スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ACIM11-08-06

2011年8月6日

あなたはどの様な一週間を過ごしたでしょうか?
聖なる瞬間の実践が出来ましたか?
意識的に二つのステップをしようとした時、聖なる関係を体験する為に聖なる瞬間を持とうとした時、あなた自身が酷い振舞いをしてしまっていることに気付いているでしょうか。 自分の立場を守るためにイニシアチブ(主導権)を取ろうとして、他者から非難されてしまうような行動をあなたは取らなかったでしょうか?
インスピレーションの流入がシンプルに体験出来なかった人は居ないでしょうか(ある意味ではそうなって当然なのです)。
今晩はその様な人の為に(あなたの中のこの部分に対して)話しかけましょう。

何故なら(その様な体験をしている)あなたこそサポートを必要としているのだから。
運命があなたに不愉快な人生という不運を与えているのではないと知るべきなのだから。
あなたが何か間違ったことをした訳ではないと知る必要があるのです(たとえばあなたは私の指示に従おうとして、その結果あなたは他者から非難されてしまったのです)。
これは別に驚くには当たらないとあなたは知るべきなのです。

昔私が話したことを覚えていますか。
あなたが天国の門に近づいた時、エゴは何をしようとするでしょうか?
あなたのエゴは天国の門の周りにガーゴイル(鬼/こけおどし)を配してあなたを脅し天国の入り口から去らせようとするのです。
このガーゴイル(脅し)はリアルなものではないのです。
これは映画館の中の映像のように投射されているだけなのです。

それでも往々にして、この投射はその目的を達成してしまっています。
この投射は、天国の門をくぐろうとしているあなた達を阻止しようとする試みなのです。
しかしあなた達はガーゴイル(脅し/脅威の投射)に取り合わずにそのまま門をくぐって天国に入ることも可能なのです。
それらは遊園地のお化け屋敷のように、実行力を持たない怖れ/脅しとして働いているだけなのです。

問題なのは、現時点のあなた達には「それがリアルでないとは確信することが出来ていない」ということです。
だからあなた達は躊躇してしまい、脅しにより示唆されていること(こうしなければ安全が脅かされると言われていること)をしてしまっているのです。
そしてガーゴイル(投射)は聖なる関係の正反対の行為をさせようとしてあなた達を脅しているのです。 聖なる瞬間に起こるインスピレーションの流入の反対をするようあなた達をけしかけているのです。

ガーゴイル(自分の中の脅威を外に投射している状態)は遠まわしに示唆するのです。
誰かがあなたの尊厳を踏みにじっており、不親切で、悪意を持っているとあなたに思わせるのです。
それは何とかしてあなたを聖なる瞬間から切り離し、あなたに彼等(他者)を攻撃させ、自分の尊厳のために立ち上がり、尊敬を要求させようとするのです。

ガーゴイル(投射/脅し/示唆)は「彼等には修正が必要だ」と言い立て、「あなたがその修正を行なわなければいけない」と言うのです。
あなたはそれを感じ、立ち上がって喋ろうとします。
すると聖なる瞬間が無くなってしまったように見えます。
あなたが垣間見ていた聖なる関係が消えてしまったように見えます。
するとどうなるでしょう?
するとあなたは騙されて、修正が不可能な場所で修正を行おうとしてしまうのです。
こうして、その時何かとても意味深く親密なことが起こっていることを認識する代わりに「自分の外」に居る誰かを攻撃してしまうのです。

その時あなたは自分の平和を手放す選択をしているのです。
その時あなたは聖なる瞬間を放棄しているのです。
その時あなたは聖なる瞬間よりも(あなたの正気よりも、あなたの目覚めよりも)より重要な何かを見つけてしまっているのです。
あなたは何か(聖なる瞬間より)重要なものを見つけており、そこで修正が出来る(とあなたは考えてしまったのです)。
だからここで注意する必要があるのです。

孤児のマインド(エゴの条件付け)に出来るのは一つのことだけです。
それはあなたの注意をあなたの父から逸らせることです。
エゴは、あなたの中であなたの神聖(あなたの真理/あなたの神聖/あなたの本当の状況)を照らしているもの(父)から、あなたの注意を引き剥がそうとするのです。
これがエゴの働きなのです。

しかし、あなたのマインドの中では、これは神の否定として働いているのではなく、自分自身から何か重要なことを作ろうとする(自分の偉さを証明する)言い訳(理由)として働いているのです。

これを覚えておくことが重要です。
何故なら、自分の中から何か価値在るものを作ろう、何か有効な価値ある者に成ろうとすることが(そうしよう、そうしたいという衝動/エネルギー/動機が)あなたを狂気の中に留めているのです。
これが「あなたの中であなたの永遠の神聖をあなたに照らして示しているもの」からあなたを切り離してしまっているのです。
(しかし「あなたの中であなたの永遠の神聖をあなたに照らして示しているもの」が、あなたのマインドがクリアに成る為に、あなたのマインドが真理を知る為に、あなたのマインドの中に必要不可欠な唯一のものなのです)

だから今週(あるいは先週)あなたが容易に気を逸らされていたり、意地悪に傲岸に成ってしまっていても、気落ちしないで下さい。

それが起こった時あなたは「何故私はこのようなことをしているのだろう。私はこのような人ではない。私はこのようには普段振舞わない。これはノーマルではない」と感じていたでしょう。
それは確かにその通りなのです。 これはノーマルではないのです。

そしてこれが起こっている時あなたは逆にこう気付いているべきなのです。
「おお、エゴがこれ程暴れて私の気を逸らそうとしているなら、私はとても重要なことに近づいているに違いない。 エゴが私に自己防御と反感と反発を行わせようとしているなら、私は何かとても重要なことに近づいているに違いない。 私は何かを(少なくともある程度は)上手くやっているに違いない。」

あなたは確かにそうしているのです。
あなたは二つのステップをしようとしており、父からこの状況(この関係)に対する真理を聞こうとして聖なる瞬間を持っているのです。
あなたは何か正しいことをしているのです。
あなたは目覚める為に必要不可欠なことをしているのです。
だから(問題が起こっているように見えても)驚かないで下さい。

しかしあなたはここで注意深く成らなければいけないのです。
何故ならエゴがやって来て「ええ、わたし達はここでとても重要なことをしています。わたし達はこれを上手く処理出来るでしょう。もしかしたら、あなた(私)はイエス以来始めて目覚めた人に成れるかもしれません。そしてあなた(私)の目覚めが世界全体への祝福と成るでしょう。」と言ってしまうから。
そうなるとあなたのプライドは高まり、聖なる瞬間や聖なる関係を行なうことがとても素晴らしいこととして感じられ始めるでしょう。

この罠に嵌ってしまうのは止めなさい。
その時あなたが注意深くしていたなら、この「会話」があなたとエゴの間で起こっていて「どのように威厳を保ちながらこの状況を処理するか」学んでいる時、あなたは自分が精霊と話してはいないことに気付くのだから。
その時あなたは(自分の静けさの中で父の声を聞いている)聖なる瞬間を持ってはいないのです。 父/精霊により満たされてはいないのです。
だからあなたは気をつける必要があるのです。

聖なる瞬間を一旦手放してしまった場合、あなたはどの様にしてそれに戻るのでしょうか?
聖なる瞬間を放棄して感情的に成っている時、自分の意志を発揮することから満足を得てしまっている時、彼(彼女)が聖なる瞬間/聖なる関係を求めていても(エゴが彼等をあなたに敵対するものに見せてしまっており)あなたが彼等から自分を守っている時、あなたはどの様にして聖なる瞬間を取り戻すのでしょうか?

もしそうすること(聖なる瞬間に戻ること)が難しいなら、わたし達が話して来た真理を定期的に読むことをお勧めします。
このテキストを読み返してください。あなたが英語に堪能ならオーディオ・ファイルを聞いても良いでしょう。
これを毎日一回(あるいは二回)読んで(聞いて)下さい。
確かにこれは毎回約一時間も続く長いものです。
あなたはこれには値しないでしょうか?
あなたにはこれより重要なことが待っているでしょうか? 
あなたがしなければ世界が崩壊してしまう様な仕事があなたにあるでしょうか?
しかしあなたが自分の目覚めの為に働かなければ、あなたは(少なくともあなたの知覚にとっては)すでに崩壊してしまっている天国の中に住んでいるのです。

狂気の人にとって正気を取り戻すことは常に難しいことです。
それは正気に返ることが難しいからではなく、これには研ぎ澄まされた注意が必要で、あなたが狂気に陥って居る時そうする理由を見つけることは難しいからなのです。
そしてあなたは「私はキチガイなので、これらのことを理解することは出来ないのです。」と言ってしまいかねないのです。 でもそれは出鱈目です。なかなか気の利いた台詞ですが、それを信じるのは止めなさい。

だから(二つのステップを続けることを)自分に思い出させ続けなさい。
このテキストを毎日一時間読むことが出来ないなら、5分読むだけでも構いません。
そうすれば自分の注意を何処に置くべきか思い出すことが出来るでしょう。
そして出来る限り訊ね聞くことを続けるのです。

あなたの成長/学習にこれ程の注意を与えることは重要ではないようにあなたには見えているかもしれません。 しかしこれは重要なことなのです。
あなたがこのプロセスに信心を与えられるように、私はこれをあなた達に知らせているのです。
これをする理由が本当にあるとあなたに感じられるように。このワークがあなたに出来るように。

本を読みましょう。
[The experience of an instant, however compelling it may be, is easily forgotten if you allow time to close over it. ]
[一つの瞬間(聖なる瞬間)の体験は、それがどれだけ圧倒的(納得出来るもの)でも、時間がそれを覆い隠すことをあなたが許してしまえば、それは簡単に忘れ去られてしまいます。]

あなたはどの様にして聖なる瞬間を時間の中に閉じ込めてしまっているのでしょうか?
あなたは記憶を使ってこれをしているのです。
何かが起こった時あなたは記憶をもとにそれに反応/対応し始めてしまうのです。
その時あなたは時間の中におり、聖なる瞬間の中から出てしまっているのです。

[The experience of an instant, however compelling it may be, is easily forgotten if you allow time to close over it. It must be kept shining and gracious in your awareness of time, but not concealed within it.]
[一つの瞬間(聖なる瞬間)の体験は、それがどれだけ圧倒的(納得出来るもの)でも、時間がそれを覆い隠すことをあなたが許してしまえば、それは簡単に忘れ去られてしまいます。あなたはそれ(聖なる瞬間)を自分の時間意識の中で覆い隠すのではなく、自分の時間意識の中で輝かせ優しく親切にしておかなければいけないのです。]

聖なる瞬間を実践して聖なる瞬間の中に留まっている時、(あなたが時間の中に居続けているように見えても、時間の中で出来事が起こり続けているように見えていても)あなたの視点は時間とは全く関係ないものなのです。
時間やその中で起こっていることは(聖なる瞬間の中に居る)あなたの視点とは関係(接点)が無いのです。 何故なら、その時あなたは途切れることなく聖なる瞬間の中で父/精霊と繋がり続けることを選んでいるのだから。

このようにしてあなたは自分の時間意識の中で聖なる瞬間を輝かせ続けるのです。 このようにしてあなたは聖なる瞬間が時間の中に隠されてしまわないようにするのです。

[The instant remains. But where are YOU?]
[その瞬間は残り続けます。しかしあなたは何処に居るのでしょうか?(あなたは何処に行ってしまうのでしょうか?)]

あなたは聖なる瞬間の中に居るのでしょうか? それともあなたは時間の中に居るのでしょうか?

あなたは「(自分一人では)何も知っていない所」に居てインスピレーションに満たされているでしょうか? それとも自分で全てを定義して自分自身が定義され尽くしている「知っている場所」に居るのでしょうか?
あなたは何処に居るのでしょう? あなたは聞くことを止めてしまって考え出しているのでしょうか? あなたは何処に居るのでしょうか?


[The instant remains. But where are YOU? To give thanks to each other is to appreciate the holy instant, and thus enable its results to be accepted and SHARED.]
[その瞬間は残り続けます。しかしあなたは何処に居るのでしょうか?(あなたは何処に行ってしまうのでしょうか?) お互いに対して感謝を与え合うことが聖なる瞬間を尊ぶことです。 そうすることで、その結果(聖なる瞬間の結果)が受け入れられ共有されるのです。]

お互いに対して感謝を与えるとは、感謝の心を持つということです。
あなたが愛の感謝の心持(アティチュード)にある時、そこにから湧き出てくる行動には矛盾がないのです。
そこでは意地悪(反発)は分け与えられておらず、そのような行動もないのです。
それ故に、あなたの神聖(そしてあなたのパートナーの神聖)に関して表明されていることを行動に移す(それをあなたとパートナーが表現する)チャンスが与えられるのです。

勿論あなたのパートナーがどの様な態度でいるかは(リアリティには影響が無く)関係ないのです。 何故なら(あなたが自分のパートナーの中に見てる酷い態度ではなく)あなたの注意や行動こそが関係の中の癒やしの動きを統治しており、それらが(あなたの見事な攻撃に晒される心配をすることなく)パートナーが(神と、そしてあなたと)繋がれる環境を提供するのだから。

しかしあなたは相手の矛盾点を上手く突くことに長けてしまっているのです。
あなたはどうすれば相手の弱点をパーフェクトに突き崩すことが出来るか知っているのです(相手はそれで納得はしないかもしれないけれど)。
相手(パートナー)はあなたが彼の弱点を突いていることに気付きさえせず、だからあなたは彼を眼くらまして、聖なる瞬間を実践して聖なる関係を続けなくても済むようにしてしまおうとするのです。
あなた達は自制心無くお互いを簡単に自動的に攻撃してしまいます。

[To ATTACK each other is not to lose the instant, but to make it powerless in its EFFECTS.]
[お互いを攻撃しても(聖なる)瞬間を失うことにはなりませんが、その効果(結果)を失くしてしまうことになります。]

次のように表現してみましょう:
目を閉じて御覧なさい。
目を閉じた時、あなたは自分が意識している(気付いている)ことを認識しています。
この気付き(意識)が聖なる瞬間なのです。
別の言い方をするなら、あなたの気付き(意識)が聖なる瞬間が体験されている場所なのです。
気付き(意識)が聖なる瞬間のアリーナ(領域)なのです。

だから聖なる瞬間は常に存在し続けているのです。
聖なる瞬間は常にそこに在るのですが、殆どの人達はそれに注意を与えていないのです。 何故なら人々は自分で考え出した方法で救済を得ようとすることに夢中に成っているから。

だから. . .、
[To ATTACK each other is not to lose the instant, . .]
[お互いを攻撃しても(聖なる)瞬間を失うことにはなりませんが、]

何故なら聖なる瞬間は常にそこに在り続けて居るのだから。 それはあなたの意識そのものなのだから。 しかし、

[To ATTACK each other is not to lose the instant, but to make it powerless in its EFFECTS.]
[お互いを攻撃しても(聖なる)瞬間を失うことにはなりませんが、その効果(結果)を失くしてしまうことになります。]

聖なる瞬間の効果(結果)とは、自分が体験していること(自分と対面し対立している者)の神聖と調和した行動をあなたがする様に成り、これにより今まで気付いてこなかった自分の神聖にあなたが気付き、その明晰な理解の上にあなたの振舞いが行なわれるように成ることなのです。
上記が聖なる瞬間の効果なのです。
しかしあなたが聖なる瞬間を放棄して、聖なる瞬間に留まる代わりに思考して、自分の思考/判断/概念に基づいて行動した時、あなたは聖なる瞬間を無効にしているのです。その時あなたは聖なる瞬間の効果を無にしているのです。

このことが(何が聖なる瞬間なのかが)白黒ハッキリして来ました。
聖なる瞬間と聖なる関係が約束していることがハッキリして来ました。
それはあなたとあなたのパートナー(相手)が自分達の正気を取り戻すことなのです。 これが意味深いことなのです。

(目覚めたいと願っているあなたにとって)それに対する全ての努力には価値があり、それは報われるのです(直ぐにはそう体感されなくとも)。
自分の今までの性癖を使って日常をやり過ごしてしまうのではなく、注意深く意識を保って、自分が期待していた以上のことが起こっていないか、今まで自分が見ていたよりも多く「神が成ってもの(こと)」が現れていないか見たいと努力することには価値があるのです。 そしてこの体験を得るまで諦めるべきではないのです。

[To ATTACK each other is not to lose the instant, but to make it powerless in its EFFECTS. You HAVE received the holy instant, but you have established a condition in which you cannot USE it. ]
[お互いを攻撃しても(聖なる)瞬間を失うことにはなりませんが、その効果(結果)を失くしてしまうことになります。 あなた達は聖なる瞬間を受け取ったのです。 しかしあなた達はそれが(聖なる瞬間が)使えない条件を設立してしまっています。]

その条件とは何でしょうか?
これはあなたが自分の注意を(聖なる瞬間の中から)引き抜いて他の場所(あなたが自分の源と繋がっていない状態)に移してしまうことです。


[As a result, you do not realize that it is with you still. And by cutting yourself off from expression, you have denied yourself its benefit.]

[その結果、あなたはそれが(聖なる瞬間であるあなたの意識が)今も自分のもとに在ることに気付いておらず、自分をその表現から切り離し、その利益を自分に対して否定しているのです。]

映画を見たいなら映画館の外には居られないように、あなたが得たいと思う体験を否定している状態を引き出し続けてはいけないのです。

[You reinforce this every time you attack each other, for the attack must blind you to YOURSELF. And it is impossible to deny yourself, and recognize what has been given and received by you.]
[お互いを攻撃する度にあなた達はこれを強化してしまいます。 何故なら攻撃することはあなた自身を盲目にせずにはおれないから。 (他者を攻撃することによって)あなた自身を否定しながら、あなたに与えられているもの/あなたが受け取ったものを認識することは不可能です。]

あなたが否定しようとしている自己とは何でしょう?
それはあなた自身でしかありません。
現在あなたは自分のことをただの人間、モータル(必滅者)、罪/病/死の対象に成り得るものと考えて(定義して)いるのです。
しかしこのようにあなたが定義している「あなた」は、本当は神の子なのです。

必滅者(惨めな孤児)としてのあなたが(そのような体験をしているあなたが)そこで二つのステップ(聖なる瞬間)を行い、インスピレーション(真理)の流入を体験したのです。
これが与えられており、あなたはそれを受け取ったのです。
そして今あなたは、これを(真理を)自分のマインドの中に留め置くか、自己意志表現(そして自分を有利/優位なポジションに据える為の操り)の楽しみの代償としてこれを放棄することになるのです。
この二つの可能性のどちらかをあなたは選ぶのです。

[You stand together in the holy presence of truth itself. ]
[あなた達は共に真理そのものの聖なる現れの中に立っています。]

あなたがこれを(聖なる瞬間を)実践して、これを意図している時...、

[Here is the goal, together WITH you. ]
[あなた達と共にここにゴールがあるのです。]

「あなた達と共に」、つまり「あなた」と「あなたが聖なる関係を持とうとしている人」(あなたとあなたの相手)の両方と共に(ゴールがあるのです)。

[You stand together in the holy presence of truth itself. Here is the goal, together WITH you.]
[あなた達は共に真理そのものの聖なる現れの中に立っています。あなた達と共にここにゴールがあるのです。 ]

だから必要なものは全て揃っているのです。

[Think you not the goal itself will gladly arrange the means for its accomplishment? ]
[あなたは、このゴールそのものがその達成方法を喜んで整えるとは考えていないのですか?]
{上記の文章の方が原文に対する忠実な翻訳だと思います。翻訳者}

[ゴール(目的)そのものが、その達成方法を設立していると考えるのは止めなさい。(あなたの関与/努力なくして、ゴールが自動的に達成されることを期待するのは止めなさい。)]
{ラジは上記のように理解している模様です。 翻訳者}


これは希望的観測ではないのです。
これは誰かが夢想してACIM(ア・コース・イン・ミラクルズ)として書き出したものではないのです。
「あなたが物事に与えている定義」を超えているリアリティがあり、それは「あなた達が作り上げているルール」を超越している法則に従って動いているのです。
あなた達にとっては独立がとても重要なので、このような法則にあなた達が縛られていることは耐え難いことに思われていますが、事実この法則があなた達の救済なのです。

あなたが罪/病/死/怖れ/嫉み/怪我/欠乏の不在を表明し体現し表現していることを統治している法則(があるのです)。
これらの法則が「あなた達は神の子であって、それ以外の何者でもない」と言っているのです。
そして神の子は自分達に相応しいもの全てを持っていて、彼等は欠乏状態には成り得ないのです。

これらの法則は縛り付けるもの(限定)ではないのです。
しかし罪/病/死以外にも、(神の子としての)あなたには持てないものがあります。
それは父に反して表明する自己意志です。それは物事の在り様に反して表明されている自己意志です。
あなたは独立性は持てないのです。あなたが自分一人だけで権威を持つことは出来ないのです。
上記の文章は全て同じことを違う言い方で言っているだけです。
だから「自分には好き勝手なことをなんでもする権利がある」と感じている人にとっては確かにこれは過酷で暴虐的なものです。
躓いて転びたいなら彼はそのように出来るでしょう。 しかし躓かず転ばないようにしたいなら彼はそのようにも出来るのです。 それを選ぶのは彼次第で、他の人が彼の為にそれを選ぶことは出来ないのです。

確かに父はあなたに躓き転ぶ権利を与えています。
もし望むなら愚かな振舞いをする権利を父はあなたに与えています。
父は、あなたがそう求めている限り、自分には父が居ないフリをして通すことをあなたに許しています。
しかしあなたがそのような体験を得られるのは、幻想の中だけなのです。
「幻想の領域に存在してその中で働くこと」を求めなくなるまで、あなたはそのような体験をし続けるのです。
あなた達はこのような状況にあるのです。
これに関してわたし達は話しているのです。
わたし達はこれに関してより詳しく説明しているのです。

[Think you not the goal itself will gladly arrange the means for its accomplishment? ]
[あなたは、このゴールそのものがその達成方法を喜んで整えるとは考えていないのですか?]

何がゴールなのでしょうか?
ゴールは(あなたの正しいマインドによって)あなたがあなたの正しいマインドと再会することなのです。 (あなたが捨ててしまった、しかし本当に捨て去ることは出来なかった)あなたの正気の大部分とあなたが再融合することなのです。
あなたの正しいものは実際には捨て去られてはおらず、それは現在でも正常に働いています。
物事(リアリティ)の働きは(あなた達が正気を捨ててしまった積りでいる)今でもそのままなのです。
そして物事/リアリティの働きは全て、あなた達の正気を実現させることをその目的としています。

このゴールは神によって設置されたのです。
(あなたがそう信じていても、いなくても)このゴールは「物事の在り様」によって設定されているのです。
だからあなたは明晰/光明を体験しているのです(例えそれが私の言葉を通してだけであったとしても)。
この光明(光)があなたをあなたの正しいマインドに動かし戻すのです。
何故なら、神が全てで、あなたはやっと離縁を取り消したいと思える地点に辿り付いたのだから。父無し子(源を持っていない者)として振舞うことを止めたいと思えるように成っているのだから。
これが良きことなのです。

[It is just this same discrepancy between the purpose that has been accepted and the means as they stand now which seems to make you suffer, but which makes Heaven glad. ]
[「受け入れられた目的」と「現時点での方法」の違いと同等の食い違いがあなたを苦しめているように見えますが、それが天国を喜ばせているのです。]

食い違いを体験しているのは、あなた(あなた達)が一度に二つの異なる視点から見ているからです。
あなたの中の正気/神聖は、聖なる瞬間と聖なる関係の存在を認識しています。
あなたはそれが存在していることを完全に否定してはいないのです。
その結果このアイディアが意味深いものとしてあなたに届いているのです。
このアイディアがあなたの深い所に届いているのです。

あなたの一部はこれを認識しており「完全に目覚めることとは神に譲ることだ」と認識しているのです。
これはより実際的には、あなたの自己(Self)に譲ること、(あなたの正しいマインドにしか過ぎない)精霊に譲ることなのです。

これが(最終的解決をもたらす/最後までやり通すべき)方法なのです。
精霊に譲ること、あなたの正しいマインドに譲ること(がわたし達の行なうべき方法なのです)。

しかしもう一つの視点(見方)が存在しています。
それは(あなた達がとても慣れ親しんでいる)孤児の視点です。
あなた達孤児はコントロールと権威の放棄を狂気として見ているのです。

だからあなた達は闘争/葛藤を持っているのです。
あなたの正気を体験する二つの異なった方法があるように見えているのです。
一つの方法は自分一人自身で考えて自分のエゴに聞くことで、もう一つの方法は自分のエゴと自分で作った権威を放棄し父に譲ることです。
そして父に譲ることが…、

[. . . stand now [as that] which seems to make you suffer, but which makes Heaven glad.]
[現在の...があなたを苦しめているように見えますが、それが天国を喜ばせているのです。]

あなたはこれを理解する必要があるのです。 でなければ、あなたは苦しみが混乱が終る前にこの試みを止めてしまうから。
だから(まだ混乱が続いており、平和や安全が上手く現れてはいなくとも)これを続けるように私はあなた達を即しているのです。

[If Heaven were OUTSIDE you, you could not share in its gladness. Yet because it is within, the gladness, too, is yours.]
[もし天国があなたの外にあったなら、あなたはそれを喜びの中で分かち合うことは出来ません。しかしそれはあなたの中にあるのです。だから喜びもあなたのものなのです。]
それはここに在るのです。

[You ARE joined in purpose, but remain still separate and divided on the means.]
[あなた達は目的の中で繋がっています(目的を共有しています)。しかし、その(実現)方法においてまだ分かれており離れているのです。]

何が困難をもたらしているかがここに記されています。
それは方法に対する誤認識(誤解)なのです。
これが問題を起こしているのです。

これはとてもシンプル(純粋)で、故に理解することが難しく思えますが、
目覚めの方法は、聖なる関係を得る方法は、二つのステップを行なって聖なる瞬間を実践すること(だけ)なのです。
二つのステップとは、マインドのお喋りを止めて「父よ、ここの真理は何ですか?」と訊ね聞くことなのです。

聖なる瞬間(あなたの静けさとあなたの質問の受胎の中)にインスピレーションと真理の流入が起こり、全てに対するあなたの知覚が変化して、今まであなたが物理的世界/宇宙として考えて来たものを見て、そこに(今まで考えたこともない程より多くのあなたを保持している)天国を発見することなのです。

あなたに起こったこの啓示によって、世界の中の振舞いが、世界の中の全てが(シフトするのです)。
そして聖なる瞬間とその中の真理がその表現を得て、するとそこであなたは聖なる関係を持つのです。
これらが目覚めへのシンプルなステップなのです。 罪/病/死の体験や思考を全て放棄するステップなのです。

これはその全努力に値することなのです。
毎日の生活の中で(今まであなたが見ていたよりも)神のより多くを見ようとする好奇心を忘れないようにする努力の全ては報われるのです。

あなたは(自分の)方法にこだわっており、あなたは(正しい)方法から目を逸らされているように見えますが。しかし...、

[Yet the goal is fixed, firm and unalterable, and the means will surely fall in place BECAUSE the goal is sure.]
[しかしゴールはしっかりと揺ぎ無く設定されています。 そしてゴールが確実なので、その方法も正しい所に落ち着くのです。]

何故なら、ルール(原則)が存在しているのだから。
何故なら、神が作った通りに全ては存在しており、それ以外の可能性は無いのだから。

[And you will share the gladness of the Sonship that it is so. As you begin to recognize and accept the gifts you have so freely given to each other, . .]
[そしてあなた達は神の子の共同体の喜びを(それが存在するという喜びを)共有するのです。 あなた達がお互いに対してとても自由に分け合ったギフトを認識し出し受け取り出したなら、]

聖なる瞬間の中に留まりそれを手放さず、他者を攻撃しないことによって、これをしたなら...、

[. . . you will also accept the effects of the holy instant, and use them to correct all your mistakes and free you from their results. ]
[あなたは聖なる瞬間の効果(結果)を受け入れ受け取るのです。 そして、それを使ってあなたの全ての間違いを正し、それら間違いの結果から自身を解放するのです。]

これが関係を癒やすのです。そして、これは全てを内包しているのです。
これはあなたのパートナーだけではなく、兄弟姉妹の全員と創造の全てを(この解放の中に)内包しているのです。

[And learning this, you will have [also] learned how to release ALL the Sonship, and offer it in gladness and thanksgiving to Him Who gave you YOUR release, and Who would extend it THROUGH you. ]
[これを学んだなら、あなたは神の子全員を解放する方法を学んだのです。そしてあなたはあなたに解放を与えた彼に喜びと感謝の中でこれ(神の子全員)を捧げ、彼はあなたを通してこれ(解放の学び)をより広げるのです。]

こうしてあなたは、自分の誤認識(間違った知覚)の中に閉じ込めていた全ての兄弟姉妹(神の子)を解放するのです。
こうしてあなたは自分の誤認識(間違った知覚)を精霊に差し出すのです。
すると精霊がそれら全てに対する(その真の姿に対する)インスピレーションをあなたに照らし返すのです。 そしてあなたを孤児院から(独立状態から、罪/病/死から)完全に導き出すのです。

今私を聞いていても(読んでいても)あなたは明日にはこれを忘れてしまうかもしれません。
あなたは時間の中に、思考の中に引き戻されてしまうかも知れません。
何か居心地の悪いことが起こり「そうそう、私は二つのステップを行わなければ」と言うまで、あなたは自分の古い性癖の中に引き戻されてしまうかもしれません。

あなたはこれを忘れてしまい、以前の状態に後戻りし、そして(自分がするべきことを)思い出すでしょう。
しかし、もう少し自分に厳格になることにより自身の帰郷を早めなさい。
折に付け(ACIMの本やこのテキストなどを読んで)自分に思い出させることにより、ある程度のストラクチャ(規律)を作って(聖なる瞬間の中に留まり続けられるようにしなさい)。 
知的な意識としてだけでなく、フィーリングと共に自分が本当にしたいことを思い出せるように。自分の道を失ったり、道に迷うことはしたくないと思い出せるように。

I love you. I love you all.

いずれにしろ今週あなたは何かをしていることでしょう。
あなたは全く何もしないでいることは出来ません。
だから今週はこれを(今回わたし達が話したことを)して下さい。
これはそれ程難しいことではありません。
これをするにしろ、しないにしろ、いずれにしろあなた達は何らかの形でエネルギーを使うのだから、このことにエネルギーを使い努力を与えてください。

A Course In Miracles (reference pages)
Chapter 17 – Section: THE HEALED RELATIONSHIP
1 Sparkly Book – p.415, 1st full Par. / JCIM – p.174, 1st Par. / CIMS – p. 349, Par. 54
First Edition – p. 340, 1st full Par. / Second Edition – p.364, Par.12

All of the activities of the Northwest Foundation for "A Course In Miracles" are provided without charge or obligation. This is possible because of thoughtfulness, love extended without conditions. Such is the nature of Gift. As a result these materials are available to you, because someone like you has already gifted you with them.

And, at Raj's instruction, these materials will never be sold.

If you would like to add your thoughtfulness and love, to gift others with the availability of these materials, you're invited to make a tax-deductible contribution at our website, or send it to our address, both of which are shown below.


A Course in Miracles Study Group with Raj, July 30th 2011
© by The Northwest Foundation for “A Course in Miracles” a non-profit corporation.
All rights reserved
PO Box 1490 / Kingston, WA 98346-1490 / USA
Phone: 360-638-0530 Fax: 360-881-0071
Website: http://www.nwffacim.org
E-Mail: paul@nwffacim.org

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

コメントの投稿

非公開コメント

訂正

下記の部分を書き足しました。

[Think you not the goal itself will gladly arrange the means for its accomplishment? ]
[あなたは、このゴールそのものがその達成方法を喜んで整えるとは考えていないのですか?]
{上記の文章の方が原文に対する忠実な翻訳だと思います。翻訳者}

[ゴール(目的)そのものが、その達成方法を設立していると考えるのは止めなさい。(あなたの関与/努力なくして、ゴールが自動的に達成されることを期待するのは止めなさい。)]
{ラジは上記のように理解している模様です。 翻訳者}
プロフィール

翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

hiro.okaue@gmail.com

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。