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Chapter 47

5月29日 土曜


ポール: [会話の初めの部分は録音されていませんでした。]

ラジ:  ポール、「責任」という概念が(エゴの観点以外からは)無効である事に貴方が気付くまで、「無責任」という概念がそれ自身を貴方の前に現し続けます。

何故なら、責任という概念は「存在」が普遍的/宇宙的ではなく、それ自体を普遍的に(あらゆる所で)絶対的完全性と共に開示していないと示唆しているものだからです。

だから、(責任という概念は)「それぞれの卑小な限定されたマインド達が責任を果たし、物事が原則に沿って知性的に上手く行われるようにしなければ成らない」と言い立てるのです。

『「意識存在」として居る事』から全てを体験する様に成れば、責任と無責任は両方とも意味を持たなくなります。

貴方のビジネスに関して、洞察から来る内的導きに従う事を恐れないで下さい。
貴方はここでビジネスの新しい原則を学んでいます。

個人的責任の感覚とコントロールを手放して、「存在」そのもの(つまり「貴方自身」)の行動としてのビジネスと共に流れて行ける様に成りなさい。

ポール:  ラジ、ここで話題を変えたいと思います。 答えが必要な疑問があるのです。

スーザンが貴方と話したいと言っている時、私は何故気分が悪いのでしょう? 彼女の質問が貴方の迷惑になると感じ、何故彼女は自分のガイドとコンタクトしないのだろうと思うのは何故でしょうか?

ラジ:  それは、「存在」が本当にそれ自身を(貴方の個人的概念に沿って開いているのでは無く)無限に(限定される事なく)開き示している事を、貴方がまだ学んでいないからです。

彼女自身がコンタクト出来る「彼女のガイド」がいる事は本当です。 しかし貴方は、(「何がどの様に起こるべき」と自分で考えた事ではなく)起こっている事と共に流れていかなければいけません。

彼女の質問は、私にとって迷惑ではなく、貴方への迷惑でもありません。

貴方を通してスーザンと私がコミュニケーションする事を助ける事以上の事があるでしょうか? これは神聖なる行いです。
貴方がこれに腹を立てているのは、ナンセンスです。

貴方は、自分の「存在」を構築しようとして、自分の「存在」の自在な開示をブロックしているのです。 貴方はそうして、自分自身に対してストレスを与えています。
「自分の目の前に現れている事が、貴方の「存在」の無限性である」と言う事実をもう一度思い出してください。

貴方の「存在」を部分に別けて、「わたし」と「あなた」に分離して、概念に従って細部を組み立てようとするのは止めなさい。

この時点での貴方の問題は、「無限」の上に知識的パターンを被せようとしてしまう事です。

これからは、無限の視界以外のものは貴方に相応しくありません。

コントロールを手放しても、知的思考構造を手放しても「宇宙」が無秩序化する事はありません。

コントロールを手放せば、(体験的に)「宇宙」が既に秩序立っており、(貴方が宇宙を知的に捉えていなくとも)その「機能」は既に知性的だという事が示されます。

そして(コントロールを)放棄するまで、貴方はそれを(宇宙が自立的かつ自由自在に調和し秩序だっており、パーフェクトに知性的な機能を有している事を)観察する機会は得られないでしょう。

それと同じぐらい重要なのは、貴方の「他者達」は、無限に見られている貴方「自身」だと言う事です。 これを理解できなければいけません。
だから「競争」は無駄であり間違っています。

誰も貴方をコントロールする事は出来ず、貴方は誰もコントロール出来ません。何故なら実際に行われているのは「一つの事」だけだから。

貴方はスーザンに対抗する事を止めて、スーザンを「貴方から分離して貴方に対抗している者」として見ることを止めるべきです。
これがとても重要な事です、何故なら「貴方と彼女の関係」は実際にはその様に起こってはいないのだから。

ここで必要な事は、貴方が貴方自身の全てを、貴方「自身」として持つことなのです。

貴方の体験の無限(な広がり)は、貴方の「存在」の「一体性」を(貴方のアイデンティティとして)示している、貴方の「無限性」なのです。
これを真剣に受け取って、なにより、出来るだけ沢山この様に生きなさい。

我々の会話の最初の方で、「無知(何も知らない状態)」の淵に立つ必要について話したでしょう。
この時点では、彼方はまだ『「我々が話していた事を基に」何か新しい事を知ろう』としているのです。
しかし、貴方は「無知」の淵に立って何も知らないでいる事を今行い、そして永遠に続ける必要があるのです。

全ての瞬間に、貴方の「存在」の無限を、貴方の意識体験として流れ通させなさい。

我々の「存在」の無限の開示を取り上げて、それを「条件付けられた行動の癖」にはめ込んでしまう事はとても容易いことです。 それがとても強く身に沁みこんでいる貴方の性癖だから。
我々の「こうしよう、ああしよう」とする性癖を放棄して、我々の「存在」の無限が各瞬間に成っている「ある事、存在する事」と取り替えなさい。

今晩貴方がするべき事は「自分でコントロールしよう、概念化しようとする事を意識的に放棄し」、貴方が「無」として立っている「あの場所」に戻る事です。 その様にして、貴方の「存在」の「何か」が、彼方の「存在」の意識的体験として出て来れる様にするのです。

ポール:  ありがとう、ラジ。

ラジ:  どういたしまして、ポール。おやすみなさい。

ポール:  おやすみなさい。



________________________________________
6月3日 木曜


ポール:  こんばんは、ラジ。
ラジ:  こんばんは、ポール。

貴方は、「何かに対する知識が自分にはない、自分には理解する事が出来ない、まだ適切な時期ではない」その他の完全に誤った(しかし自分で信じてしまっている)言い訳を使って、決め付ける事で行って来た、自分に対する限定を意識し始めています。

貴方は、「自分(一人)で考え把握する必要は全くない」と発見し始めています。

「ポールという貴方/人/三次元的に限定されている意識」は答えを持ってはいません。 しかし答えは与えられています。

「ドア(通り口)として立っている時の、貴方が成っているもの」故に答えが与えられているのです。
貴方はこれを本当に見始めており、それは素晴らしい事です。

そして貴方は、『「答え」を考え出している人』として存在するのではなく、「答え」に対する権利/所有/評判/信用/認識を主張する事無く、『自身を開示し続けている「答え」に成る事』から満足を得はじめています。

しかし貴方はまだ、『自動的/瞬間的に「ドア」(通り口)に成って』答えに対する気付きに対して自身を与える事を、余り継続的に行ってはいません。 そうする事がまるで、答えを探したり、答えを得る事を延期するよりも、難しく骨の折れる事であるかの様に。

時間をもうけて、「この躊躇が何なのか/何故なのか」を調べ、より良く理解しなさい。
私がこれ(貴方の躊躇の理由)を言って聞かせる事も出来ますが、貴方自身から学んでください。

ポール:  幾つかの事がクリアに成っており、それ自身を明確にしつつあります。

ラジ:  その通りです。
この明晰化は続いて行くでしょう。
毎日、事実が彼方にとってより意味深く成って行くでしょう。

これに「プロセスは必要でない事」を貴方は既に知っているので、『「ドア」として立つ事は「特別」な事で、毎日の行動中にドアとして立つ事は適切でない』と言うアイディアも放棄するべきです。

「存在」の無限の外には何も存在していません。

だから、貴方が「毎日の行動」と見下げて定義している物事も、「ドア」に成っている視点から知覚し、「抱擁するに値するもの」として見れる様になる必要があります。

貴方の生活の中で「無知」の淵に「ドア」として立つ事が、全行動となり、それが「全てに対する観察点」に成るのです。

貴方はこれを、完全に普通の事(全く特別ではない事)として(正しい視点で)受け止め始めるべきです。

ポール:  ありがとう、ラジ。 そうします。

ラジ:  どういたしまして、ポール。おやすみなさい。


テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
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