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Q&A 12-11-20

<だから私達は黙ってただ委ねるしかないのではないのですか?
いいえ、わたし達はマインドを黙らせて訊ね聞くべきなのです。そして聖霊は必ずあなたの求めに応えるのです。 
私は「この必要が在ってはいけない」とは言っていません。
必要なら100戸家を持っても良いでしょう。
家の必要を満たすことよりも「人々との関係」の方がより重要であるべきだと私は言っているのです。

<そして、結局のところ、ポール自身にもその家がなぜ必要かなど、わからないから説明のしようもないのではないでしょうか?
そう彼には解らないのです。 より重用なものが関係であると彼にはまだ解っていない。
だから彼には説明出来ないのです。

神に委ねることはとても貴重です。そして委ねた結果としてあなたは突き動かされるのです。
あなたが書いてくれたことを全て踏まえた上で、あえて私は言うべきこと{イヤでも言わなくてはならないこと}を言ったのです。 
だから私は今苦しんでいないのです。
私は既に自分の意志だけで行動することは出来ないのです。

<「私がどう思おうが、実際にふたつめの家がポールに必要ならそれはそんな風に起こるだろうし、必要でないならそうならないだろう、と次の瞬間には手放せるから随分楽だということです。」

では「あなたがどう思おうが、ラジの翻訳が必要ならそれは起こるでしょう。必要でないならそれは起こらないでしょう」と手放せば楽に成りますね?

しかしあなたは黙ってただ委ねているだけではありませんね。
あなたは私に働きかけよう、私を説得しようとしているでしょう。
「これが正しい在り方ではないか」と私に示そうとしているでしょう。
あなたがしているこのことは無意味なことでしょうか? 

『神が翻訳を止めろと言っているから私は止める。それに関してあなたが納得出来るように説明することは不可能だ。』と私が言ってそれ以上のコミュニケーションを拒んでしまったなら、あなたとの関係を私が大切にしているとあなたは思いますか?

「ポールは自分と人々の関係をより尊重しなくてはいけない。」これが私の言いたかったことです。 直接彼に会ってこれを伝える努力を私はしましたが、彼はまだそれを聞こうとはしなかった。


静さん、少し長くなりますが Chapter 27 -9 を読んでください。
現在のラジには妥協があり、それが下記の部分を解り難く(体現しづらく)してしまうのです。


The "Hero" of the Dream
夢の「主人公」


世界の夢の中では体がその中心的存在です。
体無くして夢は在りません。そして夢無くして体は存在しません。
夢の中で体はあたかも人であるかのように振舞い、人として見られ、人として信じられています。
全ての夢の中で体がその中心の場所を占めており、「それがどのようにして他の体から生み出されたか、体の外にある世界の中に生み出されたか、そして暫くのあいだ生きて、それから死んで、灰の中で(やはり死んでしまった)他の体達と再会する」というストーリーを語るのです。

与えられた僅かな時間にそれは生き、友達としてそして敵として他の体を捜し求めるのです。体の安全がその主な心配事です。体の安楽がその原則的ルールです。
それは快楽を求め、痛みを与えるものを回避しようとします。
しかし何よりもそれ(自分を体だと考えている者)はそれ自身に対して「苦痛と喜びは異なるもので区別することが出来る」と教えるのです。

体は「それが独立しておりリアルなのだという証明」を色々な方法で求めるので、世界の夢は色々な形で現れています。
体は、それが「価値があり有用だと世界によって認められている鉄の円盤や紙切れ{貨幣や紙幣}で買い求めたもの」をそれ自体に取り付けます。
それ(体)はそれら(お金)を取得する為に働き、無意味なことを行ない、「それ(体)が必要としていない求めてさえいない無意味なもの」の為にそれら(お金)を投げ捨てます。
それは他の体を雇ってそれを守らせようとします。
そしてそれ(体)は「それ(体)が所有しているもの」と呼べるより多くの無意味なものを集めようとします。
それ(体)は、その夢を共有出来る特別な体達を捜し求めます。
それは時には、それ自身よりも脆弱な体の征服者であることを夢見ます。
しかし夢のどこかの段階で、それ(あなたの体)は(それを虐げ痛める)他の体達の奴隷なのです。

誕生の時から死亡までの体の冒険遍歴が世界が今まで提供して来た全ての夢のメインテーマ(主題)なのです。
この夢の「ヒーロー(主人公)」は決して変らず、その目的も変りません。
夢そのものはあらゆる形を取っており、「主人公」が存在する様々な場所や出来事のバリエーション(変化)を示している様に見えていますが、夢には(様々なやり方で教え込まれる)一つの目的しか持っていないのです。

この一つのレッスンを夢は何回も何回もそして何回も教え続けようとし続けるのです。
夢が教え込もうとしているこのレッスンとは『それ(夢/世界)が「原因」であって「効果/結果」ではない。そしてあなたはその(夢/世界)の結果で、その原因では在り得ない。 だからあなたは夢見ている人ではなく「夢/結果」なのだ。 』ということなのです。
だからあなたはそれ(世界/夢)が作り出している場所や出来事の中を所在無く怠惰に行き来しているのです。 これが「体」がすることの全てなのです。何故なら、それ(体)は夢の中の影でしかないのだから。

――後略
http://availabenotes.blogspot.com/2012/01/ch27-9.html



『「あなたの全財産を捨てて私に付いて来なさい。」 こう言ったならこれはとても難しいでしょう。 しかし「私について来なさい、そしてあなたの財産の全ても捨てられるように成りなさい」この順番ならあなたにも出来るでしょう。』

過去にラジがそう言っていることが、「今までラジがポールに指示して来たこと」と「Chapter27 で言い表されていること」の食い違い(妥協)を説明しています。


妥協は最終的に無くなるものです。


テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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No title

ありがとうございます。

《しかしあなたは黙ってただ委ねているだけではありませんね》

だから発信が苦手な私が、今こんな風に岡上さんとやりとりしてることに今日もまた自分で驚いているのです。

《あなたは私に働きかけよう、私を説得しようとしているでしょう。
「これが正しい在り方ではないか」と私に示そうとしているでしょう》

私の表面で起こっていることはそういうことなのかもしれません。私も「そのつもり」で書き始めたのかもしれません。岡上さんにも、そう見えるかもしれません。ただ、それでも「けど今ここでほんとには何が起こっているか私にはわからない」と知っているということなのです。

奇妙に聞こえるかもしれませんが、だから、岡上さんに向かってこうやって働きかけながらも、けれど「私がどう思おうが、ラジの翻訳が必要ならそれは起こるでしょう。必要でないならそれは起こらないでしょう」と一方では手放しているのだということです。だから、楽なのです。そして、岡上さんにも「明日ラジの翻訳が必要なら自分はそうするだろうし、しないかもしれない。まっ、どちらにしろ自分にとっても皆にとっても結局は善いことしかおこりようがないのだから」と楽にして欲しかったのです。

ただ、もし岡上さんに『神が翻訳を止めろと言っているから私は止める。それに関してあなたが納得出来るように説明することは不可能だ。』とだけをこの公の場でポンと返されたら、突き放されたようで悲しく感じ、侮辱されたようで傷ついたと感じるかもしれません。一瞬、投稿などしなければなかったと思うかもしれません。けど、今はその苦しい感情の中に長居しないで、すぐ出ていけるのです。それは私に起こったように見えますし、岡上さんがそうしたように見えますが、見えるだけで、ほんとはそんなことが起こっているわけではないと、私は知っているのです。そうわかったことで、今は自分が傷ついたような見える錯覚をすぐ手放せるようになってきているのです。
だから、「人々の関係をより尊重しなくてはいけないこと」を「ポールがしている」と見えるのもまた錯覚なのではないでしょうか?ほんとはそんなことなど起こってないのではないでしょうか?

いずれにしろ、それが何か不都合な形で私に起こったように私には見えるにしろ、神が全知全能なら、それはそういう形で私に起こることしかなかったことなのではないのでしょうか?
私は投げやりな気持ちで言っているのではなく、心からほっとしてそう言っているのです。

自分がこの投稿をしていることも無意味だとかは思いません。仮に当初自分が意図したようにそれが岡上さんに伝わってないにしろ、それが何だというのでしょう?実際働いているのは、「私の意図」などというものではないのだと今は思っているのです。だって、私はこのサイトを覗いたり本を読む以外は3年間ひたすら瞑想をして過ごし、ろくに誰かとメールしたり会話したり、ほとんどしてこなかった人間なのです。そうしようと決心したではなく、気がついたらそんな風に過ごしていて、3年たっていました。そして、突然何か衝動にかられて今j投稿しているのです。おかしな話です。
いずれにしろ、それをしたのですから、私のしたように見える、そこにだけ神の手が届かなかったと考えること自体、不遜ではないでしょうか?むしろそれは私がしたのではなく、ただ起こっていること、と感じられるのです。

こういうことを実際、私は岡上さんに向かっていっているのか、私自身に言っているのか、別の誰かにいっているのか、神に向かって確認しているのかさえ、わからないのです。多分、同じことなのかもしれません。

「神と離縁する」と再々岡上さんが訳されているのは、そういうことだと理解しているのです。「私の意図」というものがあると勝手に思い込んだ時、神の手を離したと。再び神の手をとるには、「私の意図」があるなどという錯覚を手放して、ただ静まって、神の意志が展開するのを邪魔しないようにしようと。一連の意味や目の前にあるものの意味を神に「ここでの真実は何ですか?」と私も問いますが、私には耳に聞こえる形で何かの声が聞こえるわけではありません。何か明確な指示があれば楽でしょうが、たとえ明確な指示をもらっても、今の私には即座に従う用意ができてないのかもしれません。なら、その方がよいことなのだろうと思っています。(強烈な体の感覚、振動のようなものはありますが、止まれ進めというような何か明確な指示もないようななので、よくわかりません)

ただ、そうした時、まだ時々ですが物事が驚く程スムーズに動いていく様子が「わかる」のです。思いがけない喜びもありますが、何より自分は流れの中にいるという、安心感があります。そして、その安心感が、神の答えだと思っているのです。

Chapter 27 -9、 もう一度じっくり読ませて頂きますね。私は読むのにも書くのにもすごく時間がかかるので、とりあえずこれだけで先にご返事させて頂きます。

けど、《だから私は今苦しんでいないのです》という岡上さんが一言書いて下さった以上、もう私はコメントすることはないかもしれません。「私が岡上さんの苦痛を取り除いた」などと不遜なことを思考しているわけでありません。ただ、私の表面意識のようなものが、岡上さんの苦痛のように見えるものを最初に捉えて反応したのです。貴方を思いやったとかそういうことを言いたいのではなくて、ただそれに反応したのです。そして、何かそのひとつのことが終ったように見えるのです。

お忙しいでしょうに、こうやって直接やりとりして頂けて嬉しかったです。何かえらそうなことなことを言っているように聞こえて、もし不快になられたらとしたら、ごめんなさい。

私は貴方とのご縁が有り難いです。

本当に有難うございます。

ごめんなさい

何度かChapter27も読みましたが、

『「あなたの全財産を捨てて私に付いて来なさい。」 こう言ったならこれはとても難しいでしょう。 しかし「私について来なさい、そしてあなたの財産の全ても捨てられるように成りなさい」この順番ならあなたにも出来るでしょう。』
このことと、

「今までラジがポールに指示して来たこと」と
「Chapter27 で言い表されていること」が
どこで食い違い(妥協説明)っているのか、私にはどうしてもわかりません。

すいませんm(__)m

Ch27

Ch27-9

体は、それが「価値があり有用だと世界によって認められている鉄の円盤や紙切れ{貨幣や紙幣}で買い求めたもの」をそれ自体に取り付けます。
それ(体)はそれら(お金)を取得する為に働き、無意味なことを行ない、「それ(体)が必要としていない求めてさえいない無意味なもの」の為にそれら(お金)を投げ捨てます。
それは他の体を雇ってそれを守らせようとします。
そしてそれ(体)は「それ(体)が所有しているもの」と呼べるより多くの無意味なものを集めようとします。

ここにはお金や所有物に関することが書き記されています。

No title

《ここにはお金や所有物に関することが書き記されています》

ええ、お金や所有物に関することが書かれていることはわかるのです。意味も多分理解していると思います。
ただ、ラジにどういう食い違いがあるのかかがわからないのです。

ヒーロー

興味深い見解の相違です。

「お金をもうけることやお金で沢山のものを購入することが目覚めをもたらす(そうし続けても目覚めが起こる)」とここに書かれてはいませんね? 

確かに「お金の使用を止めれば、物を購入しなくなれば、体を捨てれば、目覚められる」とも書いてありません。

しかし体という幻想のヒーロー(夢の主人公)の行動がここに長々と書き記されていますね。

この行動はわたし達の現在の行動を言い当てており、ポールも幻想の中の人の行動をしては居ないでしょうか?

この章が何を言い表そうとしているか、静さんはどう受け取りましたか?

No title

ご返事、ありがとうございます。
《夢の「主人公」》、何度も読ませて頂きました。そこに書いてあることを私がどう思うかを言う前に、ちょっと遠回りさせて下さい。今、岡上さんは「ポールの行動について」私がどう思うか、そのコメントを期待していらっしゃると思います。だから、何か肩すかしのように聞こえるかもしれません。でも、とりあえずそのことは忘れて、どうかこれを先に我慢して読んで下さい。

これは、岡上さんが訳してくださった、2012年8月27日の記事の中の一文です。

《「あなたがしたいと思っていること」や「あなたがする必要のあること」を邪魔する事態が起こっているのなら、その時あなたは自分がwillfulness(神から離れた自分個人の意志を通そうとすること)を行なっていると解るのです。》

私は、この文を読んで、そっか、やるときは「間違ったことをしてはいけない」などと気負わずに気楽にやればいいんだ。そもそも何がほんとに正しいかなど、私達にわかりようがないのだから、進んで失敗すればいいんだ、と思ったのです。仮に間違えていたら、何度でも間違えていると教えてもらえる。だから、安心して失敗すればいいんだ。
物事がどんどん苦もなくスムーズに起こっていけば、それで神と自分の意志が重なっていることがわかるし、邪魔する事態がもし続けば、それが赤信号っていうことなんだ。それは一旦止まれの合図で、そしたら、ただ立ち止まって改めてそこでもう一度尋ねればいいんだ。なぁんだ、そっか、そんなにシンプルなことだったんだ、と。
何かが奥深く隠されているわけでなく、それを現実に示してもらえるんだ、そう思いました。これはものすごい安心感ではないでしょうか?この文に対する私の解釈は違っていると思われますか?

だから、この一連の投稿をすることができたのです。私が衝動に駆られてほとんどためらわずにそうできたのは、もしこの行為が間違っていたら、それはそれで神様から合図があるんだろうと思えたからです。投稿しようという最初の衝動の中には私の色んな感情やこれまでに掴んだ概念、思い込みが混じっていたかもしれません。その中には或いは岡上さんが指摘されたような《岡上さんに働きかけよう、説得しよう、そして「私の方が正しい」と彼に示そう》 というようなエゴもあったかもれしません。(今こうして書いているこの文章の中にもひょっとしたらそんなものがあるのかもしれません。)ただ、それを選別することなど私には不可能だとギブアップして、委ねたのです。この行為が間違っているかどうか、事前に簡単に問いはしましたが、でも、行け、とも、やめろとも、どちらの徴も私には見つけられませんでした。だから、投稿してみました(今この投稿もまたそうなのです)

けど、岡上さんはちゃんと私とコミュニケーションをとって下さいましたよね?『神が翻訳を止めろと言っているから私は止める。それに関してあなたが納得出来るように説明することは不可能だ。』と言ってそれ以上のコミュニケーションを拒まずに、貴方はちゃんと私をコミュニケーションをとって下さいました。

だから、今信号は青だと私は感じたのです。(私のメールの中には「~ということではないでしょうか?」というような疑問形の文が頻出しているのをお気づきかと思うのですが、あれは岡上さんにメールしながら、半分は神様に聞いているつもりなのです。というか岡上さんという神様に多分聞いているのです)

そして、苦痛もまた、信号だと思うのです。もともと無い、そんなものを感じるならそこにこそ、修正すべき何かあるという徴だと思うのです。もし体に痛みがなかったら癒すべき傷がそこにあるとは気づかないように、心が苦しいのも、そこに癒すべき、修正すべきものがあるというサインなのではないでしょうか?

岡上さんは
《何が私を苦しめてきたか?
それは「私に聞えていること」と「ラジの言葉」には時に食い違いがあり、その食い違いが私のエゴから来ているのかどうか判断することが出来ない状態が長く続き、その結果「自分に聞えていることであっても、ラジと対立しそうなこと」は言わずに済ませてしまう癖が付いていたからです。
しかし言うべきことを言わないでいることは苦しいのです》
と率直に答えて下さいました。

貴方は長く苦痛を感じていらっしゃいました。と、いうことは、貴方はその時自分一人で自分のエゴを選別し、判断して行動を決めようとされませんでしたか?そして、詳しい時間的な経緯はわかりませんが、とにかくその苦痛を癒そう(修正しよう)と行動されたのだと思います。

岡上さんは、「する必要がある」と感じて、サンローズさんに接触されました。また、「する必要がある」と感じてポールに接触されました。けれど、物事は両方ともスムーズに進まなかったのではなかったでしょうか?ならば、岡上さんはその時「神から離れた自分個人の意志を通そうとしていた」のではないですか?
それは赤信号だったのではないでしょうか?こんなにも明らかに徴は与えられたのではなかったでしょうか?なら、そのまま同じ方向に進もうとはせず貴方に必要なのは止まって尋ねることだけではなかったでしょうか?それを無視されませんでしたか?「自分はこれをする必要がある」とがむしゃらに進もうとなさいませんでしたか?そして、その時貴方の苦痛は増しませんでしたか?

だとしたら、「人々の関係をより尊重しなくてはいけないこと」を「ポールがしている」と貴方に見えているそのことの実際は、ポールはただ貴方に赤信号を灯してくれているということではないでしょうか?サンローズさんもまたそうではないでしょうか?ご本人が意識されているかどうかは別にして、それは実際は拒絶等ではなくて、貴方への思いやりなのではないでしょうか?皆が貴方の方を向いて必死に合図を送っていたのではないでしょうか?貴方が夢から醒めるようにゆすっていたのではないでしょうか?勿論、それだけの意味ではないと思います。他にもたくさん目に見えない「神の働き」がそこにはあるのだと思います。けれど、貴方に対するそれもまた神の働きなら、それが貴方への思いやりでなくて一体他の何なのでしょう?

そして私側から言えば、私の中の貴方に投影した苦痛が、貴方の苦痛に反応したように思えるのです。それは或るはお金や生計や負担をかけている周囲への罪悪感、自分に対する無価値、そんなものかもしれません。これは本来貴方には関係ないことなのです。貴方は神の子で完璧なはずなのです。けど、私はそれを貴方に投影して、貴方の中にも見たのです。
全くの勘違いならごめんなさい。それが何かはっきりとはわからないのですが、とにかく貴方の発言に対して私の中に激しい痛みが走りました。

そして、自分のその痛みを癒そうという衝動に駆られて投稿したのだと思います。貴方の痛みを和らげようとしているように表面的には見えてるいるかもしれません。自分でも最初そんな風に思いました。けど、ここで私がしてることは、貴方の体を借りて自分の苦痛を癒そうとしているのではないかと思うのです。

私には、私の苦痛を癒すために、貴方がコミュニケーションを続けて下さっているように思えるのです。そんな風に私に対して手をさしのべて下さってるとと思えて仕方ないのです。
だから、ありがたいです。

物事とは何か私達の背後で、そんなにも複合的に重なり合って、信じられないくらい完璧に進んでいるのではないでしょうか?

長くなりましたが、ここからが《夢の主人公》を読んだ私の感想です。
ここに何が書いてあるのか?
私には自分とそして岡上さんのことが書いてあるのだと思えました。

私にはポールの行動はわかりませんが、岡上さんは、この文を読んで、「ポールはこの中にある幻想の中の人の行動している」と感じられたのですよね?
そして、「ポールとお金の問題」としてそれを捉えられたのですよね?

けれど、ここに私が見ているのは私と岡上さんのお金の問題なのです。私と岡上さんの苦痛のもとになっている概念なのです。
私の「私が貧しいと自分を感じ、それにただ囚われているから、ポールや岡上さんの間で今起こっていることも、何かお金に関係したことのように見えているだけなのでしょうか?」
という問いに貴方はきっぱりと
「いいえ、これはお金に関したことなのです。」
と答えられました。
そして、私は「やっぱり」と言ったのです。だって今私は自分にお金が不足しているという思考からなかなか逃れられずにいるからです。それは、修正されなければいけないのです。
貴方は「自分にお金が不足している」と感じてはいらっしゃいませんか?
ここが天国だと見えますか?本来あり得ない欠乏というものを貴方はご自分の目の前に見ていらっしゃいませんか?もし、少しでも見ていらっしゃるなら、今ここで修正されるべきは、貴方と私のお金の欠乏と夢なのではないでしょうか?そして、もしたまたまこのやりとりを見ていらっしゃる他の方がいらしたら、或るいはその方の癒されなければならない修正点なのかもしれないと思うのです。
私の勘違いなのでしょうか?

貴方は「お金に対してポールさんには不正直/不正確な言動がある」と考え、だから、それを軌道修正しようとされていますよね?今その同意を私に求めていらっしゃるではないですか?
これはこの章の
《それ(体)は、その夢を共有出来る特別な体達を捜し求めます》
ということではないですか?

そして、ここでのタイトルは「夢の主人公」ですよね?
貴方はこの章を読んで
『この行動はわたし達の現在の行動を言い当てており、ポールも幻想の中の人の行動をしては居ないでしょうか?』
と言われました。私達の現在の行動だと思います。けど、ポールが今実際に夢の体を使ってどんなことをしているのか今私には見えません。そして、仮にポールのふるまいがどんな風に見えようとポールはそんなことは実際はしてないのではないですか?それは夢なのです。ただの何かの結果なのです。それはリアルなことではないのです。
だから、私達にできるのは、
「ポールはこんな振る舞いをしているように見えますが、ここの真実はいったい何なのでしょう?神さま、あなたの視点でそれを私達に見させてください。あなたにはこの状況はいったい今どのように見えていますか?」と問うことだけではないでしょうか?

もし、私がここで「ほんとですよね、何かボールの行動はラジの教えと矛盾して、最近不誠実ですね」と貴方に同調したら、私は起こってもいない夢を強化してしまうのではないでしょうか?私はその夢に焦点を合わせ、リアルではないものをリアルにして、修正されるべき自分と岡上さんの問題(と見えているもの)をもまた強化してしまうというということではないのでしょうか?そして、私達は今ここで修正するチャンスを失ってしまうのではないでしょうか?

ただ、私にわかるのは、本来ありもしないお金の欠乏をまだ見ている私の知覚を変えるために、そんな夢から醒めるために何か岡上さんに手伝って頂かないといけないことがあるということなのです。勿論、これは鉄の円盤や紙切れ{貨幣や紙幣}を私にくださいと言ってるわけではないですよ(笑)
どうか手伝って頂けませんか?
「神の子は一人では目覚めることができません。兄弟と一緒に進むのです」というようなことが書いてあったと思うのですが、一人で瞑想ばかりしている私には、意味がよくわかりませんでした。そのことに関係しているような気がするのですが、方法がよくわからないのです。
貴方はどう思われますか?これは私の思い込みでしょうか?私は今当違いの方向を向いていますか?

<ここからが《夢の主人公》を読んだ私の感想です。
<ここに何が書いてあるのか? 私には自分とそして岡上さんのことが書いてあるのだと思えました。私にはポールの行動はわかりませんが。

何故あなたはこの中からポールを排除して考えようとするのですか?

どのような理由であなたはこのこと(<夢の主人公>が言い表そうとしていること)がポールには当て嵌まらない(当て嵌まるべきではない)と思うのですか?

これが我々に当て嵌めてよいことならば、これは当然ポールにも当て嵌めてよいことなのです。

ポールについてはよく知らないから、何とも言えない?
もし本当にそうであれば、あなたは私に関しても何も言えないでしょう。
あなたはポールに関して既に多くのことを知っています。
あなたは何故、このことをポールに当て嵌めることは避けようとするのでしょうか?

私は全ての人々に等しく同じものを分け与えるのです。

No title

ごめんなさい。
私は最初、あなたの記事を全部読みました、と書きました。でも、ラジの教えを理解しようと自分に関係のあると思われる言葉を選んで読んでいて、ポールの日常生活と思われる部分や、今私がしているこの読者の投稿の部分は、適当に飛ばしてしまったか、記憶に残っていないのかもしれません。
貴方がポールのことを私が知っているというのはそういう意味ですか?

そうならたった今、この状態で、読み返さずに私の記憶にある、貴方が書いて下さったラジの行動は、
「ふたつめの家のために寄付をつのっているらしい」
ということだけなのです。

《何故あなたはこの中からポールを排除して考えようとするのですか?》

私は排除しようと考えているのでしょうか?排除…?そうなのでしょうか?

《どのような理由であなたはこのこと(<夢の主人公>が言い表そうとしていること)がポールには当て嵌まらない(当て嵌まるべきではない)と思うのですか?》

当て嵌まらない、とか、当て嵌まるべきではない、とかではなくて、
私はただ、今目の前にあるこの展開にだけ注意を払いたいと思っただけなのです。
今、たった今、私がこうやってやりとりしているのは、ポールではなくて岡上さんです。
岡上さんは、私とのこのやりとりの合間にも、ひょっとしたらポールとやりとりされているのでしょうか?
けれど、私が今、やりとりしているのは貴方となのです。
だから、そこに焦点を絞りたかったのです。
じゃないと、大切なことを見落としてしまう気がするのです。

《ポールについてはよく知らないから、何とも言えない?
もし本当にそうであれば、あなたは私に関しても何も言えないでしょう》

「岡上さんのこと」は知っていると思っているから、言っているわけではないのです。知っていると思っているから、今貴方に言っているのではなくて、私が今コミュニュケーションをしているのはポールではなくて岡上さんではないのでしょうか?

これは、貴方がどこで生まれてどんな仕事をして、幾つでとかそういうことでしょうか?

私はそういう一般的な意味でも貴方のことも知りません。それに関してはどうでもいいのです。そういうポールのことならどうでもいいのです。
ただ、私が今本当に知りたいのは、「貴方の本当の意味」です。貴方がこうして今私にかかわって下さっている本当の意味なのです。
私はこれを貴方という神様に言ってます。
どうか、教えてください。

そして、もし私がポールについて知っているとおっしゃるなら、私がポールに関していったいどんなことを知っているのでしょう?
なら、ポールの本当の意味もどうか私に教えてください。

静さん

複雑に成って来ているので、短く区切って書きます。

私が知る限りでは、ポールは「二つ目の家のための寄付を募っている」のではなく、現在既に所有している二つの家を維持する為に寄付を募っています。 

ポールの振舞いが正しいとあなたが心底信じているなら、あなたはポールをサポートするべきです。 御自分でポールの英文をお読みに成るべきです。 あるいは他の人にお金を払ってでも日本語に訳してもらうべきです。



この世は幻想

岡上さん、私は「ポールの振る舞いが正しい」と言ったでしょうか?私は今見えているポールの振る舞いについて、それが正しいとか正しくないとか、何か「判断」をしたでしょうか?

私はポールが今何をしているように見えても、それは夢だと言っているのです。私はこの世は幻想だと言っているのです。
貴方が訳して下さったこの「夢の主人公」という章はそういうことを言っているのだと理解しています。この章だけでなく、ラジも「奇跡のコース」も繰り返しそのことを言っているのだと思っています。そのことを貴方は繰り返し訳されていたのではないのですか?

では、逆に教えて頂けますか?貴方は、この「夢の主人公」をどのように理解されているのですか?貴方はこの世は幻想だとは本気で信じていらっしゃらないのですか?

静さん

<貴方は、この「夢の主人公」をどのように理解されているのですか?貴方はこの世は幻想だとは本気で信じていらっしゃらないのですか?
<私はポールが今何をしているように見えても、それは夢だと言っているのです。私はこの世は幻想だと言っているのです。


「この世は幻想だ。だからこの世の中と関わり合う必要は無い、この世の中の何かを正す必要もない、ただ自分の知覚が修正されることだけを聖霊から求めれば良いのだ。その為に聖なる瞬間が存在している。」
上記を仮に絶対幻想解釈と呼ばせてもらいます。 あなたはある程度この解釈を行なっておられるようです。違うでしょうか?

「この世は幻想に基づいている、しかし目覚める為には関与と修正が必要で、その為に聖霊の介入が欠かせない。二つのステップ/聖なる瞬間を持ったなら、あなたは聖霊に突き動かされて動くのだ。だからあなたは実際に人々と関わり合う必要がある。」
これを仮に相対幻想解釈と呼ばせてください。 これが私の解釈です。

そしてあなたは絶対幻想解釈から、「この世と関わり合うことは無駄だ。何故ならこの世は幻想だから。」と私に提示しようとしているのだと私は理解しました。

これがわたし達の論議を噛み合わなくしていたのでしょう。 あなたはどう思われますか?

この世は幻想

返事を頂けて嬉しいです。有難うございます。
そう、私はまさにこのことについて貴方と話し合いたかった。こんな風にすっきりとまとめて頂けて嬉しいです。


これは貴方が私がしているように感じていらっしゃる解釈です。

「この世は幻想だ。だからこの世の中と関わり合う必要は無い、この世の中の何かを正す必要もない、ただ自分の知覚が修正されることだけを聖霊から求めれば良いのだ。その為に聖なる瞬間が存在している。」

そして、私の解釈は次の通りです。違う部分に焦点を当てて、注意深く読んでみてください。

「この世は幻想だ。だから、私達は今しているように直接その幻想と関わり合う必要はない。この世は狂っているように見える。だから、たった今、この世は正される必要がある。けれど、そのために私達がすることは、これまでしてきたように現実と思えるものと直接関わるやり方ではなくて、ただ自分の知覚を修正することだけなのだ。けれど私達人間がそれを自分ですることはできない。(全く不可能ではないかもしれない。私にはやり方がわからない。)けれど、ここにそのための教えがある。瞬間的に知覚を変えてしまう、ひとつの方法が提示されている。それは、これまでのように自分で何かをしようとするのではなく、聖霊に知覚の修正を求めることだ。そうすれば、聖なる瞬間が訪れ、私のいまいるここが天国になる。」

いかがですか?

そして、これが貴方の解釈です。

「この世は幻想に基づいている、しかし目覚める為には関与と修正が必要で、その為に聖霊の介入が欠かせない。二つのステップ/聖なる瞬間を持ったなら、あなたは聖霊に突き動かされて動くのだ。だからあなたは実際に人々と関わり合う必要がある。」

私達は二人とも、この今目の前に見えている現実と呼ばれるもの(私は幻想だ、といい、貴方は幻想に基づいている、という)、それを変えようとしている。正そうとしている。それが間違っていると思っている。
けれど、そのために、とろうとしている方法が違っているのです。

貴方はこの幻想に直接関与しようとされている。
私はそれはこれまで私達がしてきた方法だと言っているのです。
そのやり方がうまく機能しなかったから、私達は、今、いのち同士が殺し合うような、こんな狂った現実を経験している、だから、その方法を潔く手放して、聖霊に知覚の修正を求める必要がある、と言っているのです。この世は幻想なのです。貴方は基づいていると言われた。けれど、これを何かの比喩だと思わないで下さい。この世は幻想なのです。だから、知覚が修正されることだけが必要なのです。そうすれば、今、私達が見ていると思っている、この目の前の、変えたい現実そのものが変わるのです。



静さん

お互いの話がかみ合って来ましたね。

私は「二つのステップ/聖なる瞬間を持ったなら、我々は聖霊に突き動かされて動くのだ。だから我々は実際に人々と関わり合う必要がある。」 と言っており、
その事に対してあなたは「貴方はこの幻想に直接関与しようとされている。」と仰っています。

ではあなたは「実際に人々と関わり合う必要はない。実際に人々と関わり合うことは幻想への関与でしかない。」と言っているのですね?

もしそれが本当ならあなたは私とコミュニケートする必要も無いでしょう?
しかしあなたは私とコミュニケートしている。
つまり私の言葉で言えばあなたは既に「実際の関わり合い」を私と持っているのです。

「そのために私達がすることは、これまでしてきたように現実と思えるものと直接関わるやり方ではなくて、ただ自分の知覚を修正することだけなのだ。...これまでのように自分で何かをしようとするのではなく、聖霊に知覚の修正を求めることだ。そうすれば、聖なる瞬間が訪れ、私のいまいるここが天国になる。」 

{あなたの主張はラジの主張とはかなり異なっていますね。これはワプニックさんか彼のお弟子さんの主張により近いと思います。}

それ(知覚の修正を聖霊に求めるだけ)では不十分です、兄弟姉妹との関わり合い(メールのやり取りも含んだ実際的な関与)が無くてはそこには限られた修正しかもたらされません。

それが証拠にあなたは私とコミュニケートしています。 
そして実際に私を修正しようとしているでしょう。「これが正しい方法だ」と私に示そうとしているでしょう。これも実際の関わり合いですね。
もし実際の関わり合いが必要無いなら、あなたは私にメールはくださらなかった。
だから「実際の関わり合いが無ければ不十分だ」とあなたは既に知っており、それを既に体現されているのです。
つまりこの世が幻想であってもなくても、人は実際の関わり合いを求めざる得ないのです。

そして自ら何かをする必要もあるのです。
私が自ら翻訳をしようとしなかったなら、私があなたと出会うことも無かったでしょう。

「聖霊に知覚の修正を求めることの必要」はあなたの仰る通りです。しかしその解釈が我々の間では違うようです。 これに関してあなたは私に伝えたいことがあるのでしょう。


「Ch27から私が受け取ったもの」に関しては、言うべきことを更にまとめたいので、次回以降に保留させてください。

ひとつ誤解があります

有難うございます。
私にも貴方が考えていらっしゃることがおぼろげながらわかってきて嬉しいです。

すいません。
ひとつだけ今の時点で岡上さんが、誤解していらっしやると思う点を指摘させて下さい。
ワプニックさんという方がどういう主張をされているのか、私は存知あげないのですが、
私は、
「私達は今しているように直接その幻想と関わり合う必要はない」
「これまでしてきたように現実と思えるものと直接関わるやり方ではなくて」
と言っています。
「誰かと実際の関わり合いを持たない」と言っているわけではないのです。

そして、ここでのポイントは
「直接その幻想と関わり合う必要はない」の方ではなくて

「今しているように」
「これまでしてきたように」
の方なのです。

これが決定的に違うのです。

私が言っていることがおわかりになりますか?

静さん

<「これまでしてきたように現実と思えるものと直接関わるやり方ではなくて」
<「今しているように」「これまでしてきたように」の方なのです。


では静さんの体験をもとに、そして出来るだけ具体的に、
どのようにその関わり合いを行なっているか教えて下さい。

どのような体験をなさっているのでしょう?







No title

ありがとうございます。
どういう風にお答えすればいいか…
整理しますので、少し時間を下さいね。

けどその前にちょっとこれを見てください。

貴方が今引用されたこの部分、何も思考を差しはさまず、
ただ比べてください。

これが私が言ったことです。

《そして、ここでのポイントは
「直接その幻想と関わり合う必要はない」の方ではなくて

「今しているように」
「これまでしてきたように」
の方なのです。》

そして、これが貴方の引用です。

<「これまでしてきたように現実と思えるものと直接関わるやり方ではなくて」
<「今しているように」「これまでしてきたように」の方なのです。

貴方はそのまま直接、私の言葉をまるごと移動させずに
わざわざ、上と下から一文ずつを引いてこられた。

私はここで、とるに足りない、何かあげつらうようなことを言っていると聞こえるかもしれませんが、そうではないのです。
だから、まっさらな目で見て下さい。

もう一度、これが私が言ったことです。

《そして、ここでのポイントは
「直接その幻想と関わり合う必要はない」の方ではなくて

「今しているように」
「これまでしてきたように」
の方なのです。》

そして、貴方の方です。

<「これまでしてきたように現実と思えるものと直接関わるやり方ではなくて」
<「今しているように」「これまでしてきたように」の方なのです。

私の文をまるごと再び提示してもよかったのに、
貴方は無意識かどうか、とにかくこういう形で自分の目に見えるように、修正されたのです。
そして、これは貴方が今私に問われていることと関係しているのです。
これは瑣末に見えますが、結構重要なことだと思います。
私には貴方が無意識に自分自身にわかりにくくしていると思えるのです。

そのことを踏まえて、もう一度私の文を読み直してみて頂けますか?

私もどのように自分の体験していることをお話したらいいか、
聖霊に聞き、時間をかけて整理してみます。









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翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
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