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Chapter 36

3月15日 月曜


ポール: おはよう、ラジ。

ラジ:  おはよう、ポール。

今朝も貴方の呼びかけを聞けて嬉しいです。(#1)。
昨日は貴方とスーザンにとって大変だった事は理解しています。

ポール:  何故、あれが必要だったのか理解出来ません。 しかしその様なレベルや感情には留まっていたくありません。

ラジ:  そう、先に進む事をお勧めします。

貴方は「そこにある事(What Is)」と共に流れてはいなかったのです。
そうするよりも、貴方は「自分の現在の考えに物事を当て嵌めよう」とよりアグレシブに動いたのです。 貴方の考えは、モラル満ちて正しく正当だったんですが。

貴方は、「もし自分がこのコントロールを手放せば、そこで行われる事はモラルに反し、正当ではなく、正しくないに違いない」と決め付け(仮定し)ていたのです。

ポール、実際には「一つの事」しか行われていません。
その「一つの事」とは「貴方の存在」を構成している「生命原理(Life Principle)」そのものです。

だから人としての貴方が、貴方の「存在」が既に成っているものを、もう一度行う必要は無いのです。

これを自分の経験に照らして考える事が、貴方にとって難しい事は理解できます。
何故なら、貴方には「周りの人達が(物理的人としての)貴方に対してこれらの要求(モラル、行動の正しさ、潔白さ)を満たして応えるよう」求めている様に見えているから。

しかし事実は、貴方がそれらへの確執を(丁度貴方が今私と話している時にしている様に)放棄すれば、満たすもの(貴方の「存在」の満たされている様子)が流れ込み、貴方に認識される様に成ります。

「他の人の充足が、どの様にそれ自身を満たしている様に見えるべきか」決める事は、貴方の責任ではありません。

貴方の「存在」がそれ自身を(ポールという人が絵/状況内で操作/おせっかい/もう一度行なおうとする事なく)満たしている「あの場所」に留まる事が貴方の責任なのです。

貴方はコントロールは持っておらず、人として(思考するマインドとして)コントロールしていた事はないのです。 しかし貴方の「存在」は、何時でもそれ自身の自己表現に対して完全なコントロールを持っています。 それはそうし続けます。

何事も、貴方の思考の結果として起こった訳ではありません。

『貴方の「思考しているマインド」は、貴方の「存在」が(それ自身の限りない自己認識/表現として)現実化している意味に、言葉を与える為に存在している』
と言うアイディアを受け入れられる様に成らなければいけません。

貴方の思考を使って『「存在」それ自身に対する自己認識の無限の現実化』を起こす事は不可能です。

貴方は誤って「思考プロセス」を「貴方自身」として認識しています。
貴方が困難に遭っているのは、貴方が自分の「思考プロセス」を(貴方の「自身」が既に「それ自身」として無限にパーフェクトに成っている)「あの場所」に持ち込もうとしているからです。

「あの場所」の中には、どの様な思考プロセスも存在しません。

(貴方に)求められているのは、思考プロセスを放棄し(貴方は既にそれが出来る様に成っています)貴方自身を思考プロセスと取り違えなくなる事です。

貴方は(全く思考する事無く)パーフェクトに無限に働く「マインド」なのです。
この「マインド」は、その機能の一つとして、それ自身の限りない自己行動を言語化する事(話す事)が出来ます。

しかしマインドは言葉の中には決して存在しません。 マインドは『自身を(言語化が行われる方法である)「思考プロセス」として認識する』間違いは犯しません。 

言語化とは「(無限に)存在するもの」を限定的に記述/描写する方法です。 その無限性故に「存在するもの」を言語化によって定義/限定する事は出来ません。

自分を焦らせる(心配させる)のは止めなさい。
その様な行動は、限定感覚に根ざした思考プロセスの行動です。 故に、限定されたプロセスに対する限定された反応は、この感覚(焦れる/心配する)をより酷くするだけです。
その様な限定された表現に対して、何かをしようとするのは止めなさい。

そして、貴方自身をその様な体験の中に投資する(投げ込む)事は止めなさい。 そうするのではなく、その様な体験や思考からは歩き去るか沈み抜けなさい。

私が「お金」や「三次元的枠組みから見た行動」に関して話さないので、貴方は私が貴方の必要に応えていないと考えています。

貴方は「貴方に私とコンタクトする必要を感じさせた状況」に対する助けを自分は得ていないと考えています。
しかし事実は、私が貴方に示している事だけが必要への「答え」なのです。

もし貴方が必要をリアルなものと捉えて、それに反応しなければならないと感じたなら、私は貴方を止める事は出来ません。
(しかしその場合)貴方がする全ての事は最終的には『欠乏の幻想を止める為には「答え」に伸び出さなければならない』と言う事を示す事に成ります。

貴方が何をしている場合でも、出来るだけ貴方の直感/洞察に依存する様にしなさい。

貴方が現在「落ち着かない感じ」なのは理解していますが、これもまた去っていきます。

ポール:  ありがとう、ラジ。

ラジ:  どういたしまして、ポール。

この時点では、何かを避けようとするのは止めなさい。

行われている様に見える全ての事は、あるべき所にあり、貴方を動かし導き、貴方の「存在」の永遠の事実を体験的に示しています。

これらの意味を「自己」の意味として貴方が聞いたなら、貴方は理解の結果を楽しみ(貴方が想像した事が無いような)豊潤を体験するでしょう。

わたしは貴方と常に一緒に居続けます。 私の目的は全く変わっておらず、貴方は私の全面的サポートを受け続けています。

ポール:  ありがとう、ラジ。 私はこれを続けます。


(#1) 14日は慌しく過ぎていきました。 告知も無く、誰も尋ねては来ず、何も起こりませんでした。 我々は大変落胆し、焦れました。 私はこの主題を二度と取り上げませんでした。
この年の5月か6月にラジはこれに関して話し、これは体験的なレッスンだったと説明しました。
これが、『「自身」の外を見てキリスト(マイトレーヤ)や「答え」を探す事』を私に止めさせる一番効果的な方法だったそうです。
私が「外側」に自分の良きものを探し続ける限り、私は待ち続けなければならない(14日に我々がそうした様に)と、ラジは説明しました。
私もそのメッセージを理解しました。


________________________________________
3月19日 金曜



ポール:  ラジ、話し始める前に、この午後貴方を罵った事をお詫びします。

ラジ:  ポール、私は理解しています。 貴方は謝る必要はありませんが、貴方の謝罪を受け入れましょう。

ポール:  ラジ、ご存知のように、我々が一番最初に話した時から事態は全く変わっていない様に見えます。 少なくとも客観的には。 もちろん主観的には、とても多くの事が起こったと私は感じています。

先週が過ぎて行くに従って、私はより一層(客観的観点から見た)絶体絶命の状況を恐れ出しました。
貴方が語っている事の正しさを信じてリラックスするのがとても難しくなっています。

しかし何かが、私をここに引き戻し続けて居ます。 だからこの様に戻ってきました。
今晩は出来るだけ静かに成り、注意深く貴方を感じられる様にしましょう。
貴方の話しを聞き、論争や質問や疑問や恐れで自分を一杯にしてしまわない様努力します。

ラジ:  とても良いアイディアです、ポール。

歴史の歯車は何度も巡って来ますが、「存在」がそれ自身を繰り返す事はありません。
「存在」はそれ自身を永遠に新しくし続けています。

貴方が自身の回りに見ているジレンマは『「存在」がそれ自身を新しくしている事』の一例なのです。
自身を新しくし続けているこの「存在」が貴方の「存在」です。

貴方が困難に面しているのは『貴方の「存在」が成っている事』と『貴方の「存在」が成っているものに対する貴方の意識/認識』の間にギャップがあるからです。
これが起こっているのは、貴方の三次元的(客観的)意識感覚の表面上に貴方が乗って滑り動いているからです。

(だから)貴方はドラマの中に取り込まれてしまい(貴方自身の外から来ている)要求を突きつけられている様に見え、それに対応する必要を体験しているのです。
これらの要求は、貴方「自身」が「(表層の)ドラマの視点から見たとき現れる欠乏」を表明していると言う事なのです。

貴方の「存在」の意識体験としてのポイントから眺められる様に成るまで、これ(要求やドラマ)が貴方の意識体験としてその真の姿で表れる事はありません。

豊潤を欠乏に見せているものは、視点でしかないのです。
それは、貴方が「双眼鏡をどちら側から覗くか」にかかっているのです。
以前も言ったように、貴方は自分が覗く方向を頻繁に取り替えています。 これが貴方を焦れさせているのです。

「貴方の「供給」が遍在していない(貴方の宇宙の一部が足りない)」と言い立てる電話やメールなどを受け取った時、貴方は「それらが完全に間違っている事」を認識しなければいけません。

貴方の「存在」は普遍的かつ能動的に遍在しています。
これが事実なので(電話やメールを受け取る度に)その幻想を正そうと、外に出て努力する事は馬鹿げています。 その様な努力は、間違った前提の上になされています。

(その様な事態に面している時)貴方は初めから注意していなければいけません。 そうすれば、『貴方の「存在」の動かし難い完全性故に既になされている事』をしようとして時間を浪費する事は無くなります。

まさに、貴方の「存在」は完全に見つけられ、それは完全に認識されているのです。 これが意味しているのは、(貴方の「存在」は)完全に表明されている(現実化されている)と言う事です。
そうでなければ貴方の「存在」の偏在性は部分的なものに成ってしまいますが、それは不可能です。

貴方は「欠乏の示唆/提示」に直面してそれを正面から見つめ、それが全く事実に反している事を認識出来なければいけません。

もし貴方がその示唆/提示を覆して(反転させて)、(貴方が今現在いる)「あの場所」内で発見する特定の真理に気付いていれば、そしてその真理と共に居れば、貴方は正しく反応/対応する事が出来ます。 貴方のする全ての事は事実を示すように成ります。

「何が事実か」知るだけでは十分ではありません。
貴方は『それが「貴方の完全性を示すものとして存在していないなら」それは遍在してはいない』と言う事実を自分の気づきの中に意識的に含めておかなければいけません。
これを(貴方が、意識存在としての貴方の「存在」の遍在を体験している)「あの場所」からする必要があります。 貴方はこれをマインド内に覚えておく必要があります。

これについて考えてみてください。 それからまた後で話しましょう。

ポール:  そうします、ラジ。 どうもありがとう。

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
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hiro.okaue@gmail.com

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