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ACIM12-02-12

より頻繁に聖なる瞬間を実践して父と繋がることを選びそして父からの離縁/分離を保たなくなったなら(自分の独立を保持しなくなったなら)、あなたは「聖なる瞬間の中で神の法が全てを統治していること(聖なるマインド状態の中で神の法則が成り立っていること)を自分が体験している」と気付き始めるのです。

神の法は「神と似ていないもの全て」を排除/拒否します。
そして「神と似ていないものを排除/拒否すること」は神の手で行われます。
それは(あなたが個人的に所有している力が働くのではなく)神の手が行なうのです。

より確実に聖なる瞬間を実践し始めたなら、その時あなたは「神の法則が統治している場所」に自分を置いたので、あなたは問題が修正される体験をするのです。
そしてこれが聖なる瞬間を続ける(父と繋がることを続ける)理由をあなたに与えるのです。

するとあなたは自分自身の思考(自分だけの思考)も求めなくなるのです。
自分の日常を生きている時あなたはもう自分の想像力は使いたくなくなるのです。
その結果としてあなたは罪/病/死が起こっているアリーナ(領域)を放棄するのです。
と同時にあなたは「あなたが認証者として存在しているアリーナ(劇場)/ あなた自身がコントロールの源として存在しているアリーナ(領域)」を放棄するのです。

聖なる瞬間の内と外を両方体験し比較した結果として「あなた個人の思考だけで孤独に存在することはそれ程の満足はもたらさない」とあなたは気付くのです。
そしてあなたは自分個人だけの思考にはもう浸りたくなくなるのです。

だからと言ってあなたが修道院士に成ったり、世捨て人に成ったり、 奇妙な人に成るわけではありません。
私が言おうとしているのは、他の人々と異なった突飛な奇矯な人にあなたが成るわけではない、ということです。
しかしあなたはより頻繁により長くより確実に繋がって「父よ、聖霊よ、ここの真理は何ですか?」と言い続けるように成るのです。
聖なる瞬間の状態に留まることとは祈り続けることなのです。
「父よ、ここの真理は何ですか?」と言って聞き入り、{そこで明かされた}「意味」を掴み取りあなたは「ハイ(Yes)」というのです。
そして私が今まで何回も言っているように、祈りとは神に「ハイ、そうです」と言うことなのです。

だから「世界を否定すること」をあなたが実践する訳ではないのです。
あなたは「世界の中」で何かを捨てようとしたり、(今まで通り世界を)コントロールしようとするのではないのです。
あなたは父と向き合い繋がり続けるのです。
目覚めることは「祈りの状態に留まり続けること」なのです。

そして祈りにはもう一つの側面もあります。
祈りの中であなたは権威/認証力を自分自身から離している(譲っている)のです。
祈りとは謙虚な状態なのです。そこには傲岸が無く、したがって怖れが無く、罪悪も無いのです。このことを覚えていてください。
祈りとは自分が運転者(決定者)であることから抜け出ている在り方(状態)なのです。 これはとても素晴らしいことではないですか?

新しいセクションを読みましょう。

[THE HAPPY DREAM]1
[ハッピードリーム(幸福な夢)]

[Prepare you NOW for the undoing of what never was. If you already understood the difference between truth and illusion, the Atonement would have no meaning. The holy instant, your holy relationship, the Holy Spirit’s teaching, and all the means by which salvation is accomplished, would have no purpose. ]
[今、決して起こらなかった事(初めから起こってなどいなかった事)が解除されます。もしすでにあなたが真理と幻想の違いを理解していたなら、アトーンメント(和解/贖罪)は無意味で不必要だったことでしょう。(もしあなたがすでに真理と幻想の違いを理解していたなら)聖なる瞬間も、あなたの聖なる関係も、聖霊の教えも、そして救済が達成される全ての方法も、必要なかったはずです。]

[再読][もしすでにあなたが真理と幻想の違いを理解していたなら、...]{聖なる瞬間は必要なかったことでしょう。}

[For they are all but aspects of the plan to change your dreams of fear to happy dreams, from which you waken easily to knowledge.]
[何故ならそれらは全て、あなたの怖れの夢を幸福な夢に変えるプランの一部でしかないのだから。 そして幸福な夢の中に移行した後、あなたはそこから容易に叡智へと目覚められるのです。]

どのようにしたらハッピー・ドリームにシフト出来るのでしょうか?
聖なる瞬間を実践して「何が真理か/何が必要か」神に訊ね、そして{静かに成って}聞くことであなたの独立を手放すことによりハッピー・ドリームにシフトするのです。 
あなたに聞えるまで聞き続けるのです。あなたがどうにかコントロールを手放せるように成るまで聞き続けるのです。
これ(聞えること/コントロールを手放すこと)は偶然のように、あるいはアクシデントのように起こるでしょう。
何故なら、あなたがコントロールを手放すには{あなたの外からの}助けが必要だから。
そしてあなたが助けを得た時それはあなた自身の手では行なわれず、あなたはそれを「アクシデント(偶然)」と呼ぶでしょう。
これも重要な理解です。

[Put yourself not in charge of this, for you cannot distinguish between advance and retreat.]
[あなたは前進と後退を見分けることが出来ていないのだから、あなた自身にこの責任(怖れの夢から幸福な夢へ移行する責任)を与えるのは止めなさい。]

これがあなたには悪い知らせに聞えるのです。
あなたは真理と幻想の違いを知らないのです。そしてあなたは前進と後退を見分けることが出来ていないのです。
しかしあなたがこのことを真理として受け入れた時、あなたは「(自分で持っているとあなたが考えて来た能力を超えている)何か」に実際に手を伸ばすのです。

[Some of your greatest advances you have judged as failures, and some of your deepest retreats you have evaluated as success. ]
[あなたは自分の最大の進歩を失敗と判断しており、最大の後退を成功と評価してしまっているのです。]

あなたには失敗と成功の区別が出来ていないのです。
しかし自分でこの区別が付けられると考えている限り、あなたは自分の最上の独立した資質(思量/判断)を事態に持ち込み続けてしまい、静かに黙ることをしないのです。

しかし自分の平和を選んでいる時、あなたが聖なる瞬間を選んで「父よ、ここの真理は何ですか? 父よ、私を助けてください。聖霊よ、私を助けてください。」と言っている時、あなたは自然と自分の中の静かな祭壇に行くのです。
そうすることに対するあなたの躊躇/抵抗は「あなたが自分のプライベートな個人的独立的能力に自信を持ていること」を示しているのです。
「あなたというこの独立した存在」に(見せ掛けの)尊厳と誠意と整った構造を与えようとして、あなたは自分のパーソナルな能力を育て上げ開発して来たのです。
物事があなたにとってどれだけ好ましく行っているように見えたとしても、もしあなたが依然として罪/病/死を体験してたなら、あなたは{聖なる瞬間を持つことに}成功してはいないのです。
{その場合}あなたは「神が全ての中の全てであるという事実」を否定しているので、あなたは真理を体験していないのです。 
神が全ての中の全てであって、だから起こっていることは神の手によって起こされているのです。 何故なら、それは(あなたが聖なる瞬間の中でそれに参加することを決めた)創造の動きで、聖なる瞬間を通してそれ(創造の動き)に参加することによりあなたはそれ(創造の動き)にアクセス出来るのだから。


神が創造行為として行っている「動き(永遠の創造の動き)」を観察し、その神の動きに気付くことが、あなたの生得権(あなたの本質、あなたの当然の権利)なのです。あなたが{神/聖霊に}注意を与え続けている状態に戻るに従い、その結果がハッピー・ドリームに成るのです。

{すると}真理の理解があなたを満たしあなたに平和を与え、あなたは「神の意志が動きの中に持ち込んでいるもの」と調和出来るように成ります。

今まであなた達はそれ(神の意志が動きの中に持ち込んでいるもの)をビッグバンから始った世界/宇宙と呼んで来ました。

それ(物質的世界)はあなた自身が作った定義群に基づいているのです。 それはあなたがマインドのお喋りを静まらせて「私が教えられて来たことにも関わらず、私にとって知的に見えていることとは関係なく、父よ、ここの真理は何ですか?」と尋ねることなく「他者から教わった定義群」を信じてしまった結果に基づいているのです。

「私はこれを物質的世界/宇宙だと考えています。しかしあなたはこれが天国だと仰ったので私はそれ(物理的世界の真理が暴き示されること)を見て体験したいのです。私は自分の定義群(や私が受け入れてきた教え)から『あなた(父)が創造している(そして私には全くコントロール不可能に思える)オリジナルな体験』にどのようにしたらシフトするべきか知りません。 どのようにしてこのシフトを行うべきか私は知らないので助けて下さい。」 (とあなたは言うべきなのです。)

[Never approach the holy instant after YOU have tried to remove all fear and hatred from your mind.]
[自分のマインドから怖れと憎しみを全て取り去ろうとした後で聖なる瞬間に手を伸ばそうとするのは止しなさい。]

それらのことをあなたがしようとする必要は全く無いのです。
あなたはそれらのこと(自分のマインドから怖れと憎しみを全て取り去ろうとすること)を自分でしようとしてはいけないのです。

[Never approach the holy instant after YOU have tried to remove all fear and hatred from your mind. That is ITS function.]
[自分のマインドから怖れと憎しみを全て取り去ろうとした後で聖なる瞬間に手を伸ばそうとするのは止しなさい。それをすることが(怖れと憎しみを取り去ることが)聖なる瞬間の役割なのだから。]
怖れ/憎しみ/その他をあなたのマインドから取り除くことが聖なる瞬間の働きなのです。

[Never attempt to overlook your guilt BEFORE you ask the Holy Spirit’s help. That is HIS function. Your part is only to offer Him a little willingness to LET Him remove all fear and hatred, and to BE forgiven.]
[聖霊の助けを求める前にあなたの罪悪を見過ごそうとすることは止めなさい。 聖霊の役目がそれ(あなたの罪悪を見過ごすこと)なのだから。あなたの役割は、少しの意欲(譲る意欲)を聖霊に与えることにより、全ての怖れと憎しみを聖霊に取り除かせて、そしてあなた自身が赦されることなのだから。]

これは(「統合性/誠実」と「自分は完全に無防備ではないという自信」を持とうとして自分自身に命令している)マインドにとっては非常に混乱することなのです。
何故ならこれ(聖霊)は「あなたにはそれ(罪悪を見過ごすこと)は出来ない」と言いながらそれをさせようとするのだから。 これ(聖霊)は(自分自身で物事をすることに馴れ切っている)あなたがしたいとは思わないこと(自分のコントロールを手放すこと)をさせようとするのです。
だからこれは「あなた以外の何かに注意を与えてそれに任せなさい」と言うのです。
そしてこれはあなたをとても混乱させてしまうのです。

しかしあなたがあえて静かになって勇気を持って聖な瞬間を実践したなら、あなたは自分がコントロールしていない状況に引き込まれます。
それ(聖なる瞬間)は「あなたが父に喋らせるまで秩序が現れない場所」にあなたを置くのです。
あなたが静かに成ってコントロールを手放したなら「聖霊があなたに話し掛けインスピレーション(霊の流入/洞察)を与え真理をあなたに照らし出すこと」をあなたが許可するまで{秩序が見えない状況にあなたは置かれるのです}。
そして聖霊があなたの行動を導き「ついさっきまで物質的世界であった所」であなたは新しい行動を取れるようになるのです。 
最終的にあなたは天国の中で常にこの新しい振舞い(在り方)をし続けることになるのです。
そしてあなたが得たガイダンス(指示)に従っていくことにより、神の意志に譲ることがより完璧に成り、あなたのマインドが変容されて天国があなたに照らし出されるのです。

これがギフトです。これがあなたの体験の中であなたにはコントンロール出来ないギフトなのです。しかしこれはあなたの体験の中にあなたが呼び入れることの出来るギフトなのです。
このギフトを自分達の体験の中に入れることが人々を困惑させているのです。何故なら人々は「自分ですること」に大いなる自信を持っているのだから。

しかしインスピレーションが真理を照らし出すまで「すること」を控えたなら、その時初めてあなたの行為がリアリティとパーフェクトに調和するのです。 その時初めてあなたの振る舞いが天国(あなたは現在まだ天国を間違って解釈しているのです)と調和するのです。
そしてあなたが天国と調和した状態で存在し行動した結果として、あなたの全てのフィードバック(あなたが受け取る全ての反応)があなたの神聖を認証し、天国を認証し、あなたが孤児院(あなたが独立的に存在している場所)からの脱出に成功したことが明確になるのです。

[...あなたの少しの信心の上に、...]
あなたが二つのステップ/聖なる瞬間を実践している時に、

[On your little faith, joined with his understanding, He will build your part in the Atonement, and make sure you will fulfill it easily.]
[聖霊の理解と繋がったあなたの少しの信心の上に、聖霊はアトーンメント(和解/贖罪)に対するあなたの役割を作り、あなたがその役割を簡単に果たせるようにします。]

あなたが自分の判断を全て聖霊に任せて「聖霊があなたに示した判断」に従って行動したなら、あなたは自分がリアリティに対してより調和的に成っていることを発見するでしょう。 これ(聖なる瞬間)はこのように働くのです。
そして自分の判断を聖霊に一任した結果として(そして聖霊はあなたの正しいマインドにしか過ぎないので)あなたは「自分の存在の統一性/知性/聖なる秩序が照らし出されていること」を発見するのです。 これ(聖なるあなたの存在)が再びあなたの中で光り出し、もうあなたの注意がこれから逸らされなくなり、そしてあなたが変容されるのです。
これら全てはあなたが聖なる関係を持つことを選び、その関係を尊重した故に起こるのです。

さて聖なる関係とは何でしょうか?
聖なる関係とはあなたが「人/もの/こと」と関係を築いている時に神がそのプロセス内で無視されていない状態です。

より明確にする為にもう一度説明しましょう。
聖なる関係とは、あなたが人と関係している時に(先ず初めにその人を見てその人に関する情報/事実を集めるのではなく)一番最初にあなたが二つのステップを行なってマインドのお喋りを黙らせ静寂の中で「父よ、この人の真理は何ですか?」と訊ねることなのです。
こうしてあなたが父と繋がった結果として「そこで示された彼等(兄弟姉妹)に関すること」が「彼等に対するあなたの新しい知覚/認識」に成り、すると自動的にあなたの振舞いが彼等の神聖を反映するようになるのです。
(彼等に対するあなたの信念ではなく、彼等自身があなたに事実として示していることではなく、)「聖霊/神があなたに示した真理」をあなたの振舞いが反映するようになるのです。

[On your little faith, joined with His understanding, HE will build your part in the Atonement, and make sure that you fulfill it easily. And with Him, YOU will build a ladder planted in the solid rock of faith, and rising even to Heaven. Nor will you use it to ascend to Heaven alone.]
[聖霊の理解と繋がったあなたの少しの信心の上に、聖霊はアトーンメント(和解/贖罪)に対するあなたの役割を作り、あなたがその役割を簡単に果たせるようにします。聖霊と共にあなたは信心という揺るがぬ岩に支えられた橋を作り、天国へさえも昇って行くのです。しかしあなたはそれを使って一人で天国に昇天することは出来ないのです。]

(聖霊と共に)あなたのパトナーとあなたは信心という揺るがぬ岩に支えられた橋を作り天国へさえも昇って行くのです。
何故あなたがこれを自分で解ったり計画したり操作したりしてはいけないか下記の文章が説明しています。 それらのことはせずに、「何が起こるべきか、何が起こるか」自分で解っているとは考えずに、父に向き合って「私を導いてください」とあなたが言うべき理由が下記に説明されています。

[Through your holy relationship, reborn and blessed in every holy instant which you do not arrange, blessed in every holy instant which you do not arrange, thousands will rise to Heaven with you. Can YOU plan for this?]
[あなた達の関係は(あなたが自分ではアレンジ/準備しなかった)それぞれの聖なる瞬間の中で生まれ変わっており祝福されており、その関係を通してあなたと共に何千もの人達が天国に昇って行きます。あなたにこのようなプランが作れたと思いますか?]

このようなことが起こるとあなたに解っていない時{どうすればこのようなことが起きるかあなたに解っていない時}あなたにこれが計画出来ますか?
これに対して注意を払うべきだとあなたは考えてみることが出来ますか?
あなたが聖なる瞬間を実践した結果としてこれが起こるとあなたは知っていましたか?
あなたはこれが自分の正しいマインドに帰って行くプライベートで個人的な旅になると考えていたかもしれません。
「父の意志が何か?」訊ね求める理由としてパートナーとの聖なる関係を使う事には成るけれど、これは自分の比較的個人的なマインドへの回帰になるのだろうと{あなたは考えていませんでしたか?}

[. . . reborn and blessed in every holy instant which you do not arrange, thousands will rise to Heaven with you?]
[...生まれ変わっており祝福されており、その関係を通してあなたと共に何千もの人達が天国に昇って行きます。 ]
あなたはそう考えていましたか?

[Can YOU Plan for this? Or could you prepare YOURSELVES for such a function? Yet it is possible, because God wills it. ]
[あなたにこのようなプランが作れたと思いますか?あなたはこのような役割の準備を自分自身に整えさせられたでしょうか? それでもこれは可能なのです。何故なら神がそれを意図したのだから。]

だからあなたは神の意志が何なのか知りたいと求めるのです。だからあなたは「このように物事が働いているとあなたが考えていること」や「このように物事が働くべきだとあなたが考えていること」を手放せるようになるべきなのです。
何故ならあなた達は小さく考えてしまう傾向があるから。
あなた達は防御する為に考えており、その考えの中に留まり続けた場合、あなたの体験があなたを圧倒したり奇跡的になることは不可能なのです。

[. . . it is possible, because God wills it. Nor will He change His Mind about it.]
[何故なら神がそれを意図したのだから。そして神はこの事に関して自身の意図を変えることは無いのだから。]

神に感謝を!
何故なら、これはあなたの家路がシッカリと確立されていることを意味しているのだから。
そして最終的にあなたは自分が初めから家に居続けてきたことを発見するのです。
だから「これに対する意識的気付きを取り戻す道程」は不変で確実で信頼出来るものなのです。


[The means and purpose BOTH belong to Him. ]
[この方法と目的の両方は彼(神)のものです。] 
神に感謝すべき事には{奇跡の}方法と目的はあなたに所属しているものではないのです。 

[The means and purpose BOTH belong to Him. You have accepted one; . .]
[この方法と目的の両方は彼(神)のものです。 あなたは(彼から)その中の一つを受け取りました。]
何がこの目的なのでしょうか?
目的(ゴール)はあなたの神聖にアクセスすることなのです。
神聖がゴールなのです。

だから、
[You have accepted one; . .the purpose . . . the other will be provided.]{...the purpose...はラジが付け加えた部分です}
[ あなたは(彼から)その中の一つ{目的}を受け取りました。 もう一つは(これからあなたに)提供されるのです。]  

あなたは「その中の一つ」、つまり目的を受け取りました。
もう一つ{方法}はまだあなたの手の中にはないのです。
しかしあなたの手はそれ{方法}を受け取るためにそこに居るのです。

[A purpose such as this, without the means, is inconceivable. He will provide the means to ANYONE who shares His purpose.]
[方法無くして、このような目的は考えられません(これを達成する方法がなかったならこの目的も在り得ませんでした)。神は、自身の目的を分け合っている全ての者に対して(適切な)方法を提供するのです。]

「このような目的」とは神聖のゴールのことです。
そして神聖がこのゴール/目的なので、あなた達は父/聖霊/そして兄弟姉妹と目的を共有しているのです。

[He will provide the means . . .]
[神は...方法を提供するのです。]
これは絶対なのです。
これに関して父がマインドを変えることはないのです。
しかし「父よ、私の意志ではなく、あなたの意志がなされますように」とあなたが言っている時、あなたは本当にそう意図しなくてはならないのです。あなたは腹の底から本当にそう願っている必要があるのです。
だからあなたは神の声に耳を澄ませて、自分のコントロールを手放して(自分の切り札を捨てて)神の意味に聞き入らなくてはいけないのです。
そうして神の答えがどのようなものであっても、あなた自身をその中に手放して、躊躇無く(保留無く)神の中に入っていかなければいけないのです。

そしてそれ(あなたに示された神の意志)をするのです。
一日中これをし続けるのです。神の理解に寄り掛かるのです。
あなたが車を運転している時、ネコにご飯をあげている時、お家を掃除している時、あなたがオフィスで働いている時、全てのものに関する神聖を知りたいと求めなさい。
これはあなたがコントロールする考え抜かれたプロセスである必要がないのです。

「私は座って20分間瞑想しよう。一日二回瞑想することにしょう。 いいや私は三回は瞑想することにしよう。」 {素晴らしいコントロールですね。}
いいえ。{予定を組むのではなく}その時のインスピレーションによって{瞑想その他を}行なうのです。
何時でも何処でも{訊ね聞くことを}行なうのです。
例えあなたの周りで何が行われていたにしろ「私はこのことの神聖が体験したい。この瞬間の神聖が体験したいです。」とあなたは言うべきなのです。
解りますか?
これが献身になるのです。何故なら、あなたは(苦しみの体験を求めているのではなく)全ての神聖を知りたいと願うのだから。 {その時あなたが神聖を体験していなかったのなら、その体験は苦しいものに違いないのだから。}

[Happy dreams come true, NOT because they are dreams, but only because they are HAPPY. And so they must be loving. ]
[(それぞれの人達にとって)ハッピードリーム(幸福な夢)は真に成るのです。 それはハッピードリームが夢だからではなく、ハッピードリームが幸福なものだからです。だから各ハッピードリームは「愛を与えるもの(loving)」であるに違いないのです。]

ハッピー・ドリームが本当になるのです。
喜び(ジョイ)は愛から切り離すことが出来ないものです。
幸福(ハッピネス)は愛の体験なのです。 
幸福は愛の一つの形なのです。

[Their message is, "Thy Will be done," and not, "I want it otherwise." ]
[ハッピードリームのメッセージは「私はこれを違うようにして欲しい」ではなく「あなた(神)の意志がなされますように」なのです。]

もう一度読みましょう:
[Their message is, "Thy Will be done," and not, "I want it otherwise."]
[ハッピードリームのメッセージは「私はこれを違うようにして欲しい」ではなく「あなた(神)の意志がなされますように」なのです。]

あなたが父から離縁して独立的に働き始めた時点から「私は違うようにしたい」という言葉があなたの全ての基準(礎)になったのです。 そうでなければあなたは父と一緒に居続け「あなたの意志がなされますように」と言い続けて来たことでしょう。

だからあなたはハッピー・ドリームの為に代価を払う必要があるのです。
「私は違うようにしたいと言う権利」をあなたはハッピー・ドリームの代価として放棄する必要があるのです。
そして「私は違うようにしたい」が「あなたの意志がなされますように」で置き換えられるのです。
これが父との離縁を取り消す方法なのです。

「あなた(神)の意志がなされますように」という志向(意欲)が(独立状態を破り)「繋がること」を可能にするのです。
これが「あなたの人生の中で神の意志があなたの為になされること」をあなたが許可し尊重することの表現なのです。

[The alignment of means and purpose is an undertaking impossible for you to understand. ]
[方法と目的の向きを一致させること(一致させるやり方)を、あなたが理解することは不可能なのです。]

それで良いのです。このやり方があなたに理解出来なくても何も問題は無いのです。何故ならこれはあなたの為に行なわれるのだから。だからあなたはこれを理解出来なくて構わないのです。

[You do not even realize you HAVE accepted the Holy Spirit’s purpose as your own, and you would merely bring unholy means to its accomplishment.]
[あなたは自分が聖霊の目的を自分のものとして受け入れていることさえ理解していません。 だから{自身で方法を決めようとした場合}あなたは不聖な方法を達成しようとしてしまうだけなのです。]

上記の文章はどういう意味でしょうか?
あなたは自分が聖霊の目的を自分のものとして受け入れていることを理解していません? (これはどういう意味でしょう?)
自分のことを独立した存在として想像し続けようとあなたが固執しているにも関わらず、あなたは神の子であり続けて来たのです。 あなたは決して父に逆らっては来なかったのです。 そのようなことは不可能なのだから。
だから「あなたの神聖をあなたに思い出させ、あなたの神聖にアクセス出来るようにさせよう」とする聖霊の目的は既にあなたのものなのです。(あなたの為の聖霊の目的は、初めからあなたのものだったのです。) 
あなたは自分個人の独立した存在に成ろうと執拗に試みているだけなのです。

だから、
[You do not even realize you HAVE accepted the Holy Spirit’s purpose . . .for holiness. . . as your own, and you would merely bring unholy means to its accomplishment. ]
[あなたは自分が聖霊の目的{であるあなたの神聖}を自分のものとして受け入れていることさえ理解していません。 だから{自身で方法を決めようとした場合}あなたは不聖な方法を達成しようとしてしまうだけなのです。]

これ(不聖な方法を達成しようとしてしまうこと)が人間的状況と呼ばれているもので、あなたはこれを現在体験しているのです。

[The little faith it needed to change the purpose . . .]
[...目的を変える為の少しの信心だけが必要とされているのです。]
「独立/{自分個人の}創造性/権威の目的」から「神聖のゴール」に変えることだけが必要とされているのです。

[The little faith it needed to change the purpose is all that is required to receive the means and USE them.]
[方法を受け取りそれを使う為には、(あなたの)目的を変える為の少しの信心{聖霊を信頼し譲る心}だけが必要とされているのです。]

だから「神を抜きにして誰かと関わるのは止そう、誰と関わっている時でも必ずその状況に対する神の視点を訊ね聞こう」をあなたが決意した時、父/聖霊/ガイド/イエスと直接コミュニケーションする方法をあなたは受け取るのです。
これはドミノ倒し(将棋倒し)の最初の駒を押し倒すようなものです。
この最初のステップが出来たなら、それ以降のことはあなたの努力/関与無しに起こるのです。
あなたの少しの意欲(譲る意欲)によってドミノ(幻想)が倒れて行くのです。

[It is no dream to love your brother as yourself. Nor is your holy relationship a dream. All that remains of dreams within it is that it is still a SPECIAL relationship. ]
[あなたの兄弟をあなた自身として愛することは夢ではありません。 そしてあなたの聖なる関係も夢ではありません。聖なる関係の中にある程度夢が残っているのは、それ(あなたの聖なる関係)がまだ特別な関係のままであるからです。]

もう一度読みましょう、
[All that remains of dreams within it is that it is still a SPECIAL relationship. ]
[聖なる関係の中にある程度夢が残っているのは、それ(あなたの聖なる関係)がまだ特別な関係のままであるからなのです。]
もしかしたらあなたはまだ(父からの離縁が取り消されることを求め交渉しようとしている)孤児であるかのように見えています。
しかし聖霊は「あなたが現在まだ持っている特別な関係」をとても上手く利用出来るのです。

[Yet it is very useful to the Holy Spirit, Who HAS a special function here. It will become the happy dream through which He can spread joy to thousands on thousands who believe that love is fear, not happiness. Let Him fulfill the function that He gave to your relationship . . .]
[しかしあなたの特別な関係は「(ここで特別な役目を持っている)聖霊」にとってとても有用なものなのです。あなたの特別な関係がハッピードリームに成るのです。聖霊はあなたの特別な関係を通して(愛が幸福ではなく怖れだと信じている)幾千もの人達に喜びを与えるのです。聖霊があなたの為に(あなたの代わりに)役割を受け入れることによって「聖霊があなたの関係に与えた役割」を聖霊が満たすことを許可しなさい。]

聖霊は全てを総括する総合的な働きを持っています。

[Let Him fulfill the function that He gave to your relationship by accepting it FOR you, and nothing will be wanting that would make of it what He would have it be.]
[聖霊があなたの為に(あなたの代わりに役割を)受け入れることによって「聖霊があなたの関係に与えた役割」を聖霊が満たすことを許可しなさい。そして聖霊が何かをこうしよう/こうさせようとした時、その為に不足しているものは何もないのです。]

これを精霊にさせるのです。
聖なる瞬間の実践が一番初めのドミノを倒すことに相当するものなのです(全ての奇跡の引き鉄なのです)。
そしてこれが(あなたには想像出来ない程多くの)驚異的結果をもたらし、眠っている兄弟姉妹全員を目覚めさせる効果を持っているのです。
何故なら(共同幻想を成り立てている)相互合意の中からあなたの投資(あなたの願望)を引き抜く度に、幻想を保ち続けようとしている人々の能力が弱められるのだから。
そして自分のコントロールを今まさに手放そうとしている人達は、コントロールが利かない状態に押し出され、コントロールを失い、コントロールへの執着を手放し、そして変容が瞬間的に起こっていることを発見するのです。
そしてあなたには夢に見ることさえ不可能なより多くの(素晴らしいこと)が起こるのです。しかしあなたに意欲を与えるには、あなたがより勤勉に聖なる瞬間を実践出来るようにするには、これで十分なのです{何が起こるかあなたが全て理解していなくてもいいのです}。
何故なら、これは神の法が全てを統治しているアリーナ(劇場/領域)にあなたを連れて行くだけでなく、あなたを悩ませている幻想を修正/変容するだけでなく、これは「あなたと聖なる関係を持っている人」も祝福するのだから。 これはあなたのパートナーを無限に祝福するのだから。

[When you feel the holiness of your relationship is threatened by anything, . .]
[何かによってあなたの関係の神聖が脅かされていると感じている時、]

「あなた」と「あなたが聖なる関係を持っている人(あなたのパートナー)」の間の困難は、あなた達がその関係の中に父を呼び込んでいないから起こっているのです。

[When you feel the holiness of your relationship is threatened by anything, stop instantly and offer the Holy Spirit your willingness, IN SPITE of fear, to let Him exchange this instant for the holy one which you would rather have. ]
[何かによってあなたの関係の神聖が脅かされていると感じている時、あなたは直ぐに(怖れを感じ続けることを)止めて聖霊に自分の意欲(譲る意欲)を捧げなさい。 そうすれば聖霊がその瞬間(怖れの瞬間)をあなたにとってより好ましい聖なる瞬間と取り替えてくれます。]

あなたがより頻繁に聖なる瞬間を実践し始めるにつれ、あなたが自分の判断を聖霊により委ねて行くにつれ、あなたの愛しているもの(あなたが尊んでいること)がシフトして行くことが可能だと考えてみてください。
それは自分自身で行なおうとする強迫観念が薄れて行くことを意味しています。
何故なら「聖なる瞬間を持ち罪/病/死を解除すること、そしてあなたの永遠の命の約束を(遠い未来にではなく、とても間近に与える祝福を得ること」の方が(自分でコントロールしようとするよりも)あなたにとって重要になるのだから。
それ(祝福/永遠の命の約束)はすぐ間近(まぢか)なので、あなたは自分の権威をより一層放棄して『「あなたの意志がなされますように」と父に言い聖なる瞬間を実践すること』とより調和して、それをより熱望するようになるでしょう。

[He will never fail in this. But forget not that your relationship is one, and so it must be that whatever threatens the peace of one is an equal threat to the other. The power of joining and its blessing lie in the fact that it is now impossible for either of you to experience fear alone, or to attempt to deal with it alone.]
[聖霊がこれに失敗することは決してありません。しかしあなた達の関係が「ひとつのもの」であって、一人の平和を脅かしているものはもうひとりの人(相手)にとっても同じ脅威であることを忘れてはいけません。繋がることの力と祝福は「繋がった後のあなた達両者は、もう一人で怖れを体験することが不可能に成っており、怖れに対して一人で対処しようとすることも不可能に成っていること」から来ているのです。]

あなたは自分がこのようなパートナーシップ(共有関係)を持っていることを理解しなくてはいけません。
そしてこのような関係の中で人生は分かち合われており、意味/意義が共有されており、無知(怖れ)もまた共有されているのです。

[Never believe that this is necessary, or even possible. ]
[そのようなこと(怖れを一人で体験したり、怖れに一人で対処すること)をする必要があるとか、そのようなことが可能だと信じるのは止めなさい。]

もう一度読みましょう。
[The power of joining and its blessing lie in the fact that it is now impossible for either of you to experience fear alone, or to attempt to deal with it alone. Never believe that this is necessary, or even possible. ]
[繋がることの力と祝福は「繋がった後のあなた達両者は、もう一人で怖れを体験することが不可能に成っており、怖れに対して一人で対処しようとすることも不可能に成っていること」から来ているのです。そのようなこと(怖れを一人で体験したり、怖れに一人で対処すること)をする必要があるとか、そのようなことが可能だと信じるのは止めなさい。]

聖なる関係の中で繋がったあなた達には、もうそのようなこと(怖れを一人で体験したり、怖れに一人で対処すること)は不可能なのです。

[Yet just as this is impossible, so is it equally impossible that the holy instant come to either of you WITHOUT the other. ]
[そしてそれ(怖れを一人で体験すること)が不可能であるように、(特別な関係を持っている)あなた達の内の片方だけのもとに聖霊が来ることも不可能なのです。 (相手のもとに行くことなく聖霊があなたのもとだけに来ることは在り得ず、その逆も在り得ません。)]

[And it will come to BOTH at the request of either.]
[聖霊は(あなたか相手か)どちらか片方の求めに応じて、両者の為にやってくるのです。]

これはとても重要なことなので、今週はこれを読み返してください。
「聖なる関係の中の合一(一体性)がどれだけ完全なものか」あなたはまだ理解していません。
しかし聖なる関係の中の合一(ユニオン)は完全なので(聖なる関係の中の)あなた達両者は先に進むことをお互いに助けあうことが出来るのです。

[Whichever is saner at the time when the threat is perceived should remember how deep is his indebtedness to the other, and how much gratitude is due him, and be glad that he can pay his debt by bringing happiness to both. ]
[脅威が認識された場合、より正気だった人が「相手に対する自分の負債がどれだけ深いか、そして自分は相手にどれだけ感謝するべきか」思い出すべきなのです。そしてあなた達両者に幸福をもたらすことによって相手が彼自身の負債を支払うことが出来ることを喜びなさい。]

聖なる関係への決意/献身故により大きな安定を得ていて「エゴの目的で(裁きやコントロールの目的で)マインドを使わないこと」を思い出せている人が脅威や怖れの瞬間に正しい選択をして「父よ、ここの真理は何ですか?」と言うのです。
エゴのマインドを使っていない人は脅威/怖れ/異変に揺るがされて慌てたりはしないのです。
「父よ、この真理は何ですか?」あなたがこう言ったなら、あなたとあなたのパートナーが祝福されるのです。

何故あなた達は祝福されたのでしょうか?
それはあなた達のどちらにも自分で状況を変えることは出来ず、自分達で状況を変えることが出来ないという事実が認識されていて、そしてあなた達の内の一人が「父よ、ここの真理は何ですか?」と言って聖なる瞬間と繋がったからなのです。(だからその時あなた達は祝福されたのです。)
これがあなた達両者を引き上げるのです。

それは何故でしょう?
何故なら、あなた達の求めに聖霊が答えて「あなた達自身には出来ないこと」をあなた達のために行なうのだから。
だから(例えどのようなものでも)脅威が見られている時、不調和が現れている時、あなたが事態に対して感情的に成ってしまいそうな時、そうならないよう自分を抑えて聖なる瞬間を持ちなさい。
あなたを怖れさせている力をただ放棄して、「ヘルプ! 父よ、聖霊よ、ここの真理は何ですか? 私はどうしたら良いか解りません。そして自分で個人的に何かをすることは適切ではなく(私の役目ではなく)わたし達の為にあなた(神)にしてもらうことが必要なのだと私は理解しました。 私はこれを求めます。」と言うのです。

もう一度読みましょう:

[Which ever is saner at the time when the threat is perceived should remember how deep is his indebtedness to the other, and how much gratitude is due him, and be glad that he can pay his debt by bringing happiness to both. Let him remember this, and say: ]
[脅威が認識された場合、{あなた達の内の}より正気だった人が「相手に対する自分の負債がどれだけ深いか、そして自分は相手にどれだけ感謝するべきか」思い出すべきなのです。そしてあなた達両者に幸福をもたらすことによって相手が彼自身の負債を支払うことが出来ることを喜びなさい。 下記のことを思い出して言いなさい:]

"I desire this holy instant for myself
That I may share it with my brother, whom I
love.
It is not possible that I can have it without him, or he
without me.
Yet it is wholly possible for us to share it NOW.
And so I choose this instant as the one to offer to the
Holy Spirit,
That His blessing may descend on us, and keep us BOTH in peace."

[私はこの聖なる瞬間を私自身の為に求めます、これを私の愛する兄弟と分かち合えるように。
彼無くして私がこの聖なる瞬間を得ることは不可能であり、私無くして彼がこれを得ることもまた不可能です。
しかしわたし達はこれを今分け合うことが可能なのです。
だから私はこの瞬間を聖霊に捧げるものとして選びます。
聖霊の祝福がわたし達の上に降りて来て、わたし達両者を平和の中に保つように。]


これこそが祈りなのです。
これが祈りの条件を満たすこと(神にイエスと言うこと)なのです。
この週を祈りに満ちたものにしてください。
そして注意深くしていなさい。祈りの反対がどのように感じられるかあなたに理解出来るように、あなたが自分のマインドをその真の目的で使っていなかった時それが解るように(そして直ぐに祈りの状態に戻れるように)。
祈りと喜びに満ちた変容をもたらす一週間を過ごしてください。
I love you.


上記の日本語は下記の「Northwest Foundation for A Course In Miracles」のウェブサイトを翻訳したものです。



Chapter 18 – Section: THE HAPPY DREAM
1 Sparkly Book – p.434 / JCIM – p.181 / CIMS – p.365
First Edition – p. 357 / Second Edition – p.382


A Course in Miracles Study Group with Raj, February 12th 2012
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