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第十章

1991年 2月5日 火曜


ラジ: ポール、貴方が恐れている事は知っています。
しかし貴方はドーナツを見ずに、その穴だけを覗き込んでいるのです。

我々が「故郷」に帰る事に関して話している事を思い出してください。
貴方が「貴方である者」の明確な体験の中に戻って行く事に関して我々は話しているのです。

恐れのない良識/整合性の体験について我々は話しています。 全体(性)について我々は話しています。
(限定されていない、分割されていない)総括的に全てを抱擁している「現れ」に関して我々は話しています。

貴方が、今まで貴方自身を体験して来たどの様な事よりも、もっと「貴方」に成る事に関して我々は話しています。
「貴方の性質そのもの」として体験されている平和に関して我々は話しています。

「貴方の性質そのもの」が体験されたなら、防御の必要性は全く認められなくなり、貴方の注意を自己防御に与える必要は全く感じなくなるでしょう。

つい最近までのほぼ9年間、貴方は平和(恐れの欠如)を体験していました。
貴方は「目的の成就」が起こっている事に対するパーソナルな責任を主張する事無く、「目的の成就が起こる事を貴方が許可出来ている」(グラグラ動き続けている)均衡ポイントに居続ける意図を持ち続けていました。 それが平和です。

貴方は{神の}「動き」(あるいはプロセス)の中での自分の役割を心得ていました。
「貴方自身がセンタリングしている事」を貴方が許していた時、貴方の視点はとても素晴らしいものでした。

私が「私と一緒に居て下さい」と言っている時、それは「常にセンター/中心に居て下さい」と言う意味なのです。

「貴方のセンターに留まった視点」から外に頭を出して外側を覗いて、「エゴが今何をしているか?」あるいは「センターに留まらない理由がなにか無いか?」確かめようとしたなら、貴方は「センターに留まらない事を正当化するもの」を見つけてしまう事でしょう。
何故なら「貴方のセンター(中心点)の外にいる体験」の性質は、全ての非「神的」なものを示しているからです。

それは、なにか非神的なものが実在するからではなく、その時貴方は「神」から目を逸らして「何か別なもの」を見ようとしているからです。 そうすると貴方は必然的に葛藤/衝突状況を体験します。 その時貴方は「リアルでないもの」を体験します。

もし「正しいもの」を見たければ、貴方の「センター」内に入ってそこから全てを観察しなさい。 神の視点から全てを観察しなさい。
神の意識を知りたいと熱望する事は、「実在している意志」だけを意識/認識していたいと熱望する事なのです。

貴方が意識的に私と共に居る事が、貴方が貴方の正しい「マインド」に居る事なのです。
貴方が自分の「マインド」を私の為に犠牲にするのではなく、貴方が「自身の正しいマインド」=正気に留まるのです。

私と一緒に居る為には、貴方は「意識」を持っている必要があります。 だから(私と一緒に居ても)貴方が消え去る事はありません。
しかし(神の無意識の中で獲得された)分離した/歪められた貴方の感覚は失われます。
「貴方」を貴方から曖昧にしてしまうものは消えて行きます。

これは確かに大きな重い犠牲に見えます。 「貴方が大切だと思っていたもの」全てが失われる様に感じるでしょう。
しかし神の不在の内に得られた価値は、本質ではなく、それは貴方の本当の価値に対する意識体験(気付き)を失う事なのです。

今貴方はまさに「神が実在する」と云う事を信じ信頼するべき時に来ています。
「何かリアルなもの、動かされないもの、永遠にリアルであり続けるものが存在している。」と信じるべき時なのです。 よく練り上げられた「貴方の限定的自己感覚」を放棄しても、貴方は死んだり失ったりはせず、「貴方である者」のリアルな体験がハッキリする様になるのです。

それが意識的に貴方に解る様に成り、貴方はそれを奇妙にあるいはおかしく感じたりはしません。
貴方はむしろ、今まで以上に貴方らしく感じるのです。
丁度今までの9年間、貴方が(私に/精霊に/神に)譲れば譲るほど、よりシッカリした/より安定した/より平和な/より恐れの無い貴方自身の体験が貴方に示された様に。

貴方自身が何度も言って来た様に、貴方が自分のアンカーを「貴方のエゴの限界を超えた所」に投げ入れてからも、人生はまだまだ続くのです。 

貴方は「何か自分では理解できないもの」に成ってしまっていますか?
貴方は「この世界の中でより意味の無い存在」に成ってしまっているでしょうか?
それとも、「貴方のしている事」や「貴方の成っているもの」がより意味深く成ったでしょうか?
この様な体験がより深く成る事について、我々は話しているのです。

貴方は「よりリアルに感じられる様に成って、それ故に防御を必要としない状態に居れる様に成りたい」とは思いませんか?
貴方は『「故郷」へ帰る歩み』を終えて「故郷」に留まりたいとは思いませんか?

貴方は自分の全人生を「故郷」に帰る事に捧げて来ました。
それは貴方が赤ん坊だった頃から持っていた明確な意志だったのです。
貴方はそれを見栄えの為に選んだ訳ではありません。
貴方は、誰か他の人がそれを理解しなくても、それと同意しなくても構わず「故郷」へ帰る事を目指し続けました。

貴方は頻繁に「私が、針の眼の中に貴方を押し通そうとしている様に感じる」と言いますが、実際には、貴方の意識的な意図が貴方を卑小さの中から引っ張り出そうとしているのです。
そして私はその動きを認める為にここに立っているのです。

しかし卵から出ようとそれを突いている雛鳥の様に、貴方は辛抱強くこれを続けて自力で出て来る必要があります。

貴方には応援団が付いています。 そして私は貴方に「良くやっていますね。」と励まし続けます。
目覚める努力を続ける事に疲れた貴方は「ありがとう。 でもそれを聞いても助けにはなりません。」と言います。
しかしポール、これは助けに成っているのです。

そして貴方は、エゴが「自分の殻に戻りなさい」と言っている事を聞き入れずに、私が「貴方は良くやっている」と言うのを辛抱強く聞き続けています。

貴方が覚えている体験の上からはこれは弁護できない事ですが、それでも貴方は『自分がその中で機能してきた殻の保障が砕け崩壊しても(存在の)終焉にはならず、それは「存在」に対するより広大な経験への突入なのだ』とあえて言っているのです。

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
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