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第九章

1991年 2月2日 土曜

ラジ: ハイ、ポール。 貴方は我々から離れていました。
貴方はより深い眠りに戻っていました。 (「リアリティ」より)夢の要素に惹き付けられていました、と言う事も出来ます。
だから我々は貴方が戻って来る迄待っていました。

ポール: 私は混乱しています。

ラジ:  解ります、ポール。

ポール:  私には解りません。 何が必要とされているのか私には確信が持てません。

私はニュースレターを発行するべきなのですか?
フッド・リバーの集会の後、貴方はニュースレターは未だ完成していないと言いました。
だから「あの集会での会話/情報を入れればニュースレターは完成するのだ」と私は解釈していました。

しかし、時間が無いのでニュースレターを完成させる事が出来ていません。
そして(今私がしている様に)時間を取って貴方と話している間は、ニュースレターを完成させる事が出来ません。

「ニュースレターを作る事」も夢の一部にしか過ぎないのですか?
これもまた、重要に見えている、しかし実際には夢の中でしか重要でない事柄なのでしょうか?
もしそうなら、何故貴方は「あの(フッド・リバーでの)情報がニュースレターを完結させた」と言ったのですか?

私はとても困惑しています。 確かに私は、過去最低三日間この様な形で貴方と話してはいませんでした。

しかしニュースレターを公表する事に関しては何も上手く行っていない様に見えます。
だから私は解らなくなってしまいました。貴方の言うべき事を聞きたいと思います。
 
ラジ: ポール、テープレコーダーのスイッチは切らないでおきなさい。 テープは十分残っています。 このテープに録音し続けなさい。

ポール、要点は「得る事」や「ニュースレターを完成させる事」の中には在りません。
要点は、アポイントメントに忠実に従ったり、それをキャンセルして予約を取り直したりする事の中にも在りません。

私と一緒に居る事が要点なのです。 要点は、貴方の注意を(我々が本当に居る)「ここ」に戻す事なのです。
貴方の注意を私に合わせ続けなさい。 (私との)通話ラインを能動的に保持し続けなさい。
この様にして貴方は知覚をシフトさせ、私と共に「ここ」に居る貴方自身を意識出来る様に成るのです。

貴方はまだ気付いていないかもしれませんが、『貴方自身が「ここ/内側」に私と共にいる事を見つけたなら、貴方自身を「そこ/外側」に全く(どの様な形でも)見つける事が出来なくなってしまう』と貴方は恐れています。 そして「そこに取り残される者達」について考える事に夢中になってしまっているのです。

しかしポール、次の事を言って置きましょう。 「こことそこ(の識別)」も(最終的には)誤認識でしかないのです。 何故なら我々は全員「ここ」に居るのだから。
貴方が「そこに居ると考えている人達」は、貴方同様に本当は全員「ここ」に居るのです。

貴方は、貴方が住んで居る家を私が体験していないと思っているのですか?
貴方は、私が天候や(貴方の注意を惹いた)不思議な雲や暖かさなどを体験していないと思っているのですか?

それらは想像上のものではありません。 知覚のシフトが起こった時、貴方が失うのはそれらに対する誤認識(誤解)だけです。
貴方はそれらのものを失う訳ではありません。

ポール:  私は何故これを「うれしい知らせ」として聞けていないのでしょうか?
何故「貴方と繋がっている事」の中には、「そうし続けようとする動機/意欲」が含まれては居ないのでしょうか?
何故、陰鬱な感じ悲しい感じが起こっており(貴方の言っている事に対して)興味が持てないのでしょうか?

ラジ: ポール、夢のダイナミックスは、現在の生活感覚は、世界状況に対する現在の感覚は、確かに興味と刺激に満ちて見えるものです。 そこには「貴方の動機を刺激するもの」が見えている事でしょう。 違いますか?

つまりそこには緊急な感覚、生命力に満ちた行動の感覚があるのです。
そこには、貴方がのめり込める事がある様に見えます。 その中で貴方は有効で有益な存在に成れている様に見えるでしょう。
そこには貴方自身を見つける可能性がある様に見えるでしょう。

しかし「貴方自身が私と共に居る事を見つける事」は、どの様な達成も約束してはいない事に気付いて下さい。 そこにあるのは単に存在することだけです。 「クリアに在る事」だけです。
現在の貴方には、これはとても退屈なつまらない事に思えるでしょうが、これは「とても大いなる事」なのです。

だからポール、貴方は「悪や幻想を克服しようとする事」と「克服するべき幻想の欠如を体験する事」のどちらかを選択しなければいけないのです。

これが、三次元的枠組みに内在している(蟻地獄的)罠の要素を我々に示しています。
その罠とは『実在していない「限定/限界」を満たして、それを克服する事が出来る』という示唆です。

『故郷へ帰る事とは、「存在/故郷」に対する意識体験から離れて行った道程を遡って行く事だ』と私が以前言っていた事を思い出してください。

「問題を克服したり打ち破ったり出来る」と云う考えを用いるのではなく、「貴方の卑小な傷付き易い分離した視点を基に問題を解決する事が出来る」と云う考えを用いるのではなく、その様な考えは放棄/スルーしなければいけません。

これが出来れば、貴方は(三次元的枠組みの一番初めの体験を形作っている「卑小な自己感覚と傷付き易さ」の代わりに)自分の無限を受け入れられるポイントに行く事が出来ます(それが三次元的枠組み内の貴方の最後の体験になるでしょう)。
しかし(そう出来る様に成る為には)貴方は私と共に留まっていなければいけません。

貴方は、自分が実際に(限定的/分離的な原因から発生している様に見えている)出来事の中に居るのではなく、『自分は私と共に「ここ」に居る』と云うアイディアを保持出来る様に成らなければいけません。

最終的に、平和を選ぶ事が紛争を選択する事を止める事につながるのです。 だから、平和を選ぶ事が、分離化の認証を放棄する事になるのです。

貴方が瞑想を通して既に知っている様に、平和の体験の中で分離化は消え去って行きます。
つまり平和以外のものを選んでいる時、貴方は分離化/葛藤を選んでいるのです。

貴方は限定された枠組みの、有効に見える、しかし完全に幻想的な側面に引き込まれてしまっているのです。 そこで貴方は身動きが出来なくなっています。
その自己否定状態の中に貴方は囚われてしまっています。 そして貴方は「リアリティ」に対する否定行動/「神」に対する否定行動の中に閉じ込められてしまっています。

だから貴方は「どうして神との合一は面白くないのだろう? どうしてそれはダイナミックでもないのだろうか?」と言うのです。
だから貴方は「どうして神との合一は、「繋がる」瞬間まで継続し続ける熱意や動機を発生させる事が出来ないのだろう?」と言うのです。
それに対する回答は「そこ(神との合一の中)には克服するべき要素がなく、したがってエゴを満足させるもの(エゴをリアルな存在として確立/証明できそうなもの)もないから」です。

エゴは幻想的なもので、「リアリティ」に対するエゴの分離的感覚と、それ自身を上手く証明しようとする試みが完全に達成される事はありません。

それでもエゴの「分離的力学」故に、それ(エゴの分離的感覚)は「神」との合一よりもリアルな可能性を示している様に見えるのです。

ポール:  つまり貴方は『「目覚め」のプロセスは必ずしもエキサイティングではなく、宗教的熱狂に満ちて居るわけでもない』と言っているのですね?

ラジ:  ええ、それは貴方に考えられる限り静かな/穏やかな/ナチュラルな/抵抗なくスムーズな/自然な意識のシフトなのです。

ポール: もしそこに何らかの報酬や満たされる体験が無いのなら、誰がそれを求めるでしょうか?

ラジ:  ポール、それはとても素晴らしい質問です。

テレビからは「神の大国へ来なさい! 天国で永遠をエンジョイしなさい!」と云うコマーシャルが流れて来ていない事に貴方も気付いているでしょう。
特別価格やスペシャルなパッケージ、特別な事への約束は示されていませんね。
それは何故でしょう?

ポール: 私のエゴは「それは神がひねくれ者だからだ」と言っていますが、それは私の考えではありません。
貴方からその理由をお聞きしたいです。

ラジ: それは、「目覚め」ていて(どの様な誤認識も無く)「リアリティ」を体験している事が、「貴方」が完全にノーマルであると云う事だからです。
その時貴方はもう一つの自分=エゴを体験していません。 その時貴方は明確に十全に「貴方である者」に成っています。

神の子としての貴方の生得権/キリストとしての貴方の持って生まれた権利/「リアリティ」に対する歪み無い知覚を持つ権利は、貴方が普通で居る事/貴方が「貴方である者」に成っている事の中で抱擁され体現されています。

貴方はエゴを意図的に放棄する事によって、エゴの誤認識と「その誤認識から立ち昇ってくる成就の約束」に価値を見出さなくなるポイントまで意識的に到達する事によって、目覚めるのです。

貴方は完全に普通である状態へと誘惑されて入る事は出来ないのです。
「自分の意志に反して変更されたマインドは、実際には全く変わっていないのです」
貴方は自分の内側だけから立ち昇ってくる望み故に自分の正しい「マインド」の中に目覚めて行くのです。

何故なら貴方は少しも「天国」を出てはいなかったのだから。
貴方は全く「故郷」から離れる事無く、「幻想の地」へと向かう「幻想の旅」をして来たのです。

だからこれは『「貴方の居る所」を貴方が意識的に抱擁している状態』に貴方自身を戻す事を可能にする為に、貴方が一人で選択し直さなければならない行為なのです。

貴方は{天国/リアリティ/「貴方の居る所」から}追放された訳ではありません。
もし貴方が追放されたのであったなら、確かに「戻ってくる事の望ましさ」を宣伝するコマーシャルが必要だった事でしょう。

しかし実際には貴方が、「リアリティ」を抱擁せず(受け入れず)その代わりに夢を抱擁する事を選んだのです。 だから、今貴方は夢を手放して「リアリティ」を再度抱き入れる選択をしなければいけないのです。

貴方は(より先に進む事を促進する為ではなく、自分が取ってきたステップの実証(一層の確実化)を促進する上で)必要とする全てのサポート/励ましを得ます。
これは重要な理解です。貴方が「故郷」に向かって取る全てのステップは、「貴方自身の理由」(貴方の内部にある理由)だけから行われる必要があるのです。
我々は、貴方に次のステップを行う理由/動機を与える事はありません。 しかし「今のステップで辿り着いた場所」に貴方がしっかりと立つべき理由を我々は与えます。

つまり貴方は私/神/精霊から、({リアリティと誤認識の間の}ギャップを踏み越える為自分に必要だと考えている)強要/強制を期待する事は出来ないのです。

しかし、貴方が自分の理由/意志で自分からギャップを踏み越えて来た時、我々全員は腕を大きく開いて貴方を抱擁する為に待っています。

我々の以前の会話によって貴方は、我々が動機や強要を貴方に与える必要がない事を既に良く知っています。 何故なら、それらは貴方の中に、目覚めへの理不尽な願い/欲望として既に存在しているから。
貴方の中にある「故郷を忘れていない部分」故に、貴方がエゴとその間違った示唆を尊ぶ事を止めれば止める程、よりクリアに「故郷」が思い出されるのです。

これはちょうど『「門」を通る時にパス券を示さなければ成らない様な感じ』にも受け取れるでしょう。
そしてここでの「パス券/ゴールド・カード」は、「貴方の神聖」に対する貴方の認識/発見なのです。

貴方が(天国/リアリティ)に戻る条件は、貴方が「貴方である者」を抱擁する事です。

「貴方のアイデンティティ」とは、「天国」の住人としての貴方の身分を示すものです。そして兄弟姉妹愛/共同体への貴方のメンバーシップを示すものです。

私は、「私と一緒に留まりなさい」と言っているのです。「何時でも私に気付いていなさい。 」
何故これが必要なのでしょうか? それはこの繋がりが、貴方の本当の聖なる個人性(Individuality)の四次元的行為だからです。
(この様にして貴方によって四次元的に活性化された)「貴方」の現われが、貴方の「アイデンティティ」を貴方に示す事を可能にします。 これが「パス券」なのです。

このアイデンティティに対する認識(この自己認識)が貴方を幻想から連れ出すのです。
「門」を通って天国へと貴方を導くのです。

今日はここで止めましょう。 これはキーポイントなので、今すぐこの会話の録音を聞き返してください。 

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
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hiro.okaue@gmail.com

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