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ACIM12-05-12

わたし達は [THE DREAM AND THE REALITY][夢とリアリティ]という章の最後のセクションに来ています。
{第18章の}これまでのテキストを読み返して復習することを皆さんにお勧めします。この章は聖なる瞬間の構造/働き/目的を説明していることが理解されるでしょう。

先週も説明した通り、
「聖なるあなた(あなた全体)」と「(あなたが現在それを自分と認識している)あなたの一部分」を分離している境界線にあなたが近づいた時、(あなたと「あなた全体」が繋がっていなと認識されており)「あなたが自分を独立自律した存在として認識している境界線」に近づいた時、あなたは居心地悪く感じることでしょう。
何故ならこの境界線にあなたが近づくに従い、バブル(境界線を成り立たせている幻想)が弾けそうになるのだから。

このフニャフニャの囲いが崩壊し、あなたは自分の全権限を失い、「分離して見えるあなたを価値在るものにして来た全てのこと」が失われるのです。
あなたは「あなたが創造したもの全て」を失うのです。 あなたが作った自己が失われるのです。 あなたの優れた仕事から発生しているあなたの尊厳などが失われるのです。{ここで言われている「あなた」は「神から分離しているつもりのあなた」です。訳注}
しかし一番大切なことは、あなたがあなたの周りに築いている境界線に近づいていった時、(あなた達がバブルを保持しようとし続けている限り存在し続ける)罪悪が顕わになるということなのです。

そしてあなたが罪悪を見て罪悪を感じて、罪悪を避けようとしなかったなら、その時不思議なことが起こるのです。
その時バブルの境界線(囲い)がより透明になるのです。そしてあなたはその向こうに光を見るのです。
あなたはバブルを透視してバブルの向こうにある光を見るのです。
そしてこれが起こっている時、「自分には怖れるべきことが何も無い」とあなたに明白に解るようになるのです。

要点は、怖れが立ち昇ってくる所(バブルの境界線)にあなたが到達した時、あなたは自分のガイド(聖霊)の手をシッカリ握る続ける必要があるということです。 
(聖霊/ガイドの指示に従って)あなたが境界線に向かって進んでいる時、あなたは今まで以上に聖霊の手を強く握る必要があるのです。

「あなたの正しいマインドに過ぎないもの」は、バブルの外側にある全て(無限)を満たしているものは、 あなたの小さな部分(バブルによって全体から分離されている小さなあなた)を取り戻そうとしているのです。
聖霊は(バブルの中に収められている、あなたがとても大切にしている)「あなたの一部」をバブルの外に取り出そうとするのです。 そうすることによってあなたとあなた全体を分離しているこの脆弱な囲い(バブル)が破けて、「分離」と呼ばれている知覚の歪みがもう発生しなくなるようにしようとしているのです。 するとあなたを「小さなあなた」と「あなた全体(小さなあなた以外の全て)」の二つに分離して見せているものが何も無くなり、あなたは「あなた全体」を体験するのです。

しかしあなたがガイドに聞き従うことを続ける内に、聖なる瞬間の中で父(や聖霊に)に「ここの真理は何ですか? 何がバブルの外と内を満たしているリアリティなのですか? バブル(囲い)を無能に無意味にしているリアリティは何なのですか?」と訊ね聞いて行くに従い、その結果としてガイド(聖霊)を聞くことが助けにならない(聖霊の言うことを聞くと危険だ、何故なら聖霊の言うことを聞いた結果として「怖ろしい場所/バブルの境界線」に来ているのだから。)という間違った結論を導いてしまうかもしれません。 

するとあなたは聞くことを拒否し始めてしまうかもしれません。
何故なら聖霊を聞かなくなれば、あなたは境界線から再度離れることが出来、あなたはより安全に感じ(境界線の傍に行くことから来る)怖れを軽減することが出来るのだから。
あなたはこの現象を理解しておくべきなのです。
あなたがこの怖れを体験した時「オーケー、聖霊よ、私はあなたのガイダンスにもっと寄り掛かることにします。わが身をあなた(聖霊)により完全に任せます。私を境界線の向こうに連れて行き、私をそこから自由にし、リアリティに対する歪みのないクリアな体験に私を連れ戻すことがあなたの目的だと私は知っているのだから。 私が世界/宇宙を天国というリアリティとして歪み無く体験出来るようにすることがあなた(聖霊)の役目なのだから。」 とあなたが言えるように。

この章は聖なる瞬間のプロセスを説明しており、聖なる瞬間がどのようにしてあなたを境界線に導き、どのようにして境界線の向こうにあなたを導き入れるか説明しているのです。
だからこの章の一番最後のセクションの題名は、[THE PASSING OF THE DREAM][夢の消滅]です

「夢の放棄」あるいは「夢からの解放」というタイトルでも良かったでしょう。
「夢の放棄」の方がより正確なタイトルだったかもしれません。
夢からの解放だと、夢があなたを捕らえ縛ることが出来るような印象を与えてしまいます。 夢そのものがあなた達に対してネガティブな力を持っているような印象を与えてしまいます。
しかしそのようなことはなく、あなたが夢を放棄するのです。
聖なる瞬間の実践は夢を放棄するプロセスなのです。

聖なる瞬間は夢(バブル)から出る為の橋なのです。
聖なる瞬間という橋を通って夢から出る課程で(そのプロセスの動きの中で)バブルが弾け、あなたの全体が修復されるのです。あなたの神聖があなたに修復され、「目覚めの為に聖なる関係の中であなたと繋がっている人」があなたの中に(あなたの為に)修復されるのです。

本を読みましょう。

[THE PASSING OF THE DREAM]
[夢の消滅]

[This course will LEAD to knowledge, but knowledge itself is still beyond the scope of our curriculum. Nor is there any need for us to try to speak of what must forever lie beyond words.]
[このコースは叡智(knowledge)へと導きます。 しかし叡智そのものはわたし達のカリキュラム(学習内容)外です。そして「永遠に言葉の外に在るもの」に関して話そうとする必要もわたし達にはありません。]

私は今まで(卑小な思考と区別する為に)“Knowing”(叡智)という言葉を使ってきました。
コースの中では(「知識」と解釈することも可能な)Knowledgeという言葉が使われていますが、私は{ポールを通しては}Knowingという言葉を使ってきました。

[This Course will lead to [Knowing], but [Knowing] itself is still beyond the scope of our curriculum.] {ヘレン・シャックマンによって実際に書き残されたテキストではKnowingではなくKnowledgeという言葉が使われています。訳注}
[このコースは叡智(knowledge)へと導きます。 しかし叡智そのものはわたし達のカリキュラム(学習内容)外です。]

叡智はバブルの中を超えて存在しているもので、だから叡智はこの学習(カリキュラム)の範囲を超えているものなのです。
この学習の目的は「バブルが弾けるところまであなたを連れて行くこと」なのです。
あなたは父/聖霊と繋がり続けることをあえてして、自分の孤立(独立)を放棄するべきなのです。
これがコースの要点なのです。 そしてコースの学習があなたをこのことに導いて行くべきなのです。 あなたを行動(振舞い)へと導くべきなのです。
ただ知識を集め続けるのではなく{父から訊ね聞いた結果としての振舞い(在り方)が出来るようになるべきなのです}。

だから、
[The Course will lead to knowledge, but [Knowing] itself is still beyond the scope our curriculum.]
[このコースは叡智(knowledge)へと導きます。 しかし叡智そのものはわたし達のカリキュラム(学習内容)外です。] 

コースのカリキュラム(学習)は、「一人になろう(自分だけで自律しよう)としたあなたの選択が行われた場所」にあなたを導きます。
そしてその(あなたが独立している状態の)向こうへあなたを運ぶ「何か{聖霊}」があるのです。
コースに出来ることはそれだけなのです。
そして神の動きのプロセス上で、聖なる瞬間を実践した結果として、あなたは学んでいるように見え、あなたが知識を得ているように見えるのです。
しかしそれら全ての目的は「あなたがそれ(知識をもとにした学習)を超えて行く地点」まであなたを導くことなのです。

だから叡智そのものは、
[. . . knowledge itself is still beyond the scope of our curriculum. Nor is there any need for us to try to speak of what must forever lie beyond words. We need remember only that whoever attains the real world, beyond which learning cannot go, WILL go beyond it, but in a different way.]
[しかし叡智そのものはわたし達のカリキュラム(学習内容)外です。そして「永遠に言葉の外に在るべきもの」に関して話そうとする必要もわたし達にはありません。わたし達が覚えているべきは下記のことだけです。(学習では届き得ない)リアルな世界を得る人は誰でもその先に行くのですが、しかし{今までとは}異なった方法でこれを行なうのです。]

この学習はあなたをバブルの境界線まで{知覚の狭間まで}連れて行きます。 学ぼうとする意欲は、あなた達が作り上げて来た定義群(そしてあなた達がそれによって自分達を定義しており、自分達の自己認識をそれに硬く結び付けている定義群)の境界線まであなた達を連れて行きます。
そしてそこ(境界線の狭間)ではそれ以上の学習は起こらないのです。
あなたを境界線の向こうまで連れて行くのは、それ以上の(より多くの)学習ではないのです。
だからあなたが境界線を越えて行った時もう学習は継続されないのです。

だからあなたは学習の先に行くのですが、
[. . . WILL go beyond it, but in a different way.]
[誰でもその先に行くのですが、しかし{今までとは}異なった方法でこれを行なうのです。]

私がこれから言うことはある意味では比喩的表現で、ある意味ではリアルな説明です。あなた達がどのようにして(今までとは異なる体験/方法によって)境界線を越えて行くか下記に説明します。

例えば「紙やすり」がどのようなものか誰かに説明してもらって、あなたは紙やすりについて学習することが出来るでしょう。
それによりあなたは『紙やすりが紙に砂を塗りつけたもので、それはザラザラしており、紙やすりで擦って何かを削ることが出来る』とヴィジュアライズ(視覚化)することが出来るでしょう。
こうしてあなたは知的な理解を得ることが出来、紙やすりに関する知識を得ることが出来るでしょう。
しかし実際に誰かがあなたに紙やすりを手渡して、あなたがその手触りを感じ、それを使ってみたなら、その時あなたは今まであなたが受け取ってきた説明の意味を体験するのです。
その体験(紙やすりを実際に使う体験)は、「紙やすりの使い方の説明を他者から聞いたり本で読んだ体験」とは全く異なるものなのです。

だから、
[We need remember only that whoever attains the real world, . .]
[(学習では届き得ない)リアルな世界を得る人は誰でもその先に行くのですが、]
上記の文章は「人によってはリアルな世界が得られない」と言っている訳ではありません。

[We need remember only that whoever attains the real world, beyond which learning cannot go, WILL go beyond it, but in a different way.]
[(学習では届き得ない)リアルな世界を得る人は誰でもその先に行くのですが、しかし{今までとは}異なった方法でこれを行なうのです。]

バブルを超えて行く時あなたは(言ってみれば)「ありとあらゆる全てに対する神の視界」を体験するのです。
それ(神の視界/視点)は体験であって説明ではないのです。

この本全部の目的は、そしてわたし達が読んで来たこの章全体の目的は、バブルを通り抜けるこの動きの性質と力学(働き)を明確に説明することなのです。 あなたが知識から体験へと卒業出来るように。
あなたは“A Course in Miracles”に関する知識を得ようとしてこの本を読むべきではないのです。
「あなたのことを話しているもの」としてこの本を読み、(知識ではなく)リアリティ体験へとあなたを導くものとしてこの本を読むべきなのです。
知識は静的なものです。知識はまるで石の上に書いた文章のようです。

しかしリアリティ体験は瞬間内で体験される{あなたの意識の}動きなのです。
リアリティは(前知識なく偏見なく)「ここで何が起こっているのだろう?」という子供のような好奇心を持ってあなたが「この今」に自分の注意/意識を当てた時体験されるものなのです。
「ここの真理は何だろう? 父よ、あなたはこれをどう見ていますか? 何がリアルに起こっているのですか?」そう言ってあなたは「(父自身から飛び出てあなたに成っている)父」と繋がれるようになるのです。

バブル(幻想の境界線)が終わった所から神が始まります。
[Where learning ends there God begins, . .]
[学習が終わった所から神が始まります。]

そしてバブルの周囲から永遠に向かって神が続いているのです。
学習が終わる所からあなたのリアリティが始っているのです。

[Where learning ends there God begins, for learning ends before Him Who is complete where He begins, . .]
[学習が終わった所から神が始まります。何故なら、「始まる所で完全」であり「終わりの無い所」である彼(神)の前で学習は終るのだから。]

もう一度聞きなさい。
[. . . learning ends before Him Who is complete where He begins, . .]
[「始まる所で完全」であり「終わりの無い所」である彼(神)の前で学習は終るのだから。]

あなたがバブルの端(あなたの思考が止まっている所)まで行った時、学習は終るのです。
あなたがバブルの端まで行った時、あなたは神が始る場所に立っているのです。
そしてあなたがバブル(あなたの思考/定義)を超えて行った時、神が十全(全体)である場所にあなたは居るのです。
その時神が完全に成っており、その瞬間にバブルが弾けるのです。
その時「バブルの中」と呼ばれているものは存在していないのです。
そこにあるのは無限の神の全てであり、無限なあなたの残りの部分(あなたが今まで自覚していなかったあなた全体)なのです。

[Where learning ends there God begins, for learning ends before Him Who is complete where He begins, and where there IS no end.]
[学習が終わった所から神が始まります。 何故なら、「始まる所で完全」であり「終わりの無い所」である彼(神)の前で学習は終るのだから。]

あなたがバブルを通り抜けた途端「あなたが人工的に作った囲いの向こう側」にあなたは居るので、あなたは「神が始っているように見えている場所」に居るのです。
あなたがバブルを通り抜けた時、バブルが破れて神が始っている「そこ」は神が決して終らない所でもあるのです。 何故ならその時あなたは永遠の中へとシフトしているのだから。
その時あなたは永遠の中に(神の聖なるマインドの動きによって出来ている「永遠の今」に)シフトしているのです。
この神のマインドの動きが創造として体験されており、あなた達はこれを創造として体験するのです。
{バブル(思考/定義)を通り抜けてあなたが今に(神の動きに)意識を与えている時}創造はもはや「物理的世界/物理的宇宙」とは体験されず、あなたは父と繋がって創造そのものを(それそのままの真の姿で)認識するのです。 これが{神との}共同創造と呼ばれているのです。

[It is not for us to dwell on what CANNOT be attained. There is too much to learn.]
[わたし達は獲得出来ないものに関して思い悩むのは止めるべきです。 学ぶべきことが沢山あるのだから。]

だからわたし達は「あなたがバブルを通り越してあなた全体を体験し始めた時起こる事」に関しては話しません。 現在まだ学ぶべきことがあるのだから。
それはどのような学習でしょう?
それは聖なる瞬間を実践しようとあなたが選択した途端にいつでも始る学習です。
何故なら(あなたが目覚めるまでは)バブルの境界線のより近くにあなたを導く橋として聖なる瞬間があるのだから。 
その(聖なる瞬間を通してバブルの境界線に近づいていく)プロセス中にあなたのガイド(聖霊)の指示によって「あなた」に関する真理が(あなたの兄弟に関する真理が、世界と宇宙に関する真理が)暴き示されるのだから。

そしてあなたが自分のガイドの手をシッカリと握り続けること(あなたが聖霊に注意を与え続けること)により、あなたは平和と怖れを通り抜けてバブルの向こう側(バブルの外側)に導かれ、それによってバブルが弾けるのです。
その為にはガイド/聖霊と一緒に繋がり続けるあなたの決意が必要なのです、例えガイドがあなたを「何か」に近づけたとしても。
あなたのガイドの指示はあなたを「あなたが父から離縁する決意をした時の真実」に近づけるのです。
父を離縁して独立存在に成ろう決めたあなたの決意が、あなたの解除する最後のものなのです。 それ(父から分離しようとしたあなたの決意)がバブルを成り立たせている最後の要素なのです。
それを解除する為に、あなたは「それを(独立の決意を解除)する意欲が持てる所」に到達する必要があるのです。
(正しいマインドに戻って行く方法を設立している)聖霊の愛と父の愛を通してのみ、あなたはこれ(独立決意の解除)が出来るのです。
だからあなたは「あなたの神聖(正気)に十分依存しなければならない場所」に居るのです。
あなたの正しいマインドでしかないものは、聖霊は、あなたの正気なのです。
そしてあなたの正気は、あなたが作った境界線(囲い)を超えて、あなたを連れ出すのです。
聖霊はあなたを安全にバブルの境界線の外に導き出し、これがバブル(幻想)を崩壊させるのです。

[There is too much to learn. The readiness for knowledge still must be attained.]
[学ぶべきことが沢山あるのだから。しかし叡智(knowledge)に対する準備は獲得しなければいけません。]

これ(叡智への準備を整えること)が聖なる関係の目的なのです。
聖なる関係の目的は、(兄弟姉妹をあなたが愛しているが故に)表面上に現れていることの下にある真実を見たいとあなたが願うことにより、あなたの兄弟姉妹の中に神の現われを明確に認識することなのです。
自分が兄弟姉妹に当て嵌めている定義(あるいは彼等が彼等自身に当て嵌めている定義)を超えて見えるように成りたいとあなたが願った時これが起こるのです。
聖なる瞬間は「分離/個人/孤立/プライベートな認識」が起こる場所では決してないのです。

[Love is not learned. Its meaning lies in itself. ]
[愛は学ばれるものではありません。その意味はそれ自身の中にあります。]

愛は体験なのです。 愛は実際には体験なのです。 あなたが目覚めていても、夢見ていても、自分は分離しているとあなたが考えていたとしても、愛は体験なのです。
そしてあなたはその体験(愛の体験)をしているのです。
問題はあなたがこの愛の体験を、高度にスタイル付けられたあなた独自の知覚(あなたが独立的立場/視点を選んでいるが故に立ち昇って来ている怖れと罪悪に基づいた知覚)を通して体験していることなのです。
にもかかわらず(あなたがこれをバブルの中から体験していても、バブルの外から体験していても)あなたは愛を体験しているのです。

[Love is not learned. Its meaning lies in itself. And learning ends when you have recognized all it is NOT.]
[愛は学ばれるものではありません。その意味はそれ自身の中にあります。愛でないもの全てをあなたが認識した時、全ての学習が終るのです。]

もう一度聞きなさい。
[. . . learning ends when you have recognized all it is NOT.]
[愛でないもの全てをあなたが認識した時、全ての学習が終るのです。]

愛でない全てのものを認識出来るように成るには時間が際限なく必要であるようにも聞えますね。
あなたは多くのことが起こっていることを知っています。あなたのマインドの中でさえも愛でない多くのことが起こっているとをあなたは知っています。

あなたは目覚める前にそれら全てを識別し取り出さなければいけないのでしょうか。
いいえ、違います。もう一度下記を聞きなさい。

[. . . learning ends when you have recognized all it is NOT. ]
[愛でないもの全てをあなたが認識した時、全ての学習が終るのです。]

愛でない全てとは「思考」なのです。
思考が愛以外の全てなのです。
だから例え、あなたが何億何千という思考を持っていても構わないのです。
「{神から分離した}思考が自分を狂気に縛り付けている」と一旦気付いたなら、 (どのような主題に関してであれ)思考は無意味であって思考があなたを良きことからブロックしているとあなたが思い至ったなら、あなたは(あなた自身を静めることによって)愛でない全ての思考を止めることが出来るのです。
これがどれだけシンプルであるか解りますか?

[Love is not learned. Its meaning lies in itself. ]
[愛は学ばれるものではありません。その意味はそれ自身の中にあります。]

愛は体験であって、愛の意味もその体験内にあるのです。

[And learning ends when you have recognized all it is NOT. ]
[愛でないもの全てをあなたが認識した時、全ての学習が終るのです。]

だから必要とされている学習とは「あなた達が今までして来た思考を解除すること」なのです。
そして一番大切なのは(あなたの思考の対象を放棄しようとするのではなく、あなたが体験している人やものを放棄しようとするのではなく)「思考そのものを放棄することが必要なのだ」とあなたが理解することなのです。

[That is the interference; . .]
[それ(愛でないもの全て)が妨害なのです。] 
愛でない全てのもの、つまり「思考/考え」が妨害なのです。

[That is the interference; that is what needs to be undone.]
[それ(愛でないもの全て)が妨害なのです。 それを解除する必要があるのです。]

(様々なことをする必要があるのではなく)するべきことは一つだけで、それはあなた自身を黙らせること、あなた自身を静かにさせることなのです。
そしてその静けさの中で「父よ、ここの真理は何ですか?」と訊ねるのです。
とてもシンプルでしょう。

[Love is not learned because there never was a time in which you knew it not. Learning is useless in the Presence of your Creator, . .]
[愛は学ばれるものではありません。 何故なら、あなたがそれ(愛)を知らなかった時は決して存在していなかったのだから。あなたの創造者の前では学習は無意味です。]

(あなた達が様々な定義をでっち上げてそれらに自分達の信任を与えることにより成り立っている)囲い/バブルの傍にあなたが行った時、あなたはあなたの創造者の傍に立っているのです。 
その時あなたと創造者の間には脆弱な膜があるだけなのです。
その時「思考者であるあなた」と「存在者である創造者/神」の間には簡単に破れる膜があるだけなのです。
その時(あなたが考えていることではなく)存在者(神)の在り様があなたの体験なのです。

そして学習は無意味なのです。何故なら創造者の前に居る時あなたは叡智の前に居り、あなたはあなたのマインドと異なっていない「マインド」の前に居り、神から分離したマインドを保とうとしていないのだから。
だからそこでは学習が起こっていないのです。何故ならその時あなたは叡智があなたに成ることを許しているのだから。
あなたがこれをしている時、これは全く抵抗を伴わない自由自在なことなのです。
独立性を主張することをあなたが完全に放棄した時、これが起こるのです。
あなたが本当の謙虚さの中で{自分を神の意志に}譲っている時、これが起こるのです。

[Learning is useless in the Presence of your Creator, Whose acknowledgement of you and yours of Him so far transcend all learning that everything you learned is meaningless, replaced forever by the knowledge of love and its one meaning.]
[あなたの創造者の前では学習は無意味です。創造者のあなたへの認識は、そしてあなたの彼(創造者)への認識は、全ての学習を遥かに超越しており(その前では)あなたが学んだ全ては無意味で、それらは愛の叡智とその「ひとつ」の意味によって永遠に置き換えられるのです。]

聖なる瞬間を実践した時あなたは「あなたが今まで学んできた全てが無意味に成っている」視点の中に入っているのです。
そこではあなた自身にあなたが学ばせて来た全てが無意味に成るのです。
そこでは先生達があなたに教えて来た全てのことが無意味になるのです。
そしてあなたはバブルの中を通り抜け変容を体験し、(あなたをバブルの境界線まで導いて来た)全ての学びが叡智(Knowing)で置き換えられるのです。
学習は「分離したあなたの自己感覚」とそして「あなたの自己感覚が正気に戻ること」だけと関連しているのです。

あなたがその中で聖なる瞬間を実践している聖なる関係は、
{ここは「聖なる関係」ではなく「特別な関係」の方が正しいでしょう。 訳注}
[Your relationship has been uprooted from the world of shadows, and its unholy purpose has been safely brought through the barriers of guilt, washed with forgiveness, and set shining and firmly rooted in the world of light. ]
[あなたの{特別な}関係は影の世界から抜き取られ、その不聖な目的は罪悪のバリアの中を安全に届けられ、それは赦しで洗われ、光の世界の中に確実に設置されており輝いているのです。]

何故なら、あなたがバブルを通り抜ける時あなたは一人では通り抜けないのだから。
あなたと兄弟姉妹が共にバブル(幻想/定義/思考に基づいた限定)を通り抜けるのです。
そしてあなた達の帰還によって永遠と無限の全て(創造の全て)が祝福されるのです。
そしてその祝福はあなた達両者にも与えられるのです。

だからあなた達の関係は赦しで洗われ、
[. . . has been safely brought through the barriers of guilt, washed with forgiveness, and set shining and firmly rooted in the world of light. From there, it calls to you to follow the course it took, lifted high above the darkness, and gently placed before the gates of Heaven. ]
[それは赦しで洗われ、光の世界の中に確実に設置されており輝いているのです。そこからそれ{あなたの関係}はあなたに呼び掛け、それが歩いたコースの後を付いて来るように言うのです。 それは暗闇から高く持ち上げられ、優しく天国の門の前に置かれたのです。]

あなたはこのようにして自分の正しいマインドに帰って行く(正気を取り戻す)のだと知っておくことが重要なのです。
それと同じ位重要なことは「あなたがこれを一人でする訳ではない」ということです。
あなたは誰か他の人と一緒にこれを行なうのです。
そしてその繋がりの中で「ひとつに統合された愛の意味」があなた達の(あなたと相手両方の)体験に成るのです。
あなた一人では(あなた一人で意味を創造し保持しようとしている)あなたの境界線を破ることは出来ないのです。あなたの境界線(バブル)は、あなたが神から独立しようとしている結果であるだけでなく、あなたがあなたの兄弟姉妹から独立していようとしている結果でもあるのだから。
だからこれ(聖なる瞬間)がどう機能するか理解してください。

[The holy instant in which you were united . . .]
[あなた達が一つに成った聖なる瞬間は]

聖なる関係の中に居るあなたとあなたのパートナーは、

[The holy instant in which you were united is but the messenger of love, sent from beyond forgiveness to remind you of all that lies beyond it. ]
[あなた達が一つに成った聖なる瞬間は(赦しの果てから送られており、その果てにある全てをあなたに思い出させる)愛のメッセンジャーなのです。]

だからあなたが黙って(マインドを静かにして)「ここの真理は何ですか?」と言った時あなたは答えを得るのです。

[. . . sent from beyond forgiveness to remind you of all that lies beyond it. Yet it is through forgiveness that it will BE remembered.]
[(赦しの果てから送られており、その果てにある全てをあなたに思い出させる)愛のメッセンジャーなのです。しかしこれは赦しを通して思い出されるのです。]

だからこれは合一(ひとつに成ること)であり、関係を通して行なわれるのです。

[And when the memory of God has come to you in the holy place of forgiveness, you will remember nothing else, and memory will be as useless as learning, . .]
[そして神の記憶があなたのもとに来た時、赦しの聖なる場所の中であなたはそれ(神の記憶)以外は何も思い出さないのです。すると記憶は学習と同じように不要になります。]

あなたが幻想を通り抜けてバブルが弾けた時、その時あなたはもう学習を覚えてさえいないのです。何故ならその時「バブルの中に居たリアルなあなた」が「バブルの外に居たリアルなあなた」と繋がって、実際に起こってはいなかったことを思い出すことはもう出来なくなるのだから。

[And when the memory of God has come to you in the holy place of forgiveness, you will remember nothing else, and memory will be as useless as learning, for your only purpose will be creating.]
[そして神の記憶があなたのもとに来た時、赦しの聖なる場所の中であなたはそれ(神の記憶)以外は何も思い出さないのです。すると記憶は学習と同じように不要になります。 何故なら、あなたの唯一の目的は創造になるのだから。]

あなた(達)が父と繋がっていることが、あなた(達)と父の繋がりの中に父という愛があることが、あなたと父の繋がりの中に父という無限のマインドがあることが、あなたの存在を構成しているのです{あなたに成っているのです}。
あなた達は(あなた達と切り離すことが出来ない)父の動きと関わり父の動きと一体に成り、あなた達は創造と関わり、驚異をもって創造を見るのです。
あなた達は創造を完全に認め抱擁することが出来るのです。何故ならそこには(無防備で従ってそれ自身の境界線を作って創造の他の部分からそれ自身を防御する必要がある)「卑小なあなた」は居ないのだから。

[Yet this you cannot know until every perception has been cleansed and purified, . .]
[しかし全ての知覚が洗われ浄化され、そして最終的には永遠に取り除かれるまで、あなたがこれを知ることは出来ません。]

どのようにして全ての知覚が洗われ浄化されるのでしょうか?
思考を放棄することによってです。
知覚は思考から発生しており、思考から立ち昇っており、思考によって保持され続けているのです。

[. . . this you cannot know until every perception has been cleansed and purified, . .]
[全ての知覚が洗われ浄化され、そして最終的には永遠に取り除かれるまで、あなたがこれを知ることは出来ません。]

しかしあなたが全ての知覚を探し出す必要はないのです。
{分離的な}思考が発生しなくなることにより、知覚が洗われ浄化されるのです。

[. . . and finally removed forever.]
[そして永遠に取り除かれるまで、]

オオ、平和。
父との離縁が解除された時の圧倒的な体験が平和なのです。
あなたの独立が存在しなくなった時、あなたの独立が過去にしか存在しなくなった時、圧倒的な平和が訪れるのです。

[Forgiveness removes only the UNTRUE, . .]
[赦しは真実でないものだけを取り除きます。]

あなたが(あなたの正しいマインドにしか過ぎない)聖霊の手を取らない限り、あなたはこれを見ることが出来ないのです。
そして聖霊の手をシッカリ確実に持ち続ける必要があるのです。
聖霊に連れられてあなたが(父を離縁しようとしてあなたが最初に行なった決意によって設立された)境界線を破り抜ける(そして父との離縁を永遠に解除する)見かけ上は怖ろしい体験をしている間もあなたは聖霊の手を握り続ける必要があるのです。

[Forgiveness removes only the UNTRUE, lifting the shadows from the world, . .of your imagination. . . and carrying it, safe and sure within its gentleness, to the bright world of new and clean perception.]
[赦しは真実でないものだけを取り除きます。(赦しは){あなたの幻想の}世界から影を取り上げ、それを優しく確実安全に動かし、真新しく新鮮に輝く知覚の世界に持って行きます。]

少しドライに聞こえるかも知れませんが、これは新鮮でクリアな知覚なのです。
何故ならその時あなたは(全創造の中で父が体現している)「父の意味」を体験しており、それにあなたの注意を与えることによって、それ(創造)に参加することが今あなたの喜ばしい行動なのだから。
これが美しいことなのです。

[There is your purpose NOW. And it is there that peace awaits you.]
[そこに今あなたの目的があるのです。 そこで平和があなたを待っているのです。]

どこで平和があなたを待っているのでしょう?
聖なる瞬間の向こう側です。
何処でしょう?
バブル(脆弱な境界線)の反対側です。
(あなたはその中に在るもので、その外に在るものはあなたではない」と示唆しているように見える)バブルの(中ではなく)外側で平和があなたを待っているのです。

今あなた達は神の子なのです。
しかし「何かを失うかもしれないと怖れてしまっている」故に「境界線を越える為に必要なこと」があなたには出来ないでいるのです。
それ(あなたがしなくてはならないこと)は、あなたを抱擁している愛をあなたが強く抱きしめること(聖霊と繋がり続けること)なのです。
そして「あなたの幻想(天国に対する間違った解釈、それに伴って現れている罪/病/死などの全て)の最後の基礎」を通り抜けられるよう聖霊にあなたを助けさせるのです。

だから聖なる瞬間が奇跡の手段なのです。
聖なる瞬間はいわば子宮のようなものであって、その中で奇跡と呼ばれている瞬間的知覚のシフト(変容)が起こるのです。 これがこの本の要点なのです。
私が「I love you all」と言っている時、それだどれだけ全体的なものかあなた達は知っていません。それがどれだけ助けをもたらし、癒やし/変容をもたらすものかまだあなた達は知っていません。
しかし私はそれを知っています。 そしてあなたもそれを知るでしょう。
そうなるようにしようと私はしているのです。

これが長いプロセスを必要とする遠い未来に起こることなのだとは考えないでください。
あなた達は今でも神の子なのです。
あなたはパーフェクトなポイントの後ろに居るのではなく、パーフェクトなポイントに向かって進んでいる訳でもありません。
あなたは既にパーフェクトなポイントに居り、あなた自身をそこ(パーフェクトなポイント)から理解するべきなのです。

あなたが聖なる瞬間を実践して父や聖霊に「ここの真理は何ですか?」と訊ねた時、「(私がその後ろにおらずそこに向かって進んでいるのでもない)パーフェクション(パーフェクトな状態)とは何ですか?」と言って答えを要求した時、あなたは自分をパーフェクトなポイントから理解するべきなのです。

これはどういう意味でしょうか?
これはあなたが傲岸に成ることを意味してはいません。
これは「(神/聖霊の)答えに反論するのは止めなさい」という意味なのです。「あなたが(神や聖霊)より優れた答えを知っていると考えるのは止めなさい」という意味なのです。「このように神聖な体験がどうすれば得られるかあなた自身が知っていると考えるのは止めなさい」という意味なのです。


I love you. And I look forward to being with you next week.



Chapter 18 THE PASSING OF THE DREAM
1 Sparkly Book – p.447 / JCIM – p.187 / CIMS – p.377
Chapter 18 THE TWO WORLDS
First Edition – p. 369, 2ND Full Par. / Second Edition – p.396, Par. 11

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Hiromi Okaue
2821 2nd Ave Suite 704
Seattle WA 98121 USA
(参照ページ)http://rajpur.blog13.fc2.com/blog-entry-220.html

この文章はサンローズが書き取ってくれた英文を元にしています。彼女へギフトされる場合下記がアドレスです。
Francine Mienik (Sun~Rose)
13 Dunes Lane、Port Washington
New York 11050

原文を提供してくれているNorthwest Foundation for A Course In Miracles
The Northwest Foundation for A Course in Miracles
PO Box 1490 / Kingston, WA 98346-1490 / USA
Phone: 360-638-0530 Fax: 360-881-0071
Website: http://www.nwffacim.org
E-Mail: paul@nwffacim.org

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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岡上さん こんにちは

acimを学んで良かったこと。
初めて母の日にカーネーションを贈りました。
「きれいだね、ありがとう。」と母は言いました。
私は言いました。「オレお母ちゃんの子に生まれてよかったよ。」(嬉)

三浦さんこんにちは

母の日の素敵なプレゼント。
教えてくれてありがとう。

プロフィール

翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

hiro.okaue@gmail.com

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