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親依存

「いい歳した健康な人間が、経済的に親依存していること自体」は問題ではありません。

人が何らかの理由で親元に帰り、両親に経済的援助をしてもらうことはよくあることです。
そしてこれは古代から現在まで続く大半の人々の状況を言い当ててもいます。
農家はどうでしょう、資産家は、貴族は、商人の息子は、そして多くの職人/商人も家督や遺産を(家族や親方や本店から)引き継いだから仕事が出来たのです。
一見これらは親依存とは違うように見えますが、「親から援助してもらった」という点で同じです。
殆どの人達は家族から何らかの援助を受けて生きて来たし、今もそのようにして生きています。

「いい歳した健康な人間が、経済的に親依存していること自体問題だ、それは恥ずかしい。」
これはわたし達の神聖から輝き出ている言葉ではなく、メディアなどから示唆されているアイディア(概念)です。

私は親に援助してもらうこと(これは親依存というべきものではなく、正しくは親子関係です)は素晴らしいと思います。
私は経済的に親依存したいですね。 そのほうが得だもの。 親の方からダメといわれたなら兎も角。
そして親との関係を親密にするだけでなく、全ての関係を親密にして行くのです。
つまり親だけに依存しないのです(親子関係だけに留まらないのです)。

「親依存」、これはただの言葉に聞えます。
でも自分の言葉(アイディア)が自分を苦しめてしまっている可能性も考慮してみてください。

宮沢賢治のことを話したいです(数冊の本で読んだ程度の知識ですが)。
宮沢賢治は学校卒業後に教師をしたり肥料会社に務めていたと言われていますが、それらは実質数年にしか過ぎず、殆どの日々は親の支援で生活していました。
宗教団体に憧れて家出して、東京で自立に失敗して病気になり、お母さんに「もう私は死ぬかも知れないので、お別れの挨拶」の電話(電報?)を掛けて急いで連れ戻されたり。
その後も家出して東京で一人暮らしを試すが全て失敗。
出来れば株屋になって生計を立てたいとも思っていた。
ラス地人会を設立して(もちろん実家の援助で実現)一人暮らしの時も、お母さんが様子を見に来てはご飯を作ってくれて、「あなたは自分の体をもっと大切にしなくてはいけない」と諭されているのです。そして病気に成るたび実家に連れ戻されていたそうです。
何故、彼はこのようだったのでしょうか?
一説では彼は実家の職業(質屋)を恥じていたそうです。父の家業は農民を搾取していると思い、彼は葛藤を抱いていたとよく言われています。 
実家に住んでいた時には、自分の家の質屋で店番をしたそうです。
私は宮沢賢治が好きです。 彼は、いい歳して経済的に親依存していたけれど、彼にとって大切なものに比べたら、それはどうでも良いことだったのです。{ここまで家族に心配掛けるのはどうかとは思うけど。}

いい歳して健康なのに経済的に親依存していても、あなたは私の尊敬に値します。
経済状況に関係なく、あなたは神の愛に値するのです。
「いい歳した健康な人間が、経済的に親依存していることに敬意を払う」、ここからはじめて下さい。
だから私にも少しは敬意を払わなくっちゃいけないよ、皆さん。{これ重要ね!! }

「彼らは何をしているのか、わかっていないのです」ですか?
彼等は自分達が自分達自身を(従って他の人々をも)蔑んでいることをまだわかっていないのです。
「自分達自身への不正な評価」は必然的に「他者に対する不正な評価」でもあります。

これは不正な評価ではなく不満の声なのでしょうか?
いいえ、不正な評価が不満な状態を作っています。
独立を目的にするべきではありません。
親依存を止める為に働くのではなく、親との関係から逃れる為に仕事を探すのではなく、親との関係が一番です。人との関係がより根源的なものです。 
だからご両親だけに依存しないで下さい。わたし達は全てに依存しているのだから。

ご両親に助けてもらえることは素晴らしいことです。 ドンドン助けて貰ってください。 
ご両親に助けていただけることは真によいことです。
そしてご両親を助けて差し上げてください。

yasuさん、静さん、フリフリしっぽさん、そしてサラさん、メールをありがとうございます。

もう一回
「いい歳した健康な人間が、経済的に親依存していること自体」は問題ではありません。  いい歳した健康な人間が経済的に親依存していること自体が恥ずかしい、だから仕事をしなくてはいけない、だから独立しなくていけないと考えて行動することが問題なのです。
そのように振舞うことの中には感謝の気持ちが無いのです。 
感謝の気持ちは「すまない気持ち/いたたまれない気持ち」ではありません。
感謝の気持ちは嬉しい気持ちです。ご両親に支えてもらって嬉しい気持ちです。
神の動きが愛です。 

既にもう御両親には物凄く感謝していらっしゃる?
では恥じないで下さい。
例え、ご両親があなたのことを少し気遣い過ぎても恥じないでください。

もしお母さんに対する気持ちにわだかまりがあるのなら、感謝する根拠が見つけられないのなら、お父さんに感謝してください。そしてお母さんを好きに成ってください。

経済的に親依存さえ出来ない人達もいるのです。
だから今の状況で当たり前と言いたいのではありません。あなたはより良く生きるべきなのです。
仕事がしたい人は仕事に値します。 
そして親依存が出来るということは、あなたは既に御両親に感謝しており愛しているということです。 それをもっと育ててください。

さらにもう一回
「いい歳した健康な人間が経済的に親依存していること自体が恥ずかしい、だから仕事をしなくてはいけない、だから独立しなくていけない」と考えて行動して、直ぐに仕事が見つからなかったとしましょう。 
その場合「いい歳した健康な人間が経済的に親依存していること自体が恥ずかしい」に立ち戻りますね。
これが硬直状態(なかなか抜けられないループ)を作ってしまいます。

「いい歳した健康な人間が経済的に親依存していること自体が恥ずかしい」―「仕事が見つからない」―「いい歳した健康な人間が経済的に親依存していること自体が恥ずかしい」―「仕事が見つからない」。
だから、「いい歳した健康な人間が経済的に親依存していること自体が恥ずかしい」を手放してください。

「いい歳した健康な人間が経済的に親依存していること自体が恥ずかしい、だから仕事をしなくてはいけない、だから独立しなくていけない」と考えて行動して、直ぐに仕事が見つかったならどうでしょうか?
その場合「会社依存/上司依存/仕事依存」が直ぐに嫌に成ります。だから直ぐに仕事が見つかっても事態は本当は変わっていません。

私は誰よりも沢山沢山親依存してきました。 今でも常に助けてもらっています。
だから私は生きて来れたのです。だから私は仕事も出来たのです。だから私は自分の家も持てているのです。
はじめ私は親に依存したくなかったです、親への依存は恥ずかしいと思いました、でも親に依存せざる得なく成りました。 
そして真理がわかりました。 神への愛は神への依存です。 

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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よびかけ

岡上さん、

貴方が最初何を言われているか、私にはさっぱり「わかりません」でした。これは嫌味でも何でもありません。

ただシンプルに「わからない」ということです。貴方の言われていることは私の聖霊には届きません。だから、「わからない」、「腑に落ちなかった」のです。けれど、これは貴方を非難しているわけでも、論争を持ちかけているわけでも何でもないのです。だから、どうか許して下さいね。私は貴方達と一緒にこのリアルを展開させたいのです。そして、貴方がどこまで表層意識でそれを理解されているかはわかりませんが、貴方もまたそうなのです。私の聖霊がそれを望んで止みません。そして、貴方達の聖霊が今、それに答え始めてくれました。私には今、それが見えます。ありがとうございます。


岡上さん、私には最初、さっぱり「わかりません」でした。
けれど、読んでいくと少しずつ、貴方の言いたいことがわかり始めてきた。貴方はまず思考から始めて、それは私には全く届かなかった。けれど、少しずつ、貴方の「気持ち」は私に伝わってきた。それは何故でしょう?
(ほらね、私と貴方はとても似ているではありませんか?似ているも何も、私達はひとつなのですから)
けれど、私の答えはこれです。

それは貴方の聖霊が顔を覗かせてくれたから。

今ここで問題になっている「親依存」という問題は、貴方のことであり、フリフリしっぽさんのことであり、私(静)のことであり、その他大勢の方の悩みであり、苦痛です。その苦痛を、貴方の聖霊(正気の部分)はただ無視できなかったのです。他の聖霊の苦痛の声を貴方の聖霊は無視できないのです。これに様々な理由など必要ありません。ただ単純に私達は「もともとひとつ」だからです。私達は分かれてなどいないのです。私達はそういう風にできているからです。他に理由などないのです。

フリフリしっぽさん、私の状況は貴方とぴったり重なってると申し上げましたよね?そして、その問題、苦痛を癒したくて、ここのブログに辿りつきましたよね?それは偶然などではありません。聖霊が反応しているのです。ということは、私達は今、たった今、ここで苦痛を癒し始めなければなりません。目覚めとは何か難しいことではないのです。ただ、その苦痛を癒すだけです。私は今、投稿を初めてからこの数日の間に急激に癒され始めています。神を体験しています。ということは、フリフリしっぽさん貴方もそのはずなのです。貴方と私はひとつです。ならば、貴方はもまたすぐに神を体験され始めます。私と同じように。


私達はその苦痛を癒したいと、集まってきたのです。ここに、この、岡上さん、貴方のブログに。
岡上さん、押し込められていた貴方の聖霊は「貴方は目覚めたいですか?」の声に反応され、今姿を顕し始めていらっしゃいます。私にはそれが見えます。私はそれが今自分の役目だったと知っています。

けれど、まだ貴方は思考に捉われておいでだ。神を、そして、貴方の聖霊を貴方は全面的に信用しておられない。勿論、私もそうなのです。だから、貴方の力を借りにここまできました。貴方の聖霊は他の聖霊の呼びかけに懸命に答えようとしておいでだ。けれど、貴方はまだ思考で、貴方がこれまで積み上げてきたたくさんの概念で、それを遮っていらっしゃいます。貴方の聖霊は貴方の中でもがいておいでですよ。私はそれを無視できないのです。どうか解放して差し上げて下さい。

ひとつひとつの人間的状況をあげていって、そのブロックとやらをはずしていってもきりがいなのです。フリフリしっぽさん、あなたは確かそういう意味のことをおっしゃいましたよね?貴方のその感覚を大事になさって下さい。貴方の感覚は正しい。貴方の聖霊は知っているのです。問題をこうやって思考の力で解決しようとすることは不可能だということを。そう、そんなことできません。解決することなどできません。なぜなら、どこにも、そんなものはないからです。これがイエスの教えです。ラジの教えです。基本にかえりましょう。神が全てです。ならば問題の起きようがないのです。私はこういうことを伝えるためにここにきました。貴方達はみな、それに反応して、ここまで来られたはずなのです。
ポールのお金がどうとか、言っている場合ではないのです。それではきりがありません。私達はまた逆戻りです。yasuさん、貴方もそれを感じて岡上さんを止めようとされたのではないですか?

岡上さん、そして、皆さん、私達はもともとひとつなのです。
岡上さん、そして、ここのブログに目を通されている方々、貴方たちの聖霊はここに書かれていることが正しいと、この教えが正しいと、どこかで知っているのです。貴方達の正気の部分はそれを知っているからここまできました。貴方達は今皆どこかで苦痛を感じてらっしゃいます。苦痛とは、貴方達の正気の部分の、聖霊の悲鳴、呼びかけなのです。神は痛みの中にいらっしゃいます。そして、この教えはただシンプルに「そんなものはない」。なのです。
そう言ってくれるから、美しい。だから、響く。そうではありませんか?苦痛などありません。死も、もともとないのです。

岡上さん、貴方がそうやって思考に一旦捉われてしまうべきだったことの意味が、今私にはなんとなくわかります。その一端でしかありませんが、ただわかるのは、貴方はそれをする必要があったのです。豹変した姿を私に見せ、他の人に見せ、そして、貴方の痛みを撒き散らして見せ、貴方はここに皆の注意を引き寄せる必要があったのです。それは神の働きでした。貴方はね、神の意志の通りに動かれたのですよ。だって、貴方にそれ以外のことなどできないのですから。

岡上さん、おつかれさま。きつかったですよね?もう、いいのです。もう十分です。私の聖霊は貴方の苦痛などもう見たくはありません。

けれど、岡上さん、貴方はその思考にわざと捉われてみせる部分も含めて、あなたのお仕事は見事でした。貴方は完璧です。さあ、貴方の聖霊を自由にしてあげて下さい。

だから私にも少しは敬意を払わなくっちゃいけないよ、皆さん。{これ重要ね!! }

?敬意?重要?あたり前ではありませんか(笑)あなたが敬意を払ってほしいと感じられるのはあたり前のことなのです。だって、貴方は「神」なのですから(笑)だから、前に私はそう、貴方を呼んだではありませんか?

他の人達もそうです。貴方達はみな神なのです。どうか、思い出して下さい。


「そして真理がわかりました。 神への愛は神への依存です」

貴方はようやっと最後に真実にたどりつかれました。ただ、これを少し修正させて下さい。

神への愛は、神への全依存なのです。

さあ、リハーサルは終りました。準備はととのったのです。これからが本番です。私達はこれをここから呼びかけを広げていかなければなりません。それが、今この痛みに触れた、全ての神の子の役目です。貴方達の聖霊はこの呼びかけを無視することはできません。
なぜなら、私達は「もともとひとつなの」ですから。


神よ、私はこれをあなたのご意志のとおりに、おこなうことができましたでしょうか?
もし、不適切な言葉があれば、それが公なる前にどうぞそれを消してください。
私はこのことに何の不安もありません。
なぜなら、あなたは全知全能でいらっしゃるから。
神よ、どうかあなたのご意志がとどこおりなくなされますように。

私がその一端を担えたことを感謝いたします。
ありがとうございます。

就職のお話を読ませていただきました。血気盛んな若者ですね。一番大切なものに気付かれて良かったです。
私の一番大切なものは何かなぁ…と思っています。
ブロックについての解説もありがとうございました。
聖霊の働きをそういう風に考えたことはありませんでした。
色々お気遣いいただきありがとうございました。

No title

岡上さん
ありがとうございます。

修正がおこりましたね。
こうやってあなたの言葉で答えて頂くと、
私には「親依存」がとてもよくわかります。

Sex and ACIM

ラジが性に関して過去に述べていることをまとめてみたのですが

それらは今のシフトを補佐しないようなので全て却下されました。

ありがとう

ありがとうございます。

私もメールを貴方に送ってから、すぐ
それは今ほんとに私に必要なこと…かしら?
と思いました。

何かもう終わったこと…のような気がしました。

けれど、お手を煩わせてすいません。
まだ混乱していますので、どうかお許しを!




プロフィール

翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

hiro.okaue@gmail.com

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