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ラジとの出会い

私が始めてPaul Tuttle (ポール)さんとお会いしたとき、ゲイリー・レナードさんの著作に関して私が質問した所「ゲイリー・レナード氏の主張はラジの言う事とは異なっている」とポールさんに言われました。

その途端、私は興奮してしまい次の様に言いました。
「少なくともゲイリーさんの著作は理解出来た。 その本が何を言いたいのか解った。 しかるにACIMは分厚すぎる。そして文章がおかしい。ここまで難解で、よじれたロジックが内在している文は、おかしいではないか? 私はACIM(2nd Edition)を見て ”There must be a better way.” と思わずにはいられなかった。」と言いました。 そう考えたというより、その様な言葉が自分の中から押し出されて来ました。

それを聞いたポールさんは、はじめ何かを言いたそうでしたが、一呼吸置いてから(「二つのステップ」だったんでしょうね)傍にあったJCIM(Jesus’ Course in Miracles)を手に取ると、それを私に差し出して「これを貴方に上げましょう。」とだけ言いました。 恐縮した私が「あ、じゃ売って下さい。 幾らですか?」と訊ねると「いいや、これを貴方にギフトとして上げたい。」と仰るので、ありがたく頂きました。 

このギフトを受け取ったので、私はラジの翻訳をしたのでしょう。

この時は確かにラジと話している気持ちがしました(ラジとポールは結局は一つなのですが)。
彼は私の言っている事を受け止め、それを否定はしませんでした。 
そしてその場で何かを言う事によって私の気持ちを変える事が出来ない事も理解して、ラジは私とは言い争わず、手元のJCIMをプレゼントするという行為で答えました。

何時でもこれぐらい感服せざる得ない事をし続けてくれたら良いのに、過去の話などを聞くと、ラジはたまにキャラクター/パーソナリティにしか見えない様な事も言うので、聞いている方は混乱してしまいます。
(例、ラジはRolling Stonesが嫌いらしく、”Satisfaction” を嫌みったらしく音痴に長々と歌って見せたりしているオーディオが残っています。 その後、質問者に“You can’t always get what you want”を引用されて、一本取られてました。)

しかし、とりあえずラジの言っている事を出来るだけクリアに受け取ってみよう、という気持ちに私は成ったのです(プレゼントの効用)。

今から思えば、JCIMを差し出す事によってラジは、Foundation For Inner Peaceが出版している1st Edition 及び2nd Edition(最近は3rd Edition も出ている様ですね)に対する意見をも表明していたのでしょう。

ある意味でJCIMは、Foundation For Inner Peaceに対して異を唱える形で出版されていると思います。
前書きには、Hugh Lynn Cayce バージョンの説明が書かれています(JCIMや「Rajが読んでいるSparkly Book」はこれを元に作られています)。 後ろの方には Cayceバージョンと2nd Edition の文章が並べて書かれており、どの様にこれら二つが違うのか比較する事が出来る様になっています。
しかしJCIMがそれ程2nd Edition と違うようには思えませんでした。 確かに2nd Edition には書かれていない文がJCIMには存在しています。 しかし私には2nd Editionに比べて、それ程JCIMが読みやすい様には感じませんでした。

私がACIMを英語で読み始めて(読み始めようと試みて)不満に感じたのは、文章が解り難くとても抽象的な表現が多い、分量がやたらと多い、この二つでした。 その後ラジのACIMスタディーなどを聞き、その一部を訳し、ラジとポールの共著を二つ訳しました。 そして最新のACIMスタディー(5月1日分)を訳し終わった時点で、Rajの主張するACIMの根幹がよりハッキリしました(少なくとも私にとっては)。
私としては「ACIMが目指している所、ACIM学習者が目指すべきもの」を知らない状態で、ACIMの大量な文章を読み進む事は苦痛で不可能だったのです。

現在の私の理解ではACIM学習者が目指すべきは『この世界で何者かに成ろうとはせず、何かを達成しようとはせず、神からの独立を謳わず, 「精霊」か「ガイド」か「神」と繋がり、目覚める事/正気に返る事です。 その為には静かになって(思考/推量/反応を止めて)、聞く事を続ける事、これを常時続けられる様に成る事です。』


最近Urtextをインターネット上で読む機会がありましたが、ヘレンさんとイエスの対話部分は思っていた以上にこれが解り易いのです。  2nd EditionやJCIM以上に理解が簡単なのです。 しかしヘレンさんとイエスの対話は、ヘレンさん個人に対するアドバイスとして(Urtext 以外のものからは)削除されてしまっています。
もしこの対話部分が残されていたならば、ACIMはより理解し易いものであったはずと思いました。 そしてラジとポールの対話は、この部分を補う役目も担っている様です。

と同時に、何故対話部分が削除されたのかも理解できたと思います。 この様な部分を残せば多くの人はACIM全体を拒否してしまう、とヘレンさんらは当時心配したのだと思います。 例えば、Urtextの中でイエスは「ヘレンさんがアトランティス時代に神託を書き留める人だった」などと言ってます。  「アトランティスはチョッとまずいヨ。これではトンデモ系のレッテルを貼られてしまう」と、私でも思った事でしょう。
つまりイエスには「ここまで位だったら皆信じられるだろう」と云う様な遠慮がないのです。

最近Urtext (と云うか、ヘレンさんの手書きのノートから、文章をもう一度書き出したのだそうです)が書籍の形式で出版された様です。 私も注文しましたがまだ手元に届いていません。 
日本では近く日本語版が出版されるそうですね。 我々が待っていた日本語版。 これで日本語でACIMを学習し易く成る事と思います。 

しかし日本語に成ってもACIMは依然として手ごわいのではないでしょうか? 
その一番の原因はACIM原文の抽象性だと思います。 
もう一つの問題は代名詞の使用です。 (Urtextを含む)ACIMではItやHeなどの代名詞を使い過ぎています。
そして最後の要因は「一つの文に沢山の主題を詰め込みすぎている」です。
後ろ二つの要因は翻訳者の努力で解決する事も可能でしょう。 しかし原文の抽象性を翻訳で解決するのには限界があります。

ラジはACIMに出来るだけ具体性を持たせようとしているのだと思います。 
その結果、時折パーソナリティとして振る舞っている様に見えてしまったとしても。

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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No title

おっしゃりたいことがよくわかります。
それによって、ラジの存在の意味がなんとなくみえてきます。
事実、このワタシもACIMを学習するにおいて、
ラジは欠かせない存在となっているのですから。

もりGさん

メッセージを頂けて嬉しいです。

しかし二冊目の本を訳し終ったあたりから、私の内的状況も変化し、
ラジの翻訳が続けられるか解らなくなって来ました。

私の熱意が(ラジの翻訳から)別な場所に移動しつつある気がするのです。
実際コンピュータの前に座っても翻訳には集中できない状態です。

今この時点では、私は翻訳以外の事(瞑想や対話)などをするべきだそうです。
少し様子を見てみます。

こんにちは。(^^)

岡上さん、みなさん、こんにちは。

ACIMのテキストのどこかに、言葉は2回変換されていると書いてあったと記憶しています。
先日、友人との会話で、同じ言葉をまったく逆の意味でとらえていて、話がスムーズに進まず、結果として、「な~んだ!!そういう風に受け取ったのかぁ。」という出来事がありました。
同じ国に生まれ、同年代の女性で、ただ生活環境が違うだけで、受け取り方が真逆なのです。
言葉とは、そういうもの(受け取り方)だと改めて納得しました。

以前は、貪るように本を読んでいましたが、最近はほとんど読まなくなりました。
ACIMのテキストを日本語訳してくださっている方の、翻訳文を読み、
ゲイリー・レナード氏の著書に納得し、岡上さんの『目覚め』を読ませて頂き、
そして今回の2冊の翻訳を読ませて頂いて、
岡上さんが書かれている、
『この世界で何者かに成ろうとはせず、何かを達成しようとはせず、神からの独立を謳わず, 「精霊」か「ガイド」か「神」と繋がり、目覚める事/正気に返る事です。 その為には静かになって(思考/推量/反応を止めて)、聞く事を続ける事、これを常時続けられる様に成る事です。』
正にただこれだけだと私自身も感じ、それを行う日々です。
ラジも何度も言っていますが、本当にシンプルです。

私自身は、ACIMの日本語訳が出版されても、読むか読まないかは聖霊に訊ねますが、そこにはやはり聖霊に訊ねるという習慣が当たり前になってきました。
(5年前を考えると大変革です!!(笑))
ただ、ACIMにしても、他の著書にしても、今それを必要として、そこに導かれている方たちはたくさんいるのだと思います。

岡上さん、またたまに気づきの発信をして下さいね。
楽しみにしています。(^◇^)

はじめまして

岡上さん、翻訳をありがとうございました。
毎日、毎日、とても楽しみにしていました。
2冊を読み終えて、今までより更に自分の中心にい続ける大切さがしみてきました。それでも、いわゆるスピリチュアルな本や、存在が伝えてくれることより難解で腑に落ちにくいことを、Rajは伝えているな、と思っています。
こんなに難しいことに、どうしていつも惹かれてしまうんだろうと思いながら読みました。
理解は必要ない、のでしょうけどね。
とにかく翻訳してくださったことには、心より感謝しております。
ありがとうございます。

No title

あらためて今日また感じたことですが、
「卒業」のときがきたことを受け入れようと思います。

みぃさん、junjunさん、もりGさん

みぃさん
もう5年もACIMをしておられるのですね。 
私は読むのが苦手なので、Foundation For Inner Peace から出ているACIM CD(なんと58枚組)で全容を聞き通しました。 聞くと読むとでは随分印象が違いました。  

junjunさん
こんにちは、はじめまして。 
メッセージ頂いて嬉しいです。
よろしくお願いします。

もりGさん
ええ、目覚めの気配を感じているのは、きっと我々だけではないはずです。
プロフィール

翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

hiro.okaue@gmail.com

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