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第七章

1991年 1月25日 金曜

ポール: こんばんは、ラジ。

ラジ: こんばんは、ポール。

貴方のエゴが恐れている事は何でしょうか? エゴは「エゴが実在していない事」を貴方が発見してしまうのを恐れています。
エゴは死ぬほど恐れるくせに、全く死なない事に貴方は気が付いていますか?
エゴはただ恐れるだけなのです。 しかし貴方は、自分自身が恐れている様に感じてしまうのです。 そして貴方は押し黙って{エゴとエゴの恐れている事から}注意を逸らすのです。

そして貴方が注意を完全に逸らしたとエゴが思い、「それ自身が実在していない事」がバレない条件が揃って居るようなら、エゴは貴方の体を手放し、貴方は安堵の息をついて自分の無意識な無知の中でもう少し過ごすのです。

貴方のエゴが一番騒いでいる時こそ、貴方は(我々が実際にこのコミュニケーションを行って居る)「ここ」で目覚め(自由/貴方の全体性/貴方と私に対する完全な理解)へと抜け出る事が容易に出来るのです。

私は貴方に「静かになって私と話す準備をしなければいけない」とは二度と言って欲しくありません。
何故なら、貴方が三次元的に一番混乱している時こそ、意識的に私と一緒に居て、私と話しているべきだからです。

さて、貴方は実際辛い状況にいました。 危機(助けを求める声)に対して注意力を与えるよう求められており。 それにかかり切りでした。
そして貴方は、自分の人生の問題が貴方のワークの邪魔をしないように成れば良いのに、と考えていました。

貴方のワークを邪魔している「人生のあれこれの問題」は何処から発生しているのでしょうか?
それらは本当に貴方の注意には値しない事柄だったのでしょうか? それらはただ横道にそれる体験だったのでしょうか。

それとも、それらもまた有用に使える事項だったのではないでしょうか?
私と一緒に居て「我々の四次元的な視点から見る」絶好の機会だったのではないでしょうか?
貴方のワークとは「この世界の中で」目覚める事なのではなかったのでしょうか?
「生命/人生」の動きが起こっている所で四次元的に居る事が必要だったのではないでしょうか?

あなたは、それ(問題)が「リアリティ」に対する歪められた知覚(「リアリティ」が歪み無くパーフェクトに知覚出来る様、破りぬける必要がある歪み)ではなく、「リアル」な幻想だったと言うのですか?

この(中東の)湾岸交戦は完全な幻想でしょうか? その中には見るべき「リアリティ」は存在していないのでしょうか?
これは世界に対するリアルな脅威でしょうか?
それとも、誤った知覚/偏見を手放し「リアリティ」を知覚し体験出来る様「リアリティ」がダイナミックに要求している、と言う事なのでしょうか?

そろそろ我々の一番初めの会話から丸9年経とうとしています。
貴方は「貴方が誰か」発見するべき時に来ています。 これが今起こっているシフトなのです。 貴方は大げさに跪いてその認可を差し出す必要は別に有りません。
しかし貴方がこれを許可しなければ、貴方は最終的に倒れて跪くような体験をする事に成るでしょう。 これは脅しではなく、『貴方が「意識」に対して近づいている』と云う事実の表明なのです。

そして「意識」を取り戻すに従い、幻想の相棒が自分だと言う感覚も薄れて行きます。
しかし、もし貴方が自分を幻想の相棒と同一視し続けたなら、貴方は自分が失敗している様に感じられるでしょう。

ええ、皆「自分は目覚めたくてしょうがない」と言いますね。 ハ、ハ、ハ。
しかし、そうする為には貴方は間違った自己感覚(貴方は主にこれを使って人生を生きてきたのです)を放棄しなければならず。だから躊躇してしまうのです。

貴方は2月7日までに目覚めたいという気持ちに成れるでしょうか? 貴方は1月26日までに目覚めたいという気持ちに成れるでしょうか?

ポール:  私は質問に答えるべきなのですか? それとも、ただ貴方の言う事を聞いていればよいのでしょうか?

ラジ:  この質問を聞いてください。
そして貴方がこの質問に対して適切に答えようとするなら、私は(そして貴方も)とても喜ぶ事でしょう。

ポール: 私が得た感覚は「2月7日に関しては私には選択の余裕が無く、しかし1月の26日に関しては私は選択する事が出来る」と 言うものです。

ラジ: ポール、それは正しいです。

しかし思考プロセスそのものが、(目覚めに対する)一つの回避なのだと気付いていてください。

[長い沈黙。]
マイクはオンにして置きなさい。
[長い沈黙。]

いいえ。脱出ハッチや抜け道が有る訳ではありません。

貴方は、自分を{身体的}形と同一視するのではなく、貴方が見ている全ての物の形を使って状況を認識するのではなく、貴方が私と共に居る文脈/状態認識に戻りましょう。
単に四次元的に居るだけでなく、「存在」に対する「四次元的意識」(私同様「父の現れ」)として居る状態に戻りましょう。

貴方は「三次元的枠組みの中で働いて、そこから四次元的枠組みに到達する事」は出来ません。

貴方は、四次元(的気付き)の中で「意識」を取り戻さなければいけないのです。
そして現在貴方は、私と話して居る時だけ四次元的体験をしています。
貴方は「自分に与えられている唯一の四次元的体験」の中から「距離の無い旅」を始めなければいけません。
そして、これが意味するのは「貴方は常に私に気づいていなければいけない。」と言う事です。

貴方が私を意識出来る唯一の方法が、私を聞く事であるならば、常に私を聞いていなさい。
私の「声」を常に貴方の唇から出しなさい。 これは「私が貴方にとって代わる」と言う事ではありません。

これが意味するのは『貴方が(自分に出来る唯一の)「四次元的に居る意識体験」から物事を行う様に選択する』と言う事です。 しかし、その中で貴方が溶け消えてしまう訳ではありません。

私の「声」が、貴方が「リアリティ」内に持っている唯一のアンカー(確実なもの)です。 これが貴方が四次元内に持っている唯一の道標です。

例えば、貴方が飛行していて自分の基地に戻りたいと思ったなら、貴方は(基地に存在している)航空標識/航空灯を探してそれを目指す事でしょう。  
しかしその時エゴは「なんと退屈な旅だろう」と言うのです。
「全く驚きがない、故郷へ続く直線コース。 オートパイロットを解除して、右に旋回してみよう、それか右に。 数百マイル後ろに在ったあの場所にまで戻ってみよう。 あそこは面白そうだったから。」

エゴは次の様に言うのです。 「ポール、貴方が自由を犠牲にして故郷に帰る前に、したい放題に出来る自由を満喫しましょう。」

貴方は、現在自分が持っている唯一の「故郷体験」に注意/意識を与える事により、自分の「意識的自己意識」の体験の中により多くの「全体(これがリアルな「貴方」なのです)」を招き入れ続ける様に成るのです。

このエクササイズは「私をより沢山取り入れて、貴方/ポールを押し出す事」ではありません。

眠って夢見ている「人」が、目覚める様に肩を揺すられている「人」が、「声」を聞いたなら、(夢の中では)それはとても限定的な(窮屈な)事に見えるかもしれません。
たった一つの小さな「声」の為に夢の全てを犠牲にすることはとても不利に見えるかもしれません。

これは夢の中でマインドを占領している全ての力/全ての細部/全ての性質を放棄する事に繋がります。 これは全意識状態を(夢の中で)犠牲にする事なのです。

その時、「声」が夢見て居る人の全体験に成るのでしょうか? 

それとも「声」に集中した結果、夢見て居る人が目覚めて彼自身を見つけ、(夢の限定的/想像的な知覚を超えて)「リアリティ」を実際に構成している全てのものを発見するのでしょうか? {発見するのです} そこではリアリティの無限の中の正しい場所に「声」が据え置かれ、自身の全機能を取り戻した「夢見ていた人」が彼自身を取り戻すのでしょうか? {彼自身を取り戻すのです}
これは、この様に働くのです。

だから繋がる事が絶対必要なのです。 貴方は私か/精霊か/父と繋がらなければいけません。

ポール、貴方が繋がれば隔離/分離の要素が破かれるのです。 そして隔離/分離の要素こそが夢の体験を起こしている主犯者なのです。

貴方がここ数日我々の会話のテキストを読み返していて、戦争のニュースに少し気を逸らされていた時、貴方は次の様に言っていたのです。
「これらのドラマチックな出来事とそれらが暗示しているネガティブなもの方が、故郷へ帰る為の標識よりも、私が自分の注意を与えるに相応しい。」

つまり貴方は「これらの出来事は夢の中のより重要な要素で、(目覚めを起こす)アンカーよりも重要である」と言っていたのです。

貴方は自分の信頼を与える場所をその様に選んだので、貴方はセンター/中心に居る事が出来ていませんでした。

だから貴方は、私と話す気持ちにはなかなか成れませんでした。
そして貴方が私と話したいと思った時も、貴方が私を聞く事は難しかったのです。

その理由は、これらの出来事がリアルだったり真実だったりしたからではなく、それらが貴方の注意に相応しかったからではなく、{状況に対して}貴方が与えた言葉が原因だったのです。 (何が貴方の注意に相応しいか、に関して)貴方の行なった決定が原因だったのです。

ポール、貴方がどれだけ簡単に気を散らせてしまって居るか解るでしょう?
「気を散せてしまっている」とは、三次元的な枠組み内から私を聞こうとしてしまっている、と言う意味です。

貴方が尋ねていた質問が不適切であった訳ではありません。 しかし貴方は「体と世界」を{自分そして自分の環境として}認識している状況内にシフトしてしまい、そこから私を聞こうとしていました。 このシフトが貴方の意識を明晰から逸らせてしまっていたのです。

と同時に貴方は、三次元的視点内に必然的に内在している感情を持ち、それらの牽引力を感じていました。 それ故に、センターに居る事がさらに難しくなっていて、私を聞かずに居ようと決めてしまっていたのです。

{貴方が感じている}眠たさに再度気付いて下さい。

貴方の相棒(パーソナルな自己感覚/「配役」的自己感覚)の、(答えが理解に依存していない時に)論理的知的に理解しようとする傾向にも気付いていて下さい。 

答えは知識ではありません。 答えは{貴方が自分の正気の中に}「アンカーされている事」なのです。

我々が話し始めた当時、貴方は(私から指示される事なく、自分から)「貴方が聞いている事」が正確かどうか確かめる事を必要としていませんでした。
必要だったのは、聞こうとし続ける事だったのです。 聞く事の中で信頼し続ける事が重要だったのです。

この新しい次元で「聞く事」は、新しい文脈で「聞く事」なのです。
そして貴方は(幻想の相棒/配役/パソナルナなチャネラーとして私を聞いてしまう事により)「存在」に対する四次元的意識をより多く体験する事を妨げない様にし続ける必要があります。

確かに、私がここで言っている事はかなり微妙な事柄です。
この違いは微妙なものですが、これは(貴方にはこれが出来ていないので)体験上のとても大きな違いを生んでいます。

貴方は感情に飲み込まれてしまっており、貴方の平和が感じられていません。
貴方は自身を私と共にアンカリングしていないので、楽観的な視点が見えていません。
貴方は私を「聞き続けて」いますが、「ここ」にアンカーされている(「ここ」に留まって居る)意識的体験が持てていません。

貴方は自分のベッドルームの椅子から私を聞いています。
三次元的な枠組みに内在している感情的反応に飲み込まれてしまうより、自分の椅子からでも私を聞いている方が、より良い事ではあります。 しかし私は次の様に言いたいです。

我々の会話が終る事を待ち切れずに居て、独善的な不満/ストレスをエゴとして楽しもうとするのは止めなさい。
私と一緒に居なさい。 ニュースを見て一つのエゴのドラマをもう一つのエゴのドラマで隠そうとするのは止めなさい。

さて我々はここで会話を止めましょう。

しかし貴方は「いま、ここ」の中に留まってください。 四次元的に「ここ」に、永遠の感覚の中で「いま」に。 そして「いま、ここ」は喜びに溢れている事も知っておいて下さい。

そして、喜びを体験しようとする好奇心を持ちなさい。
相棒の感じている「反応/反発への魅力」へ注意を与えるのではなく、「平和」(心配の欠如)を体験しようと好奇心を持ちなさい。
反応/反発は{目覚めとは}関係ない紛争を発生させるだけです。

ポール: わかりました、ラジ。

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
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