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ことばの違いに囚われるべきではないこと

何故あなたの言いたいことが解ったのだろう?
それがまだ解らない。

あなたの言いたかったことは、実はあなたの言葉の連なりからは読み取れなかった。
あなたの行為が解った。あなたのしようとしていることが解った。
あなたは私を完成させようとしている。

あなたはわたしの気持ちが変わることを求めた、そして私の振舞いが変わることも求めた。
まず私の気持ちが変わった、あなたが長く働きかけてくれたから。
ここに解る余裕(あなたをより理解してみたいと思う気持ち)を作ってみようと思えるようになった。
あなたは言葉では教えられなかった。あなたは行為(振舞い)で教えた。
解った時は一瞬だ。 しかし解るまでは時間が掛かった。それまでにはプロセスが必要。
そのプロセスの為には解ってもらうための関わり合いが不可欠。
何があなたと私の違いだろう?

あなたが言ったことで私が理解したのはこれ(下記)だけだ。
『貴方は「目覚めたくはない」のですか?』
私は目覚めたい、だからその為には聖霊が求めることは何でもしよう。
ここで答えと質問はひとつだ。

あなたは確かに聖霊を運んでくれた。
それは『貴方は「目覚めたくはない」のですか?』と言った。
あなたのアドバイスに従ってそれ以外は全て無視した。
『貴方は「目覚めたくはない」のですか?』この言葉だけが残った。
この言葉が私と共に残って、私とひとつに成った。
この言葉が『私は目覚めたい』と言った。
他はどうでも良い。
正しくても正しくなくても良い。
あなたの論理が正しくなくても良い。
ここで私はもう一度こう言おう『正しい振舞い』が必要だ。
私はあなたの振舞い(あなたの行い)の結果である。
あなたはそれを避けようとするべきではない。{どうしてもこれは言って欲しい}

私の知覚が変わったのではなく、私の認識が変わった。 知覚変化は認識変化の後をついてくる。{まだ正しく説明出来なくてもいい。}

実はあなたは「知覚」という言葉の中に「振舞い」も含めている。
あなたにとって知覚と振舞い(行動)はひとつだ。

真理は最終的に論理(真であること)と同じ
目覚めの途中で論理にこだわる必要はない、
あなたが到達する真理は論理的でもある、何故なら真理は真で、全てに等しく当て嵌まるのだから。 真理である神が全てを統治しているのだから。

God is Pain
神は痛みの中にいる
神を避けようとすると、神が追ってくる。
神を振り返ると理解が降って来る。

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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No title

ああ、岡上さん、
私は、私は、ただ嬉しい。
嬉しくて嬉しくてたまらない。
貴方が私の呼びかけに答えて下さったことが、嬉しくて嬉しくて涙が出そうです。
ありがとう、岡上さん。

これから貴方が「神の何を通そう」とされているのか、私にはさっぱりわかりません。私がこの幻の体を通して、神の何を通すのかもさっぱりわかりません。
私にわかるのは、これが「真のコミュニケーション」だということだけです。
私は貴方と本当のコミュニケーションをしたかった。
そのことが今私にはわかります。

それが私にわかるのは、今、私はただ嬉しくてしかたないからです。貴方が答えて下さったことが嬉しくて、私は貴方と一緒に何かしたくてたまらないからです。

貴方が私の前にいて下さったことを感謝します。

神さま、ありがとうございます。
聖霊よ、ありがとうございます!



No title

岡上さん

私はまた貴方に何か語りかけようとしています。私が何をしようとしているのかやはり私にはわかりません。私の中にまず貴方の方へ向けて何かが湧いてきて、それが湧いてくるまま私の指はキーボードを叩くのです。すると、私の目の前に文字が展開され、それは言葉というものになり、連なっていって、ひとつの文というものになります。同時に私の目はそれらを追い、視覚はそれを捉え、そして、私はその後、初めて、その「意味」を知るのです。『自分のしていることの意味をその時初めて知るのです。』このことの喜びは喩えようがありません。私はそれを貴方に早く知って欲しい。そして、私と一緒にそれをして欲しい。私は理解などというものをして欲しいのではありません。私は一緒に体験して欲しいのです。私に今わかるのはそれだけです。そして、それだけで十分なのです。
私は今までにも「文章を書く」「言葉を綴る」という同じように見える行為はしてきました。けれど、これは、今私が貴方に対してしているこの行為は、何かそれとは全く別の物なのです。

けれど、岡上さん、
「それは愛というもの」「それが神というもの」、などというただの概念で、どうかこの私の中から湧き上がってくるこの「何か」を遮ってしまわないで下さい。それは言葉にするとそうとしかない言いようがないものでしょう。私達はお互いが関わるために、この言葉というものをこの先も使うのかもしれません。そして、それは「神のはたらき」としか言いようがないものなのかもしれません。
けれど、私はこの貴方へ噴出す喜びを、そんなもので、そんな実体のないもので簡単に遮って欲しくはない。あなたにそんな権利はない。あなたにこれを止める権利はありません。そして、私にもありません。貴方や私にできることは、この「働き」に参加することだけです。そして、それが「喜び」なのです。他の何かをそう呼ぶのではありません。それが「本当の仕事」だから私達は喜ぶのです。

『何故あなたの言いたいことが解ったのだろう?』

それは貴方が私の方を向いて下さったからです。ただ、シンプルに思考や論理を手放して、あなたの聖霊(あなたの正気の部分))が一瞬ほんとの私(私の聖霊)の方を向いてくださったからです。私の肉体(私は今この幻の体を直接見なくてすむこのネットというシステムに感謝しています)や私が使っている言葉の概念にとらわれず、貴方はほんとの私を見てくださったのです。これが真のコミュニケーションというものです。貴方の聖霊はそれを無視できないのです。私の聖霊からの働きかけを貴方の聖霊は無視できないのです。

それまで私は貴方にずっと働きかけ続けていただけです。私は何か貴方へ向けて湧いてくる形容できないものに突き動かされて、貴方に働きかけただけなのです。
貴方が私のどの言葉で振り向いて下ったかは重要ではありません。貴方は私の方を向いて下さった。それが私は今嬉しくてたまらないのです。ありがとう、岡上さん。

神さま、ありがとうございます。


No title

岡上さん

シアトルは今何時でしょう?私の目の前の時計は今、11月29日午前5時40分です。私は普段こんな時間には起きません。突然貴方に言わなければと雷、そうまさに「神鳴り」に打たれたように数分前に起きました。貴方にお伝えすることは確かにあるのですが、それが何か今の私にはまだよくわかりません。

昨日の段階で、私はもう私の役目(のように感じたもの)は終ったのだと思っていました。貴方は当初貴方が感じたその衝動を思い出して下さいました。貴方は「私は目覚めたい」と言われ、私はそれを読み、「何か」が一旦抜けていくのを感じました。

私は貴方に最後のメールを書き終わった後も、まだ神聖なものの中にいると感じ、「正しいことをしている」と感じ、その余韻の中でどこか興奮していました。私は突然自分の「筆が走り出したことに」どこかで有頂天になっていて、その興奮の中でサラさんから頂いたメールに返事を書いていました。私達のメールのやりとりは滞りなく楽しく進みました。私は「正しいこと」が自分の中を確かに通ったという感覚の余韻に浸っていたため、自分にはもう何か「正しいことが出来る」と信じていました。そして、彼女のメールに返信していました。私は彼女のメールの中に何かの痛みを感じており、最初はそれを癒そうとして動いていたと思うのですが、突然自分の言葉が彼女を傷つけたことを、それも彼女の拒否に会ってから、初めて知ったのです。私の言葉のどこにその毒が含まれていたのか、私にはまだよくわかっていません。私は彼女とただより(人間的に)親密になりたかっただけなのです。

(サラさん、貴方が現実に存在する方なのか、それとも何か神聖な存在なのか私にはわかりません。あっ、それは結局同じことなのでしょうね。ただ、私は貴方に謝りたい。私はなんて愚かで不用意な言葉を貴方に対して使ってしまったのでしょう。私は自分がどうして突然それをしたのか、まだよくわかりません。サラさん、どうか許して下さい。そして、ありがとう。)

私は今これを書きながら、やっと「このことの意味」を理解し始めています。岡上さん、私は貴方に何かを伝えるために突然起こされたのではなく、「私に教えて下さい」とお願いするためかもしません。

私は今自分が読んだはずのラジの言葉を、今何ひとつ思い出せなくなっています。自分がノートに控えた言葉以外何ひとつ思い出せなくなっています。私は起きてすぐこのブログを開いたのですが、そこに新しい記事を発見しました。ふりふりしっぽさんへ対して、貴方が「ラジの言葉」を紹介されているのを見て、突然思い出したのです。

私はふりふりしっぽさんに対してもずっと何かを感じているのですが、それが何かまだよくわかりません。ただ、ふりふりしっぽさん、もしこのやりとりを見てらしたら聞いて下さい。私の人間的状況は貴方のそれとぴったり重なります。貴方の苦痛もまた私のそれと重なっています。私は貴方の人間的状況をここで確認して書こうとブログのページをめくったのですが、『それは見つかりませんでした』。なので、私の記憶している「自分の方の人間的状況」をいいますね。
一人っ子で長女で独身、田舎、求人の少なさ、長期無職化、現在失業中、経済的困難、親との不仲、宝くじが当たることを願っていた(貴方はロト、私はレインボー)
これはいったい何でしょう?

貴方の状況はまさにその時の私の状況とピッタリ重なっていました。
これはいったい何なのでしょう?
私はこれをただの偶然と捉えることができませんでした。私は自分が「恥ずかしくて公には口にできなかったこと」を貴方がサラリと言ってらっしゃることに感銘を受け、それが私の中に残り、私は岡上さんへの投稿の中で自分のことを告白することに、繋がりました。そして、貴方に伝えたいのは、今私の周辺は確かに急激に変わり始めました、ということです。

ありがとう、ふりふりしっぽさん、そういう方が本当にいらっしゃるのかどうか、もう私にはわかりませんが、貴方の勇気に感謝します。私は貴方のおかげで「神聖な何か」を自分の中に通し、この投稿を継続することができました。

そして、私は今日また新しい記事の中に『私は、いい歳した健康な人間が、経済的に親依存していること自体問題だと思うんです』という一文を見つけたのです。これは私の咽喉にささった棘でした。

私は、『これが誰に対して言われた誰の言葉なのか』今でも確信がもてません。ただ、私は一連の貴方の苦痛に岡上さんという方(それも確信が持てません)が答えてらっしゃるのを見て、突然思い出したのです。

サラさんが昨日 、
《『何をしているか 彼らはわからないのです』と ラジが語っている非常に豊かな深いstudyをオカウエさんが翻訳した箇所があります。それを彼に教えてもらって下さい》
と私に言われたことを。

そして、これは「彼らは何をしているのか、わかっていないのです」というあの有名なイエスの言葉を、「私(静)は貴方の(岡上さんの)豹変する様を見た時に咄嗟に思い出したのです」と私が言ったことに対して、サラさんが答えて下さった言葉なのです。

複雑になってきました。私はその「繋がり」の全てをここに書くことができません。勿論、それでもまだそれはリアルに起きていることの一端でしかないのでしょう。だから、多分岡上さん、これは貴方にも関係のあることだと思います。

《『何をしているか 彼らはわからないのです』と ラジが語っている非常に豊かな深いstudyをオカウエさんが翻訳した箇所》

これはいったいどのあたりにあるのでしょう。岡上さん、どうかそれを私に示して下さい。


神さま、私はこれをできたのでしょうか?
聖霊よ、貴方の助力に感謝します。
また私に機会を下さり、ありがとうございます。



静さん

あら、静さん。 

サラさんとやり取りなっさていらっしゃる時には、だいぶ弱気なんですね? 私を教え導いている時に比べて。

大丈夫、彼女は怒っていませんよ。


サラさんは、下記の記事のことを言っておられるのでしょう。

http://blog.goo.ne.jp/raj-japan/e/91c4dbc4ba1c970997907050f25bd2a5


私のご返事は明日以降に差し上げます。







> 岡上さん
>
> シアトルは今何時でしょう?私の目の前の時計は今、11月29日午前5時40分です。私は普段こんな時間には起きません。突然貴方に言わなければと雷、そうまさに「神鳴り」に打たれたように数分前に起きました。貴方にお伝えすることは確かにあるのですが、それが何か今の私にはまだよくわかりません。
>
> 昨日の段階で、私はもう私の役目(のように感じたもの)は終ったのだと思っていました。貴方は当初貴方が感じたその衝動を思い出して下さいました。貴方は「私は目覚めたい」と言われ、私はそれを読み、「何か」が一旦抜けていくのを感じました。
>
> 私は貴方に最後のメールを書き終わった後も、まだ神聖なものの中にいると感じ、「正しいことをしている」と感じ、その余韻の中でどこか興奮していました。私は突然自分の「筆が走り出したことに」どこかで有頂天になっていて、その興奮の中でサラさんから頂いたメールに返事を書いていました。私達のメールのやりとりは滞りなく楽しく進みました。私は「正しいこと」が自分の中を確かに通ったという感覚の余韻に浸っていたため、自分にはもう何か「正しいことが出来る」と信じていました。そして、彼女のメールに返信していました。私は彼女のメールの中に何かの痛みを感じており、最初はそれを癒そうとして動いていたと思うのですが、突然自分の言葉が彼女を傷つけたことを、それも彼女の拒否に会ってから、初めて知ったのです。私の言葉のどこにその毒が含まれていたのか、私にはまだよくわかっていません。私は彼女とただより(人間的に)親密になりたかっただけなのです。
>
> (サラさん、貴方が現実に存在する方なのか、それとも何か神聖な存在なのか私にはわかりません。あっ、それは結局同じことなのでしょうね。ただ、私は貴方に謝りたい。私はなんて愚かで不用意な言葉を貴方に対して使ってしまったのでしょう。私は自分がどうして突然それをしたのか、まだよくわかりません。サラさん、どうか許して下さい。そして、ありがとう。)
>
> 私は今これを書きながら、やっと「このことの意味」を理解し始めています。岡上さん、私は貴方に何かを伝えるために突然起こされたのではなく、「私に教えて下さい」とお願いするためかもしません。
>
> 私は今自分が読んだはずのラジの言葉を、今何ひとつ思い出せなくなっています。自分がノートに控えた言葉以外何ひとつ思い出せなくなっています。私は起きてすぐこのブログを開いたのですが、そこに新しい記事を発見しました。ふりふりしっぽさんへ対して、貴方が「ラジの言葉」を紹介されているのを見て、突然思い出したのです。
>
> 私はふりふりしっぽさんに対してもずっと何かを感じているのですが、それが何かまだよくわかりません。ただ、ふりふりしっぽさん、もしこのやりとりを見てらしたら聞いて下さい。私の人間的状況は貴方のそれとぴったり重なります。貴方の苦痛もまた私のそれと重なっています。私は貴方の人間的状況をここで確認して書こうとブログのページをめくったのですが、『それは見つかりませんでした』。なので、私の記憶している「自分の方の人間的状況」をいいますね。
> 一人っ子で長女で独身、田舎、求人の少なさ、長期無職化、現在失業中、経済的困難、親との不仲、宝くじが当たることを願っていた(貴方はロト、私はレインボー)
> これはいったい何でしょう?
>
> 貴方の状況はまさにその時の私の状況とピッタリ重なっていました。
> これはいったい何なのでしょう?
> 私はこれをただの偶然と捉えることができませんでした。私は自分が「恥ずかしくて公には口にできなかったこと」を貴方がサラリと言ってらっしゃることに感銘を受け、それが私の中に残り、私は岡上さんへの投稿の中で自分のことを告白することに、繋がりました。そして、貴方に伝えたいのは、今私の周辺は確かに急激に変わり始めました、ということです。
>
> ありがとう、ふりふりしっぽさん、そういう方が本当にいらっしゃるのかどうか、もう私にはわかりませんが、貴方の勇気に感謝します。私は貴方のおかげで「神聖な何か」を自分の中に通し、この投稿を継続することができました。
>
> そして、私は今日また新しい記事の中に『私は、いい歳した健康な人間が、経済的に親依存していること自体問題だと思うんです』という一文を見つけたのです。これは私の咽喉にささった棘でした。
>
> 私は、『これが誰に対して言われた誰の言葉なのか』今でも確信がもてません。ただ、私は一連の貴方の苦痛に岡上さんという方(それも確信が持てません)が答えてらっしゃるのを見て、突然思い出したのです。
>
> サラさんが昨日 、
> 《『何をしているか 彼らはわからないのです』と ラジが語っている非常に豊かな深いstudyをオカウエさんが翻訳した箇所があります。それを彼に教えてもらって下さい》
> と私に言われたことを。
>
> そして、これは「彼らは何をしているのか、わかっていないのです」というあの有名なイエスの言葉を、「私(静)は貴方の(岡上さんの)豹変する様を見た時に咄嗟に思い出したのです」と私が言ったことに対して、サラさんが答えて下さった言葉なのです。
>
> 複雑になってきました。私はその「繋がり」の全てをここに書くことができません。勿論、それでもまだそれはリアルに起きていることの一端でしかないのでしょう。だから、多分岡上さん、これは貴方にも関係のあることだと思います。
>
> 《『何をしているか 彼らはわからないのです』と ラジが語っている非常に豊かな深いstudyをオカウエさんが翻訳した箇所》
>
> これはいったいどのあたりにあるのでしょう。岡上さん、どうかそれを私に示して下さい。
>
>
> 神さま、私はこれをできたのでしょうか?
> 聖霊よ、貴方の助力に感謝します。
> また私に機会を下さり、ありがとうございます。

岡上さん

あっ、タイトルに貴方のお名前を入れれば見やすいのですね。
ごめんなさい。私もそうさせて頂きますね。
ありがとうございます。
それでは、早速見させて頂きますね。

プロフィール

翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

hiro.okaue@gmail.com

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