スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Chapter 48

6月10日 木曜


ポール:  こんにちは、ラジ。

ラジ: こんにちは、ポール。

貴方がこの会話を持つ事に対して抵抗している事に気付いて下さい。
ただ単にそれを認識するだけで十分です。

貴方が抵抗しているのは、(貴方が自分が直面するであろうと思った)情報と理解の上を飛び越して行きたいと思っているからです。
それは「この情報と理解が、何らかの形で自分を否定する」と貴方が感じたからです。

そしてこの抵抗が、身体的に(流れる汗/お腹の中の不快感/何となく嫌な感じなど)どの様に表れているか認識してください。

会話を続ける前に、貴方はマインドと身体の行動を清めてください。
お風呂に入りなさい。 そしてお風呂に入っている間、彼方の意識もリフレッシュしなさい。

ポール:  解りました、ラジ。 そうします。

[お風呂に入りました。]

ハイ、戻って来ました。 確かに気分が落ち着きました。 では、進めようと思います。

自分自身を観察して、「実体」について、そして「ここ数ヶ月の間我々が面してきた問題への答え」について話す事に、これ程強くハッキリした抵抗があった事に驚いています。 これはとても強いものです。

ラジ: そしてポール、 これは完全に信念のレベルから働いているのです。
これは完全に無知な体験です。 だからこれがとても信じ難いのです。

貴方は、これを(この信念の中を)意識的に通って行かなければいけません。 どうにかして、それを回避しようとする事は諦めるべきです。

準備は良いですか?

ポール:  はい。とても積極的にそう言える訳ではありませんが、少なくとも決意と共にそう言う事が出来ます。

ラジ:  それで結構です、ポール。

貴方にはこれを意図的行って貰いたいので、私は一方的に説明はしません。

私に特定の質問をして下さい。 私はその特定の質問に答えます。

ポール:  解りました。 私の一番初めの質問は、「実体(Substance)」とは何ですか?

ラジ:  貴方の一番初めの答えは、「実体」は無限で非次元的で純粋なエネルギー、つまり生命の力です。

それは知性で/魂で/スピリット(霊)で/原則で/愛で/生命で/真理で/マインドなのです。
最終的にそれは「神(God)」という言葉が意味するものです。
それは遍在であり、全活動的(omniactive)であり、非次元的つまり普遍的な「モノ」なのです。
「作られている全てのもの」は「実体」から作られています。

「実体」が「貴方」を作っており、(貴方がマインドとしてマインドの外にいる場合でも、いない場合でも)これが「意識存在」としての貴方の全体験を作っています。

聖書には「信仰/信心こそ、望まれているものの実体であり、見れていないものの証拠です。」とあります。 "Faith is the substance of things hoped for, the evidence of things not seen.” (#1)

この文の意味は、我々がどれだけ「個人的で三次元的で限定されたマインド」の歪みの中に埋もれていても、「我々自身の中に常に住んでいる信心」こそが、我々の実際の「存在」と我々の間の不動の「繋がり」であると言う事です。

別の表現を使えば、『我々が、我々の「存在」の「リアリティ」を分離的視点から体験しようと試み続けている間、我々の為に預けられている「実体」の体験がある』と言う事です。  
{そして、この預けられている「実体」体験は、分離的視点から行動している我々の影響を逃れており、我々は分離的行動/思考によって「実体」に影響を与える事は出来ないのです。}

だから実体は、見る事の出来ないものの証拠なのです。 実体は、「分離的視界に必然的に伴う歪み」には束縛されておらず、自由に実在している「リアリティ」の証拠なのです。

我々が「限定されたマインドとして存在する偽り」を生きている間、信心/直感/願いが、「リアリティ」に対する我々の(常に存在する)意識体験の三つの側面なのです。

(不吉な予兆を見せている)三次元的枠組みの領域を探索して回っている時に、命綱を持っていても、我々がそれをたどって(正しい視点が得られ、不吉な予兆が消え去る)四次元的視界に戻らなければ、それは何も良い事には成りません。

つまり、限定された視界の中に立って信心/直感/熱望を持っていても、どうにもならないのです(無駄なのです)。

三次元的枠組みの中では、『「リアリティ」に対して常に存在するこの三つの知覚』には歪みが加えられてしまいます。

三次元的枠組みの中では「我々が信心を持っているもの(信じている事)/直感を感じている事/熱望しているもの」の不在に打ち勝つ事として「リアリティ」が体験されるように成ってしまいます。
人は自分の信心/直感/熱望を抱擁し弄んでいながら、「地獄」の幻想の中に閉じ込められてしまう事も可能です。

「リアルであるもの」に対する貴方の信心、それに対する貴方の直感、それを体験したいという貴方の熱望、それらをその真の姿で見て「使わなければ」いけません。 分離した視界からは、どれだけそうする事が取るに足らない様に見えたとしても。

ポール:  実体はどの様に働くのですか?

ラジ:  実体は「存在」の遍在に成る事、「存在」の全活動と成る事で働きます。

「マインド」の実体は「意識」です。 「真理」の実体は「原則(Principle)」です。 
「原則」の実体は「知性/法」です。 「魂(Soul)」の実体は「愛」です。
「愛」の実体は「生命」です。 そして「生命」の実体は「マインド」です。

貴方は「スピリット(霊)」に関して疑問に思っています。

ポール:  ええ。

ラジ:  「スピリット」はこれら全てのものの(非次元的そして次元的)「実体」です。
「スピリット」は、照らし出すものであり、そして自身も照らされている「光」自身です。

これは灯っており、と同時に灯されているものです。 「スピリット」はそれ自体が「生命原理」/「生命力」/起動するものでありかつ起動されるもの/原因と結果です。

「法」は知的な「原則」/道徳的「知性」であり、これが「実体」の全活動的(omniactive)「性質」を形作っています。

神聖な知的な「愛」である「光」は、神聖な「マインド」が、それ自身を「遍在的に動き働いている啓示体験」として、それ自身に対して無限に示している方法なのです。

これにより「魂」は「見よ、それはとても良きものであった。"And, behold, it was very good.(#2)」と返答する事が出来るのです。

「実体」とは、「リアリティ」に対する無限の「認識」の事です。
「実体」とは、我々がドアとして立っている時『「リアリティ」の知覚』と『「リアリティ」全体に対する実感的体験』の間にくい違いがなく、(それ故に可能に成る)「リアリティ」に対する無限の(区切られていない)「認識」の事です。

ポール:  「実体」の役割/機能とは何ですか。

ラジ:  「実体」の役目は、調和/整合性/誠実/集合性/分離不可能な一体性/無限の疑いなき実在性/リアリティの疑いなき実存性です。
それは、「意識存在」を成り立たせている「分割する事が出来ない性質」です。

『「意識存在」に成っている体験』を作っている無限の顕在化(現れ)は、知的で調和的に交わっており、その絶対的法則が「実体」なのです。

「実体」は全能なのです。
それは少しも受身/消極的ではなく。 それは「存在」全体の不変の秩序を構成している、引力/結合力/くっ付き合う性質なのです。

ポール:  ラジ、次に何を訊いたら良いのか全く解りません。

ラジ:  構いません。質問を続ける前に、上記の事に付いて考察してみたら如何ですか。

ポール:  解りました。 ありがとう。

ラジ:  どういたしまして、ポール。

ポール:  [私は会話を書き出し、そこで言われている事を読んでから、会話を継続しました。]

ラジ、貴方は本当に私を困らせるやり方を良くご存知です。
適切な質問が解りません。

ラジ:  その通り。 訊ねるべき質問を知る事こそ、貴方が学ぶべき事の大半なのです。

意識の中で呟かれた、抽象的概念はどの様な特定の目的も果たしません。そうする事で一時的に満足出来たとしても。

ポール:  「実体」はどの様に「供給」を作っているのですか?

ラジ:  第一に、我々が「供給」と言う時、それは「限定された三次元的視点から考えられているもの」ではないと明言しましょう。

「供給」とは、(お客からの支払いの様に)一つのポイントから他のポイントへ与えられる類のものではありません。
「供給」は(小麦から栄養値が得られる様に)『「特定のもの」から「他のもの」へ与えられるもの』ではありません。
「供給」は与えたり受け取ったり出来るものではありません。

「供給」とは『神であるもの/生命原理であるもの/神聖なるマインドであるもの/「意識存在」としての四次元的「存在」であるもの』の遍在している(そこら中に満ち足りている)あり様です。

「実体」は能動的であり、動かない物の塊ではありません。 「実体」が意図と目的を持っている事に関しては既に話しました。

「実体」とは「存在」が「それ自身を上手く十全に満たす能力」の事です。
だから「実体」とは成就(満たされる事) - それが「供給」の本当の意味です - である事が明白に解るのです。

「供給」が理解されたなら、(それが起こっているのを見る事は)避けようも無いのです。

ポール:  ありがとう。 「実体」と健康の関係はどの様なものですか?

ラジ:  「健康」は「存在」の全体性を作っているもの(秩序/統合性/不可分性)であり、従って全「意識存在」の完全性です。

「存在」はそれ自身の意図や目的を全知全能に満たしているので、この成就(健康)に対して遅れや障害は存在しません。

(「供給」を成り立たせている)「実体」が滞りなく偏在している様子が、健康と呼ばれているのです。

ポール:  ありがとう。

ラジ:  もう一度言いましょう。 「供給」は「あそこ」から「ここ」への動きではありません。 例えば、神から人への動き(無限から限定への動き)でもないのです。

何故なら「リアリティ」内には「限定された領域」は存在しないから。 それに類するものが有るとすれば、「無限に対する限定された視界」だけです。

今日貴方に示されているのは「実体」の理解だけではありません。

四次元的「意識存在」としての「貴方」は、自身を成就させている(満たしている)全能的/全活動的「実体」であり、つまり貴方は「答え」としても存在しているのです。

貴方が自分の「供給」あるいは「実体」と対話していた時、貴方は、貴方の「存在」の本質的普遍的「実体」を意識的に体験していたのです。

「実体」とその全能的全活動は、「貴方であるもの」から全く分かれておらず、離れてもいません。
それは、全てを作っているスピリット(霊)がそれ自身を遍在させて居ると言う事です。
そして、貴方が「ドア」として立っている時、「実体」は「存在」に対する意識体験として貴方に体験されるのです。

「実体」がどれだけ無限に見えていようとも、「実体」がどれだけ多様であろうとも、そこには一つの「実体」しか存在していません。

「実体」は「神/存在」の属性や顕在化ではなく、神の成り立ち(Constitution)なのです。

この理解を使って、欠乏を克服する事は出来ない事が解ったでしょう。
と同時に、克服するべき欠乏など存在し得ない事も、これによって明白なのです。

貴方が「存在」を「意識存在」として体験している「あの場所」で、『「実体」が完全に無限に損なわれる事なく「貴方の存在」を作り上げている』と言うこの理解と共に揺ぎ無く立っていなさい。

そして、そこで示し開かれているものを観察し喜びなさい。

ポール:  ありがとう、ラジ。
この時点では、「実体」に関する質問はこれ以上はありません。
おやすみなさい。

ラジ:  おやすみなさい、ポール。

____________________
(#1)Hebrews, 11:1.  (ヘブル書)
(#2)Gen. 1:31.  (創世記)

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

Chapter 47

5月29日 土曜


ポール: [会話の初めの部分は録音されていませんでした。]

ラジ:  ポール、「責任」という概念が(エゴの観点以外からは)無効である事に貴方が気付くまで、「無責任」という概念がそれ自身を貴方の前に現し続けます。

何故なら、責任という概念は「存在」が普遍的/宇宙的ではなく、それ自体を普遍的に(あらゆる所で)絶対的完全性と共に開示していないと示唆しているものだからです。

だから、(責任という概念は)「それぞれの卑小な限定されたマインド達が責任を果たし、物事が原則に沿って知性的に上手く行われるようにしなければ成らない」と言い立てるのです。

『「意識存在」として居る事』から全てを体験する様に成れば、責任と無責任は両方とも意味を持たなくなります。

貴方のビジネスに関して、洞察から来る内的導きに従う事を恐れないで下さい。
貴方はここでビジネスの新しい原則を学んでいます。

個人的責任の感覚とコントロールを手放して、「存在」そのもの(つまり「貴方自身」)の行動としてのビジネスと共に流れて行ける様に成りなさい。

ポール:  ラジ、ここで話題を変えたいと思います。 答えが必要な疑問があるのです。

スーザンが貴方と話したいと言っている時、私は何故気分が悪いのでしょう? 彼女の質問が貴方の迷惑になると感じ、何故彼女は自分のガイドとコンタクトしないのだろうと思うのは何故でしょうか?

ラジ:  それは、「存在」が本当にそれ自身を(貴方の個人的概念に沿って開いているのでは無く)無限に(限定される事なく)開き示している事を、貴方がまだ学んでいないからです。

彼女自身がコンタクト出来る「彼女のガイド」がいる事は本当です。 しかし貴方は、(「何がどの様に起こるべき」と自分で考えた事ではなく)起こっている事と共に流れていかなければいけません。

彼女の質問は、私にとって迷惑ではなく、貴方への迷惑でもありません。

貴方を通してスーザンと私がコミュニケーションする事を助ける事以上の事があるでしょうか? これは神聖なる行いです。
貴方がこれに腹を立てているのは、ナンセンスです。

貴方は、自分の「存在」を構築しようとして、自分の「存在」の自在な開示をブロックしているのです。 貴方はそうして、自分自身に対してストレスを与えています。
「自分の目の前に現れている事が、貴方の「存在」の無限性である」と言う事実をもう一度思い出してください。

貴方の「存在」を部分に別けて、「わたし」と「あなた」に分離して、概念に従って細部を組み立てようとするのは止めなさい。

この時点での貴方の問題は、「無限」の上に知識的パターンを被せようとしてしまう事です。

これからは、無限の視界以外のものは貴方に相応しくありません。

コントロールを手放しても、知的思考構造を手放しても「宇宙」が無秩序化する事はありません。

コントロールを手放せば、(体験的に)「宇宙」が既に秩序立っており、(貴方が宇宙を知的に捉えていなくとも)その「機能」は既に知性的だという事が示されます。

そして(コントロールを)放棄するまで、貴方はそれを(宇宙が自立的かつ自由自在に調和し秩序だっており、パーフェクトに知性的な機能を有している事を)観察する機会は得られないでしょう。

それと同じぐらい重要なのは、貴方の「他者達」は、無限に見られている貴方「自身」だと言う事です。 これを理解できなければいけません。
だから「競争」は無駄であり間違っています。

誰も貴方をコントロールする事は出来ず、貴方は誰もコントロール出来ません。何故なら実際に行われているのは「一つの事」だけだから。

貴方はスーザンに対抗する事を止めて、スーザンを「貴方から分離して貴方に対抗している者」として見ることを止めるべきです。
これがとても重要な事です、何故なら「貴方と彼女の関係」は実際にはその様に起こってはいないのだから。

ここで必要な事は、貴方が貴方自身の全てを、貴方「自身」として持つことなのです。

貴方の体験の無限(な広がり)は、貴方の「存在」の「一体性」を(貴方のアイデンティティとして)示している、貴方の「無限性」なのです。
これを真剣に受け取って、なにより、出来るだけ沢山この様に生きなさい。

我々の会話の最初の方で、「無知(何も知らない状態)」の淵に立つ必要について話したでしょう。
この時点では、彼方はまだ『「我々が話していた事を基に」何か新しい事を知ろう』としているのです。
しかし、貴方は「無知」の淵に立って何も知らないでいる事を今行い、そして永遠に続ける必要があるのです。

全ての瞬間に、貴方の「存在」の無限を、貴方の意識体験として流れ通させなさい。

我々の「存在」の無限の開示を取り上げて、それを「条件付けられた行動の癖」にはめ込んでしまう事はとても容易いことです。 それがとても強く身に沁みこんでいる貴方の性癖だから。
我々の「こうしよう、ああしよう」とする性癖を放棄して、我々の「存在」の無限が各瞬間に成っている「ある事、存在する事」と取り替えなさい。

今晩貴方がするべき事は「自分でコントロールしよう、概念化しようとする事を意識的に放棄し」、貴方が「無」として立っている「あの場所」に戻る事です。 その様にして、貴方の「存在」の「何か」が、彼方の「存在」の意識的体験として出て来れる様にするのです。

ポール:  ありがとう、ラジ。

ラジ:  どういたしまして、ポール。おやすみなさい。

ポール:  おやすみなさい。



________________________________________
6月3日 木曜


ポール:  こんばんは、ラジ。
ラジ:  こんばんは、ポール。

貴方は、「何かに対する知識が自分にはない、自分には理解する事が出来ない、まだ適切な時期ではない」その他の完全に誤った(しかし自分で信じてしまっている)言い訳を使って、決め付ける事で行って来た、自分に対する限定を意識し始めています。

貴方は、「自分(一人)で考え把握する必要は全くない」と発見し始めています。

「ポールという貴方/人/三次元的に限定されている意識」は答えを持ってはいません。 しかし答えは与えられています。

「ドア(通り口)として立っている時の、貴方が成っているもの」故に答えが与えられているのです。
貴方はこれを本当に見始めており、それは素晴らしい事です。

そして貴方は、『「答え」を考え出している人』として存在するのではなく、「答え」に対する権利/所有/評判/信用/認識を主張する事無く、『自身を開示し続けている「答え」に成る事』から満足を得はじめています。

しかし貴方はまだ、『自動的/瞬間的に「ドア」(通り口)に成って』答えに対する気付きに対して自身を与える事を、余り継続的に行ってはいません。 そうする事がまるで、答えを探したり、答えを得る事を延期するよりも、難しく骨の折れる事であるかの様に。

時間をもうけて、「この躊躇が何なのか/何故なのか」を調べ、より良く理解しなさい。
私がこれ(貴方の躊躇の理由)を言って聞かせる事も出来ますが、貴方自身から学んでください。

ポール:  幾つかの事がクリアに成っており、それ自身を明確にしつつあります。

ラジ:  その通りです。
この明晰化は続いて行くでしょう。
毎日、事実が彼方にとってより意味深く成って行くでしょう。

これに「プロセスは必要でない事」を貴方は既に知っているので、『「ドア」として立つ事は「特別」な事で、毎日の行動中にドアとして立つ事は適切でない』と言うアイディアも放棄するべきです。

「存在」の無限の外には何も存在していません。

だから、貴方が「毎日の行動」と見下げて定義している物事も、「ドア」に成っている視点から知覚し、「抱擁するに値するもの」として見れる様になる必要があります。

貴方の生活の中で「無知」の淵に「ドア」として立つ事が、全行動となり、それが「全てに対する観察点」に成るのです。

貴方はこれを、完全に普通の事(全く特別ではない事)として(正しい視点で)受け止め始めるべきです。

ポール:  ありがとう、ラジ。 そうします。

ラジ:  どういたしまして、ポール。おやすみなさい。


テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

Chapter 46

5月28日 金曜


ポール:  [今日私は自分の「Wisdom(知性)」と対話してみました。]

知性:  ハイ、ポール。

ポール:  ここスポケーン(Spokane)で我々のビジネスと生活を確立する上でするべき一番賢い事は何ですか?

知性: もちろん。 一番賢い事は、「貴方の存在」の「無限」の各ポイントで、貴方が既に普遍的/宇宙的に確立されている事を認める事です。

貴方はスポケーンで自分を確立する事はできません。 何故なら、「はじめ」から確立は「ある」のだから。 それは既に存在しており、それは「普遍的」なのだから。

確立(establishment)は「普遍的」であらゆる所で起こっている事を認識する事が重要なのです。

『「貴方の存在」は「普遍的」であり、「自分が注意を意識的に与えているポイント」だけに「貴方の存在」がある訳ではないと言う事実』を体験し認識し始めなければいけません。

『「貴方の存在」が「普遍的/宇宙的」に確立されている』と気付いている事が、賢い事なのです。

貴方は、「スポケーンでたった今起こっている事」だけと共に流れ続けるだけでなく、貴方の「存在」全体と共に流れ続ける必要があります。

こうすれば、貴方がスポケーンで何をしているにしても、その行為が貴方の「存在」の「普遍的」確立を示す事になります。

こうすれば、「自分は(何とか生きようとして苦しみ、何かに成ろうとして常に失敗し続けている)宇宙の中の限定されたポイントでしかない」と貴方が騙される事がなくなります。

私は貴方が「外側」で取るべき特定のステップは示しません。 何故なら、その様な事をすれば、貴方はするべき事をしなくなってしまうから。

貴方のするべき事とは、内側の「あの場所」に留まり、「貴方の普遍的存在」と共におり、それと共に流れ続ける事です。

この指示に貴方が従えば、『貴方の「存在」の普遍的(そしてスポケーンでの局部的)確立を示す実際的ステップ』がクリアに成るでしょう。

ポール:  そうする事にします。 ありがとう。
[ラジに向かって]  おはよう、ラジ。

ラジ:  おはよう、ポール。

ポール:  ラジ、今朝は何も質問せずに、貴方が言うべき事を聞きたいと思います。

ラジ:  解りました、ポール。

『「台座」は見せる為にある』と言う事実について考えてみて下さい。
それは、「その上に乗せられるもの」を陳列する為にあるのです。
そして実際のところ、台座そのものさえ美術品として考えられるようになりました。

台座(/表彰台/舞台)は、誰かをその他の者から(何かをその他のものから)区別する為に存在している事に気付いて下さい。
これは三次元的に言って、分離/分割を引き起こすものです。

これは内部的視点から見ても分離的なもので、その(内的視点の)中では台座は「エゴ」(嘘であり嘘の父親/根源)"a liar and the father of it." (#1)と同等なのです。  

台座は嘘つきなのです。 何故なら、それは分離していないものを持ち上げて「これは分離している(特別である)」と言うから。

これは嘘の父親(嘘を造っている者)なのです。 『「分離しているもの」として、それが持ち上げているもの』は、「分離の幻想からでっち上げられているもの」だからです。

台座とそれから「そこに据えられているもの」は完全な幻想です。 その片方無しには、もう片方も存在し得ません。

『我々の生活内で物事が現実感(ハッキリした形)を持ち始めるとき、「形を作り始めているもの」は「貴方」の知性/判断(あるいは貴方自身)の生産物として「貴方」と(何らかの形で)繋がっている』というアイディアに気付いていてください。

形は流動的で固定されていない事を理解しなさい。 形(フォーム)とは、『貴方の「存在」が成っているもの』を(貴方の意識に対して)示しているものなのです。

(貴方の意識の中で)形が「凝固」してしまうと、貴方の「存在」も固まってしまい、動けなくなってしまいます。  そうなると形は「存在」ではなくなってしまいます。

貴方の(意識の)焦点を(その中で貴方が「意識存在」である事を常に意識している)「内部点」に留める必要があるのです。 貴方の焦点を、ビジネスとかサービスの執行人のポイントに置いてはいけません。

貴方はビジネスやサービスを、それらが(貴方という生きて動き続ける「存在」の表明/現実化として)成るに任せなさい。

ビジネスやサービスを、貴方自身の「しもべ/貯蔵庫」として成り立たせようとするのは止めなさい。
This is because Your Self, being infinite, cannot be confined to any manifestation or visibility which It evolves for Its identification.
何故なら、「貴方自身」は無限なので、それを視覚化や現実化(その様に「存在」はそれ自身を展開して、それ自身を示すのですが)に閉じ込める事は出来ないからです。 
Yes, in your terms, it would mean a dispassionate, uninvolved experience of what is appearing.
ハイ。 貴方の言い方に従えば、これは、冷静な「表れているものには捕らわれない(離れた)体験」と言えます。

「意識存在」として「貴方であるもの」に成る事によって満足を得る様に、貴方は学ばなければいけません。 『「三次元的に行われている様に見える事」のおかげで、「貴方が成っている様に見えているもの」』から満足を得続けるのではなく。

この意味で貴方は失敗しており、貴方の「存在」の見え方/感じ方に囚われているのです。 だから貴方は心地よく居られないのです。

しかし、この事は貴方にダメージは与えませんでした。

貴方は『「意識存在」としてある事』と『複数の形の中の一つの形として、三次元的に存在する事』の違いを体験し知りました。

貴方は動き続ける「存在」として「あの場所」に戻り、そこに留まるべきなのです。
これを私が貴方に強要する事は出来ません。

「マインドとしてマインドの外にある事」が幻想を持たない唯一の「存在」状態です。

貴方も知っている通り、幻想は何時でも苦しく居心地の悪いものです。

貴方が今朝、貴方の「知性」と話したのは喜ばしい事です。

貴方はコミュニケーションの時間を、「知性」と話す時間と、私と話す時間の半々に別けるべきです。

「貴方自身から分離しているもの」(例えば私/ラジ)から答えを得ているのではなく、『貴方の「存在」として貴方が認識しているもの』から貴方が答えを得られる様に成るに従い、貴方の「存在」の(今まで「貴方自身」として認識してこなかった)各側面をより一層統合する事が出来る様に成ります。
事実、それら全ての側面は「貴方」なのです。

そして(どの様な二分化/分離化も行う事無く)この事実を貴方の「存在」の意識体験にしなければならないのです。

ポール:  了解しました、ラジ。

ラジ:  ポール、貴方の家族と貴方の生活の体験に関して、より観察的/意識的でいなさい。

貴方が、自身や貴方の家族達を、「あれこれの状況に振り回されている(人生の泡の様に)分離した部分」として見てしまっていないか、観察して気付きなさい。

それは三次元的に限定された視点です。 それは「人に対する間違った前提」の上に立てられているので、常に不満に満ちています。

三次元に限定されている視点からは、人は『「より良く解っているかもしれない(より悟っている)人」から助けてもらって』、「自分の靴紐を引っ張り上げて自身を持ち上げようとしている存在」という風に見えます。

三次元に限定されている視点は、「存在」がそれ自身を永遠/無限に開き続けていると言う、より大きな事実を見逃してしまいます。 「存在」はそれ自身をパーフェクトに、最上に上手く開示しているのです。

これが意味する事は、「家族の為に貴方が出来る最上の事を考え付こう」とするよりも、貴方は(「存在」が自身を完璧に開き示し続けている事を理解しながら)「あの場所」に居続けて観察(見る事/聞く事/感じる事)を続けるべきだと言う事です。

何故なら、「存在」は「貴方の家族一人一人の特定のアイデンティティとして」自身をパーフェクトに開き示し続けているのだから。 (それを観察できる様、それを理解出来る様に成りなさい。)

このパーフェクトな開示は、無限なので、全ての関係者にとって調和として表れます。

私が「表れます」と言っているのは、それがどれだけ沢山の個別のものとして「表れ」たにしろ、それは常に「一つの無限の出来事」だからです。

貴方は、完璧な概念/アイディアから理解し始める(考え始める)事により、完璧性の法則(Law of Perfection)に力を与えるのです。

貴方が、起こっている事態に対して限定的概念を当て嵌め、その理解から思考/行動し始めると、「完璧/パーフェクトな開示に対する貴方の気付き」が無くなってしまう様に見えるのです。

貴方は「事実」を本当に変える事は出来ません。 しかし、貴方は「事実」に対して自身がメクラであるかの様に見せる事ができます。

もし「全て」が「無限のマインド」なら、「全て」が「無限のマインド」なのです。
人は自身の「存在」の無限性を、「事実」として体験し、生きる必要があるのです。

そうするべきなのは、そうすればそれが事実になるからではなく、それが既に事実で、その様に考える事が、「真理である事」と合致するからです。

貴方の家族の一人一人は、「一つ」の無限の個人であり、無限に個人化されており、それ自身を完全に健康に健全に統合されたものとして開示しています。 これが「事実」です。

貴方の家族の一人が、「自分自身だけで(分離的に)行動する事が出来る」と激しく主張している時でも、その様な信念を否定している永遠の「事実」は、「その様な信念に浸っている個人」の為になる方法で(その信念を)否定する事になるので、貴方は安心してください。

それにより、信念が何故間違っており(それを持つ事が)時間の無駄だと、体験的に示されるのです。

全ての出来事は(それが「リアリティ」であっても、あるいは「リアリティ」に対する信念として見えているものであっても)『「ひとつである」行われている唯一のもの』に仕える事以外は出来ません。

だから我々の「苦しんでいる感覚」が「激怒を引き起こす様な事/苦しい事」とみなしている状況があったとしても、「愛」はそれを「天使からの不意打ち」に変える事が出来るのです。(#2)
"the very circumstance, which our suffering sense deems wrathful and afflictive, Love can make an angel entertained unawares."(#2)

ポール、貴方とスーザンは『「存在」が完全にポジティブであり完全に肯定的である』という感覚を持てるように成らなければいけません。

誤った信念さえ、それ自身を満たしている(そうする事で、信念に浸っている人を啓蒙する)「存在」の意図やデザインを逃れる事は出来ないのです。

ポール:  ありがとう、ラジ。 他の質問もありますが、その前に、貴方が言った事をより明確にしてみたいと思います。

ラジ:  良いアイデアですね、ポール。 そうすれば、貴方の質問の幾つかは既に答えられている事にも気付くでしょう。

また会話出来るのを楽しみにしています。

ポール:  ありがとう。

____________________
(#1)John, 8:44. (ヨハネ)
(#2)Eddy, Science and Health, 574:27-30.  (メリー・ベーカー・エディ)


テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

Chapter 45

5月15日 土曜


ポール:  ラジ、何故これほど沢山のメカニカルなトラブルが起こるのか理解出来ません。 車、速記の機械、テープ・レコーダー、エトセトラ。

特に、何故車に故障が現れたのか理解出来ません。 この車を修理するお金を払ってしまえば、ビジネスの為にコピー機を借りる事が出来なくなってしまいます。

もしコピー機を借りたら、車が修理出来ず、コピーを拾って回る事が出来ません。

ラジ:  ポール、
「I Am」が、「現れている全て」の実体(Substance)です。

この「ⅠAm」(私はある)が、貴方が貴方「自身」として認識している「I Am」(私は...)です。

貴方が物事を『「I Am」(私は)が視覚化されたもの』以外のものとして見ており、それらが独自に存在していると考えている時、貴方はそれらの物事を源から分断しています。

何故なら、その時貴方はそれらの物事を「それらであるもの」から分離した事になり、そうすると、それらの物事は「存在(感)や機能」をなくしてしまうから。

貴方がこの問題に面しているのは、貴方の思考に何か問題があるからではありません。
これは単に、貴方がこのポイントを明確に理解するべき時が来ている、と言う事です。

貴方はこのポイント(この事実)が理解出来る様に成るほどに育っています。 だから貴方の「存在」に対する意識の中に、この理解をいま統合する(付け加える)べきなのです。

(例えば)車は人が発明したものではありません。 それは「存在」の遍在を(ある程度まで)示すものなのです。

車とは、貴方の「存在」の意識体験が随時貴方に与えられている事を提示しているのです。  
{車とは、遍在している「貴方」の有り様が、何時でも貴方に与えられている可能性を示しています。 だから車を「使えば」貴方は「貴方」の中の様々な場所にかなり高い確率で行ける様に見えるのです。 訳注}

録音機材も同様に、貴方の「過去」のある部分の情報が遍在しており、それを貴方の現在の体験の中で価値ある「過去」の情報として得る事が出来ると言う事を示しています。

それら車や録音機材などを、(概念的に)それらの「源」から分離しようとするのは止めなさい。 そうすれば、それらはその「目的」の成就を示し続けるでしょう。
{機械をその源(神=貴方の「存在」)から切り離して考えるのは止めれば、機械は上手く働き続けるでしょう。註訳}

貴方は、「貴方」の全ては何時でも(つまり今ここに)存在していると言う事実を見失いつつあります。 {だから色々な物が壊れている体験を貴方はしているのです。}

貴方は、一つの事を他の事に依存するものと(概念的に)考え始めています。
「色々なものが独自に存在しており、それらは独自の目的を持っている」と貴方は見ており、それ故にそれらのものに対する貴方の知覚が歪められて居るのです。

ポール:  少ししたら戻ります。 子供達を寝かしつける時間なので。

ラジ:  オーケー、ポール。

ポール:  [短い休憩を取りました]

オーケー。 戻ってきました。

ラジ:  オーケー、ポール。

ポール:  ラジ、私は「供給」に関して、私の「存在」の遍在を上手く見る事が全く出来ていません。
私が毎日の生活に事欠いていないのは確かですが、楽な暮らしとは言えません。
我々が得ているのは必要最低限のものだけです。 そして、大きな負債もカタが付いていません。

ラジ:  ポール、貴方が我々の会話に対する自分の信心/信頼/信念を放棄しかけている事に気付いて下さい。

「この会話をリアルなものとして知っている事と、それがリアルではないのではないかと疑う事」の間を貴方が行ったり来たりしている事がそれを示しています。

この疑いは、貴方が意見や状況からチャレンジ(挑戦)を受けた時に起こっています。
これは自然な反応です。

しかし、もし貴方が(ヨーヨーの様にぶら提げられたり、風に揺れる様に)偶然に左右されたくないと考えたなら、違う態度を取るべきです。

ポール:  もし私が(どの様な状況に面しても譲らぬ)内的力を鍛え上げなければ成らず、それを家族が不足を体験している時にしなければ成らないなら、(私の躊躇も)驚くには当たらないでしょう。 論理的には、貴方の言う事の知的価値は把握できますが。

しかし実生活の問題に成れば、貴方の言っている事はやはりナンセンスに聞こえてしまいます。

ラジ:  貴方の主張は理解できます、ポール。

貴方の供給が「どの様にして法則を起動すれば良いか」以前私が貴方に語った事を思い出して下さい。
それを定期的に行って欲しいのです。

一つ注意したいのは、「自分が何を求めるか」注意して決めなさい。
貴方は自分が求めているものを必ず得るのだから。

ポール:  解りました、ラジ。 進んでいく事にします。

しかし、次の事は言っておきたいです。
もし私の家族の必要がより良く満たされていたなら、もっと容易にこれが出来た筈です。

ラジ:  貴方の言う通りです。 全く貴方の言う通り。 だから、それ(貴方の家族の状況)を今からより良くし始めなさい。 貴方にはそれをする為に必要なものが与えられています。

ポール:  解りました。そうします。 おやすみなさい、ラジ。

ラジ:  おやすみなさい、ポール。 私はスーザンと貴方の両人と共にいます。
しかしなによりも、貴方は何時でも貴方「自身」と共に居るのです。


________________________________________
5月17日 月曜



ポール:  ラジ、何故この様に妨害や欠乏や「自由とよき事の表現と体験が疎外されて居る」と言う幻想が我々の生活の上に表れて居るのですか?

その原因を知り、状況を修正出来る様に成りたいのです。
これに関して何か言ってくれませんか?

貴方は、邪悪な存在や力やパワーは存在しないと言いました。
しかし神/善良/調和などと反対のもの、それらとは違うものが影響を持っている様に見えます。

ラジ:  ポール、貴方は三元的思考プロセス(を使う事)によって混乱して居るのです。
それは何時でも、「何らかの限定された原因が存在している」と示唆します。
三次元的思考は何時でも、「出来事は何か限定された物体や限定されたマインドに原因を発している」と示唆するのです。

ポール:  ここまでは理解できます。

ラジ:  貴方は「一つの原因」、「一つの行動」、「一つの生命/マインド/存在/意識」しか存在していない事を理解しなければいけません。

これは、貴方が体験している様に見えている全ての事が、その「一つのマインド/存在/意識」内に含まれていると言う訳ではありません。 そうではなく、『貴方は特定の小さく分かれた「原因」に対処しようとしてはいけない』という事なのです。

つまり「神」以外の神々を持ってはいけないと言う事です。
{神以外の原因を考えてはいけない、と言う事です。 訳注}

他の人々が今どの様な事をしており、彼らが(貴方の学んでいる事を)学んでいようともいまいとも、貴方の面している事に他の人が面していなくても、構わないのです。

『貴方は、あたかも自分だけが存在する「たった一つ」であるかの様に、物事に当たらなければいけません。』

『そして貴方は、「一つの現れ、一つのパワー」しか存在していないものとして、物事に当たらなければ(物事を考えなければ)いけません。』

貴方は、『「物/思考/信念/物体/状況」をあれこれと「操作」する視点』に立って行動し続ける時期を通り越しています。

ポール:  私はピンクの菊を見ています。 これも貴方のコミュニケーションなのですか?

ラジ: 菊のピンク(色)は、それ自身輝く美として存在しています。 それ以外のものは存在していないかの様に。

貴方が見ているイメージは 『それ自体の「輝く充満/美/それがピンクな菊であると言う事」を示す目的/意思』以外のモノ(物/目的/概念)が存在していると言う示唆を全く無視する事を、貴方に教えようとしてます。

「(あるべき様に)ある事」が道なのです。 これが輝きそのものです。 これ以外に「それ」(道/輝き/存在)はありません。

信念を考慮する(そうかもしれないと思う)事、「外側」の物体を操作する事、「ポジションや地位や力」を志向する事が、我々を三次元的枠組みに縛り付けてしまうのです。

宗教はこの領域で働いています。 エコノミーもこの領域で働いています。 実際に「生活/生命」の全てはこの領域から「働き掛けられて」いるのです。

この領域から出る時が来ています。 そしてこれを中途半端に行う事は不可能です。

少しでも限定された視点を保って、そこから物事に対して「働き掛けて」いたなら、「存在」(貴方の存在)の四次元的体験へ移行する事は出来ません。

「存在」は、(とても重く/労働に満ち/汗水垂らす事である)三次元の物や思考の様に限定されてはいません(「存在」は次元的ではありません)。

ポールそしてスーザン、貴方達は二人共とてもスムーズに(四次元的枠組みへ)移行しています(貴方がそう感じていなくても)。

この状況が起こっているので、貴方は「自分達の三次元限定の思考に縛られている人達」と上手くコミュニケーションする事が出来ないでいるのです。

これに驚かず、これに憤慨する事も止めなさい。

ここで貴方がする必要のある唯一の事/貴方に出来る唯一の事は、先に進む事、と言うよりは、「存在」として静かに立ち止まっている事です。 
貴方達二人はこれを上手くやっています。

貴方のポジションの正しさの証拠を、「限定された視点の枠組み内」に求めるのは止めなさい。

概念的に、客観的に、貴方は物事が正しく働いていない事の「表れ」を見ています。
いや。 「正しい」と言う言葉をこの表現から取り除いて、より正確な言い方にしましょう。

貴方は、物事が働いていない事の「表れ」を見ています。
つまり次の事が、ここで起こっているのです。

貴方が三次元的な見方をしていた時、貴方は「物事がある特定の働き方をする」と考えました。 そして今貴方は、物事が実際はその様(貴方の三次元的考えの様)には働かない事を客観的に見ているのです。

いま働いていない様に見えている全ての事は、(貴方が今居るそこで)現在実際には働いているのです。 それら物事の「リアリティ」は全く変わらずに働き続けているのです。
これが確実な事です。

限定された視点から無限の視点へ見方の枠組みをシフトする度、この様な幻想の矛盾が体験されます。
この幻想(物事が働いていない様にみえている事)は永遠に続くものではありません。

これは逆さまの「道しるべ」です。 これは逆さまなので(良い事に見えないので)、何らかの導き(ガイド)がない限り、これを体験した人は無限とは逆の方向へ行こうとしてしまいます。

(物事が上手く行っていない様に見えている)この状況に対しては、単にそれを観察するだけで十分なのです。 それに対応したり、上手く処理しようとしてはいけません。

天の大国(天国)は「デーモンや悪魔やデビル」に護られている様に見えます。
何故なら、「存在」の非個人的なあり方が、エゴにはその様にしか見えないからです。
それはエゴの終焉を意味しているので、(エゴにとっては)とても「悪しき事」なのです。。

針の目(針の穴)を通って天国に入れないのは、エゴと言う荷物だけなのです。
エゴは天国へ入って行けないので、針の目(針の穴)の周りに恐ろしいイメージを置いて、人がそこを通らない様にしようとします。

貴方は自分に起こっている事が困難だと考えるかもしれません、しかし、後から振り返れば、貴方が無傷で通って来ている事が解るでしょう。

何故なら、貴方は「何がリアルか」強く認識しており、その「リアリティ」を信じているから。

貴方はこれを自分自身で行わなければいけません。 だから貴方は孤独を感じて居るのです。 だからコミュニケーションがなく、自分に起こっている事が理解出来ないと考えて居るのです。

貴方は「何が起こっているのか」知りたがっています。
上記の事が、起こっているのです。

貴方から引き離されたものは「分離感覚」だけだと、貴方にも解る様に成るでしょう。
貴方が(針の目を通る)この旅を始めたとき、「分離感覚」はまだ貴方に纏わり付いていました。

私は「心配しないで。全ては上手く行きます。」と言う事も出来ますが、貴方がそれを信じられない限り、私がそう言ったとしても何の助けにも成らないでしょう。

「貴方の存在のリアリティ」を貴方に信じさせる事が出来るのは貴方だけです。
これは既に「貴方」の事実であり、貴方はこの「時間」をこの「事実」に基づいて生きる必要があるのです。

この過程で「起こっている事」を概念化してしまわない様に気をつけなさい。
古い論理や行動の「基準」を使ってしまわないように気をつけなさい。
それらは正しく当て嵌まらない可能性が強いのです。 何故なら殆どの基準は限定を基に作られているから。

貴方は良くやっています。(「そう聞いて、貴方が勇気付けられるか」は解りませんが。)

貴方は言わば、視界のとても悪い所で計器着陸しようとしている飛行機の様なものです。
貴方は、客観的証拠を得ないまま、自分の内部の飛行プランに従って進んでいます。

着陸を続行するか、中断してより好ましいタイミングまで待つか、は貴方次第です。
しかし私は、より好ましいタイミングなど存在しない事を指摘しています。
人が天の王国へ入ろうとするとき、クリアな三次元的視界は存在しません。

これが貴方の質問への答えに成ったなら、さいわいです。
私はこれが答えである事を知っています。

ポール:  ありがとう、ラジ。

ラジ:  どういたしまして、ポール。

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

プロフィール

翻訳 岡上

Author:翻訳 岡上
ACIM - A Course In Miracles

hiro.okaue@gmail.com

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。