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Chapter 46

5月28日 金曜


ポール:  [今日私は自分の「Wisdom(知性)」と対話してみました。]

知性:  ハイ、ポール。

ポール:  ここスポケーン(Spokane)で我々のビジネスと生活を確立する上でするべき一番賢い事は何ですか?

知性: もちろん。 一番賢い事は、「貴方の存在」の「無限」の各ポイントで、貴方が既に普遍的/宇宙的に確立されている事を認める事です。

貴方はスポケーンで自分を確立する事はできません。 何故なら、「はじめ」から確立は「ある」のだから。 それは既に存在しており、それは「普遍的」なのだから。

確立(establishment)は「普遍的」であらゆる所で起こっている事を認識する事が重要なのです。

『「貴方の存在」は「普遍的」であり、「自分が注意を意識的に与えているポイント」だけに「貴方の存在」がある訳ではないと言う事実』を体験し認識し始めなければいけません。

『「貴方の存在」が「普遍的/宇宙的」に確立されている』と気付いている事が、賢い事なのです。

貴方は、「スポケーンでたった今起こっている事」だけと共に流れ続けるだけでなく、貴方の「存在」全体と共に流れ続ける必要があります。

こうすれば、貴方がスポケーンで何をしているにしても、その行為が貴方の「存在」の「普遍的」確立を示す事になります。

こうすれば、「自分は(何とか生きようとして苦しみ、何かに成ろうとして常に失敗し続けている)宇宙の中の限定されたポイントでしかない」と貴方が騙される事がなくなります。

私は貴方が「外側」で取るべき特定のステップは示しません。 何故なら、その様な事をすれば、貴方はするべき事をしなくなってしまうから。

貴方のするべき事とは、内側の「あの場所」に留まり、「貴方の普遍的存在」と共におり、それと共に流れ続ける事です。

この指示に貴方が従えば、『貴方の「存在」の普遍的(そしてスポケーンでの局部的)確立を示す実際的ステップ』がクリアに成るでしょう。

ポール:  そうする事にします。 ありがとう。
[ラジに向かって]  おはよう、ラジ。

ラジ:  おはよう、ポール。

ポール:  ラジ、今朝は何も質問せずに、貴方が言うべき事を聞きたいと思います。

ラジ:  解りました、ポール。

『「台座」は見せる為にある』と言う事実について考えてみて下さい。
それは、「その上に乗せられるもの」を陳列する為にあるのです。
そして実際のところ、台座そのものさえ美術品として考えられるようになりました。

台座(/表彰台/舞台)は、誰かをその他の者から(何かをその他のものから)区別する為に存在している事に気付いて下さい。
これは三次元的に言って、分離/分割を引き起こすものです。

これは内部的視点から見ても分離的なもので、その(内的視点の)中では台座は「エゴ」(嘘であり嘘の父親/根源)"a liar and the father of it." (#1)と同等なのです。  

台座は嘘つきなのです。 何故なら、それは分離していないものを持ち上げて「これは分離している(特別である)」と言うから。

これは嘘の父親(嘘を造っている者)なのです。 『「分離しているもの」として、それが持ち上げているもの』は、「分離の幻想からでっち上げられているもの」だからです。

台座とそれから「そこに据えられているもの」は完全な幻想です。 その片方無しには、もう片方も存在し得ません。

『我々の生活内で物事が現実感(ハッキリした形)を持ち始めるとき、「形を作り始めているもの」は「貴方」の知性/判断(あるいは貴方自身)の生産物として「貴方」と(何らかの形で)繋がっている』というアイディアに気付いていてください。

形は流動的で固定されていない事を理解しなさい。 形(フォーム)とは、『貴方の「存在」が成っているもの』を(貴方の意識に対して)示しているものなのです。

(貴方の意識の中で)形が「凝固」してしまうと、貴方の「存在」も固まってしまい、動けなくなってしまいます。  そうなると形は「存在」ではなくなってしまいます。

貴方の(意識の)焦点を(その中で貴方が「意識存在」である事を常に意識している)「内部点」に留める必要があるのです。 貴方の焦点を、ビジネスとかサービスの執行人のポイントに置いてはいけません。

貴方はビジネスやサービスを、それらが(貴方という生きて動き続ける「存在」の表明/現実化として)成るに任せなさい。

ビジネスやサービスを、貴方自身の「しもべ/貯蔵庫」として成り立たせようとするのは止めなさい。
This is because Your Self, being infinite, cannot be confined to any manifestation or visibility which It evolves for Its identification.
何故なら、「貴方自身」は無限なので、それを視覚化や現実化(その様に「存在」はそれ自身を展開して、それ自身を示すのですが)に閉じ込める事は出来ないからです。 
Yes, in your terms, it would mean a dispassionate, uninvolved experience of what is appearing.
ハイ。 貴方の言い方に従えば、これは、冷静な「表れているものには捕らわれない(離れた)体験」と言えます。

「意識存在」として「貴方であるもの」に成る事によって満足を得る様に、貴方は学ばなければいけません。 『「三次元的に行われている様に見える事」のおかげで、「貴方が成っている様に見えているもの」』から満足を得続けるのではなく。

この意味で貴方は失敗しており、貴方の「存在」の見え方/感じ方に囚われているのです。 だから貴方は心地よく居られないのです。

しかし、この事は貴方にダメージは与えませんでした。

貴方は『「意識存在」としてある事』と『複数の形の中の一つの形として、三次元的に存在する事』の違いを体験し知りました。

貴方は動き続ける「存在」として「あの場所」に戻り、そこに留まるべきなのです。
これを私が貴方に強要する事は出来ません。

「マインドとしてマインドの外にある事」が幻想を持たない唯一の「存在」状態です。

貴方も知っている通り、幻想は何時でも苦しく居心地の悪いものです。

貴方が今朝、貴方の「知性」と話したのは喜ばしい事です。

貴方はコミュニケーションの時間を、「知性」と話す時間と、私と話す時間の半々に別けるべきです。

「貴方自身から分離しているもの」(例えば私/ラジ)から答えを得ているのではなく、『貴方の「存在」として貴方が認識しているもの』から貴方が答えを得られる様に成るに従い、貴方の「存在」の(今まで「貴方自身」として認識してこなかった)各側面をより一層統合する事が出来る様に成ります。
事実、それら全ての側面は「貴方」なのです。

そして(どの様な二分化/分離化も行う事無く)この事実を貴方の「存在」の意識体験にしなければならないのです。

ポール:  了解しました、ラジ。

ラジ:  ポール、貴方の家族と貴方の生活の体験に関して、より観察的/意識的でいなさい。

貴方が、自身や貴方の家族達を、「あれこれの状況に振り回されている(人生の泡の様に)分離した部分」として見てしまっていないか、観察して気付きなさい。

それは三次元的に限定された視点です。 それは「人に対する間違った前提」の上に立てられているので、常に不満に満ちています。

三次元に限定されている視点からは、人は『「より良く解っているかもしれない(より悟っている)人」から助けてもらって』、「自分の靴紐を引っ張り上げて自身を持ち上げようとしている存在」という風に見えます。

三次元に限定されている視点は、「存在」がそれ自身を永遠/無限に開き続けていると言う、より大きな事実を見逃してしまいます。 「存在」はそれ自身をパーフェクトに、最上に上手く開示しているのです。

これが意味する事は、「家族の為に貴方が出来る最上の事を考え付こう」とするよりも、貴方は(「存在」が自身を完璧に開き示し続けている事を理解しながら)「あの場所」に居続けて観察(見る事/聞く事/感じる事)を続けるべきだと言う事です。

何故なら、「存在」は「貴方の家族一人一人の特定のアイデンティティとして」自身をパーフェクトに開き示し続けているのだから。 (それを観察できる様、それを理解出来る様に成りなさい。)

このパーフェクトな開示は、無限なので、全ての関係者にとって調和として表れます。

私が「表れます」と言っているのは、それがどれだけ沢山の個別のものとして「表れ」たにしろ、それは常に「一つの無限の出来事」だからです。

貴方は、完璧な概念/アイディアから理解し始める(考え始める)事により、完璧性の法則(Law of Perfection)に力を与えるのです。

貴方が、起こっている事態に対して限定的概念を当て嵌め、その理解から思考/行動し始めると、「完璧/パーフェクトな開示に対する貴方の気付き」が無くなってしまう様に見えるのです。

貴方は「事実」を本当に変える事は出来ません。 しかし、貴方は「事実」に対して自身がメクラであるかの様に見せる事ができます。

もし「全て」が「無限のマインド」なら、「全て」が「無限のマインド」なのです。
人は自身の「存在」の無限性を、「事実」として体験し、生きる必要があるのです。

そうするべきなのは、そうすればそれが事実になるからではなく、それが既に事実で、その様に考える事が、「真理である事」と合致するからです。

貴方の家族の一人一人は、「一つ」の無限の個人であり、無限に個人化されており、それ自身を完全に健康に健全に統合されたものとして開示しています。 これが「事実」です。

貴方の家族の一人が、「自分自身だけで(分離的に)行動する事が出来る」と激しく主張している時でも、その様な信念を否定している永遠の「事実」は、「その様な信念に浸っている個人」の為になる方法で(その信念を)否定する事になるので、貴方は安心してください。

それにより、信念が何故間違っており(それを持つ事が)時間の無駄だと、体験的に示されるのです。

全ての出来事は(それが「リアリティ」であっても、あるいは「リアリティ」に対する信念として見えているものであっても)『「ひとつである」行われている唯一のもの』に仕える事以外は出来ません。

だから我々の「苦しんでいる感覚」が「激怒を引き起こす様な事/苦しい事」とみなしている状況があったとしても、「愛」はそれを「天使からの不意打ち」に変える事が出来るのです。(#2)
"the very circumstance, which our suffering sense deems wrathful and afflictive, Love can make an angel entertained unawares."(#2)

ポール、貴方とスーザンは『「存在」が完全にポジティブであり完全に肯定的である』という感覚を持てるように成らなければいけません。

誤った信念さえ、それ自身を満たしている(そうする事で、信念に浸っている人を啓蒙する)「存在」の意図やデザインを逃れる事は出来ないのです。

ポール:  ありがとう、ラジ。 他の質問もありますが、その前に、貴方が言った事をより明確にしてみたいと思います。

ラジ:  良いアイデアですね、ポール。 そうすれば、貴方の質問の幾つかは既に答えられている事にも気付くでしょう。

また会話出来るのを楽しみにしています。

ポール:  ありがとう。

____________________
(#1)John, 8:44. (ヨハネ)
(#2)Eddy, Science and Health, 574:27-30.  (メリー・ベーカー・エディ)


テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
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