only the wrapping for the gift of conflict. The frame is NOT the gift. ]
[しかし額縁は争い(矛盾)のギフトの包装紙に過ぎないのです。額縁はギフトではないのです。]

[The frame is NOT the gift. Be not deceived by the most superficial aspects of this thought system, for these aspects enclose the whole, complete in EVERY aspect. ]
[額縁はギフト(受け取れるもの)ではないのです。この思考システムの一番表面的要素に騙されるのは止めなさい。 何故なら、これらの要素はその中に各要素全体を完全に含んでいるのだから。]

だから額縁の中に現れている全てのポジティブな希望的要素がウソであり、それはあなたを絵の惨めさと酷さに縛りつけるのです。 それ程良いものには見えない、だけれども何か正等な希望を与えているように見える要素にも、これは当てはまります。

[Death lies in this glittering gift. Let not your gaze dwell on the hypnotic gleaming of the frame. ]
[死はこの輝くギフトの中に潜んでいます。 この額縁の催眠的光に見入ってしまうのは止めなさい。]
この文は何を意味しているのでしょうか?
[Let not your gaze dwell on the hypnotic gleaming of . . .]
[催眠的光に見入ってしまうのは止めなさい。]

あなた達が交わしている全ての相互合意を、あるいは他者があなたに学習の一部として与えた全ての相互合意を信じてそれに騙されてしまうのは止めなさい。
あなたを他の者達より高いポジションに据えて上手く統治することを可能にするための学習(エデュケーション)があなたに手渡した相互合意に騙されてしまうのは止めなさい。

[Let not your gaze dwell on the hypnotic gleaming of the frame. Look at the PICTURE, . .]
[この額縁の催眠的光に見入ってしまうのは止めなさい。絵を見据えなさい。]

絵そのもの(の酷さ)を見れば、あなたは偽りの希望ではなく現状を認識するでしょう。

[Look at the PICTURE, . . ]
[絵を見据えなさい。]

わたし達が先週話したことをあえて行いなさい。
世界を見据えて、罪/病/死がいまだに働いており、それらがいまだに全てを統治しているように見えていることを見なさい。

それら(罪/病/死)を止める必要があるのです。
それらを止める方法は、あなたの注意/意識を額縁から引き抜いて、絵を見据えて「待てよ、物事は良くなってはいない」と言うことなのです。


「わたし達のして来たことは何も改善してはいない。 今までとは何か違うことが必要なのだ。 もし答えがすでに与えられていなかったなら(その答えが私を正しい方向に向かわせていなかったなら)、絵だけを見て額縁を無視しようなどと考えてもいなかっただろう。だから私は、新しい見方をもたらすものに自分の注意を与えよう。 自分の注意を与える新しい方法を試してみよう。」(と言えるようになる必要があるのです。)

[and realize that DEATH is offered you.]
[そして死があなたに提供されていることを理解しなさい。]

[That is why the holy instant is so important in the defense of truth. The truth itself NEEDS no defense, but you DO need defense against your own acceptance of the gift of death. When you who are truth accept an idea so dangerous TO truth, you threaten truth with destruction.]
[だから真理を守るためには聖なる瞬間がとても重要なのです。真理そのものは防御を必要とはしていないのですが、あなたは自分が死のギフトを受け取ってしまうことに対する防御を必要としているのです。真理であるあなたが、真理に対してかように危険なアイディアを受け入れてしまうと、あなたは真理を破壊で脅かしてしまうのです。]

勿論真理が破壊されることはないのですが、それでもそのような脅しが言われているのです。

[And your defense must now be undertaken, . .]
[あなたの防御を開始しなければけません。]

概念への防御ではなく、不聖な関係(特別な関係)という幻想への防御ではなく、あなたの防御です。 神の聖なる子供がその神性を守る防御です。

[And your defense must now be undertaken, to keep truth WHOLE. The power of Heaven, the Love of God, the tears of Christ and the joy of His eternal Spirit are marshalled to defend you from your own attack. For you attack Them, being PART of Them, and They must save you, for They love Themselves.]
[そして今、真理を完全に保つために、あなたの防御を開始しなければけません。天国の力が、神の愛が、キリストの涙が、キリストの永遠のスピリットの喜びが、あなた自身の攻撃からあなたを守るために入って来ます。 何故なら、彼等の一部であるあなたが彼等を攻撃してしまうから。 しかし彼等はあなたを救う必要があるのです。 何故なら彼等は彼等自身を愛しているのだから。]

あなたは何を攻撃するのでしょうか?
「天国の力、神の愛、キリストの涙、キリストの永遠のスピリットの喜び」をあなたは攻撃しているのです。

下記の部分をもう一度読みなさい。

[For you attack Them, being PART of Them, and They must save you, for They love Themselves.]
[何故なら、彼等の一部であるあなたが彼等を攻撃してしまうから。 しかし彼等はあなたを救う必要があるのです。 何故なら彼等は彼等自身を愛しているのだから。]

わかりますか? 彼等は、あなたが彼等を攻撃したことを認めないのです。
彼等は(あなたが彼等以外のものを尊ぶ結果を引き出している)彼等に対するあなたの誤解とは合意しないのです。
(あなたの神聖をあなたに気付けなくしている「何か」に惹き付けられて)あなたがあなた自身を侮辱している時、彼等はあなたと繋がらないのです。
聖なる瞬間の中で働き出すのが彼等なのです。
そして今日(そして先週)わたし達が話してきたことが、聖なる瞬間を照らし出してあなたに示しめすのです。今日(そして先週)わたし達が話してきたことが、あなたの注意を聖なる瞬間に与えるために必要なことなのです。

あなた達はこの部分からサッサと移動して、より美しいことを考慮したいと思っているかもしれません。
しかし、絵を見据え続けることを私はお勧めします。

今週は好きなだけ聖なる瞬間を実践して下さい。
しかし(酷い、惨めな)絵を見据えることは忘れずに。
神のより多くの愛が多くの人類によってまだ見られていないということをあなたに示す絵を見続けてください。
そのような絵が在ることをあなたはご存知です。何故なら、辺りにはまだ惨めさの(不正の)証拠が多くあるから。
そして、自分達の知性をあまり良く表せていない人達に対して、あなた達はまだ不寛容で、それ程忍耐(理解)は示せていません。
この不寛容が、愛を持ってあなたの兄弟姉妹や母や父や娘や息子と共に立ち、慈愛と寛容をもって彼等と共に彼等の学習を歩いて、と同時にあなたに対する虐待(悪用)を拒否することを難しくしています。

I love you all.

わたし達が今回話したのは重要なことです。
あなたが越えたいと願っている敷居を越えるために、これは必要なのです。
あなたがこの敷居を越えることを私は願っています。
これが必要な事だとはあなたはもしかしたら思っていなかったかもしれません。
しかしそうなのです。
この事項を見て、これらを考慮して、そのプロセスで自分に対して寛容であることによって、あなたが迷ってしまうことはありません。


A Course In Miracles (reference pages)
Chapter 17 -Section: PERCEPTION AND THE TWO WORLDS
1 Sparkly Book - p.409 First Line / JCIM- p.171, 6th Par. / CIMS - p. 344, Par.32
Section: THE TWO PICTURES
First Edition - p. 334, 3rd Full Par. / Second Edition - p.359, Par.6

All of the activities of the Northwest Foundation for "A Course In Miracles" are provided without charge or obligation. This is possible because of thoughtfulness, love extended without conditions. Such is the nature of Gift. As a result these materials are available to you, because someone like you has already gifted you with them.

And, at Raj's instruction, these materials will never be sold.

If you would like to add your thoughtfulness and love, to gift others with the availability of these materials, you're invited to make a tax-deductible contribution
at our website, or send it to our address,
both of which are shown below.


A Course in Miracles Study Group with Raj, June 12th 2011
© by The Northwest Foundation for “A Course in Miracles” a non-profit corporation.
All rights reserved
PO Box 1490 / Kingston, WA 98346-1490 / USA
Phone: 360-638-0530 Fax: 360-881-0071
Website: http://www.nwffacim.org
E-Mail: paul@nwffacim.org

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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No title

文中の ・ は何を意味しているのですか?^o^?

「 ・」とは、「ポジティブ・シンキング」のことですか?
何となく区切っちゃっただけです。 「ポジティブシンキング」に修正します。

そうでなくて「...」なら、それは表示されている文章の前後に続く言葉が省略されていることの示しているか、そうでなければラジが言い淀んだり沈黙したりしていることを表明しています。

諦めないで。

> 独立したくはないのに、聴いてもお返事が得られないから、嫌々自分で決めているのは、私くらいなんでしょうね…。

答えは必ず返って来てます。 訊ねた途端(一分と掛からず)瞬間的に返って来てます、
答えを言い終わらない前に。

耳から聞えることは滅多にないですよ。(少なくとも私の場合)
(私の場合)「聞える」感覚は言い換えれば「覚悟が出てくる」という感じです。

No title

古いパソコンから読んだら、
「嘘」と書いてあるところが「・」に置き換わって表示されていました>o<
携帯電話からはちゃんと読めました☆
失礼しました~^^;

修正

「噓」という漢字を「ウソ」で置き換えました。

どういう訳か古いブラウザでは「噓」という漢字が上手く表記出来ないようです。

☆さん、ありがとう。

Re: タイトルなし

<ポールさんと90日の話が、私にとっては、とても重要に思えます。もう少し、詳しく(ラジに)話して欲しかったです。

「自己主張」、これを自己評価と言い直したらどうでしょう。

ポールが自己評価を手放し、神の評価(定義)を受け取るまでに90日掛かったのです。


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翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

hiro.okaue@gmail.com

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