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ACIM12-01-22

「クリスマス・メッセージは聖なる瞬間の中で体現される」と私は言いました。
クリスマスの真意はイベントの始まり(出来事が現れること)で、{聖なる瞬間から始る}イベントの後部がイースター(復活祭)なのです。
クリスマスとイースターは、一つのコインの裏と表、つまり一全体の裏と表なのです。

イースター(復活)の証拠は「変容/再生/贖い/死に至る体験の終焉」で、これら(変容/再生/贖い/不死)が示し開かれることがクリスマスなのです。

私から全ての人達へのギフトは「あなた達が命{キリストの人生}を見て畏怖すること」ではないのです。
そうではなく私からのギフトは、あなたが「あなた自身を生命の中で見つけて(変容の確信をあなたが見つけ、変容をあなたが選んだ故に)人生の中であなた自身が変容されること」を許可出来るようになることなのです。

あなたに求められているのは{キリストの誕生から復活という}このイベントを傍から眺めて畏怖することではないのです。
この命を行動に移すことが、この人生を体現することが、あなた達から求められているのです。
「あなたは私の兄弟姉妹で、わたし達は同じ父を共有しており、あなたは死につつある(死を定められている)生き物などではない」と言うために私(イエス)は来ていたのです。
だからこれが今のポイントなのです。

先週わたし達は下記を読みました。

[Each instant that we spend together will teach you that this goal is possible, . . ]
[わたし達が一緒に過ごすそれぞれの瞬間が、このゴールが可能であるとあなた達に教えるのです。]

あなた自身の中で私とあなたが一緒に過ごす瞬間が、このゴールの達成(方法)をあなたに教えるのです。
このゴールとは何でしょう?
神聖のゴールです。 それは「あなたは私と同様に神聖である」と体験レベルであなたに示される「聖なる瞬間の変容効果」のことです。
「自分は神聖ではない」という信念が「神聖と天国の体験」を「自分は有罪であってだから聖なる源を持っていない自分は懲罰されるべきであるという死の体験(最終的に死で終る人生)」にしてしまっているのです。

だから、
[Each instant that we spend together will teach you that this goal is possible, . .]
[わたし達が一緒に過ごすそれぞれの瞬間が、このゴール{神聖体験}が可能であることをあなた達に教えるのです。]
神聖の概念ではなく、神聖に関する思考ではなく、神聖を体験することが可能なのです。

[Each instant that we spend together will . . .. . . strengthen your desire to reach it.]
[わたし達が一緒に過ごすそれぞれの瞬間が、...このゴールに到達しようとするあなた達の熱望を強化するのです。]
わたし達が一緒に過ごしていない時間の中では、そこ(ゴール/神聖体験)に到達しようとするあなたの熱意が強化されることはなく、あなたはそれ(神聖体験)から気を逸らされてしまい「反応すること/反発すること/怖れること/敵を打ち負かそうとすること」に耽溺してしまうのです。

[And in your desire lies its accomplishment.]
[そしてこのゴールの達成はあなた達の熱望(願い)に依存しているのです。]

何故なら、
[Your desire is now in complete accord with all the power of the Holy Spirit’s Will.]
[今あなた達の熱望は聖霊の意志の全ての力と完全に調和しています。] 
あなた自身で物事を起こそうとすることをあなたが放棄している時、出来事がどのように起こっているか自分で決めようとすることを止めてあなたが口を閉じた時、その時あなたは静かに成っており好奇心を発揮しており、その時あなたは「真理を知りたい」と注意を払っているのです。 
その時あなたは父の意志と完全に調和しているのです。
その時あなたはあなたの神聖と完全に調和しているのです。
その時あなたは(あなたの正しいマインドである)聖霊と完全に調和しているのです。
そしてあなたがエゴで戯れている間あなたの為に保管され続けている「あなたの正気」が聖霊なのです。

[No little, faltering footsteps that you may take can separate your desire from His Will and from His strength.]
[(この時点で)あなたが少し失敗してしまったとしても、それがあなたの熱意を聖霊の意志と力から分離してしまうことはありません。]

下記がとても重要な箇所です。
[I hold your hand as surely as you agreed to take each other’s.]
[あなた達がお互いの手を取ることに同意していると同じ強さでもって私はあなた達の手を握っています。]
聖なる関係とはあなたが父の視点から他者と繋がることなのです。
あなたは私と繋がり、あなたは聖霊と繋がり、あなたは父と繋がるのです。
つまりあなたが私/父/聖霊の手を取ることにより、本当に意味のある変容(癒やし)をもたらす方法であなたが兄弟姉妹の手を取ることが可能になるのです。 これによってあなたは夢(相互合意)を打ち破るやり方で兄弟姉妹の手が取れるようになるのです。
{あなたがまず父/聖霊/イエスと手を繋いでから他者と手を繋げたなら}(各人が全てをそれぞれ自分達自身でやろうとして、全ての意味を自分だけで決めようとして、源/父から分離し独立した者として存在しようとして)人々が繋がっている相互合意{共同幻想/夢}を破ることが出来るようになるのです。

[You will not separate for I stand with you, and walk with you in your advance to truth. And where we go we carry God with us.]
[あなた達は分離しません。 何故ならば、私はあなた達と共に立って、あなた達が真理に向かって進んでいる時一緒に歩いているのだから。]

あなたは一人に成りたいですか? あなたは一人ではないのです。
あなたは孤独に成りたいですか? あなたは孤独である必要はないのです。
私はあなたと一緒に居るので、このことをあなたの意識の中で事実として認める勇気が持てておりあなたが私に手を差し出したなら、私はあなたに答え、あなたは自分が孤独ではないと知るのです。
あなたは一人ではなくて、あなたは神の子と繋がっており、あなたが繋がっている神の子が「あなたは神の子なのです」とあなたに告げているので、あなたは良き仲間を持っているだけでなく、あなたは変容をもたらす仲間を持っているのです。

これは意味深いことなのです。
だからこれが本当であるというチャンスに掛けてみる価値があるのです。

何故なら、これが本当であるという可能性に掛けてみた場合、それが物事をより酷くすることは不可能なのです。 何故なら現在あなたは死に至る人間的状況を体験しているのだから。 これ以上に酷いことがあるでしょうか?

「あなたは私の兄弟です、あなたは私の姉妹です。」と私が言っている時それを聞かない理由は全くないのです。 「あなた達全員は私と同等」なのです。
わたし達は兄弟姉妹で、完全に聖なるファミリーなのです。
父の視点を体験して罪/病/死を被らなく成ることがわたし達の生得権(持って生まれた当然の権利、わたし達の本質)なのです。

聖なる瞬間は適切に働くように作られていることを忘れないでください。
聖なる瞬間は失敗するようには作られていないのです。
だからあなたはこれ(聖なる瞬間)に依存し、これに寄り掛かり、これに譲ることが出来るし、譲るべきなのです。
しかし覚えておいてください。 あなた個人のプライベートなパーソナルな意図からこれを行なうことは不可能なのです。
だからこの体験をする為には、あなたが私(イエス)か聖霊と繋がっている必要があるのです。
現在のあなたの自己感覚を越えて伸び広がり、あなた自身の意図を黙らせる必要があるのです。
あなたは(繋がることを考えるのではなく)本当に繋がる必要があるのです。何故なら、そこにあなたの救済があるのだから。繋がることがあなたの救済なのです。

[In your relationship, you have joined with me . . .]
[あなた達の関係の中であなたは...]

「自分と関係を持っている人の真実を父の視点から知りたい」とあなたが決意している「あなたの聖なる関係」の中では、
[In your relationship, you have joined with me in bringing Heaven to the Son of God, who hid in darkness.]
[あなた達の関係の中であなたは「(暗闇の中に隠れている)神の子のもとに天国を運んでいる私」と繋がったのです。]

これはある意味では二つの段階で起こるのです。
闇の中に隠れている神の子に対してあなたが天国を持って行きます。
「父よ、ここの真理は何ですか? 聖霊よ、ここの真理は何ですか? イエスよ、あなたはここで私に何を知らせようとしているのですか?」とあなたが言っている時、あなたは闇の中に隠れることを止めているのです。
その時あなたは「光/ヴィジョン/理解」が起こる場所に行こうと願っているのです。
そして啓示が起こったなら、真理に対する意識体験が起こったなら...何に対する真理体験が起こるのでしょうか?
あなたが知りたいと求めたことが示される真理体験が起こるのです。
あなたの兄弟姉妹に関する真理が現れるのです。「この兄弟姉妹と聖なる関係を持とう」とあなたが願い、兄弟姉妹に関する真理体験が起こり、あなたはそれ(兄弟姉妹に関する真理)を兄弟姉妹に与え、するとあなたとあなたの兄弟姉妹が一緒に祝福されるのです。
これがキーなのです。これが錠前を開ける鍵なのです。
だから二人が必要なのです。
これ(聖なる瞬間/聖なる関係)には「あなた」と「あなたの兄弟」の二人が必要なのです。
あなたは「この人に関する(父/聖霊/キリストからもたらされる)真の体験をこの人と共有したい」と思えるようになる必要があるのです。

[You have been willing to bring the darkness to light, and this willingness has given strength to everyone who would remain in darkness.]
[あなた達は暗闇を光の下に持って来る意欲を発揮しており、この意欲が暗闇の中に留まろうとしている人達全員に{光を見る}力を与えたのです。]

あなたは自分の暗闇を光の下に持って行く意欲を出すのです。しかしあなたが自分の暗闇を光の下に持って行くことにより、あなただけが照らし出される訳ではありません。
何故なら、{あなたが暗闇を光の下に持って行っている時}あなたは何よりも兄弟姉妹の為に兄弟姉妹の真理が知りたい、そしてその真理の光が自動的に兄弟姉妹に差し伸べられて、それによって彼/彼女の神聖な意識体験を強化出来るようにしたいと望んだのだから。
あなたが人間的状況や寿命という相互合意から(自分の合意/注意を、そして自分自身を)引き抜いたなら、その時あなたは(寿命など相互合意への束縛に浸っている他の人々との)相互合意を弱めているのです。
これ(人々が自分自身達を縛り付けている相互合意をあなたが軽減させること)がギフトなのです。

[Those who would see WILL see.]
[見ようとする者達は見るでしょう。]
あなたが差し出すギフトは、それを受け取りたいと思えた人達によって受け入れられるでしょう。
これはどういう意味でしょう? これは「そのギフトを受け取りたいと思わなかった人達はそのギフトを受け取らない」という意味です。
だから「あなたの与えたギフトが効果をもたらすかどうか」それを決めるのはあなたではありません。
(あなたの与えたギフトが受け取られたにしろ、受け取られなかったにしろ)「ギフトを与えることが他の何よりもあなたにとって大切に思える地点(心持)」にあなたが到達することだけが重要なのです。

注意してください。
兄弟姉妹がモータル(必滅者)であり続けることにこだわり続けている時に「神聖への意識的気づき(意識体験)のギフトが兄弟姉妹によって受け取られなくてはならない」とあなたが固執してしまった場合、あなたは「真理を知りたいという意図」を放棄してしまい、(あなたの相手が真理を認識していてもいなくても真理をあなたに対して暴き示し続ける)インスピレーション(霊)の流入をブロックしてしまう可能性が高いから。

あなたは「ヴィジョン」によって教師に成るのです。
そしてあなたは真理を伝えて、そして「あなたに示されたその真理が真理であるという前提」の上に振舞うことによって{あなたに示されたその真理を}教えるのです。 {精霊があなたに示した真理をあなたが行動で示すことにより、あなたは他の人たちに真理を教えるのです。}
しかし「誰があなたの生徒に成るか」あなたが自分で決めることは出来ないのです。
「あなたが父に聞き入り、父に譲り、父の視点で満たされること」は、あなたが自分でコントロールすることを放棄した場合にのみ成功するのです。
あなたが自分でコントロールすることを放棄して父に譲った時に真理の流入が起こるのです。 そしてあなたはそれ(あなたの中に入って来た真理)を{自分自身の振舞いを通してギフトとして}与えるのです。

「誰があなたの生徒か? あなたに開示されたことの中から生徒が何を学ばなければならないか?」あなたが自分で決めようとしてしまったなら、「私は聖なる瞬間を持ちましょう」とあなたが言った時に入ったポジションからあなたは出てしまっているのです。その時あなたは聖なる瞬間から外れており、自分で責任を取り自分で物事を起こそうとしており、それは上手く行かない(聖霊が上手く働けない)のです。

さて、現在あなたが誰かの教師であったとしても、あなたがその人の教師ではもうなくなる時点がその内に来るでしょう。 何故なら(あなたが今まで教えていた)その人の為により効果的にレッスンを与えられる他の特定の人/教師が現れるから。
学習する為にその人が必要としている「ヴィジョン」は{やがてあなたではなく}他の教師や特定の状況から与えられるように成るでしょう。

だから注意しなさい。
何故なら「聖なる瞬間を持って父の視点で満たされること」は「主導権を握ること」とは全く関係がないのだから。「何が真理で何が真理でないか、何をする必要があるか、何をする必要がないか、とあなたが自分で決定すること」は聖なる瞬間とは違うのだから。
「聖霊(あるいは父)とあなたが繋がっているスペース」に入って行った時、あなたは「あなたの本来の存在状態 - 純粋な意識的気付きとしての存在 - (意志を押し付けるのではなく) 注意の現れ(注意を与えている存在)」に成っているのです。
そして注意を与える存在として学び「何が真理か」明確に気付いて、あなたは混乱しなくなり、「聖なる関係をあなたと共有している人」に対して混乱を表明/伝達しなくなるのです。
しかしこれ(聖なる瞬間)はあなたに対して何の認証も業績も与えていないように見えるので、だからこれ(聖なる瞬間)を起こるがままにさせることが難しいのです。 だからこれを保つことが難しいのです。
しかし自分の神聖を体験している時、(ついさっきまでは罪/病/死が必然的であった物理的宇宙の中で)天国を体験している時、誰がクレジット(業績を認めてもらうこと)を必要とするでしょうか?

[Those who would see WILL see. And they will join with me in carrying their light into the darkness, when the darkness in them is offered to the light, and is removed forever.]
{あなたがギフトを与えたとき}[見ようとする者達は見るでしょう。そして彼等の中の暗闇が光に捧げられ永遠に取り除かれた時、彼等は私と一緒になって光を暗闇の中に持て行くようになるのです。]

[. . . when the darkness in them is offered to the light, . .]
[彼等の中の暗闇が光に捧げられ...た時、]
彼等の中の暗闇が彼等によって光に捧げられた時。
これはあなたには出来ない役割なのです。{人々は自分達の中の暗闇を自分自身で光に捧げる必要があるのです。}
しかしあなたは暗闇を照らし出し変容させる光を彼等に与えることが出来るのです。 これがあなたの仕事なのです。 これがあなたの成就(あなたを満たすこと)なのです。これがあなたの存在意義なのです。これがクリスマス/イースターの動きに対するあなたの役目なのです。

[My need for you, joined with me in the holy light of your relationship, is YOUR need for salvation.]
[(あなた達の{聖なる}関係の聖なる光の中で私と繋がっている)あなたに対して「私が要求しているもの」は「あなたの救済が必要としているもの」と同じものなのです。]

これが同じコインの両面なのです。{上記は同一のことを二つの見方/立場から言い表しているのです。}
「あなたに対する私の必要/要求」は「あなたの救済の必要(あなたが救済を求めること)」なのです。 何故なら、わたし達が一緒になった時に幻想が解除されるのだから。
そしてわたし達両者(聖霊とあなた/キリストとあなた/イエスとあなた)が一緒に参加する必要があるのです。 そしてわたし達は常に一緒に居たのです。
しかしあなたは自分が物質的宇宙の中の「モータル/滅び行く肉体」に過ぎないと信じてしまっているのです。
このように間違った信念を放棄する理由が{今まで}あなたには得られていなかったのです。

だから私はあなたに対して常に(それが真理であるとまだあなたが気付いていない)真理を示しているのです。
「あなたは私の兄弟姉妹です。あなたは神の聖なる息子/娘なのです。」
そして(物質的宇宙が存在しているように見えている、その様な世界が成立しているとあなたが確信してしまっている)「ここ」で天国を体験することがあなたの生得権なのです。
あなたの目から鱗が落ちて全てがありのままに見える素晴らしい体験があなたに出来るように、私はこう言っているのです。

これが聖なる瞬間が約束していることなのです。
クリスマス(キリストの誕生)はイースター(キリストの復活)を確約しているのです。 それらのイベントが33年の年月で隔てられている必要はないのです。
それら(聖なる瞬間と瞬間的知覚のシフト)は一分間以内に起こり得るのです。
(クリスマスは12月でイースターは5月だからと言って)あなたは5月になるまで待つことも出来るでしょう。 あなたがそうしたければ、そうする事も出来るでしょう。
しかしそのように考えていたのでは、あなたは私のサポートを得ることが出来ません。
聖なる瞬間(クリスマスの意味)はイースター(キリストの復活/再生/奇跡)なのです。
それをあなたが抱擁出来る(受け入れられる)ように成った今この瞬間{それは起こるのです}。 それ以外の目的を持たないことをあなたが意図出来るように成った瞬間に{それが起こるのです}。

[Would I not give you what you gave to me?]
[あなたが私に与えたものを私があなたに与えないことなど在り得るでしょうか?]

私は何をあなたに与えたのでしょう? 私は「私の注意/意識」をあなたに与えたのです。
あなたも同じことを私に返してください。
「あなたの注意/注目」を私に与えてください。
そしてわたし達がお互いに対して注意/意識を与え合うことにより目覚めが起こるのです。
何故なら、聖なる関係を持とうとあなたが願っている時、あなたは私に答えているのだから。
私が呼び掛けたのです。それは二千十二年前に起こったクリスマスと呼ばれています。
私があなたに呼び掛けたのは、それが私の役目だったからです。
私の役割は、あなたに呼び掛け続けることです。 あなたが真理を聞き取って、真理があなたの中に入って行くことを許し、「本当のあなた」に目覚めるまで、必要なら永遠に呼び掛け続けることが私の役目なのです。

[You who are now the bringers of salvation have the function of bringing light to darkness.]
[(今救済をもたらす者に成っている時)あなた達は暗闇に対して光を与える役割を担っているのです。]
これが聖なる関係の役割なのです。

[You who are now the bringers of salvation have the function of bringing light to darkness.]
[(今救済をもたらす者に成っている時)あなた達は暗闇に対して光を与える役割を担っているのです。]
あなたは「お父さん、私は光が体験したいです」と言い、そして光の流入が起こり、あなたの知覚が変容され、すると今まであなたが見ていたように兄弟姉妹を見続けることはもうあなたには不可能に成るのです。
彼(兄弟姉妹)に対するあなたのヴィジョンと意識がいま真に成って、あなたはその{ヴィジョンに示されていた彼あるいは 彼女の}真実が本当であるものとして彼に接せざる得なくなるのです。
こうしてあなたは暗闇を光の下に持って行く(あるいは光を暗闇の上に燈す)彼の度量/能力を強化し、「信念や無知に縛られ続けることから彼を解放するもの」を{聖霊と}一緒にもたらすのです。

[The darkness in you HAS been brought to light. Carry it back to darkness, from the holy instant to which you brought it.]
[あなたの中の暗闇は光に晒されました。この光を暗闇の中に持って行きなさい。 聖なる瞬間の中からこの光を取って、暗闇の中に持ち込みなさい。]
{霊の}流入が起こったなら、あなたは物事を新しい見方で見ずにはおれなくなり、あなたは光を持ち帰るのです。これには選択の余地さえないのです。
真理を見た時あなたは「オオ」と言い、その瞬間そこに見えている真理を否定することはあなたには出来ないのです。
これは想像しようも無く驚異的なことです。あなたはそれによって動かされ、あなたの知覚は永遠に変えられるのです。

[We are made whole in our desire to make whole.]
[健全(十全、whole)にしたいというわたし達の願いの中で、わたし達は健全にされたのです。]
あなたは「あなたが与えたもの」を自分でも得ることが出来るのです。

[Let not time worry you, for all the fear that you experience is really past.]
[時間に悩まされるのは止めなさい。 何故ならあなた達が体験している全ての怖れは本当はすでに過ぎ去っているのだから(それは過去に起こっていただけなのだから)。]
怖れは聖なる瞬間の中には無いのです。真理に対する意識的気づき(意識体験)が流れ込んでいる最中には、怖れを体験したり怖れに対処したりすることは在り得ないのです。恐れは過去なのです。 それは決して今(聖なる瞬間)の中には無いのです。


[Time has been re-adjusted to help us do, together, what your separate pasts . . .]
[わたし達が一緒にすること(それをあなた達の分離している過去は隠そうとしているのです)を助ける為に時間が再調整されました。]


「あなた」と「あなたが聖なる関係を持っている相手(あなたの兄弟姉妹)」は、
[. . . would hinder. You have gone past fear, for no two minds can join in the desire for love without love’s joining THEM.]
[あなた達は怖れを超えて行きました。何故なら愛が二つのマインドを繋がなかったなら、それらが愛に対する熱望の中で繋がることは出来ないのだから。]
愛があなたと繋がり、あなたの知覚が変容されて、あなたが自分の兄弟姉妹をそれそのままに見る(兄弟姉妹の本当の姿を見る - これが最上の愛なのです)ように成るまで、愛を体験しようとあなたが願うことは出来ないのです。
「あなたのパーフェクション(完璧性)を見ており、その視点から全くぶれない人」からのアプローチを受けることは(愛に対する人間的概念や表現とは全く違った)驚異的な愛される体験なのです。

[Not one light in Heaven but goes with you. Not one ray that shines forever in the Mind of God but shines on you. Heaven is joined with you in your advance to Heaven. ]
[天国の全ての光があなた達と一緒に行くのです。神のマインドの中で永遠に光っている全ての光線があなた達を照らしているのです。あなた達が天国に進んで行く時、天国があなた達と繋がって一緒になっているのです。]
これは「(新約聖書に出てくる)放蕩息子の寓話」のようなもので、あなたが一旦家路を辿ったなら、あなたが帰宅するよりも前に「父」が駆け出て来てあなたを歓迎するのです。

[When such great light has joined with you to give the little spark of your desire the power of God Himself, CAN you remain in darkness?]
[神自身の力に対するあなたの熱望を燈そうとして、このような偉大な光があなた達と一緒に居る時、あなた達が暗闇の中に留まることなどが可能でしょうか?]
「それなら何故これが起こっていないのだろう?」とあなたは言いますか?
理由はあなたが人間的意志を静まらせていないからです。 劇(ストーリー)の監督としてのあなたの意志と判断と意図と地位と立場を静まらせていないからです。
あなたはまだ完全に静かに成ってはおらず、父の視点が流れ込んで来ることを邪魔しないよう静かに成ろうと思える地点まで到達していないからです。
流入を起こそうとして努力する必要はなく、それ(父の視点の流入)以外のことを体験しようとあなたが求めなくなれば良いだけなのです。
つまりパーフェクトに静かな場所(状態)に到達すれば良いのです。
そうなった時に、人間的意志が機能しなく成り、人間的意志があなたに届かなくなり、人間的意志があなたを父の視点の流入から逸らさなくなるのです。
あなたは神の聖なる子なのだから、私(イエス・キリスト)の兄弟姉妹なのだから、父の視点の流入を毎瞬体験し続けることがあなたの生得権なのです。

[You are coming home together, after a long and meaningless journey which you undertook apart, and which led nowhere. You have found each other, . .]
[あなた達は別々に旅立ったのですが、(あなた達を何処にも導かなかった)長く無意味な旅を終えて、あなた達は一緒に故郷に帰りつつあるのです。]
つまりあなた(達)は成就{満足}の為にお互いと向き合うのではなく、成就の為に父と向き合う理由を見つけたのです。
あなたは父と向き合い「{兄弟姉妹の}真理が何か」父に訊ね、聖なる関係の中でそれ(訊ね聞いた真理)をその人と分かち合おうと思えるように成ったのです。 そう願う理由をあなたは見つけたのです。

[You have found each other, and will light each other’s way. And from this light will the great rays extend back into darkness and forward unto God, to shine away the past . . .]
[お互いを発見したあなた達はお互いの道を照らすのです。この光から偉大な光線が暗闇の中に差し出され(拡張され)それが神に戻っていくのです。この輝きの中で過去が消し去られ、]

そして(自分で物事をコントロールする為に過去を使い続けようとする)あなたの決意が消し去られ、
[. . . and so make room for His eternal Presence, in Which everything is radiant in the light.]
[(その中の全てが光で燈されている)「神の永遠の現れ」の為のスペースが作られるのです。]
これが要点なのです。 これは本当はとてもシンプルなことです。
これを「シンプルに見れるように成ること」が難しく見えているだけなのです。
これは常にあなたが{神から離れている}努力を手放し、より無防備に成り、「遍在している善良なもの」があなたに認識されるように成ることなのです。

新しい章に入ります。
[THE LITTLE WILLINGNESS ]
[少しの意欲] {譲る意欲}

これ(譲ること)がシンプルで努力/抵抗を必要としないことなのです。 これが、怒っているエゴにはとても侮辱的な答えなのです。

[The holy instant is the result of your determination to be holy.]
[聖なる瞬間は「神聖に成ろう」というあなたの決意の結果なのです。]
「父よ、ここの真理は何ですか?」と訊ねている時「あなたと全てのものの神聖を神があなたに告げるよう」あなたは求めているのです。
あなたが何も知っては(決めては)おらず光明を求めている時、「あなたの(そして全ての)神聖{神の性質}があなたに暴き示されること」だけをあなたは訊ねているのです。
あなたはそのようなことは考えていなかったかも知れません。あなたはただ問題を抱えていて、問題の解決を求めていただけなのかも知れません。
しかし(神に感謝すべきことには)あなたの質問/要求は、あなたが考えているより広い意味を持っているのです。

[The holy instant is the result of your determination to be holy. It is the ANSWER. ]
[聖なる瞬間は「神聖に成ろう」というあなたの決意の結果なのです。これが「答え」です。]

「全てがどのように働くべきかあなたが断定/確信していることを証明する答えを引き出す決意」が答えなのではなく、それ(聖霊の答え)はあなたが期待/予想していなかった答えなのです。それはあなたがコントロールしていない答えなのです。
それは神からのギフトとしてあなたに与えられる答えで、この答えはあなたが未だ見ていないもの(それを見つけようとあなたがまだ思い至っていなかったこと)を暴き示すのです。

[The desire and the willingness to let it come precedes its coming. ]
[これを来させようとする意欲と熱意があればこそ、これ(聖なる瞬間=答え)がやって来るのです。]

ここには「これを自分が求めている形に作ろうとするあなたの熱意があればこそ、これがやって来るのです。」とは書いてありません。
全く違うのです。自分の意志を通そうとすることがこれ(答え)をブロックしてしまうのです。
そのようにして答えをブロックしてしまうことをあなたは現在体験しているのです。
あなたはこれ(自分で答えをコントロールしようとしてしまうこと)を放棄する必要があるのです。
これが「僅かな少しの意欲、譲る意欲、Little Willingness」なのです。

[You prepare your minds for it only to the extent of recognizing that you want it above all else.]
[自分が何よりもましてこれ(答え)を求めていることをあなたが認識している度合いに比例して、あなたは自分のマインドを答えの為に整えているのです。]

あなたが価値を見出しているもの(あなたが尊んでいるもの)をあなたは得るのです。
あなたが望んでいるものが、あなたのもとにやって来るのです。
だから真理を得たくないとあなたが望んだなら、あなたは真理を得ないのです。その場合あなたは真理でないものを得るのです。

それ(真理でないもの)は「天国に対するあなたの知覚を無知が操作しているだけ」なのですが、その場合あなたはそれ(真理でないもの/無知から来る操り)と対峙しなくてはならなくなるのです。

[It is not necessary that you do more; . .]
[あなたはこれ以上のことをする必要は無いのです。]
あなたが本当の答えを何よりも熱望すること以外には何も必要ないのです。

[It is not necessary that you do more; indeed, it is necessary that you realize that you CANNOT do more.]
[あなたはこれ(意欲と熱意をもって答えを求めることにより、自分のマインドを答えの為に整えること)以上のことをする必要は無いのです。 実際これ以上のことはあなたには出来ないと理解する必要があります。]

これが侮辱的な箇所なのです。しかしこれが祝福なのです。
それ以上のことをしようとする意志をあなたが放棄したその時(あなたが本当は誰か示す、あなたの兄弟が本当は誰か示す、宇宙が本当はどのように存在しているか示す)啓示の流入をブロックしているものがあなたの中から無くなっているのだから。
しかしあなたが必要以上のことをし続けようとしている限り、真理の流入の狭間に余計なノイズ(混乱)を混入することをあなたが試みている限り、{真理があなたには不明瞭になってしまい}これ(啓示の流入)は起こらないのです。

[Do not attempt to give the Holy Spirit what He does not ask, . .]
[聖霊に「聖霊が求めていないもの」を与えようとするのは止めなさい。]

聖霊は「何をどうするべきか」あなたから指示されることを求めません。
聖霊は「宇宙がどのように働いているべきか」あなたから指示されることを受け入れません。
「どうしたらあなたが自分の家族/会社/政治/国際状況/経済/社会の働きを変えられるか」訊ねて欲しいと聖霊は思っていません。
聖霊はそのようなことは求めていません。
聖霊が求めているのは、あなたが口を(思考を)閉じて、そこに十分な静けさがもたらされ(つまりあなたが真理を求めて自分の注意を静けさの中に与え)聖霊が話していることがあなたに届くようになることだけなのです。
もしあなたがそう出来たなら{真理を知りたいという}あなたの願いが適うのです。

[Do not attempt to give the Holy Spirit what He does not ask, or you will add the ego unto Him, and confuse the two.]
[精霊に「聖霊が求めていないもの」を与えようとするのは止めなさい。そうでなければあなたは聖霊にエゴを付け加えてしまい、その二つをとり違えてしまいます。]
上記の文章は{自分の意志がなされることをあなたが聖霊から求めたなら}あなたは「聖霊が求めているもの(あなたの譲る意志)」と「求めていないもの(あなたが自分の意志を通そうとすること)」の両方を一緒に働かせようとして混乱してしまうという意味です。これが混乱をもたらし、あなたに真理が届かなく成ってしまうのです。

あなたの正しいマインドである聖霊は、
[He asks but little. It is HE Who adds the greatness and the might. He joins with you to make the holy instant far greater than you can understand.]
[聖霊は少しを求めています{あなたから少しの意欲を求めています}。 そして聖霊は偉大さと力を{あなたの意欲に}加えるのです。{少しの意欲=聖霊に譲る意欲} 聖霊はあなたと一緒に繋がって、聖なる瞬間をあなたには理解出来ない程偉大にするのです。]

これが真実なので、このプロセスの中に「自分が理解していると自分で思っていること」を持ち込み続けるのは止めなさい。
謙虚に成って、自分には物事/問題が解っていないと認めて、真理を知りたいと求めなさい。
「真理が何か私には全く解っていない、そして私は真理が何か知りたい」とあなたが言えるように成ったなら、真理の流入をブロックするものは何も無くなるのです。
これがシンプルなことなのです。これが祝福なのです。
そしてこれはとてもシンプルなので、{聖霊に譲ることが出来ているならば}あなたがこれに失敗してしまうことは在り得ないのです。

[It is your realization that you need do so little that enables Him to give so much.]
[あなた自身では少しのこと(聖霊に譲る意欲を与えること)しかする必要がないという理解によって、聖霊がとても多くを与えられるように成るのです。]


「あなたは一人ではなく、今まであなたが一人であったことは決してないこと」を私はもう一度言いましょう。
聖霊(あなたがエゴで戯れている間預けられている「あなたの正しいマインド/正気/良心にしか過ぎないもの」)とあなたは切り離しようが無いのです。
あなたと聖霊は一つの存在で、分離は実際には起こっていないのです。
そして「父」もあなたと共に立っているのです。 何故なら、あなたは「父」の表現(現れ)なのだから。
そして兄弟姉妹の全員があなたと一緒に居るのです。何故なら、わたし達は実際に切り離すことは出来ないファミリーなのだから。
だからあなたがこれら全て(聖なる瞬間)をしている時、あなたは「あなたが本当に混乱しなくなることを願っている者達全員、この地球上であなたが本当にクリアになることを願っている者達全員」からサポートを受けているのです。 あなたがどこに居ようとも、あなたが居るそこに彼等(あなたをサポートしている目覚めた兄弟姉妹)も居るのです。

[Trust not your good intentions. ]
[あなた自身の良き意図を信頼するのは止めなさい。]
「あなた自身の良き意図」は「あなたのプライベートな視点」から来ており「物理的世界の中の人間的体験とあなたが呼んでいること」から現れているのです。
あなたは実際には神の子なので、「あなたの良き意図{良き行いをしようとしているあなたの現在の意志}」は「実在してない体験」に由来しているのです。
あなたは父のマインドのど真ん中に居て「父が成っている全て」の体験があなたに与えられているのです。何故なら、{聖なる瞬間の中に居る時}あなたはそれ(父の現われがあなたの意識に届くこと)を邪魔していないのだから。

[Trust not your good intentions. They are not enough. But trust implicitly your willingness, . .]
[あなた自身の良き意図を当てにするのは止めなさい。 それは不十分なのです。...あなたの意欲だけを信頼しなさい。]

意欲(willingness)とは何でしょうか? 
それは「{神の意図が示されることを}邪魔しているもの」を自分の中から全て追い出すことなのです。 それが willingnessです。
それは{神の意志に逆らう}どのような努力もしないことなのです。これはそれ程にシンプルなのです。

[Trust not your good intentions. They are not enough. But trust implicitly your willingness, whatever else may enter.]
[あなた自身の良き意図を信頼するのは止めなさい。 それは不十分なのです。そうではなく、例えどの様な状況に成っても{聖霊/神/ガイドに譲る}あなたの意欲だけを信頼しなさい。]

例え{神に譲る意志以外の}何が入って来ても、それは邪魔でしかないのです。それは(父/聖霊の視点から明かされることをあなたが願った)真理に対してあなたが自分の意識を注いでいる「静けさ」に対する邪魔でしかなのです。

[Concentrate only on this, and be not disturbed that shadows surround it. That is why you came. If you could come without them, . .]
[これだけに集中しなさい。 そして周りに影が見えても心配するのは止めなさい。このこと故にあなたはここに来ているのです。 もしあなた達が聖なる瞬間無くしてここに来ることが出来たなら、]
{ラジは「もしあなたが影なくしてここに来ることが出来たらなら、」と説明しています。 訳注}

[. . . you would not NEED the holy instant. Come to it not in arrogance, assuming that you must achieve the state its coming brings with it.]
[あなた達は聖なる瞬間を必要とはしていなかったことでしょう。傲慢を持たずに聖なる瞬間の中に行きなさい。聖なる瞬間が来ることによって引き出される状態をあなたが達成することを疑わずに。]
これが抵抗が全く無いシンプルな状態なのです。

[The miracle of the holy instant lies in your willingness to let it be what it is. ]
[聖なる瞬間の奇跡は(聖なる瞬間をそれそのままに存在させる)あなたの意欲に掛かっています。]

つまりあなたは幼子のように成る必要があるのです。
「今まで体験していなかったこと、自分で知っているとは思っていないこと」を体験しようと好奇心を発揮出来るようになって、「まだ知られていないもの(未知)」が「命との活気溢れた関わり合いのインスピレーション」をあなたにもたらせるように{あなたは幼子のように成る必要があるのです}。
何故なら、命(Life)は致死的なもの(死に至るもの)ではなく、物理的世界で起こっていることでもなく、それら(罪/病/死)とは全く違ったものなのだから。

[. . . let it be what it is. And in your willingness for this lies also your acceptance of yourself as YOU were meant to be.]
[(聖なる瞬間をそれそのままに存在させ{なさい}...そして本来のあなた自身をあなたが受け入れることも、このこと(聖なる瞬間をその真の姿のままにし続けること)に対するあなたの意欲に掛かっているのです。]

これはとても素晴らしく聞えますね。そして「聖なる瞬間は上手く働くように出来ている」と私は言っています。
あなた自身を静まらせたなら、「これが自分だとあなたが考え信じている者」を黙らせたなら、これが明確に成るのです。
そして(自分が誰かというあなたの思考をもとに)あなたが作り上げて来たキャラクタ/パーソナリティを静まらせて、全てを越えて行くギフトが(あなたの神聖をあなたに示すギフトが)あなたに届いて認識され、「今まであなたが物質的世界と考えて来た所で」あなたは今までとは全く違った在り方が出来るようになるのです。
そこは実際には天国なのだから、あなたの目の前にあるものは天国だけなのです。
そして「あなたの神聖」が「存在の性質」なのです。
あなたの神聖が、天国の中にあなたが存在する本当の有り様なのです。
全ての人々はクリスマスの狭間(最先端)に居り、そしてイースターの最後部に居るのです。
だからこれはとても意味深いことなのです。


Chapter 18 – Section: LIGHT IN THE DREAM
Sparkly Book – p.431, 1st Full Par. / JCIM – p.180, 2nd Full Par. / Second Edition – p.379, Par. 6
「Northwest Foundation for A Course In Miracles」の行動は全て無料で提供されています。 これは無条件に差し伸べられた愛によって実施されています。 ギフトとはその様なものだから。 あなたと同等の方が既にこのギフトをあなたに差し出したので、これらの資料があなたに提示されています。 Raj の指示により、これらの資料が売買される事はありません。 この機関「Northwest Foundation for A Course In Miracles」へ募金される場合、下記のWEBサイトを通して行なうか、あるいは下記の住所に郵送して下さい。

A Course in Miracles Study Group with Raj, January 22nd 2012
© by The Northwest Foundation for “A Course in Miracles” a non-profit corporation.
All rights reserved
PO Box 1490 / Kingston, WA 98346-1490 / USA
Phone: 360-638-0530 Fax: 360-881-0071
Website: http://www.nwffacim.org
E-Mail: paul@nwffacim.org

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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自身の良き意図からの解放

こんにちは!

[あなた自身の良き意図を信頼するのは止めなさい。]
「あなた自身の良き意図」は「あなたのプライベートな視点」から来ており「物理的世界の中の人間的体験とあなたが呼んでいること」から現れているのです。
あなたは実際には神の子なので、「あなたの良き意図{良き行いをしようとしているあなたの現在の意志}」は「実在してない体験」に由来しているのです。
あなたは父のマインドのど真ん中に居て「父が成っている全て」の体験があなたに与えられているのです。何故なら、{聖なる瞬間の中に居る時}あなたはそれ(父の現われがあなたの意識に届くこと)を邪魔していないのだから。

・・・本当に、そうだと実感してます。

私は、数十年前にイエスを知った頃から、イエスを「自身の良き意図」の高レベル到達者と思っていて、理解も手放しも無いままに「物理的世界の中の人間的体験とあなたが呼んでいること」のレベルアップや社会貢献(皆が喜ぶ事)に真理を役立てようとしましたが、全然交わらずに人間の欲求が汚らしく感じられたり、情熱が薄れてかえって財産(蓄積)や人間関係(相互同意)の崩壊を目の当たりにしました。

『ACIM』を知らなかったのでとても葛藤と悩みに囚われましたが、この文を読むと心の底で感じていた事を、思い出しました。

奥が深いですね(^^;)

いつもありがとう

ユニさん

いつもありがとう。

私は少し前まで「キリスト教は自分とは無縁なものだろう、それは自分とは関係のない教義に所属しているものなのだろう」と考えていました。

歪まないメッセージ

私は、『キリスト意識』 と 『キリスト教』は別物と思っています。(イエスやキリスト意識に付いての歪みは、様々な面方面から色々とフォローがされていますが)

色々なフィルターが掛かった聖職者よりも、本来のメッセージを伝えて頂ける事に有難みを感じています。

ありがとう(^^)

フリフリしっぽさん

フリフルしっぽさんのコメントに応答したいのですが、
フリフリしっぽさんのコメントを公開しても良いでしょうか?

公開して構わない内容だとは思いますが、一応お聞きしてみました。

返答

了解しました。
しかし私の方から非公開のメッセージを差し上げる機能はこのWEB内にはありませんので、私の返答は一般公開になります。

あなたは自分の苦しみを自分で作っている。しかし自分で苦しみを作っていてもあなたはそれを認識出来ておらず記憶もしてない。だから幾ら考えても/話を聞いても/ 勉強しても、どのようにして自分で自分を苦しめているかあなたには解らない。 「自分が自分以外の問題/原因によって苦しんでいる体験、自分が自分の体によって苦しめられている体験」をあなたはしている。 あなたは他者や状況に翻弄されて苦しんでいるように見えるが「自分のマインドが神から(そして他者や全てのものから)独立している状態」を作り続けようとすることによってあなたの苦しみが起こっている。 苦しみからの解放は独立ではなく、神との和解から来る。その為には、あなたは自分一人だけの為に何も保つことは出来ない。自分だけの考えを保つことは出来ない。自分だけの美徳を保つことは出来ない。そのような状態は初めから存在していないのだから。 
そしてあなたは自分を自分で解放することは出来ていない。だから聖霊に任せなさい。 全てのことに関して聖霊の指示を仰ぎなさい。自分の現状に関して悲観的な感情が起こったならこう言いなさい「これは神がこう言っているのだろうか? それとも私のエゴがこう言っているのだろうか?」。 そして答えを聖霊から聞き取りなさい。
つまり悲観的な感情が起こった時点でそれ(悲観的な感情が見せてる世界)をそのまま受け入れてはいけないのです。すると「自分はリアリティ(人々が共有している世界)から浮遊してしまっているのではないか」という不安が起こります。 しかし現在人々が共有しお互いに教え合っている世界は結構酷い世界です。 わたし達はそのような世界に住みたいのでしょうか? 

私にはこう聞えました。

世界は目覚めを待っています。 だから今までの世界に合わせる必要はないでしょう。
プロフィール

翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

hiro.okaue@gmail.com

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