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第十九章

1991年 3月14日 木曜


ラジ: ポール、あれこれの事が貴方の注意を引いている様に見えていても、貴方が「故郷への誘導シグナル」上に居続けている事を覚えておきなさい。
これが貴方の今いる所で、そして動きが起こっている事を、私は貴方に思い出させましょう。

(貴方が)通り抜けている幾つかの風景には、お馴染みの「感じ」が伴っている事を私は理解しています。
貴方がより力強く感じるように成って行くに従い「貴方の内部化されている条件付け」がそれ自身をより強く現し始めている事を私は理解してます。

これら全ての事は、行動を要求している様に見えています。 そして貴方にとって「行動」とは、記憶を基準とした「立ち振る舞い」の事です。
つまり、貴方の最上の思考から、既に鍛え上げられている貴方の最上の定義から、立ち昇って来る「立ち振る舞い」です。

しかし本当に必要とされている事は、その様な立ち振る舞いではありません。
何故なら、前にも言った通り、貴方はターゲットにロックオンしており、そこにロックオンし続ける事が貴方の取るべき新しい行動だからです。

そして貴方は、古い定義/古い概念/古い解釈や「それらへの反射的反応」に係わるべきではないのです。
貴方が自分の古い結論を基に行動してしまう前に、私と話す事を選択したのは嬉しい事です。
文字通り「貴方は何もする必要が無い」と云うのは、難しいレッスンです。
何故なら、貴方は「行動者」であり続けて来たのだから。

私が「貴方が何もする必要がない」と言っている時それは「貴方は行動者/達成者としては、なにもする必要がない」と言う意味です。

これ以降、貴方が取るべき唯一の行動は、「知っている事(Knowing)」から直接立ち上がってくる(従って「存在」を反映/表明している)事だけです。
物事(そして貴方の行動)は(それ自身で)起こるのです。

貴方は行動し続けますが、それは行動者が概念を基に行動している事とは異なります。
そうではなく、一番明確な動き/行動が(貴方が行う)活動に成るのです。
ここで明確と言っているのは、貴方自身が「知っている事」から、それ(行動)を分離する事は出来ないからです。
だから、それらの行動は(行動者ではなく)「存在」を反映しているのです。

牽引ビームあるいは誘導シグナルは、色々な意味で産道に似ています。
そして産道内の動きが始まった時、子宮内で獲得された全ての性癖は、そこで慣れ親しんだ心地良いものは、放棄される必要があります。
人はその動きに譲って、最後にもう一度指を舐めたり伸びをしたり(その他の「普通の状態」として認識されている行動を)する事に戻らない様にしなけれがいけません。
(貴方が耽溺していた)繰り返しや癖のパターンは、それへの依存と共に、放棄される必要があります。

貴方は「自分では全く権威を持っていない、全くその意味を理解していない」動きに対して譲らなければいけません。
「神の意志」に譲るとは、「存在」の動き(それが存在する唯一の動きです)に譲ると云う意味です。
だから放棄される唯一のものは、「(実存する唯一の動きから独立して)行動/存在する能力」という想像上の感覚だけです。

貴方は「生命」の動きの現われに成る為に、どの様なスキルも必要とはしていません。
何故なら、貴方は「生命」の動きから分離して存在する事は出来ないから。
生活/生命に関するスキルを取得したり学んだりする為には、生命の動きから分離している必要があるのです。

だから人間的に言って、この瞬間貴方がそこに座って全く何も建設的な事を行っていない様に見えている時、貴方はよりクリアに「神」の動き/「存在」の動き(つまり意識的気付き)を反映しているのです。

意識として存在する(意識している)体験は、「存在」の体験です。 それが「存在」の動きです。

『貴方が「物理的行動」と呼んでいるもの』が殆どそこに見えていないのは、この瞬間「存在」が「殆ど動きのない事」として、物凄く適切に表現されているからです。
しかし「マインド」/知性/英知/「生命」の現れは活動的にそれ自身を表現し続けており、それがこの様に現れています。

貴方は「それはいつ、銀行振り込みを書いて出す事として現れるのだろう?」と考えています。 あたかも、それがより適切でより性急な必要であるかの様に。
それ(銀行振り込み)は、(今起こっている事と)全く同じ適切さ(現在それは「貴方が殆ど動かず唇だけ動かしている事」として現れています)の違う形の表現なのです。

「純粋な意識的気付き」と言う「存在」の動きを体験して行くに従い、その感覚に親しんで行くに従い、それは貴方が銀行にお金を入れている時にも、食べている時にも、「会話」している時にも、(そして現在している様に)貴方自身が私と話している時にも感じられる「フィーリング」なのです。 {少しヘンな文章ですが、あえて修正しません。}

そして、貴方が私と話している時『(どの様な条件付けや定義を(リアリティに対して)上塗りする事もなく)貴方は「貴方」の現れに成っている事』を再度指摘しておきましょう。

確かに貴方の周りには定義が漂っています。明確な視界の少し外に、それらの定義があり、それらは「しなければならない事がある」と貴方に暗示しています。 しかし貴方はそれらを取り上げていません。
貴方はビームに乗り続ける体験を選択しています。 貴方がこの体験に注意を払い続ける事を私は奨励します。
貴方は故郷に帰りつつあります。 貴方はこの瞬間、意識を取り戻す「プロセス」の中に居ます。

そして貴方が「最上の許可」を与えるよう私はお勧めします。 つまり「貴方自身を動きから、どの様にも妨げず遠ざけない事」をお勧めします。
貴方が霊的交歓(Communion)から気を逸らせれば逸らせるほど、貴方は「私の声」から気を逸らせてしまい、より無意識と関わり出してしまいます。

しかし、貴方は自身の意識を私の声で満たす程に、そして「条件付けられている思考と定義の邪魔」から注意を外し、「自由に成っているフィーリング」に注意を与える程に、私と貴方が居る(だから貴方が自分の正しい「マインド」をよりハッキリ経験している)「ここ」に貴方もより確実に存在する事になります。

本当に、我々は貴方と共に「ここ」に居るのです。

「何か重要なものを無視している感じ」を手放しなさい。
確かに貴方は、幻想を無視しています。そして分離感覚を活性化しない様、それを無視しています。
確かに貴方は卑小な感覚を無視しています。
確かに貴方は身体との同一感覚を無視しています。「ベッドに横たわって(物理的に)何もしていない身体」との同一感覚を無視しています。 貴方は確かにそれらの事を、無視しています。

それらの事は「卑小な自己感覚を作っている定義群」と繋がっているものです。 それは『貴方自身が我々の一員として「ここ」に居る事』を意識する事に対して邪魔しています。

だから貴方は「貴方を閉じ込めようとするもの」を無視しているのです。 
貴方は「貴方を意識不明にしてしまうもの」を無視しているのです。

貴方の声はとても平和で、少し不明瞭に聞こえますが、貴方は眠りに落ちていません。
貴方は無意識/気付きのない状態に陥ってはいません。

私と話しながらも、この優しい静かな気付きと共に、この「意識」に成っている意識体験と一緒に(何もしないで)居なさい。

そして貴方も気付いている様に、貴方は質問を口にしてはいませんが、我々は交流(Communion/霊的交歓)しています。
私は貴方を知っていて、貴方は私を知っています。 
貴方だけが聞いている訳ではありません。 私もまた聞いています。

動きは確実に(故郷への誘導シグナルに沿って)起こっています。
そして貴方は抵抗していません。 スーザンも同様です。

貴方は自分の体が「どの様な不快感も知らせていない事」に気付いていますか?
それはどの様は邪魔もしていません。 そして、これはその様にあるべきなのです。
これがノーマルなのです。
この状態が、体に成っている体験ではなく、「意識」に成っている体験の特質なのです。
そのままビームに乗り続けて「貴方が今している体験」と共に留まりなさい。

貴方は、自分の周りの事に完全に気付いています。
貴方は眠くなったり、夢見たりしていないでしょう。 しかし大いなる平和がここにあります。 空虚な平和ではなく。 無意味な平和ではなく。

そして貴方の平和は、貴方が意識している人生の体験から掻き集められたものではありません。  車の騒音、良い風が起こっている事を貴方に知らせているブラインドが当たる音、貴方の肌に当たる風の感触。
しかし、人生/生命の体験はとても心地良いものです。
車の騒音は人生のビジネスに携わっている人達について貴方に知らせています(と言う事も出来るでしょう)。
これは注目するべき大切な体験です。
何故なら、ビームの上に乗って「故郷」に向かって動いて行く事は、『存在する行為の中の「人生/生命」の無限』を貴方が体験出来なくなる事ではないからです。


[長い沈黙]

ポール: 貴方は繰り返し「一日一回以上私と話したい」と言い続けて来ました。 だから私はここにいます。 

ラジ:  そして私もここに居ます。

我々は今から5分間、静かな気付きの中で、一緒に居る事を意識し続けましょう。
それからまた話し続けます。

[五分間静かにしていました。]

ポール: 五分間経ちました。
これは本当に効果があるのですか? と私は訊きたいです。

ラジ:  ポール、絶対にあります。 本当にあります。

思考しようとする貴方の性癖は、貴方を常に行動の領域に引き戻します。 
と同時にそれは常に貴方を過去に引き戻します。
それは常に(その中で「目覚める」機会が貴方を待っている)「意識の今」から貴方の注意を引き剥がします。
さっきの5分間に貴方が体験したとても強いイメージ(それは、貴方が育った「改築された家」でした)は、このエゴのテクニック(条件付けられた思考)の一種です。
それは文字通り貴方を「意識的気づき」のポイントから引き剥がし、三次元的枠組みの無意識的体験(それは常に過去の中にあります)に入れてしまいます。

「開示されているもの」に関して貴方が思考する事は全く不可能なのです。
開き示された後でなければ、それについて考えたり、判断したり、分析したりする事は出来ません。
物事/リアリティが起こった後でなければ、それに関する結論を出す事は出来ません。
それらの行動に耽溺した途端、人はもはや「意識存在」の動き(創造の動き)の狭間には立っていません。


ポール:  私のマインドは不明瞭だったり霞掛かっていたり曖昧だったりはしていませんが、この平和は眠たい感じがします。
私は沈静させられた様な感じがします。私は注意深く無い気がします。

ラジ:   貴方のエゴは、自分を体と同一認識しており、物理的動きや物理的達成を注意深さと同一視しています。

しかし、ポール
貴方が殆ど完全に動かなくなっている所では、貴方の見える様/触れる様(実体化)が無限の行動として溢れており、何億兆もの原子(と貴方が呼んでいるもの)つまりエネルギー・パターンが完全に活性化されており、そこには何も怠惰なものはありません。

人間的に(人間の領域で)言えば、それらエネルギー・パターンの動的エネルギー量は、今まで爆発したどの原子爆弾よりも大きなものです。
だから「貴方が不活発で眠そうでエネルギーに満ちていないと言う」エゴの示唆を信じてしまう事は馬鹿げています。

エネルギーだけがそこにあるものです。 エネルギーがそこで起こっている全てです。 しかしエネルギーは何も達成/確立はしていません。 エネルギーは、ただそこに存在するだけなのです。 それは父の意図のパーフェクトな表現に成っているのです。

貴方はこれ以上、行動を「物理的な動き」と定義するべきではありません。
それを物理的達成と定義するべきではありません。

貴方が座っているマットレスや、貴方の脇のランプや、貴方の後ろのベッドの飾り板、それらは何処にも動いてはいませんね、ポール。
しかし、それらも完璧な動きだけから構成されています。 

貴方のエゴはどの様な指標を使って「この瞬間に完全に適切ではない事が起こっている」と決めたのでしょうか?  エゴは私に尋ねたでしょうか?
それは「父」に訊ねたでしょうか? それは「精霊」に訊ねたでしょうか?
いいえ。 

エゴは、それ自身が我々全員に対する否定なのです。 基本的に、エゴは我々に訊ねる事はありません(エゴとはその様に定義されているものなのです)。
だから基本的に、物事に対するエゴの感覚は完全に間違っています(エゴの感覚は、その様に定義されているものなのです)。

ポール:  だから私は貴方に訊ねています。

この瞬間に「私がしている事」や、この瞬間「私の体がしていない事」など、それら全ては完全に適切なのですか?

ラジ: もちろんです、ポール。

覚えておいて下さい。
「気付き」の動きは「故郷を示している誘導シグナル」の上で(あるいはその中を通って)起こっています。 そしてリアルな動きとは、意識を取り戻す覚醒の動きの事です。 

だから問題は(焦点にすべきなのは)、貴方の体が「している事」や「していない事」ではないのです。
それらは体の感覚であって、「体」の体験そのものではありません。
貴方が意識を取り戻すに従って(我々の居る)「ここ」に戻ったなら、貴方は「体」の体験そのものを得ます。

ポール:  つまり、私の体の概要や「私の体が何もしていない事」は問題外なので、それらを調べるのではなく、私の注意は平和/貴方との繋がり/交流に据えられ続け、そこに留まるべきだと、貴方は言っているのですね?
何故なら、私は動きの感覚を体験していませんが、「故郷を示している誘導シグナル」に沿った動きが起こっていると貴方が示しているのだから。

これで正しいですか?

ラジ: ハイ。 それで完全に正解です。

ポール: これをより早くする事は出来ないのですね?

ラジ:  貴方が「物事を達成する事」に戻れる様に、これを急かす事は絶対出来ません。

これを「より早める」唯一の方法は、「貴方を引き止めてしまう事」や「貴方の気を逸らせてしまう事」に関わり合わない事です。

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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いつもありがとうございます。!(^^)!

岡上さん、こんにちは!!
いつも楽しみに読ませて頂いています。

最近は、更新がお休みだった時に、とても気になっていた事が解消し、
更新が再開してからは、それを読んでACIMに書かれていた事を思い出すようになっています。

日常的には、自分で考えなくていいということはこんなに楽チンなんだという生活を謳歌しています。(笑)
聞いてからそのフィーリングで行動する/しないを行うようになってから、
過去に持っていた自分の価値観、こだわりがまったくなくなり、
何かを主張することもなくなってきています。
結果として、優しい気持ちになれ、穏やかで幸せな時間が増えています。

そして、これから何が起こるのか楽しみになってきている今日この頃です。(●^o^●)

こんにちは、みぃさん。

こちらからのメールが上手く送れていない様なのでここに書きます。

楽チンですか? うらやましい。
私も楽チンなのかも、でも自分でつい余計な事を思い悩んでもいる様です。
つい考えちゃう性質だから。
プロフィール

翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

hiro.okaue@gmail.com

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