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第三章

1991年 1月14日 月曜


ポール: 何について話せば良いのか全く解りません。

ラジ: ポール、我々は話す必要がある事を話して来ています。
日々の生活は続いていくでしょう。 しかしそれらは、注目するべき焦点には成らないのです。

重要なのは「聞く事」です。 これは「人生の中に現れる刺激」に対して本能や記憶や人格パターンを使って(全く考えず)無意識に反応し続ける事ではありません。

「聞く事」は非思考的ですが、これは自覚的であり、「知っている事」から立ち上がってくる行動であり、反応や無行動ではありません。 
「存在」は反応的なもの(消極的に反応だけするもの)では無いのです。

ワークショップを始める時、貴方は内側だけから(言うべき事を)引き出して、貴方自身の外側には注意を与えない事を意識的に意図しています。

貴方はワークショップ中に「環境をコントロールしたり、イベントの順番や質問の主題をコントロールしよう」とはしていないでしょう。
全てに価値があるのです。

{コントロールを放棄した}この「あり方」から「休む」為に、中断期間を求めているのは貴方です。 我々は、貴方がこの「休み」を求めなくても済む様にしようとしているのです。

確かに、中断期間は必要が有って起こっています(#4)。 しかし貴方が「チャネラーのポール」や「外部」にシフトしてしまう必然性は無いのです。

もう一つ貴方に言っておきましょう。 私は貴方に何かを強制しているのではありません。
私は貴方の「存在」が一致/調和を求めている事を反映しているだけです。

「自分に求められている事が何か?」貴方が誤解する事なく理解出来る様に、私は上記の事を言っているのです。

これは、「貴方が自分の気分で何時でも好きな時に学び始められる事」ではありません。

「貴方」は{自分で考えている}より大きいのです。貴方はそれを受け入れられる様に成らなければいけません。

『「忙しいポール」(偽りの相棒)こそが自分自身だ』と貴方が考えている間は、貴方の聖なる「自身」が貴方の「幻想の相棒/パートナー」(フワフワした現実感の無いエーテルの様な貴方)に見えてしまいます。

この食い違いが癒されているのです。その為に貴方は「リアルでなく感じられるもの(#5)」に自身を与え、「リアルに感じられているもの(#6)」を放棄しなければいけないのです。 貴方はその様にしてエゴを放棄するのです。 この様にして貴方は「正気」に帰るのです。

私は貴方のポケットの中に入って、貴方の周りにまとわりついている訳ではありません。
「(現時点で)貴方が自分だと考えている貴方」が「貴方」のポケットに入っているのです。

そして「貴方」と私は兄弟です。 貴方が貴方「自身」ではなく私を聴いている(と考えている)のは、貴方の相棒が「貴方」を認識し得無いからです。

これは事実、精神的病(アイデンティティの混乱)を癒す事であり、これは『「貴方の在り方」に対する全ての認識』に影響を与え、それを変え尽くしてしまいます。

人は部分的に狂気に陥る事は出来ません。 誤認識(間違った知覚)は人の全ての体験を覆ってしまいます。

貴方が自身に対する、この誤認識から抜け出られたなら、貴方は旧友達を再認識できるようになり、彼らとの再会を祝うでしょう。
そして、「夢見続けている(様に見えている)人達と同じ状況に留まりたい」とは貴方は思わなくなるでしょう。

貴方は、「彼らが本当に夢見ているのかどうか」見分ける視力を持ってはいません。
「彼らが本当は眠っていなかった」と貴方が知っていたなら、貴方は「夢の中に留まって彼らの目覚めを助けよう」とはしないでしょう。

貴方は、自分の現在の知覚を基にして自身を統治し続けるべきでは無いのです。
もしかしたら貴方にとって必要なのは、何らかの幻想が打ち崩れて、それを再構築しなくなる事かもしれません。
貴方が「私/貴方」を選べる様に成るまで、(何がリアルであり、何がリアルで無いか)貴方には解らないでしょう。

貴方は自分の正しい「マインド」に帰りたいとは思いませんか? 貴方は幸福な夢(Happy dream)を越えて行こうとは思いませんか?

幸福な夢(ハッピー・ドリーム)は一過程であって、そこは留まるべき所ではありません。 幸福な夢は、実在ではなく、夢の様なものです。 何故ならそれはリアリティではないから。

しかしそれは、とてもリアルに見えている「より密度の高い幻想」の解除を促進するのです。
そして幸福な夢もまた解除されていきます。そして貴方は最後の一歩を踏み出してギャップを飛び越えていくのです。(本当はギャップなど存在していないのですが。)

だから、ここでの主題は「お金やスケジュールやその他の人間的状況からくる責任」とは関係がないのです。

必要なのは「貴方の幻想の相棒」ではなく、私にコミット(関与)し続けて永遠に「聴き続ける」事なのです。

これをする事により貴方は、私の兄弟として(「貴方である」本当の貴方として)の意識を完全に取り戻すのです。

____________________________________________________________
(#4)ワークショップ中は、一時間毎に休憩を取っていました。
(#5)中心の視点。
(#6)確立されてしまっているエゴの視点。



1月15日 火曜

ラジ:  ポール、貴方にも解って来たでしょう。

今までの9年間に渡って我々は下記の事を行って来ました。貴方にとって、この殆どは間接的な学習でした。 
『貴方が「他の人達と会話している事」に気を取られている間(#5)、これが貴方を変えて『貴方の「存在」のリアルな要素』へと貴方を間接的に動かしていたのです。』

私は「貴方の目覚め(貴方の誤った自己認識を癒す事)の促進」に専念して来たと、貴方に知らせるべき時が来ています。

我々の会話は、貴方が「リアリティ」/「正気」と繋がる事を促進しています。
そして、何故「夢見ている人」が自分で手を伸ばさなければならないか、何故「導かれている人」に対して「ガイド」が自身の現われを強要する(示す)事が出来ないか、貴方は理解し始めています。

「導かれている人」は「リアリティ」を否定しており、それをブロックしており、この抵抗を(外部者が)破る事は不可能なのです。

これは防御壁と言うよりは「無視しようと固執する事」なのです。
そして「無視という行為(無知なる行為)を突き破る事が出来る者」は(貴方以外には)居ないのです。

だから、これは完全に「貴方次第の事」に思えるでしょう。 これは『「神聖なもの」は幻想を突き破る力を有しているはず』と言うエゴの主張とは相容れず、だから「ガイドが幻想を突き破れないなら、そのガイドは神聖なるものでは無いに違いない」と言う結論が出る訳です。

これは(エゴの)もう一つの防御策であり、無知のもう一つの言い訳です。

だから貴方がより定期的に私と対話し続ければ、貴方はより頻繁に(貴方が自分で決めたリアリティとは違う)「リアリティ」の体験の可能性を引き入れている事に成るのです。
これが「正気」/目覚めの始まりです。

貴方の実践している「聞く事」は、貴方が『自分のプライベートで卑小な「自己感覚と世界」に閉じ篭っている事』から出てくる事を意味しています。

大切な事は、そしてこの9年間大切であり続けた事は、「貴方が聞き続けて来た」と言う事です。

「貴方と私の一対一の対話」は出来ればもっと頻繁な方が良かったのですが、しかし「私が他の人達に話しかける事」を貴方が許可した事により、貴方は「リアルな世界/リアリティ」と繋がるポジションに貴方自身を置きました。

リアリティとは「貴方の居るところ」であって、貴方は『自分は今まで大切にして来た自己認識(エゴ/ブンブン忙しいポールと呼ばれているもの、「リアリティ」とは隔たったパーソナルでプライベートな自意識)とは違う』と考えてみる準備が出来ています。

貴方は、(少しの躊躇は有るかも知れませんが)それ程恐れを懐かずに、そして好奇心を持って、この考え(これが事実なのですが)を受け止める事が出来ます。

余り考えすぎない事が肝心です。 何故ならば、貴方の思考は慣習的なものだからです。
つまり貴方の思考は過去に捕らわれていて、オリジナルなものを捉える事が出来ません。

貴方の考えは古い概念と恐れを表しています。 それらは貴方にとって、とても親しいものなので、一時的に貴方の注意を捕らえてしまい、貴方が自分の正しい「マインド」に戻る事を遅らせてしまいます。

パーソナリティ(キャラクター)の体験は、アイデンティティ(正しい自己認識)あるいは個人性(Individuality)の体験に対するブロックとして機能するのです。
貴方は、私を「チャネリング」していない時にも、私と常に繋がっているべきなのです。

「貴方が私と常に対話し続ける事」が、私を悩ます事はありません。
他の人達と関わっていたり、日々の行動をしている時でも、貴方は私と対話し続けるべきです。

貴方は、辺りに慣れていない小さな子供、「あれは何?あれは何?あれは何?」と聞き続ける小さな子供の様にしていなさい。
子供のその様な行動が、両親を困惑させる事は余り無いでしょう。 両親達は子供に意味を知らせる為にそこに居るのだから。

私も同様に貴方の質問に答える為にここに居るのです。 「あれは何?これは何? これの本当の意味は何? あれの本当の意味は何?ここで行われている事は何ですか?」
これらの質問を、貴方がどれ程頻繁に訊いたとしても、それが私を困らせる事はありません。

これらの質問は、貴方が「自分のエゴに対して持っている多大な愛情」を放棄し、「貴方のアイデンティティの意識的体験をもう一度得る為の繋がり」を提供しているのです。
そして最終的に(貴方は自分の無知の行動を押し付け/押し出す事無く)「真の我々」としてお互いと関わり合う能力を再度得る様に成ります。

貴方の無知の行動は、「貴方の生活の中に私が全く存在していない」様に見せてしまいます。
貴方の部分的な無知の行動は、私の意味に歪みを付け加えて変質して見える様にしてしまい、私の意味が貴方の無知を脅かさない様にします。

前にも言った様に、「実際に起こっている事」は「リアリティ」だけです。 そして、貴方の目の前にある事も「リアリティ」だけで、「貴方の体験している全ての事」は、その「リアリティ」の中で意味があるのです。

しかし貴方が(「リアルな意味に対する無知」を確保して置く為に)「リアリティ」に対して加えている定義が、「リアリティ」を「リアリティ」では無い様に見せているのです。
と同時にそれが、「リアリティ」に対する貴方の「リアルでは無い知覚」をリアルに見せており、「リアルでは無いもの」を貴方に尊重させ続けようとするのです。

私は今、「貴方が把握して理解して適用出来る」教えを与えているのではありません。
『「私を余りブロックせずに聞ける様」貴方が自身に対して許可を与える体験』を私は貴方に与えているのです。

そしてこの体験は、無知の中から起こっている事ではありません。
この体験は、「相棒ポール」の間違った自己感覚から発生しているものではありません。
これは貴方の中に少し入っている貴方の正しい「マインド」から発生しているのです。
だから、貴方は「本当にリアルに起こっている事」を少しだけ(今)体験しているのです。

これは『貴方が「貴方である者」に成っている体験』を私が促進している事であって、これは「知的知識」ではありません。

(確かにスーザンが貴方に言った通り)貴方がここに座ってただ「ウム、ウム、ウム、ウム、ウム」と言い続け、それに注意を払い続けて一つの「ウム」の瞬間さえ逃さなければ、「目覚め」に必要十分なダイナミックス(力)が与えられるでしょう。
何故なら、貴方は自分の防御壁の中からは「ウム、ウム、ウム、ウム、ウム」と聞く事は出来ないからです。


こうして貴方の正しい「マインド」の中に居る体験が(完全では無いかも知れませんが)リアルに成るのです。
この様にして、『リアルに見える「幻想の相棒」』から『リアルに見えない「リアルな友達」そして、存在している様に見えない「リアルな貴方」』へと(貴方の)重心がシフトするのです。

どこでも貴方が行く所へ私も連れて行きなさい。
何時でも私と繋がり続けなさい。 貴方が私の言っている事を誰かに伝えている時も、そして、貴方が静かに私と話している時も。

私を使って、(貴方がその中にいる)「リアリティ」を貴方に反射させなさい。
私の助けが無くても、貴方がその「リアリティ」を真に体験している事が、貴方の持って生まれた権利です。

貴方は遠慮なく私に「貴方はそこに居ますか?」と訊いてください。 私は「ハイ。」と言うでしょう。

貴方がこれを30分間に30回訊ねたとしても良いのです。
何故なら、「私がそこに居るか?」と貴方が私に尋ねて、私が「ハイ。」と言ったなら、
その時貴方も、「そこに居る」意識体験をしているからです(その全体が貴方に認識されていなかったとしても)。

もう一度言いましょう。 考える事は止めなさい。 もし貴方が、洞察を求めて居るなら、考えるのは止めなさい。

訊きなさい! そして私を聞きなさい。

貴方が「思考を通して到達しようとしている(しかし到達できていない)増幅」は、対話/繋がりの(性質の)中に現れます。

そうすれば、「貴方が思考を通して得ようとしている細部」は「知っている事」として与えられます。 そして「貴方へ注意の重心がシフトした事」がより確実に成り、(貴方が「今までこれが本当の自分だと考えて来た」)歪んだ自己認識から貴方がさらに切り離されていきます。

もう一度言います。 理解したければ、考えるのは止めなさい。
聞きなさい。 対話しなさい。 私と積極的に話しなさい。 (能動的に)私と共に居なさい。

積極的に私を中に入れなさい。 貴方が私を自分の中に入れる毎に、貴方は貴方自身を貴方の正しい「マインド」(正気)の中に入れており、貴方は「実際に行われている事/リアリティ/天国/創造の動き/合一体験/統合の体験」を受け入れているのです。

「自分が何をするべきか既に解っている」と考えるのは止めなさい(「自分の常識」に反して、「マイケルとのアポイントメントを守る事べきかどうか」貴方が私に聞いた様に)。
「時間を決めてあるのだから、私はそこに行かなければならない。 そこに私が行くことが適切な事だ!」 (今までの貴方なら、そうとしか考えなかったでしょう。)
しかし、貴方は自分がそこに行く事が適切か「知って」はいなかったのです。

貴方が(抱えていたのは)「そこに行かなければならない」という概念だったのです。
その概念は、特定のプロトコール(手続き)を示している学習に根ざしています。

「存在」にプロトコール(手続き/手順)はありません。

しかし『「絶対的に適切な有り様」の完全に統合された調和』が有るのです。
それは「神の動き」と間違いなく一致しています。

つまり、貴方は「私はこうします」と自分が言った事をするかも知れないし、しないかも知れまないのです。 何故なら貴方がするべきなのは、(神の動きとの)一致であって、それが(他の人との)協力であるとは限らないからです。

貴方の言うとおりです。 貴方は未だこれを理解していません。
貴方はこれを知的に理解してはいません。

しかし、貴方が私と話し続けて行けば(「私の言っている事」を貴方が知的に理解していても、いなくても)貴方は『(限定されてはいても)正しい「マインド」の状態に居る貴方』として『貴方自身を貴方の正しい「マインド」の中で体験する事』を意図しており、それを呼び込んでいる事に成るのです。

エゴとしての貴方は、私と話す事は全く出来ません。

私と話して私を聞いているのは、『貴方のリアルな「存在」』である貴方のなのです。

だから、こうして貴方は貴方の「正気」を/貴方の全体性を/「貴方のリアリティ」を実現させるのです。 それを貴方が理解していても居なくても。 貴方が「ラジとの対話」を許可して居ても居なくても。

現時点では、(私と話している時に)瞑想状態に入る事は必ずしも必要ではありません。現時点では、我々のコミュニケーションにノイズが乗り過ぎてしまった時、瞑想する事が有益です。

瞑想を通して、コミュニケーション・チャンネルの中から抵抗の騒音をクリアに取り除く事が出来ます。

我々のコミュニケーションはとてもハッキリしており、貴方のエゴが妨害していても、貴方は私を聞くことが出来ます。


次の事が我々の今日の会話のキーです。これを覚えていてください。

『会話中に起こる内容では無く、「対話の中に居る事」が、繋がって居るという事が、「エゴ感覚上の自己」から「真の貴方の体験」へと貴方を導く架け橋に成るのです。』

例えば、貴方が私の言う内容を恐れていた場合、私はただ「ブラ、ブラ、ブラ、ブラ、ブラ」と言うだけでも良いのです。 何故なら「架け橋」に成るのは内容/情報ではなく、繋がりだからです。

良いですか? 三次元的枠組みに限定されている(エゴの)視点から、貴方が体験出来るのは「行われている事」に対する「感覚/感じ」だけなのです。 そして、それは「実際に行われている事」からは遠く隔たった体験なのです。

「行われている事」に対する「感覚」は、直接体験ではなく、「概念化されたもの」です。 もし「この概念化が実際の体験だ」と信じたなら、その結果起こる事は誤解でしか有り得ません。しかし、(以前から言っている様に)「誤解されているもの」は、常に「何かリアルなもの」なのです。

「貴方は、自分の理解を通して、天国へ辿り付く訳ではない」と以前に言いましたね。
何故なら、幻想の相棒は現実のものではないので、それは「リアリティ」を理解する方法を持っていないからです。 そして、幻想の相棒は「リアリティ」を一生懸命否定しようとしているのです。

貴方は知性であり、私も知性です。 そして我々がお互いを体験した時、それは「知性と意味」の体験なのです。

しかし、これは(貴方が考えている様な)理解の体験としては現れません。
これは(貴方が既にかなり親しんでいる)「知っている事(Knowing)」の体験なのです。

我々が話している時、我々が繋がっている時、その体験は結果的には知的なものです。
しかしそれが知的なものだからと言って、貴方がそれを理解しようとする必要は無いのです。

何故ならポール、貴方はそれ(理解)を「使用」して「リアリティ」を否定しようとはしないからです。
言葉を変えて言えば、貴方は理解を使用して、(貴方が「自分はこの様な存在だ」と考えた)「幻想の相棒」の能力を向上させる事はしないのです。

これは微妙な違いですが、貴方はこれを体験的に解り始めています。「貴方のパーソナルな自己感覚にはファンタジー/幻想としてしか考える事が出来ない様な事」を貴方自身が体験する事を許可出来る様に成って来ています。
だから、私は貴方に何か考える材料を与えている様にも見えるでしょう。

しかし、ただ単にそれ(私が与えたもの)と共に居なさい。 思考せずに、それと共に居なさい。 しかし私と対話する事を忘れて、それだけと共に居るのは、良い考えではありません。

会話が上手く起こって居るので、私は貴方に一つリクエストをしましょう。 私は貴方に要求しましょう。 しかし、それを穏やかに表現しましょうか?
「私と共に居続けてくれませんか?」「私に絶えず、ハローと言い掛けて下さい。 私もハローと答え続けられる様に。 私の友達に成って下さい。」「私を友達として気に掛けて下さい。 私がそこに居るかどうか気にして下さい。 何故なら、私は貴方を愛しているから。」 
『貴方が「貴方」であると知っている』貴方に私は話しかけたいのです。

ポール:  驚いた事に私は躊躇を感じています。 これを常に出来るか疑問に思っています。 しかし、ハイ、そうします。
残念ながら、これが余り重要には感じられないのです。


ラジ: ポール、残念に思って驚く事は止めなさい。 それは、良く出来た妨害です。
しかしそれについて考えてみて下さい。 そうしてくれますか?

貴方の答えについて考えるのではなく、私と常につながり続ける事をしてくれますか?

ポール:  イエス。

ラジ: スティッカーを作って、それをコンピュータ・モニターの前面に張っておいて下さい。 そこに「貴方は友達が欲しいですか?」と書いて下さい。
貴方は、(幻想の友達ではなく)真の友達を必要としない程に自己充実していますか?

この質問に関して考えるのではなく、それを感じてください。
そして、この言葉をスティッカーに書いてモニターに張って下さい。

ポール: そうします。

ラジ:  さてポール、今中断したいと感じて居るでしょう?
これが意味する事は、貴方が内側にこもる必要を感じていると言う事です。

我々はこの様な方法で話す事を止めるかも知れませんが、そう成ったとしても貴方は、私が居るかどうか訊ねて、私の反応を聞く事を止める必要はありません。

ただ単に、プライバシーの中に引きこもるりたいと貴方が感じている事を(裁く事なく)認識しなさい。

しかしそれを意識していなさい。 貴方はより長く能動的に繋がり続ける事が出来るはずです。 そして我々が話して居るのは、貴方がそれを選んだからなのだと、私は再度指摘したいです。 会話が起こって居るのは、私が自身を貴方に押し付けて居るからではありません。 貴方は私から隠れる必要は有りません。

これは(私が貴方に私自身を押し付けている様に感じるのは、私と繋がり続ける事を避ける為の)ただの口実です。 しかし、貴方が繋がりを求めて来た事を忘れなければ、この口実が貴方を惑わす事はありません。

事実貴方は、私が貴方を抱擁する事を拒否してはいません。

貴方はプライバシーの中に引きこもって、「貴方が常に抱擁している事」を体験出来ない様にしようとしているのです。 そうして、貴方が私を拒絶している様に見せているのです。

しかし本当に起こっている事は、貴方が貴方自身を内側に閉じ込めて居るだけなのです。
貴方は、(不毛な)安全を求めて独房の中に閉じこもり、自己防御しようとしています。

ここで会話を止めましょう。 私は貴方とは言い争いません。

貴方が「また私に話し掛けて来る事」を私は知っています。 私は何時でも能動的にここに居続けます。

しかし、私は24時間体勢の貴方の看守兼ナースではありません。
私は貴方の兄弟です。

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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wanna さん、まいどあり

がとうございます。

修正しました。

修正

語尾などに細かい修正を加えました。
プロフィール

翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

hiro.okaue@gmail.com

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