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第五章

1991年 1月18日 金曜


ポール: まず初めに言いたいのは、今日私はとてもバラバラな気分です。 この時点で何が起こっているのか、何が重要であり何が重要でないのか全く確信が持てません。
秩序や焦点の欠落と混沌しか見えていない様です。 全ての事に注意を払わなければいけない様に感じられます。 いずれにしろ私は今その様な状況にいます。

貴方は、何か私に言いたい事があるようですが?

ラジ:  ハイ、ポール。 その通りです。

ポール:  オーケー。

ラジ:  現時点でも私が言いたい事は「卒業」に関する事です。

ポール:  貴方がそう言った時私が受けた印象は『現時点でも「卒業」が「その他のより重要に感じられている事」よりも重要だと』いうものです。
これで正しいですか? それとも私は結論を急ぎ過ぎたのでしょうか?

ラジ:  ポール、それはとても正しいです。

貴方はそれを(全てを)私の視点から見るように成らなければいけません。

もし貴方が夢を見ていて「貴方が誰か/貴方が何処にいるのか」解らなくなっている程その中に完全に取り込まれていて、そして今やっと私の存在に気付けるぐらい、「貴方が私を体験しているなら、貴方も私と共に居るに違いない」と気付けるぐらい貴方が明晰に成ったなら、焦点を当てるべき所は一つだけです。

それは(貴方が歪み無く私を体験して)『貴方』と『「貴方(そして私)が誰か/貴方(そして私)が何処に居るのか」に対する貴方の意識』の間に存在している様に見えている「針の眼」を貴方が通って行く様な感じです。

貴方の夢の性質やキャラクターや動きやドラマは、全く重要ではありません。 何故なら、それらは貴方の無知の部分であり細部であり、貴方の「意識/気づき」では無いからです。 それらは「存在」に対する貴方の包括的な意識体験では無いからです。

だから貴方が「ワー、怪獣に追いかけられてる。 早く逃げなくっちゃ!」と言っている時でも、私は「貴方が怪獣から逃げる事」が「貴方が私と繋がり続ける事」よりも重要だとは言えないのです。

「貴方が私とつながり続ける事」が、貴方が「リアリティ」と繋がり続ける事なのです。それが、貴方が貴方の正しい「マインド」内で貴方「自身」と繋がり続ける事なのです。
貴方の正しい「マインド」内には怪獣は存在せず、逃げる必要もないのです。

既に言ってある様に「何がリアルで何が幻想か」ドラマのレベルから判断しようとするのは止めなさい。

私へ(夢の外に居る私の存在へ、つまり夢の外に居る貴方の存在へ)注意を払い続けようとする貴方の意欲が、「何がリアルか」識別出来る所へ貴方を導く唯一の事なのです。

もちろんそこには、「リアルでなく見えているもの」はありません。 だから、「リアルなもの」と「リアルでないもの」を識別する必要もないのです。

我々はここで(混乱を内包していない、知覚の歪みを内包していない)明晰に関して話しています。

(我々の前の会話が終ってから)より頻繁に私をチェックするのを忘れてしまっていた事に貴方は今気付きました。

しかし、それでも貴方は私をチェックしていました。そして(限られた範囲内ではあっても)「我々が居る所」(それは貴方にとって「貴方が本当に居る所」と言う事です)の体験を自身に与え続けました。

確かに、ここ数日の夢のドラマ(演劇)は普段よりも激しいものでした。
しかしその(ドラマの)「非リアルさ」は、物事がそれ程激しくない場合の「非リアルさ」と比べて、より「非リアル」であった訳ではないのです。 だからより平和なドラマが見えている時と比べて、貴方の注意がより必要とされていた訳ではありません。

だからここでもう一度、貴方がより頻繁に私と繋がる必要性を強調しておきましょう。
これを行う事によって「貴方が本当に居る所」の体験の基盤が作られるのです。
これを行う事によって、貴方は自分が夢の中に居ない事をクリアに理解するのです。

そうして貴方は自身が、夢の中の戯画化されたキャラクターではなく、「存在」の四次元的意識体験の中で私と共に居る「自己」こそが貴方だと気付くのです。

だから再度聞きましょう。 これをしてくれますか?

ポール:  ハイ。 出来る限りの努力をしましょう。

ラジ:  ポール、ここでは熱望が必要なのです。 友達を熱望する必要があるのです。
そして私と共に居る事を意識的に熱望する必要があるのです。

そして現時点では、私と共に居ない時の体験は有効でも重要でもない事をもう一度強調しましょう。
だから私に対して無意識でいようとする選択は、貴方を無意識/無知に縛り付けてしまう選択なのです。
無知に対する貴方の多大な親しみと、私と共にいる事への多大な不慣れは、私に気付いていないでいようとする(つまり「貴方」に気付いていないでいようとする)貴方の現在の選択を正当化し得ません。

貴方の夢の儀式/手順が消えつつある様に見えているなら、それらが無意味に成っているなら、その結果貴方には無秩序として知覚/判断されている状態が現れているなら、その吸引力の要素(手順/手続き、つまり夢の中の無知)が、貴方の注意をそれ自身に惹き付けておく力を失いつつあり、それ故に貴方に脱出の窓枠が与えられているだけでなく、貴方は脱出する必要を感じているのです。

これはパーフェクトなタイミングであり、癒しを示しています。 これは貴方が、貴方の正しい「マインド」(正気)に戻って来ている事を示しており、「存在」に対する貴方の歪みのない/条件付けられていない意識体験を示しています。

だから貴方が秩序を必要としていると感じたなら、貴方の体験から秩序の概念が消えている様に感じたなら、その秩序は(夢の中で秩序を再確立するのではなく)私と繋がる事により(そして『貴方が真に存在している「場所」』に貴方の注意点を据える事により)達成されると知りなさい。

「貴方の真に体験する能力が存在している場所」そこだけに貴方の注意/意識を置くのです。
その場所には、脅かされる体験や脅かされる可能性は存在してません。
そこでは秩序の欠如や、それがもたらす貴方の安心感への脅威は、不変の絶対的調和/秩序に飲み込まれ消滅しています。

私は必要なだけこれを繰り返して言いましょう。

貴方と私が繋がっており、それ故に『この繋がりが起こっているのは「私の居る所に貴方も居るからに違いない」』という確信と体験が生まれています。
これが貴方が夢から(パーソナルな自己感覚と、それにより必然的に起こる「リアリティ」に対する歪められた知覚から)解放される上で重要なステップなのです。

ポール:  私は自分が「理解しようとしている事」に気付きました。 これ以上に何か言う事がありますか? 

ラジ:  ハイ、ポール。 あります。

貴方が自分の注意を、私から「貴方の日常の出来事」に戻そうとしている事に気付く必要があります。

「貴方の日常の出来事」とは三次元的な一日の中の出来事です。 いや、より正確には、「一日」と呼ばれている永遠の「今」に対する三次元的知覚です。

貴方の今日の仕事には「私が他の人と話す事」が含まれているのですが、「私と共に居る貴方自身に対して無意識に成る事が適切だ」と云うかの様に貴方は心配し出しています。

つまり、私から離れていたいと言う貴方の気持ちは、三次元的枠組みに戻ってそこから(私を)聞く事を示唆して居ます。
しかし、我々は最早そうはしません。

もし貴方が私を聞いているなら、貴方は「ここ」から私を聞いているのです。
私が言いたいのは、貴方は「ここ」(私が四次元的に存在している所)に私と共に居る意識体験を抱擁しながら、私を聞くのだと言う事です。

貴方にも既に解っている様に、貴方はこれを論理的に理解する事は出来ません。

ポール:  私はフィリスとのアポイントメント(会う約束)を守るのですか?

ラジ:  貴方が私と繋がり続けたいと思ったなら答えはNOです。

ポール: つまり貴方は我々が話し続け、その繋がりは貴方とフィリスが(アポイントメントをキープして)話している様に見えるのではなく、私と貴方が話し続ける事に成ると言っているのですか?

ラジ: その通りです、ポール。
貴方が私と話す事を拒否しない限り、私は貴方と話し続けて、「本当にリアルに起こっている事」のクリアな体験へと貴方の意識を導きます。

ポール:  解りました。
[私はフィリスとのアポイントメントをキャンセルしました。]

ポール:  私は不安に感じています。(経済的)欠乏がある時に(セッション)のアポイントメントをキャンセルしたりするのは。

ラジ: ポール、この不安感は、貴方がエネルギーを与えているレベルに必然的に存在しているものです。

この時点で貴方は私を聞いていますが、「貴方が私と共に居る」という事実を貴方は体験していません。
貴方は(現在)パーソナルな歪みの枠組み(卑小な自己感覚/三次元に限定された枠組み)の中から聞いているのです。

ここには原因が存在していない事を貴方は理解しなければいけません。
ここからは動きは発生しないのです。 ここでは何も起こらないのです。

ここは「存在」が居る所ではありません。 ここでは、ただ単に「存在」の見え様/触れる様(現象)だけが起こっているのです。

「三次元に限定されている枠組み」は、視界と触覚だけに限定された枠組みだと言う事も出来ます。

見えている/触られている「事」(リアリティ)は四次元的にだけ存在しているのです。

ポール: オーケー。

ラジ:  結構です。貴方は戻ってきました。

ポール:  でも私は、メクラに成ってしまって、見えているものを無視している様に感じられます。(#8)

ラジ: ええ、しかし貴方はツンボではないですね? 貴方は私を聞いています。

そして貴方の耳は「ここ」に私と共に居ます。 貴方の耳は機能しています。 これは比喩的に話しているのですが。

もし聞く事だけがブロックされていないのなら、それに貴方の注意を与えなさい。
これによって、貴方の他の部分も回復するでしょう。
だから私を聞くことが重要なのです。 これは、貴方が明晰に成る事を許している「貴方」の部分を使う事なのです。

ポール:  これは呆然とする様な事です。 私にはやるべき事が山ほど有るのに、何もしていないように感じます。

ラジ:  ハイ、ポール。 しかし、山ほどある事を貴方は無知の内にしてしまうでしょう。 それは有益な達成とは言えません。

心配するのは止めなさい。 夢は貴方を噛んだり、貴方を破壊したりはしません。
貴方が夢に全部の注意を与えていなくても、貴方は危険な目には会いません。貴方の強い信念は、そうなると言っているのですが。

この我々の繋がりの中で起こっている事は、信念とは関連していません。 これはとても重要な事です。

我々が繋がっている時、貴方は起こっている事に対して、退いたり、分離したり、観察/分析/知的に把握しては居ないのです。
だから我々の繋がりは、どの様な信念とも関係ないのです。

貴方が過去に望んでいたのは、慣れ親しんだ(貴方の)信念/手順/夢の秩序立った構造に戻る事だったのです。

貴方は不慣れな事からの解放、注意を払い続けることからの開放、生命力に溢れている事からの開放を望んでいたのです。

人が意識不明の状態で病院にいる時、彼のバイタル・サイン(生命力の信号)がモニターされます。 呼吸、心拍、脳波、その他のサイン(徴候)がチェックされます。

「意識存在」の聖なる機能。それらを聴覚/視覚/味覚/嗅覚などと呼ぶ事も出来ます。 「リアリティ」の直接的理解。 それをバイタル・サインと呼ぶ事も出来ます。
そして今上手く働いているバイタル・サインは聴覚です。 これは(貴方が)聞いている事の徴候です。

これがヒントです。 つまり、もし貴方が見たければ、貴方は(能動的に)視る必要があります。
貴方はどの様に視るのでしょうか? 貴方は視る事を望むのです。
貴方は何か特定のものを見ようとするのでは無いのです。 何故ならば、どの様な見るべきものが存在しているのか貴方は判っていないから。

しかし貴方は見る事を欲しています。 そして「欲する事」が「視る事」なのです。
そして「見える事」が起こるのです。 ちょうど、「聴く事」が「聞える事」をもたらすように。

貴方はエゴを肥大させ満足させている刺激を尊び続ける事を止めなければいけません。
つまり承認を得ようとする行動を放棄しなければ行けません。

現在貴方は、「自身が自分の四次元的部分を通して私と繋がっている」と言う素晴らしい事実を尊重しなければいけません。
これが貴方の正気(貴方の「マインド」の現れ、つまり全く歪みを含まない貴方の「存在」が照らし出されている体験)の確たる証明です。

これは、貴方がリアルだと信じているファンタスティックな想像上のイメージよりも重要には見えないかもしれません。 貴方はその様な想像上のイメージを無視し出し、自分をそれから分離し始めています。

しかし「道は小さく狭く、そこに辿り付いた者はまれです」(#9)
"the way is straight and narrow, and few there by that go in thereat."9

その理由は、これがリアリティと呼ばれている包括的全体的(に見える)信念体系/概念/イメージを失う事に思えるからです(このリアリティは幻想なのですが)。

ポール、貴方はこれがどの様な意味を持っているか前もって知る事は出来ません。 だから貴方は「ここ/故郷」で私と繋がる事により、私と手を繋いで信頼しなければいけません。

ポール: それは楽ではないですね。

ラジ:  それは「貴方が何処から見ているか」に左右されます。

私の視点からは、これは大いなる喜びであり、貴方が手を伸ばして抱擁する事を望み、そうして「マインド」を表現するにつれ、貴方の自然な持って生まれた正気を表現するにつれ、貴方を待っている/気遣っている人達は大変喜んでいます。

貴方の幻想を放棄する事は楽しい事ではありません。
だから貴方は常に(でなければ少なくとも頻繁に)私と繋がって、貴方の「正気」の前に立つ機会を/実際にリアルに起こっている事を、歪み無く体験続けなけれがいけません。

そうすれば貴方は喜びの感覚を受け取る事が出来、それが「貴方」を貴方へ照らして見せて「貴方が本当は誰か」示し、(理由付けや思考や幻想の貴方を使わずに)手放す大いなる意志を促進します。

ポール: ここに喜びがあるのですか? 

ラジ:  ええ。そして貴方の質問は笑いを誘ってもいます。
ハイ、もちろん笑いは喜びです。 貴方の質問は、貴方がよりオープンに成って来ている事を示しているから。
ポール: 「ここ」には沢山の人がいるのですか? これは適切な質問ですか?

ラジ:  現時点で(貴方と私が喋っているこの時点で)我々は10人から12人います。

ポール: この「ここ」は、私が三次元的にここと呼んでいるスペースと同じ場所を占めているのですか?

ラジ: いいえ、ポール。 ここでの「ここ」は、三次元的スペースには存在していません。 

しかし、それは意識的存在の意識体験の中に存在しています。
その意味で答えはYESです。 何故なら「場所」は「意識/気づき」だから。

ここで言う「場所」とは「形が示唆している様に見える」スペース感覚の事ではありません。 そしてここで言う「形」とは見えて触れる(現象/「存在」の現われの)事です。アイディアの意識体験の事です。

我々全員は貴方の中に育っている好奇心を見つける事を楽しみにしています。
何故なら「リアルな貴方」に対する好奇心の現れが、ドアを開く力の要素で、それが知覚の概念的ブロックを溶かし、「知っている事」を「再度」可能にするのです。

貴方が空間/時間感覚の悩みの中(そしてその中の自身の位置)に戻ってしまうと貴方はハッピーではなくなります。 何故なら、その間我々は貴方を失うからです。
次の様に言いましょうか。 その間我々は「貴方」を体験する機会を失っているのです。その場合我々はある程度「我々」を体験する機会を失っています。 何故なら貴方は我々から分離してはいないのだから。

一人一人の人が自身の生きる理由を探さなければ成らない様に、貴方は意識的になる為の自分自身の理由/動機を見つける必要があります。
そうすれば、無知や夢の中で意識を持つ理由を貴方は二度と見つけないでしょう。

だから意識的に成る為の理由は、いつでも理不尽に見えるのです。 少なくとも夢の中で使用されている限定された定義の論理の中では。

貴方は(理不尽に見えるものの為に理屈を放棄する事を可能にする)決意に到達し、その決意を保持する意志を持たなければいけません。

我々が現在している事のせいで、貴方と私は貴方の定義には合わず、(私の言っている事)は理不尽に非現実的に見えます。 それはそう見え続けるでしょう(貴方が、私の言っている理不尽な主張と繋がり続けない限り)。 その理不尽な主張とは「貴方が私を聞いている限りにおいて(四次元の中で/天国の中で/リアリティの中で)貴方と私が一つであり、能動的に意識的に一緒になっている」と言う事です。

貴方が健忘症から抜け出られるのは、この繋がりを通して、そして『貴方が「ここ」に私と一緒に居る』と考える事を受け入れる事だけにより可能なのです

ポール: これ以上言う事がありますか?

ラジ: 現時点ではこれで全てです。 私と常につながり続ける様にしてください。

__________________________
(#8)彼が示している「リアリティ」が見えていず、生まれてこのかた私がリアリティだと考え続けたものへ注意を払わない事に関して言っています。

(#9)Matthew 7:14  マタイ
"Strait is the gate, and narrow is the way, which leadeth unto life, and few there be that find it."

「生命へと届く道は小さく狭く、それを見つける者はまれです」

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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改訂

細かい修正を沢山加えました。

Re: No title

了解。
プロフィール

翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

hiro.okaue@gmail.com

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