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ACIM11-11-26

“Ye shall know the truth and the truth shall make you free.”
[あなたは真理を知り、真理があなたを自由にするでしょう。]

つまりあなたは自由を欠いている状態の中で真理を知る必要があるのです。
そして縛られている状態から「真理を知ること」は簡単に出来ることではないのです。
真理を知ることがあなたを自由にします。 
あなたは真理に対する信心が全く正当化出来ないように見えている状態で、真理に対する信心を投資/表現/体現しなくては成らないのです。
(あなたがそのようにして信心を表明した)その結果として真理を知覚認識し体験している時に自由がやって来るのです。

私がラザロを蘇らせたことがこの一例です。
人々はラザロが完全に死んでしまっていると確信していました。
ラザロを呼ぶ前に私は何と言ったでしょうか?
「父よ感謝します。」と私は言ったのです。
感謝の根拠が現れる前に、感謝するべきことが表出される前に、私は感謝を行なったのです。

“Thank you Father, for I know that Thou hearest me always.”2
「父よ感謝します。 何故なら、あなたが私を常に聞いていることを私は知っているのだから。」

真理の確証(変容/変革が発生している証拠)が現れるように成るには、(確証が現れる前に)まず真理に対する信心を表明する必要があるのです。

この件に関して話し続ける前に「Thanksgiving」「感謝祭/感謝を捧げる(与える)こと」に関して話しましょう。
感謝とは、真理を認識すること、神の愛の確証を認めることです。

今夜わたし達はリアリティに関する(ACIMの)文章を読みます。

わたし達が話して来た意味深い素晴らしい真理にはまだ余り意味がない、リアリティが感じられない、と考えている人達もいるかもしれません。
これは「エラーに縛られている人にとっては真理に対して余り意味が感じられないこと」と同等です。
このこと{真理が得られていない状況の中だけで意味やリアリティを探しても無意味であるということ}を理解することがとても重要で実際に役に立つのです。

わたし達はリアリティに関して話していますが、あなた達は自分達がまだそこ(リアリティ内)には居ないように感じているのです。 あなた達は自分達にはリアリティが意識出来ていないように思えているのです。 あなた達には、リアリティへの変容の確証がまだ得られていないように見えているのです。
しかしこれはこのようにして働くのです。{まだ幻想に縛られているあなた達が、リアリティを体験出来るように成るには、リアリティが体験出来ていない時点で、リアリティに対して信念を与える必要があるのです。}

あなたの信心が試される問題に直面している時、真理に対するあなたの理解がチャレンジを受けている時、「あなたは愛されている」というアイディアが(あなたには)信じられない時、そのような時にこそ、あなたは真理へ認識を与えなくてはいけないのです。

だからあなたが捕らわれている時、あなたが限定されてしまっている時、あなたが苦しんでいる時、黙って(思考を閉じて)あなたのネガティブな反応(感情)を静まらせ「父よ、ここの真理は何ですか?」と訊ねる必要があるのです。
真理が「知られる」まで解放はやって来ないのです。
だから(真理が不条理に見えている時点で、現状では全く希望が持てなく見えている時に、信心/信頼が全く持てそうにない状況下で)あなたは真理を「知る」為に父の助けを求めなくてはいけないのです。

数週間前(あるいは数ヶ月前)あなたは真理に関して明察しており、あなたにとって真理はとても意味深いものでした。
あなたは真理に関して考慮(瞑想)しており、あなたはそれが真理だと「知っていました」。
(その時)あなたは神を思っていて、あなたは神がいると「知って」いました。
(その時の縛られた限定された状況下でも)これらのことが真理なのだとあなたは「知って」いたのです。

しかしあなた達には、幻想から山を作ろうとしてしまう傾向{幻想をリアルなものとしてしまおうとする傾向、「二つのステップ」を行い(真理があなたを解放出来るように)真理を知ることよりも苦しみと拘束を大切にしてしまう傾向}があるので、「あなたが知っている真理」にあなたの注意を与えることが難しいのです。
これが動きの原則の第一部と第二部なのです。
{第一部は真理を知ることです。第二部は真理によって解き放たれることです。}

だからもしわたし達が今夜読むテキストが空想的に非実用的に聞えたなら、これがあなたには抱擁出来ない(受け入れられない)ことのように聞えたなら、これらのことを考慮すること{わたし達が話して来たことに信心を与えること}が(瞬間的知覚のシフトの)第一部分であることを思い出してください。
{第一部}「あなたは真理を知り」、その結果として{第二部}「真理があなたを自由にする」のです。

さて「真理を知ること」とはこれらのテキストの言葉を読んで、それを繰り返し言って「私は真理を知っている。真理が解った。」と言うようなことではありません。
これらの言葉を読むことは、真理の条件が全く発生していない場所{直接神から真理を受け取っていないマインド状態}にあなたを送ってしまいます。

しかしあなたが(今そこにある)真理の体験をするためには、(あなたを捕らえている)刑務所のドアを開けるには、「刑務所に居る限りあなたは真理を完全に感じることは出来ない」ということを理解しなくてはならないのです。
あなたが刑務所から抜け出る為には、あなたはこの事実を受け入れる必要があるのです{あなたは自分が刑務所に捕らわれてそこに居る限り完全な真理は体験出来ていないと認める必要があるのです}。

二つのステップを行なって目覚めるプロセスは必ず関係を必要としています。何故なら、あなたは自分一人では天国へは戻って行けないのだから。 
あなたは兄弟(あるいは姉妹)の目を見て(彼等に対するあなたの信念に係わらず、彼等自身に対する彼等の考えとは関係なく)「神だけを思い出したい」を願わなくてはならないのです。
「(兄弟姉妹が居る)そこに神だけを見たい」とあなたは願わなくてはいけないのです。

(あなたがこれをしようとしている時)「あなたの(そして兄弟姉妹の)貧しい囚われの身のマインド状態」はあなたの助けにはならないのです。
しかしあなたの助けになることがあるのです。(あなた達は直ぐにこれを忘れてしまっているけれども。)

それは「神があなたを愛している」ということです。
あなたは神の自己表現なのです。
神は常に(神が自身に与えていると同じ愛/尊敬を持って)あなたのことを考えて(気遣って、気に留めて)おり、あなたの最上の真理を知っているのです。
何故なら、あなたは神が体現されているもの{あなたは神が体現されている状態}なのだから。

これを思い出すことが難しい場合もあるでしょう。
しかしこれを思い出せない時にあなたが直面している困難から脱出する方法は、(例えこれが全く無意味に思えても)意識的にこれを思い出すよう(神が常にあなたを愛していることを思い出すよう)選択することなのです。 



数週間前(あるいは数ヶ月前)これら全てが無意味ではなかった瞬間があったことでしょう。


それをあなたが思い出せたなら、それを(その正当性を)この瞬間に感じられていなくとも、あなたはそれを信じることが出来るのです。 

そして、あなたがそれ(神のあなたへの愛)を思い出し、それを信じることによって、動きが今始まるのです。
知覚のシフトが今始まり、もしあなたがこれをあえて続けたなら、苦しみからの脱出が確約されているのです。


本を読みましょう。

[In your relationship, . .3]
[あなたの関係の中で]

つまり聖なる関係にしようとあなたがしている関係の中では、あなたが聖なる瞬間を実践して兄弟との関係の中で神を思い出そうとしている関係の中では、

[In your relationship, where He has taken charge of everything at your request, He has set the course inward, to the truth you share . . ]
[(あなたが彼に全てを預けている)あなたの関係の中で聖霊は内側へのコース(経路)を目指しており、あなた達が分け合っている真理のコースへ舵を取っているのです。] 

「彼」とは聖霊のことです。「あなた達が分け合っている真理」とは「あなたと兄弟姉妹が分け合っている真理」です。

次の点が重要なことなのです。
あなたは兄弟姉妹と聖なる関係を持とうと意図する訳ですが、
その為にはまず父と(あるいはあなたの中の聖霊と)繋がる必要があるのです。 そうすることにより、父があなたの中に意識的気付きとして設置した真理が(あなたがそれ{神/聖霊/あなたの中の真理}に注意を与えようと選択したことにより)思い出されるのです。

これ(真理)を思い出す事により、それがあなたの理解と成って、それが『自動的に兄弟姉妹へと差し伸ばされる(拡張される)真理をあなたが「知ること」』に成るのです。
あなたの兄弟姉妹にとってもこれは同じように働くのです。
あなた達は、二つのステップをして内側に向かう前に、お互いと繋がろうとしてしまってはダメなのです。 {このことが下記に記されています。}

[In your relationship, where He has taken charge of everything at your request, He has set the course inward, to the truth you share.]
[(あなたが彼{聖霊}に全てを預けている)あなたの関係の中で聖霊は内側へのコース(経路)を目指しており、あなた達が分け合っている真理のコースへ舵を取っているのです。]

このコースは「あなた達が一緒に真理を持っている場所」へ(あなた達)を導くのです(もちろんこれは空間内を移動することとは直接関係ありません)。
そしてこれは一人の人がもう一人の人に変化するよう懇願したり、働きかけたり、脅したり、勇気付けたりして、関係をより良くしようとすることではないのです。
わたし達はそのようなことに関してここで述べているのではないのです。

[In the mad world outside you, nothing can be shared but only substituted, and sharing and substituting have nothing in common in reality.]
[あなたの外に現れている狂った世界の中では、何も分け合う(共有する)ことは出来ず、代用だけが可能なのです。 そしてリアリティの中では分け合うことと代用することには何も共通点が無いのです。]

[再読] [ In the mad world outside you, . .]
[あなたの外に現れている狂った世界の中では、]

憶えておいて下さい。
あなたが「知りたいと願って尋ねている状態」にいなかったなら、叡智が届くに十分なだけあなたが静かになっていなかったなら、あなたは思考と理由付け(辻褄あわせ)を行なっており、自分自身の結論を作っているのです。
そしてこれ(思考)は「あなたの中の聖なる場所」の外で行なわれていることなのです。あなたの中の聖なる静かな場所の外で幻想が起こっているのです。

[In the mad world outside you, nothing can be shared but only substituted, and sharing and substituting have nothing in common in reality. Within yourselves you love each other . . .]
[あなたの外に現れている狂った世界の中では、何も分け合う(共有する)ことは出来ず、代用だけが可能なのです。 そしてリアリティの中では分け合うことと代用することには何も共通点が無いのです。あなた達自身の中であなた達はお互いを...愛しています。]

丁度、自分が縛られて(拘束されて)いるとあなたが感じていて感謝することが出来ないでいる時でも、数週間前(数ヶ月前)に自分が明晰(光明)を得ていた時(確信と信心が持てていた時)のことをあなたは思い出すことが出来るように(あなた達は自分達の内部では、今でもお互いを愛しているのです)。

[Within yourselves you love each other with a perfect love.]
[あなた達自身の中であなた達はお互いをパーフェクトに愛しています。]

そしてあなたの注意をこれ(お互いをパーフェクトに愛していること)に与えた時、これがあなたに届き認識され、これが「不聖な嫌な関係」を「ナチュラルな関係」へと変化させるのです。

[Here is holy ground, . .]
[ここが...聖地なのです。]

あなたとあなたの兄弟姉妹が存在しているこの場所の中が(聖地なのです)。

[Here is holy ground, in which no substitution can enter, and where only the truth about each other can abide.]
[ここが(あなた達がお互いをパーフェクトに愛し合っているここが)聖地なのです。ここに代用が入ることは不可能で、お互いに対する真理だけがここに在るのです。]

このような場所があるのです。 しかしあなたが思考を閉じている時だけ、この場所(状態)があなたに認識されるのです。
これ(聖地)以外のものを知覚しようとするあなたの意図が静まっている状態で、これ(聖地)があなたに届くのです。
その為には、あなたは自分の権威を放棄する必要があるのです。
「コントロールしていない。」これが祝福されている言葉です。

[Here you are joined in God, as much together as you are with Him.]
[ここであなた達は神の中で繋がっており、あなた達が彼(神)と繋がっていると同じ様子であなた達はお互いと繋がっているのです。]

つまり、あなた達のお互いとのワンネス(一体性)は、あなたと父とのワンネスと同じ位強く確実なのです。
何故なら、あなたの思考が存在していない所では、自分の意志を通そうとするあなたの傲岸が存在していない所では、神の法が全てを統治しているのだから。
神の法は常に、全てに行き渡り全てを統治して来たのですが、あなたの注意が今それ(神の法の統治)に与えられたのです。

[The original error has not entered here, nor ever will.]
[原初の間違えはここには入って来ていません。 それがここに入って来ることは決してありません。]

これが真実です。 間違えはここには入って来ていないのです。

「でも私は聖なる関係を持ってはいないように思えます。だから間違えが入って来ているに違いないでしょう。」{とあなた達は言ってしまっています。}
しかし、リアリティは違います。

あなたは『「聖なる関係が存在している場所」に自分の注意を与えないこと』を選択しているだけなのです。
あなたは自分の最上の判断/思考に自分を委ねており、そのプロセスの中でお互いとやり取りしているのです。 だから聖なる関係が存在していないように感じられるのです。

[Here is the radiant truth, to which the Holy Spirit has committed your relationship.]
[ここに輝ける真理があり、それに対して聖霊があなたの関係を差し出したのです。]

聖霊は「あなたには信じることが難しい真理」をあなたに思い出させようとしているのです。
何故なら「あなたがそれを思い出すことが、問題への答えだ(幻想の消滅に繋がる)」と聖霊は知っているのだから。

[Let Him bring it here, where YOU would have it be.]
[彼(聖霊)にこれを(あなたが真理を持ってこようとしている)ここに持ってこさせなさい(聖霊があなたの関係を真理のもとに持って来ることを許可しなさい)。]

『「私がそれをそこに持ってこようとしていること』なんか私は知りません、とあなたは言うかもしれません。
『私があのアバズレやこの馬鹿者を信用した場合に彼等が私の弱点を突かないと信じることはとても難しいのです。』 というようにあなたは脚本を書き、自身をその脚本に捧げてしまうのです。

[Let Him bring it here, . . . the radiant truth . . .where YOU would have it be.]
[彼(聖霊)にこれ{輝ける真理}を(あなたが真理を持ってこようとしている)ここに持ってこさせなさい(聖霊があなたの関係を真理のもとに持って来ることを許可しなさい)。 ]

「ここ(聖地/自分達の中)」があなたが「輝ける真理」を持ってこようとしている場所であることさへあなたは忘れてしまっているのです。
しかし調子がいい日には、あなたも「自分がそれ(真理)をここ(自分達の中)に持ってこようとしていること」を知っているのです。

[Give Him but a little faith in each other, . .]
[お互いに対する少しの信頼を聖霊に与えて、]

兄弟姉妹に対してあなたが持っている僅かの信心(信頼)を聖霊に与えなさい。
あなたが持っている信心を(たとえそれがホンの僅かであっても)聖霊に捧げなさい。
そうすることが「オーケー、(勇気を出して)真理を知りたいと願ってみよう」と言うことなのです。
「そうすることは理に適っていないように見えるけれど。 真理が私を自由にすることを許そう。そうすることが合理的であるとはまだ私には思えないけれども。」

[Give Him but a little faith in each other, to help him show you that no substitute you made for Heaven can keep you from it. In you there IS no separation, . .]
[お互いに対する少しの信頼を聖霊に与えて、天国に対してあなたが作った代用品があなたを天国から遠ざけてはおけないことをあなたに示そうとしている聖霊を助けなさい。あなた達の中には分離は存在しておらず、]

現時点ではまだ分離が存在しているように見えているかもしれませんが、

[In you there IS no separation, and no substitute can keep you from each other.]
[あなた達の中には分離は存在しておらず、代用があなた達をお互いから隔てておくことも不可能なのです。]

あなたが刑務所に入っている様に見えている時に、あなたがまだ自由を必要としている状況にあると感じられている時に、これ(分離は存在していない)を信じる必要があるのです。
これを信じなければ、あえて信じ難いことを信じるポジションに自分を置かなければ、あなたは同じ所に留まってしまいます。
信じられないことを信じることが目覚める唯一の方法なのです。
だから「そんなことをしても上手く行かないと思う。これが上手く行く訳が無い。このことに関して努力するのは無駄にしか思えない。」と文句を言ったりすることは無意味なのです。
努力する甲斐はあるのです。 これが自由になる唯一の方法なのです。
だからこれは上手く働き、あなたの努力は報われるのです。

[Your reality was God’s creation, . .]
[あなたのリアリティは神の創造したもので、...]
神が創造したものは全てリアルなのです。

[Your reality was God’s creation, and HAS no substitute.]
[あなたのリアリティは神の創造したもので、その代用品は存在していません。]

「その代用品は存在していません。」とはどういう意味でしょう。
これは『「私は違うように存在しよう(私は神の子以外の者として存在しよう)」と言える者は居ない』ということです。
「私は自分ではないものに成ったフリをしよう。そしてこれが本当になるまでそうし続けよう。」 と言っている神の子は実在していないのです。
そのような代用は存在し得ないのです。
何故なら、神の子が惨めな人間(必滅者)のフリをしているだけなのなら、彼は実際には今でも神の神聖なる子供であって、人間のフリをしているだけなのだから。
行なわれている演技の全ては、神の聖なる子によって行なわれており、彼(神の子)が神の子であることを止めはことはないのです。
だから「あなたはパーフェクトなポイント(地点)の後ろに居るのではなく、パーフェクトなポイントに向かって進んでいる訳でもなく。あなたはパーフェクトなポイントに居て、あなた自身をそこから理解する必要がある」と憶えておく必要があるのです。
それは何故でしょう。 何故ならそう考え振舞うことによって初めて目覚めること(自由になること)が可能になるのだから。
自分以外のものに成ろうとしてあなたが行なった全ての試みは失敗しているという事実を認め、(その失敗を)主張/認識することによってのみ、あなたは自由になるのです。

だから現時点であなたはすでに自由に解き放たれておりながらも「自分は縛られている」と信じているのです。 あなたはそう信じる選択をしているのですが、それはリアリティ(真理)ではないのです。
あなたが真理を知ったなら、真理があなたを自由にします。
あなたは自分がパーフェクトなポイントの後ろにいるのでは無く、そこに向かって進んでいるのでもなく、パーフェクトなポイントにすでに居て、自分をそこから理解する必要があると思い出すのです。
そして真理があなたを自由にするのです。

[You are so firmly joined in truth that only God is there.]
[あなた達は真理の中でとても確実に繋がれていて、そこには神しか居ないのです。]

そして、あなた達が居る「そこ」に居る(居た)のは神だけなのです。
あなた達の想像力は、リアリティを変えてはおらす、神の愛を変えてはおらず、神があなたを体験していることを少しも変えてはいないのです。
それ(分離)は全く発生していないのです。
(自由が出現するよりも前に)真理を知りたいとあなたがあえて願った時、真理の認識は(真理を体験することは)常に「知的なプロセス以上のものである」と(あなたが)理解した時、あなたが拘束状態から解放されることは確実なのです。
これが愛の表現なのです。 何故なら、この時あなたは「感謝を捧げること」として真理を認識しているのだから。
「感謝すること」は社交辞令ではないのです。
感謝を捧げること(Thanksgiving)は、真理を認めることなのです。 それは真理が認識された結果なのです。 それは真理を知りたいと選択した結果なのです。{その結果を先取りして、真理がクリアに体験出来ていない時点で、前もって信心を与え感謝を捧げる必要があるのです。}
解りますか?

[You are so firmly joined in truth that only God is there. And He would never accept something else instead of you.]
[あなた達は真理の中でとても確実に繋がれていて、そこには神しか居ないのです。そして神があなたの代わりに何か他のものを受け入れることは不可能です。]

あなたは「あなた以外(神の子以外)の何か」を作ろうとしたのです。 そしてその自己感覚が本当にあなたとして存在していると考えようとしたのです。
しかしそれは不可能なのです。
そしてあなたがどれだけ上手く立ち振舞ったとしても、神はあなたの代わりに「何か他のもの(神の子以外のもの)」を受け入れることは決してないのです。
あなた達はそれ程に愛されているのです。
そしてあなた達は、それゆえに全く安全なのです。
そしてあなた達の変容/再生/贖いはそれ程に確実なのです。
(あなたはまだこれを体験してはいないかも知れませんが)これが良き知らせなのです。
そしてこれが感謝を正当化しているのです。 これが真に感謝するべきことなのです。

[He loves you both, . .]
[神はあなた他達両者を...愛しているのです]

あなたと「もう一人の人」(その人の目を見て神を思い出そうとあなたがしている人)の両方を神が愛しているのです。

[He loves you both, equally and as one. And as He loves you, so you ARE.]
[神はあなた達両人をひとつの存在として同じように愛しているのです。神があなた達を愛しているように、あなた達は(愛として)存在しているのです。]
あなたはそう感じてはいないかも知れません。でもこれが「あなた」なのです。

[You are not joined together in illusions, . .]
[あなた達は幻想によって繋がれているのではなく、]
幻想だけがあなた達を分離して(切り離して)いるのです。

[You are not joined together in illusions, but in the Thought so holy and so perfect that illusions cannot remain to darken the holy place in which you stand together.]
[あなた達は幻想によって繋がれているのではなく、とても神聖でパーフェクトな思考の中で繋がっており、だからあなた達が一緒に立っている聖なる場所を暗くしている幻想がそこに居残ることは出来ないのです。]

これらの言葉をあなたは「感謝を捧げる」という観点から理解する必要があります。
(神の真理に)注意/意識を与えて(神の完璧な愛であなたを抱いている)真理を見ようと(あなたは)意図するべきなのです。
真理があなたを自由にする前に真理を知ろう(神から真理を受け取ろう)と思えた時、神の法がパーフェクトに全てを統治している状態が認識出来るように成るのです。

[God is with you, my brothers. Let us join in Him in peace and gratitude, and accept His gift as our most holy and perfect reality, which we share in Him.]
[私の兄弟達よ、神はあなた達と共に在るのです。わたし達は彼(聖霊)の中で喜んで平和に繋がりましょう、そして彼(聖霊)のギフトをわたし達の最も神聖でパーフェクトなリアリティとして受け入れて、彼(聖霊)の中でわたし達はこのリアリティを共有しましょう。]

兄弟姉妹に仕返しをしようとしている時、兄弟姉妹よりも優れた者に成ろうとしている時、彼等をコントロールしようとしている時、平和と感謝は得られません。
そして平和と感謝が、目覚めの為に(あなたが正気を取り戻す為に)不可欠な二つのものなのです。

[Let us join in Him in peace and gratitude, and accept His gift as our most holy and perfect reality, which we share in Him.]
[わたし達は彼(聖霊)の中で喜んで平和に繋がりましょう、そして彼(聖霊)のギフトをわたし達の最も神聖でパーフェクトなリアリティとして受け入れて、彼(聖霊)の中でわたし達はこのリアリティを共有しましょう。]

あなたが兄弟と一緒に居る時、これがあなたのゴールであるべきなのです。
兄弟姉妹と一緒に居る時、あなたは上記のマインドと志向を持っているべきなのです。
平和と感謝が必要不可欠なので、くだらないことは止めて利口に成りなさい。
怖れを発生させるのは止めなさい。怒りを沸きたてるのは止めなさい。仕返しを望んだり、正義の制裁を求めることは止めなさい。
それらのことは目覚めをもたらしません。 平和と感謝が目覚めをもたらすのです。

このプロセスを難しくしているのは「あなたの兄弟の振舞い」ではありません。
「(自分の思う通りに物事を断定しようとする)あなた自身のこだわりを捨てること」が難しいのです。

一つの振る舞い(自分の考え通りに世界を定義し続けようとすること)を放棄することにより、あなたは目覚められるのです。
それが世界全体をより明確な変容/再生/贖いへと導くのです。
それだけなのです。 あなたは自分が無視出来るものを無視すれば良いのです。

しかしその為には(自分で世界の在り様を決め付ける、自分が考えている通りの世界/自分が知覚認識している通りの世界が成り立っていると断定する)あなたの権利を放棄する必要があるのです。
そして、その様に(独立存在として)振舞い考えることが「運命/使命を全うする為に必要な信任を自分に与えている」と考えて自身を欺くことをあなたは止めなければいけないのです。
その(独立の)プロセスをどのぐらい華麗で栄光に満ちたものとあなたが考えたとしても、それは上手く機能しないのです。
だから、これ以上それを続けることは無視(放棄)するべきなのです。

このことに関して静かに瞑想(熟考)して下さい。 これを静寂の中で抱擁し、より深い静寂があなたにもたらされるように、より大きな平和とより偉大な感謝が感じられるように。
これは重要で美しいことです。

そしてこの真理を認識することが感謝の表明に成り、それが全てを抱擁し祝福するのです。そしてこのプロセスを通してこの祝福が「あなたのもの」にも成るのです。

あなたは自分を抱擁している(あなたを包んでいる)愛を感じられるように成るべきです。

これ(あなたを包んでいる愛)をあなたに感じられなくしている(あなたの)振舞いを放棄出来るように成りなさい。

I love you. I love you all.


1 John 8:32
2 John 11:42
Chapter 18 – Section: SUBSTITUTION AS A DEFENCE
3Sparkly Book – p.425, Last Par. / JCIM – p.177, Last Par. / CIMS – p.358, Par.9
Chapter 18 – Section: THE SUBSTITUTE REALITY
First Edition – p. 349, 2nd Par. / Second Edition – p.374, Par. 9

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A Course in Miracles Study Group with Raj, November 26th 2011
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テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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