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ACIM11-10-1

わたし達は一年以上、聖なる瞬間(二つのステップ)について話して来ました。

聖なる瞬間の実践とは、あなたが自分の思考(プライベートな考え)お喋りを黙らせて、あなたの父に(あるいは精霊に)あなたの注意を向けて「ここの真理は何ですか?」と訊ねることです。
聖なる瞬間の実践とは、あなたの最上の裁き(判断/思考/論理)から外に出て、(物事の)意味を有効にしようとするあなたの架空の権利/能力を放棄して、静けさの中で父と繋がりそして父の視点が流入して来る体験を求めることです。
この神の視点(霊)の流入は父から直接くるか、(あるいは父の視点をあなたの視点として示すことをその役割としている)精霊を通してやって来ます。

つまりわたし達は「繋がること」そして「繋がっていないこと」に関して長く話して来ました。
そして今わたし達は信心と不信心に関して話しています。これにより聖なる瞬間に対するよりクリアな視点がもたらされています。
「神の聖なる子供としてのあなた」と「自分の父から離縁して、とても長いこと孤児として存在し続けているあなた」の違いがより明らかにされて来ました。
「神の子(それが本当のあなたなのです)として存在すること」が信心で、「源を持っていない孤児として存在すること」が不信心なのだと理解出来る所まで我々は来ています。

多くの言葉を使って来ましたが、これはシンプルなことなのです。
これは信心と不信心の二つの言葉に要約されるのです。
信心とは、父(あるいは精霊)に譲る行為を通してあなたが父(あるいは精霊)と繋がることなのです。 信心とは、父(精霊)に従うことの中で父と繋がることなのです。
それは何故でしょう?
何故なら、精霊とはあなたの正しいマインドにしか過ぎず、精霊の使命はあなたの生得権(何にも邪魔されずに、父の視点をあなたの視点として持つこと)をあなたにあばき示すことだからです(だから精霊に譲ることが父に譲ることで、それが信心をもたらすのです)。

これはシンプルになって来ています。
あたかも独立した存在であるかのように振舞う(働く)ことをあなたが選択している時、あなたは不信心なのです。 その時あなたは全く父に精霊に訊ねていないのです。
(その場合)あなたは日々を自分の最上の行動で乗り越え、そしてもしかしたら(明日自分がもう少し過ごし易くなるように)兄弟姉妹をより上手く操作出来るように学ぼうとするのです(たとえそれによって兄弟姉妹の明日がすこし過ごし辛くなったとしても)。
このように(信心と不信心が)よりシンプルに理解出来るように成って来ています。

もしかしたらあなたは「今までと同じやり方で日常と対処しなくてはならないので、聖なる瞬間には/信心を持つことには余り多くの時間を割くことが出来ない」と考えているかもしれません。
毎日頻繁に聖なる瞬間を実行することが出来ても、「ここでのゴールは、聖なる瞬間をこれから毎日(週7日24時間)ずっと続けることなのです。永遠に続けることなのです。」と私が言ったなら、あなたは「なんと! それは余りに無茶な要求だ。」と感じるかもしれません。

しかしこのように考えてみてください。これは何か不自然なことをすることではないのです。だからこれは本当に利をもたらすことなのです。

例えば次のようなことを考えてみてください。
あなたがアメリカから飛行機に乗って外国に行ったとします。そしてあなたはイギリスかオーストラリアに行き飛行機を降りてレンタカーで車を借ります。するとあなたは急に今までとは逆の車線を走ることになるのです。(アメリカは左側通行でイギリス/オーストラリアは右側通行です。 訳注)
それだけでなく、あなたは今までとは逆の方向に歩道を歩き、逆サイドのドアを使わなくてはならないのです。もしそうしなければ、あなたは車や人や物体と衝突してしまいます。

だからあなたがオーストラリアや英国への旅を楽しみたいなら、あなたは常に注意を払わなくてはならないのです。 ちょうど、聖なる瞬間を常にし続けてくださいと私が言っているように。何故でしょう?
何故なら、オーストラリアや英国に滞在している間に気をつけていたなら、あなたは衝突はせず、他の人と争うこともないのだから。あなたはこうして快適な楽しい時間が持てるのです。
同様に、あなたが聖なる瞬間を実践し続けたなら、あなたは安楽な喜ばしい時間を持つのです。

あなた達全員は(聖なる瞬間を一日中実践する為に)必要とされるだけ注意/意識を払う能力を持っているのです。
聖なる瞬間に注意を払っていないことが、父や精霊と繋がらないことを選択していることが、全てのことを罪/病/死としてあなたに体験させているのです。
これが実体(substance)を物体(不確実な壊れ易い不安定な物質)としてあなたに体験させているのです。
それはあなたが孤児に成ることを選択しているからなのです。
それはあなたがあなた自身の最上の判断に依存しているからなのです。
それはあなたがあなたの源を無視しようとしているからなのです。あなたの正しマインド(あなたの正気)を無視することをあなたが選んでいるからなのです。

あなたが車を運転している時に対向車線に注意を払わなかったなら、あなたは事故を起こして死んでしまうかもしれないので、だから注意を払うことが必要でしょう。
同様に、あなたが不信心を実践していたなら、自分が世界に与えた定義を基準にして世界の中に存在することをあなたが選んでいたなら、あなたは死の可能性に直面し続けることになるのです。

だから聖なる瞬間を実践する利益は大きなものなのです。
そして聖なる瞬間を拒否し続けることから来る不利益もとても大きなものなので、聖なる瞬間を(信心を持つことを)常に意識的に選び続けない理由は無いのです。
あなたが常にあなたの父と一緒に世界の中に居続けることが、あなたが父(あるいは精霊)の手を握り続けることが、あなたが自分の正気に留まることなのです。

だからわたし達はリアルな変化について話しているのです。
わたし達は今までとは異なる振舞いをすることに関して話しています。
あなたがアメリカから出発してオーストラリアか英国に降り立ったなら、(車を運転する時には)あなたは今までとは違う行動をする必要があるでしょう。
ACIM(A Course In Miracles)の生徒達は、自分達の振舞い(行動)を変える必要があるのです。
そしてわたし達が今読んでいる箇所は、不信心から信心に変わること、「独立を実践すること」から「あなたの父(あなたの正気である精霊)と繋がりそれと一緒に成ること」への変化に関して話しています。
つまり、今までとは本当に違うことをする必要があるのです。

現在の問題は、あなた達が自分達にはオプション(神に譲るか自己意志を通すか選択する余地)があると考えていることです。
合衆国に住んでいると考えているあなた達は、自分達は(精霊/神に)注意を払う必要はないと考えているのです。 何故ならあなた達はすでに運転の仕方を知っており、道のどちらを運転すれば(歩行すれば)良いか知っていると考えているのだから。
だから、どのようにして孤児として振舞えば良いか知っているあなた達は、不信心を実践する方法をすでに知っているのです。
あなた達は自分達に、信心へとシフトする新しい努力を行なうか、今まで通りの振る舞いを続けるか、どちらかを選ぶ選択肢がある(どちらを選んでも構わない)と考えています。
それはオーストラリアや英国に着いた後で、注意深く意識を払って、その地で適切な振舞いに譲らなくても大丈夫なオプションが自分達にはある(と考えるぐらい滑稽で不適切なのです)。

だからわたし達は変化に関して話しています。
そして大問題なのは、あなた達が自分達にはオプション(選択する余地)があると考えていることです。
そう考えてあなたは「うーん、難しいことは明日しましょう」と言ってしまっているのです。
「今日は、昨日までの方法を続ける事にします。」こう言ってあなたは不信心に留まってしまい、あなたの信心の体験(その中で神の法が全てに行き渡っている聖なる瞬間の体験)から不在になってしまっているのです。
だから行動(振舞い)の変化が求められている地点にわたし達は居るのです。

そして次のことも考えてみてください。
あなたが(アメリカから)イギリスやオーストラリアに着いて飛行機から降りても、全ては(大体)同じように見えるでしょう(道路は大体同じ様子でしょう)。
道の真ん中には白い線が引いてあり、道の両脇にはパーキングのスペースがあるでしょう。
(それと同様に、聖なる瞬間を実践している時も)すべては前と同じように見えるのですが、それに対するあなたの振舞い(対応)は異なるのです。

するとどうなるでしょう?
あなたは(そこでは特定のやり方で全てを行なっていた)合衆国(今までのやり方)を去って飛行機から降り、そこで(聖なる瞬間内で)全ては今までと全く同じに見えるのですが、あなたは今までとは違う風に物事を行なう必要があるのです。
何が起こったかと言うと、あなたは敷居(境界線)を跨いだのです。 世界に対する特定の意味付けから、同じ世界に対する別の意味付けにあなたは移行したのです。 

目覚めることは「あなたが親しんでいる世界から天国(他の世界)へ移行すること」ではなく、孤児として(独立的権限者として、不信心を実践している者として)あなたが今まで体験していたと同じ世界の中で、あなたが信心を実践し世界を違う風に見て、世界に対する今までとは違う意味を体験し、世界に対して今までとは違う振舞いをすることなのです。

これが重要なのです。 
変換することは、違う人に成ろうとしたり、違うタイプの魂に成ろうとしたり、(無知な必滅者ではなく)目覚めた存在に成ろうとしたりすることよりも容易です。
そしてあなたは、このアメリカからイギリスへの移行/変換を(これは比喩ですが)しなくてはいけないのです。 
この選択(常に神に訊ね続け神の意志に譲り続けること)を行なっても、あなたはイギリスやオーストラリアへ旅行した時程の変化は感じられないかもしれません。 それでもあなたは、自分の振舞いを変えるべきなのです。
だからあなた達は他国(今までの自分達の習慣外のルール)へ寄り掛かって行かなければならないのです。 あなたが自分のことをまだ必滅者だと考えている時に、神の子として振舞う方法に注意を払い続けなくてはいけないのです。 あなたを注意してくれる人が居なくても、あなたは自分で注意し続けなくてはいけないのです。
自分は変らなくてはならないとあなたに感じさせる出来事、マインド的に今までとは異なる振舞いをしなくては成らない、そして身体的にも異なる振舞いをしなくてはならない、とより強く感じさせることは見えていないかもしれません(何故なら世界は今までと変っていないように見えているから)。
しかし、これをすることがあなたに求められているのです。
そしてわたし達が今夜も関係について話しているのは、関係の中で関係に対して信心や不信心が実践されているからです。

そして主に二つの理由で、私はこの主題に関してコース(ACIMのテキストそのもの)とは少し異なるアプローチを行ないます。 あなたはここで私が知らせる視点を必要としており、(この視点によって)あなたは他者との関係に対してこの視点を当て嵌める(移行させる)ことが出来るようになるのです。

さて、あなたは全てと関係持っているのです。あなたはあらゆるもの全てと関係を持っています。
あなたが今ジョギングをしていようと、座っていようと、あなたはあなたの環境の中で全てのものと関係を持っています。 あなたが「そこに存在しているもの全て」を知っていなくとも、あなたは全てと関係を持っているのです。 
そしてあなたは、あなたの体と関係を持っているのです(あなたの体と関係を築いているのです)。

先週わたし達は下記の文章を読みました。
[. . . the goal of holiness was set for your relationship, . . 1]
[あなたの関係のために神聖のゴールが設定されており、]

神聖のゴールとは、あなたの関係の神聖(十全性/健全性/全体性)を学ぶことです。
わたし達はあなたと兄弟姉妹との関係について主に話して来ました。
しかしあなたは(あなたの体を含む)全てのものと関係を持っているので、この文章内にはあなたの体に関することも説明されているのです。
これをより良く理解する必要があるのです。何故なら、より多くの癒やしが起こる必要があるのだから。 しかしあなた達は自分達の兄弟姉妹や世界を不信心と共に眺めているので、癒やしはあまり起こっていないのです。 
あなた達はそれら全てを自分達だけの視点から見ており、「真理を知っている者/あなたの神性を知っている者」と繋がらずに見ているのです。 あなた達は『存在する全てが「神/父母/あなたの源(その中にあなたがあなたの存在を持っているもの)」の無限の表現と実現だと知っている者』と繋がっていない状態で全てを眺めているのです。
さて、先週読んだ文節のはじめに戻って読み返しましょう。

[Every situation in which you find yourself is but a means to meet the purpose set for your relationship.]
[あなたの全ての状況は、(あなたの関係の為に設定されている)目的を満たす方法でしかないのです。]

さて誰が「あなたの関係の目的」を設定しているのでしょうか?
この関係の目的をあなたが自分で設定していたなら、あなたは不信心を実践しているのです。それはあなたが、あなたの源から独立して振舞っているということで、あなたは源と繋がっていない状態で自分に役割(働き)があるかのように振舞っているということなのです。

[Every situation in which you find yourself is but a means to meet the purpose set for your relationship.]
[あなたの全ての状況は、(あなたの関係の為に設定されている)目的を満たす為の方法でしかないのです。]

あなたの関係の為に設定されている目的とは、あなたがそれ(あなたの関係)を信心から、信心を通して、信心の中で、体験することなのです。
「あなたと関係を持っている者/物」に対してあなた個人の自信を持つのではなく、「自分自身の源/父/精霊から分離したものとして自分を体験していない(自分を見ていない)マインド状態」で関係を体験することが、あなたの聖なる関係の目的を満たすことなのです。
これがあなたの正しいマインド(これがあなたの父の目的と意味/意図)と繋がることなのです。 
(存在する唯一の世界の中であなたが信心と共にある時)このようにしてあなたと繋がったあなたの正しいマインドが、あなたの父の目的と意味/意図を全ての中に反映させるのです。
不信心なマインド(不信心な振舞い)から信心のマインド(信心のある振舞い)にあなたが移行した時、これが起こるのです。


[Every situation in which you find yourself is but a means to meet the purpose set for your relationship.]
[あなたの全ての状況は、(あなたの関係の為に設定されている)目的を満たす為の方法でしかないのです。]

であれば、あなたの関係は「健全/全体であること/十全」を体験する為に設定されているのです。
そしてもしあなたが不信心な状態からこの状態(十全な体験/あなたの関係の目的が満たされること)に移ったなら、それはあなたの体が癒やされたように見えるのです。
あるいは、兄弟姉妹とあなたの関係や、あなたとあなたの膝/肘/心臓/すい臓などとの関係が癒やされたように見えるでしょう。 {ここで「癒やされたように見える」と言っているのは、本来全ては常に十全で在り続けており、あなたの知覚の歪み故にそれらが病んで見えているからです。}

[Every situation in which you find yourself is but a means to meet the purpose set for your relationship. See it as something else, and you ARE faithless.]
[あなたの全ての状況は、(あなたの関係の為に設定されている)目的を満たす為の方法でしかないのです。それ以外のものとしてあなたの関係を見たなら、あなたはその時不信心なのです。]

あなたがオーストラリアに着いて、レンタカーを借りて運転し出して。
右の車線を見てそれを対向車線と考えたなら、左車線を走ろうとしたなら、その時あなたは不信心を実践しようとしているのです。あなたは意識的にあることを拒否しているのです。
そしてあなたはリアリティ(物事が働いている有り様)へあなたの注意を引き戻そうとする体験をするでしょう。

あなたはリアリティを「何かそれ以外のもの」として見るべきではありません。
あなたはあなたの世界と宇宙を天国以外のものとして見るべきではありません。
何故なら、そうした場合あなたは不信心を実践しており、実体が(崩壊や消滅が可能な/不安定な/危険な)物質に成ってしまい、それはあなたに対して脅威的に成り得るのだから。

しかしあなたが(繋がることに固執して)信心を実践したなら、あなたは父の法則が全てを統治している場所におり、実体(substance、物を構成しているもの)がスピリット(霊)/現れ/神のエネルギーであることを発見するのです。
そこには一つのものしか存在してません。 それを私は実体(substance)と呼んでいます。
この実体を不信心(父と繋がっていない状態)を通して見たなら、それは物質として見えるのです。
しかしこの実体を信心を通して見た時、あなたはスピリットを見るのです。

しかし父と繋がって自分の体(膝、心臓、すい臓、肘)と共に意識的に存在出来るようにエネルギーと注意を与える意欲が持てるようになるまで、あなたはスピリットを見ることが出来ません。
あなたは自分の体と関係を持っており、あなたは自分の体を見てそれを(あなたの最上の判断ではなく)父と一緒に見る努力をする必要があるのです。
ストレスを受けている時、あなたの最上の判断はあなたの最悪の裁きに成ります。あなたはその結果を見るでしょう。
実体に対するあなたの体験は、あなたが使っている(信心/不信心いずれかの)視点によって色付けされるのです。

多くの人達が「コースは身体的癒しとは関係ない」{コースは身体を否定している}と考えていることは私も知っています。
しかし身体的癒しとは、精霊によって示された(暴かれた)真理によってあなたのマインドが満たされ、あなたの知覚がシフトし、あなたの意識(志向)が変化することなのです。
(実体を物質だと考えていた時あなたが持っていた)実体に対する恐れは、あなたが(精霊/父と)繋がり信心を持った結果として、平和にその居場所を譲るのです。

そしてあなたはスピリット(霊)を体験します。 スピリットは怪我したり、損なわれたり、脅されたり、破壊されることは不可能なのです。

これを誤解しないでください。
「コース・イン・ミラクルズは癒やしとは関係ない」などという怠惰な考えに陥らないでください。
あなたがイギリスやオーストラリアに行った時問題が生じてしまうのは、あらかじめ決められた考え方(習慣)をあなたがすでに持っているからです。
あなたは反対側の車線を運転しなくてはならないと信じてしまっているのです。

あなた達は「自分達の中の何かが真理である」という概念を持っています。
「自分はスピリット(霊)でソール(魂)で、それは基本的に永遠だ」とあなた達は考えています。
しかし「自分の体は、それは肉体で物質で、それは死ぬもので、永遠ではない」とあなた達は考えているのです。
これもまた思考(概念)です。
これが現存している概念で、あなた達は自分達の聖なる瞬間の中にこの概念を持ち込んでしまっているのです。
聖なる瞬間を実践する中で、あなたはそのような(自分達が物質で出来ているというような)概念を抱擁し(受け入れ使用し)続けることは出来ないのです。
何故ならこの概念が、「あなたとあなたの体」の関係をあたかもあなたと体が分離しているかのように作っているのだから。
「あなたとあなたの体が同一ではなく(あなたの体があなたのアイデンティティを示しているものとして存在しているのではなく)、体は大きく育って年老いて弱くなって病気になって死ぬ以外のことは出来ない」と体に対するあなた達の概念は言っているのです。

このような関係が不信心から立ち昇って来ているのです。
これは不健康な関係なのです。 これはあなたが「自分の体に対する感謝/認識」を常に軽減させ続けている状態なのです。
これは単に感謝の軽減だけではなく、あなたが年を取るにしたがい体を怖れ始めることなのです。

(以前も言ったように)あなたの体は、あなたの個人性の可視性と可触性(見える様子と触れる様子)なのです。
あなたの個人性(individuality)は神から発生しているものです。
あなたの個人性は神の現れなのです。 そして神とは「その個人性が永遠であると同様にそれ自身(神自身)も永遠である」と自己を示すものなのです。
何故なら神の全ては、それ(神)を指し示しているものなのだから。 (神の全てが)それ(神)を指し示すことにより「あなたの個人性が体験されること」が生成されているのだから。

さて不信心から信心へと移行するにつれ、「馴れ親しんできたやり方に戻ろうとしてしまう傾向」に対してあなたは注意深くなる必要があります。
丁度オーストラリアのガスステーションに居てそこから右折しようとした時、自分に近いほうの車線に入ろうとしたなら、あなたの中の何かが「ストップ、止めなさい! それをしてはいけません(確かにそれはあなたの慣れ親しんでいるやり方だけれど)。あなたは遠くの車線に行かなくてはいけないのです。」と言わなくてはならないように。

信心を実践する為にあなたは注意深くなる必要があります。 そして神の法が全てに行き渡っている場所の中に入るには、「私は自分の体は信頼出来ない。自分の体には自信がもてない。」と言ってしまいたくなるアイディアが起こっている時に注意深くなっている必要があるのです。
「私の体は朽ち果てつつある。私は遅かれ早かれ死ぬだろう。 そして死が近づいているようだ。」 
あなたはそのような思考に気付いて、あなた自身がそのような思考/信念の塊に成ってしまわないようにするべきなのです。 
そのような概念の塊になってしまって、聖なる瞬間を体験することに失敗して驚いている場合ではないのです。

だからあなたは注意深く意識を払う必要があるのです。
そしてあなたが自分の体(健康)を疑い出したなら、癒しが不可能だ(期待出来ない)とあなたが考え始めたなら、あなたは自分の中で「これは嘘っぱちだ、私はこれを受け入れない!」と言う必要があるのです。
「ラジは、私(あなた)の体の実体はスピリット/霊だ、そして私(あなた)の体が私(あなた)の聖なる個人性の可視性/可触性であって、だから体には永遠の聖なる役割(働き)があると言った。 そして私は自分の中で大きな怖れを作っている思考にこれ以上関わるのは止めよう。私はそれらの思考を良く知っており慣れ親しんでいるけれども。 それらの思考を私は今まで強化して来たけれども。」 とあなたは言えるのです。

あなたは何か今までとは違うことはする必要があるのです。それが必要なことなのです。
そして今までのやり方を続けてしまわないようあなたは注意深く成る必要があるのです。

{ラジは下記に示すテキストをここで省略しており、読みませんでした。}
[あなたの不信心(疑う心)を使うのは止めなさい。それを自分の中に受け取り、静かに眺めてみなさい。 しかし疑いを使うのは止めなさい。不信心は幻想の召使であって、その主人の(幻想の)忠実な僕なのです。不信心を使ったなら、それはあなたを幻想に直接導くことでしょう。それがあなたに与えようとしているものに誘惑されるのは止めなさい。それは(ゴールに対して邪魔するのではなく)あなたがゴールに与えている価値に障害を与えるのです。不信心が捧げている幻想の平和を受け取るのは止めなさい。その捧げものを見据えて、それが幻想であると認識しなさい。]


[The goal of illusion is as closely tied to faithlessness . . .]
[幻想のゴールは不信心と強く繋がっているのです。]

そして繋がらないこと(分離していること)が不信心なのです。

[The goal of illusion is as closely tied to faithlessness as faith to truth.]
[信心が真理と繋がっているように、幻想のゴールは不信心と強く繋がっているのです。]

このような文章を読んだ時あなたは「信心を真理にすること」が要点だと思ってしまっているかもしれません。
しかし、この文章を良く見てみれば「信心が真理と強く結ばれている(関連している)」と言っていることがわかります。
信心(父か精霊と繋がることを実行すること)は真理と硬く結ばれています。だからあなたが聖なる瞬間を実践している時に神の法が全てを統治するのです。 その場所(その瞬間)に神の法則が行き渡るのです。何故なら信心は真理と近く結ばれているのだから。
繋がることを「神の創造のパーフェクション(完璧性)を体験すること」から切り離すことは出来ません。 あなたは神の創造から分離しておらず、あなたのどの部分も神の完璧な創造から分離してはいないのです。

下記が実際に書かれているテキストです。
[If you lack faith in anyone to fulfill, and PERFECTLY, his part in any situation dedicated in advance to truth, YOUR dedication is divided.]
[(あらかじめ真理に対して献身されている/捧げられている)何らかの状況内で誰かがその役目をパーフェクトに満たすことに対する信心をあなたが欠いていたなら、あなたの献身は分離してしまっています。]

今晩のキーワード(体)をこの中に挿入して読んだなら。

[If you lack faith in [your body] to fulfill, and PERFECTLY, [it’s] part in any situation dedicated in advance to truth, YOUR dedication is divided.]
[(あらかじめ真理に対して献身されている/捧げられている)何らかの状況内で「あなたの体」がその役目をパーフェクトに満たすことに対する信心があなたに欠けていたなら、あなたの献身は分離してしまっています。]

あなたの体はあなたの個人性の可視性と可触性なので、一番最初(創造された瞬間)から献身を持っているのです。 それは真理に対して捧げられているのです。
あなたの体は「あなた」をパーフェクトに指し示す能力や意図と共にここにあるのです。
それがあなたの体の役割(働き)なのです。 あなたの体の機能は、神の現れをパーフェクトに指し示す(アイデンティファイする)ことです。
もし「体がその役割を果たすこと」に対するあなたの信心が不足していたなら、あなたの献身は分離してしまっているのです。
だからあなたの肘/膝/心臓/すい臓/その他の体の部分が、あなたに問題を与えているように見えているなら、あなたの献身が分離していないか調べるべきなのです。
あなたは関係に対して何を与えているのでしょうか?
「えーと、これは唯の物理的体で、後数年したら私は死んで、私の霊が解き放たれるのです。」
そのような考え(をあなたの関係に対して与えること)は生命の今の豊潤を取り逃がしてしまうやり方です。
あなたが信心を実践したなら、今は常に生命の豊かさで満ちているのです。

[And so you have been faithless to each other, and used your faithlessness AGAINST each other.]
[だからあなた達はお互いに対して不信心なのです。 そしてお互いに対して不信心(疑い)を使っているのです。]

この場合(健康などに関しては、あなたと体の関係では)あなたの体があなたに対して不信心なのではなく、あなたがあなたの体に対して不信心だったのです。
「自分は神の子であり、自分の個人性が体と呼ばれているものによってパーフェクトに指し示されて(現されて)いる」ということをあなたが見て受け入れるまで、あなたは不信心をあなたの体に対して実践し続けているのです。
体に対するあなたの怖れや疑いが、体に対する攻撃なのです。
そしてあなたの体があなたの疑いを変えることは出来ません。
もちろん、あなたが実践している不信心が、あなたの体があなたの聖なる個人性の可視性と可触性に成ることを止めることは不可能です。しかし体に対するあなたの不信心は、あなたの体の体験を惨めなものにして、死と呼ばれている体験(とそれに伴う苦しみ)をあなたにもたらすように見えるでしょう。
そしてそのような体験はあなたの生得権ではないのです。

読み続けましょう。
[No relationship is holy unless its holiness goes with it everywhere.]
[関係が神聖である為には、その神聖がその関係と共に全ての場所に行く必要があるのです。]

信心によってこれが起こるのです。
全てのものの神聖(健全/十全/全体)は全てのものと一緒に全ての所に行くのです。
それは(全てのものの神聖が全てのものと一緒に全ての場所に行くのは)はあなたが{あなたと神の関係に}意識/注意を払っているからなのです。 
それはあなたが(馴れていない)道路の左側を運転していて、運転を間違えてしまえば問題が起こる{と考えて、あなたが道路に/全てに注意を払っているから、全てのものの神聖があなたと一緒に全ての場所に来ているのです。 あなたが自分の注意を払っているそこ(道)に、あなたは自分の安全を見ており、自分の安全/十全/全体を体験しているのです}。

そしてあなたは信心を実践して、信心をより揺ぎ無く実践することを学んで、あなたの関係の神聖(健全/十全/全体)が「あなたの信心」と共に全ての場所に行くようになるのです。

[As holiness and faith go hand in hand, so must its faith go everywhere with it.]
[関係が神聖である為には、その神聖がその関係と共に全ての場所に行く必要があるのです。]

簡単にこれが出来る時だけでなく、一日が終って子供達が寝付いた後だけでなく、あなたが家に帰って上司が睨んでいなくなってからだけでなく、{神聖が常に全ての場所に行く必要があるのです。}

そして神聖と信心は一緒に育てられるのです。

[As holiness and faith go hand in hand, so must its faith go everywhere with it. The goal's reality will call forth and ACCOMPLISH every miracle needed for its fulfillment.]
[関係が神聖である為には、その神聖がその関係と共に全ての場所に行く必要があるのです。ゴールのリアリティは、その(ゴールの)成就に必要とされる全ての奇跡を呼び出しそれを達成します。]

物事(リアリティ)の働きが、全てを統治しているのです。
そしてあなたが物事の働きに逆らっていないなら、

[. . . will call forth and ACCOMPLISH every miracle needed for its fulfillment.]
[その(ゴールの)成就に必要とされる全ての奇跡を呼び出しそれを達成します。]

すい臓の機能回復、肘の癒やし、心臓の問題が消え去ること、膝の故障が直ること、が達成されます。

[ゴールのリアリティは、]
それはあなたが設定したゴールではなく、父が設置したゴールです。
[その(ゴールの)成就に必要とされる全ての奇跡を呼び出しそれを達成します。]
これは絶対的な宣言なのです。

これは何の成就でしょう? ゴールのリアリティの成就です。 父の意志が達成されることです。

[Nothing too small or too enormous, too weak or too compelling, but will be gently turned to its use and purpose.]
[何も小さ過ぎることはなく、大き過ぎることもなく、細か過ぎることはなく、重過ぎることはなく、弱過ぎることはなく、激し過ぎることはなく、全ては優しくその目的の為に使われるのです。]

あなたがゴールのリアリティを邪魔しなくなれば、それが(あなたの問題が)「ゴールのために仕えるもの」に優しく変えられるのです。 (今まであなたが作っていた問題が)大きな問題でも小さな邪魔でも、それらが「リアリティが使うもの/神の意志の目的/神の意志が使うもの」に変換されるんのです。

[The universe will serve it gladly, as it serves the universe.]
[宇宙が喜んでこの目的の為に便宜を図り、]

これは約束ではなく、事実を述べているのです。
この文章は、あなたを常に統治している事実を述べているのです。

[The universe will serve it gladly, as it serves the universe. But do not INTERFERE.]
[宇宙が喜んでこの目的の為に便宜を図り、この目的が宇宙の為に便宜を図るのです。しかし邪魔をするのは止めなさい。]
ここにそう書かれています。

[The universe will serve it gladly, as it serves the universe. But do not INTERFERE.]
[宇宙が喜んでこの目的の為に便宜を図り、この目的が宇宙の為に便宜を図るのです。しかし邪魔をするのは止めなさい。]

あなた達はどのようにして(目的の成就を)邪魔しているのでしょうか? 
不信心に戻ってしまうことによってです。
そしてこれは「あなたが信心を持っていない...あなたが信心を使っていない...あなたが不信心を実践している」という意味ではないのです。いいえ。
これはあなたが不信心な状態に戻ってしまっている、あなたが自分だけの思考を行なっている状態に戻ってしまっている、という意味なのです。
あなたは(慣れ親しんだ)独立のぬかるみに戻ってしまっており、(あなたが繋がることを拒否している)その独立的な状態から人生と対処しようとしている(という意味なのです)。
時間をとって繋がること(それが信心であり、それが神の法が全てに行き渡っている場所にあなたを置くのです)をあなたが拒否している(という意味なのです)。
これはとてもシンプルでクリアです。 これはよりシンプルになって来ています。
真理がより説得力を持ち始めています。

[The power set in you in whom the Holy Spirit's goal has been established is so far beyond your little conception of the infinite that you have no idea how great the strength that goes with you. And you can use THIS in perfect safety.]
[あなたの中に設定されている力は(精霊のゴールが設立されている者の中では)無限に対するあなたの卑小な概念を遥かに超えているものなのです。 だからどれだけ偉大な力が自分と共にあるのかあなたには理解出来ていません。そしてあなたはこれを(この力を)完全な安全の中で使うことが出来るのです。]

その中で(精霊のゴールの中で)神の法が行き渡っているのです。
その中で(完全な安全の中で)であなたの正気があなたに戻されるのです。
その中で(あなたと共にある偉大な力の中で)あなたの弱点/致死性が消えて、怖れや罪悪を呼び出さない新しい視点で置き換えられ、怖れと罪悪が引き起こしているように見えている全てのことが解除されるのです。

もう一度読みましょう。

[The power set in you in whom the Holy Spirit's goal has been established is so far beyond your little conception of the infinite that you have no idea how great the strength that goes with you. And you can use THIS in perfect safety. Yet for all its might, so great it reaches past the stars and to the universe that lies beyond them, your little faithlessness can make it useless, if you would use the faithlessness instead.]
[あなたの中に設定されている力は(精霊のゴールが設立されている者の中では)無限に対するあなたの卑小な概念を遥かに超えているものなのです。 だからどれだけ偉大な力が自分と共にあるのかあなたには理解出来ていません。そしてあなたはこれを(この力を)完全な安全の中で使うことが出来るのです。しかし(星を越えてその彼方の宇宙まで届く)その偉大な力にも関わらず、あなたの不信心(疑い)が僅かでもあれば(あなたがこの力の替わりに不信心を使ったならば)それは不能になってしまうのです。]

「あなた自身のために考えること、自分のために定義を作ること、自分で結論を出すこと、どうすれば世界の中で兄弟姉妹を操作して(たとえそれがあなたの世界の中の全てを犠牲にしたとしても)自分をより高く出来るか(より良く出来るか)知ること」を愛する選択をあなたがしたなら、

[Yet for all its might, so great it reaches past the stars and to the universe that lies beyond them, your little faithlessness can make it useless, if you would use the faithlessness instead . . .]
[しかし(星を越えてその彼方の宇宙まで届く)その偉大な力にも関わらず、あなたの不信心(疑い)が僅かでもあれば(あなたがこの力の替わりに不信心を使ったならば)それは不能になってしまうのです。]

もしあなたが「その偉大な力」の代わりに、プライバシーを使いたい、独立(的状態)を使いたい、自治的存在を使いたい、プライベートな権威を使いたいと思ったなら(それは不能になってしまうのです)。
あなたは今ここに「神の法が全てを統治していること」を見れるよう期待するべきなのです。
あなたが関係を持っている全て(それにはあなたの体も含まれます)に対して、神の法が行き渡っていることを表現するべきなのです。

自分の関係の神聖(健全/十全)に対してあなたは目覚めるよう運命付けられているのです。
あなたはそれ(あなたの関係の神聖)を呼び込む必要があります。
(あなたを縛り続けている)不信心の性癖を実践することを拒否することによって、あなたのマインドを「この目覚め」の体験に対して整えるべきなのです。
「神の法が広がり全てを統治すること」は今ここで起こっている出来事なのです。
あなた達全員は、意識的に自分達の意識を他の場所(神の法が行き渡っていない場所)に与え続けることによって、これ(神の法が全てを統治すること)を取り入れる(受け入れる)ことを拒否し続けないようにならなくてはいけないのです。
目覚めることは、知覚の変換とも呼べるものです。
実存している唯一の世界は二つの異なった視点から眺めることが可能なのです。
その唯一の世界が信心のレンズ(唯一の真なるレンズ)を通して見られた時、そして不信心がそこに存在していない時、知覚の変換が起こるのです。


A Course In Miracles (reference pages)
Chapter 17 – Section: THE NEED FOR FAITH
1 Sparkly Book – p.419, 2nd Full Par. / JCIM – p.175, 7th Full Par. / CIMS – p. 353, Par. 69
Chapter 17 – Section: SETTING THE GOAL
First Edition – p. 343, Last Par. / Second Edition – p.369, Par. 6

「Northwest Foundation for A Course In Miracles」の行動は全て無料で提供されています。 これは無条件に差し伸べられた愛によって実施されています。 ギフトとはその様なものだから。 あなたと同等の方が既にこのギフトをあなたに差し出したので、これらの資料があなたに提示されています。 Raj の指示により、これらの資料が売買される事はありません。 この機関「Northwest Foundation for A Course In Miracles」へ募金される場合、下記のWEBサイトを通して行なうか、あるいは下記の住所に郵送して下さい。

A Course in Miracles Study Group with Raj, October 1st 2011
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All rights reserved
PO Box 1490 / Kingston, WA 98346-1490 / USA
Phone: 360-638-0530 Fax: 360-881-0071
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E-Mail: paul@nwffacim.org

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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