スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ACIM12-04-15

この新しいセクションには(各ACIMバージョンによって)異なる二つのタイトルが与えられています。
[THE PURPOSE OF THE BODY] 1 [体の目的] あるいは [THE LITTLE GARDEN] [小さな庭園]
私はこのセクションを「体の目的」と呼びましょう。

{しかしその前に、先週読んだテキストに関して少し話しましょう。}
わたし達が先週話し終わった時点で、テキストは「この中心から」と言っていました。

[. . . quiet center, in which you do nothing, will remain with you, giving you rest in the midst of every busy doing on which you are sent.]
[(その中であなたが何もしていない)静かな中心があなたと共に残ります。そして(忙しい様々な行動の中に送り出されている)あなたに安息を与えます。何故なら、あなたはこの中心点からどのようにして体を罪無く使うべきか指示されるのだから。]

あなたは時間を掛けて静かになり、考え続けることを止めて、「全ての意味を自分で決めること」を止めて、「父よ(聖霊よ)、ここの真理は何ですか?」と言うのです。
そして静かに在り続けるのです。
するとあなたは「自分が真理に対する気付きで満たされていること」を発見するのです。
あなたは『「あなたが直面しているリアリティに対する父の視点」で自分が満たされていること』を発見するのです。
あなたが自分のことを体として認識している限り、そしてあなたが自分の体を「コントロールする方法/自分の安全を確保する方法」として使っている限り、あなたは自分の目の前のリアリティを誤知覚(誤認識)し続けるのです。
しかし明晰(洞察)が流入することにより、その瞬間にどう在るべきかあなたに明白に成るのです。 あなたが見ている全て(それは本当は天国なのです)とどのようにして関係するべきか、それがあなたに明白に解るのです。
そしてあなたは自分が何をするべきか知っていることを発見します。
そしてあなたは自分がどう在るべきか知っていることを発見します。

[For from this center will you be directed how to use the body sinlessly.]
[何故なら、あなたはこの中心点からどのようにして体を罪無く使うべきか指示されるのだから。]
解りますか? ここには「体という幻想が消えて無くなる」とは書かれていません。
あなたはどのようにして自分の体を罪無く使うべきか自分がクリアに理解していることを発見するのです。
つまりあなたは自己防御とコントロール(操り)以外の目的で自分の体を使うように成るのです。
つまりあなたは父の理由から、聖霊の理由から、体を使うように成るのです。
これは非常に大切なことです。これが目覚めの動き/変容/再生/贖いを引き起こす鍵なのです。

新しいセクションを読みましょう。
[THE PURPOSE OF THE BODY]
[体の目的]

[It is only the awareness of the body that makes love seem limited. For the body IS a limit on love.]
[体に対する認識(身体感覚)だけが愛を限られたものに見せているのです。何故なら体とは愛に対する限定なのだから。]

混乱してしまわないよう次の説明を付け加えましょう。
それ(あなたが体として認識しているもの)は「あなたの想像力によって作られている防御手段としての身体意識」であると同時に「あなたそのもの」でもあるのです。つまり体に対する限定意識を外して見たなら、体も無限な愛なのです。
{この部分は不完全な形で言い表されていたので、翻訳というよりは私の洞察を元に文章を書きました。訳注}

あなたが父を離縁した時、あなたの自己認識(アイデンティティ)が変ったのです。その時からあなたのアイデンティティは「私は体で、神が私を作った通りに存在する自由を私は持っていない。」ということに成ったのです。
あなたは「(現在あなたが自分の体と呼んでいる)あなたの見える様子/触れる様子」を自分として認識し始め、あなたは防御装置に成ったのです。
防御装置としてのあなたの役割は「自分の源から切り離されている危険なポジション内」で自分を安全に保つことなのです。
しかし防御装置に成りたいと思った人など誰も居ないのです。
物事が(宇宙が)働く方法に逆らって立とうと願った人などいないのです。
誰も惨めさや不調和やそれらが持ち込む闘争/衝突を体験したいなどと思っては居なかったのです。

体に対するあなたの想像/空想と決め付けが、
[It is only the awareness of the body that makes love seem limited. For the body IS a limit on love. ]
[体に対する意識/認識だけが愛を限られたものに見せているのです。何故なら体とは愛に対する限定なのだから。]

なぜここで急に「愛が限定されていたり、愛が無限だったりすること」が言われているのでしょうか?
それは、「愛そのものの確証/表現に成り、愛そのものの実体を体現して、父の意図を伝えること」が父が創造したものとしての体の働きだからです。

だから、
[It is only the awareness of the body . . .. . . that you have made up . . .. . . that makes . . .. . . that which should be unlimited, which is unlimited, being love, . .. . . that makes love seem limited. For the body . . .. . . as you have made it up, . .. . . IS a limit on love.]
[{あなたがでっち上げた}体に対する意識/認識だけが、{本来愛であり無限であるべき体という}愛を限られたものに見せているのです。何故なら{あなたがでっち上げた}体とは愛に対する限定なのだから。]

あなたが自分のアイデンティティ(自己認識)を神/父/源から引き抜いた時、あなたは自分のアイデンティティを体の上に移したのです。

[Think not that this is merely allegorical, for it was made to limit YOU. ]
[これを単なる比喩として受け取るのは止しなさい。何故なら体は「あなた」を限定する為に作られたものなのだから。]

それ(体の定義)は「限定されている無限ではないもの/無限の源を持っていないもの」としてあなたを認識する為に作られているのです。
それは「小さく限定されており怖れに対して無防備なもの」としてあなたを認識するよう作られており、無防備な状態(怖れを感じてしまう状況)を乗り越えようとする意図の結果として、防御メカニズムとしてあなたを認識するように作られているのです。
より過激な言い方をすれば、あなたが体に与えた定義はあなたを殺人マシンにするように作られているのです。

そして「あなたの聖なる個人性の可視性と可触性」に対してあなたが適用している定義の最終的結果としてあなたは死んでしまうのです。
何故なら、それ(体に対するあなたの定義の崩壊)は避けようが無いから。
何故なら「真理をあなたに示す体験」を、そして「あなた自身に対するあなたの定義への決意を放棄するチャンス」を、回避することは出来ないから。
しかしあなたが死を迎えてるように見えているその時、あなたは自分が依然として生きていることを直ぐに発見するのです。「在ること(存在)」の絶え間ない体験内に自分が今でも居ることをあなたは直ちに発見するのです。そして『あなたを「殺した」ように見えていたもの』にはあなたを殺す力は無かったと理解するのです。
この時点で、父から離縁し続けることへの決心を放棄する機会をあなたは得るのです。
時として、このようにして決心(分離への忠誠心)が放棄されるのです。
しかし多くの場合そうは成らないのです。何故なら「コントロールを保ち続けよう/独立し続けて独立的存在として成功しよう」とする意図が未だそこに残っている場合があるから。

[Can you who see yourselves within a body know yourself as an IDEA?]
[「体の中に自分達が居る」と考えているあなた達に「アイディア」としての自分達自身を知ることが可能でしょうか?]

現在のあなたにとって「自分はアイディアであると」考えることは難しいかもしれませんが、でもあなたはアイディアなのです。
何故なら神が、無限のマインドが、無限の意識的気付きが、動いたのだから。
マインドの動きが意識体験なのです。 それが意識する(意識として存在する)ということなのです。
そしてマインドはアイディアを意識/認識しているのです。
完璧なアイディア達。 無限の意味を持ったアイディア達。 限りないテクスチャー(手触り)/音/光/色を持ったアイディアをマインドは意識しているのです。
そしてこれら全ては、神の動きであるマインドの行為を通して体現されているアイディアの一部なのです。

[Everything you recognize you identify with externals, something outside itself.]
[あなた達は自分達が見ている全てのものを外的要素(自らの外にある何か)によって認識しているのです。]

さてあなたが二つのステップをした時、あなたが静かに成って「父よ、ここの真理は何ですか? 聖霊よ、私が体験していることに対する父の見方を示してください。」と言っている時、あなたのフォーカス(意識の焦点)が「体との自己同一」から「マインドとの自己同一」へとシフトしているのです。

下記が「目覚めがあなたに示す真理」なのです。
あなたの全ジレンマは、あなたが「形(フォーム)と呼ばれている特定のアイディア」と自分を同一視しており、「無限の意識として確立されている聖なる存在としてのあなた」を放棄していること故なのです。{自分は神から分離していると考えている}あなたは無限から有限へのシフトを行ったのです。
すると急に、それまでマインドとして全てを無限に体験していたあなたが、「全てを照らし出し抱擁している愛の動き/愛の実体」として全てのパーフェクションを無限に体験していたあなたが、あなた自身を物体として解釈し始めただけでなく、創造の全てを物体として解釈し始めたのです。 全てをプライベートで分離/孤立している物体だとあなたは解釈し始めたのです。
あなたはこのような解釈から目覚めるのです。

目覚めとは(あなたがあなた自身に対して与えている定義)「あなたが定義しているあなたの体」を向上させることではありません。
目覚めとは、あなたの注意/意識を「このような特定の形(体)にフォーカスし続けること」から『このような形(体)が存在しており、その神聖がそれそのままに体験出来る「マインド」』へとシフトすることなのです。
何故なら、それ(あなた)は神によって作られたアイディアなのだから。
神が「動き回る無限のマインド」に成ることによって、このアイディア(あなた)が形作られているのです。

さてあなた達は自分達の注意をどの方向に向けるべきか理解しました。
それは体を向上させようとする方向ではありません。
それは、体への注意にフォーカス(集中)することを放棄して、二つのステップの静けさの中に注意を与える動きなのです。
口(思考)を閉じて「父よ、何がここの真理なのですか?」というシンプルな質問を発して、その質問を変えず、答えを引き出そうともせず、答えを呼び入れそれを受け入れることなのです。 
私がこれに関してより多く語れば、これがあなた達にとってより明確になるのです。
このシフトが目覚めのステップに成るのです。

[You cannot even think of God without a body, or some form you think you recognize.]
[あなた達には「体(あるいは認識可能な何らかの形)を持っていない神」を考えること(認識すること)さへ出来ないのです。]

神は無限で限り(区切り)が無いのです。つまり神はマインドであって、このマインドが動いた時それは無限な動きなのです。
そしてこの動きは複数の(聖なる完璧な)アイディアで出来ているのです。
これらのアイディアそのものも無限を体現しており、全てを内包している全体であって、全てと一体なのです。
しかしそれは分離した細かい部分が寄り集まっているのではなく、言ってみれば全体のホログラムのようなものなのです。

[The body cannot KNOW. And while you limit your awareness to its tiny senses, you will not see the grandeur which surrounds you.]
{あなたがでっち上げた}[体には「知ること」が出来ません。自分達の意識を体の卑小な感覚に限定している限り、あなた達には自分達を取り巻いている壮大さを見ることが来ません。]
{自分達の意識を体の卑小な感覚に限定している限り}あなたは(全てのリアリティを現している)天国を見ていません。あなたは神聖なあなたをそれそのままに見ることが出来ません。

[God cannot come into a body, . .]
[神は体の中には入って来れず、]

あなたはあなたの空想的定義の中に入って行けると考えましたが、神はそこには入って行けません。
あなたは(現在あなたの体と呼ばれている)天国の一部に対してあなたが作り上げた定義へあなた自身を閉じ込めたのです。

[God cannot come into a body, nor can you join Him there.]
[神は体の中には入って来れず、体の中であなたが神と繋がることもまた不可能です。]

現在のあなた自身に対する定義の中では、あなたが父と繋がることは出来ません。
だから「あなた自身に対するあなたの現在の定義」を放棄出来るように成るべきなのです。
その為に聖なる瞬間が必要なのです。二つのステップがそれを達成するのです。
あなたの注意を「体との自己同一視(自分を体と限定すること)」から外して「(その中であなたが神である無限のマインドに届いている)静けさ」に与えるのです。
そうすることによって父の視点の(父が創造した全てに対して父が与えている意味の)流入に対して自分を与えるのです。
その時あなたは完全にマインドだけで出来ている体験(マインド体験)に対して自分を開いているのです。
何故なら神の法が全てを統治しているのはこのスペース内(静寂の中)なのだから。
そしてこのスペース(父の視点があなたの中に流入している静寂な場所)の中で変容/再生/贖いが起こり、その結果として「リアリティそのもの」があなたに示され、全く安全である「あなた」が示されるのです。

[Limits on love will always seem to shut Him out, and to keep you apart from Him.]
[愛に対する限定が常に神を締め出しているように見えており、あなたを神から隔てているように見えているのです。]

体とは、あなたが作り上げている体とは、この神聖の可視性と可触性の上にあなたが被せている(そうすることによってあなた自身をあなたの神聖に対して盲目にしている)想像/空想は、
[This body is a tiny fence around a little part of a glorious and complete idea.]
[体とは、全く限定されていない輝けるアイディアの小さな一部分を脆弱なフェンスで囲おうとしている試みなのです。]

「エゴとはあなたという無限のマインドの小さな一部をバブル(シャボン玉)の中に囲ったようなものだ」と過去に私は何度も言っています。
つまりバブルの中と外があるわけです。
しかしバブルの中に在るものと外に在るものは同じなのです。
あなたの神聖に対してあなたを盲目にしており目覚めからあなたを遠ざけているのは、(実際にはシャボン玉のように脆弱な)バブルが堅剛に確立されているとあなたが考えているからなのです。
しかし「私が全てに対して考えていることとは別に、父よ、ここの真理は何ですか?私はあなたの視点を体験したいのです。聖霊よ、私はあなたを取り戻したいのです。」と真剣に訊ねた時このバブルは弾け飛ぶのです。
バブルの外を囲んでいる全てが聖霊なのです。
バブルの外側に居るのも{聖霊という}あなたなのです。 バブルによって外側に遠ざけられているあなた自身がそこに居るのです。
しかしあなたはバブルの内側に居るものだけが自分で、だから自分は小さく傷付き易い(無防備だ)と信じ「死ぬほどの怖れ」を自分に与えているのです。そしてバブルが割れて弾けないように努力することが自分の運命だと信じ込んでいるのです。

[The body is a tiny fence around a little part of a glorious and complete idea . . .]
[体とは、全く限定されていない輝けるアイディアの小さな一部分を脆弱なフェンスで囲おうとしている試みなのです。]
完璧なアイディアとは「聖なるあなた」なのです。
現在はバブルの外側に居る(そしてあなたと再度繋がることを心待ちにしている)「聖なる無限のあなた」から分離されているのが、脆弱なフェンス(バブル)で囲まれているように見える小さな一部{体と自己同一しているあなた}です。

[It draws a circle, infinitely small, around a very little segment of Heaven splintered from the whole, proclaiming that within it is your kingdom, where God can enter not.]
[それは天国のとても小さな一部を極小な丸で囲んで、全体から切り分けられたその内側を神が入って来れない「あなた」の天国(領域)として宣言することなのです。]

バブル(小さな丸)で囲んである部分も、天国の非常に小さな一部なのです。
それは第二の創造ではないのです。それもまた神が働き掛けたものに違いないのです。
それは小さな丸に囲まれているので、(小さな区切られた部分が)全体から全く異なっているように見えているだけなのです。

あなたがこれ(分離)を信じ込んでいる時、この催眠術から目覚めるまで(バブルに囲まれている)あなたは失われているのです。
バブル(あなたを天国から区切っている丸)への執着と、それを弾けないように保とうとする決意がバブルを保ち続けてしまっているのです。 {あなた達は}「もう少しシャボンを足して、もう少し水を足して」と努力してシャボン玉が弾けないようにし続けているのです。

この大国の中で(丸/バブルの内側で)エゴが統治しています。
その中では神の法が最上のリアルな不変なものには見えていないのです。
しかしこれは「そう見えていない」だけなのです。 
何故なら神が変えられることは無かったのだから。

[Within this kingdom the ego rules, and cruelly.]
[この王国の中でエゴが非情な統治を行なっているのです。]

何故なら(全く不動で安全なのに)それ自身を常に守り続けようとすることはリアリティに完全に反する行為だから。
その結果としてそれ(エゴ)がする全てのことはリアリティの否定に成っており、それ故にエゴは容赦なく非情なのです。
それだけでなくエゴはあなたにヒット(中毒的興奮)を与えようとするのです。自分の安全を確保出来ているように見えている時の満足と喜びのヒット(興奮/満足)があり、あなたはそれを放棄したいと思えていないのです。

[Within this kingdom the ego rules, and cruelly. And to defend this little speck of dust, it bids you fight against the universe.]
[そしてこの小さな塵を防御する為に、それ(エゴ)はあなたを宇宙と戦わせようとするのです。]

バブルの外側(無限/天国/創造)に対してバブルの内側を守ろうとすることによって、あなたはこの小さなバブルを保とうとしています。
そして一番良いニースは「これらの行為は全く上手く働いていない」ということなのです。
神と似ていないものは何も作られておらず、あなたは全く罪を犯していないのです。何故なら、あなたは不可能なことをすることに成功してはいないのだから。

だからバブルを弾けさせてしまう理由があなたにはあるのです。
思考を止めてあなたの中の静寂の中に入り、あなたの最上の思考/判断/論理の外に出て、そして「父よ、(神の声である)聖霊よ、ここの真理は何なのですか?」と訊ね聞くことによって、バブルの補強を止める理由があなたにはあるのです。


[This fragment of your mind is such a tiny part of it that, could you but appreciate the whole, you would see instantly that it is like the smallest sunbeam to the sun, or like the faintest ripple on the surface of the ocean.]
[このあなたのマインドの欠片は、もしあなたが全体を(そのほんの僅かな一部でも)感じられたなら(認識出来たなら)それが太陽から発せられている一番小さな光線のようであることが瞬時に解るのです。あるいは、これは大海原の上面の僅かな波のようなものなのです。]

バブルの中の小さなあなたは、
[. . . is like the smallest sunbeam to the sun,or [like] the faintest ripple on the surface of the ocean. In its amazing arrogance, this tiny sunbeam has decided it IS the sun; this almost imperceptible ripple hails itself as the ocean. ]
[...太陽から発せられている一番小さな光線のようであることが瞬時に解るのです。  あるいは、これは大海原の上面の僅かな波のようなものなのです。この小さな光線は驚くべき傲慢さで「自身こそが太陽である」と決めたのです。このごく僅かな波が自分のことを大洋として崇めている(認識している)のです。]

あなたは自分のことを(神が存在していない)進化のプロセス上に現れた精子と卵子が結合して生まれた「行ないの正しい人間(あるいはある程度欠点のある人間)」だと主張しているかもしれません。 進化プロセスの創造はマインドがもたらしたものではなく、意識を持っていない空間内でカオスがランダムな創造を行っており、あなたはその偶然の産物で、何時でも偶発的に消滅してしまう(事故などで死んでしまうかもしれない)と考えているかもしれません。


[Think how alone and frightened is this little thought, this infinitesimal illusion, holding itself apart against the universe. ]
[この小さな思考がどれだけ孤独に怯えているか考えて御覧なさい。この極小な幻想がそれ自身を宇宙に対して隔てているのです。]

あなたは自分がこのようなことをしているとは気付いていませんでした。
そして私がこう言っているのは「あなたは全く神らしくなく破壊的に振舞って来て、だから(神に対抗して立っている)あなたはとても罪深い」と言う為ではありません。
「このようにして分離が起こっており、あなたはこれを試みて来たけれど、これを成功させることは不可能です。」とあなたに知らせる為に私はこれを言っているのです。

そしてあなたは罪人ではなく、永遠に地獄に落とされる必要はないのです。
私は「あなたは不可能なことは達成出来なかった、だから罰を受けることなく{独立/分離の為の}闘争を手放すことによってリアリティに戻ることが出来る」と伝えたいのです。
「自分は最大の罪を犯しており、だから自分は無防備になることが出来ない」というあなたの固い信念が、あなたが父に近づけず父に譲れていない理由なのです。
静かに成って父の視点を呼び込むのです。すると父は自身の視点を躊躇なくあなたに分け与えます。
何故なら、「あなたが達成したと考えていることをあなたが達成していないこと、そして真理によってあなたのマインドが浄化されることだけが必要であること」を父は見るのだから。


もう一度読みましょう。
[Think how alone and frightened is this little thought, this infinitesimal illusion, holding itself apart against the universe. The sun becomes the sunbeam's "enemy" which would devour it, and the ocean terrifies the little ripple and wants to swallow it.]
[この小さな思考がどれだけ孤独に怯えているか考えて御覧なさい。この極小な幻想がそれ自身を宇宙に対して隔てているのです。太陽が光線を飲み込もうとしている「敵」に成っているのです(エゴの思考に取り付かれているあなた達は自分の源を敵として認識しているのです)。大洋が小さな波を脅かしておりそれを「飲み込もう」としているのです(そのように認識されているのです)。]

あなたの全体に対する怖れが在るだけなのです。それだけなのです。
それは{神から}独立しよう独立し続けようとする意図の結果なのです。それだけなのです。 
この意図が放棄された途端に「独立の意図に伴って発生していた全てのネガティブなこと」が消えるのです。
それは何故でしょう?
何故ならあなたは{独立した存在で在ろうとする}これら全ての試みを「父の愛の海」の中で行なっているのだから。
「父の愛の海」とは創造を体現しているものであり、創造/天国と呼ばれているものなのです。 これが物理的世界/宇宙と誤認識されているのです。

[Yet neither sun nor ocean is even aware of all this strange and meaningless activity. They merely continue, unaware that they are feared and hated by a tiny segment of themselves.]
[しかし太陽も海もこれらの奇妙で無意味な試みがなされていることには気付いていません。 それらは自らがその一部から怖れられ憎まれていることは認識しておらず、ただ存在し続けているのです。]

あなたが感じている不安/罪悪感/怖れがどれだけ無意味で馬鹿げているか、これで解るでしょう。

[Even that segment is not lost to them, for it could not survive APART from them.]
[太陽や海にとっては、これらの小さな部分は失われてはいないのです。 何故なら太
陽や海の一部が太陽や海から分離して存在することは出来ないのだから。]

海の中の小さな波が、海なくして存在すること(生きること)は不可能です。太陽無くして日の光は存在し得ません。
「現実であるもの」が太陽光線として(波として)それ自身を現実化しているのです。
そしてあなたの神聖が今の瞬間あなたに成っているのです。

[And what it thinks it is what it thinks it is in no way changes its total dependence on them for its being. Its whole existence still remains in them.]
[これら(太陽や海の一部)が自分達のことを何と考えるていたとしても、これら(太陽や海の一部)がその存在自体を完全に太陽や海に依存し続けていることは全く変わらないのだから。それら全体の存在はそれら自身の中に今でも在り続けているのです。]

あなたの存在の全てはまだ父の中に在るのです。あなたは今でも父の子なのです。あなたは今でも神の子孫なのです。
あなたは今でも永遠に続く神の表現なのです。

[Without the sun the sunbeam would be gone; the ripple without the ocean is inconceivable.Such is the strange position in which those in a world inhabited by bodies seem to be. ]
[太陽が無ければ太陽光線も消えてしまいます。 海が無いならその上に存在する波のことを考えるのは無意味です。「体が住んでいる世界」の中に居る人達は、このような奇妙なポジションに居る様に見えているのです。]
{幻想によって}作り上げられた体、想像上の体、特定の形の定義。 それらはあなたを創造し保っているものとはまったく関係無いのです。

[Each body seems to house a separate mind, a disconnected thought, living alone and in no way joined to the Thought by which it was created. Each tiny fragment seems to be self-contained, needing each other for some things, but by no means . . . [totally dependent on their one Creator for everything, and] needing the whole to give them any meaning, for by themselves they DO mean nothing. Nor HAVE they any life apart and by themselves]
[それぞれの体の中には分離したマインド(繋がっていない思考)が入っていて、孤独に生きており、それを創造した「思考」とは全く繋がっていないと考えられているのです。それぞれの小さな欠片が自己充足している(それ自身で成り立っている)ように見えており、何かの為にお互いを必要としているけれども、それら全てを造った創造者に完全に依存してはいないと考えられているのです。そして「それら自身では何の意味も持っておらず、それら自身のみでは全く生命も持っておらず、だから全体がそれらにその全ての意味を与えることが必要だ」と考えられてはいないのです。]

体はあなた達が定義したようには存在していません。
体の真理を体験する為に必要なのは、体に対するあなたの定義への確信を放棄して、「解らないこと」とあなたに感じられるものの中に踏み出して、「不可解/不可知なもの」に対してあなた自身を与えることなのです。
私がそれを「不可知/理屈に合わない」と呼んでいるのは、あなたが自分を放棄する対象は「(これが自分に不可侵/安全を与えるとあなたが決めている)整った知的思考プロセスによって前もって作られているもの」ではないからです。
自分のコントロールを放棄するまで「自分が既に完璧に保たれていること」があなたには解らないのです。
あなたの存在そのものが、神の現れであり神の動きなので、あなたは完全に不可侵であり不死身なのです。 あなたは「全知全能で遍在している神の全て」を反映しているのです。{だからあなたは神によって完璧に保たれているのですが、あなたが自分の思考を使って分離を保持し続けている限り、あなたには自分の神聖が解らないのです。}

どのような想像力をあなた達が使ったとしても、それでも「リアルなあなた」は存在し続けます、
[Like to the sun and ocean your Self continues, unmindful that this tiny part regards itself AS you.]
[それでも(太陽や海のように)あなたの「自己(Self)」は存在し続けて行きます。その小さな一部自身があなたに成った積りで振舞っていることは気にせずに、それに気づかずに、あなたの「自己」は続いて行きます。]

バブル(丸)の外側に在るもの(つまりあなたの全体)は、(バブルの中に居る)あなたの注意を100%引き付けている小さな幻想に影響されていはいません。
しかしその小さな幻想は、(バブルの中に居る)あなたを死ぬほど怖れさせており、バブルをより堅固に補強し続けることによってあなた自身を防御させようとしているのです。

[It is not missing; it could not exist if it were separate, nor would the whole be whole without it. It is not a separate kingdom, ruled by an idea of separation from the rest. ]
[それ(あなたの小さな一部)は失われてはいないのです。 それが{あなたから}分離していたなら、それは存在出来なかったでしょう。 そしてこのあなたの小さな一部が失われていたなら、全体が全体ではなくなってしまいます(しかしそれは不可能です)。神の大国は(他から分離しているというアイディアによって統治されている)分離された天国ではないのです。]
そのようなこと(分離)は全く達成されなかったのです。

[Nor does a fence surround it, preventing it from joining with the rest, and keeping it apart from its Creator. This little aspect is no different from the whole, . .]
[それ(あなたの小さな一部)を囲んでいるフェンス{バブル}が、その他全てと繋がることを防いだり、それをその創造者から分離しておくことは不可能です。この小さな要素(一部分)は全体と「同一」であり、]

今現在あなたは既に神の聖なる子であって、だからあなたは今パーフェクトなポイントから自分を理解する必要があるのです。 長い旅に出て、パーフェクトなポイントに到達しようとするのではなく。

バブル(丸)の中の、
[This little aspect is no different from the whole, . .]
[この小さな要素(一部分)は全体と「同一」であり、]

あなたは今現在最上なのです{最上の存在なのです}。しかしあなたは自分が限定されたものであると信じることに固執しており、「未知(あなたがコントロールしていないもの)」に向かって自分を放棄することは拒否しているのです。
しかし「未知なここ」で真理があなたに届いているのです。ここであなたは真理を聞いているのです。
そしてあなたがこれを聞き続けたなら、これはもう信じ難くは(Fabulousには)見えなくなるのです。 Fabulousとは寓話的(御伽噺的)という意味です。

[This little aspect is no different from the whole, being continuous with it and at one with it. It leads no separate life because its life IS the oneness in which its being was created.]
[この小さな要素(一部分)は全体と「同一」であり、全体と継続しており、全体と一つに繋がっているのです。この小さな要素(分離したように見えているあなた)は分離した人生は送っていないのです。 ]

上記の文章は何を言っているのでしょうか?
これはバブルの中のことを言っているのでしょうか? これはバブルの外のことを言っているのでしょうか?これは定義の丸(脆弱なフェンス/バブル)について言っているのでしょうか? それとも丸(バブル)の中に居るあなたに関して述べているのでしょうか?
これは勿論あなたのことを述べているのです。

だからあなた達が「どれだけ自分達が分離している」と考えていたとしても、
[It leads no separate life because its life IS the oneness in which its being was created . . .]
[この小さな要素(分離したように見えているあなた)は分離した人生は送っていないのです。 何故ならこの人生/生命は「ワンネス/一体性」の中に在り、この人生/生命は「ワンネス」の中で創造されているのだから。]
ここで言うワンネスとは、その中でマインドが動いている「マインドの宇宙的現れ」であり、その動きが創造/天国なのです。

[Do not accept this little, fenced-off aspect as yourself. ]
[この小さく切り分けられている要素(体)をあなた「自身」として受け入れるのは止めなさい。]

あなた達が使っている「自分達はパーフェクション(完璧性)に値しないという定義」を受け入れるのは止めなさい。
それら(パーフェクションを反映していない定義群)をあなた自身のこととして受け入れるのは止めなさい。
それらに対してチャレンジし始めなさい(異を唱え始めなさい)。
あなたはどのようにしてそれらに対してチャレンジするのでしょうか?
力を使ってではなく、聖なるあなたであるものを(今までよりも)より多く見ようとする好奇心によってチャレンジするのです。
真摯な好奇心を発揮することによりあなたは(今まであなた達が信じてきた)定義群に対してチャレンジするのです。
そしてあなたの大いなる好奇心への反応が得られるように、あなたは静かに成るべきなのです。
これはシンプルで愛らしい「故郷への道」なのです。

[The sun and ocean are as nothing beside what you are.]
[あなたで在るものをおいて、太陽と海は何者でもないのです。]
これはわたし達が物体に関して話しているからです。 
『「あなたが未だ夢見ていて、体をあなたの焦点(物事を理解する基準)として使っている」時点でその意味を理解している物体』としての海や太陽に関して述べているからです。

[The sun and ocean are as nothing beside what you are. The sunbeam sparkles only in the sunlight, and the ripple dances as it rests upon the ocean. Yet in neither sun nor ocean is the power that rests in you.]
[あなたで在るものをおいて、太陽と海は何者でもないのです。太陽光線は日の光の中でだけ輝けるものであり、小波は海の上で踊るものです。しかしあなたの中に住まうパワーは、太陽の中にも海の中にもないのです。]

それはあなたが『限定されていない縛られていない「存在」の意識的気付き』だからです。 {神と一体である}あなたのマインドが全てに意味を与えているのです。
つまりあなたは「創造のスペースのようなもの」で、惑星や太陽や光線や波はその存在をこのスペースの中に持っているのです。
あなたはそれら(惑星/太陽/光線)に気付いているマインドなので、それらはその存在をあなたの中に持っているのです。 {それら惑星/太陽/光線は}外側にある物体としてではなく、意識的存在の中に抱擁されているアイディアとして{あなたの中に}存在しているのです。
このようにして「体との自己同一(体を通した認識){物体/物質を基準にした認識}」から「マインドのアイディア、聖なる秩序」にわたし達がシフトしていることが解りますか?
目覚めは知覚のシフトなのです。
コースによれば奇跡は「急激な知覚のシフト/瞬間的な知覚の変容」なのです。


あなたが毎日の生活の中でするべきことは、フォーム(形)を直したり変えたりすることではなく、「体としてのあなた(自分)を認識したり他者を体として意識すること」から「(全ての意識体験がその中で起こっている)限りないマインドとしてのあなた」へシフトすることなのです。

それら(アイディア)は物理的なものではないので、それらは機能している物質ではないので、あなたは{物理的法則などには}縛られておらずコントロールされておらず、{物質的なものによって}怪我したり殺されたりはしないのです。

これがシフトなのです。

静かに成って、あなたの「マインド」の中に在るこれらのことの意味を(父の視点から)知りたいと願うのです。 「これらのアイディア達全てを作り上げている視点」があなたに暴き示されることを願うのです。

それは何処で起こるのでしょうか?
それは道の上を歩いている体の中ではなく、「マインド」の中で起こるのです。
マインド内に(マインドの現れである、意識的気付きの現れである)体/道/惑星/銀河が発生しているのです。

これは細微なシフトなのです。 
だから私はこれを叫んで知らせてはいないのです。
何故なら、あなたは(強制されることなく)自分から進んでリアリティ体験の中に自分を解放しなくてはならないのだから。自分の意志でそれ(リアリティの体験)を抱擁しなくてはならないのだから。

[Would you remain within your tiny kingdom, . .. . . of bodies . . .. . . a sorry king, a bitter ruler of all he surveys, who looks on nothing, . . . . . except his imaginations, which is why what he’s looking upon is nothing . . .. . . yet who would still die to defend it? This little self is not your kingdom. Arched high above it and surrounding it with love is the glorious whole, . .. . . around this bubble, infinitely forever . . .. . . is the glorious whole, which offers all its happiness and deep content to every part. The little aspect which you think you set apart is no exception.]
[あなたは{体が住んでいる}自分の卑小な王国内に留まって、惨めな王(自分が見ているもの全ての意地悪な統治者)に成り続けたいですか? この王は{自分の空想以外は}何も見ておらず{だから彼は虚無を見ているのです}、それでもそれらを守るために死を掛けて戦おうとしています。この卑小な自己はあなたの{本当の}王国ではないのです。それ(あなたの卑小な自己{バブル})よりも遥かに高くそびえ、愛をもってそれを囲んでいるものが輝ける全体で、その全ての幸福と深い満足を全体の全部分に与えているのです。あなたが自分で取り分けたと考えている小さな部分もその例外ではありません。]

あなたが愛から排除されることは在り得ません。
あなたが愛の抱擁から除外されることは在り得ず、だからあなたは愛の抱擁から除外されていません。
もしあなたが苦しんでいるのなら、それは(神があなたを罰しているからではなく)あなたが自分を懲罰することにこだわっているからです。
父は、聖霊は、『「自分を罰する必要があるとあなたに考えさせている原因」は実際には起こっておらず、あなたが無罪無垢であること』を知っています。
この気付きと一緒に居なさい。

今週は私が繰り返し言ったことを聞き返して(読み返して)ください。
(アイディアや意識を模そうしている脳波で占められた)頭脳が上に付いている体としてではなく、意識的気付き(意識)として優しく存在する方法を見つけてください。
そのようなことは起こっては居ないのです(頭脳の中にシナプシスがあって、それが電子をやりとりして、それがアイディアや意識を構成している訳ではないのです)。
「理屈に合わないこと/不思議なもの」がそれ自身をあなたに示すことを許可しなさい。それに譲ってあなたの強いコントロールが放棄出来るように。


Chapter 18 – Section: THE PURPOSE OF THE BODY
1 Sparkly Book – p.442 / JCIM – p.184 / CIMS – p.372
Chapter 18 – Section: THE LITTLE GARDEN
First Edition – p. 364 / Second Edition – p.390

小林さんから寄付を頂きました。ありがとうございます。

私個人に寄付をくださる場合:
クレジットカードご使用なら
Available Note http://availabenotes.blogspot.com/
のメインテキストの左下の寄付ボタンをクリックすればPayPalのサイトに移行し、そこからクレジットカードでの寄付が可能です。PayPalのアカウントを取得する必要はありません。カード番号などの情報は全てPayPal(eBay)が管理しており、私が見ることは不可能です。
あるいは下記の住所まで小切手かトラベラーズチェックをお送りください。
Hiromi Okaue
2821 2nd Ave Suite 704
Seattle WA 98121 USA
(参照ページ)http://rajpur.blog13.fc2.com/blog-entry-220.html

この文章はサンローズが書き取ってくれた英文を元にしています。サンローズへギフトされる場合下記が彼女のアドレスです。
Francine Mienik (Sun~Rose)
13 Dunes Lane
Port Washington
New York 11050

この原文を提供しているNorthwest Foundation for A Course In Miracles へ募金される場合下記のWEBサイトを通して行なうか、あるいは下記の住所に郵送して下さい。

The Northwest Foundation for “A Course in Miracles”
PO Box 1490 / Kingston, WA 98346-1490 / USA
Phone: 360-638-0530 Fax: 360-881-0071
Website: http://www.nwffacim.org
E-Mail: paul@nwffacim.org

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

hiro.okaue@gmail.com

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。