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ACIM11-11-13

わたし達は二つのステップ(聖なる瞬間)に関して話して来ました。
目的を持って意識的にこれを行なうことについて話して来ました。
しかし時には(自分で意図せずに)聖なる瞬間が不如意に現れることもあります。時には(意識/意図されることなく)二つのステップが行なわれることもあります。

そのような状況はある意味では、聖なる瞬間に対する一番優れた学びを提供するものです。
それは(受動的な聖なる瞬間は)何らかの状況に面した時あなたが圧倒され、その状況に対する怖れに直面し続けて疲れ切ってしまった時に起こるのです。
そしてあなたはしかたなく(無念ながらも)「崩れ落ち」、あなた自身に対する信心を失い、それ(あなた自身に対する信心)を手放したのです。 あなたはそれを保ち続けることは出来なくなってしまったのです。

これが(自身に対する信心の放棄が)真摯なものであったなら、あなたはその時直ぐに自分が(陰鬱や嘆きの状態ではなく)平和な場所に居ることを見つけるでしょう。

しかしもしこれが真摯なもので無かったなら(崩れ落ちることがフリだけだったなら)、もしこれがコントロールを保ち続けようとするあなたの計画の一部だったなら、そこに平和はなく、そこにあるのは怒りでしょう。 
その場合、あなたの崩壊はあなたの怒りの表現なのです。それは聖なる瞬間ではなく、二つのステップを実践することでもありません。
だからその状態では、聖なる瞬間があなたを祝福していることが存在しておらず、それ(聖なる瞬間の祝福)はあなたをすり抜けてしまうのです(あなたはそれを取り逃がしてしまうのです)。


あなた達は誰も平和の力と価値を理解していません。
勿論聖なる瞬間(二つのステップ)を実践している時、あなたは黙っていることでしょう。これ(黙ること)が二つのステップの第一ステップです。

それからあなたはその静けさの中で、あなた自身(あなたが信心/確信を与えているもの)を越えて伸び出す(求め伸び上がる)のです。「あなたが現在まだ僅かな確信しか与えていないもの」に向かって手を伸ばすのです。  
しかしあなたがストレスを感じている時には特に、これをすることが難しく思われるのです。
あなたが黙り(思考を閉じて)第一のステップを行い、父/聖霊にリーチして(伸び出して)「(あなた自身が)新しくされること」を願うのです。 自ら真理で満たされることを願うのです。 癒やす真理で、変容/再生/贖い(救済)を起こす真理で自分が満たされることをあなたは願うべきなのです。

私がこのことを繰り返し言っているのは、人間的状況(怖れの状態)の解決は「怖れが正当化されているように見えている時(怖れが当然のこととして見えている時)でも平和を選択する」というシンプルなことに掛かっているからなのです。
このシンプルなことが(これがどれだけシンプルかということが)あなたに理解される必要があるのです。 何故ならこれによって(このシンプルなことが理解されることによって)、脅威が起こっているように見えている時でも、あなたは勇気を持って自分の平和を目指そう(自分の平和に手を伸ばそう)と出来るように成るのだから。

さて今日あなた達はどこに居ようとも、あなたがどの国の人であろうとも、あなたがどのようなアイデンティティを持っていようとも、大いなる脅威が正当化されているように見えています(怖れることが当然であるかのように見えています)。
大きな困難/不和/憤慨が沢山あるように見えています。
そしてこれらの脅威はあなたの近所だけではなく、地球の反対側からも来ているように見えています。 他国の状況があなたの居る場所にも悪影響を与えているのです(与えているように見えています)。

だからあなたが全て正しいことだけを行なっていたとしても、地球の他の場所で起こった紛争/問題があなたの居る場所まで届いて何かを破壊してしまえる(と見えています)。
だからあなた達は常に平和への呼びかけ(平和を求める声)に対面しているのです。
あなたのマインドを静かにする必要、怖れを鎮める必要、騒ぎ立てより大きなストレスを作り続けているレトリック(プロパガンダ)を静まらせる必要にあなた達は面しているのです。

私は次のことを言いましょう。これら全てには理由があるのです。
世界中で起こっているこれらの「化学反応」には理由があるのです。
(現在表明されている)秩序の欠落、モラルの欠如、平和の損失、知性の欠如。
これらには理由があるのです。

以前にも使用したことのある比喩でこれを説明しましょう。
あなたが完全に真っ暗な家に住んでいて、あたかも自分が盲目であるかのように振舞い過ごし食べ入浴することをあなたが学んでいたとしましょう。しかしある日光明(光が灯ること)が起こり始めます。
そしてあなたは形や影を認識し出します。するとあなたは屑やゴミやガラクタを見始めます。 あなたは片付けが必要なことを見始めます。

この素晴らしい光(光明)が入って来るに従い、それはあなたにとって(喜びではなく)ストレスの元に見えてしまうのです。あなたに見えているものを見続ける位なら、いっそ見ない方がマシに思えるのです。
あなたは仕事/掃除をしなくては成らなくなるのです。
(今まであなたは無秩序を見ることが出来ていなかったので)今まで気付かなかった秩序やレベル構造を{光明を得た}あなた達は見ることになったので。

さてあなたの地球で起こっている(今まで隠されてきた)問題/紛争/無秩序/インモラル/経済的アンバランスや、あなた達がお互いを非人間的に扱ってきた今までのやり方が明確に示され始めているのです。

そしてこのプロセスは、より偉大な人類愛が表明(表現)され始めるよう呼び掛けているのです。これが要点なのです。
しかしあなた達は「世界はダメに成りつつある」と言ってしまうことも出来るのです。
「世界は堕落し続けており、全てが崩壊するだろうと。」言ってしまうことも可能でしょう。
「あなた達が長いこと楽しんで来た平和と調和が修復しようなく破壊されてしまう」(と考えることも可能でしょう。)

しかしそれは「目覚め」の在り方ではありません。
それは「より意識的に成り、あなたの正しいマインドに帰って行き、全てを修正するシンプルな一つのことを発見する」呼び掛けではありません。
だから私は「根源的平和から立ち昇ってくるシンプルなこと」を言い続けているのです。

そしてこの根源的平和は「あなた自身として有能で在り続けること」に完全に失敗して、それ(あなた自身として有能で在り続けること)を放棄せざる得なく成ることにより否応無く厳しく体験されるものです。 「あなたに関することの全て」と「あなたが大切だと考えていたもの全て」が崩壊し、{エゴとしての、分離した存在としての}あなたの無価値(無能力)が輝き出し、あなたの存在価値が消え去るのです(その様に感じられるのです)。
しかしそうはならないのです。{あなたの全てが失われてしまうと感じるけれども、実際には違うのです。}

「自分で責任を取り続ける(自分で物事を起こし続ける)ことを放棄する」という祝福を体験したことがある人達は、私が何を言おうとしているか理解出来るでしょう。

{何らかの形でこれを体験したことがある}あなた達は、この時期に現れ出て来ている呼び声(必要)を満たす効果的な方法を兄弟姉妹とシェアする(兄弟姉妹に教える/分け与える)ことが出来るのです。
それが、奇跡のコースを勉強している人達に(それがどれだけ複雑に見えても)「シンプルなステップとは何か」理解してもらう方法でもあるのです。
これが大切なのです。

今は変容/変化の時です。今が再生の時です。
あなたが自分の平和の中に入って、「何が起こっているか」そこ(自分の平和の中)から眺めて、「答えが何か」そこ(自分の平和の中)から聞いたなら、それが再生の時になるのです。
しかしあなたがこれを行なわなかったとしても再生はやはり起こるのですが、その場合それは(再生は)あなたが意図しなかったものとなり、「これは大変辛い体験だ」とあなたは感じてしまうのです。

だから私は現在起こっていることを誤解しないよう、あなた達に言っているのです。
あなたのエゴに「他の人々がしている愚かなこと、どれだけキチガイ染みたことが行なわれているか、愛がどれだけ欠乏しているか」指摘させ独善的に騒ぎ立てさせるのは止めなさい。

あなたがそのように振舞っている時、あなたはどの様な脚本に従っているのでしょうか?
どうしたら「あなた達が安定感と有能感覚を保つ為に使ってきた(そしてあなた達がリアリティと正気を明確にし始める為に手放さなくてはならない)脚本」とは異なったものをあなた達の世界が反映し始めことが期待出来るのでしょうか?
どうしたらあなた達は、物事を(今までとは)違う風に見て、違う振舞いを行い、より完全に真理を反映することが出来るのでしょうか?

「私には出来ない。」とか「何故あなた(ラジ)はこのようなことを私に言わなければならないのですか? 私はある程度来年に期待していたのです。私はある程度次のアメリカの選挙に期待していたのです。私はある程度はポジティブに成れていたのに。」とか言ってしまってはいけません。
それがあなたの脚本なのです。 あなたはこれに引っ掛かってしまっているのです。
それがコントロールを保とうとしてしまう方法なのです。
それは「あなたの定義」というコントロールです。 これを使ってあなたは自分で定義した成功を得ようとしているのです。
そして(あなたの定義している)この成功とは、ギブアップしないこと、「あなた自身で何かをすることが不能なこと」を認めて父に譲りあなたの存在の平和(それがあなたの中に居る神の全知全能なのです)の中に入って行かないことなのです。

「あなたがしなければならない事」に関して憤慨したり不平を言うのは止めなさい。
人々がしなければならない事、きっと人々はしないだろう事、に関して憤慨し不平を言うのは止めなさい。
何故ならそのような事は、静かに成る決断をすることよりも、あなたの人間的意志を静まらせることよりも、より多くのエネルギーを必要とするから。
あなた自身に話しかけることを止めて「あなた自身以外の者(聖霊/神)」に質問を訊ねること。 これが目覚めのシンプルな方法なのです。

くだらないことを繰り返すのではなく、あなたは何故これをしないのでしょうか?
何故あなたは、世界とその状態を観察している時に怖れてしまったり独善的態度を取ってしまうのではなく、反応/反発することに耽溺し続けるのではなく、これ(静かに成って神の答えを訊ねること)をしようとしないのでしょうか?
これをすれば全てが解決すると私はあなた達に知らせているのです。

そしてこれ以上のことをしようとするのは止めなさいと言っているのです。
これ以上のことをしようとした場合には(あなた達がすでにその被害を被っている)幻想体験を作ってしまうので、それは止めなさいと私は言っているのです。
この幻想体験から目覚めることがあなた達の生得権なのです。
暫くの間これを考慮してみなさい。

このシンプルなことと一緒に居て、どうして自分がこれをしようとしていないか考慮してみなさい。
何故「これだけで十分であること」をあなた達は長いこと忘れて来たか、そして何故あらゆる複雑な方法を使ってコントロールを使いあなた達自身にある程度の安心感を与え続けて来たのか考慮してみなさい。


本を読みましょう。

[Nothing can come between what God has joined and what the Holy Spirit sees as one.1]
[神が繋げたものを(そして一つのものとして聖霊が見ているものを)分離することが出来る者は存在していません。]

[But everything SEEMS to come between the fragmented relationships the ego sponsors to destroy.]
[(破壊する為にエゴが成立させている)細分化された関係の間には多くの亀裂があるように見えています。]
ここでのキーワードは「(多くの亀裂があるように)見えています 。」です。


つまり実際には亀裂は存在していないのです。
上記のような文章をあなたが読んでいる時これからは、次のように理解して欲しいのです。

[. . . everything SEEMS to come between the fragmented relationships the ego sponsors to destroy  (But it hasn’t succeeded.)]
[(破壊する為にエゴが成立させている)細分化された関係の間には多くの亀裂があるように見えています。{がそれは成功しませんでした。}]

これで要点がよりクリアに成りました。

[The one emotion in which substitution is impossible is love. Fear involves substitution by definition, for it is love’s replacement. Fear is both a fragmented and a fragmenting emotion. It seems to take many forms, and each seems to require a different form of acting out for satisfaction. While this appears to introduce quite variable behavior, a far more serious effect lies in the fragmented perception from which the behavior stems. No-one is SEEN COMPLETE. The body is emphasized, with special emphasis on certain parts, and used as the standard for comparison for either acceptance or rejection of suitability for acting out a special form of fear.]
[愛という感情の中では代用は不可能です。しかし怖れの中には原則的に代用が含まれています。何故なら怖れとは愛の代用品なのだから。
怖れは細分化された感情であり、と同時に細分化(分離)を行なう感情なのです。怖れは多くの異なった形で現れ、その中で満足を得るには異なった行動が求められているように見えています。
怖れが多くの異なった行動を引き出しているように見えますが、怖れが与えているより深刻な影響は細分化された知覚認識であり、それが多くの分離した行動を生んでいるのです。{怖れによって細分化されている視点の中では}誰も完全/十全なものとしては見られていないのです。
体が(そして体の特定の部分が特に)重要視されており、(「特別な形の怖れを行動で示すに適切なもの」として受け入れるか拒否するか決める為の)比較の基準として体が使われています。]

体現された怖れ。 あなたによって体現されており、それを使ってコントロール出来るとあなたが信じている、怖れ。

「オー、彼は釣り上がった目をしている。オー、彼女はとても荒い黒髪だ。」
あなた達は、自分達を他者達から遠ざけ隔てる様々な方法(理由)を持っています。

何故あなた達はそうしているのでしょうか?
それはあなた達が怖れているからです。
あなた達は、あなた達自身の平和の中に居ないので、これ(他者を自分から遠ざけること)を行なっているのです。
だからあなた達は、他者の特定の特性(特徴/見かけ/印象)を使って自分達の振舞いをコントロールして自分達を安全に保とうとしており、他者を「(彼等に)相応しい(とエゴが決めた)場所」に留め置こうとしているのです。


次のセクションのタイトルは、

[SUBSTITUTION AS A DEFENSE ]
[防御として使われている代用]

[You who believe that God is fear made but one substitution. It has taken many forms, because it was the substitution of illusion for truth; of fragmentation for wholeness. It has become so splintered and subdivided and divided again, over and over, that it is now almost impossible to perceive it once was one, and still is what it was.]
[神が怖れだと信じているあなた達は一つの代用(置き換え)を行なっただけなのです。 これは真理を幻想で代用する(置き換える)こと(全体を小さく切り分けること)で、従ってこれは多様な形で現れています。 {上記の文章はJCIMとUrtextでは異なっています。 ここではJCIMテキストを翻訳し。 Urtextの翻訳は私のもう一つのWEBに記載してあります。訳注}
{「全体をそのより小さい部分に切り分けることが出来る」そう考えたことが一番最初の間違いであり代用だったのです。}
これは細分化され、より細かく分かれ、その上また繰り返し細分化されており、故に「これが以前は一つであった、そして今でも実は一つであると知覚認識すること」は今では殆ど不可能です。]


この部分にも注目してください。
[It has become so splintered and subdivided and divided again, over and over, that it is now almost impossible to perceive it once was one, and still is what it was.]
[これは細分化されより細かく分かれ、その上また繰り返し細分化されており、故に「これが以前は一つであった、そして今でも実は一つであると知覚認識すること」は今では殆ど不可能です。]


ここで注目して頂きたいのは、この文章でも「今でも実は一つ」{今でも真実は(分離されてはおらず)一つである}と言っていることです。

解りますか? つまり代用(置き換え)は成功しなかったのです。{つまり細分化はリアリティの中では行われていないのです。}
代用を使う理由はいまだ有効には成っておらず、あなたは今でも神を否定することに成功することからは無垢で、従って神に逆らうことからも無罪なのです。

次も重要な点です: あなたが真理を幻想で取り替えた(取り替えようとした)この一つの(唯一の)エラーだけが、

[That one error which brought truth to illusion, infinity to time, and life to death, was all you ever made. Your whole world rests upon it. Everything you see reflects it, and every special relationship which you have ever made is part of it.]
[この一つの間違いだけがあなた達の犯した過ちなのです。そしてこの間違いが、真理を幻想の下に置き、無限を時間の下に置き、生を死の下に置くことを導いているのです。あなた達の世界全体がこの間違いの上に築かれているのです。あなたの見ている全てはこれを反映しているのです。]


今日世界の中で行なわれている全ての複雑な事柄は、怖ろしく見ている事柄は、不安を抱かせる事柄は、あなたの平和を脅かしているように見えている事柄は、真理を現してはおらず「神が造らなかったもの」を造ろうという人類の試みが成功していることを現してもいないのです。
あなた(達)が幻想を作り、それらの幻想に付随したストレスを作ったのです。
しかしあなた(達)は全く「リアリティ」を変化させてはいないのです。
だから色々複雑なことを修正しなくてはならないようにあなた達には見えていますが、それら全ての問題を修正することは「たった一つのこと」に掛かっているのです。

(このたった一つのこととは)あなたの平和を選ぶこと、二つのステップを行うこと、思考を閉じて静けさの中に入りそこ(平和の静けさ)から伸び出して(それを体験することがあなたの生得権である)真理を知ろうと求めることなのです。

あなたは「自分の想像力」と「自分の信念に対する確信」を使って「真理に対する意識的気付き」からあなた自身を逸らすことに成功しているように見えますが、あなたは真理を「知ること」を止めてはおらず、あなたは神の可視性/可触性(見える様子/触れる様子)に成り続けることを止めてもいないのです。
そしてあなたのマインドが「聖霊の十全な現れ」として存在し続けることを止めたこともないのです。
それ(分離)は起こってはいないのです。
それ(分離)は起こっていないので、夢を放棄する為に必要なのは「あなたが自分の注意をシフトさせること」だけなのです。

私はこれをシンプルに言い過ぎていますか?
「もしこれがそんなにシンプルならば、全ての人達がすでに目覚めている筈だ?」
いいえ。

全ての人達が目覚めていない唯一の理由は、独立を試みることから来る(そして独立が可能だと信じてその成功を望むことから来る)ハイ(高揚感)やヒット(ワクワク感)へ人々が過度に中毒しているからなのです。
そしてあなた達は常に自分達の信念に信頼を与え続けるものなのです。

[You have expressed surprise at hearing how very different is reality from what you see. You do not realize the magnitude of that one error . . .]
[リアリティが「あなたに見えていること」とどれだけ異なっているか聞いてあなたは驚いています。 あなたはこの(上記の)一つの間違いの威力を理解していません。]


一つの間違いとは、幻想で真理を代用すること(真理を幻想で置き換えること)です。


[It was so vast and so completely incredible that from it a world of total unreality HAD to emerge. What else COULD come of it?]
[この間違いは広域に渡りそして全く信じ難い驚くべきもので、この間違いからは「全くリアルではない世界」が出現せざる得なかったのです。それ以外の何がこの間違いから出現し得たでしょうか?]

これに関しては最近色々な角度から話してきました。
あなたが父(源)から離縁することを選び(生得権としてあなたのものである)父の視点/視界を放棄することを選んで「父よ、私は(あなたの選択に従うのではなく)私自身で選択/決意をしたいです。私は(あなたの定義に従うのではなく)全てが何か自分で定義したいです。」と言った時、あなたは全てを神の定義とは違うように定義しなければならなかったのです。

「神とは違うもの」は「神とは似ていないもの」です。
それ(神とは違うもの)は分極性(二極化、Polarity=プラスマイナスに別れること)なのです。
だからあなたがこれ(父からの離縁)をしている限り、あなたは全知全能(絶対的に一つで無限のハーモニー)の中に不調和を導入し続けているのです。

しかしあなたはこれ(父からの離縁、不調和の導入)には成功していないのです。
あなたが体験している不調和は幻想なのです。
しかしあなたはこの幻想に対してとても多くの信心を与えており、「あなたは空想に浸っている」とシツコクあなたに言い続けてくれる人が{あなたの聖霊以外には}誰もいないのです。

そしてあなたが空想に関わっている限り、本当の結果は何ももたらされないのです。
しかしこのようにして空想を使って結果{父からの独立}を達成しようとしている限りあなたは狂気の状態で、あなたは自分の正しいマインドにはいないのです。 これを試みている限りあなたは自分の平和を体験出来ないのです。

[Its fragmented aspects are fearful enough, as you begin to look at them. But nothing you have seen begins to show you the enormity of the original error, which seemed to cast you out of Heaven, to shatter knowledge into meaningless bits of disunited perceptions, and to force you to further substitutions.]
[細分化された各側面をあなたが眺め始めた時、それらは怖ろしく見えました。しかし一番最初の間違いの巨大さをあなたに示せるものは存在していません。{一番最初の間違いが一番重大なのです。}
この原初の(一番最初の)間違いがあなた達を天から追放されているように見せており、叡智を壊れてバラバラの知覚に貶めており、より一層の代用をあなた達にさせようとしているのです]

さてあなたは今、代用の崩壊がより一層進みつつある世界を見ているのです。

あなたが見て(感じて)いる所で「何が上手く働くことか、何が必要とされていることか」が明確に結晶化されている(示されている)のです。 全てをコントロールしようとし続ける効果的な方法を探そうとして、あなたがもう少しの間(変容に)抵抗し続けたいと考えていない限り(代用の崩壊の進行があなたにも解るのです)。 (コントロールに固執せず変容に抵抗しなかったなら、変容は怖ろしく見えなくなり、それほど脅威的にも見えなくなります。)

これら全てのこと(地球の状況)を見て「今まであなた達の全ての答えがもたらされて来た場所」から(上手く働く)答えが得られると考えることはあなた達全員にはもうとても難しいことでしょう。

それは素晴らしいことです。あなた達は苦しむことに厭いているのです。
あなた達は怖れることに疲れて飽きているのです。
そして今あなた達の怖れの原因が全くあなた達のコントロールの届かない状態に成っており、希望が無いように見えています。
しかしこれは真実ではありません。 何故なら今でも聖なる瞬間の実践が答えなのだから。

あなたの平和を捜し求めなさい。
自分の反応/反発を放棄出来るに十分なだけ正気を尊びなさい。
勇気を持ってあなたの怖れを手放しなさい(そう出来るように正気に価値を与えなさい)。
状況が物凄く悪化してしまってあなたが無理矢理自己放棄せざる得ない事態に追いやられるまで待つのではなく、その前に(怖れを)放棄出来るように成りなさい。

誤解しないでください。 私は「(あなた達はまだ気付いていないけれど)状況が物凄く悪く成るのです。」と言っている訳ではありません。
いいえ。あなた達は再生(再統合)の自然な動き(その結果はより高い秩序なのです)を観察しているだけなのです。

そしてこれは、あなた達が行なう(べき)「利己的興味/欲を手放す選択」に掛かっているのです。
自分勝手(利己主義)を放棄して、今までの(通常の)あなた達の意識状態を越えて行くことが必要なのです。 そして「上手く働かないあなたの体験」が存在していない所(意識状態)で、「上手く働くこと」が(物事の)自然な進展/発展としてあなたにシンプルに明白に成るのです。 あるいは、全てを混乱させてきたものが自然に解除され、明晰さ(光明)が当然のこととして現れ出るのです。

真理を幻想で置き換えること(真理の代わりに幻想を見ようとすること)が、
[That was the first projection of error outward. The world arose to hide it, and became the screen on which it was projected and drawn between you and the truth.]
[これが間違いを外側に投射しようとした一番最初の試みだったのです。これを覆い隠す為に世界が立ち昇って来ており、世界がこの間違いを投射するスクリーンに成り、あなたと真理を隔てているものに成ったのです。]

[The world arose to hide it,]
[これを覆い隠す為に世界が立ち昇って来ており、]

このようにして立ち昇って来ているのはどの世界でしょう?
リアリティ(天国)を隠す為に「あなたの定義の世界」が立ち昇って来たのです。
{私はこの部分の itを文脈に従って「この間違い」と訳していました。しかしラジは、このitは「リアリティ/天国」のことを意図していると言っています。 Available Note(もう一つのWEB)に掲示した翻訳文はそのままにして置きます。}

[. . . and became the screen on which it was projected and drawn between you and the truth. ]
[(これが)この間違いを投射するスクリーンに成り、あなたと真理を隔てているものに成ったのです。]

あなた達の定義群が、エラー{原初の間違い}を投射するスクリーンに成ったのです。
そしてこれは成功しなかったのです。
あなたと真理の間にエラーを投射して、あなたと真理を隔てることは出来ていないのです。

[For truth extends INWARD, where the idea of loss is meaningless, . .]
[何故なら真理は内側に差し伸べられる(拡張される)もので、そこでは喪失のアイディアは無意味で、]

あなたが(あなたの「存在」の中心に在る)聖なる場所(聖なる状態/祭壇)の中に入って「ここの真理は何ですか?」と父/聖霊に訊ねた時、あなたは混乱/不調和/怖れの解除を実践しているのです。

[. . . truth extends INWARD, where the idea of loss is meaningless, and only increase is conceivable. Do you really think it strange that a world in which everything is backwards and upside-down arose from this? ]
[真理は内側に差し伸べられる(拡張される)もので、そこでは喪失のアイディアは無意味で、増加だけが考えられることなのだから。全てがあべこべで上下反対の世界がこの試み(代用)から導き出されていたものであると考えることはそれ程難しいでしょうか? これは(分離を投射した時このような世界が現れることは)必然的だったのです。]

これは驚くことではありません。 (あなた達によって)使われている(信じられている)脚本は真理を否定しており、だから(この脚本に従っている限り)カオス/混乱/無秩序だけしか体験出来ないのです。

[For truth brought to THIS could only remain within in quiet, and take no part in all the mad projection by which this world was made. ]
[何故なら、この世界に対して真理が引き出された時、真理は(この世界を作っている狂った投射に関与することなく)それ自身の中で静かにしていることしか出来なかったのだから。]

[ For truth brought to THIS could only remain within in quiet, . .]
[何故なら、この世界に対して真理が引き出された時{真理がこの世界の下に持ってこられたなら}、真理は…それ自身の中で静かにしていることしか出来なかったのだから。]

だから平和がとても重要なのです。
だから平和を選択することがとても重要なのです。
だから黙って(思考を閉じて)自分の内部に向かって「ここの真理は何ですか?」と訊ね聞くことだけが、幻想からの唯一の抜け道なのです。
何故なら、静寂の中で真理が静かにあなたを待っているのだから。

[Call it not sin but madness, for such it was, and so it still remains. Invest it not with guilt, . .]
[これを罪とは呼ばず、狂気と呼びなさい。 何故ならこれは狂気だったのだから。そして今でもこれは狂気であり続けているのです。これに(この投射/代用に)罪悪を与えることは止めなさい。 ]

罪と呼ぶべきでなく狂気と呼ぶべき「これ」とは何でしょうか?
それは真理を幻想で代用しようとすること(真理を幻想で置き換えようとすること)です。
{ラジはここでは言っていませんが、前回の話では「一番初めの代用は神の意志を自分の意志で取り替えようとしたことです。」とも言っています。 つまり「真理を幻想で置き換えること」は「神の意志を自分の意志で取り替えようとすること」と同じだと思われます。}

そしてこれに(投射/代用に)怖れを投資するのは止めなさい。
これにどのような定義群(あなた達が作り上げている意味)を与えることも止めなさい。


[. . . for guilt implies it was accomplished in reality.]
[何故ならこれに罪悪を与えることは(これを罪悪と呼ぶことは)、これがリアルに達成されたと暗示することだから(投射がリアルだという勘違いを引き起こしてしまうから)。]

しかし、それ(罪悪)は達成されなかったのです。
ACIMの全ての文節内には「幻想を真理にしようとすることは成功しなかった。だからあなたは危険に面してはいない。だからあなたは有罪ではない(罪を犯してはいない)。 あなたは不可能なことを成功させてはおらず、だからあなたは不可逆的に地獄に落とされては(修復しようのない断罪を神から受けては)いない。」ということが書かれているのです。

[And above all, be not AFRAID of it. When you seem to see some twisted form of the original error . . .]
[そしてこれを{間違いの投射を}怖れるのは絶対に止しなさい。あなたが原初の間違いの歪んだ形を何かの中に見ており、...]

「原初の間違い」とは、真理を幻想で代用する(置き換える)ことです。

[. . . rise to frighten you, say only, "God is not fear, but love," and it will disappear.]
[それがあなたを脅そうとしている時「神は怖れではなく愛なのだ」とだけ言いなさい。 そうすればそれは消えて行きます。]

(あなた達には)呼び声が聞えているのです。
この呼び声は常にそこに在ってあなた達に呼び掛けていたのですが、現在この呼び声がより強烈に成っているのです。 この呼び声は「世界を見てそれを正しくジャッジ(判断)するように」今までより一層強烈にあなた達に呼び掛けているのです。

つまりあなたの定義作成マシン(思考や概念)を静まらせて「父よ、ここの真理は何ですか?」と訊ねた後にジャッジ(判断)するのです。
何故なら、あなたが知りたいと求めているのは神の真摯な真理だけなのだから{神のピュアな真理だけを知りたいと訊ね聞きなさい。}
何故なら、変容が再生が贖い(救済)が今ここで起こっており、変容/再生/贖いをそれそのものとして(それそのままに)抱擁することが必要なのだから。 「変容/再生/贖い」を「変容/再生/贖い以外のもの」として見て、それに抵抗しようとするのではなく。

そして反応/反発を通してではなく平和を通して、怖れではなく愛を通して、この体験を探す事があなたの役目なのです。
だから平和が答えなのです。
そしてあなたの平和を見つけることは、望みさえすればあなた達全員が出来ることなのです。
高貴になって、これ(自分の平和を見つけること)をしようと選択しなさい。
例え他者の目には理不尽と見えたとしても、これをしようと選択しなさい。
何故ならば、これが答えなのだから。

[The truth will SAVE you. It has not left you, to go out into the mad world and so depart from you. Inward is sanity; insanity is OUTSIDE you. You but BELIEVE it is the other way; that truth is outside, and error and guilt within.]
[真理があなたを救うのです。真理は狂った世界の中には入って行っておらず、だからそれはあなたのもとを去ってはいません。(あなたの)内側に正気があるのです。 そして狂気はあなたの外にあるのです。しかしあなたはその反対を信じているのです。真理が外にあり間違いと罪悪が内側にあるとあなたはまだ信じているのです。]

もしそうでなかったのなら(もしあなたが真実の反対を信じていなかったなら)あなたは外側を見てそこで行なわれていることが狂気(幻想)であることを認識し、「それ(あなたの外にある狂気の様子)に従って自分の結論を下そう」とはしなかったことでしょう。 もしあなたが正気であったなら、あなたは(あなたの外に見えている)狂った世界に従って論理や「物事をコントロールする方法」を作りはしなかったことでしょう。

あなたは「(自分の)外側で起こっているように見えていること」を自分の神にするのは止めるべきなのです。
酷い/脅す/アグレシブな振る舞いをしている人々にしろ、人々があなたに対して怒っているにしろ、あなたを好いているにしろ、 それらのこと(あなたの外側に見えていること)に信心を与えて、それらのことをあなたの判断の源(あなたの神)にするのは止めるべきなのです。

外側のことを神にして(外側に現れている様子を物事の原因/源と見て)、あなた達自身を「あなた達が作った定義群」に従って統治するのはやめなさい。

「もし私がこれをしたら人々はもう私を尊敬してくれないに違いない。だから私はこれはしないことにしよう。」 ウン、素晴らしい脚本ですね! 

その場合「私は自分の統合性/誠実を放棄しましょう。 だって、もし私がこれをしたなら、誰かが私に対して怒ってしまい、私はそれに耐えられるかどうか自信がありません。 何故なら、人々の私に対する評価が私に取って一番大切なことなのだから。 人々が私を尊敬してくれるか、人々が私に敬意を表していくれるかどうかが重要なのです。人々が私を尊敬(評価)してくれるかどうかによって、私がリアルであるかないか決まるのです。」とあなたは言っている訳です。
「私がリアルであるかないかは、彼等が(人々が)決めるのです。」
これは真実ではありません。

これが(真理を知っていることの代用として)怖れが起こす馬鹿げた様々な形の一例で、これによって怖れがあなたを統治しあなたを暗い部屋に閉じ込めてしまうのです。 その部屋の中にはまだ光が照らされておらず、そこは埃で一杯で片付けが必要なのです。
しかしあなたはまだそれを気にしていないのです。 何故なら、あなたにはそれ(埃)は見えず、それを(幻想を幻想として)見てそれを片付けることが自分の生得権であることにあなたはまだ気付いていないのだから。
しかし一旦これに気付いたなら、今までとは違う驚きと美と秩序と知性と(その他諸々の)体験があなたを待っているのです。

[You but BELIEVE it is the other way; that truth is outside, . .]
[しかしあなたはその反対を信じているのです。真理が外にあり...]

あなたの神(あなたが信じているもの)は外にあり、狂気の人々がしていること(そして彼等があなたを見たときに見ているもの/彼等の判断)を基準にして自分の最上の判断を決めるべきだと(あなたは信じているのです)。

[. . . and error and guilt within. Your little, senseless substitutions, touched with insanity and swirling lightly off on a mad course like feathers dancing insanely in the wind, have NO substance.]
[間違いと罪悪が内側にあるとあなたはまだ信じているのです。あなたの卑小で無意味な「代用」は狂気に犯されており、狂気の風に踊らされている羽のように踊り狂っており、そこには実体が無いのです。]

ニュースを見てストレスを受け夜眠れなく成ってしまっている時、あなたはこのように感じてはいませんか?

[They fuse and merge and separate, in shifting and totally meaningless patterns which need not be judged at all.]
[それらの代用品はくっつき融合しシフトして分離して無意味なパターンを作りますが、それらを判断する(裁く)必要は全くありません。]

「それら/They」とは風の中で踊っている羽のことです。
{羽じゃ、何のことか解らないよ。「代用品/幻想」でしょ。訳注}

それら(あなたが自分の外に見ている状況)にあなたが反応する必要はないのです。
しかしあなたが自分の内側に入って二つのステップ(聖なる瞬間)を実践したなら、「何かが」あなたから何かを求めるのです。
あなたがそこ(あなたの中の静寂)から行なう「何か」が変容をもたらすのです。

世界の中で影響力を持っていると考えられている人々が「あなた達が彼等(影響力を持った人々)を神と考えていること、そしてあなた達が彼等の影響に従って自分達の行動を律するつもりであること」を「知っている」限り、彼等はあなた達をコントロールし続け、と同時にあなた達も彼等をコントロールし続けるのです。

だから、
[They fuse and merge and separate, in shifting and totally meaningless patterns which need not be judged at all.]
[それらの代用品はくっつき融合しシフトして分離して無意味なパターンを作りますが、それらを判断する(裁く)必要は全くありません。]

だからどれだけ物事(パターン)が複雑に見えても、あなたがそれに反応する必要はないのです。
あなたは「私はこれには反応しません。」と言えば良いだけなのです。
求められているのは「私はこれには反応を持っていません。」とあなたが言うことだけなのです。

[ To judge them individually . . .]
[それらを個別に判断する(裁く)ことは]
光の中で踊っている一つ一つの羽/埃に反応する必要はないのです。

[To judge them individually is pointless. Their tiny differences in form are no real differences at all. NONE of them matters. THAT they have in common, and nothing else. Yet what else is NECESSARY to make them all the same?]
[それらを個別に判断する(裁く)ことは無意味なことです。それらが現している形の僅かな違いは全くリアルな違いではないのです。それらの違いはどうでも良いのです。それら代用品は、どうでも良い(無意味)という共通点だけを持っています。それら代用品を全く同じにする為に、これ以外に{それらが全く無意味だと気付くこと以外に}何が必要だというのでしょうか?]

それらは全て同じことであるとあなたは知る必要があります。
ウオール・ストリートで何が起ころうとも怖れる必要はないのです、商品取引所や銀行で何が起こっても問題ではないのです。 政府が何をどうしようとも、それが問題ではないのです。
それらのことによって、あなたのマインドの使い方を統治してしまってはダメなのです。
あなたは、あなたの外側に見えている神々(原因)に自分の行動や反応を影響させずに、正気をここ(世界の中)に引き出す者に成る必要があるのです。

変容/再生/贖いに、今避けよう無く実際に起こっている「動き」に、意識的に参加する必要があるのです。 それをコントロールしようとして参加するのではなく、訊ね聞くことによって「この動きが何か」学ぶことを通して、真理があなたを訪れられるだけ謙虚になることを通して、(反発や怖れを引き出すことなく)変容/再生/贖いを促進する振る舞いをあなたが行なえるようになる必要があるのです。
あなたがコントロールすることをしていないなら、反発(反感)と恐れは発生しないのです。

あなた達全員がコントロールされることを嫌って、それに抵抗します。
あなたはそれを我慢出来ません。 しかし兄弟姉妹達と共に平安な状況を作るためには、これをせざる得ない(コントロールするしかない)とあなた達は「知っている/確信している」のです。
だから、あなた達は「自分に対しては使われたくないこと(コントロール)」を使わざる得なく成って葛藤してしまうのです。
このようにして次の五手を先読みして自分の安全をはかろうとすることは、チェスのように複雑なゲームに成ってしまうのです。

[Let them all go, dancing in the wind, dipping and turning till they disappear from sight, far, far outside you. And turn you to the stately calm within, where in holy stillness dwells the living God you never left, and Who never left you.]
[それらは風の中で踊るままにして置きなさい。 それらがあなたの遠くに行って視界から消えてしまうまで放って置きなさい。あなたは自分の中の静寂(聖なる静けさ)に向き合いなさい。 そこに生きた神が居り、あなたはそこから去っては居なかったのです。 神はあなたのもとを去っては居なかったのです。]
神の現れと行動を阻止することに成功したものは何も無いのです。

[The Holy Spirit takes you gently by the hand, . .]
[聖霊はあなたの手を優しくとって、]

あなたが自分の手を聖霊に差し出して「ここの真理は何ですか? 私を助けてください。私は(私がデザインし作り使用して来た)自分の個人的なスキルにはもう依存したくありません。」といったなら、
あなたが(聖霊を自分の中に招待して)伸び出したなら、
[The Holy Spirit takes you gently by the hand, and retraces with you your mad journey outside yourself, leading you gently back to the truth and safety within. He . . .]
[聖霊はあなたの手を優しくとって、あなた自身の外側を旅していたキチガイ染みた行程をあなたと共に辿り(逆戻りして)、あなたの内側の真理と安全へとあなたを導き戻します。聖霊は…]

もし聖霊を招き入れ、聖霊に聞き入る意志があなたに持てるなら...

[. . . brings all your insane projections and your wild substitutions which you have placed outside you to the truth. Thus He reverses the course of insanity, and restores you to reason.]
[あなたの投射と代用の狂気全て(あなたはそれらを自分の外に置いたのです)を真理へと戻します。こうして聖霊は狂気のコースを逆転させ、あなたの理性を修復するのです。]

これが(あなたが二つのステップを実践した時に起こる)聖なる瞬間の動きの解説です。
これがあなた達の世界の中で必要とされている修正の基礎になるものなのです。
何故なら、全てのゴミが見えるように成り、あなた達はゴミをそこに見て、「そこにゴミは存在していない(などと言って)」自分達をもう騙さなくなるべきなのだから。 そしてゴミを掃除するべきなのだから。
それは光の中ではとても簡単で、光の中で喜んですることが可能なのです。
何故ならあなた達が滓(カス)を片付けて行くに従い、ゴミを掃除して行くに従い、それらの下に隠れていたパーフェクション(完璧性)を光が照らし出すのだから。

あなたのマインドを良く使って、そしてあなた達の偉大な仲間が居ることを思い出しながら、今起こりつつある変容に参加しなさい。
「世界中で一番偉大なあなたの仲間」とは、「平和を意識的に選ぶこと」なのです。何故なら、その時あなたは平和以上に大切なものを何も持っていない(平和以上に大切なものを何も見つけようとしていない)のだから。
これが出来たなら、あなたは贖いの脚本に成るのです。
これがあなたの役割/役目なのです。

Chapter 18 – THE DREAM AND THE REALITY
1 Sparkly Book – p.423, 2nd Par.6th Line / JCIM – p.177, 2nd Par.4th Line / CIMS – p.356, 2nd Par.5th Line
Chapter 18 – THE PASSING OF THE DREAM
First Edition – p. 347, 2nd Par., 6th Line / Second Edition – p.372, 2nd Par., 7th Line

「Northwest Foundation for A Course In Miracles」の行動は全て無料で提供されています。 これは無条件に差し伸べられた愛によって実施されています。 ギフトとはその様なものだから。 あなたと同等の方が既にこのギフトをあなたに差し出したので、これらの資料があなたに提示されています。 Raj の指示により、これらの資料が売買される事はありません。 この機関「Northwest Foundation for A Course In Miracles」へ募金される場合、下記のWEBサイトを通して行なうか、あるいは下記の住所に郵送して下さい。

A Course in Miracles Study Group with Raj, November 11th 2011
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