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ACIM02-07-31

July 31, 2002 ACIM Study
Chapter 31-8

[Choose Once Again]
[もう一度選び直しなさい]

[誘惑が教えようとするレッスンは(たとえそれがどこでどのような形で起こっていようとも)一つだけです。]

ラジ:何が一番初めの誘惑だったのでしょうか?
質問者:相互合意です。
ラジ:そのとおり。
一人の神の子がもう一人の神の子に向かって「木の意味はアレコレだと仮定してみたらどうだろう。神が全てに与えている意味(リアリティそれそのまま)以外の意味/定義を使って全てを見てみたらどんなだろう?」と言ったのです。
するともう一人の神の子が「それは面白い。そのゲームに参加しよう。 それが木に関する真実であるフリを一緒にしよう。 その積りになって振舞おう。」と言って、そうして分離の体験が始まったのです。
こうして彼等は幻想(白昼夢)の中に入って行ったのです。 この白昼夢が彼等をリアリティから隔て出したのです。

質問者:神の子達が自由意志に気付いた時から、わたし達は他者と相互合意を交わし合うようになったのですか?
ラジ:次のように言ってみましょう。
「自由意志」と呼ばれているものは、父の視点とは異なった視点を持とうと二人の神の子が決めるまで発生しませんでした。 その時父の意志とは異なった意志が(父から分離して自分達だけの幻想を想像する自由が)在り得るという幻想が生まれたのです。

[このレッスンは神の聖なる子供に「彼は(神の子は)体で、死すべき体の中に生れ落ちてきたもので、その脆弱さから逃れることは出来ず、体が感じるよう命令しているものに彼は縛られている」と教えようとします。
「誘惑のレッスン」は神の子の能力に対して限定を与え、その限定された力だけが彼(神の子)の持っている力で、彼(神の子)はその卑小な限定された範囲の中でしか力を発揮出来ないと教えます。
キリストがその全ての栄光と共にあなたの前に現れて「世界を救う者達の仲間に成るか、地獄に留まり自分と兄弟姉妹を一緒にそこに押し留めようとするか、今一度選び直しなさい。」と言っていた場合、あなたはこのような存在(誘惑のレッスンが教えている限定された力だけを持っている存在)で在り得るでしょうか。
彼(キリスト)は来ており、彼(キリスト)がこの質問を訊ねているのです。]

ラジ:「世界を救う者達の仲間に成るか、地獄に留まり自分と兄弟姉妹を一緒にそこに押し留めようとするか、今一度選び直しなさい。」 (ともう一回読む)
つまり相互合意に浸る選択がすでにされてしまっているのです。
だから、その選択の影響を取り消すために、新しい選択をする必要があるのです。
あなた達はこれをするように求められているのです。
これをすることにより、あなた自身の正気を取り戻し、それを受け入れ、白昼夢から目覚めて「興奮」を、神との同期を外し続けるスリルを、手放せ得るようになりなさい。

あなた達全員初めは目覚めていたのです。
無意識から進化して(無機質から単細胞動物にそしてより複雑な生物に進化して)スピリチュアルな自己に至った訳ではないのです。

あなたが今リアリティ(天国)そのものを体験していないなら、初めは完全に目覚めていた(完全にキリストであった)あなたがどこかの時点で他のキリストと一緒に繋がって幻想/白昼無/リアリティに対する幻影体験を選択して、リアリティの正気な体験を失ったのです。

これが起こった瞬間に「聖霊」と呼ばれているものが定義されたのです(と、ここではそう言ってみましょう)。
聖霊とはあなたが白昼無で遊んでいる間(エゴとして存在する偽体験をしている間)預けられている、あなたの神性なのです。

そして(神があなたとして表現し続けている)聖霊はあなたに呼び掛け続けているのです。 
それがあなたに呼びかけているのです。そして私もあなたに呼びかけています。
私はコースを通してあなたに呼びかけています。そして様々なメディア(媒体)を通して呼びかけており、(ポールが私を聞いている位クリアにあなたが私を聞けるよう)あなたの内側からも呼びかけているのです。

私とあなたのガイド達は、目覚めるようあなた達に呼びかけています。
白昼無に夢中に成り続けることは止めて、故郷に帰って来るよう、あなた達は呼びかけられており、そのためにもう一度選択し直すことを求められているのです。

質問者: 二人が合意を交わして、するとそれまで「世界」と呼ばれているものが設立され...

ラジ:「設立」しようとしたのです。しかし本当に世界を作ることは出来なかったのです。
分離を目論んだ神の子達は天国を「世界」として設立しようとしたのです。

質問者:そしてその後その二人の仲間に加わった人達も出てきたのですね?
必ずしも二人のペアーだけでなく、つまりすでに幻想を設立しているグループに後から加わった人達もいたのですね?

ラジ: そのように言っても良いでしょう。
これは興味深い体験なのです。これが(現在の)あなた達に与えられている体験なのです。例えば、熱いストーブを触ることも興味深い体験です。
しかしそれを続ける必要があるでしょうか?

[あなたはどのようにしてこの選択を行なっているのでしょうか?
これはとても簡単に説明出来ることです。
あなたは常に「自分の弱さ(脆弱性)」と「あなたの中のキリストの強さ」のどちらかを選んでいるのです。
そしてあなたが選んだ方がリアルだとあなたは考えるのです。
{あなたが自分の弱さを選んだなら、あなたは自分の弱さをリアルに体験します。 あなたが「あなたの中のキリストの強さ」を選んだなら、(日常の一瞬一瞬の中で)あなたはそれを体験するのです。}]

ラジ: 上記の文章をひっくり返してみましょう。
「あなたがリアルだと考えているものは、あなたが選んだものなのです。」
だから現状では、あなた達が神の子供達だと、あなた達がキリストだと、神があなた達を創造したままの状態であなたが存在していると、神が今あなたに成っているままの状態なのだと、信じるのは難しいのです。
これを信じず、自分は(精子と卵子の結合から生まれた)ただの物理的身体にしか過ぎないと考えたなら、あなたはその信念に沿って生きてしまうのです。
あなたは自分が信じることを自分で選択しているのです。
だから目覚めるためにあなたは自分が信じていることを変える必要があるのです。
目覚めるとは、「あなたは(まだ自分では信じられないような)驚異的な存在である」という可能性を考慮してみられるように成ることなのです。 (少なくともあなたが今見ている夢よりも遥かに素晴らしい)この可能性を抱擁出来るようになり、それを熱心に探索することなのです。

[弱さに自分の行為を任せなくなれば、あなたは自分の弱さに力(リアリティ)を与えなくなるのです。
{自分の考えている自分の弱点を基に行動していない時、あなたは弱さを体験しません。}]

ラジ: これを別の言葉で言えば「エゴに防御出来ない唯一のことは無視です。」ということです。
(あなたが「あなたに対する定義」としてあなたと他者が相互合意している)自己定義から思考しなく(振舞わなく)なったなら、その定義があなたの自己体験と(世界とあなた達が呼んでいる)天国体験を統治しなくなります。
そうなれば相互合意が強化/保持されなくなり「世界」は瞬間的に変わり出すのです。

[そして、あなたの中にあるキリストの光に全ての決定権が与えられるのです。
何故なら、その時あなたは彼(キリスト)の所にあなたの弱さを持って行っており、その代わりに彼(キリスト)が彼の力をあなたに与えているのだから。]

ラジ:「その時あなたは自分の弱さを聖霊の下に持って来たのです。その時あなたはあなたの弱さを神の下に持って来たのです。その時あなたは自分の弱さを自分のガイドに手渡したのです。」などと言っても良かったでしょう。 
要点は、その時あなたはその時点での自己定義を超えて伸び出していた、ということなのです。 その時あなたは現在の自己定義との連立を放棄して(神/聖霊/イエスに)手を差し伸ばすことによって自分の孤立を破ったのです。

[試練とは繰り返され続けている同一のレッスンをあなたが学べないでいる状態なのです。 以前あなたは間違えた選択をしており、今度は(以前と同等の選択肢の中から)正しい選択を行ない、(以前の選択があなたにもたらした)痛みから自由に成ることなのです。]


ラジ: 試練/困難/ストレス/不安などはあなたが学ぶことを失敗しているレッスンに過ぎないのです。
しかし(どのような試練が起こっているにしろ)実際に学ぶべきレッスンは一つしかありません。
あなたが夢の中に居る時、あなたは何らかの試練を体験しています。そしてその夢の中で試練に対処しようとしている時、あなたは全くなにもしていないのです。
物事を上手く処理して試練を完了することが出来たとしても、それでもあなたはまだなにもしていません。
何故なら(例えどのような試練に面していたとしても)あなたが学ぶべき唯一のことは「(あなた達が自分の信心/確信を与えている)相互合意の結果として試練が起こっており、その時あなたはまだ天国に注意を払っていない」ということだからです。

つまりこれは窓の外ばかり見て学校が終ったら何をしようかと考えてばかりいる生徒のようなものです。
この生徒は放課後何がしたいか考えます。「しかし母さんがきっとダメだというに違いない。彼女はいつもダメっていう。僕はあまり母さんは好きじゃないんだ。その他あれこれ。」 このようにしてこの生徒は白昼無とストレスを作り続けています。
しかしいくら考え続けて母親に関する葛藤をどうにかしようとし続けても、それは彼が教室の中の授業に注意を払うことには繋がりません。
{あなた達もこれと同様に、本当に注意を払うべきことに意識を与えられていない状態が延々と続いているのです。}

だから白昼無の中のストレスから(それがどのようなストレスで、どのような意味を持っていたにしろ)学べることは、本当に有用なことは、「私は神に注意/意識を与えていない」なのです。
「私は本当に起こっているリアリティにまだ注意を払っていない。ここで天国を見ようとする好奇心を私は今持っていない。」
こう言ってあなたの注意をシフトすれば学習が始まるのです。

[あなたが直面している全ての「試練/ストレス/困難/謎」の中でキリストがあなたを呼んでおり「兄弟よ、もう一度選びなさい(選び直しなさい)。」と優しく言っているのです。
彼(キリスト)は全ての痛みを癒やし、真理の上に覆いかけられているイメージを全て剥がすのです。
あなた(神が喜びの祭壇をあなたの中に創造しました)の全ての惨めさを彼は取り除きます。
彼(キリスト)は地獄の夢の中のあなたを一人にはせず、あなたが苦しまないようにします、そして彼(キリスト)の顔をあなたから隠している全てのものをあなたのマインドから取り除きます。

彼(キリスト)の神性はあなたのものなのです。 何故なら、彼(キリスト)だけがあなたの中の唯一リアルな力なのだから。
彼の力はあなたのものなのです。 何故なら、彼(キリスト)は神の一人子として神が創造した自己(Self)なのだから。]

ラジ:はい。私は私に関する幻想(神を含まない定義)を持たずにあなたに私自身を示します。
(あなたが私と同等であることを知っている)私はあなたに私自身を示すのです。
私は、わたし達がファミリーであることを知っています。 家族メンバーがお互いを家族の一員として認められるように、わたし達はお互いの中に自分達を認識することが出来るのです。
そして私は、(あなた達を苦しめている)「相互合意されている定義」を強化せず保持せずにあなたにアプローチするので、現在ポールを通して話しかけているように他者の口を借りて話しかけるか、そうでなければあなたの内側から話しかけるのです。
私はいわば相互合意されている定義を強化しない、そして体験的レベルで「本当のあなた」をあなたに照らし示す「力」なのです。 あなたがそれを期待しているかいないかに関わらず、私はこれをするのです。

こうすることにより相互合意とは違う方向にあなた達が好奇心を発揮出来るようになるのです。 そしてこれがあなたの好奇心を広げて、インスピレーション(霊の流入)と洞察力がより容易に起こるようにするのです。

質問者:「わたし達が本当は何か」に対する体感レベルでの気付きですか?
ラジ:そのとおりです。
質問者: 少しこれに関して詳しい説明をして下さい。これと類似した体験を私はしています。
ラジ: (他からの、外からの)認証を求めること無くその体験そのものを信頼しなさい。
目覚めに必要な学習の一部は、自分の内側で起こっている洞察と光明そのものを信じてそれに従って行くことなのです。
その時あなたは(今まであなた達を統治して来た)すでに共有されている定義群以外のものに信頼/確信を与えるべき場所に繋がっているのです。これはとても重要なことなのです。
(あなた以外の者から)これらの体験に関する認証を求めることは、「イエスがああこう言ったから、私はこれそのもの(実際に起こった驚異的なこと)を信頼することなく(それが起こったという概念を)信じることが出来る。」と考えることに成ってしまうのです。
質問者:この体験に関する概念を排除するべきなのですね? 私がしている体験に概念を覆いかぶせるなと?
ラジ:その通りです。
質問者: それそのものを体験すれば良いわけです。 なるほど。
ラジ:あなたの概念には、あなた達の良く見知っているあらゆる定義群が入っています。

[あなたが作っているイメージが「神自身があなたとして成り立たせているもの」に打ち勝つことは出来ません。
誘惑を怖れる必要はありません。 誘惑をその真の姿で見て、選び直す(正しい選択をし直す)チャンスと捉えなさい。 そして全ての状況の中に、あなたが自分のイメージを今まで掲げてきた全ての場所に、キリストの力を行き渡らせ、それに全てを統治させなさい。]

ラジ: キリストの力に任せなさい。
これはキリストの意志に任せなさいという意味です。
想像上のあなたの自由意志を放棄してキリストに譲るのです。
「神がそこにキリストとして存在しているもの」以外のなにものも挿入しようとはしていないキリストに任せなさい。
それは「キリストとして神がそこに成っているもの」に合致していないものを全く含んでおらず、だから(そこに居る神以外のものを含まない)あなた自身の体験が出来るようインスピレーションを与えるのです。
だから信頼が必要なのです。何故なら、あなたはまだ自分の意志を働かせていない限り何を信頼したらよいか知らないから。
そしてあなたが自分の意志を使っていない場合、あなたは「現在の自己感覚を超えた何者か」に自分を委ねているのです。 これが出来るように成るには信頼が必要なのです。
目覚めるためには、これが不可欠なのです。
他の人と繋がって(神が成っているものに逆らう)新しい定義を作るのではなく、あなたは本当のリアリティ(神の本当の視界)と調和する必要があるのです。

[何故ならキリストの顔を隠しているように見えているものは、彼(キリスト)の尊厳の前では無力で、彼(キリスト)の聖なる視力の前で溶けて無くなってしまうのだから。
(キリストとして見える)世界の救世主とは、(キリストから離れた時に見えている)自分達の弱さではなく、キリストの力を選んでいる者達のことなのです。
彼等が世界を贖う(救済する)のです。 何故なら、彼等は神の意志の全ての力と繋がっているのだから。 そして彼/キリストの意志だけを彼等は望んでいるのだから。]

ラジ:自分の自由意志を表現する権利(神がくださった権利とあなた達が呼んでいるもの)を放棄しなければ、どうして「神が意志しているもの」だけを表明する意図に到達することが出来るでしょう。

これが(現在あなた達が自分達を統治している)「相互合意に基づいた定義」の狡猾なところです。
あなた達は「我々の自由意志を使う権利は神から来ている」と言っています。
「自分は、神と調和してしかし独立的に振舞うことで、神と共に創造するために存在しているのだ」と考えているわけです。
神と繋がることなく、神に譲ることなく、神と語り合うことなく(独立した存在のまま神と調和出来ると考えているのです)。

だから目覚めることを意識的に選ぶことは、リスクを伴った体験になるのです。
あなたは自分の自由意志と「自由意志を使うことによって自分のキャラクタが完全に現される、神が創造した独立的存在としてのあなたが完成する」という考えをとても大切にしているので、このように(神に譲ったなら自分を失うリスクがあると)感じられるのです。
この自由意志を使わなければ、コントロールすることが出来ないので、それは非常な損失/大いなるリスクとして体験されるのです。
しかしこのリスク感は、お化け屋敷を通り抜ける時と同じような自信をもって取り除かれなければいけないのです。
これは怖いことですが、これを安全に通り抜ける自信/信頼を持ちなさい。
相互合意されている定義は「あなたを正気から遠ざけているもの」を尊ぶようにしむけているので(彼等の正気であなたの正気を照らしあなたを癒そうとする者達と繋がることを阻止してしまうので)、その意味ではこれは簡単ではないのです。

質問者:父/キリストの意志だけが本当にある唯一の意思であることは私にはとてもクリアに感じられます。
私は頻繁にガイダンスを聞いており、時には私が訊ねる前に答えが返ってきます。
私のマインド内で質問が発せられる前に、答えが急に現れるのです。
これが誰の意志であるかは、それがもたらす感覚によってわかるのです。
しかし私が何かを怖れてパニックしていたり感情的に成っている時、私には「父よ、あなたの意志は何ですか?」としか言えなくなってしまいます。
そういう時私は思い出して「私はパニックしているのだ。答えが自動的に与えられていることは知っている。 父よ、あなたはこれをどう見ていますか?」と言うのです。
そして待つのですが、その時私はただ待ち続けるだけなのですか?
ただじっと待って、何かがクリアになるまで微塵も動かないのでしょうか?
そのようにするべきなのでしょうか?
このようになっている時には24時間位この状態が続き、そして答えが与えられます。 答えが瞬間的に返ってこないのです。 遅れが発生するのです。

ラジ: 遅れは(答えが聞えるまでに間隔が空いたのは)あなたがパニックしていたことが原因です。
あなたがパニックを起こしたのは、状況があなたの条件付けられている思考から「自分が危険に晒されている」という反応を引き出したからです。 あるいは「なにかを失ってしまう」という反応が起こり、それ(条件付けられている思考)がコントロールを取り戻そうともがいたのです。
あなたがパニックを起こしている時、あなたはコントロールを欲しているのです。
その時、あなたは「自分でコントロールする必要がある」という主張(呼び声)を正当化しているのです。
この自己主張があなたの聞く能力をブロックしていたのです。
その場合、真理の声を聞くことに集中することだけが答えです。 それに3分掛かろうとも24時間掛かろうとも、聞くことを続けなさい。
聞き取れない限り、何をしようとも夢の中で動き回ることしか起こり得ません。

質問者: そう確かに私は「こうしたらどうだろう? もしああしたらどうなるだろう?」と思い巡らしていました。
確かにそのようなレベルから問題を解決することは出来ないのです。
ラジ: そのとおりです。

質問者:あるいはチャレンジを受けて立つことは出来ないのです。 本当の問題は存在していないのだから。
これはいわばテストなのです。 私はそのように認識しました。
そして今までのところ、(決定を)遅らせたからといって何かを失ったことはありません。
「時は金なり」などの格言がありますが、そのようなことは私は体験していません。 直ぐに決断をしなければ死んでしまうような状況に遭遇したことは私はありません。
私自身の概念をクリアに消すだけの時間はいつでもあるのです。

ラジ: 何時でも必要なだけ時間はあるのです。 時間が不足していると示唆されているだけなのです。だからあなたはパニックしてしまうのです。
質問者: ハイ、確かに。 しかし不思議なのです。
騙されたというフィーリングによって時間が蒸発してしまったように感じることが多いのです。
すると反射的に「私には慌てる(怒る)正当な理由があるんだ」と感じる始めるのです。
もし私がその時パニックを起こしたまま(その時の概念に従って)行動したなら、酷い結果に成ったに違いないのです。
ラジ: それは夢を強化することになったことでしょう。
質問者:その通りです。しかし夢の中でさえも酷い結果になったに違いないのです。

ラジ:  あなたがリアリティを蹴ったなら、リアリティはビクともしないので、それを強く蹴るほどあなたの足は痛くなるのです。
神/リアリティを否定するゲームの中でより強い意図を発揮したなら、その体験はより居心地悪いものになるのです。
それはあなたが発揮している自己主張(自由意志)が原因で、あなたの置かれている(あなたが逆らっている)境遇故ではないのです。(あなたは、自分の境遇故に自分が苦しんでいるとそう考えるよう条件付けられているのですが。)

[だから(自分自身を弱く惨めな者として知覚/認識する)全ての誘惑に対して下記の言葉で応えるハッピーな習慣を学びなさい。
"I am as God created me. His Son can suffer nothing. And I AM His Son."
[私は神が私を創造した通りに存在しています。神の子が何かを苦しむことは不可能です。 そして私は神の子なのです。]
このようにしてキリストの力が呼び込まれ、それが行き渡り全てを統治し、あなたの弱さを(決して挫かれることのない)神から来ている力で置き換えるのです。

神聖を選ぶ前まで怖れと苦しみが自然に見えていましたが、このようにして奇跡が自然に見えるようになるのです。
何故なら、この選択をすることにより、間違った分け隔てが無くなり、幻想の選択肢(より好ましいと思われている代わりのもの)が手放され、真理を遮るものが無くなるのだから。]

ラジ:「この選択」とは神聖(全体)を選択することです。
分離/卑小さを最早サポートしない/育成しない/認定しない/認めないことを選択するのです。
あなたがパニックを起こしている時(その時あなたはコントロールすることに夢中なのですが)答え(解決)はコントロールすることではないのです(より良くコントロールすることでもないのです)。 そうではなく私(イエス)/神/聖霊に意識を与えて、その時わたし達からあなたが学んだ「あなた」を認めるのです。

つまり、あなたは神があなたを創造したあなたのままであり、神の子が何かに苦しめられることは不可能で、あなたは神の子なのです。これを自分自身に認めて、この事実をあなたの中に実体験レベルでサポートするものを呼び込むのです。
このようにして孤立を破って「選択」をするべきなのです。

質問者:私は病気の人達、ひどい痛みを被っている人達のケアーをしています。
これを彼等に知らせたらどうでしょうか? 
「彼等が神の子であり、彼等は何かを苦しむことは出来ない」と彼等に言ったらどうでしょう?
ラジ: それは素晴らしい体験になるでしょう。
しかしあなた達には、口を閉じて、信じられないことは表現したがらない傾向があります。
するとあなた達は自分達の信念の中に捕われ続けてしまいます。 何故なら、勇気を持って違う見方(真の視点)を示してくれた人が誰も居なくて、それ故に変容をもたらす真理の重みが伝わらなかったから。

質問者:私はよく穏やかなヒントを与えることをしています。
例えば「私はこの痛みを感じていてこの症状を持っていて、そして私の母親も父親もこの病気に罹っていて、私の兄弟もそうで、だから私もこの病気を持っているのです」と誰かが言った場合、私は「私はこの症状を前にも見たことがあります。これは治すことが出来ます。」と言うのです。「これが治った例を私は見てきました。 私は人々がこの症状から回復することを助けたことがあります。 彼等は治ったのです。これを治すことが出来るのです。」
コース(ACIM)を学び始めた頃私は「あなたは神の子であり、あなたを本当に苦しめるものなどないのです」と言って、それを聞いた人々が直ぐ立ち去ってしまっていたのです。
これらの体験の後、私はやんわりしたヒントを人々に示唆する様になりました。
人々が自分達の概念に疑問を持てるように助ける言葉を言うようになりました。
人々に受け入れられない表現を使って彼等を面食らわせてしまうことは避けるようにしています(人を見て表現を選ぶようにしています)。
ラジ: 私もそうしています。

[あなたは神があなたを創造したとおりの存在なのです。そしてあなたが見ている全てのものも(あなたがそのものに与えているイメージにも関わらず)それは同じです。]

ラジ:あなた達が「それそのもの」ではなく、それに対する「相互合意されている定義群」を見ることを選択している故に見えているイメージにも関わらず(それは神がそれを創造したとおりのものなのです。)。

[あなたが病/痛み/苦しみ/喪失として見ているものは、あなた自身を地獄に居る無防備な存在として知覚する誘惑に過ぎないのです。
これに(この誘惑に身を)委ねるのは止めなさい。 そうすればあなたは全ての場所に全ての形で表れている全ての痛みが太陽の前の霧のように消え去ることを見るでしょう。
神の子を癒やすため、そして彼の弱さの夢のドアを閉じ、彼の救済と解放のドアを開けるために奇跡が来ています。
あなたの全ての選択が(あなたの見ている、あなたの信じている)あなた自身のアイデンティティを確立していることを思い出しながら、(あなたの目の前の)彼/彼女をどのような存在にさせたいか、それをもう一度選び直しなさい。]

ラジ:これ以降の文章は自分自身に当て嵌めるべき言葉として受け取りながら読んでください。
何故なら、このセクションは救世主としてのあなた達を説明しているのだから。
あなた達にとって私のことを救世主と考えることは余り難しくないかもしれません。
しかしここで必要とされているのは、私があなたに接しているように、あなた達がお互いと接するように成ることなのです。
これらの言葉を私に当て嵌めることは簡単かも知れません。 しかしこのセクションのこれ以降の言葉をあなた達はお互いに対して言い合わなければいけないのです。
彼(あなたの兄弟姉妹)をどのような存在にしたいかもう一度選び直しなさい。
何故なら、今まではあなたは彼を「お互いに対してどのように対処するかあなた達二人が相互合意したとおり」にさせていたのだから。

[あなたの一つ一つの選択があなた自身のアイデンティティを確定していることを思い出しながら、あなたは彼をどのような存在にしたいかもう一度選び直しなさい。(あなたはこのようにして確定したアイデンティティを(自分として)見て、このアイデンティティを(自分だと)信じるのです) 
{アイデンティティ=これが自分だとあなたが思っているもの}]

ラジ:わかりますか?
私は「あなたが誰か、あなたが本当に誰か」あなたに教えています。
何故なら、私は「私であるもの」の私の体験を解り難くしたり暗くしたり変えたりするものを{私であるものの体験に}混ぜ入れたくないから。
だから私は、神があなたに成っている通りにあなたをあなた自身に照らし返しているのです。 何故なら、こうすることが私を目覚めたままに保つのだから。
そしてあなた達がお互いに対してこれを行なったなら、これがあなたの目覚めを確約するのです。

[私があなたから求めている少しのギフトを拒否しないで下さい。 (あなたが私に与えるギフトのお返しに)私はあなたの足元に神の平和を与えており、この平和を「不安で孤独で怖れを抱きながら世界中を彷徨っている人達全員」に与える力をあなたに授けるのだから。]

ラジ: これを「私が言っていること」と考えれば受け入れられますか?
しかしあなた自身がこれを言わなければいけないのです。
この意図をあなたが持たなくてはいけないのです。あなたが他の人々と関わり合っている時(その人々に与える)明晰と愛の場所からあなたが話し行動出来るように。
人々を優しく促すにしろ、神からの霊感に撃たれて大胆な台詞を言うにしろ(あなたは愛の場所/精神からそれを言うのです)。

[これは(わたしがあなたから求めている少しのギフトは)、あなたが彼と繋がり、あなたの中のキリストを通して彼の目の上に掛かっているヴェールを取り除き、彼自身の中のキリストを彼に見させる為に、あなたに与えられているのです。]

ラジ:わかりますか。 確かに私はこれをあなた達に言って、あなた達自身に対するあなた達の貧しい思考モデルを改善させようとしています。
しかしそれだけでなく、あなた自身も自分の兄弟を(例えそれがジョージ・ブッシュであっても)十分に愛して、上記の招待を彼に差し伸べ、「彼であるもの」に対するこの確信を持っていなくてはならないのです。

彼(ブッシュ)だって例外として外す訳にはいかないのです。 あなたが非常に嫌っている全ての人々を上記の文章の対象にしなければいけないのです。

あなたが誰かに対してネガティブな意見や見方や定義を考え表明している限り、その力(力学/傾向)があなた自身の体験の中に取り入れられてしまうのです。
それ故に、「誰か他者がその人自身をクリアに体験すること」をあなたの愛が許可しているよりも多く「あなたがあなた自身をクリアに体験すること」は出来ないようにブロックしてしまうのです。
これは、あなたと相性が悪い人が居た時それを認識しないということではありません。 「知性を表していない者」や「存在の愛を体現していないもの」を、そのように認識しなくなる訳ではありません。

あなたは各状況に関する「真理が何か」知るために神の下に行き訊ねるのです。
あるいは正しくない行動をしている個人がいたなら、その人に対するあなたの新しい酷い定義を作り出すのではなく(彼に関するこのあなたの定義が結局あなた自身をも定義してしまうのです)、あなたは彼に関する「真理」を知るために神の下に行き神に訊ねるのです。

わかりますね。
あなたは、あなたが信じていることを行い、あなたが信じているものを持つのです。
だからジョージ・ブッシュ(その他あなたが嫌っている人達)に関してどのような事をあなたは信じているのか、それにも注意しなさい。
あなたは「相互合意されている定義群」の縛りを打ち破る為に、時には自分でも信じられないことを抱擁出来るように成らなければいけません。

質問者:だからわたし達は、特定の人を安易に裁いてしまっているのです。
わたし達は、そのような人達をマインドの外に置いて、彼等のことを考えないようにするべきなのでしょうか?

ラジ: それが愛ですか?
そこに居ない、あなたのマインド内に居ない人を愛することが出来ますか?
見ないよう考えないようにしている人と関わり合いを持つことが出来ますか?

質問者: ではとことんやるか、そうでなければ私は全く何もしていないのですね?

ラジ:いいえ、そうでなければあなたは夢を(現実として)認めそれを強化しているのです。
その場合あなたは分離/孤立を再認証しているのです。
そこでは何かがとてもアクティブに行われています。
これは(好きでない人のことは無視して彼等のことを考えないようにしようとすることは)無垢な状態ではありません。
これは積極的排除なのです。
これは、「その人を(何らかの形で)リアルに愛すること」から積極的に{自分を}除外する行為なのです。
だからキーは...

質問者: わたし達が一番裁いている人や状況は最高の機会なのですね?
これがわたしのマインドを変えるための最高の機会なのですね?
ラジ: それが最高の機会かどうかはさておき、
人々に対するあなたの定義が、目覚めることから(救世主に成ることから)あなたをブロックしているのです。

「これは(わたしがあなたから求めている少しのギフトは)、あなたが彼と繋がり、...為に、あなたに与えられているのです。」これをわたし達は今読んだばかりです。
これはあなた達に与えられているのです。
この能力/度量(あなたが彼と繋がり、あなたの中のキリストを通して彼の目の上に掛かっているヴェールを取り除き、彼自身の中のキリストを彼に見させる能力)はあなたのものなのです。
あなた達のこの能力を認めてそれを高らかに宣言しあなた達に言って聞かせることによって、私はこれをあなた達に与えているのです。

この能力/度量はあなたに与えられているのです。 これはあなたのものなのです。
この能力を使わないとあなたが決めたなら、彼の中にキリストを見ることに対するあなたの無能を確立しそれをより強化することになるのです。
その時あなたは「彼が自身の中にキリストを見ることを彼に許可する」存在に成ることを怠っているのです。

質問者: では、私がこの事やあの人を特別な問題として見ていた場合...
ラジ: それは特別な問題ではなく、馬鹿な問題です。

教室の中に座って、放課後に何が起こるか、(人々がどのように振舞うか/反応するかあなたはすでに知っているので)どのような問題が起こるか思案を廻らせるのは馬鹿な問題です。 
何故なら、あなたがこのように思案している時本当に起こっていることは「教室の中で教えられていることにあなたが注意を払っていない状態」だけだからです。
教室の中では、教師が素晴らしい情報を差し出しているかもしれないのです。あるいは他の生徒とやり取りすることで素晴らしい気付きが起こりえるのです。
しかし「なんでもないこと/どうでもよいこと/違いをもたらさないこと」にこだわり続けることによって、これらすべてが失われてしまっているのです。

質問者:そう私は言おうとしたのです。 こだわりを捨てて、闘争を作らないようにするべきだと。
ラジ: しかし、あなたは兄弟を無視することを言っていました。
質問者: 兄弟に対する私の概念を無視するべきかもしれませんね。
ラジ: そう思いますか?
質問者: しかし、座り込んで特定の人のことをキリストとして見ようと努力するのではないのでしょう?

ラジ: そうではないかもしれません。 しかしあなたはいずれにしろ何かを考えていることでしょう。
あなたは虚無だけを常に抱き続けることは出来ません。
だから、あなたが概念を脇に退けたとしても、それを愛の能動的意識的表現で(その人の真理に対する意識的認識で)取り替えなかったのならば、その時あなたはその人を鉛の箱に閉じ込めようとしているスパーマンのように振舞っているのです。
その時あなたはその人を囚人として閉じ込めているのです。
そこでは、その人に対するアクティブな無知が働いており、それは憎しみなのです。

質問者: オーケー。 成る程、私が実際に何をしているかより明確に示す問題/状況が起こった時(そしてそのような状況内でどのように考えるべきか知るために)私には助けが必要なのでしょう。

ラジ:もしあなたに決意があるのならば助けが得られるでしょう。
クリアにわかっていない状況にも関わらず(聖霊/神に訊ね聞くことを)続ける意志があるのなら、自分の日常的慣習的思考方法に陥ってしまうわないよう努力を続けられるなら、そして「ここの真理は何ですか?ここの真理は何ですか」と神にたずねられるなら。
そしてこれを続けるのです。 何故なら、あなたが真理をそこに見るまで、あなたは(あなたが裁いている人と一緒に)夢の中に囚われつづけてしまうとあなたは知っているのだから。

質問者:だから私は質問したかったのです。 私は自分で望んでいるにも関わらず、毎回必ずこのシフトを行えていないのです。
ラジ: 実践し続けるのみです。
あなたが天国のど真ん中に居てそれを「世界」と呼んでいるのなら、あなたが直面している全ては「全てが本当は何か」知りたいと願うことを実践するチャンスなのです。

[救済の中にいる私の兄弟(姉妹)よ、私の声を聞き私の言葉を理解してください。
私が求めているのは、あなた自身の解放だけなのです。
愛らしさがいまだ強烈で包括的な(全てを内包している)世界の中には、地獄の余地はなく、そこから天国までたった一歩なのです。]

ラジ: これらの言葉をあなたが言うべきなのです。
兄弟姉妹と関わり合っている時、あなたはこの言葉が意味していることを感じていなければいけないのです。 たとえこれが傲慢に聞えたとしても。
「救済の中にいる私の兄弟(姉妹)よ」これはあなたの台詞なのです。

では、ここで言われていることの要点は何なのでしょうか?
この文章はあなたが兄弟姉妹に対して要求を突き付けるように成ると言っているのではなく、キリストと繋がったあなたという存在が意味深く変容をもたらし重要であると言っているのです。 あなたは重要な人なのです。
あなたは脆弱な弱虫ではないのです。あなたは橋にも棒にも引っ掛からない毒にもクスリにもならない人ではないのです。
「変容をもたらすもの」を自分の中に迎え入れた時、あなたは変容をもたらす存在(現われ)なのです。 
あなたは自分の兄弟姉妹の重要なパートナーに成るべくここに存在しているのです。 あなたはチャレンジをもたらなさい愛想の良いだけの人として存在しているのではないのです。
あなたが兄弟のことを良く考えている場合でも悪く考えている場合でも、いずれの場合でもあなたは(彼等に/状況に)影響を与えているのです。
あなた達はそれぞれ孤立して存在している訳ではないのです。
あなたは、自分だけで(他者に影響を与えることなく)何かを考えることは出来ないのです。
たった今あなたは良きにつけ悪きにつけ重要な影響を与えているのです。
あなたは(今現在に対して)影響力を持っていると理解しなさい。

「わたしは誰かを変えたり、誰かを特定の様子に振舞わせたりしようとはしていない。成るに任せるが私のモットーだ、だから私に腹を立てる人は居ない筈です。」(とあなたは言うでしょうか?)
しかしあなたは、(世界に対して人々に対して)影響を与えていない存在などには成れないのです。

あなたはインパクト(影響力)を持っているのです。
そしてあなたは、夢を成立させ続けることに貢献しているか、でなければ(天国を「世界」として見せている)「相互合意されている定義群」を壊すことを助けているか(そしてリアリティを否定している「相互合意されている定義群」によって苦しんでいる人達全員の目覚めに貢献しているか)、そのいずれかなのです。

しかしこの最後の文節を読みながら、これらの言葉が「あなたは他者に対して権威や自分の意志を押し付ける力を持っている」と言っていると受け取らないで下さい。
あなたはすでに力を持っているのですが、殆どの場合まだ間違った使い方をしているのです。

あなたが力を持っている(従ってあなたは兄弟姉妹に影響を与えることなく存在することは出来ない)ということを認識したなら、リアリティの為そしてあなたの兄弟姉妹を目覚めさせる(従ってあなたを目覚めさせる)ものの為に「あなた」の現れの力(「あなた」を現す力)を表現するよう意識的に選択しなさい。

[あなたの疲れた目に、私は今までとは違う世界のビジョンを与えます。 それはとても新しく清潔新鮮で、あなたは今までの痛みや悲しみは忘れてしまいます。
そしてあなたはこのビジョンをあなたが見ている人々全員に分け与えなければいけないのです。 そうしなければ、あなたはこのビジョンを見られないから。]

ラジ:ここもキーポイントです。
「自分の兄弟姉妹と分け合いたくない(共有したくない)もの」は、あなたには見ることが出来ません。
そして、あなたは「あなたが見ているもの」を兄弟姉妹と分かち合わずには居られません。 あなた達は常に「自分達が見ているもの/こと」を分け合っているのです。

質問者: つまり、最終的に私がハッピー・ドリーム(幸福な夢)に目覚めた時、私は「リアルな彼等」が見えるようになるのですね。
ラジ:そうです。
しかし「目覚めの啓示」は、あなたに耐えられないほど大きなパッケージで(一度に)やって来る訳ではありません。
目覚めの全容は常に毎瞬あなたに与えられており、それがあなたの根源的体験ではあるのですが、その未知を信頼するあなたの意欲と決意が、「父の意志(見方)が何か?」聞きそれを信じ抜く決意が、あなたの受け取るパッケージ(気付き)の大きさを決めているのです。

あなたが真理を垣間見る度に、あなたは人々に分け与えるもの(共有状態)を得るのです。
「私が完全に目覚めたなら、人々とシェアー出来るものが得られるだろう。」(とだけ考えないで下さい。) 何故なら、あなた達はほぼ毎日分かち合うべきことを体験しているのだから。

[このギフトを与えることにより、あなたはこれを自分のものにするのです。
そして「それはあなたのものである」と慈愛の中で神が任命しました。 わたし達が世界を歩いて、彼(神)のギフトがわたし達のものであることを様々な機会に再確認出来ることを喜びましょう。
このようにして地獄の様々な遺物や秘密の罪や隠れた憎しみが消え去り、それらが隠していた愛らしさが、(キリストが現れる前までわたし達が歩んできた茨の道からわたし達を引き上げる)天国の芝生のように、わたし達の視界の中に現れ出るのです。

私の兄弟よ私を聞きなさい。 私を聞いて私と繋がりなさい。
私の呼び掛けが虚しくなることはないと神が決めたのです。
彼(神)の確信の中で、私は満足して休むのです。
何故なら、あなたは聞き、あなたはもう一度選び直すのだから。
そしてこの選択の中で全ての人が安全に成るのです。

(訳注: これ以降のACIM文は神に対する呼び掛けで、あなた=神、私=読者です。 )
父よ、あなたの子供達であり私の兄弟達であるこれら聖なる者達を遣わしてくれたあなたに感謝します。 彼等に対する私の信心はあなたのものです。
彼等が私の元に来て永遠にそこに居続けることを(彼等をあなたが知っていると同じ位確かに)私は確信しています。
彼等は私が与えるギフトを受け入れるのです。何故なら、あなたが彼等のためのそのギフトを私にくれたのだから。
そして私はあなたの聖なる意志だけを行い、彼等がそれを(あなたから私に与えられた意図を)選ぶのです。
そして私は彼等に関して感謝を捧げます。
彼等が(彼等に与えるようにと神であるあなたが私に与えてくれたギフトを)選択する毎に救済の歌が世界に鳴り響きます。
何故なら、わたし達はひとつの目的を共有しており、地獄の終わりが近づいているから。]

ラジ:このような確信を持てるなら素晴らしいとあなた達は考えているかもしれません。
そのように考えているなら、あなたは自分がそのような確信(人々があなたの与えるギフトを受け入れるという確信)を持っているとはまだ信じていないのです。

わたし達は第一に「神/聖霊/私(イエス)/あなたのガイド」を招き入れ、あなた自身の中で真理を示させ「真理が何か」深く感じ取ることに関して話しているのです。
あなたがこれを行ないその真理を見て感じた時、あなたは自信を持って兄弟姉妹の前に進み出て話しかけることが出来るのです。
これは、その人の個人的救済者に成る自信ではなく、「あなたの体験しているシンプルに統一された真理がとても正しく、この真理がその人に関する真理でもある」という自信なのです。
その時あなたのマインド内には疑念がないのです。
その時あなたは、その人がそれを受け取り受け入れそれを認識することを疑っていないのです。 何故なら、あなたもそれを受け取り受け入れそれを真実として認識したのだから。
そしてその人にもこの真理を受け入れそれを体験することが出来ると疑わないのです。 何故ならあなたもそうしたのだから。
そしてこれをする前まであなたは、その人が今立っている所に立っていたのだから。
だから、あなたがそれ(その真理)を受け入れそれを体験出来たなら、その人にも同じことが出来るとあなたには解るのです。

[私の手は過去の誘惑を退けている(そして完璧に落ちつき輝き透っている光を弛まず見定めている)全ての兄弟と繋がるために伸ばされており、彼等を歓迎しています。]

ラジ:「過去の誘惑を退けている全ての兄弟」つまり「決意と確信をもってやり続けている全ての兄弟」ということです。

[私自身のもの(私の兄弟姉妹)を私に与えてください。彼等はあなたのものなのだから。
あなたの意志でしかないものの中であなたが失敗することが在り得るでしょうか?
私の兄弟の真実に関して、そして私と繋がることを決めてくれた各人の真実に関して、私はあなたに感謝します。 ]

ラジ:「私の兄弟の真実に関して...私はあなたに感謝します。」 
兄弟姉妹のプレゼンテーション(振舞い)に対してではなく、彼等に対する私の思考に対してではなく、兄弟姉妹の真実に対して私はあなた(神)に感謝します(ということです)。
あなたが嫌っている兄弟を赦して、彼に対する反感を横に置いて、彼に対する決め付けを止め、彼に関して神と話し「彼に関する真理が何か」本当に知りたいと願うのです。
その人が表している(象徴している)ように見える全てをあなたが嫌っていることが、彼/彼女を嫌う(軽蔑する)体験をあなたがエンジョイしていることが、あなたが自分の注意/意識を何に与えようと選択しているか示しています。
そして、これが(この選択が)「彼等の真理が何か?」神に訊ねられるだけあなたが真摯に興味を示すことを完全に阻止してしまっているのです。
何故なら、神が彼等に関する真理をあなたに告げたなら、彼等を嫌うことから得ている大きな満足をあなたは手放さなくてはならないから。
だから、あなたは父の視点のギフトを受け取っておらず、父の視点でもって兄弟姉妹を抱擁してその抱擁の中で自分自身を解放することが出来ていないのです。

[地上から天国への感謝の歌が聞こえて来ます。小さなバラバラのメロディーが「地獄から贖われた世界」より聞えてくるコーラスに育って行き、あなたに感謝を捧げるのです。]

ラジ:小さいバラバラの旋律。
教会で賛美歌を歌ったことがある人は、数人しか居ない時に賛美歌を歌うことが難しいことをご存知でしょう。
しかし沢山の人達と一緒なら、自分の声を出すことはとても簡単なのです。
だから、これがバラバラのメロディー(主張)に見えている時には、あなたの声が場違いな歓迎されていないものに感じられるかもしれませんが、気を落さないで下さい。
何故なら、これを愛と共に行なう人が増えれば増える程、これが行なわれている純粋さ故に、これは人々に届き「信徒」を増やし変容をもたらすプレセンス(現れ/表現)なのだから。

このようにして、これは「全てを内包した一つのコーラス」に成るのです。
しかし(とても実際的な方法で神を賞賛している)幾千の声のサポートがまだない時点でも、あなたは続ける意欲を持たなくてはいけないのです。
このような持続力と決意が必要なのです。

[そして今わたし達は「アーメン」と言いましょう。
何故なら、時が始まる前の永遠の静けさの中であなたが彼(キリスト)のために設定した住処にキリストが住み付いたのだから。
旅は終わりに近づいており、それはこの旅が始まった場所で終るのです。]

ラジ:このようにして、旅はそれが始まった地点(故郷)に戻りそこで終るのです。
この故郷からの逃避行を行なう前、あなた達は全員目覚めていたのです。
白昼無に浸ることを選択するまでは、あなたは神の永遠の直接表現であり、完全に目覚めたキリストだったのです。
だからあなたの故郷への帰還は、あなたが元居た場所に帰って行くことなのです。
これを知っておくことが大切なのは、あなたが近づいていると考えているものは、何かあなたが達成しなくては成らないようなことではないからなのです。
それはあなた自身をその中に入れ直すべきものなのです。
それは「あなたの存在」のナチュラルで永遠の状態なのです。
『「あなた」のこの自然な状態に、あなた自身を入れ直すこと』をわたし達はしているのです。
これは教室の中で夢見ている生徒が、(決して自分がそこから離れなかった)教室内に自分の意識を戻すようなことなのです。

だからこれは不可能なことではないのです。
あなたが今まで使ってきた(自分が神から分離しているという)自己主張を全て放棄してそれを完全に崩壊させたなら、そしてこの自己主張を二度としないことにしたなら、あなたはその時あなたの正しいマインドの中に直ちに戻るのです。

これは何かを達成することではないのです。
これは決して変らない根源的事実で、あなたが分離した独立的存在として自分自身を作り続けることを止めた時、自分がこの状態に戻っていることをあなたは発見するのです。

[それは(旅の厳しさは)跡形もなく消えるでしょう。
一つの幻想さえも信心には値しないのです。キリストの顔を隠す一つの闇さえも最早残っていません。]

ラジ: あなたの注意や信心に値する「相互合意されている定義」は一つもないのです。 そして「相互合意されている定義群」の結果として現れている暗闇は一つも残っておらず、キリストの顔を誰かから隠してはいないのです。

[あなたの意志がなされました、完全にパーフェクトに。]

ラジ:それは初めからそうであって、それが止まったことは無いのです。
神の意志が完全にパーフェクトに行なわれています。

[そして創造されている全てのものが、それ自身の唯一の源としてあなたを認めており、あなたを知っているのです。
あなたのイメージに従って、あなたの中に住んで動いている全てのものが光を放っています。
何故なら、わたし達はわたし達が「ひとつ」である所に到達しており、あなたがわたし達を据えた故郷にわたし達は居るのだから。]

ラジ:私はこれを知っています。 そしてあなたも「あなたの為に、そしてあなたの兄弟姉妹の為に」という言葉の意味を知るようになって来ているのです。
私はこのことを知っており、あなたを助けており、あなたと一緒に居るのです。
私はこのことを完全にクリアに知っているので、これを完全にクリアにあなたに伝え、「神が実存している」と信じてそれに従って行動する勇気をあなたが持てるように助けているのです。

もしあなたがコントロールすることを手放したなら、自分達の相互合意されている定義群を放棄したなら、全ては破滅せず全てが天国として照らし出されると発見出来ることに賭けて、そうする勇気があなたに持てるように私は助けているのです。
私と繋がるリクエストの中で、私はあなたをこれで(あえて上記のことをしてみようと思える勇気で)抱擁しているのです。
信じ難いことが信じられるように、これをあなた自身の為に受け入れて、私のあなたへの信頼を自分の為に受け入れて欲しいのです。
そうして私があなたの為にしていることを、あなたが兄弟姉妹の為に出来るように成って欲しいのです。
たとえそれが難しく思えても、関わり合いを持てるように。関与することが出来るように。
あなたが兄弟姉妹の為の神の証人に成る機会を彼等(兄弟姉妹)が提供している時、それを嫌なこととして避けてしまわないように。

さて私は(ACIM)の一番最後の章(の一部)を読みました。 
こうすることで、これより第一章から読み続けるために必要な文脈(大筋)が解ったでしょう。
(訳注: ラジはChapter31のセクション1/2/8への解説を行なったのですが。セクション1の解説は録音に失敗しておりテキストも残っていません。)

質問者: もし全ての人々がジョージ・ブッシュを愛したなら何が起こるのでしょうか?

ラジ: 奇跡。
しかし彼だけに限定しないで下さい。サダム・フセインを含めても良いでしょう。
あなたにとって抱擁し祝福することが難しい全ての人を(あなたの抱擁の中に)含めてください。
愛の力のクリアな表現があなたの生活の中に時折現れている時、それはどのような効果を示しているでしょうか?
それはどのようなことをあなたにもたらしているでしょうか?
その時の様子を思い出して、(自由意志の使用を控えて、憎しみを慎んだ時)あなたが(他者に)与えることの出来る愛のギフトの力を認識しなさい。
その時何が起こるか予測しようとして時間を浪費するのは止しなさい。
それを行い、行なうことによって何が起こるか発見しなさい。
それを行なって驚きなさい。
何故なら、あなたの解放した人があなたを解放するのだから。
これがあなたが故郷に帰る唯一の道なのです。

(夢見ている神の子達によって)一番初めになされた選択は、「父が成っているもの/父が存在している様子」から異なった「相互合意されている定義」を(二人の神の子が)使って故郷を離れることでした。 
だからあなたが選び直している時、あなたはもう一人の人と一緒にそれを選ぶのです。
これは、神の創造に対して愛の無い/愛らしくない(神の創造したものに反する、従って神に反する)性質や意味を与え続けるのを止めて、愛を表現する目的でもう一人の人と繋がることなのです。

終わり

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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