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第二十五章

1991年 3月29日 金曜


ポール: この時点で貴方が言うべき事を何でも聞きたいです。

ラジ: ポール、貴方が体験している行き詰まりは「誘惑」です。

「物事を自分の責任の下に行いたい」と云う誘惑です。
「貴方の昔の条件付けに戻って、昔からの行動様式や状況への反応に戻りたい」と云う誘惑です。

今がまさに自己防御が不必要な時期なのです!
今こそ貴方が私とつながり続ける事に固執するべき時なのです。
丁度、愛には見えない事に貴方が直面している時こそ、(癖になっている/条件付けられている嫌悪の反応ではなく)愛が必要とされてる時であるのと同様に。

「父」は脅かす体験を貴方に与えているのでしょうか。 絶対に違います。
「天国」は危機を開示しているのでしょうか? 不可能です。

ポール、ここでの事実は『貴方のエゴ/「条件付けられた思考」が危機と定義しているものと貴方が対峙している』ではないのです。
貴方が直面しているものは、「愛」の顕示/表明でしかないのです。
貴方は無知に基づいて、限定された知覚に基づいて、破滅を投射しています。
そして、そのような投射を信じる事は、貴方をより強く限定された知覚に依存させてしまいます。
特に今まで我々の話してきた全ての事を振り返れば、これが理解出来るはずです。

貴方はもう少しで、記憶と『取得した「知的」動きの反応』に基づいて行動を起こす所でしたが、その様にはせず、貴方は何もせずに私のもとに戻り、この会話をする事を選びました。
貴方は自分を危うくする/自分に危害をもたらす行動を取るべきではありません。

我々の関係には、唯一つの機能しかありません。
その機能とは、指し示し、光を当て、貴方「自身」を意識体験(つまり「父」との合一の意識体験)として引き出す事です。
聖書的な言い方をすれば、これは「私の中にも入っていた/そして入っているマインドを、貴方の中にも入れなさい。」と云う事です。
この意味は(実存する唯一無限の)「マインド」から独立して働こうとするマインドを主張せず、つまり(貴方に得る事の出来る唯一無限の)「アイデンティティ」以外のものを主張しないと云う事です。

貴方のエゴは自己に由来するものです。 しかし貴方の「意識」は、貴方の「存在」は「神」に由来するものです。
さて貴方はどちらに自分の運命を委ねるのでしょうか? 貴方は自分の信心をどちらに与えるのでしょう? どちらを貴方は信用するのでしょう?
我々は、この難関を突破するまでもう少しだけエゴを信用し続けるべきでしょうか? 家賃が払えるまで、請求書の支払いが出来るまで? それが出来たら安心して、時々私と繋がれる様に成りますか? 貴方の「持って生まれた権利」と時々繋がれる様に成りますか?
聖書が勧告している事は、「選びなさい! 選択しなさい!」"Choose ye!" Make the choice!” です。

ポール: 解りました。

私の次の質問は「どの様にしてこれをしたら良いのでしょう?」です。
今のように貴方と話してない時やワークショップをしていない時に起こった事に対しては、どの様にして貴方の言う事を実践すれば良いのでしょう?

ラジ: 簡単です、ポール。 行動と共に居るのではなく、私と共に居る事によって、それをしなさい。
つまり、貴方が行動をしている最中にも、私と一緒に居続けなさい。 丁度貴方がワークショップでそうしている様に。

ワークショップや会話が起こっている時にも貴方は明確に存在しています。
貴方は椅子に座って、手や腕を動かして、口や舌や声帯なども動かしています。
つまりそこでは行動が明確に起きています。
貴方は椅子の中で自分の姿勢を動かしたりしています。 しかし貴方は、状況や「自分が話している相手」に注意を払ったりはしていません。

貴方は意識的に私と共に居ます。
その結果貴方は「(貴方を通して)私と話している人」とより本当に一緒に居り、貴方の世界とより本当に一緒に居るのです。


出来るだけ簡単に表現してみましょう。

貴方の向きが私と揃っている時(私と同じ方向を向いている時)貴方が体験しているものは聖なる関係なのです。
貴方が同胞(や貴方の世界内のその他のもの)と向きを揃えている時、貴方は特別な関係を持っています。

これが最終的に意味する事は「全ての幻想は特別な関係の結果なのです。」です。

「目覚め」の過程でほころび始めるヴェールは、(エゴと呼ばれている幻想を含んでいる)特別な関係のヴェールです。
(言うまでもない事ですが、これがキー・ポイントです。)

上記の様な文は、『人は同胞の人間達との関係から身を引いて、彼/彼女の「ガイド」か「精霊」か「神」とだけ関係を持つべきだ』と理解する事も可能です。
そしてこれは貴方が「人間関係として認識しているもの」を拒否する事に繋がり得ます。
もしこれを信じたなら、それは悲惨な事に成ってしまうでしょう。

事実は次の通りです。
人が特別な関係の中にいる時、その人はどの様な関係内にも居ません。 
何故なら、その関係内のそれぞれのパートナーは、(父を無視する基本的文脈内で育成された)自己感覚だけで代表されているから。 
それぞれのパートナーは、(相手の「存在」の本質的要素を無視する基本的文脈内で育成された)自己感覚だけから表明されているから。

だから、その関係内には誰もリアルな人は居ないのです。
何故なら、各人の自己感覚は、「その二人が一緒に自分達を定義する様に決めた事」(それがどの様な事であっても)を相互理解した決定の上に育てられているものだから。
そして定義は、決して、それそのものでは在り得ません。

しかし、貴方は「貴方自身に対する定義」に慣れ親しんでいるので、そして他者達も「彼等自身に対する定義と、貴方に対する彼等の定義」に慣れ親しんでいるので、定義を放棄する事は、関係を放棄する事の様に見えるのです。
とても大きな損失に見えるのです。

しかし貴方は十分な経験を持っており、貴方の周りの人達も十分な経験を持っています。 そして貴方と一緒にいる人達は、『「我々」の関係から貴方が存在している時』の事を十分体験しており、その時彼等は自分達が本当に抱擁された事、本当に感じられた事、本当に関わり合った事を知っています。

そして関係は何時でも癒し/啓蒙/変容(それらは決して特別な関係の枠組み内では起こった事がありません)をもたらすものであり続けています。
だから貴方は{特別な関係を手放しても}自分が無意味には成らないと知っています。

貴方が我々の関係(あるいは、一瞬一瞬の中の一体感/ひとつである事/合一の意識体験)の中から他者(や貴方の世界)と関係したとしても、貴方の世界の中で他者達と(あるいは貴方の世界と)関わり合う能力を貴方が失う事はありません。

貴方と私のこの合一(あるいは「結婚」と言っても良いでしょう){だけ}が永遠に続く状態だと考えるのは止しなさい。 
何故なら前にも言ったように、この私との合一(この状態は確かに永遠の事実ですが、この結合は意識体験として永遠に存在し続けますが)のこの時点での役割は、貴方が(我々が実際に居る)「ここ」で「意識」を取り戻す事を助ける事だからです。
貴方が「貴方である者」の意識体験を完全に取り戻す事を助ける事だからです。

現在、「私より無知に見えている貴方」が私と繋がっています。
これは確かに依存関係に見えるでしょう。
しかしこれは事実、貴方の意識を私が居る「ここ」(貴方が本当に居る「ここ」)に置くようにする為の方法なのです。

「貴方が本当に居る所」に貴方の意識を据え続ける結果(例え、私がこのエクササイズの焦点であったとしても)、貴方は目覚めるのです。
貴方は正気(センス)を取り戻すのです。スピリチュアルなセンス/感覚、「貴方に対する完全な理解」を取り戻すのです。 私より劣った知性としてではなく、私より無知的にではなく、私の様に(正気を取り戻すのです)。


人が自身の「ガイド」か「精霊」か「父」と繋がって、特別な関係と自己同一したり、それにエネルギーを与える事を永遠に無視したなら、その結果は決まっています。

目覚める事!意識を回復する事!卒業!

これがその結果です。



テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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ありがとうございました。

まだ精読できてませんが、すごく良かったです。
お陰でコースの理解がすごく深まったと思います。(もちろん理解することが目的ではなく、即実践ですけどねw)

ありがとうございました。
プロフィール

翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

hiro.okaue@gmail.com

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