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ACIM12-03-24

このセクションは誤解されやすく、これが正しく理解されなかった場合間違った所に注意を与えてしまう結果となり、目覚めが大きく遅れてしまうかもしれません。

だからはじめに戻りましょう。 
はじめに神が居り、はじめに神が動きました。 その動きが創造です。
そして創造は無限で、動いているマインド(それが「創造=神のマインド」なのです)として全く縛られて(限定されて)いなかったのです。
そしてあなたと創造の全てはこのマインド(神という無限のマインド)の表現だったのです。
この無限のマインドは創造の全側面の永遠に存在し続ける全体験だったのです
それはあなたとあなたの兄弟姉妹だけではなく、全創造/全てのフォーム/樹の全ての枝/芝の全ての葉/全ての星を{内包しているのです}。
全てが神のマインドを体現しているのです。
石も意識を持っているのです。草木も意識を持っています。 生き物は全て意識を持っています。
そしてあなた達も意識を持っています。
そしてこの意識は分離していない(切り分けられていない)のです。
この意識は全体/十全で全てを内包しており、創造の全ての側面が(何ものにも邪魔されることなく)創造の他の全ての側面を体験しているのです。
その結果として神である愛が、神であるスピリット(霊)が、神である生命が、増幅され、それらが全てであり、それらが意識として存在する無限の焦点なのです。

聖書に「失楽園」(1)として記述されている事態があるポイントで起こりました。
神の息子/娘が興味深いマインドの遊びを思い付いたのです。
彼等は「神が創造した全て」に「神の定義とは異なる定義」を与える可能性を考え話し合いました。

それは「スカンクを馬と言い替えたら面白くないだろうか」というゲームのようなものでした。
「樹木が羊のようで、それが子羊を生んだら面白く無いだろうか? とても創造的に成ってみたら興味深くないだろうか?」
これに同意した二人が、これを実行することを決意します。
彼等は神のマインドのナチュラルな働き(それは彼等の存在そのものの中に置かれているのですが)に逆らって考える相互合意を交わしたのです。
こうして彼等は既に設立されている「意味」に逆らって相互合意を作り選択/判断する決意をしたのです。
神から離縁する決意を彼等がした時、それが起こった時、彼等が予測していなかった事が起こりました。
その時彼等は、もはや創造の無限の意識(そして創造全体との無限の絆)を体験出来なく成っていたのです。
そして彼等は自分達がとても分離しており、宇宙(創造)に比べて自分達が非常に小さく成っていることを発見したのです。

そしてそれまでは存在していなかったものが体験され始めました。 
それは怖れです。
だから彼等にも何かが間違っていると解ったのです。
そして罪悪が直ちに現れました。
しかし彼等は自分達の独立を保持することに固執し続けました。
こうして彼等は怖れと罪悪に打ち勝つ事が生命/人生の目的であると決めたのです。
「独立することが悪いことではない」と彼等は信じたのです。 何故なら彼等にはそれ(独立)をすることが出来たのだから。
彼等は『自分達でリアリティに対する定義群を作り上げながらも「存在」の無限のハーモニー(調和)と平和が体験出来るように学び上達すれば良いのだ』と考えたのです。

怖れと罪悪が出現し、それらを自分達で克服しようとする決意が起こりました。彼等の体験の中でそれら(怖れ/罪悪)が敵(彼等を脅かしているもの、彼等自身をそれから守らなくてはならないもの)として配置されました。
彼等は何を使って{彼等が体験していた怖れ/罪悪から}自分達を防御しようとすることが出来たのでしょうか?
彼等が体験していた彼等の体だけが力を発したり影響を与えたりする為に使える唯一のものだったのです。

下記が要点です。
彼等は「父から独立し続けようとする自分達の決意」を「(自己防御の目的で)自分達の体を使って」達成しようとしたのです。
「独立状態/不死身でない状態」の中で少しでも安定を得るために不可欠な要(かなめ)は「体」なのです。
「神がそれを与えなかった」という定義を体に与えて体を誤解釈(誤認識)することで、体が「彼等が故郷に帰ることを阻止する唯一の要素」に成ったのです。
ここで注意して欲しいのは「体が彼等(夢見ている者達)を目覚めから遠ざけている訳ではない」ということです。
これは今日あなた達全員にも当て嵌まることで、あなた達を目覚めから阻止しているのは体ではないのです。あなた達をリアリティの体験から遠ざけているのは体ではないのです。
「あなた達があなた達の想像を使って体を使っていること」があなた達を目覚め(リアリティを体験すること)から遠ざけているのです。

だから目覚めたいと願うなら、あなたは想像を放棄する必要があるのです。
より厳密に言えば、あなたの体に対してあなたが与えている想像(イマジネーション/イメージ)を放棄しなくてはいけないのです。 あなたの父の創造の動き(あなたの父がただ在ることだけによって達成した創造の動き)の中には決して存在していなかった「体に対するあなたの定義」を放棄する必要があるのです。

これはとても重要なことです。
「体は幻想でしかない」という結論を信じてしまわないことが重要なのです。
何故ならあなたが目覚める為には、体をただ単に幻想として退けるだけでは十分ではないのだから。
あなたは今まであなた達が使ってきた目的以外の目的であなたの体を使い始める必要があるのです。
「二分化されておりカオスな宇宙の中で、自分の不可侵(強さ)を確保する為に自分の体を防御の手段として使うこと」は止める必要があるのです。
二分化されている(敵/味方に別けられている)兄弟姉妹や動物などの存在から身を守るために自分の体を防御手段として使うことを止めなくてはいけないのです。

これを理解していなければ「あなたの体に関して新しいことを学び今までとは違う新しい振舞いをすること」が出来ないでしょう。
問題は、あなたが兄弟姉妹に与えた定義故に(そして兄弟姉妹に対するあなたのパーソナルでプライベートな解釈に対する確信故に)あなたが兄弟姉妹を怖れているだけでなく、あなたは自分の体に対しても様々な定義群(それはあなたがその他全てに与えている定義群同様に分離/分裂しているのです)を適用していることなのです。
だからあなたは「自分の体が自分の敵に成り得る」という幻想を抱いているのです。 あるいは体がリアルでないのだから(あるいは体が生物的物質でしかないから)体を信頼することは出来ない{とあなたは信じているのです}。
だからあなたは体を怖れ、体から自分を守らなければいけないと考えてしまうのです。
あなた達は自分達の体に関して想像上のストーリーを作り上げており、自身の体に対峙するのではなくそれらのストーリーに反応しており、だからあなた達は防御しなくてはならなくなっているのです。
あなたはあなたの体とは直接繋がっていないのです。 あなたはあなたのマインドと直接繋がっており、あなたの幻想やあなたの想像への固い確信と直接繋がっているのです。 それ(幻想と繋がること)を止めなければあなたは目覚められません。

あなたは「あなたが自身の体に与えている定義」に依存することは止めるべきなのです。そしてそこに神を見ようとする意欲を持って体を見始めるべきなのです。 神の性質(永遠/調和/完璧)の確証/現われをそこに見ようとするべきなのです。
そうしようとしなかったなら、あなたは現状に留まってしまいます。
それ(体に対する定義)から解放される為に必要なことは、あなたの想像力を使うことを止めて、創造の各部分を天国として体験出来るよう(それがあなたの生得権=持って生まれた権利なのです)神を招待してあなたの体と世界を見始めることだけなのです。
それだけなのです。そしてあなたはこれをしなければいけないのです。


本を読みましょう。

[It is insane to use the body as the scapegoat for guilt, . .]
[罪悪(感)の身代わりとして体を使うこと(...)はキチガイ沙汰です。]

自分の父/源を否定したのであなたは罪悪感を持っているのです。
あなたは自分を孤児に仕立て上げたのです。あなたは生命力そのもの(神の現れ)と繋がっていないのです。{少なくともあなたはそのように考え振舞っています}
そしてあなたは自分の体を使って自分の罪悪を兄弟姉妹に伝えているのです。
そしてあなたは自分の体を使って自分自身を痛めているのです。
それに関して詳しく説明する必要はないでしょう。
それがどのように起こっているか(それがどのように起こると想定されているか)あなた達は既にご存知です。


[It is insane to use the body as the scapegoat for guilt, directing its attack and blaming it for what you wished it to do. It is IMPOSSIBLE to act out fantasies.]

[罪悪(感)の身代わりとして体を使うこと(罪悪の攻撃を体に向けて、あなたがその体にさせたいと考えていることをその体のせいにすること)はキチガイ沙汰です。幻想を行動に移すことは不可能です。]


何故でしょう?
何故ならリアルでないものを体現することは出来ないからです。 
それ(罪悪)はマインド内で作り上げることが出来るだけなのです。 あなたはそれ(罪悪)をマインド内に保持して、その想像上のプロセスの結果としてあなた自身を惨めにしているだけなのです。 あるいは他者に罪悪を与えて彼を惨めにしようとするのです。
それはあなたがその人と繋がっているからではなく、彼に対してあなたが作り上げて彼に投射している絵(イメージ)とあなたが繋がっており、その上でその人と対峙し、その人を修正しようとし、その人に害/罰を与えようとするからです。

[It is IMPOSSIBLE to act out fantasies.]
[幻想を行動に移すことは不可能です。 ]

それらの幻想は永遠に(決して実現しない)邪悪なマインドの示唆で在り続けなくてはならないのです。

[For it is still the FANTASIES you want, and they have nothing to do with what the body does. IT {the body }does not dream of them, and they but make it {the body}a liability where it could be an asset.] {}内の文字はラジが挿入したものです。

[何故なら、あなたが求めているものは幻像であり続け、それは体が行なうこととは無関係だから。体は幻想を夢見ません。そして幻想は体を弱点にしますが、体は有用な道具(財産)で在り得るのです。]

あなた達が自分達だけで「体が幻想である」と決めてしまったなら、体が財産(有用)に成る体験があなた達には出来ません。
しかしこれ(体が有用になる体験)が起こることが必要なのです。
体を財産(有用)として認識することにより、そこに価値の認識が生まれ、価値を認めることが(例えそれがどれだけ細微なものであったとしても)愛の表現なのだから。
それ(体の価値を認めること)が出来たならあなたは物事(事態)を逆転させたのです。 その時あなたは視点をシフトさせ、自分のマインドの振舞いを変えたのです。
あなたがそうすることが「神の視点があなたを満たす可能性のドア」を開けるのです。

[IT {the body}does not dream of them {fantasies} , and they but make it a liability where it could be an asset. For fantasies have made your body your "enemy," weak, vulnerable and treacherous, . .]

[体は幻想を夢見ません。 そして幻想は体を弱点にしますが、体は有用な道具で在り得るのです。幻想があなたの体をあなたのか弱い無防備な苦労の多い憎しみ(それをあなたは体に与えています)に値する「敵」にしたのです。]

これ(幻想が体を弱点にしており幻想が体をあなたの憎しみに満ちた敵にしているという考え)は余りに居心地悪いアイディアなので、あなたはこれに関してあまり考えたいと思っていないかもしれません。
しかしあなたは未来のある日あなたの体があなたを殺すだろうと信じてそれを怖れています。
ある日体は突然その機能を停止してあなたは居なくなるのです。 あるいは何らかの病気や怪我や事故が体の上に起こりそれがあなたに問題を与えるのです。{そのようにあなたは考えていませんか?}

だからあなたの想像が、

[. . . fantasies have made your body your "enemy," weak, vulnerable and treacherous, worthy of the hate which you invest in it.]

[幻想があなたの体をあなたのか弱い無防備な苦労の多い憎しみ(それをあなたは体の中に発明しているのです)に値する「敵」にしたのです。]

ここに書かれている「憎しみ」という文字がとても適切な表現であることは過去にもう話しましたので、ここでは繰り返しません。

[How has this served you? You have IDENTIFIED with this thing you hate, . . ]

[これは(幻想に基づいて体に対処することは)どのような状態をあなたにもたらしたでしょうか? あなたは自分の嫌っているこのもの...と自分自身を同一視しているのです。]

つまりあなたが見てる体は、あなた達が体に関して作り上げた定義なのです。

[You have IDENTIFIED with this thing you hate, the instrument of vengeance and the perceived source of your guilt. You have done this to a thing that has no meaning, proclaiming it to be the dwelling-place of the Son of God, and turning it against him.] {このテキスト部分はUrtextとSparkly bookでは異なっています。 ここではSparkly Book/JCIMに順じたテキストを使用しています。}

[あなたは自分の嫌っているこのもの(復讐の道具/あなたの罪悪の源と知覚されているもの)と自分自身を同一視しているのです。あなたは「何も意味を持っていないもの(体)」に対してこれ(罪悪の投射)をしたのです。 あなたはそれ(体)を神の子の住家と宣言し、その上でそれ(体)を神に反するものにしたのです。] 

あなたがこれをしたのです。 あなたが創造の聖なる一部を変えて...

[. . . You have done this to a thing that has no meaning.]

[あなたは「何も意味を持っていないもの」に対してこれ(罪悪の投射)をしたのです。 ]


つまりあなたは「創造の聖なる一部」に対してはこれを行なっていないのです。
「あなたがこれ(体)に対して与えた定義の結果として現れているもの」に対してあなたはこれ(罪悪/幻想/想像の投射)を行なったのです。
そしてそれは意味を持っていないのです。あなたが知覚している体は意味を持っていないのです。
怖れと罪悪の結果としてあなたが作り上げている体には意味がないのです。
それらの定義(怖れ/罪悪)が「何か意味深いもの」の上に覆いかぶされているのです。
あなたの個人性の可視性と可触性(見える様子と触れる様子)が「意味深いもの」なのです。
そしてあなたの個人性(individuality)が神の現れ(臨在/光臨)の表現で、それは神の現われを絶え間なく永遠に表現し続けているのです。

[You have done this to a thing that has no meaning, {your definition of it}, proclaiming it to be the dwelling-place of the Son of God, . .]

[あなたは「何も意味を持っていないもの{あなたの定義}」に対してこれ(罪悪の投射)をしたのです。 あなたはそれを神の子の住家と宣言し...]

「あなたはあなたの体の中に存在しています。そしてあなたは自分のことを神の子だとは考えていません。」
これがあなた達が試みたことだったのです。
「無意味な何か/間違っていること/偽りのこと /混乱した定義」を神の子の住処と決めて、それ(体の定義)を神に逆らわせたのです。
あなたの体に対するあなたの定義は「あなたに逆らって働くことが出来るもの」であり、遅かれ早かれ体は最終的にそうなる(あなたの意志に逆らい出して最終的に動かなくなってしまう)とあなた達は信じています。

「死と税金よりも確実なものは存在していない。」という英語のことわざがありますね。
あなたの体の終焉(あなたの存在の終焉へとつながる体の振舞い)は、想像と定義によってあなた(達)が作ったものなのです。
しかしあなたの想像と定義はあなたの体を「そのようなもの(あなたの定義通りのもの)」にはしませんでした。
しかしそれ(体に対する定義とそれに基づいた体験)が、(体がどのようなもので体がどのように働くか決めているあなた達の定義故に)あなたの生命の終焉に対する確信を絶対的なものにしてしまっています。

これに関して率直に語ることは私を痛めません。
そしてこのことを見てもあなたは傷付きません。
何故なら、あなたがこれを真っ向から見つめてみたなら、これがどれだけ馬鹿げているか解るのだから。
これを正直に見てみたなら、何か新しいことを学んで自分の振舞いを変える理由をあなたは得るのです。
これを真摯に見つめてみたなら、あなたが卑小なマインド感覚を使って遊んでいる間(様々な想像的決断を行なってその結果としてあなたの正しいマインドに帰ることがブロックされている間)預けられている「あなたの正しいマインド(現在「聖霊」と呼ばれているもの)」をあなたは自分の中に受け入れることになるのです。

これが、
あなたが想像したあなたの体が、
[This is the host of God that YOU have made. ]
[これがあなたが作った神のホスト(あなたが作ったあなたの体)なのです。]

本来あなたの体は神が存在している所、神が神自身をあなたとして表現している所なのです。
神のホストとは神が自分をあなたとして現しているあなたの体なのです。
これが聖なる真実なのです。
しかしあなたが作った神のホスト(体に対してあなたが与えている定義)は死を定められており、従ってそれは「独立的存在に成ろうとしているあなた」の最終的失敗の源なのです。

[This is the host of God that YOU have made. And neither God nor His most holy Son can enter an abode which harbors hate, and where you have sown the seeds of vengeance, violence and death. This thing you made to serve your guilt stands between you and other minds. ]

[これがあなたが作った神のホスト(あなたが作ったあなたの体)なのです。そして憎しみを宿している(そしてあなたが復讐/暴力/死の種を撒いた)住家には神も神の一番神聖なる息子も入ることが出来ません。あなたの罪悪に従うようあなたが作ったこのもの{体に対するあなたの定義}が、あなたと他のマインド達の間に立ちはだかっています。]

「神の一番聖なる息子」とは勿論これを読んでいるあなたのことです。
兄弟姉妹の全てが、神の意識表現が体現されている(意識されている)創造の全ての側面がその無限の神聖を全員に対してコミュニケート出来ること、そして表現されている全創造の神聖を体験出来ることが本来のリアリティなのです。

しかし、
[This thing you made you made to serve your guilt [it] stands between you and other minds. ]

[あなたの罪悪に従うようあなたが作ったこのもの{体に対するあなたの定義}が、あなたと他のマインド達の間に立ちはだかっています。]

あなたが作った「病を得て死ぬことが可能な物質的体」が、あなたと他のマインド達の間に立ちはだかっています。
「父よ、私は自分のやり方で見てみたいです。」とあなたが言った時、あなたはプライベートになることを選択し、リアリティを共有しなくなったのです。

[This thing you made to serve your guilt stands between you and other minds. The minds ARE joined, . . ]

[あなたの罪悪に従うようあなたが作ったこのものが、あなたと他のマインド達の間に立ちはだかっています。(人々それぞれの)マインド達は繋がっていますが、]

あなたと他のマインドの間に立ちはだかるものとして罪悪をあなたが使用しているにも関わらず、マインドは繋がっているのです。
だからあなた達が行なっている{分離の}試みはリアリティを全く変えていないのです。

[The minds ARE joined, but you do not identify with them. ]

[(人々それぞれの)マインド達は繋がっていますが、あなたは彼等を自分として自己認識してはいません(人々のマインドと自分のマインドを同じものとしては認識していません)。]

「いいえ、チャーリーさん、私は自分の見方(意見)を通したいです。 必要ならあなたの考えを私に伝えてください。 しかしあなたと完全に同意する訳には行きません。少し意見調整をしてわたし達が仲良く出来るようにしましょう。しかしあなたとは決して合意しないでしょう。100%あなたと分かち合うことは私には出来ません。」
こうしてプライバシーが絶対不可欠であるかのように考えられており、そのように物事が保持されているのです。

[The minds ARE joined, but you do not identify with them. You see yourself locked in a separate prison, removed and unreachable, . .]

[マインド達は繋がっていますが、あなたは彼等と自分を自己同一視してはいません(人々のマインドと自分のマインドを同じものとしては認識していません)。あなたは自分達が(隔たれ、繋がっておらず、通信不能な)異なった独房に繋がれていると見ています。 ]

繋がっていないこと(見つからないこと)があなたの防御に成っているのです。 彼等があなたに届かなかったなら、彼等はあなたを傷つけることが出来ないから。

[. . . incapable of reaching out as being reached. You hate this prison you have made, and would destroy it. But you would not escape from it, leaving it unharmed, without your guilt upon it.]

[...(隔たれ、繋がっておらず、通信不能な)異なった独房に繋がれていると見ています。 あなたは自分で作ったこの独房を憎んでおり、それを破壊したいと思っています。しかしあなたは「それ(体)にあなたの罪悪を与えず、それを損なわず、それから逃れよう」とはしていません。] 

あなたは防御としての体が必要だと考えているのです。
そしてあなたはそれ(防御としての体)を手放そうとしていません。 何故なら、あなたは無防備に成りたいとは思っていないから。
あなたは怖れており無防備に成りたくないと考えているのです。
しかしあなたがこれ(怖れや罪悪だと思われていること)を見続けたなら、怖れと罪悪は創造の一部ではないことがより明確に成って行くのです。
怖れと罪悪は現実(リアル)ではないのです。
それ(怖れと罪悪をもたらしていると思われているもの)は「あなた自身を父から一層分離しようとするのは止めなさい。何故ならそうした場合より居心地悪くなるのだから。」とあなたに言っているのです。
それはあなたの正気が「これ以上この方向に進むのは止めなさい。」と言っている状態なのです。

あなたは天国に対する間違った幻想体験を自分の為に作り、その中で迷い、リアルでさへない恐れと罪悪に対して自己防御することに夢中なのです。 
そうしている間あなたは一つのとても重要なことを忘れているのです。
それは「怖れと罪悪は無意味である」と認識する(思い出す)ことです。
「怖れと罪悪は無意味である。」これを書き出しておいてください。

あなたがこれを考慮したなら「怖ろしく見えるもの」や「罪悪と切り離せないように見えるもの」に反応しなくなる勇気が持てるように成るのです。
怖れと罪悪は目覚めに関してあなたを動けなくしてしまいます。
怖れと罪悪は「あなたが何かを学び新しい在り方をし始め解放されること」を阻止してしまいます。
怖れと罪悪は無意味なのです。 これに関しては「もしも」も「しかし」もありません。

怖れと罪悪は無意味なので、あなたは「怖ろしく見えるもの」や「あなたが非常に重い罪悪感を持っておりそれから逃れる価値が自分に無いと思っていること」を手放すことが出来るのです。

そしてあなたの注意/意識を他のことに与えるのです。
例えば「父よ、ここの真理は何ですか」と祈るのです。 「私が怖れていることに対する私の防御的行動が隠している真理は何ですか?」
「怖れと罪悪には意味が無い。」これが必要な学習です。
それらは無意味なので、それら(怖れと罪悪)に対処/反応する必要はないのです。怖れや罪悪に気を取られる必要はないのです。
この真理は「あなたの想像上の条件付け{あなたの信念}」と真っ向からぶつかり、それを否定するものです。
あなたがこれを実践しようとした時、より大きな怖れが起こるように見えるでしょう。
しかし怖れと罪悪を放棄することは絶対必要なのです。
これが拘束(縛り)からの解放を開始する行動なのです。

だから、
[You hate this prison you have made, and would destroy it. But you would not escape from it, leaving it unharmed, without your guilt upon it. Yet only thus CAN you escape.]

[あなたは自分で作ったこの独房を憎んでおり、それを破壊したいと思っています。しかしあなたは「それ(体)にあなたの罪悪を与えず、それを損なわず、それから逃れよう」とはしていません。しかしそうすること(それ/体にあなたの罪悪を与えず、それを損なわないこと)によってのみ、あなたは逃れられるのです。]

これがわたし達が話していることなのです。
あなたの体を神聖なるものと定義して、あなたの体をあなたと呼ばれている「神の現れを見えるようにしているもの」と定義して、あなたの体を新しい方法で使い始めることが死の拘束から逃れる唯一の道なのです。
{あなたの体は}神の神聖を体現しており、従ってあなたの神聖を体現しており、体の全ての行為が全てのものを(怖れと罪悪によって呪っているのではなく)祝福しているのです。
体を(そして全てのものを)怖れと罪悪によって呪うことを止めて、怖れと罪悪をあなたの人生の動議付けにし続けることを止めて、体を祝福して、怖れと罪悪に反応し続けることからあなた自身を解放するべきなのです。

[Yet only thus CAN you escape. The home of vengeance is not yours; . .]

[そうすること(体にあなたの罪悪を与えず、体を損なわないこと)によってのみ、あなたは逃れることが出来るのです。復讐の家はあなたのものではありません。]

しかしあなたは復讐の家が自分の体だと想像しているのです。

[The home of vengeance is not yours; the place you set aside to house your hate is not a prison, but an illusion of YOURSELF. ]

[復讐の家はあなたのものではありません。あなたの憎しみを住まわせる為にあなたがとっておいた場所は刑務所ではなく、あなた自身に対する幻想だったのです。]

それはあなた自身に関してあなたが作った定義なのです。
「私は体だ。私は自由ではない。私は肉体だ。私はいつか死ぬだろう。そして今から私が死ぬまでの間に時おり私は病気をして弱くなり、時には私は自分の分裂/怖れ/罪悪故にとても憤慨してしまい兄弟姉妹に対して酷い振舞いをするだろう。 勿論私はそんなことをしたくはない、けれどもそれ以外には道(やりよう)がないのだ。」
{例えばあなたはこのように自分を定義しているのです。}
何という酷いストーリなのでしょう。 
私の言っていることは信じられず、コース(ACIM)が言っていることは信じられず、この酷いストーリーが信じられるということは何と驚異的なことでしょう。

[The body is a limit imposed [upon] the universal communication which is an eternal property of mind. ]

[体は(マインドの永遠の性質である)宇宙的コミュニケーションに対する限定です。]

あなたが作った体はそうなのです{宇宙的コミュニケーションに対する否定なのです}。
体に対するあなたの定義、あなたが体に与えている定義、あなたを体への幻想(幻想の体)に縛り付けている定義、あなたはその定義を使ってあなた自身を殺しているのです。


[. . . is a limit imposed on the universal communication which is an eternal property of mind.]
[...は(マインドの永遠の性質である)宇宙的コミュニケーションに対する限定です。]

創造の全ての部分は、全ての葉は、全ての岩は、全ては意識を持っています。
そして一つ一つの意識は全て、創造の他の全ての部分と完全なコミュニケーションを持っているのです。
そこではどのようなコミュニケーションが分かち合われているのでしょうか?
そこで分かち合われているのは、それぞれのものの意味(意義)なのです。
それぞれの神の現れそのものが(その意味が)分かち合われているのです。

しかしあなたが体に与えている定義は限定なのです。

あなたは「体と呼ばれてる何か(それは神のマインドのアイディアなのです)」に対してそれを小さな範囲で区切る周辺を作成したのです。

[The body is a limit imposed on the universal communication which is an eternal property of mind. But the communication is INTERNAL. ]

[体は(マインドの永遠の性質である)宇宙的コミュニケーションに対する限定です。しかしコミュニーケーションは内的なものです。]

かなり昔私は下記のことを言いました。
同胞への一番最短ルートは、あなたの存在の中心からアプローチすることです。
マインド内のあなたの存在の中心からあなたの同胞へアプローチすることが一番直接的な方法なのです。

[Mind reaches to ITSELF. It does not go OUT. ]

[マインドはそれ自体(マインド自身)に対して自分を差し伸べる(自身を拡張する)ものです。マインドはそれ自身の外には出ません。 ]


「夢と体」と題されているこのセクションは下記の言葉から始まっています。

[There is NOTHING outside you.]
[あなたの外には何もないのです。]


[Within itself {Mind}it has no limits, and there is nothing outside it. It encompasses you entirely; you within it, and it within you. ]

[それ自身の中でマインドは無限で、その外には何もないのです。それは全てを内包しています。 それは全てを内包しています。それはあなたを完全に内包しています。 あなたはその中に在り、それはあなたの中に在るのです。]
マインドが全てを内包しているのです。


[Mind reaches to ITSELF. ]
[マインドはそれ自体(マインド自身)に対して自分を差し伸べる(自身を拡張する)ものです。 ]

これがコミュニケーションの在り方(方法)なのです。

[It does not go OUT. Within itself it has no limits, and there is nothing outside it. It encompasses you entirely; you within it, and it within you. There is nothing else, anywhere or ever.]

[マインドはそれ自身の外には出ません。 それ自身の中でマインドは無限で、その外には何もないのです。それは全てを内包しています。それはあなたを完全に内包しています。 あなたはその中に在り、それはあなたの中に在るのです。そこにはそれ以外何も無いのです。 それ(マインド)以外には何処にも何も無いのです。]

もしこれがリアリティの自然な体験なら{これが真実で、これがリアリティの自然な体験なので}、あなた達の体にネガティブな意地悪な定義を与え続けて(その結果としてあなたが体を自己防御の為に使い続けている限りあなたの正しいマインドに立ち返れなく成っていること)がどれだけ馬鹿げているか解るでしょう。
防御的に体を使い続けている限りあなたが正気に立ち返れないのは、怖れや罪悪があたかも意味を持っているかのようにあなたが振舞っているからです。

体は、あなた達が体に適用している定義群の結果として現れている体に対するあなたの体験は、

[The body is outside you, and but SEEMS to surround you, shutting you off from others, and keeping you apart from them. It is not there.]

[体はあなたの外にあり、でもあなたを包んでいるように見えます。 体があなたを他者から隔てて(そして他者からあなたを隔てて)いるように見えます。それ(体)はそこには存在していません。]

しかしこれは、あなたの神聖の可視性と可触性(見れる様子と触れる様子)がそこに無いという訳ではないのです。
上記の文は「あなたが想像している体は、あなたが自分の行動をそれに基づいて統治しているものは、そこにはありません」という意味なのです。 それ(体の定義)は幻想なのです。
そして幻想を実現することは不可能です。幻想を顕在化(実在化)することは出来ません。
そう出来たと信じている時あなたは自分を騙しているのです。
そしてもしその幻想が凄く深刻なものであったなら、あなたは精神病院に入れられてしまうのです。

[There IS no barrier between God and His Son, nor can His Son be separated from himself except in illusions. This is not his reality, though he believes it is. ]

[神とその子供の間にはバリアー(隔たり)はありません。そして幻想の中で無い限り、神の子が自分自身から分離していることもありません。これ(分離)は彼のリアリティではありません。 しかし彼はそう信じています。]

これはあなたのリアリティではないのですが、あなたはそうだと信じているのです。

[Yet this could only be if God were wrong.]

[神が間違っていない限り、これは在り得ません]

そして下記がシンプルなロジック(理論)です。

[God would have had to create differently, and to have separated Himself from His Son to make this possible.]

[(あなた達が作った体が実在した場合)神は(隔たりを見ていない神自身とは)違う風に(人々を)創造したことになります。 そしてこれを可能にする為には、神が自身を自分の子供から分離したことになってしまいます。]
これが不可能であることはあなたにも解るでしょう。


[He would have had to create different things, and to establish different ORDERS of reality, . .]

[(あなた達が定義した体が実在した場合)神は「違った」もの達を創造し、違った「レベル」のリアリティ...を設立したことに成ります。]

あなた達はこうしたのです{あなた達は自分達がこれを行ったつもりでいるのです}。


[. . . only SOME of which were love. Yet love must be forever like itself, changeless forever, and forever without alternative.]

[...(その中の幾つかは愛ではなかったことになります)..。。しかし愛は永遠にそれ自身であり続け、永遠に不変で、永遠にそれ以外のものでは在り得ないのです。だから愛はその通りなのです。]

聖なるコミュニケーションとは何でしょう?
それは愛の表現(表明)です。 それはあなた自身を隔たりなく躊躇なく防御なく計算なく分かち合うあなたの意欲からその生命力を得ているのです。
どのような形の自己防御も抜きにして「あなたというギフト 」を行なった途端、それは照らし出された愛の表現に成るのです。 それは全ての人が体験し喜び全てのものが感じる宇宙的光なのです。

[And so it is. You cannot put a barrier around yourself because God placed none between Himself and you.]

[だから愛はその通りなのです。あなたは自分自身の周りにバリアー(防御壁/隔たり)を置くことは出来ません。 何故なら、神は自身とあなたの間にそのようなものは何も置かなかったから。]


あなたが学習するべきことは、罪悪と怖れを尊重すること(まるで罪悪と怖れに意味があるかのように振舞うこと)を放棄するだけではなく、罪悪と怖れが存在していない所(状態)で愛をコミュニケート(伝達)し始めることなのです。
あなたはあたかも同胞が神の子であるものとしてその同胞にアプローチして(話しかけ/歩みより/向き合い)、同胞が神の子である確証が見られることを期待するべきなのです。
それは何故でしょう?
それは『「彼に対する意地悪な定義」を作り出している自分の想像世界内』ではもう一秒たりとも過ごしたくないとあなたが思っているからです。
「彼(同胞)に対する意地悪な定義」が無い状態であなたは愛の現れに成るのです。
これが重要なのです。 これが目覚めへの鍵です。
これと一緒に過ごしなさい。 この気付き(認識)があなたを満たし、あなたにインスピレーションを与えるようにしなさい。
これによって動かされ変わりなさい。
これが学習を起こし、あなたは今までとは違う場所に居る自分自身を発見し、過去がもう繰り返されなくなるのです。

I love you all. And I look forward to being with you next time.



Chapter 18 – Section: DREAMS AND THE BODY
1Genesis 3:1
2 Sparkly Book – p.437, 3rd Full Par./JCIM – p.182, Last Par. /
CIMS – p.368, Par. 54Chapter 18 – Section: BEYOND THE BODY
First Edition – p. 360, 1st Par. / Second Edition – p.385, Par. 6


この文章はサンローズが書き取ってくれた英文を元にしています。 彼女の助けがあったからこそ私は翻訳が出来ています。
サンローズへギフトされる場合下記が彼女のアドレスです。
Mienik (Sun~Rose)
13 Dunes Lane
Port Washington
New York 11050

この原文を提供しているNorthwest Foundation for A Course In Miracles へ募金される場合下記のWEBサイトを通して行なうか、あるいは下記の住所に郵送して下さい。
Northwest Foundation for “A Course in Miracles”
PO Box 1490 / Kingston, WA 98346-1490 / USA
Phone: 360-638-0530 Fax: 360-881-0071
Website: http://www.nwffacim.org
E-Mail: paul@nwffacim.org

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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