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ACIM11-10-15

わたし達が今まで話して来たことは全て関係に関することです。
どのようにしたら不聖な関係を手放し、聖なる関係が持てるようになるのか、わたし達は話してきました。
そして『あなた達が常に「全ての物/者」と関係を持っていること』に関して話してきました。
あなた達は、お互いに対してだけではなく、神の創造の全ての部分、テーブル、椅子、ランプ、空、雲 、全てと関係を持っているのです。

しかし岩や葉っぱと完全に聖なる関係を持つだけでは目覚める事は出来ないことを理解して欲しいのです。
あなたが父から離縁を得て独立的存在に成った時、あなたは自分自身だけでそれをしたのではないのです。あなたが父の前に自分一人だけ立って父を否定したのではないのです。
あなたはもう一人の神の息子/娘と繋がって「自分が見たいように全てを見て、そう見る事によって全てを決定しよう」という決断を二人でしたのです。
「それぞれのことが何か、全てのことの意味、全てのことの働き、そしてどのようにして全てが自分の利益のために使えるか」自分達で決めよう決断したのです。

そしてあなたともう一人の人は「これが樹だと合意しましょう。これが花だと合意しましょう」と言ったのです。 
「全ての生命は(神のマインドから始まったものではなく)過去から始まった進化というプロセスの一部なのだと合意しましょう。」とあなた達は言ったのです。
だからこれはある意味では、あなたとあなたのパートナーが神の前に進み出てお互いと結婚することにより、神から離婚したような感じなのです。
そしてあなた達は一緒に協力し合って独立的存在として振舞い出したのです。 しかしこれは本当は独立的存在という状況では在りませんね? {何故ならあなた達は相互合意の中では繋がっているのだから。}
あなた達二人は一緒に独立する決意をして、お互いと繋がりあなた達の父を離れ、あなた達の父を放棄して、(その直前まであなた達のものでもあった)父の視点/視界を放棄したのです。
こうしてあなた達が天国を去ったので、あなた達は自分達の正気を捨てて(リアリティに反した)相互合意の中で相手と繋がり、リアリティに抵抗するようになったのです。
とてもシンプルでしょう?
あなたの帰還(家路)はあなたが一人ですることでなく、あなたが兄弟姉妹と一緒に行なうことのなのです。
だから「あなたの兄弟の目を見て神を思い出しなさい。“to look into your brother’s eyes and remember God.” 」と書かれているのです。

これが条件なのです。 このようにしてこれ(聖なる瞬間/神聖)は働くのです。

これ(目覚めること)があなたの兄弟姉妹に依存していない(兄弟姉妹と関係ない)事であったなら、これはもっと簡単だったろうと思えるかもしれません。
しかし目覚めは兄弟姉妹とあなたの関係に依存しているのです。

わたし達は先週下記の文章を読みました。

[The power set in you in whom the Holy Spirit’s goal has been established . . .1 ]
[あなたの中に設定されている力は(精霊のゴールが設立されている者の中では)]

あなたが{自分の関係の中に}精霊を呼び込むことを決断した故に


[. . . is so far beyond your little conception of the infinite that you have no idea how great the strength that goes with you. And you can use THIS in perfect safety. Yet for all its might, so great it reaches pas the stars and to the universe that lies beyond them, your little faithlessness your little faithlessness can make it useless, if you would use the faithlessness instead.]
[無限に対するあなたの卑小な概念を遥かに超えているものなのです。 だからどれだけ偉大な力が自分と共にあるのかあなたには理解出来ていません。そしてあなたはこれを(この力を)完全な安全の中で使うことが出来るのです。しかし(星を越えてその彼方の宇宙まで届く)その偉大な力にも関わらず、あなたの不信心(疑い)が僅かでもあれば(あなたがこの力の替わりに不信心を使ったならば)それは不能になってしまうのです。]

あなたが僅かの不信心でも使ったなら「あなたと共にある偉大な力」は不能に成ってしまうのです。

信心とはあなたが精霊と繋がることです。
信心とはあなたが父の視点/視界を呼び込みそれと繋がることです。
信心とはあなたの独立を放棄すること、考えるあなたの能力を放棄することです。
「あなたの考える能力」{神から分離して一人だけで思考する能力}という方法を受け入れ使うことにより、あなたと兄弟姉妹は自分達を独立存在(自分達が孤児な状態、自分達が真理に対して無知な状態)として設立したのです。

(父/「全てに意味を与えている者」に訊ねること無く)あなた一人で考える行動が、全てに対するとても歪んだ体験をあなたに与えています。
あなた達は兄弟姉妹達とパートナーシップを持っているように見えていますが、あなたは兄弟達からも独立しており、一緒になってしかし独立的に行動しており、だから一見調和的に振舞っているように見えているのです。
あなたは完全に自己防御状態にあり、それは全く繋がっていない状態にあるのですが、一見兄弟姉妹達と合一しているように見えるのです。
わたし達はこのこと(特別な関係)に関して話して来て、この状態から離れることが目覚めなのだと言ってきました。
少しでも考えてしまうことが、神から完全分離/独立している行動なのです。
あなたがほんの少しでも{自分だけの、神と共有していない}思考を持っている時、それは父からの完全な離脱なのです。

目覚めることとは、つまり信心の実践とは、再び繋がり直すことなのです。
しかしこれはただ「父よここの真理は何ですか?」と言って父と繋がることだけではありません。「精霊よ、(それを体験することが私の当然の権利である)真理の叡智で私を満たしてください。」と言うことだけが全てではありません。
あなたは真理を知りたいと求めて、それにより知り得た体験/理解の基盤から(あなた自身が兄弟を愛していることを知り、その理解/体験から)兄弟と関わり合えるよう(兄弟を見れるよう)になるべきなのです。
目覚めるためには「目覚めようとするあなたの目的」があなたの兄弟である必要があるのです。 {あなたは「兄弟の為に目覚めたい」と思えるようになる必要があるのです。}
これはとても美しいことです。
そしてこれはあなた達の通常の意識/意図ではないのです。
インスピレーションの(霊に満たされた)瞬間に、情熱の瞬間に、エエ{これが熱望されるのです}。

さて、
[. . . your little faithlessness . . .. . . can make it useless, . . . if you would use the faithlessness instead.]
[あなたの不信心(疑い)が僅かでもあれば(あなたがこの力の替わりに不信心を使ったならば)それは不能になってしまうのです。]

不信心によって不能になってしまう「それ」とは、精霊によってあなたに設定されて(与えられて)いる力です。

[Yet think on this, and learn the CAUSE of faithlessness: You think you hold against the other what he has done to you.]
[これに関して考えてみなさい。そして不信心の原因を学びなさい。{不信心の原因は}『「他者があなたにしたこと」を理由にあなたが他者を非難している』とあなたが考えていることなのです。]

葉や花や木などがあなたに対して不信心を持っておらず、それらはあなたに対して何の不信心も表明してはおらず、それらは思考や意見や見識で自らを飾らずにそれら自身をそれそのままにあなたに示しており、(あなたを本当に愛している)父の意図をあなたに輝き届けている、と理解することは素晴らしいことです。 
しかしあなたの兄弟達は(父から分離した)自分達の目的/理由を持っており、だからあなたを{父のようには}愛してはいなくて、だから兄弟達は不信心を使ってしまうのです。 そしてあなたも自分の兄弟に対して同じことをしているのです。

[. . . think on this, and learn the cause of faithlessness: ]
[これに関して考えて見なさい。そして不信心の原因を学びなさい。]

「自分の最上の考えを基に兄弟へアプローチしよう(働きかけよう)」というこの意欲(不信心)は何処から来ているのでしょうか?
何故あなたは、父の視点/視界と繋がって兄弟へアプローチしよう(兄弟と関係しよう)とする代わりに、不信心を使ってしまうのでしょうか?

[You think you hold against the other what he has done to you. But what you really blame him for is what YOU did to HIM.]
[{不信心の原因は}『「他者があなたにしたこと」を理由にあなたが他者を非難している』とあなたが考えていることなのです。
しかしあなたが彼を非難している本当の原因(理由)は「あなたが彼に対して行なったこと」なのです。]

[あなたが彼に行なったこと...]
精霊や父と繋がらないことを選択して、全てを自分の最上の思考/理論/判断に基づかせている時、あなたは意地悪なマインドの中に居るのです。 何故なら、その時あなたは怖れていて、それ故にあなたは自己防御的なマインドに成っていたのだから。
(あなたが父/精霊と繋がっていない時)あなたは怖れを体験しているのです。 そしてあなたが怖れを体験していたのは、あなたが父を離縁して、父からの離縁状態がもたらす怖れ(自分が傷付いてしまうかもしれないという怖れ)を感じているからなのです。

[It is not HIS past but YOURS you hold against him.]
[あなたが彼を非難し嫌っている原因は、彼の過去の行いではなく、あなたの{過去}の行い故なのです。]

ここに状況がより詳しく述べられています。
まず第一に、あなたを怖れさせる理由を彼が提供している故にあなたは彼(兄弟)を嫌う(非難する)のです。
しかしあなたが怖れを感じている本当の理由は彼の行動ではなく、父から独立した状態(源から切り離された状態)で彼を見ることをあなたが選んでいるのであなたは怖れているのです。 これが傷つき易さの体験(不死身でない体験)なのです。

だから、
[. . . what you really blame him for is what YOU did to HIM.]
[...あなたが彼を非難している本当の原因(理由)は「あなたが彼に対して行なったこと」なのです。]

あなたが彼に対して行なったこと(行なっていること)とは、「あなたの独立のレンズ」そして「あなたの怖れと罪悪のレンズ」を通して彼を見ること(あなたの歪んだマインドの枠組みを使って彼を定義/判断すること)なのです。
これがあなたが彼(兄弟)に対していることなのです。
だからあなたは自分の意地悪でネガティブで自己防御的な見方/態度/姿勢を彼に投射するのです。
それからあなたは自分自身の見方(態度)を信じて、「彼に責任がある! 彼が悪いのだ!」と言うのです。

しかし彼は神の聖なる子供なのです。
しかしあなたが彼を見てその目を覗き込んだ時、あなたは彼の過去を見て、彼の人間性(過ち)を見て、彼の欠点を見るのです。
しかしあなたが見ている欠点は、あなたが彼に投射しているものなのです。何故なら、あなたはその時彼と本当の繋がりは持っていなかったのだから。
それは愛ではなく、それは合一(ひとつになること)ではなく、それはパートナーシップではなく、それは関係でさえもないのです。
これは誰かとの関係から抜け出ようとする試みなのです。この狂気が解りますか?
これは独立的に一緒に成ろう(分離したまま一緒に居よう)とする試みなのです。
あなたが彼に対してこれ(独立的な見方を投射すること)を行なっており、これ(あなたが彼に対して投射したこと)故にあなたは彼が嫌いなのです。 あなたが彼を怖れているのはこれ故(あなたが投射を彼に対して行なっているから)なのです。

[. . . what you really blame him for is what YOU did to HIM. It is not HIS past but YOURS you hold against him. And you lack faith in him because of what YOU were.]
[あなたが彼を非難している本当の理由は、..あなたが彼に行なったことが原因なのです。そしてあなたの過去故に、あなたは彼を疑っているのです。そして「あなたの過去」故に、あなたは彼を疑っているのです(あなたは彼に対して不信心なのです)。]

自分の父を離縁しているあなた、独立していることを選んでいるあなた、独立状態を保った上で重要な者に成れると考えていたあなたは、
[Yet you are as innocent of what you were . . . . . . as he is.]
[あなたは(彼同様に)過去に自分であったものから無罪なのです。]

あなたは「これが自分だとあなたが考えていた状態(そしてこう成りたいとあなたが考えていたこと)」に対して無垢/無罪なのです。
ここに奇跡の答えがあるのです。「あなたは、彼と同様に(彼と同じだけ)無垢なのです。」

『何故あなたはそれ(自分が彼と同じだけ無垢であること)を見ようとしないのでしょうか?』 あなたはこの質問を自分にする必要があります。
この質問に対する答えは一つだけです。
『それ(あなたと兄弟の同等の無垢)を見ようとしない理由などありません。』
答えはひとつだけで、それは「それ(無垢)を見ようとしない理由など無い」です。
そしてそこにあなたの救済が在り、そこに彼(兄弟)の救済があるのです。何故なら、彼の無垢を見ようとすることが、あてどない道にあなたが嵌り込んでしまうことを阻止するのだから。

[. . . you are as innocent of what you were, as he is.]
[あなたは過去に自分であったものから無罪なのです。彼もそうであるように。]

あるいは「自分は過去にこうであったに違いない」とあなたが信じていることから、あなたは無垢/無罪なのです。
このアイディアはとても衝撃的なものです。
このアイディアはあなたを打ちのめしてしまうのです。
このアイディアはあなたのマインドを大きく押し広げるのです。このアイディアはあなたのマインドの限定を手放させるのです。
あなたは彼と同等に無罪なのです。
彼はあなたと同じ位無垢なのです。
(あなたが彼と共に関わっていた、そして自分の関係の意味を決める為にあなたが使っていた)意地悪な卑小な視点からあなた自身と彼(兄弟姉妹)を解放することがあなたから求められているのです。
「私がこうしている(こう考えている)ことには正当な理由はない。私は、自分がこうしている理由を捜し求める必要はない。私はただ『自分の兄弟が私と同じに無垢なのだ』、『神の聖なる子である私は、彼と同等に無垢なのだ。神の聖なる子である彼女/彼と同じだけ私は無垢なのだ。』という可能性を考慮してみれば良いだけなのだ。」とあなたが言えるようになる必要があるのです。
解りますか? あなたは違ったパースペクティブ(視点/視界)にシフトして、今までの無意味な視点を放棄する必要があるのです。

[What never was is causeless, and is not THERE to interfere with truth.]
[実際に起こらなかったことには原因がなく、それは存在しておらず、それが真理の邪魔をすることもないのです。]

あなたが自分の兄弟に関して言っていること、彼の責任/間違いだとあなたが責めていること、あなたが彼に投射して彼に責任を与えていること、には原因が無いのです。
それはリアルではないのです。それは想像上のものなのです。それだけなのです。

[What never was is causeless, and is not THERE to interfere with truth.]
[実際に起こらなかったことには原因がなく、それは存在しておらず、それが真理の邪魔をすることもないのです。]

だから真理は邪魔されなかったのです。
だからリアリティ/天国(あなたはこれを自分の中に届けるプロセスの中に居るのです)は、あなたに届く(響く)ために待っているのです。
何も向上させる必要はないのです。 あなたの「嫌なヤツ」である兄弟は、なにか自己改革して神の子に成る必要などないのです。
彼はただ、あなたによって神の子として真摯にシンプルに認識される必要があるだけなのです。
これが「兄弟の目を見て神を思い出すこと」のあなたの役割なのです。
オープンに成って、兄弟(姉妹)の神聖があなたに届く(響く)ことが可能な場所に居ること。 必要なのはそれだけなのです。

[There IS no cause for faithlessness, . .]
[そこには不信心の原因は存在しておらず、]

不信心の原因は存在していません。
信心の原因(理由/必要)がそこには存在しているのです。
これは「暗闇の原因は存在しておらず、光りの原因が存在している」と言うようなものです。
暗闇はたんに光の不在でしかなく、それは現れ(存在/実在)ではないのです。
同様に、不信心も現れ(存在)を持ってはいないのです。 不信心には原因が無いのです。
不信心には原因が在りませんが、しかし真理/信心には原因があるのです。
この原因が「この原因の目的を分け合っている全ての状況内」に入って来ているのです。

そして存在している全ての状況は神の目的を分け合っているのです。何故なら全ての本当の状況は「神が動いていること/神が現れていること」なのだから。
しかし「神の目的を分かち合っている全ての状況」が、現在あなた達に「神の目的を分かち合っていること」として体験されているとは限りません。
全ての目的をあなたのプライベートでパーソナルな視点から決めようとしている場合、あなたの状況は「神の目的を分かち合っていること」としては体験されないのです。
その場合、あなたは真理を見ず、あなたは真理と関わるポジションにはおらず、あなたは状況/関係のリアリティと関わり合うポジジョンには居ないのです。

[The light of truth shines from the center of the situation, . .]
[状況の中心から真理の光が輝いており、]

例えそれがどのような状況であっても、それは天国が天国としてあなたの前に現れている状態か、そうでなければ、それは「あなたがその状況に対して与えている定義」に従って天国が現れている状態なのです。

しかし、
[The light of truth shines from the center of the situation, and touches everyone to whom the situation's purpose calls.]
[状況の中心から真理の光が輝いており、真理の光りが「この状況の目的が呼び掛けている全ての人」に触れています。]
 
あなたに見えているこの宇宙/世界が進化の受動的な連鎖反応ではないことが解りませんか?
これは神のアクティブな現れ(神の能動的出現)が無限に(際限なく)表現されており、表現しており、愛を拡張し、その意味をあなたに無条件に差し出しており、意図的にあなたを抱擁していることなのです。
それは「神の現れの目的が神の現れそのものを放射する(光り届ける)ことだから」だけではありません。
神の現れが「神の現われであるもの」を放射するのは、あなたとの関係の中でそれ(神の現れの放射)をしてあなたが神の現れを在るがままに体験出来るようにする為なのです。 この目的が神の現れの中に組み込まれているのです。
壁が、床が、カーペットが、あなたが今直面している全てのものが、それらのその神聖故にあなたを愛しているのです。
それら全てが「それら自身の意味をあなたにコミュニケート(伝達)しよう」という意図を持ってあなたを抱擁しているのです。
その意味とは「今この瞬間に父によって設定されており、父が自身を表現し父の表現が体験されること」を意図してのです。

あなたは常に環境/状況内に居り、それは愛のサークル(循環)、愛の抱擁、(もしあなたが自分の役割を果たしているなら)愛が与えられ受け取られることなのです。
あなたが「兄弟の目を見つめて神をそこに見る」役割を果たしていたなら、あるいは「花を眺めて神を見る」役割をあなたが果たしていたなら、世界があなたを抱擁しているギフトがあなたにより受け取られ、あなたがそれ(ギフト)を認識していることが「あなた達が分け合っている愛をそれ(花)に与え返す(ギフトを返す)こと」なのです。
それ以外のどのような「概念/定義群/(あなたが持ち込む)卑小な意地悪な意味」をも挿入することなく(あなたが世界から受け取ったギフトを与え返すのです)。
だから、これは与える事と受け取る事のサークル(循環)なのです。

[That Cause has entered any situation which shares Its purpose. The light of truth shines from the center of the situation, and touches everyone to whom the situation's purpose calls.]
[この信心の原因が、この(信心の原因の)目的を分け合っている全ての状況内に入って来ています。状況の中心から真理の光が輝いており、この状況の目的が呼び掛けている全ての人に触れています。]

「状況の目的」とは何でしょう?
「状況の目的」とは状況を設定したときに父が決めた目的です。
それは神が自身を伸ばしていること、神が拡張していることです。

[The light of truth . . . . . . or God . . .. . . shines from the center of the situation, and touches everyone to whom the situation's purpose calls. [And] It calls to EVERYONE. ]
[状況の中心から真理の光{あるいは神}が輝いており、この状況の目的が呼び掛けている全ての人に触れています。これが全ての人に呼び掛けています。]

だから、それ(真理の光り)は全ての人に触れているのですが、全ての人達がそれを体験しているわけではありません。
ギフトを前にして、人が自分の定義を(ギフトの中/前に)挿入することによってギフトを「何か他のもの」に変えてしまえば、「そのようにしてギフトの意味を変えている人」には神が見えなくなってしまいます。

[It calls to EVERYONE.]
[これが全ての人に呼びかけています。]

状況内の目的が全ての人達に呼び掛けるのです。
それだけではなく、これは愛の呼び掛けでなのです。これは「その中であなたが愛のギフトで抱擁されている」意識的な愛の抱擁なのです。

[There is no situation which does not involve your WHOLE relationship, in every aspect and complete in every part. You can leave nothing of yourself outside it, and keep the situation holy. ]
[あなたの関係全体(の全要素)が全ての状況に対して完全に関わっているのです。あなたが自身のどこか一部でもこの関係の外に置いたなら、この状況を神聖に(十全に)保つことは出来ません。]

あなたが自分の思考や信念や意見を挿入していてそれらに完全に従っている限り、あなたはあなた自身の一部を状況/状態/天国の外に置き続けているのです。
あなたはあなたのマインドの一部を分離して、あなた自身の定義や意味でそれ(あなたのマインドの一部)を満たし、それらの定義や意味を状況に当て嵌めているのです。
だからその場合、あなたは兄弟の眼の中に(あるいは花や虫や土の中に)神を認識することに対して「あなた自身の全体」を与えていないのです。

[You can leave nothing of yourself outside it, and keep the situation holy. For it shares the purpose of your whole relationship, and derives its meaning from it. Enter each situation with the faith that you give to each other, or you ARE faithless to your own relationship. ]
[あなたが自身のどこか一部でもこの関係の外に置いたなら、この状況を神聖に(十全に)保つことは出来ません。何故なら状況はあなたの関係全体の目的を分け合っており、そこから(あなたの関係全体の目的から)その意味(その存在理由)を届けているのだから。あなた達はお互いに信心を与え合いながら状況の中に入って行くべきなのです。でなければあなたは自分の関係に対して不信心なのです(信心を与えておらず疑っているのです)。]

そしてわたし達は、あなたと花や岩の関係ではなく、あなたとあなたの兄弟姉妹の関係に関して話しています。

[Enter each situation with the faith that you give to each other, . .]
[あなた達はお互いに信心を与え合いながら状況の中に入って行くべきなのです。]

信心とは、つまりあなたが父と繋がった場所から(その場で起こっている事に対する)父の視点を求めている状態のことです。

[Enter each situation with the faith that you give to each other, or you ARE faithless to your own relationship. ]
[あなた達はお互いに信心を与え合いながら状況の中に入って行くべきなのです。でなければあなたは自分の関係に対して不信心なのです(信心を与えておらず疑っているのです)。]

こうして(お互いに対して信心を与えなければ)あなた達は天国の中に入って行けないのです。 その場合、あなた達は自分達の目の前で変容を見ることが出来ません。
その場合、病が健康で取り替えられたり、失われている手足や臓器が(手術などを経て)修復されたり、二分化(分極化)が健全(全体性)で取り替えられたりすることが見えないのです。

[Enter each situation with the faith that you give to each other, or you ARE faithless to your own relationship. ]
[あなた達はお互いに信心を与え合いながら状況の中に入って行くべきなのです。でなければあなたは自分の関係に対して不信心なのです。]

このようにして(お互いに信心を与え合わずに状況の中に入って行くことにより)夢が継続され続けているのです。
このようにしてあなた達は自分達の正気に帰ることを拒否しているのです。
このようにしてあなた達は全ての状況から「その中で神を認識して、あなた一人の意志への固執を手放して、あなたが父の視点と調和出来るように」呼びかけられている事を回避してしまっているのです。

[Your faith. . . your joined state . . will call the others to share your purpose, as this same purpose called forth the faith in YOU. ]
[この目的があなたから信心を求めており、あなたの与えた信心(あなたが神と繋がっている状態)があなたの目的を受け取り分かち合うよう他の人達に呼びかけるのです。]


さてわたし達はまた「関わり合い」という言葉に帰って来ました。
あなた達は現在地球上で何が起こっているかとても良く解っています。
そこでは関わり合いが呼び掛けられています。 そこには関わり合いの必要が表明されています。
つまり、関わり合いの呼び掛けが、関わり合いの必要を前面に引き出しているのです。
人によってはこれをゴチャゴチャした紛争と見ており、人によってはこれをネガティブ(否定的)に見ており、人によってはこれを救済と見ています。
しかし要点は、全ての人達が自分達の家に閉じこもってプライベートな思考を持ち「エジプトの春が、ここではなく、エジプトで起こっていて助かった!」と考えている訳ではないということです。
「マイ・ゴッド、私も関わり合わなくてはいけないかもしれない。私は椅子から立ち上がって、電話を掛けて、人々の集まりに参加して、カメラに写って(何かここで起こっている重要なことが見られるよう)注意を引かなくてはいけないかもしれない。」
つまり(そのような)関わり合いが必要なのです。

[Your faith will call the others to share your purpose, . .]
[あなたの与えた信心があなたの目的を受け取り分かち合うよう..呼びかけるのです。]

あなたが父と繋がり(それがあなた自身の正気なので)父の視点を求めて、
[. . . will call the others to share your purpose, as this same purpose called forth the faith in YOU. And you will see the means you once employed to lead you to illusions transformed to means for truth.]
[...あなたから信心を求めており、あなたの与えた信心があなたの目的を受け取り分かち合うよう他の人達に呼びかけるのです。そしてあなたは「一度は自分を幻想に導く為にあなたが使っていた方法」が「真理の方法」に変換されることを見るのです。]

自身を幻想に導く為にあなたが以前使っていた方法とは、そしてあなたを真理に導くことにも使える方法とは、何でしょうか?
それはあなたの注意/意識の使い方なのです。
あなたが自分の注意を与えている方法(方向)が、(幻想を導くか/真理を導くか、という)状況内の違いをもたらすのです。
あなたの注意をあなたのプライベートな最上の思考に与えることがあなたを幻想に導きます。
しかしそれと全く同じ注意を父に与えることが、あるいは「精霊よ、ここの真理は何ですか?」と言ってあなたの孤立を破ることが、あなたを真理へと導くのです。

だから、
[. . . you will see the means you once employed to lead you to illusions transformed to means for truth.]
[...あなたは「一度は自分を幻想に導く為にあなたが使っていた方法」が「真理の方法」に変換されることを見るのです。]

どれだけこれがシンプルか解りましたか?
あなたは何か新しいことを学ぶ必要は無いのです。
あなたは自分の注意を「ここ(自分の思考)」から「そこ(父の視点)」に移すだけで良いのです。
そしてあなたはすでに「どのようにすれば自分の注意を使えるか(移せるか)」知っています。
これに関しては何も新しく学ばなくて良いのです。
だから、これはとてもシンプルなことなのです。

(ラジは下記の一文章を飛ばしました。)
[真理は信心を求め、信心は真理のための空間(余裕)を作ります。]

[When the Holy Spirit changed the purpose of your relationship by exchanging yours for His, the goal He placed there was extended to every situation in which you enter, or will EVER enter. And every situation was thus made free of the past, which would have made it purposeless.]
[精霊が(あなたの目的を彼の目的で置き換えて)あなたの関係の目的を変えた時、「彼(精霊)がそこに置いたゴール」が「あなたの入って行った(そしてこれから入って行く)全ての状況」へと差し伸ばされた(拡張された)のです。]

だからあなた達の地球上で起こっている事柄は過去を手放す方法(機会)なのです。
しかし抗議するだけでは、声を上げるだけでは、協力して繋がり合うだけでは十分ではないのです。
繋がることが、「父よ、ここに求められていることは、ここに呼び掛けられていることは何ですか?」と訊ねながら関わり合う必要があるのです。 
全ての人達が、出来るだけ沢山の人達が、父に訊ねて自分達の繋がりを(父の視点/視界で)照らし出す必要があるのです。

「父よ、変容をもたらす真理は何ですか? 父よ、何が(複雑な理解ではなく)シンプルな要点なのですか? 何が(その上で全体像がシフトできる)回転軸なのです。 私にインスピレーションを下さい(私を霊で満たしてください)。何故なら、私はそれを分け合いたいのだから。何故なら、私は平和を求めているのだから。 私に答えてください。私の為に真理を照らし出して、シンプルな答えをください。」
と言うのです。
何故でしょう? あなたが安楽椅子に座って(テレビなどで放映されている)物事の真理を知って「オオ、あなた達がこれを知ったなら、あなた達は驚き、これは止まるでしょう。」{これは皮肉だと思われます。 訳注}
だから、あなたの関係の中にそれ(聖なる瞬間やそこで示される真理)をアクティブに取り込まなかったなら、聖なる瞬間の実践や真理を見ること学ぶことは全く無意味なのです。

[Your faith will call the others to share your purpose, as this same purpose called forth the faith in YOU.]
[この目的があなたから信心を求めており、あなたの与えた信心があなたの目的を受け取り分かち合うよう他の人達に呼びかけるのです。]


「では、これは実際に他の人達との関わり合いに発展して、私の目的(つまり父の目的)を彼等と共有しなくてはならないのですか? えー! でも私は仕事をしていて、私には責任があって、私には面倒を見なくてはならないことがあるのです。私は自分の人生をとても論理的にとても知性的に設定しており、そこには秩序があるのです、関わり合いはその全てを壊してしまうでしょう!もし私のすることが、私の目的を他の人達とシェアー(共有)することに繋がるなら、そして私の目的はいま神の目的で、...しかし私はそのようなことは求めませんでした。」{とあなたは考えてしまうかもしれません。}

しかし「父よ、私は離縁を求めます。父よ、私は自分の見方で物事を見てみたいです。」と言った途端、あなたはこの必要(神の目的のもとに他者と関わる必要)を自分にもたらしたのです。 何故ならあなた達は故郷に戻る必要があるのだから。
あなたは永遠に狂気の中に居続ける訳にはいかないのです。 そして一秒たりとも狂気を体験する理由はどこにもないのです。

[When the Holy Spirit changed the purpose of your relationship by exchanging yours … the one you made up ... for His, the goal He placed there was extended to every situation in which you enter, or will EVER enter. And every situation was thus made free of the past, which would have made it purposeless.]
[精霊が(あなたの目的を{あなたが自分ででっち上げた目的を}彼の目的で置き換えて)あなたの関係の目的を変えた時、「彼(精霊)がそこに置いたゴール」が「あなたの入って行った(そしてこれから入って行く)全ての状況」へと差し伸ばされたのです。このようにして全ての状況が(それを無目的にしていた)過去から解放されたのです。]

今起こっていることが、無目的(無意味)なことを終らせるのです。

[You call for faith because of Him Who walks with you in EVERY situation. ]
[全ての状況内をあなたと共に歩んでいる彼故に、あなたは信心を求めたのです。]

「彼」とは精霊です。 「彼」とは「父/神」であり、あなたの兄弟姉妹です。

[You call for faith because of Him Who walks with you in EVERY situation. ]
[全ての状況内をあなたと共に歩んでいる彼故に、あなたは信心を求めたのです。]

彼(兄弟姉妹/精霊/父)故に、あなたは繋がることを求め、繋がることを要求するのです。
しかしあなたの兄弟姉妹がキーなのです。何故なら、彼/彼女なしではあなたは故郷に帰れないから。
彼/彼女とあなたが一緒でなければ、(あなたが拒否していることをしてくれる他の人を彼が探し出すまで)彼は故郷に帰れません。
「まだ引き出されていないこと」を状況内に引き出そうとしてくれる人が必要なのです。

[You are no longer wholly insane, nor no longer alone. For loneliness in God MUST be a dream. ]
[あなたは最早完全に狂気ではなく、孤独でもないのです(孤立してもいないのです)。何故なら神の中では孤独は夢でしかないから。]

さて、あなたは何時でも決して孤独ではなかったのです。
しかしあなたは自分が孤独だと考え、自分が孤独だと感じていました。
しかしそれはあなたが「父よ、私はこれを自分でしたいです。だから放っておいて下さい。」と言ったからです。
「私は安楽ではありません。しかし自分の前に据えた運命を手放すほどの不快感は感じていません。わたしはまだギブアップしたくありません。」{とあなたは言っているかもしれません。}
しかしこれは(このような考えは)もはや何も正当化していないのです。

目覚めはもうそこに迫っていて、あなたには選択権がないことを(あなたが目覚めを拒否することは出来ないことを)私は言いましょう。
何故なら目覚めは急激に起こっており、変容は急激に起こっており、故に「幻想/分離を保つ(幻想を有効にし続ける)為に繋がっている人達」は急激に減少しているのだから。 そして現状維持を続けることはより困難に成って行くのだから。

その効果をあなた達は世界の中に見ています。
そこに秩序が見えないからといって、そこにプランが見えないからといって、それを直ぐに見過ごしてしまわないで下さい。
それをやり過ごしてしまわずに、どのようなプラン/目的/ゴールがあるのか聞き始めてください。状況の中からどのような呼び掛けがなされているか聞き始めてください。
何故なら、神が全ての中心に居るのだから。
何故なら、全ての状況は天国をクリアに見ているか、そうでなければ天国を誤認識している状態なのだから。

だからジャッジメント(断罪/断定)を行なうのは止めなさい、何故ならジャッジメントは誤認識/誤解なのだから。
そして「何が答えなのだろう? 何が私の役割なのだろう?」と訊ね始めなさい。

だから皆さんは実際に何か行動してください。実際にカウチから立ち上がって、わたし達が話しているアイディアに基づいて誰かに触れてください。
そのアイディアとは「答えを探し始めるべきだ」ということです。 「我々は真理を欲している」と言っている人達がお互いと衝突している有り様から見えている「答えが起こっているプロセス」に対して批判的になるのではなく(行動を通して答えを見つけ始めてください)。

[You whose relationship shares the Holy Spirit's goal are set apart from loneliness because the truth has come.]
[あなたの関係は精霊のゴールを分け合って(受け入れて)おり、あなたは孤独から守られています。何故なら真理が入って来たのだから。]

あなたと兄弟(姉妹あるいは世界)との関係は[精霊のゴールを分け合って]います。 それはあなたが「父よ、ここの真理は何ですか? 精霊よ、ここの真実は何ですか?」と言ったからです。

. . . are set apart from loneliness because the truth has come. ]
[...あなたは孤独から守られています。 何故なら真理が入って来たのだから。]

あなたが真理を訊ね、それを真摯に求め、答えに聞き入ったなら、そして明晰な答えがやって来るまで耳を澄ます(答えを期待する)ことをやめなかったなら、その時真理がやって来るのです。

[Its call for faith is strong. ]
[それは力強く信心を求め呼びかけています。]

何が信心を呼びかけているのでしょうか? それはあなたの関係です。
あなたと同胞の関係が、信心を求め呼びかけているのです。
あなたとイタリア/シンシナティ/シアトル/日本/インド/他の地の同胞との関係(が信心を強く呼びかけているのです)。

[Its call for faith is strong.]
[それは力強く信心を求め呼びかけています。]

何に対する信心でしょう? それは何か対象物に対する信心ではなく、それは繋がることへの呼び掛けなのです。
信心は繋がることの「意味/意義」で、それは繋がった結果として起こる「意識が目覚める(インスピレーションを受け入れている)あなたの体験」として示される「意味/目的」なのです。
これが信心なのです。

[Its call for faith is strong. ]
[それは力強く信心を求め呼びかけています。]

状況が、あなたの関係が、呼びかけているのです。
ゴールは、全ての状況の呼び掛けは、アクティブに生きている神の現れで、神に対する認識を求め呼び込み引き付けているのです。
この体験を歪ませて罪/病/死/物質的世界におとしめる誤解が生じないよう、神のこの呼び掛けは求めているのです。

[Its call for faith is strong. Use not your faithlessness against it, for it calls you to salvation and to peace.]
[真理は力強く信心を求め呼びかけています。それに対して不信心を使うのは止しなさい。何故なら真理はあなたを救済と平和へと導いて行くのだから。]

[Use not your faithlessness . . .]
[不信心を使うのは止しなさい。]
あなたの独立(分離)を使うのは止めなさい、あなたのプライベートな思考を使うのは止めなさい、あなたの最上の概念を使うのは止めなさい、関わり合いを避けてしまうあなたの言い訳を使うのは止しなさい。

[Use not your faithlessness against it, for it calls you it calls you to salvation and to peace.]
[それに対して不信心を使うのは止しなさい。何故なら真理はあなたを救済と平和へと導いて行くのだから。]

何があなたを救済と平和へ導くのでしょうか?
状況に対する信心の呼び掛け(状況の中で信心を実践することを呼びかけている声)がそれをするのです。

さて現在、繋がることへの明確な呼び掛け(要求)がなされています。
これは兄弟姉妹に反対する為の繋がりではなく、国と国を対抗させる為の繋がりではなく、一つの経済圏が他の経済圏より優位に立つことの為の繋がりでもありません。
これは精霊/父と繋がって真理で満たされることを求める繋がりです。
「不平等/不正直/(人々の誠実な表現/体験をダメにしてしまう)全てのこと」への癒やしに直接貢献する「答えで満たされること」を求める繋がりです。

人としてより正しく(まっとうに)成ることに関して、あなたも自分の役割を担っているのです。
兄弟姉妹と関わり合ってそこに神を見る「あなたの役割」を果たしてください。
「兄弟姉妹と関わり合うことにより神を思い出すこと」を意識的に選択する「あなたの役割」を果たしてください。
何故なら、彼(兄弟)と繋がり彼を招待したなら、あなたが表現したシンプルな真実が彼に受け入れられるようになり、それによりあなた達両者が変容され一緒に故郷へ帰れるようになるのだから。
つまり天国のど真ん中である(しかし世界/宇宙と見えている)あなたが今居る「そこ」にシッカリと立って、今までとは全く違う新しいやり方でそこに存在し、全く新しい視点を持ったなら、その時あなたの動機は「圧倒的な愛」に成るのです。

それ(愛)は圧倒的で、巨大で、それがあなたの中から溢れ流れ出てくるのです。
あなたはそれを押し留められないのです。 あなたはそれを流れ出させる必要があるのです。
あなたはそれ(愛/霊の流入)を呼び掛けとしなくてはいけないのです。
その状況を体験した人々が「私の意志ではなく、あなた(神)の意志がなされますように」と言って目覚めと繋がるように、呼び掛けが必要なのです。


A Course In Miracles (reference pages)
Chapter 17 – Section: THE NEED FOR FAITH
1 Sparkly Book – p.419, Last Par. / JCIM – p.175, Last Par. / CIMS – p. 353, Par. 71
Chapter 17 – Section: SETTING THE GOAL
First Edition – p. 344, 2nd Full Par. / Second Edition – p.369, Par. 8


「Northwest Foundation for A Course In Miracles」の行動は全て無料で提供されています。 これは無条件に差し伸べられた愛によって実施されています。 ギフトとはその様なものだから。 あなたと同等の方が既にこのギフトをあなたに差し出したので、これらの資料があなたに提示されています。 Raj の指示により、これらの資料が売買される事はありません。 この機関「Northwest Foundation for A Course In Miracles」へ募金される場合、下記のWEBサイトを通して行なうか、あるいは下記の住所に郵送して下さい。

A Course in Miracles Study Group with Raj, September 24th 2011
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